【聖人探索】受け継がれる記憶

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 30 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月16日〜09月23日

リプレイ公開日:2005年09月27日

●オープニング

●接触
 それは数日前の出来事。
 オクスフォードの片隅にある修道院。その一室の中で、二人
「‥‥すまんな。厄介な事を頼んで」
「まあ、別に構やしねぇけどさ。ちょうどこっちにも顔、出したかったし」
 パラの少年の相変わらずな口調に、院長はうっすら笑みを浮かべる。その表情は、やんちゃな孫を見守る肉親のそれに似通っていた。
「それに他ならぬ院長先生からの紹介だしな」
「そうか。だが、気をつけるんじゃぞ。なにしろ最近は、色々と物騒だからな。このオクスフォードもまだまだ復興には時間がかかるしのう」
「んなの、大丈夫だって。心配すんな」
 普段は大人顔負けの態度を取る少年――エルリック・リーンだが、その言動には明らかに子供っぽい雰囲気が滲み出ていた。それだけ院長に対して心を開いているのだろう。
 それから二、三言軽く言葉を交わした後、少年はゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、行ってくるぜ」
「‥‥無茶だけはするなよ」
「わかってるって」
 そう言って軽く手を振ると、彼は扉の向こうへ姿を消した。
 しばらくぼんやりと扉を眺めていた院長だったが、やがて次の仕事をするため扉へと背を向ける。その目に、と軽くテーブルの上のカップを片付け始めた。
 ちょうどその時。
 彼の耳にもう一度扉の開く音が届く。
「なんじゃ、何か忘れ物――」
 後ろへ振り向きかけ、彼はそのまま身を固くした。その拍子に手にしていた食器が、音を立てて落ちる。
「やあ、久しぶりだな」
「お、お前は‥‥ッ!?」
 驚愕にそれきり言葉を失う院長。
 そんな反応を気にする事無く、一歩一歩と近付いていくのは‥‥。
「今日はアンタに聞きたいコトがあって来たんだ――――」

●伝令
 ――それはオクスフォード候の乱の開戦前まで遡る。
「王、ご報告が」
 メレアガンス候との戦端が開かれる直前のアーサー王を、宮廷図書館長エリファス・ウッドマンが呼び止めた。
 軍議などで多忙のただ中にあるアーサー王への報告。火急を要し、且つ重要な内容だと踏んだアーサーは、人払いをして彼を自室へと招いた。
「聖杯に関する文献調査の結果が盗まれただと!?」
「王妃様の誘拐未遂と同時期に‥‥確認したところ、盗まれたのは解読の終わった『聖人』と『聖壁』の所在の部分で、全てではありません」
 エリファスはメイドンカースルで円卓の騎士と冒険者達が手に入れた石版の欠片やスクロール片の解読を進めており、もうすぐ全ての解読が終わるというところだった。
「二度に渡るグィネヴィアの誘拐未遂は、私達の目を引き付ける囮だったという事か‥‥」
「一概にそうとは言い切れませんが、王妃様の誘拐を知っており、それに乗じたのは事実です。他のものに一切手を付けていないところを見ると、メレアガンス候の手の者ではなく専門家の仕業でしょう」
「メレアガンス候の裏に控えるモルゴースの手の者の仕業という事か‥‥」
 しかし、メレアガンス候との開戦が間近に迫った今、アーサーは円卓の騎士を調査に割く事ができず、エリファスには引き続き文献の解読を進め、キャメロット城の警備を強化する手段しか講じられなかった。
 ――そして、メレアガンス候をその手で処刑し、オクスフォードの街を取り戻した今、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

●不穏
「‥‥では、その少年が来てから院長先生の様子がおかしい、と?」
「ええ、そうなのです」
 そして、現在。
 ここキャメロットにあるギルドへやってきた女性は、目の前の受付の男に対してその依頼内容の説明していた。
 彼女が相談に来たのは、自分が育った修道院の院長先生について。
 オクスフォードの片隅に存在する小さな修道院、その院長がここ数日様子がおかしいらしい。なんでも、院長を訪ねて二人の少年がやって来てから、というコトだ。少年といっても、彼らを見かけた修道院の子供達の話ではパラだったというから、実際は青年という事もあるだろう。
 どちらにせよ、二人のうちどちらかが院長の異変と関わりがあるのは間違いない、と彼女は考えていた。
「わたし、なんだか心配なんです。院長先生、昔からなんでも自分ひとりで抱えてしまう癖がお有りですから」
 育ててもらった恩もあるからだろうが、目の前の女性は本当に院長という人物を心配しているのだろう。
「何故、わざわざキャメロットまで?」
「今、オクスフォードは先の戦争のおかげで混乱の最中です。騎士団の方々も復興作業に忙しく、なかなか容易に動くことは出来ない状態ですので‥‥」
 ギルドには冒険者も大勢いる。
 そう聞いたからこそ、わざわざキャメロットまで彼女はやってきたと言う。
「ですから、どうか皆様のお力で院長先生の助けになっていただけませんか?」
 深々と頭を下げる彼女。
 それを見て、受付の男は手元の羊皮紙に新たな依頼を書き込んだ。


 ――修道院、その一室。
 一人たたずむ院長は、何度も大きな溜息をついた。
「まさか‥‥あやつが‥‥」
『――素直に教えることだぜ。ここの連中が大切ならな』
 あの日、去り際に残した言葉が耳の奥でこだまする。その度に沸き起ころうとする怖れにも似た感覚に、彼はそっと目を閉じた。
「儂はいったいどうしたら‥‥」

●今回の参加者

 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea2261 龍深 冬十郎(40歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4287 ユーリアス・ウィルド(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

クル・リリン(ea8121

●リプレイ本文

●謁見
 修道院まで辿り着くと、丙鞘継(ea1679)は馬上にいる皇荊姫(ea1685)の手を引いた。
「――姫、どうぞ」
「ありがとう、鞘継」
 笑顔でそう返したものの、内心は少し複雑だった。
 英国に到着して早々の依頼だったものの多少の遠出ぐらい自分の足で、と思っていた荊姫だ。だが、結局鞘継に押し切られる形で馬での移動となり、更にその手綱を彼に引っ張ってもらった経緯に他の冒険者達に申し訳なく思う。
 もっとも鞘継からすれば、自分のお仕えする姫の負担を少しでも軽く出来ればと考えるのは当然のこと。それだけはどうしても譲れない一線でもあった。
「結局、全員が先行する形になったな」
 馬で移動をした龍深冬十郎(ea2261)は無論のこと、他の仲間もセブンリーグブーツを使うことで通常の行程時間を大幅に縮める事が出来た。
「では参ろうか」
 先導する明王院浄炎(eb2373)が静かに修道院の扉を開け、彼らは中へと入っていった。
 案内されたのは、一番奥にある院長室だった。
「アリアという女性の依頼により、貴殿の護衛と手伝いを依頼されて来た」
 開口一番、浄炎が見せたのは依頼の書状。そこには、今回の依頼主であるアリアの名が記されている。
 それを見て、院長は小さく溜息をついた。
「そうですか。彼女が‥‥」
「彼女、随分と院長先生のことを心配してました。私達に出来ることがあれば、少しでもいいから気を晴らすお手伝いがしたいです」
 俯く院長の姿がユーリアス・ウィルド(ea4287)にとっての育ての親である師の姿と重なる。そのことが彼女の気持ちをますます一生懸命にさせた。
 僅かに身を乗り出し、覗き込むようにして視線を合わせてみる。
「ねえ、何がお心を重くしていらっしゃるのですか?」
「そうだよ。俺達がその不安を助けるからさ」
 沈みがちな雰囲気を一掃するよう、ベナウィ・クラートゥ(eb2238)が努めて明るく振舞う。
「しかし‥‥」
 それでもなお言い淀む院長。
 すると、それまで黙って成り行きを見守っていた冬十郎が、間にあったテーブルを強く叩いた。一瞬、場の空気が張り詰める。
「いいかい院長さん。ここで育った奴にとって、あんたは父親同然だ。子供が親の心配するってのは、世界のどこだろうと珍しくないだろ?」
 あの娘の気持ちも察してやれ。
 最後のその一言が院長の決意を揺さぶった。
「彼女、随分と不安な様子でしたわ。だからこそ、わたくし達に出来ることはないか、とこうして参った次第です」
 祈りを捧げ終えて室内に入ってきたアデリーナ・ホワイト(ea5635)の、そう告げた言葉で院長はゆっくりと顔を上げた。その表情には、どこか決意の色が見える。
 そこに至って、ようやく浄炎は何故彼が今まで口を噤んでいたのかを悟った。
「‥‥ひょっとして子供らに関わる事で悩まれていたのではないか?」
 彼もまた子を持つ一人の父親だ。
 だからこそ察するものがある。
「おっしゃるとおりです。このままではここにいる子供達が危険に晒されてしまう‥‥」
「どういうこと?」
 院長の言葉に疑問を浮かべたベナウィの呟きに、彼はただ首を振るだけで。
「しかし、あの子もまた儂にとっての我が子同然」
「え、じゃあ前にここに来たっていう二人のパラの少年って‥‥」
「二人? ああ、エルのことじゃな。ああ、二人とも‥‥エルもラージもこの修道院で育った子供達じゃよ」
「へえ〜」
 同じ種族だからか、ベナウィはどこか感慨深げに呟く。
「それで? 子供達が危険に晒されるとはいったい‥‥?」
 ユーリアスが続きを促すと、院長は意を決したように口を開いた。
「もう何年ぶりじゃろうか、ラージがここに顔を見せたのは。本当に突然じゃったな。あの子は、この修道院に伝わる口伝を教えろと言ってきたんじゃ。儂が一旦それを断ると‥‥」
「断ると?」
「教えねば、ここにいる子供らを皆殺しにすると」
 吐き出された告白に、冒険者達は皆色めき立った。
 ただ一人、あくまでも仕事として冷静に聞いていた鞘継が、確認の意味で院長に尋ねる。
「その口伝というは、それほど大事なものなのか? 子供らの命よりも?」
「‥‥命に代わる物などない。じゃが、どのみち伝えた途端、ここの者達を皆殺しにするじゃろう。全ての証拠を隠蔽するために」
 目がそう語っていた、と院長は呟く。そこに潜む色は、どれほどの悲しみか。
 かつて育てた者が誤った道を進んでしまった事に苦悩する。それは、親として当然の気持ちだと、浄炎はそう感じた。
 だが。
「‥‥どちらにせよ、今は一刻も早く子供達の安全を確保するべきですわね」
 言うなり、荊姫はすぐさま立ち上がった。
「院長様、どうぞここはあたし達にお任せ下さい」
 にこりと笑みを浮かべて出て行く彼女の後を、ゆっくりと鞘継が追いかける。その姿を見送ってから、他の者達もまた行動を始めた。
「今いる子供らの為にもだ、後の憂いは断っておくべきだ」
 最後に部屋を出ようとした浄炎の言い残した言葉。
 それは、今もまだ迷いの中にある院長の気持ちを見抜いた一言でもあった。

●襲撃
 一枚の毛布だけを被った冬十郎は、その気配を察して僅かに目を開けた。音を立てないよう身を起こし、もう一度確認する。
 間違いない、明らかに殺気にも似た気配が修道院の周りをぐるりと囲んでいる。
 見れば、同じような格好でごろ寝していた浄炎も、気配に気付いて起き上がっていた。
「子供達は?」
「すでに荊姫と鞘継が向かった。院長室の方へ集めた筈だ」
 事前の相談で緊急に避難する場所は、院長室に決まった。建物の構造上一番奥に位置し、また一番堅牢な造りをしていたからだ。
「冬十郎も急げ。ここは俺に任せ、子供達の下へ」
「わかっ――」
 言いかけた途端、ガシャンと窓の割れる音が響いた。
 次いで子供の泣き声が耳の届く。
「まさか逃げ遅れか?!」
 ハッと視線を向けると、ゆっくりとした動きで侵入してくる影がいた。動くたびに嫌な腐臭があたりに充満していく。
 そして、その前を懸命に走ってくる小さな影。
「こっちだッ!」
 冬十郎の伸ばした腕に必死と掴む子供。
 その小さな身体を抱え込むようにして、彼はもう一方の腕で剣を振るった。あいにくと狙いを定めることは叶わなかったが、なんとか牽制にはなったようだ。
 その一瞬の隙に、オーラボディで身を固めた浄炎が割って入る。
「急げ」
 発した声に無言で頷くと、冬十郎は子供を抱えたまま急いでその場を後にした。
 後を追おうとするズゥンビの前に浄炎が立ち塞がる。
「おっとここから先は通行止めだ。牙無き者の牙、不動明王の浄炎‥‥参る!」
 勢いよく繰り出した拳は、腐食した肉体を見事に貫いた。

●死闘
「ハッ!」
 気合一つで振り上げた拳がズゥンビの身体を吹き飛ばした。僅かに肉片が飛び散るが、鞘継は気にした様子を見せない。
 ただ背後に庇う子供達と、しいては彼らを守る荊姫を守るため。
「唯、主上の剣となるのみ‥‥」
 呟き、懐に秘めた小柄を素早く引き抜いて敵を切り裂く。
「鞘継、大丈夫?」
 心配そうな彼女の声に軽く頷くものの、すぐさま戦いの中に身を投じる。その背中を少し寂しげに見守る荊姫だったが、すぐに気を取り直して援護に回った。
 コアギュレイト発動の光が彼女を包むたび、ズゥンビ達はその動きを止める。その敵を鞘継が仕留めるといった行為を繰り返していた。
「それにしても、きりが無いですね」
 ウォーターボムを放ちながら、ユーリアスがぽつりと呟く。
 彼女の言うように今の彼らの実力なら、ズゥンビごときに遅れを取ることない。だが、数が多くなればそれだけ手間もかかり疲労が増していく。
 あるいはこれは、敵の誘導なのではないか。
 ユーリアスはそう考えてもみたが、すぐに否定する。そもそも、自分達がここにいるのは、アリアという女性からの依頼なのだ。それをラージという少年が知っているとも思えない。
 ふと、院長達のほうを見れば、ちょうど冬十郎が逃げ遅れた子供を連れてきたところだった。
「え‥‥?」
(「あんな子、ここにいたかな?」)
 浮かんだ疑問は、次の瞬間に氷解した。
「おっと、そのまま動くな」
 ベナウィの手にある木剣が、子供の首に素早く突きつけられる。
 と、同時に子供の手にしていた短剣が、アデリーナの手により冷たく凍らされた。
「残念ですが、もうそれ使い物になりませんわ」
 驚きに見開く院長の瞳に映る子供の姿が、数日前に会ったラージに変わる。一見すると普通の人間の子供のようだが、僅かに尖った耳がパラという種族を示していた。
 元々、昼間に子供らと遊んで顔を覚えていたアデリーナが変化を見破り、それに同調したベナウィが彼に剣を向けたのだ。
 だが、追い詰めた筈の相手――ラージは、別段焦る様子もなく、ただ平然と院長に向かって言葉を投げかけた。
「なるほど。わざわざ冒険者を雇うってのが、あんたの返答か? だったら‥‥」
「ま、待て!」
 慌てて声を荒げる院長。
 ベナウィと冬十郎に囲まれながらも、彼の余裕は消えない。
 本来ならその身を拘束する為の魔法を使うはずだった荊姫も、大量のズゥンビの前に魔法力を使い過ぎている。更には、まだ動けるズゥンビの群れがじりじりと近寄りつつあるのを、彼らは肌で感じ取っていたから。
 そんな膠着状態を脱したのは、他でもなく院長だった。
「‥‥口伝を教える。だから、子供達には手を出さんでくれんか」
「院長?! 何を!」
「ダメです! そんなこと」
 止めようとする声に彼は静かに首を振る。
「いいんじゃよ。最初からこうすればよかったんじゃよ。そうすれば、この子らに恐い思いをさせずにすんだからの」
 ズゥンビを目の前に恐怖に引き攣る顔を摺り寄せる子供達の頭を撫でながら、どこか落ち着いた様子で院長は語る。
「『――何処かに眠る獣 封じられし四肢が彼の元へ集いし時 至高なる道への導きなり 与えられし試練は険しき頂への軌跡 望む者 はるか高みをそこに見いだすであろう』‥‥この修道院の院長のみが口伝により伝える古き詞じゃ。」
「‥‥なるほどね」
 一言一句、おそらく頭に刻み込んでいるのだろう。それは冒険者達も同じだった。そして、そこに僅かな隙が生じる。
 唐突に砕けた窓。全員の視線がそっちへ向くと、再び数体のズゥンビが侵入しようとしてきた。
 と同時にラージの手に宿る黒き塊。ハッとベナウィが気付いたが既に遅く、一瞬にして視界が暗闇に覆われる。
「な、なに?!」
 焦って周囲を見回しても何も見えない。
 冬十郎が気付いて剣を振り下ろそうとしたが、それより早く彼の身が梟へと変化した。
「しまった!」
 バサッと大きく羽ばたいて、彼は素早く窓を潜り抜けて夜空へと飛び立った。後を追おうとしたが、新たに現れたズゥンビが邪魔をする。
「ちっ、仕方ねぇな」
 追う事を諦め、気持ちを目の前の敵に集中する。他の仲間達も、敵の掃討へ気持ちを切り替えたようだ。
 いくつかの疑問が頭を過ぎる。
 だが、今はそれを確かめる術はない。ただ目の前にあるズゥンビの脅威から子供達を守るだけだ。
「いきますわ」
 アデリーナの放ったウォーターボムがズゥンビの身体に穴を開ける。動きの止まった相手を袈裟懸けに切り捨てる冬十郎。
 結局、全てのズゥンビを始末できたのは、それから一時間も後だった。

「‥‥ま、院長も子供らも無事だったんだ。とりあえず善しとするか」
 帰り際、浄炎の呟いた一言に彼らは心の内で同意した。