生きる理由

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 2 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月29日〜07月09日

リプレイ公開日:2005年07月18日

●オープニング

 少年は、一人で生きていこうとした。
 誰の手も借りず、己一人の力だけで。周囲の言葉にも耳を貸さず、頑として聞き入れる事はなく、ただ一人だけで生きようとしていた。
『あなただけでも‥‥生き延びなさいッ!』
 耳に残る、母の最後の言葉。
 その時の誓いを守るかのように、少年はまっすぐに前だけを見て歩いてきた――たった一人で。
 そんな信念が徐々に揺らいできたのは、最近のこと。時折、一緒になる冒険者達の言葉に、少しずつだが頑なだった心が解け始めているようだ‥‥。

「――フェイ! フェイだよねっ」
 ギルドの入り口で突然名を呼ばれ、思わずフェイは立ち止まる。声の方に視線を向ければ、そこには自分より年嵩の青年が、表情に嬉しさを滲ませて自分を見ていた。
 誰だ――無言のその視線に気付いたのか、青年が慌てて名前を名乗る。
「いやだな、忘れたのかい? マオだよ。ほら、随分前だけど何度かお互いのキャラバンが一緒になったことがあったよね?」
 キャラバン、と言われてふと胸に走る痛み。
 が、それをぶっきらぼうな顔に押し隠し、自分の記憶を思い返す。
「‥‥マオ‥‥昴星(マオシン)、か?」
「そうそう。いやぁ、懐かしいな」
 昔の知り合いに出会えて感慨深げに呟く昴星を前に、フェイはどこか居心地が悪そうに視線を逸らす。
 彼が何故ここにいるのか。
 ふと浮かんだ疑問が、つい口を突いて出た。
「‥‥マオ。お前、何しにここへ?」
「ん? ああ、少し護衛を頼もうかと思ってね」
「護衛?」
「うん。今、僕は色んな街で行商してるんだけど、今度行くことにした街までの街道には、最近盗賊が多いって聞いたから。だから、護衛の出来る冒険者を雇う事にしたんだよ」
 そう言って、彼は一枚の依頼書をフェイに見せた。
 報酬はそう多くないものの、街までの食事は依頼人で賄う旨が書かれている。
「いつも護衛してもらってるウィルが言うからね、今回は依頼を出してみたんだよ」
「え? ウィルっていうのは」
「ああ、一年ぐらい前かな。行き倒れてるところを助けてあげてから、ずっと一緒に回っているんだよ。なかなか腕が立つから、それまでにも護衛みたいなことをしてもらっているんだけどね」
 笑顔で言われ、何故かフェイの中で警鐘が走った。
 その理由がなんなのか。
 彼自身理解出来ぬまま、気が付いたら思わず口走っていた。
「オレが、引き受けてやる」
「え?」
「‥‥オレも冒険者だからな」
 フェイが咄嗟に口にした言葉は、いったいどんな感情からだったのか。
 ざわざわと沸き立つ心を誤魔化すように、昴星が持つ依頼書を引っ手繰る。
「ちょ、ちょっとッ」
「依頼、するんだろ? なら早く行くぜ」
 フェイの強引な案内の元、ギルドにまた一つ新しい依頼が掲示された。

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2153 セレニウム・ムーングロウ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5210 ケイ・ヴォーン(26歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea8583 アルフレッド・アルビオン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0029 オイゲン・シュタイン(34歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

とれすいくす 虎真(ea1322

●リプレイ本文

●噂
「盗賊の噂ですか‥‥」
 どこか猜疑的に呟くセレニウム・ムーングロウ(ea2153)。それは、出発前の下準備として色々な情報を酒場で得た帰りの事だった。
 今回の依頼のそもそもの発端である盗賊の噂。その真偽を確認する為に、酒場へと情報収集へ向かったのだが、実際のところそれはかなり曖昧なモノだった。
「確かに、何度か盗賊が出たという話は聞きましたが、果たしてそれが多いと言えるのかどうか」
「そうですね。色々聞いて回りましたけど、私は多いという印象を受けませんでした」
 セレニウムの肩に乗ったシフールのケイ・ヴォーン(ea5210)も、同じような感想を漏らした。
「聞いて回る限り、手口もそれぞれバラバラですし、人数の方も」
「私が聞いた限りでは、二、三人という話もありましたし、五人以上という話も聞きました。手口もバラバラだから、盗賊としては別々かと思いますし」
 二人の聞き込んだ内容から推察するに、それほど大きな噂はないという結論だ。
 それならば。
「なぜ、今回だけ依頼をすべきだと言ったんでしょうね?」
 ふと呟いたケイの疑問。
 依頼人の護衛であるウィルは、冒険者を雇うよう進言したのか。
「彼に関しての情報は、さすがにありませんでしたね」
 それを受ける形でセレニウムの言葉が続く。
 彼の立ち位置として幾つか考えられる推測。勿論、今の段階ではただの憶測だ。
 だが、どちらにしろ警戒しておくことは必要だとセレニウムは感じた。その考えにケイも少なからず同意する。
「彼が何かを知っているとしか思えないですから」

●道中
 冒険者であるフェイと護衛の人間であるウィルの間は、傍目から見てどこかギクシャクしていた。間を取り持つようにマオが明るい口調で話しかけるが、フェイはマオに対してすら、どこかぎこちない態度を取る。
「‥‥連中の人間関係など、どうでもよい話だ。俺達はプロとして、与えられた仕事を全うすればいいだけだ」
 無関心を装うケヴィン・グレイヴ(ea8773)はそれだけを言うと、再び周囲の状況の観察へと戻った。
 真実、冷たい人間ではないだろうが、ハーフエルフという境遇が彼に仲間と共にある事を厭う傾向にさせたのだろう。ある意味、フェイと同じ心境であるとも言えた。
「確かに正論だな。仕事を受けた以上、依頼人のために行動するのが冒険者の最低限の義務だしな」
 依頼人のマオの身を護るよう、ピタリと張り付いたままオイゲン・シュタイン(eb0029)が言葉にする。
 それに対して、同じように離れない位置にいた倉城響(ea1466)が少しおっとりした口調で切り替えした。
「でも‥‥少しはこの空気をなんとかしたいじゃないですか」
「――すいませんね。気を使ってもらって」
 苦笑交じりに答えたマオに、オイゲンが問い質す。
「‥‥ひょっとしたら、マオさんにとっては彼のための依頼なのかな?」
 ちらりと向けた視線の先には、努めて無表情を決め込むマオの姿があった。その周りをくるくる飛び回るケイに何かを言われては、時折顔を顰めたりもしている。
 その彼の様子に、マオは小さな溜息を零した。
「まあ、そうとも言えますね。何しろ彼に会ったのは十年振りぐらいだから、少しでも力になりたくてね。‥‥何があったか、多少聞き及んでるし」
 最後は小さく聞こえないように呟いたようだが、冒険者達の耳には微かに届いた。
 だが、近くにいたオイゲンはもとより他の者達も、それ以上聞く気はなかった。そのまま話題を変えてみるオイゲン。
「そういえば、今回の荷物はかなり大掛かりなモノのようだな」
 中小の商人と伺っていたからそれほどの荷物ではないと思っていたが、実際は荷車を引く程度には荷物があった。キャラバンとは言えないまでも、護衛で雇った冒険者の数を入れれば、小さいながらも立派な商隊だ。
「ええ。今回は、いつもと違ってかなり大きな商談だからね。まあ、それもあって今回は護衛の数を増やしたんだよ」
 マオの言葉に多少の不安が残る。
 ひょっとしたら‥‥という思いがオイゲンの中に生まれた。が。
「これだけいれば、余程の事が無い限り問題ないですかね」
 それに気付くことなく、アルフレッド・アルビオン(ea8583)がどこか暢気な風にそんなことを口にした。
「そうですね。噂だけが少し大袈裟に伝わっていたのかもしれませんけどね」
 響もどこかホッとしたように同じ意見を述べる。
 勿論、用心するにこしたことはなく、当初は殿は冒険者の誰かがする予定だった。
 だが、依頼人の希望であり、冒険者達の間でも可能性は低いと判断し、殿は今までどおりウィルに任せ、冒険者達はマオを中心にして周囲を囲うような配置を取った。
 その事が吉と出るか、凶と出るかは――数日の後に彼らは知ることとなる。

●襲撃
 まず最初に気付いたのはケヴィン。大気を通じで伝わってくる張り詰めた気配に思わず足を止める。
 ほぼ同時に、セレニウムが『ブレスセンサー』を行使した。瞬間、緑色の光に包まれ、その数を彼は識る。
「います。‥‥数は、六人」
 スッと指を差すと同時に、ケイが詠唱した。
「東方向へ白銀の矢を!」
 月光の矢が直線を描いて一気に突き抜ける。同じように放ったケヴィンの矢も、セレニウムが指差した方向へと飛んでいった。
「――くそっ、バレちまったぜ!」
 怒号と一緒に姿を現したのは、身なりから明らかに野盗と思しき連中だ。
「‥‥出たな」
 剥き出しの殺気に怯える事なく、フェイが一歩前に出る。それに負けじとオイゲンと響が前へと踏み出す。
「いかなる事情が存在しようが、盗人にかける情けなど無いと思え」
「――容赦、しませんから」
 すらりと抜いた剣を構え、二人は依頼者の前をガードする。近過ぎず、離れ過ぎない位置に立ち、彼らは向こうの出方を待った。
 現れた敵の数は六人でこちらは八人。とはいえ、後衛の人間もいるわけだから、前線で戦える人数は向こうのほうが多い。その事が連中の士気を煽る。
「構うこたぁねえ。やっちまえ!」
 上がった怒声に、唸りを上げて襲い掛かる。
 だが。
「たかだか盗賊に遅れを取るほど、甘くは無い」
 隙を突いたケヴィンの投射。二本の矢は、それぞれに野盗へ命中する。バランスを崩したところへ、オイゲンが一太刀の元に切り捨てた。
「ガハッ!?」
「言っただろ。容赦はしないと」
 反対側では、響が飛んできたダーツをさらりとかわしていた。
「はっ!」
 と、同時に剣を横に薙ぎ払う。女の細腕とは思えぬ力強さに、剣戟を受け止めながらも野盗はそのまま吹き飛ばされた。そこへケイが放った『ムーンアロー』が追尾する。
「私の矢からは、逃げられませんよ」
 形勢は瞬く間に冒険者側へと傾いた。フェイの突き上げた拳が相手の顎を割る。そのまま敵は意識を失い、体が地面へと投げ出された。
「これならリカバーやポーションは、必要ありませんね」
「そうですね」
 後方で待機していたアルフレッドの言葉に、セレニウムは静かに頷いた。
 だが、何故か一抹の不安が胸を過ぎる。確かにアルフレッドの言うとおり、いかに野盗の連中が強いとはいえ、このままいけばこちらの快勝だろう。
 それでも‥‥この不安はなんなのか。
「あの、マオさん」
「なんですか?」
「実は――」
 セレニウムが何か言いかけた、その時。
 野盗の一人が突然叫んだ。
「おい! 何をやってる、さっさとやっちまえ!」
 それは誰に向けての言葉だったのか。
 ハッと気づいたのは、疑惑を抱いていたセレニウムとケイの二人。
 だが、彼らが意識した時には、その影は既にマオの後ろに立っていた。

●裏切
 大気を裂く音がゆっくりと振り下ろされる。
 振り返る間もなかった。咄嗟にセレニウムはマオの体を横へ突き飛ばす。その反動で自分も避けようとしたが間に合わず、肩口に焼けるような痛みを受けた。
「ッ!?」
「セレニウムさんッ!」
 慌てて駆け寄ろうとしたアルフレッドだったが、そのまま横に払われた大剣の切っ先に食い止められた。
 そこには、成功した企みに笑む男――ウィルの姿があった。
「しまったっ!」
 急いで戻ろうとしたオイゲンだが、今度は逆に野盗の方に阻まれてしまう。視界の向こうでは響も同じように野盗の一人と対峙していた。依頼人から離れないと決めていた筈だったが、戦闘中の具体的な位置を決めていなかった事が仇となったようだ。
「そこをどいて下さい」
「そうはいくか。おい、ウィル! とっととそこの商人をやっちまって、金目のモン持ってこうぜ」
「‥‥そう、だな」
「させるか!」
 一歩踏み出す、その前にケヴィンが弓を構える。
 が、さすがに位置が近過ぎた。矢を放とうとする前に剣が振り下ろされると、咄嗟にそれをかわすしかない。
「それならこれはっ」
 シフールのケイが飛びながら『ムーンアロー』を放つ。対象の念を込めたその月光の矢は、障害物など関係なく命じた相手を撃つ。
 が、一撃でやられるほど相手も弱くない。その衝撃に堪え、すかさず大剣を振るう。微かな傷を負いつつもなんとかそれをかわす。
 なんとか彼の意識をこちらに、そう考えたケイは、そのままウィルの周りを飛び回った。
「ええい、ちょこまかと!」
 その間にも、もう一度ケヴィンが弓を構える。
 が、今度は仲間の姿がちらついてうまく狙いが定まらない。その時、前線で戦っていたうちの一人が飛び出してきた。
「はぁぁっ!」
 無鉄砲にも向かっていたのは――フェイだ。オイゲンが止める間もなく、その小さな体がウィルの前に躍り出た。彼が現れたということは、既に残す野盗達はウィルを含めて三人ということだ。
 さすがに不利を感じたウィルは、他の仲間に目配せする。
「‥‥やっぱり‥‥お前、が‥‥」
「なに?」
「最初から裏切るつもり、だったんだな」
「――当然だ。そのためにわざわざ一年もかけて、信頼を築いたんだからな」
「そんなッ!」
 ウィルの言葉にさすがに驚きを隠せないマオ。無理もない、一年近く一緒に生活を共にした仲間からの裏切りだ。ショックを受けるなという方が無理だろう。それは他の冒険者も例外でなく。
「一年もかけて‥‥ご苦労なことだ」
 呟くと同時に、オイゲンが剣を薙ぎ払う。
 だが、対峙していた野盗はその身のこなしでもってあっさりとかわした。そのまま攻撃してくるかと思いきや、何故か体の向きを反転する。
「あなた達は‥‥何のために?」
 身構えたまま対峙する相手に向かって、響が静かに問う。
 それに関しての返答は素っ気無いものだった。
「別に深い意味はねぇよ。お頭は試練だっつってるけどな」
「え?」
 放たれたダーツをかわした隙に、彼女の相手もまた素早く動いた。ほぼ同時に、ウィルもまた逃走を図った。
「ま、待てッ!」
 追おうとしたフェイを、オイゲンが慌てて押さえる。
「駄目だ。私達の目的はあくまでも護衛だ。それ以上の事をするなら、容赦なく見捨てる」
 冒険者として、依頼を優先させる事。たとえそこにどんな私怨があったとしても。
 暗にそう言われ、フェイは軽く唇を噛んで沈黙した。その姿を依頼者であるマオは、どこか痛ましげな視線で見つめる。
「とにかく街へ急ぎましょうか。セレニウムさんの治療もあるでしょうから」
 アルフレッドの言葉に、一行は一応の体勢の立て直しをしてから街までの道のりを行った。
 あれっきり野盗の襲撃もなく無事に依頼人を送り届けた後、しばしの休養を取ってから彼らはキャメロットへと戻ったのだった。

 あれ以来、誰に話しかけられてもフェイは黙ったままだった。
 その理由が明らかとなるのは、もう少し先の事となる――――。