【聖夜防衛線】操られたライト

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月28日

リプレイ公開日:2006年01月08日

●オープニング

 最近はすっかり冷え込んだ森の中を、ライトは急ぎ足で歩いていた。友達であるアースと遊んでいたら、すっかり遅くなってしまったのだ。
 幼馴染みの怒った姿が目に浮かび、うひゃあと顔を顰める。
 そして、ようやく森を抜けたその場所で、少年は出会った。
「――あれ? あの人‥‥」
 見た事のある長身の女性と、その隣にもう一人。なにやら密談めいた感じで顔を近付けて話している。
 ふと、女性の方が人の気配に気付き、こっちに近付いてきた。
 不思議そうに見上げるライト。あまり警戒心を持つことのない性格は、少年の美点でもあったが、この時ばかりは不運となった。
「えっと‥‥お姉さん、なあに?」
「ふむ。おぬし、なかなか良い目をしておるのう」
 外見の若さに似合わぬ年寄りじみた口調。
 ふとした違和感。それにライトが気付く前に、女性の行動の方が早かった。
「どうじゃ。少しわしのことを手伝ってみんか?」
「お姉さんのお手伝い?」
 ライトは見る。女性の顔を真正面から。
 瞬間――ニヤリと笑う女性の、瞳が妖しく光った。

●学生寮の異変
 最初に気付いたのはアルだった。
 奇妙な静けさが漂う寮の中、何かが変だと彼は感じた。
「おーい」
 友人を呼んでみたが、返事はない。
 いくら聖夜祭の準備があるとはいえ、全員が出払うなんて有り得ない。いつにない緊張感に、彼は背筋を正す。冷たい汗が首筋を伝って流れる。
 次の瞬間。
「うわぁー!」
 聞こえた悲鳴。
 咄嗟にその方へ駆け出した彼の目に飛び込んできたのは――。
「ラ、ライト‥‥どうして」
 蒼白な表情のナギが、右手を押さえて蹲っている。押さえる場所からは真っ赤な血が流れていた。
 そして彼の視線の先には、短剣を手にするライトの姿があった。
「ライト!」
「‥‥うん、あのね。お姉さんがやらなきゃならない事に、ナギ兄ちゃん達手伝ってくれない人が邪魔なんだって。だから僕、邪魔させないようにしなきゃ」
 アルの叫びを無視して、ライトは淡々と語る。
 その口調はいつもと同じのんびりしたものだったが、どこか虚ろな印象を受ける。剣呑さがところどころに見え隠れしているのだ。
「ライト、お前‥‥どうしちまったんだ?」
「お姉さんのお手伝い、しなきゃあ」
「――まさか、ル・フェイ先輩?」
 脳裏を過ぎったのは、最近見かけるようになった年上の先輩。マジカルシードの生徒だったと聞いたが、ナギ自身この学校へ入学して以来、彼女の姿など見た事なかった。
 まして、時折視界に入ったときにこっちを見るたび、ナギは何故か視線を逸らさずにはいられなかった。頭のどこかで鳴り響く警鐘が引っ掛かっていたのだ。
「うん、そうだよ。だから‥‥ナギ兄ちゃんもアル兄ちゃんも、邪魔しないように動けなくしなきゃ」
 言いつつ、手のひらに集まる炎の玉。
「危ないッ!」
 動けないナギの身体を庇うようにアルが飛び出す。
 直後、放たれた火球が花火のように爆発し、周囲の物が一気に吹っ飛ぶ。
 そして立ち込める煙が消えた後、そこに誰もいないことをライトは知る。
「あーあ、逃げちゃった。もう、また探さなきゃね。行こう」
 暢気にそう呟くと、ライトはさっさとその場を離れた。少年の後を何人もの生徒が付いていく。中にはモンスターの姿もまぎれていたのを、物陰に身を潜めていたアルとナギは確認した。
 二人は、咄嗟に身をかわして辛うじて直撃を避けていたのだ。
「くっそお、ライトのやつ」
「落ち着けって。きっと操られてるんだよ、その――お姉さんとやらに。俺だってちょっとヤバかったもん」
 その時のことを思い出し、ナギは思わず身震いした。
 どちらにせよ、早急に彼らの目を覚まさせることが先決だ。入り込んだモンスターも、みんなの力を合わせなければきっと勝てそうにない。
「じゃあ、とにかく残ってる連中を集めようぜ」
「うん、そうだね。操られてない人たちだって、俺ら以外にもいる筈さ」
 ライト達の姿が見えなくなった事を確認してから、二人は一気に飛び出した。

●今回の参加者

 ea5996 エルフィーナ・モードレット(21歳・♀・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea6004 エルネスト・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3350 エリザベート・ロッズ(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●集まった者達
 暖かな光が、ナギの怪我をゆっくりと癒していく。
「さあ、これで大丈夫です」
「ありがと」
 お礼の言葉にエルフィーナ・モードレット(ea5996)はにっこりと微笑むと、他にも怪我人がいないかどうか確認した。
「回復出来るうちにしておかないと、この状況では危険ですからね」
 幸いにも、今いるメンバーの中で深刻な負傷の者はいなかった。
「やれやれ。この後に家内とのデートだったんだが‥‥無事だろうか」
 この場に来る途中の騒動を思い返し、エルネスト・ナルセス(ea6004)は小さく溜息をついた。表情には出ないものの、どうやら楽しみにしていたらしい聖夜祭を台無しにされ、内心ではかなり憤慨しているようだ。
 そんな彼の呟きに、アルは思わず驚く。
「え、家内って結婚してたのか?!」
「――何を驚いている? もう32歳だ、別に結婚していても可笑しくあるまい」
「あ、いや、まあ‥‥そうなんだけどさ」
 しれっと口にするエルネストに、アルはしどろもどろになりながらも納得する。
 そもそもパラという種族の性質上、外見はどう見ても子供にしか見えない。だから、アルとしてはてっきり同い年かとばかり思っていたのだ。
「とにかく早く皆さんを正気に戻さないと!」
 混乱する人ごみの中を辛うじて抜け出てきたマクシミリアン・リーマス(eb0311)。途中見つけたライトに声をかけようとした途端、いきなり攻撃を仕掛けられて一時はパニック状態だった。
 どうにかアルやナギ達と合流した事で、ライトが操られていることを知ると、今度は彼の為に立ち上がった。
「一先ず、僕が様子を見てきますね。他の生徒さんや教師の方々が何人いるのかを把握しないと」
「あ、おい!」
 そうして彼は、素早くミミクリーで鳥に姿を変えると、他の者の止める声も聞かずに飛び出していった。
 バッサバッサと翼をはためかせて飛ぶその後ろ姿はまるで大鷲。
 元々、体格の大きさまでは変えられない魔法だ。寮の中で存在するには、少々形が大きすぎたようだ。
「操られてる人達には、気付かれ難そうとは思いますけどね」
 正気ではない、どこか虚ろな瞳を思い出すエリザベート・ロッズ(eb3350)。盲目的に何かに従おうとする者は、得てしてあまり周囲の状況に注意を向けないものだ。
 特別感慨もなく、彼女は呟く。
「まずはどうやって彼らを操っているのかを調べましょう。その上で対策を立てたほうがいいわね」
「そうだな。まずは、マクシミリアン君が戻ってくるのを待って‥‥」
「――しっ!」
 エルネストの提案をエルフィーナが途中で遮る。
 何事か、と全員が彼女の方を向くと、ゆっくりと手持ちの武器であるメイスを身構え始めた。同じように警戒を張るアルも、腰に下げていた剣を取る。
 二人の動作に、全員の緊張が高まった。
「来ますッ」
 エルフィーナの声。
 ほぼ同時に、身を潜めていた木の壁が無造作に壊され、無数の腕がそこから伸ばされる。子供の手、大人の手、中には明らかにモンスターと思しき腕。
 老朽化の進む男子寮においては、人間が本気を出せばいとも簡単に壊れる壁なのだと、その場にいた者達は納得した。
 が、勿論のんびりとそんなことを考える余裕はなく。
「ひとまずこの場を離れよう!」
 最年長のエルネストの指示に、彼らは素早く逃走した。

●狩人達の宴
 ゆっくりと大きな鳥が飛行する。
(「‥‥意外と操られている人は多そうですね」)
 なるべく見つからないように飛ぶマクシミリアンだが、何しろ人間大の大きな鳥だ。普通なら気がつきそうなものだが、エリザベートの指摘どおり操られている者達の目に彼は映っていないようだ。
 それが功を奏し、彼は存分に偵察をすることが出来たのだが。
「――マズイ」
 視界にいきなり飛び込んできたのは、モンスターが逃げる子供を襲おうとしている図。
 慌てて変身を解くが、今の状態ではほぼ無防備だ。たとえ飛び出したところで何が出来るという訳でもない。
 だが。
「止めなさい!」
 振り下ろそうとする武器に、殆ど反射的にマクシミリアンは飛び出した。
「グッ」
 咄嗟に襲われそうになっていた子供を腕の中に抱え込む。
 直後、激痛が背中を襲った。避けきれずに強烈な一撃を喰らう。
 辛うじて意識はあるものの、やはり思うように動くのは無理だろう。だが、この子供だけはなんとしてでも逃がさなければ。
 それは、騎士としての本能なのか、あるいは――。
「――ギャァアッ!」
 死を覚悟した瞬間、轟いたのはモンスターの断末魔の叫び。
 ハッと振り向いた先にいたのは、腕を伸ばしたエリザベートの姿。
「あまり先走らないことね」
 続けざまに稲妻が走り、相手の息の根を止めた。実に彼女らしい容赦のない一撃だ。
 助かったことには違いないが、さすがに一般人相手にもこれだと少し恐ろしい。
「あ、あの‥‥」
 その旨を注意しようとしたところ、その意図を察したのかあっさりと切り替えされた。
「操られてる人達相手には、傷つけないよう注意するわ。それに‥‥どうやら強い衝撃を与えれば、彼らも正気に戻るみたいよ」
「そうなのですか。それなら大丈夫でしょうか。さ、君も早く向こうへ」
「‥‥う、うん」
 自分が庇った子供を避難させた後、
「それじゃあ行くわよ」
「え、どこへです?」
「――ライトのいる場所へ」
 エリザベートの指差した方向が俄かに騒然となる。


「いたぞ、ル・フェイ様に逆らう者達だ!」
「そっちに行かせるな」
 問答無用で襲い掛かってくる生徒達に対し、エルフィーナはただただ哀しい顔を向ける。
「ごめんなさい」
 謝りつつ、振り下ろしたメイスで相手を気絶させていく。その隣では、エルネストが放つアイスコフィンによって氷の棺へと閉じ込められていた。
 ここに来るまでに、何度も説得を試みようとした二人。
 だが言葉がまるで通じず、殆ど反射的に襲い掛かってくるのだ。そうなるとあくまで自衛のために攻撃せざるを得ない。
「ったく、馬の骨の言葉に易々と従うとはな。情けないッ」
「仕方ありません。それだけ彼女の力が強かったということでしょう」
「ル・フェイか‥‥」
 彼女の目的はいったいなんなのか、このような騒ぎを起こす事でいったい何をしようとしているのか。ふとそんなことに思いを馳せたエルネストだったが、今はひとまず現状を打破する事が先決だ。
 先行するアルとナギにもう一度問う。
「おい、本当にこの方向でいいのか?」
「ああ。操られてるって言っても、性格そのものが変わるワケじゃないだろ?」
「もしこの寮から出させない事を目的としてるなら、素直なライトならきっと玄関の方にいる筈」
 言いかけたナギの横から、彼を捕まえようと腕が伸びる。
「チッ! 友人に刃を向けるか、目を醒ませ!?」
 醒ませ、と言われて氷中に閉じ込めてしまえば世話はない。
 が、そんな軽口を言う暇は当然ない。
「邪魔しないで下さい」
 二人を護るようにメイスを振るうエルフィーナ。
「私、ライトさんの顔を知りませんので同じ対応してしまうかもしれませんが」
「構うことねえさ。ガツーンと一発キツイのをお見舞いしてやれよ」
「おいおい、アル。そんなこと言ってたらまた」
「伏せろ!」
 ナギの言葉を遮るエルネストの叫び。
 と、同時に炎が勢いよく飛んできた。エルネストのおかげで難を逃れた一行は、その炎の発生源を注視する。
 すると、そこにはにこやかな笑みを浮かべたライトが立っていた。
「駄目だよぉ、ちゃんとここにいなきゃいけないんだからね。お姉さんに怒られちゃう。ナギ兄ちゃんもアル兄ちゃんも大人しくしてよ」
 続けて魔法を放とうとしたところへ、ちょうどマクシミリアンとエリザベートが追いつく。
 何の躊躇いもなく攻撃しようとするライトの姿に、マクシミリアンは心を込めて呼びかけた。
「ライトくん、正気に戻ってください! お姉さんよりもライトくんには、もっと大切な仲間や先輩がいるでしょう。何のためにケンブリッジに来たのか、どうか思い出して下さい!」
「そうよ、あなたはあなたでしかないのよ! 自分で全てを考えて決めないと駄目! 操られて大好きなアルやナギを傷つけるなんて絶対駄目よ!!」
 普段は大人しい印象のあるエリザベートも、この時ばかりは強い口調で説得した。
 その声に何かしら感じたのか、ライトの動きが僅かに固まる。
「ライト!」
 アルやナギも名前を呼び続ける。
 すると、虚ろだったライトの瞳が僅かに揺らいだ。ほんのりとだが意志の光が宿り始めている。
「あと少しですね」
 後は何かの衝撃があれば、とはエルフィーナの言。さすがに彼女自身のメイスで攻撃するのは、相手が小さい子供ゆえの戸惑いもあった。
 その時、マクシミリアンが躊躇なく飛び出した。
 パシーン!
 喧騒の中に響いた甲高い音。一瞬の沈黙がその場を覆う。
「ライトくん‥‥ッ」
 じわじわと張られた頬が赤くなる。
 すっと手を当てたライトの目は、先程までの虚ろなものではなく、はっきりと目の前に立つマクシミリアンの姿を捉えていた。
「あ、あの‥‥僕‥‥」
「――正気に、戻りましたか?」
 安堵の笑みを浮かべるマクシミリアン。
 直後。
「ほら、ぼさっとすんな! とっとと脱出するぞ」
 喧騒が戻ると同時に、エルネストが声をかける。ハッと周囲を見渡せば、まだまだ他にも操られた者達がいる。
 が、まずは一旦外への脱出が先決だとばかりに脱出した。
 折りしも、どうやらライトが玄関口の最後の砦だったようで、彼らは無事に男子寮を脱することが出来たのだった。

●戦い済んで
 ――その後、正気の者達が集まり、なんとか騒動を鎮圧することが出来た。強い衝撃を与えて正気を取り戻していった者達はそのまま味方となり、協力することで紛れ込んでいたモンスターを撃退していった。
 全てが終わった後、なんともぎこちない雰囲気が学校中にあったが、エルネスト達が心のケアを努めることで徐々にだが蟠りも解れていった。
 ライト自身も自分が操られた事で落ち込みはしたが、仲間や友達の説得でようやく元気を取り戻したようだ。
「ライトくんは元気が一番ですよ」
「そうね。それに彼のせいではないのだから」
 ホッと呟くマクシミリアンと、にこやかに見守るエリザベート。
「罪は操った者達にありますし」
「とりあえずは大丈夫だな。さて、そろそろ家内を探しに行くか」
 怪我の治療に忙しいエルフィーナの後ろで、ひと段落着いたことでエルネストはその場を後にする。
 やがて、中断された聖夜祭が始まると、ケンブリッジは再び活気を取り戻したのだった。