●リプレイ本文
●ケンブリッジ正門前〜スタート
その日、冒険者からの連絡を受けたライトは、指示された時間にケンブリッジ魔法学校の正門前にやってきた。
そこで彼を待っていたのは、ルナ・ローレライ(ea6832)ただ一人。
門の前で静かに佇んでいた彼女は、ライトの姿を見つけるなりにこりと優しく笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね、ライトさん」
「え、あ、あの‥‥」
「羊皮紙の方は持って来てくれましたか?」
「う、うん。一応持ってきたけど‥‥あの、何をするの?」
どうやら自分一人だけしかいないことに少々戸惑いがあるようだ。その理由を説明するべく、ルナはゆっくりと口を開いた。
「ライトさんのために、それぞれに特訓する場所を決めさせていただきました。これからライトさんには、それぞれ四箇所のチェックポイントを回ってもらいます」
四つの場所と、そこで誰が待っているかを丁寧に教える。
ドコか遊びの要素も含んだ今回の提案。それを聞いているうちにライトの目もどこかキラキラ輝いてきたようだ。
「じゃあ、ゴールは食堂なんだね」
「ええ。私や他の皆さんと一緒に、ライトさんが来るのをお待ちしてます」
「――僕、頑張るよ!」
グッと拳を握って固く誓う。
そんなライトの姿を微笑ましく思いながら、ルナはその小さな背を静かに見送った。
「さて‥‥私も急いで準備をしないと」
●図書館〜知識の探求
厳かな静寂が支配する空間。
そこへ重い扉を開けてそっと顔を覗かせた一人の少年。おそるおそるといった様子で、室内をきょろきょろと見回している。
「ああ、やっと来ましたね」
シーヴァス・ゴーシェナイト(ea8762)は目を通していた本から視線を上げる。その瞬間、おもむろに小さな少年――ライトと目が合った。
「あ、あの!」
「しっ」
静かにするように、といった意味を込めて唇に人差し指を当てると、少年は慌てて口を掌で被った。その様子がどこか微笑ましく、シーヴァスは軽い苦笑を洩らす。
「ここは図書館ですから、あまり騒がしくしないように」
「ご、ゴメンナサイ」
「でも、あまり堅苦しくならなくてもいいのではないでしょうか」
シーヴァスの向こうにいた御門魔諭羅(eb1915)が、身を固くするライトの気持ちを解すようにやんわりと語りかける。
「初めまして。私はジャパンの陰陽師、御門魔諭羅と申します」
おっとりとした口調で、彼女は静かに礼をした。
陰陽師と聞いて、ライトの視線が羨望の眼差しに変わる。
「スゴイなぁ〜」
「それほどでもありません。日々の鍛錬、そして身に付けるかどうかは別として、予備知識をいくつも持っているだけで、己の視野は格段に違いますから」
そう言って魔諭羅が差し出したのは、精霊碑文学について書かれた本。
「少しでも前に進めるように、悩み留まるよりも何かをしてみることですわ」
「うん。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をするライト。
「私はシーヴァス。授業のない時はこの図書館に殆ど居続けているので、そのうち『図書館の主』などと呼ばれたりするかもしれませんけどね」
ふふ、と笑みを零す。
「えっと今度は何を読むの?」
ライトの問いかけに、シーヴァスは違うとばかりに指を振る。
「確かに本を読む事も大事ですが、この図書館に居続けるには、他の皆さんに邪魔にならないようにするという事も大事なのですよ」
「え?」
「本を溜めないこと、静かに本を運ぶこと、人が来たら音を立てずに場所を開けること‥‥それらは忍び足にも似た修練ですしねぇ。きっと身体の鍛錬になりますよ」
そう言った直後、彼の顔がすぐ横に移動した。
「人生思ったより長いですから。別に今すぐやりたいことを見つけることもないと思いますがねぇ」
ふわりと揺れたローブの内側で、チラリと見えた尖った耳。
「将来的にどうかわかりませんが、今は教師という立場にある身、どうせなら同種族であるハーフエルフの迫害減少に努めたいですね」
シーヴァスの言葉に思わずビクリとするライト。その反応に少し淋しい目を向けるシーヴァス。
だが、僅かな逡巡の後、ライトが出した言葉は。
「あ、あの‥‥その‥‥今日はよろしくお願いします」
教えを請うために深く頭を下げるのだった。
●木陰〜魔法使いに出来ること
「うん。ここならライト君も気に入るわね」
ソフィア・ファーリーフ(ea3972)がチェックポイントに選んだのは、学校近くにある樹木の木陰。時折吹き抜ける風が心地よく、精霊のざわめきすら聞こえてきそうな場所。
やがて見えてきた少年の姿に、ソフィアは手を上げて知らせた。
「こっちよ、ライト君」
「うわぁ、すごいや。なんだか気持ちいい〜」
風のざわめきが互いの頬をそっと撫でる。うっとりする少年に、ソフィアは満足そうに言った。
「どう? 私のお気に入りの場所なんですよ」
背中に樹木の鼓動を感じながら、深呼吸をする仕種をすると、ライトもまた同じ動作を繰り返した。サワサワサワ、という音が頭上から聞こえてくる。
それは、ソフィアの言葉のとおり、まるで精霊のざわめきのように感じられた。
ライトは目を大きくする。
「‥‥ホントだ。なんだか楽しそうにお喋りしてるみたい」
「でしょう? 風の精霊さんと植物の精霊さん、お互いに愉しそうに感じるでしょう」
教師を目指すソフィアが指し示したいのは、未来への可能性。小さな少年の背を押す手伝いとして、気付いて欲しいのは自身が持つ可能性だ、と。
「目に見えることだけが全てじゃないのよ。こうして心の感受性を忘れずにいたら、きっと更に将来の道は開けると思うから」
「そうですね。道が定まっていないのなら、色んな道を見た方がいいですよね」
それまで黙していたバルタザール・アルビレオ(ea7218)が、おもむろにそう言葉を続ける。
外見的にはライトとそう年が違わないように見えるが、エルフであるバルタザールは実際、三倍以上も生きている。その言葉の重みは、他に比べて確かに大きかった。
「魔法使いが役に立つ、立たないといった場面は確かにあります。それについて、あなたはどう思ってますか?」
不意に振られた質問。
思わず口篭もるライト。
その様子にまだ少し難しかったか、とバルタザールは反省する。それならば、唯一の自分の長所である『高速詠唱』を提案してみることにした。
「どうする? 勿論、一朝一夕で身に付くモノではないけれど‥‥」
「僕、やってみる!」
「苦しくても逃げませんか?」
「うん」
教えてもらうものはきちんとやる。そんな意思が彼の双眸に確認出来、バルタザールは思わず笑みを浮かべた。
「では始めましょう」
‥‥結局のところ、自分がやりたいことが見つかれば、後はその道に邁進していくだけ。
(「でも、まあ‥‥それが一番難しいんですよね」)
目の前で自分が教えるとおりに繰り返すライトを見て、彼はそう一人ごちた。
●運動場〜戦う意味
「ライトくん、エラいね! 将来の事、色々考えてるんだ」
「そんなことないよ。僕、まだまだ何も考えられないんだし」
システィーナ・ヴィント(ea7435)の賞賛に照れつつ、多少の言葉を濁すライト。
自身に省みて、具体的に将来のことを考えたことすらない彼女。それなのに自分より年下の少年がそのことで悩むという姿に、一種の憧憬のようなものを感じていた。
それに対して、ユーシス・オルセット(ea9937)の反応は少々冷静で。
「僕もまだ命を賭けるに値する何かを求めている身なんだが‥‥やっぱり悩む事はあるよ。剣を学ぶのはあくまでも手段であり、通過点に過ぎないから」
その先へと続く目標。
そんな事を淡々と落ち着いた態度で語るユーシスに、ライトではなくシスティーナの方が驚きの声を上げる。
「えー、ユーシスもそんなこと考えてたの?」
「当たり前だろ?」
「むぅ〜んズルイなぁ、二人とも。じゃあ今日は二人とも一緒に特訓しよっ!」
そんなやり取りの後、三人は運動場で柔軟体操から始めた。
元々FORで鍛えた二人には普段のメニューだったが、さすがにマジカルシード所属のライトには少々荷が重かったようだ。鍛錬を終える頃には、すっかりバテきってしまった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
「うーん、感想はどう?」
「僕‥‥もう、駄目‥‥」
バタリ、という音を立てて地面に寝っ転がるライト。その様子に、システィーナとユーシスは苦笑を浮かべる。
「じゃあライト君はそこで見てて。私とユーシスで模擬戦闘するから」
「お手柔らかにね」
「そっちこそ手加減なしだよ」
ユーシスが構えたのは木槍、システィーナはパリーイングダガーを模した木刀。
そうしてライトの前で始まった模擬戦は、二人の実力が伯仲している事もあってかなり本格的だった。思わずライトが目を奪われるほどに。ユーシスが槍を突き出せば、それをシスティーナが綺麗に受け流す。逆に彼女の剣が弧を描けば、彼はギリギリの所で見切りを付けた。
やがて、二人の息が切れかけた頃に戦いが終わる。
「‥‥どう、ライト君もやってみない?」
「え、僕? でも、その‥‥」
「だーいじょうぶ。ライト君も出来るって」
「心配しなくていいよ。実際の模擬戦闘じゃなくて、この先端の紙袋を狙うゲームなら大丈夫だよね」
スッと構えるユーシスに、ゲームと聞いて目を輝かせるライト。渡されたライトメイスを手に彼は力いっぱい振り被った。
「ユーシス頑張れ! ライトくん負けるなー!」
陽の傾きかけた運動場で、システィーナの声援がどこまでも響き渡った。
●小高い丘で〜広い世界の真ん中で
佇む彼女の元、少年はぼんやりと見上げていた。
「少年、未来を考えるのはとても良い事だ」
ライトにとって、逢莉笛舞(ea6780)の言葉はほぼ頭上から落ちてくるに等しい。
「私は今まで色んな国を巡ってきた。様々な人間、いくつもの文化、それらは私の見聞を非常に満たしてくれた」
しみじみと語る舞。
イギリスから出た事のないライトにとって、異国の話は物語の中のそれに過ぎず、聞いているうちに目をキラキラと輝かせていく。
「少年、お前の見ている世界はごく一部だ。世界はもっと広い。そしてそれを、お前に実感して貰おうと思っている」
「なにするんですか?」
わくわくといった表情。
だが、それが数分の後には悲鳴に変わることをライトは気付くよしもなく。
「この大凧で広い視野を学ぶんだ」
「え? え? えぇぇぇ――ッ!?」
その日。
夕暮れとともにケンブリッジに泣き叫ぶ子供の声がこだました事は言うまでもない。
●食堂〜ささやかな宴
涙目になりながらもサインを全て貰った羊皮紙を差し出すライト。
その様子にルナは思わず頭を抱き寄せて、丁寧に髪を撫でてやった。
「ライトさん、貴方は自分の力で幾多の関門を突破してここまで来ました。それに自信を持ってください」
過去(むかし)から現在(いま)、そして未来(あした)へ。
それこそが歩むべき道である、と。
ルナは優しく微笑みかけた。
「それじゃあ、ライトくんやみんなの未来に‥‥かんぱーい!!」
システィーナの音頭に全員がコップを上げた。ライトもまた手にしたコップを掲げ、そして中身を一気に飲み干した――赤い液体を。
「ふにゃ‥‥あれ、世界が‥‥まわ、る‥‥――」
フラフラするライト。慌てて誰かが支えようと腕を伸ばすが、時既に遅し。真っ赤になった少年は、その場に引っくり返ってしまった。
「‥‥うーん、やっぱりまだ大人の味は、早かったみたいね♪」
ぺロリと舌を出すソフィアに、誰もが深い溜息をついた。