●リプレイ本文
●準備
図書館の一角。
集められた冒険者達は、石版の文字に対してあれこれと様々な意見を取り交わしていた。
ちなみに彼らの目の前に置かれているのは、石版そのものではない。さすがにあの大きさの物をおいそれと動かせる訳がなく、また貴重な調査品として今は厳重な管理をされている。
「本物は絶対、外部への持ち出しはダメだよね!」
そんな蔵王美影(ea1000)の提案どおり、生徒会長も同じ事を口にした。
そこでシャルディ・ラズネルグ(eb0299)の手によって、担当するべき箇所を羊皮紙へと写したのだった。当然、万が一にも誤植がないよう、仲間内で何度も検討したのは言うまでもない。
そのうちにふと、シャルディは気づく。
「これは‥‥イギリス語、でしょうか? それもかなり古い‥‥」
イギリス語に関してかなり熟練の知識を持つシャルディだが、時折見かけるイギリス語にはない言い回しに少し首を傾げる。とはいえ、言語自体は、古いイギリスの言葉に近い。
「とにかく、一から調べていくしかないだろうな」
図書館から借りた何種類かの辞書を片手に、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が軽く呟く。
かくして、石版に書かれた文字の解読が始まった。
●不穏
「まぁ、よくわかりませんが、石版を解読するまで死守すればいいのですね」
本棚を眺めるふりをしながら、大宗院透(ea0050)は軽く息をついた。
ちらりと横目を流し、解読班の位置を確認する。それと同時に、彼らに近づく者がいないかどうかのチェックも行った。鋭い眼差しでの対人鑑定は、どこか周囲の奇異な視線を誘うが、本人はいたって気付いてない。
「ね、そっちはどう?」
そう気軽に声をかけた美影。
だが、その軽い口調とは裏腹に、周囲を監視する目だけは真剣だ。
「いえ‥‥今のところは‥‥」
「おいらのほうも、とりあえずは大丈夫かな」
そのまま二人は、今までの事件の事を振り返る。
「それにしても‥‥いったい、何が起きてるんでしょうね‥‥」
「そうだよね。なんかヘンな笛の音が聞こえたり、妖精さんが現れたり――それに今回の石版だって」
「‥‥シッ」
美影の言葉を透は口に指を当てて遮る。
同時に、彼もその意図に気付いて喋るのを止めた。そして何事も無かったかのように歩き出し、本棚の向こう側へ曲がって姿を消す。
直後、慌てて走っていく二つの影。二人が消えた本棚の角を曲がり、そこへ――美影の姿だけを見つける。
「ゴクローさま」
かざした右手。
途端、いいようのない香りが二つの影‥‥男達に纏わりつき、やがて静かな眠りの中へと落ちていった。
「‥‥終わった?」
「うん!」
彼らの背後から姿を見せた透の声に、美影はにっこりと笑みを浮かべて応えた。
●調査
「ええっと、これはなんだろう‥‥ほく、とう? 北東の位置って事かな?」
「どれどれ。ええ、そうですね。ここから北東という意味ですね」
辞書を片手に必死でジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)の言葉に、顔を覗かせたシャルディがそう付け加える。
さすがに言葉が覚束ないジェシュファだったが、残り二人の協力でなんとか解読の方も進める事が出来た。借りた辞書もその二人が選んだ物であるというのも大きいだろう。
「これでいくと、東の森にある『妖精王国』から、さらに北へという事ですね。エルンストさんの方は何か解りましたか?」
一方で調べ物を続けるエルンストに声をかければ、俯けていた顔をゆっくりと上げた。
いつもの無表情に加え、どこか疲労の色が見える。
「いくつか過去の伝承や昔話を調べてみたが、該当するものはほとんど無い。どうやら何かが隠されている節があるな。おそらくそれが今回の鍵になりそうだな」
それだけを言うと、再び解読へ向かう。
その様子を眺めながら、シャルディもまた辞書を広げるのだった。
「さて。もうひとふんばり、頑張りますか」
●騒乱
「えー行って来たのか?!」
思わず声を上げたガラハッド・ペレス(ez0105)に苦笑するシスティーナ・ヴィント(ea7435)。
二人が話していたのは、キャメロットでの騒乱の顛末。システィーナが円卓の騎士の格好よさを得意げに語れば、ガラハッドとしてはやはり悔しそうだ。
「ほらほら。あまり騒がしくしてると、他の人達に迷惑よ。ガラハット君もほら、今は妖精さん達の助けになることが一番よね。だから、一緒に頑張ろうね」
修学旅行以来に会うソフィア・ファーリーフ(ea3972)に諭され、いきなり声を上げた事が今更ながらに恥ずかしくなってきた。
思わず赤らめる少年に、ソフィアはクスクスと笑みを零した。
「ねえ。妖精さんが言ってた笛ってなんのことかな?」
市場での妖精の言葉を思い出し、システィーナが疑問を投げかける。
「多分‥‥アレ、だろ? 確か東の森のほうで」
ガラハットが口にしたのは、以前ギルドで扱った事件の事。多くの行方不明を出したそれは、まだ完全に解決されていない。
彼の言葉にシスティーナもそんな事件があったことを思い出す。
「そういえばそうだね。なんか鬼の話も色々聞いた気がするなぁ」
「邪妖精と呼ばれる存在もいるって話よ」
ソフィアもまた、そう一言付け加える。
そして、ふと立ち止まる彼女。
不思議そうに見上げるガラハッドとシスティーナに対し、口元に指を当てて静かに、の意思表示をしてからゆっくりと魔法の詠唱を始めた。『バイブレーションセンサー』――地面は壁の振動を捉え、その原因を感知する魔法は、異変に備えるためのもの。
が、それよりも先に彼らの前に現れた者達がいた。
着崩れた服装は、とてもじゃないがこの図書館に相応しくない出で立ち。へらへらと笑む口元からは、どことなく怠惰な印象を与える。
「なんだお前達は?」
一歩前へ進むガラハッド。
騎士としての心得からか、女性を護らなければという意思が働いたらしい。そのことをなんとなくカッコいいと感じつつ、システィーナも負けじと前へ進み出た。
「あなたたちいったい」
「俺達もな、石版とやらの解読に力を貸したいんだよ」
「そうそう、手伝ってやろうと思って来たんだ、なっ」
「だからほら、さっさとその場所に案内してくんねぇか?」
女子供だから、と侮っているのだろう。
だが、さすがにこの場で暴れられるのはマズイ。なんとか移動しなければ‥‥そう思っているところへ、男達の背後から近づく影がいた。彼らはその気配にまったく気付くことなく、ただ自分達をニヤニヤと見つめている。
そして。
「‥‥よからぬ輩か。わが一撃、受けてみるか?」
男達が声に気付いた瞬間、すでにその首元には一振りの両刃の剣が据えられたいた。
銀の髪がキラリと光り、その隙間からルーウィン・ルクレール(ea1364)の鋭い視線が男達を睨む。
「よ、よせ」
「このまま引くもよし。さもなくば」
刃が僅かに皮膚に触れ、薄皮一枚に赤い筋が浮かぶ。
「さて、どうする?」
その言葉を最後まで聞くことなく、男達は方々の体でその場から立ち去って行った。
その様子をじっと眺めていたガラハッド。
「すっげぇ!」
思わぬ感動に瞳を輝かせる。システィーナも同様に、どこか王子様を見るような視線をルーウィンに向ける。
騎士を目指す二人にとってルーウィンの行動は、しっかりと彼らのツボにハマッてしまったようだ。
●解読
かくして、解読を始めて三日。
与えられた範囲での解読のだいたいの部分は終了した。
「――解読した内容によると、どうやらここにはグランタと呼ばれる妖精の魔法使いについて、幾つか書かれているな」
「じゃあ、あの青い影はひょっとして‥‥?」
「おそらく、グランタ本人の幽霊のようなものだろうな」
エルンストの説明に皆、何かしらの衝撃を受けた。
自らが死んでもなお、何かを訴えたい事があるというのはかなり重要な事なのだろう。だからこそ、わざわざ石版の在り処を自分達冒険者に示したのだから。
「さすがにグランタさんに関しての詳しい事情は載っていませんでした。おそらく別の文章に記述があるのでしょう」
そう付け加えたシャルディだが、それ以上深く追求しなかった。
まずは自分達が与えられた事をする。それが、先へ進むための一歩になるからだ。
「その辺りに関しては他の方々にお任せするとして、問題はここです」
そう言って指差した一節。
そこに書かれている内容をジェシュファが一言一句丁寧に読み上げる。
「『東の森、隠された地に眠る妖精達の国。その北の森の中、王国を救いし偉大なる魔法使いは眠りに就く』‥‥たぶん、そこにグランタさんの墓地があるんだと思うんだ」
「東の北‥‥てことは、このケンブリッジからは北東って事か?」
ガラハッドの問いに、ジェシュファがこくりと頷いた。
そのままシャルディが言葉を続ける。
「そして次の文章が一番重要なのです。『滅ぼす事敵わず、石となりし巨人。その沈黙が解けぬよう、偉大なる魔法使いは目覚めのベルもまた己の懐へと封じる』と」
「目覚めのベル?」
「おそらく‥‥敵の狙いも、その辺りではないのか?」
エルンストの答えにハッと向き合う冒険者達。
「それじゃ、グランタの幽霊さんはこの事を伝えようと?」
発したソフィアの言葉は、今の彼らの気持ちを代弁していた。
「と、とにかく早いトコ生徒会長さんに伝えないと!」
「落ち着いて下さい、美影さん。とりあえず解読のほうはほぼ終わった訳ですから、一旦ギルドの方へ届けましょう。まだ少し解読出来ていない部分もあるのですが」
美影をなんとか落ち着かせたシャルディだが、少しだけ残念そうな目を写し取った羊皮紙に向ける。
とはいえ、そろそろ時間もギリギリなことは確かだ。
「じゃ、行こうか!」
システィーナの声を合図に彼らは立ち上がり、それぞれに図書館の外へと向かった。
その最後を務めたルーウィンが、ふと立ち止まって振り返る。
「‥‥どうしました?」
透の声に彼はいや、と小さく首を振った。
「気のせいか」
そのまま、何事もなかったように彼らは図書館を出て行った。
そして。
「‥‥ふーん、なるほどな。『目覚めのベル』か‥‥さっそくあのお方に報告だぜ」
書架の影に隠れ、騎士訓練校の制服に身を包んだままニヤリと笑った男の存在を、冒険者達はまだ知らない。