マッチョ ざ Ripperの恋

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月03日〜05月10日

リプレイ公開日:2005年05月12日

●オープニング

 とある山道にて。
 相変わらずの修行の一環として、山賊どもに制裁をくわえる男の姿があった。
 屈強の肉体を惜し気もなく晒した姿で、下半身はピシッと白い褌一丁を締めた格好。手に持つナイフ捌きは一段とそのスピードを増し、山賊達の身包みをものの一分と経たずに剥いでいった。
「て、てめえっ!?」
「問答無用っ!」
 怒鳴る相手に構わず、素早く縄で縛り上げ、そのまま吊るし上げ状態にしてしまう。
 その様を、男はニヤリと笑みを浮かべながら眺めていた。
「これに懲りたら、少しは改心するんだな」
 そうして男は、喚く連中を無視してその場から離れていった。

 ――その後姿を、樹の影からこっそり覗き込む一人の女性がいた。
 うっとりとした瞳で向ける眼差しは、どこか潤んでいるようで。頬もまた、熱を持っているかのように紅潮している。
「はあぁぁ‥‥」
 こぼれた溜息。
「ス・テ・キ(はーと)」
 一言そう呟き、視線の先にいる男の姿が見えなくなるまで、彼女はその場所に立ち尽くしたままだった。


「は?」
 受付に座る男は、思わずそう聞き返した。
 目の前にいる、可憐とも言えるこの女性は、いったい今何を口にしたのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ええっとつまり‥‥」
「ですから。あの素晴らしい肉体を持つあの方と、どうしてもお知り合いになりたいんですの。どうか、冒険者の皆様の力をお借り出来ないでしょうか?」
 彼女の言うあの方というは、受付の男もよく知っている。度々問題を起こし、依頼のターゲットとなるあの通称『切り裂きマッチョ』の事だろう。
「あの方こそ、わたくしの理想の男性ですわ。是非とも、どうかお願いいたします。お名前も知らない方ですのに、考えただけでこの胸が早鐘のように高鳴るのです。ああ、あの屈強の身体をわたくしの下で‥‥」
 少々遠くを見つめる目。
 語るうちに思考がどこかへイッちゃったのだろうか。
 可憐な美女も、こうなるとあまりお近付きにはなりたくないものだ。どこか危ない雰囲気を感じるのは、かつて冒険者だった時の経験か。
 それはともかく。
「まあ、一応募集はかけてみるさ。だがまあ‥‥」
 どうなっても知らないぜ、と男の胸のうちだけで呟く。
 かくして、ギルドにまた奇妙な依頼書が張り出された。

●今回の参加者

 ea1168 ライカ・カザミ(34歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2806 光月 羽澄(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7754 ミューツ・ヴィラテイラ(19歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb1124 弧篤 雷翔(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ラフィー・ミティック(ea4439

●リプレイ本文

●舞台裏
 薫る五月の風。
 一人静かに佇んだまま、少女――と言うには少々年齢を重ねていたが――が小さく溜息をつく。どことなく物憂げなその姿は、傍から見ればとても清楚な美女に見えた。
 だが。
「‥‥ふう、結局マッチョに関わっているわね、あたし。弟馬鹿もいいとこだわ」
 呟いた愚痴はどこまでいっても、とても妙齢の女性であるライカ・カザミ(ea1168)抱える悩みではない。それもまた、厄介な身内を抱えた宿業だと、今はもう割りきっているはいるのだが、やはり時々は溜息も零れるもの。
「私、『切り裂きマッチョ』は噂で聞いたことあるのよ」
 そんな彼女を眺めながら、場を明るくしようと光月羽澄(ea2806)がそんなことを口にする。ただし、決して噂の内容を口にすることはなかった。
 そんな彼女らを前に、依頼人である女性は深々と頭を下げた。
「皆様、このたびはわたくしの為に集まって下さって、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
 優雅に微笑む女性に、アデリーナ・ホワイト(ea5635)が感想を一つ述べる。
「恋する女性はいつでもどこでも輝いておりますね」
 ちょっと変でも、そんな事はおくびにも出さず、そっと依頼人の手を握り締める。
「わたくしは恋する乙女の味方ですのよ。是非、マッチョ様への恋心を成就させてあげますわ」
「‥‥理由は、聞かない方がいいのよね、きっと」
 羽澄が小さく呟いたが、誰もがそれを聞かない方向で無視をした。
 依頼人は言った。彼が理想だ、と。
 肝心の『わたくしの下で‥‥』の続きを、冒険者達は極力考えないようにしていたのは言うまでもない。
「大丈夫ッス! マッチョな人に悪い人はきっといないッス〜!」
 十四歳の少女でありながら、筋肉に極上の憧れを抱いている弧篤雷翔(eb1124)は、そんな言葉を力強く力説しながら、まだ見ぬ素敵なマッチョたちに思いを馳せる。
(「素敵マッチョさんに出会えるなら、もう幸せッス!!」)
「とにかく‥‥なんとしてでもこの催しを成功させて、あなたのマッチョさんを探してあげるわ。彼にも女性との恋を実らせてあげましょ」
 ライカがそう言って掲げたのは、『ナイフ使い選手権』と書かれたお触書。一応、マッチョ限定とつけたものだから、既に準備した会場にはムキムキに鍛え上げられた筋肉男達でいっぱいだった。
 さすがにむさ苦しく、暑苦しいその会場で、彼らは各々牽制するように上半身裸を見せ合っている‥‥乙女ならあまり見たくない光景だが、依頼人には概ね好評のようだ。
 うっとりとした表情で舐めるような視線で彼らを見る。
 同じく雷翔も、キラキラとした眼差しで眺めており、かなり気分がハイになっているようだ。
「酒場やギルドで、友達と一緒に色々宣伝してきたから多少は集まるかと思ってたけど、凄い盛況ね」
「街の人たちの協力で半分はサクラとはいえ、さすがにこの人数は凄いですわ」
 微笑を浮かべるアデリーナの手は、依頼人の着飾りに余念がない。
「恋する御方にお会いするのですから、是非綺麗に着飾ってあげます」
「よろしくお願いしますわ」
 最初に確認したとおりにあまり派手にならないよう、細かく化粧を施していく。既に恋という魔法がかかっている身、素のままでも彼女は随分綺麗に見えた。
「そういえば、そのマッチョさんの動向は、どうだったんス?」
 雷翔が訊ねると、宣伝に行っていた羽澄が答える。
「もちろん、大丈夫よ。色々聞いて回ったのだけど、この付近にまだいるのは間違いないみたいね」
 ここ最近、追いはぎや野盗の連中が次々と素っ裸の状態で発見されている、という話を聞いた。おそらくこの付近で善行(?)に努めているのだろう。
「まあ、悪いヤツじゃないのよね。ただちょっと‥‥アレなだけで」
 もう一度、はぁ、と溜息をつくライカ。
「とにかく準備は整ったことだし、そろそろ行きましょうか」
「行くッス!」
 元気よく跳ねながら雷翔がその後を追った。

●表舞台
 男、男、男‥‥会場中は、凄まじいまでの汗と熱気に包まれていた。
 その雰囲気に思わず意識が遠のきそうになるのを、ライカは辛うじて堪える。
(「‥‥まったくあたしもつくづくね」)
 それでも今は依頼人の希望を叶えるための努力をしよう。
「皆さん、それではあなた方のナイフ捌きを見せてくださいね」
 ライカの言葉を合図に、舞台に立つ男達がいっせいにナイフで果物を切り刻んでいく。競技の様子を横目で見ながら、彼女は注意深く例のマッチョ男を探す。
(「まだ、来てないようね」)
「ねえ、雷翔。あなたの方は――」
 アシスタントとして同じ舞台に上がっていた彼女に声をかけようとして、軽く溜息をついた。
「あぁぁ‥‥! 素敵マッチョがいっぱいッス〜w」
 見れば、雷翔のテンションはまさに最高潮に達していた。
 もちろん仕事のことはわかっていた。
 だから、最初に呼ばれた時は返事を返したのだが、鍛え上げられた肉体の海を前に――何故かマッチョ達は脱ぎたがる。今も出場者の殆どが己の肉体美を見せ付けていた――もはや意識はうっとりどころの騒ぎじゃない。
「みんなすっごい筋肉ッス! 俺もこんな筋肉になりたいッス!」
「‥‥ま、いいわ」
 呆れつつも竪琴を構えたライカは、おもむろに奏で始める。メロディーを使って彼らの士気を上げようというのだが、すでに場内はかなりヒートアップしていた。
(「他のみんなはどうかしら?」)
 舞台の上から見下ろしながら、彼女は仲間の姿を探した。

「‥‥さすがに熱気が凄いわね」
 思わず苦笑をこぼす羽澄。
 彼女は筋肉の海を掻き分けながら、そこかしこにいる人達から依頼人が探すマッチョ男を訊ねて歩いていた。さすがに直接会った、という人はまだいなかったが、そこそこ彼の顔は知られているようだ。
「まあ、あれだけ色々あればねえ」
「マッチョ様の情報、それなりに集まりはしましたが、やはりまだ姿が見えませんね」
 何時の間にか横にアデリーナの姿を見つけ、羽澄はそちらを向く。
「あら、依頼人の方は?」
「ああ。あの方でしたらあそこへ」
 アデリーナが指差したのは、舞台袖の方。そこは優勝者に与えられるものとして作られた彼女の席があった。そこに座りながら、うっとりとした笑みを浮かべている。
 あはは、と乾いた笑いの羽澄とは対照的に、実のところアデリーナも舞台に立つ男達の姿に少なからず目を奪われていたのだ。
 鍛え上げた肉体。惜し気もなく晒された肌。
 そして、脱ぎ捨てた下半身を包むのは、白や黒、赤といった色彩の褌。
「まあ‥‥あれが麗しのフンドーシですわね‥‥」
 噂に聞けば、かのマッチョ男も今は褌一丁だという話だ。
 少々趣味が偏ったアデリーナにすれば、まさに絶好の光景だった。
「素敵ですわ。依頼主がうっとりするのも頷けるというもの」
「えっ?」
 思わず羽澄が声を上げた、その時。
 舞台上からのライカから、テレパシーによる声が届いた。

 ――見つけたわ。

 冒険者達の視線がいっせいに注目した先に――男が立っていた。風にはためく褌を堂々と晒し、まるで何かを挑むような面差しを浮かべて。

●御休憩
 舞台の上。
 ジプシーよろしく、派手目な衣装を纏い、たどたどしいながらも踊りを舞うライカの姿。一旦の休憩を入れている間、彼女は皆を楽しませる為に歌と踊りを見せていた。
「うまくいってるかしら?」
(「マッチョさん、とりあえずあなたと依頼人との恋愛、応援してあげるわ」)
 これで彼が服を切り裂こうなんて思わなければいいけど、そんなことを考えながら彼女はぽつりとこう零した。
「‥‥ところで、あたし自身には素敵な恋は訪れないのかしらね」

「ほらほら、こっちッス!」
 マッチョ男の腕をぐいっと引っ張りながら、相変わらずテンション高めの雷翔だった。
 さもありなん、なにしろその腕の筋肉もさることながら、全身の逞しさにすっかり心奪われそうになっていた。
(「ダメダメ、この人は依頼人のお目当ての人ッス」)
 憧れの筋肉を前に、彼女はぐっと我慢する。
「連れてきたッスよー」
「こちらも準備万端ですわ〜」
 雷翔の声に、アデリーナがそう返す。
「む?」
 怪訝な顔をするマッチョ男の前に、羽澄に手を引かれてスッと現れたのは着飾られた依頼人の女性。ほんのり頬を赤くしてるのは、おそらく照れているからだろう、と誰もが思っていた。
「ああ、本当に‥‥お会いしたかった‥‥」
 うっとりと呟く。
「なんかよさそうね」
 二人の様子を見ながら、羽澄が小さな声でアデリーナと雷翔に語り掛ける。その言葉に二人もうんと頷く。
 ――が、次の瞬間なにやら雲行きが怪しくなってきていた。
「ずっとあなた様を見ていました」
「俺を? ふむ、何故だ?」
「あなた様のその屈強な肉体‥‥それを」
 ぎゅっと彼女の手に握られているのは‥‥。
「あれ? あんな鞭、誰が渡したッス?」
 雷翔の疑問に答える者はなく、彼女たちの見ている前で依頼人はすっと手をマッチョ男の胸板に伸ばす。
「ああ、凄い。この身体‥‥そう、ずっとこのような殿方を‥‥わたくしの下に――跪かせたかったのよぉぉぉぉっっ!!」
 お――ほっほっほっほっ!!
 ぶん、と振りまわされた鞭が強烈な音を立てて男の皮膚を打ち付ける。じーんという快感に女性は思わず酔いしれた。
「ああっ! これですわ、この感触。やはり殿方は屈強な肉体を持った者でなくては!!」
「くぉぉっ、て、てめえ‥‥まさか野党の連中の復讐か!?」
「おーほっほっほ、あなた様をこのわたくしの虜にしてさしあげますわ!」
「女だろうと容赦はせぬ」
 微妙に会話が噛み合わないまま、三人の目の前で突如始まったバトル。
「ちょっ、ちょっと二人とも何やってるんスか!」
「‥‥やっぱり」
「あらあら、凄いですわね」
 三者三様、その反応はそれぞれの性格のまま、驚き、呆れ、感心し、唯一同じなのは見開いたその双眸。そうして三人が口出す間もなく、男と女の駆け引きは舞台を外へと移し、突如発生した嵐はやがて過ぎ去っていった。
「‥‥ええっと‥‥これでいいんスかねぇ?」
 雷翔の疑問に、
「そうね。まあ、依頼は二人を引き合わせることだしね」
 やれやれと疲れた息を吐く羽澄と、
「ええ。あれできっとお二人は幸せなのですわ」
 どこかズレたアデリーナの発言でひとまず幕を下ろした。

 かくして二人がどうなったかといえば。
「おーほっほっほっほ!!」
「ふはぁっはっはっは!!」
 時折、街にこだまする叫び声だけがその真実を知っている――かもしれない。