●リプレイ本文
●曲げられない決意
懐かしい顔にヴィクトリア・ソルヒノワ(ea2501)が声をかける。
「やあ」
親しげな口調に、だが依頼者であるエルリック・ルーン(ez1058)は無言のまま顔を背けた。そんな少年の態度につい苦笑を洩らす。
「相変わらず‥‥また坊や絡みの仕事だねえ。聞いたよ、前回のズゥンビ使いは坊やの兄さんだって話じゃないか」
「――だから? それがどうした。下手な説教なんか聞く気ねぇぞ」
「別にあたいはとやかく言うつもりはないさ。肉親の行為を肉親がケリをつける、小さいながらも責任感は立派じゃないかって言いたいのさ」
『小さい』に反応して眼光鋭くなったのを、ヴィクトリアは素知らぬ顔で受け流す。そんな様子を集まった冒険者達は、誰もが心配そうに見守っていた。
特に友人からエルの話を聞いていたティアラ・フォーリスト(ea7222)には、今のエルの気丈な振る舞いがとても痛々しく見える。
「すごく‥‥複雑な気持ちなんじゃないかなぁ」
これまで散々罪のない人々を苦しめてきたラージ。兄弟だからこそ酷い事をする兄を許せないという気持ち。多分それは、言葉でうまく表現出来ない感情なのだろう。
「少しでも力になれるよう、あたし頑張るから」
小さく拳を握り締め、彼女はそんな決意を示す。
「兄弟が袂を分かち戦う、か‥‥」
呟くヴァレリア・フェイスロッド(ea3573)。
両者の間に何があったのか――それは、依頼主であるエルが説明するのを拒んだため、詳しいところは解らない。
だが、そこにどんな理由があろうとも一度受けた依頼だ。依頼主の意向に沿うよう努めるのが冒険者、ひいてはフェイスロッド家の誇りでもあった。
「アーリー、本当に行きますか?」
「勿論。折角の遺跡だもの、考古学の研究者なら一度は見てみたいわ」
重苦しい雰囲気の中で、ただ一人うきうきと明るいアステリア・オルテュクス(eb2347)。そんな彼女の様子に幼馴染みのアルセイド・レイブライト(eb2934)は、しょうがないですねと小さく溜息をついた。
元々、言い出したらきかないアステリアの性格。少々キナ臭い感じのする依頼ではあるが、それを言ったところで彼女は止まらないだろう。
その事を熟知しているアルセイドなので、今回も彼女に付いて来た訳だ。
それに。
「相手はエルリックさんを恨んでいるのでしょうか」
思わず呟いた声に、横で聞いていたフィーネ・オレアリス(eb3529)がつい反応する。
「少し違うと思います。以前、その相手を見た事はありますが‥‥」
思案げに首を傾げ、その時の様子を思い返す。
恨みよりはむしろ、自分を追ってくる事にどこか喜んでいた気がした。それはまるで‥‥。
「いえ、きっと気のせいですね」
浮かんだ考えをフィーネは即座に否定する。そんなことより今は、エル自身を手助けする事を最優先しなくては。
「邪魔をすれば、きっと私の事を恨むのでしょうね」
前を歩く少年の、小さな後ろ姿を見守りながら、彼女は辛そうに呟きを零す。
すると、その声が聞こえた訳ではないだろうが、彼の足取りが止まった。彼が視線を促した先に、遺跡に続く地下への空洞がぽっかりと口を開いて彼らを待ち構えている。
「よーし、それじゃ行きましょうか」
アステリアの明るい声の先導の元、一行は地下へと降りていった。
●闇からの声
多少入り組んだ通路は、自然なものでなく明らかに人の手が加えられた痕跡があった。
「すごーい! ホントにこれ全部、遺跡なんだね」
「アーリー、ほらあんまりキョロキョロしないで」
暗闇の中、目をキラキラさせるアステリアを、アルセイドが危なっかしげに見守る。エルが放つ緊迫した空気とは裏腹に、そこだけは何故かほのぼのとしていたのは、ある意味一行の緊張を和らげる作用に一役買っていた。
勿論、彼女だってただでキョロキョロしている訳ではない。
「大丈夫、きちんと見てるわ」
僅かに身を包む淡い緑の光。アルセイドに言われるまま、ブレスセンサーを行使するアステリア。
だが、彼らは失念していた。通常のモンスターならばともかく、今回退治するべき相手が息をしない死者である事を。
「危ない!」
最初にティアラが気付く。ランタンを掲げて闇を凝視していた彼女は、誰よりも早くその白刃を見つけた。
声に反応し、前衛のヴィクトリアとヴァレリアが動く。二人の手にはフィーネより借りた魔法武具。
しかし、彼女らよりも早くズゥンビの攻撃は、アステリアを襲った。
不用意に進みすぎていたことが彼女の不幸。それを辛うじて救ったのは、付かず離れずの位置にいたアルセイド。おかげで彼女は掠り傷だけで済んだが、庇った彼の方は背中をざっくりと切られていた。
「アル!?」
悲痛な叫びが闇にこだまする。
急ぎリカバーポーションを与えるアステリア。その様子を横目で見ながら、ヴィクトリアはズゥンビに向かってゲイボルクを突き刺すと、その一撃で敵は動きを止めた。
「大した威力だね。貸してくれて感謝するねえ」
「まだ来るぞ!」
背中合わせにヴァレリアが声をかける。見れば、何体ものズゥンビがこちらに向かってきていた。
その服装から、おそらく帰ってこなくなった調査団の連中だろう。
「‥‥酷い」
青ざめた顔でティアラが呟く。
それを聞き咎めたエルが、無表情のまま応えた。
「これがアイツのやり方さ。どうやら突破してみろってトコだろうぜ」
どこか焦りを含んだ声に、ティアラはハッと気持ちを引き締める。躊躇している暇はない。今はただ前に進まなければ。
「ラージさん‥‥酷い事し過ぎたよね? 死んだ人はちゃんとあの世に逝かせてあげなきゃ」
言うなり、素早く彼女の魔法が発動する。すると、見えない力によって敵の動きが鈍くなる。
その隙を見逃すことなく、アステリアが魔法を打ち込んだ。アルセイドが傷つけられたことで彼女の感情は一気に昂ぶり、狂化に近い衝動が彼女を突き動かす。風の刃が一気に切り裂き、バラバラにしていった。
味方ながら空恐ろしいもの感じつつ、それでも一行は襲い来るズゥンビの群れを進む。
「不浄なる輩よ、去りなさい!」
いつになく厳しい顔でフィーネがホーリーを放った相手は、グレムリンという名のデビルだ。ちょうど前衛の二人に空から襲いかかろうとしたところを、寸前で見つけたのだ。
「助かったよ」
魔力を帯びたショートソードで切り払ってから、ヴァレリアが礼を言う。
「いえ、大したことではありません」
「連中が出てきたってことは、そろそろ兄貴のところだろうかねえ」
あらかた敵を倒した後、ヴィクトリアが注意深く周囲を見渡したその時。
「へえ。なかなかいい勘してるじゃないか」
不意に聞こえてきた声。
誰もがハッと振り向く。その視線の先、祭壇の上に座った格好で彼はいた。
「‥‥兄貴」
ポツリ、と。
小さな呟きが誰に聞こえるともなく闇へ消える。
●秘めた理由
そのズゥンビは、今までのものと明らかに違っていた。屈強な肉体、見事な剣さばき、どれを取っても冒険者達に引けをとらない。
「くっ、なかなかしぶといねえ」
疲労が見えるヴィクトリアの声。
決定打を与えなければ、死者は動きを止めない。何度も叩き伏せようとしたが、ことごとく受けられてしまった。
荒げる息の、その隙を突いて襲うグレムリンの影を、ヴァレリアが迎え撃つ。剣を真横に薙ぎ払ってその手応えを確認する。
「そこだ!」
姿を隠そうとする寸前、彼女は一気に加速する。その勢いのまま剣を突き立てれば、避ける間もなく切っ先がグレムリンの胸元に深々と吸い込まれた。
「そろそろ行くよー!」
ティアラが大声で叫ぶ。
その意図を察知したヴィクトリアとヴァレリアが素早く退くと、彼女は一気にグラビティーキャノンを天井に向けて放った。崩れる音を立てて落盤してきた岩が、ズゥンビ達の群れを分断していく。
とはいえ、生き埋めにならない程度にセーブした威力だ。ある程度まで崩れると、やがて地鳴りも小さくなっていった。
そして。
「これでゆっくり話せますね」
殆どのズゥンビと分断され、今やラージは孤立無援の状態だった。彼を囲むのは、エルを筆頭に彼の傍に控えるフィーネ。そして二人一組で動いていたアステリアとアルセイドだ。
「へえなかなかやるじゃないか。で、何を聞きたいって?」
観念したのか、或いはまだ何か奥の手があるのか。
変わらない余裕の笑みを浮かべてラージが問う。その様子に今にも飛び掛かりそうなエルを、フィーネが優しく抱きとめていた。
「おい!」
「‥‥落ち着いて下さい。今はまだ」
静かに諭されたエルの感情が落ち着く頃合いを見て、アルセイドがゆっくりと尋ねた。
「どうしてラージさんは、そんなに死者を冒涜するような行動をするのですか?」
その間も油断なく彼の様子を探る。
ここまでを散々切り抜けてきた相手だ。どんな手を隠しているのか油断ならない。
それに。
(「ここは男性の私が手を下さなければ」)
そんな彼の決意を横にいたアステリアだけが気付く。伊達に長年一緒にいる訳ではない。
(「‥‥アルにそんなこと、させたくないのよ」)
近しい人以外どうなろうと構わない彼女にとって、アルセイドだけが唯一つのもの。だから彼の心を守るために自分がやろうと、いつでも魔法を使える準備をしていた。
「――死者を冒涜?」
「そうです。亡くなってしまった方を道具のように扱って」
クスリ、と彼が笑った。それは今までの皮肉めいた笑みでなく、どこか遠くを見た寂寥にも似た微笑。
が、次の瞬間、がらりと雰囲気が変わる。
「はっ! 所詮、死んだらそれでお終いさ。それを俺がどう使おうと勝手だろ。あの爺さんがそう教えたんだぜ」
「――違う! じっちゃんがそんな事、言うわけねえ!」
あまりの物言いにエルが叫ぶ。
「じゃあ、本人に聞いてみな。もっとも喋れたら、だけどな」
言うなり、ラージの背後に現れたのは酷く腐ったズゥンビ。それを見た途端、エルが顔面蒼白になって固まった。
そして、彼の口から小さく震える声で「じっちゃん‥‥」と呟かれたことで、他の冒険者達も驚きを隠せなかった。
ズゥンビの爪がエルを狙う。
咄嗟に反応が遅れたが、フィーネは躊躇することなく敵を切り裂いた。恨みも何もかも自分が引き受ける、その覚悟で。
「ラージさん!」
放ったホーリーがその身を襲う。ラージはそれを抵抗することなく受けた。
一瞬不審に思ったが、その思いをかき消すようにアステリアの放った稲妻が宙を裂く。ズゥンビを直撃したそれは、威力を弱めることなくラージ自身もダメージを被った。
僅かによろけた、その一瞬の隙をヴィクトリアが見逃さない。
「今だね!」
手にあるゲイボルグを勢いよく放つ。狙いをつけたつもりだが、やはり少しずれてしまった。
思わず舌打ちしかけたその時。
ラージがうっすらと笑ったのを、冒険者達全員は見た。そして彼が、よろめきながらも飛んでくる槍の前に身を晒すのを黙って見ていた‥‥。
「――なんで‥‥」
倒れた身体を揺さぶるエル。
にじみ出る血の量から、もはや助からない事は誰の目にも明らかだった。憎んでいた筈の兄の死を前に、何故か涙が出てくるエルの小さな背中をフィーネが痛々しげに見つめる。
「エルくん‥‥」
「さぁて最期に答えてもらおうかねえ」
静かなヴィクトリアの問いにうっすらと笑みを浮かべるラージ。
「‥‥あのままあの爺さんを生かしてたら、エルのヤツまで同じ道に誘っただろうさ‥‥」
「それを止めるために殺した、と?」
アルセイドの言葉にゆっくり頷く。その答えに信じられない、とエルの表情が変わる。
「エルリックさんだけは守りたかったのね」
ラージの気持ちが分かるアステリア。自分もきっと同じだから。
「ねえ、そろそろ出ないとちょっとマズイかも」
ほら、とティアラが指差したのは、今にも崩れそうな天井。どうやら先程の衝撃の余波が今頃きたらしい。
仲間達に促されて立ち上がったエルは、最期に一度だけラージの方へ向き直った。
「行くぞ!」
ヴァレリアの声に頷き、少年はそのまま駆け出す。
「‥‥さよなら、兄さん」
呟いた言葉は、崩れ落ちる地響きの中に消えていった――。