【子供の領分】おさななじみ?
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月09日〜12月12日
リプレイ公開日:2005年12月19日
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●オープニング
●ささいなきっかけ
それは季節も深まり、吹いてくる風にも肌寒さを感じるようになったとある日のこと。
マジカルシードの講義が終わった後、アルはいつものように自主鍛錬をしていた。日毎に強くなる戦士への憧れが、少年にとって身体を鍛えずにはおれなかったのだ。
そうして一通り終えた時には、周囲はすっかり暗くなっていた。
「やっべ、すっかり遅くなっちまった」
人気のない校舎から急いで出る。
その時、視界の端で何か動くものが目に付いた。ふと気になってそちらの方を振り向けば、なんのことはないナギの姿がそこにある。
校舎の影、ちょうど周囲から死角になりそうな場所に立っている。
「おーい、ナ」
ギ、と名前を呼ぼうとして、アルは慌てて口を押さえた。とっさに自分の身を近くの物陰に隠す。
そこにいたのはナギだけではなかった。彼の真正面で向き合う形で、見た事のない少女が一緒に立っていたのだ。
「‥‥あ、あの‥‥私‥‥」
か細い声が不意に届く。
見れば、少女は顔中真っ赤にしながら、懸命に話そうとしている。その表情の一生懸命さに、アルの胸中は何故かざわついた。
「私‥‥貴方のことが好き、です‥‥」
「えっ」
少女の告白に目を見張るナギ。
その表情には、驚きと嬉しさが交互に見え隠れしているのが遠目からでもアルにはわかった。
当たり前だ。何年の付き合いだと思ってんだ。ナギの事を一番理解してんのは、オレなんだぞ。オレが一番‥‥。
と、そこまで考えて、ハタと顔を上げた。
気が付けば少女の姿はなく、立ち去る後姿だけが遠くに見える。
一瞬、自分が何を考えていたのか理解出来なかった。なんでさっきみたいな事を考えてしまったのか。
「あれ、アル。トレーニング終わったんだ」
「な、ナギ!? ‥‥ま、まあな。そっちこそ何してたんだよ?」
いきなり声をかけられて驚くアル。
動揺した自分を隠そうと、ついついぶっきらぼうになる。そんな彼の様子を気にもせずに、ナギは一緒に帰ろうと誘ってきた
だが。
「いらねーよ。オレ一人で帰るわ」
「え‥‥?」
怪訝な顔をしたナギを一人残し、アルはその場をダッシュで後にした。
今の自分の感情が――どんどん沸き起こってくる気持ちがわからないままに。
●相談事
「――てワケなんだよ。なんなんだよ、この感情は」
「へえ、そんなことがあったのねぇ」
場所は変わって、ここは『クエストリガー』の受付所。
本日の当番である受付嬢は、いきなり相談に訪れたアルの話を、最初は嫌々と――途中からは非常に熱心に聴き始めた。
「で? それからどうしたの?」
「‥‥なんかさ、こう胸がムカムカすんだよな、ナギのヤツを見てると。だから、ついあいつのこと無視したりしてさ」
「ふぅ〜ん」
そこまで聞いて、受付嬢はにんまりといった笑みを浮かべた。どことなく瞳がキラキラしてる気がするのも、きっと気のせいではないだろう。
が、今のアルがそれに気付くことはなく。
「ねえねえ、それで? 君はどうしたいの?」
「だからさーちっとばかし相談に乗ってもらいたいんだよ。ここってそういうのでも依頼って出せるんだろ?」
いつもは気丈な視線が、今は不安に瞳が揺らいでいる。
アルのそんな様子に、またしても笑みが零れそうになったのを慌てて引き締めた。
「も、もちろんよ」
「この気持ちがさ、なんなのか知りたいんだよ」
「だーいじょうぶ、経験豊富な先輩方がきっと君の悩みを解決してくれるわ」
苦悩する顔も可愛いな〜。
と、頭を撫でながら受付嬢が思ったのは、目の前の本人には絶対に秘密だ。
●リプレイ本文
●お茶会へようこそ
大袈裟な溜息とともに、エリス・フェールディン(ea9520)は少しだけ頭を抱えた。
「参りました。こればかりは錬金術でもどうしようもありません」
錬金術の教師である彼女らしい言葉だ。
「自分の感情に戸惑って、つい邪険な態度を取ってしまったのか。‥‥若いな」
苦笑を浮かべる鴻刀渉(ea9454)。聞き及んだアルの話をありありと思い描き、自分の過去と照らし合わせてみたりした。
「と、とにかくさ‥‥アル先輩が悩んでるなら、力になってあげたいな。心ってすごく難しいって思うし。どこかゆっくり落ち着ける場所でお茶会なんてどうかな?」
「そうだな」
システィーナ・ヴィント(ea7435)が上げた提案に、刀渉は意義なく同意した。
同じ意見を持つユーシス・オルセット(ea9937)も、少々どもりながら、
「‥‥まあ、そうと決まったわけじゃないし、お茶会に誘ってアルの悩みを聞こうよ」
内心の動揺を押し隠し、表面上は平気な振りをする。そもそも彼自身、経験が足りないが故の悩みどころだ。
逆に、知識だけは十二分に知っているジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)は、今の段階では特にどちらとも答えなかった。嫌悪による肯定や否定もなく。
「とにかく落ち着いてアル君の説明を聞こうよ」
そんな彼らを一歩離れた立ち位置で、エリザベート・ロッズ(eb3350)は物静かに眺めていた。
「じゃあ、アルのヤツを呼んでくるな」
肝心の本人を呼ぶべく、ユーシスは立ち上がった。
●大人な二人
恐る恐るといった様子で入ってくるアル。
そんな彼を、今回相談に乗るメンバーの中では年長者の二人が出迎えた。
「やあ、よく来たな」
「いらっしゃいアルさん」
まず口火を切ったのは刀渉。
「‥‥で? なんか胸のうちがモヤモヤするんだって?」
「あ、うん。なんかこう‥‥ナギに彼女が出来んのかな〜とか思ったらさ」
ぽつりぽつりと語り出したアルに、彼は大人な余裕の笑みを見せる。
「あーなんだな。それは親友を取られる寂しさってヤツではないか? 焦燥感って言い換えてもいいか」
「べ、別に寂しくなんかッ!」
「まあ聞け。別にいいじゃないか。当然のように隣にいた子の、異なる一面を見たら誰だって戸惑うさ。むしろそれが原因で相手と距離を取ったら‥‥悲しむのは理由も分からない相手だぞ?」
ハッと顔を上げるアル。
その後を続けるように、エリスが言葉を紡ぐ。
「そうですわ。ちょうどいい機会ですから、生物の授業を行いましょうか」
「はっ?」
「専門外ですが、生徒のためですもの。雄と雌、二つが対になっての存続について説明しましょう」
「え、ちょっと、それは‥‥」
焦るアルに構わず、彼女の説明は続く。それはものすごく遠回しな、同性同士の感情の有無についてだった。
当然なんのことかワケの判らないアル。
さすがに見兼ねた刀渉が、横から助け舟を出した。
「まあ判りやすく言うとだな、心の棚の一番上に何を置くかは、人それぞれだ。恋人や両親、主君、親友など‥‥君の心の棚は、どういったものだ?」
「オレは‥‥」
押し黙って考え込むアル。
その様子を眺めていた刀渉。
彼の目から見て今のアルは、特にそういった偏った趣向とは思えないと判断した。それならば、今の自分達のやるべきことは、無責任にけしかける事ではない。
「いいですか。そもそも生物の殆どが――」
「エリス、その辺りで十分だろう」
「‥‥そうですか?」
刀渉に説得され、残念そうにエリスは口を閉ざした。
その間も、アルはまだ考え込んでいた。
●同年代の男女
「はい、アル先輩。林檎チップスあるよ」
「おう。ありがと」
システィーナが差し出したそれを手に取り、口に運ぶ。
「‥‥でね、やっぱりそれ、私にはヤキモチって思えるな」
「ブッ!」
驚いた拍子に、チップスがバリッと音を立てて砕けた。
真っ赤になって焦るアル。隣にいたユーシスも、口に含んでいたお茶を思わず吹き出した。
「ちょ、ちょっとシスティーナぁ?」
が、焦る二人に対し、彼女は清々しいまでの笑顔を向けた。
「友情でもヤキモチってあるよ。私も経験あるもん。ユーシスにはないの?」
「え、その‥‥まあ、確かに親友が他の人と仲良くしてると面白くないというのは良くある話だが」
「でしょう!」
得心、とばかりに手を打つシスティーナ。
彼女は言う。以前受けた依頼で「好き」という言葉について考えた事があったと。
「その時は、同室の女の子とユーシス、二人に対しての『好き』の違いがよくわからなかったんだけどね」
思い出したのか、ユーシスの方を見て苦笑する。
その態度に首を傾げるアル。
「あ、あのね‥‥今なら判るよ。恋と友情のヤキモチの違いが。ハロウィンの時に解ったんだ。全然違うって」
言ってから、ますます顔を赤くするシスティーナ。
それを見てユーシスも首を傾げた。その鈍感な態度に思わずムッとなるシスティーナ。どん、と軽い肘撃ちを彼女は彼に喰らわせた。
慌ててユーシスがその場を取り繕う。
「ま、まあ、その‥‥あれだ。どっちにしろ、その気持ちを気にして長引かせると状況は悪化するのが普通だし、男だったら正面からぶつかってみたらどうなんだ?」
「正面から?」
「ああ。失敗したときは僕たちが出来るだけフォローしてあげるから、まず自分の気持ちを正直にナギに話してみたらどうかな?」
(「‥‥あくまでも友情、だよね?」)
内心不安に思いつつ、ユーシスは出来るだけそっちの方向を考えないようにしながらアドバイスしてみた。
「そうだよ。アル先輩も、ちゃんと自分の気持ちを整理して素直に見つめれば、一番大事なものが何か忘れなければ大丈夫だよ」
「大事なもの、か‥‥」
「そうだよ。それに」
チラッと彼女の視線は、アルの手に向けられた。
クッキーの最後の一枚を摘んでいる手に。
「食欲あるようなら、大丈夫だよ」
にっこりと笑むシスティーナに、アルは口にしかけていたその手を止めた。
●北方異国の兄妹
他のメンバーが友情についての説明をしているのを、ジェシュファをぼんやりと眺めていた。
元々恋愛感情が欠落している彼にとって、「好き」という感情は一つしかない。たとえ知識で知ってはいても、いまいちピンとこないのが実情だった。
そんな兄の姿を、更に一歩引いた場所で眺める妹のエリザベート。
面白がるのでもなく。説得するのでもなく。
ただ‥‥流れに身を任せるだけだと彼女は決めていた。
「うーん、やっぱり何か違うかな?」
アルの様子を観察していたが、やはりいつもと違う印象を受ける。
勿論、それがすぐに恋愛感情に結びつくかどうかは定かではないが、ジェシュファは特に肯定も否定もする気がなかった。そういう関係を間近で見てきた彼にとって、それは日常と変わりないことだったから。
「ねえ、アル君。自分の気持ちが解らないなら、やっぱり一度落ち着いた方がいいよ。そうすることで何をしたいかが考えられるようになるんだから」
「何をしたいか? オレは別にアルと‥‥別に何も‥‥」
「そう? とにかく一度考えてみなよ」
けしかけるのではなく、あくまでも相談に乗るだけだ。
アルの気持ちを一方向に決めてしまえば、きっと若い彼の事だから一気に突っ走ってしまいそうだから。
「たとえどんな結果になるか判らないけど、アル君が後悔しなければ良いと思うよ」
「‥‥兄の言うとおりね。それ程急ぐ必要はないのだから、ゆっくり考えて決めるといいわ。決めるのは自分自身であって、他人が決めることではないのだから」
兄の言葉を引き継ぐように、それまで黙っていたエリザベートが横から口を挟む。彼女もまた、男同士である事を気にした様子はなかった。
が、それっきりまだだんまりを決め込む。
「じゃあ、オレはいったいどうすれば‥‥」
「だからじっくり考えようよ。僕らも少しは協力するよ」
見つめる二人の視線を受け、アルは深く深く考えこんだ。
そうして。
悩んだ末に少年が出した結論は――。
●思いのままに
「アル!」
「ナ、ナギ?」
「なんなんだよ、最近ずっと無視してさ」
「あ、ああ。悪い。ちょっと色々あったんだよ」
「なんだよイロイロって」
「うん‥‥あ、そういやこの前告白されてた彼女、どうしたんだよ?」
「――なんで知ってんだ?!」
「あ、いや、まあ、ちょっと女子が噂してたんだよ。で、どうなんだ?」
「んと‥‥あれは断ったよ」
「え? なんで?」
「なんでって、やっぱ今は修行中の身だろ。それに別に俺、今彼女なんて欲しくないもん」
「‥‥そっかぁ‥‥なんだ‥‥」
「なにホッとしてるんだよ」
「べ、別にホッとしてねえよ。ただ、その、あ、あのさぁナギ。オレ――」
「うーん、やっぱり声は聞こえないな」
「ちょ、システィーナ! あんまり身を乗り出すなよ」
少年二人が話しているのを、冒険者達は遠くから固唾を呑んで見守っていた。
こっそりと身を乗り出すシスティーナを、ユーシスが慌てて引っ張る。どこか楽しげな様子の彼女に、彼はやれやれと苦笑を零す。
「ふむ‥‥少しはわたくしの授業が役に立てばよいのですが。ま、私の恋人は錬金術ですけどね」
今回の依頼を通して、改めてそう認識するエリス。
「どちらにせよ、後は少年自身が決める事だ」
「そうだね〜」
穏やかな視線で見守る刀渉の呟きに、ジェシュファがのんびりした口調で頷く。
そんな中、エリザベートだけは遠目で仲直りしたようだと確認すると、さっさとその場を後にした。
その後、二人の仲がどうなったのか。
マジカルシードの下校を二人仲良く帰っている姿を見かけたとか。学生寮で楽しそうに談笑していたとか。図書館で四苦八苦するアルをナギが教えていたとか。
幾つかの目撃情報からどうやら元の鞘に収まったらしい。
――詳細は当然の如く、神のみぞ‥‥いや本人のみぞ、知るところだが。