●リプレイ本文
●待ち合わせ
「遅い!」
声を荒げたのは、今回の依頼人でもあるエルリック・ルーン(ez1058)だ。
待ち合わせ場所にくる予定の人間が、本来四名の筈がまだ二人しか揃っていないのだ。元々大雑把な性格だが、さすがにいくらなんでも遅すぎる。
「まあまあ、落ち着いて下さい。もう少し待ってみれば‥‥ああ、ほら来たみたいですよ」
なんとか宥めようとしたアシュレイ・クルースニク(eb5288)が、人影を見つけて指差した。
そこへ焦ることなくゆっくりと現れたのは、どこか気だるそうな表情の女性だ。
「‥‥あら、小さい」
一言。
エルを見るなり、彼女――レイン・レイニー(ea7252)が呟く。
当然ながら、その言葉に過剰に反応するエル。
「んだよこらっ! 誰が視界にも入らないようなマメツブドチビだぁ――ッ!!」
まさに烈火の如きの怒りようだ。
が、そんな怒りもどこ吹く風とばかりに彼女はそれをあっさりと無視する。そして、自分の荷物を指差すと、意図もなげにこう言った。
「荷物、持って貰ってもよろしいですか? 私、重たいもの持てないし」
面倒だし、と胸のうちで呟くレイン。
当然ながら、これは更にエルの怒りに油を注いだ。
「なっ――」
「わ、わかりました。こちらの荷物ですね」
咄嗟に間に入ったシルヴィア・クロスロード(eb3671)によってなんとか一触即発は免れた。とはいえエルの方はいまだ腹の虫が治まらないようで、なにやらブツブツ呟いている。
そんな彼の様子にアシュレイとシルヴィアは、互いに顔を見合わせたまま苦笑を浮かべるしかなかった。元凶であるレインは、むしろそんな彼の様子をどこか面白そうに眺めていた。
「‥‥そんな眼で見ないでよ、一緒のテントに入れてあげるから」
「い、いらねえよ! それよりそろそろ行くぞ!」
「照れなくても」
「誰が照れるんだよ!!」
赤くなって先頭を行くエルに、普段は無表情のレインは口元に僅かな笑みを浮かべて後を追った。
「あ、あの‥‥あと一人、どうしましょうか?」
「残念ですが、これ以上は待つことは無理ですよ」
シルヴィアがまだ来ていない人を指摘するが、アシュレイが静かに首を振った。
彼の知人が調べてくれた情報によると、森に現れるドラゴンの影響はやはりかなり広がっているようなのだ。このままいたずらに時間を延ばすわけにはいかない。
「大事になる前に、早くパピィを見つけ出さなくてはいけませんからね」
「そうですか。それでは仕方ないですね」
そう呟いて自分を納得させるシルヴィア。
そして、二人もまた依頼人の後を追った。
●森の中へ
「私、ドラゴンに会うのが夢の一つでしたの」
森を行く道すがら、シルヴィアが少し恥ずかしげに口を開いた。
幼い頃に聞いた伝説に登場してきた竜に乗って天空を駆ける騎士。いつかは自分もそんな騎士になりたいと‥‥実のところ今でも少し憧れてもいた。
「子供とはいえ、ドラゴンですから少し楽しいです」
頬を染めながら語る彼女。
が、そんな彼女に対してのエルの返答はこうだ。
「そっかぁ? あいつときたら、あっちこっち物は壊すわ、じっとしてねえわ、挙句の果てには俺の頭にちゃっかり居座るっつう迷惑極まりねえぞ?」
その時の事を思い出したのか、少しだけ嫌そうに顔をしかめる。
思わずアシュレイから苦笑がこぼれる。言葉ではなんだかんだ言いつつも、彼の眼から見ても依頼人はそれほど困ってるワケではないようだ。
「なかなか楽しそうですよね。あ、道はこっちでいいのですか?」
獣道のような場所を指差してアシュレイが聞くと、エルは静かに頷いた。
依頼人に事前に確認したところ、特に大雨による川の増水もないとのことだ。だから、迷子になっているのならきっと水辺付近だろう、と。
「まだまだ子供なんですよね。でしたら、きっと興味あるものを追ってふらふら歩いているのではないでしょうか?」
「そうですね。私もそう思います」
アシュレイの言葉にシルヴィアも同意する。
実際、森の中に入って分かったことだが、それほど危険なものがあるとは思えない程の穏やかな森だった。野犬もいる、という話だったが、一向に出会わないところをみると、おそらく親ドラゴンが徘徊してるせいで皆警戒しているのだろう。
「ま、面倒がないことはいいことですわ」
後ろをついて歩いていたレインは、周囲に別段動く存在が無いことを仲間達に告げる。どこまでも続く森の景色に少々うんざりした様子だ。
「鳥の声がまだありますから、親ドラゴンの方はいないでしょうね」
耳をそばだてたシルヴィアは、鳥の鳴き声をしっかりと確認してから更に前へと進む。
本来なら二手に分かれる筈だったが、さすがにこの少人数では危険だ、と依頼人を含めて四人は一緒の行動をしていた。
そうこうするうちに、一行に川のせせらぎの音が聞こえてきた。
「あ、もう少しですね」
アシュレイが急ごうとするのを、レインがすっと押しとどめる。
「お待ちくださる?」
そう言って、静かにバイブレーションセンサーを使う。
‥‥数秒の後、彼女は静かに告げた。
「どうやら一匹、だけではなさそうですわ。大きさからいって‥‥これは野犬?」
その一言で、シルヴィアやアシュレイは、一瞬にして気を引き締めた。
「ドラゴンの子供を傷つけさすわけにはいきませんね」
「同感です。そんなことになったら、親ドラゴンはどうするか‥‥」
そこまで言って言葉を切った。
その続きは、想像するに難くない。
「‥‥行くぞ」
様子を伺っていたエルの言葉を合図に、彼らはいっせいに飛び出した。
●守る戦い
視界の開けた川原へと出た冒険者達。
その気配に気付いた野犬の群れが、いっせいにこちらへと注目した。その群れの向こうには小さいながらも奮戦しているドラゴンパピィの姿が見える。
子供とはいえドラゴンなのだからそれなりに戦闘力は高い。
だが、さすがに数の有利が働いてか少々苦戦しているようだ。
「あなた方の相手はこちらです」
鬨の声を上げて注意を引き付けるシルヴィア。手に身構えた剣を勢いよく振り抜いた。群れを相手にする場合、狙うのはリーダーと思しき存在。
同じように前線で剣を振るうのは、神聖騎士のアシュレイ。出来れば魔法で片を付けたかったのだが、生憎と相手は多勢だ。コアギュレイトを使って呪縛したとしても、すぐに新手が出現するためやはり接近戦での応戦の方がやりやすい。
基本的に二人とも逃げる野犬にまでは手を出さない。
本来の目的はドラゴンパピィを無事保護することであり、野犬たちを退治することではないからだ。
「ふう‥‥面倒ね」
溜め息をつきつつ、高速で魔法を使うレイン。手近に転がる石を浮遊させ、急所を狙うようにぶつけていく。
そのたびにギャンと甲高い声を上げながら、急ぎその場を走り去っていった。
「だいぶ減ってきましたね」
一息つくアシュレイが周囲を見渡すと、いまだ敵意を持つ野犬は残すところ数匹。
そのうちリーダーと思われた野犬に向かって、シルヴィアが一撃を仕掛けた。素早く近付いたところで、振り下ろした白刃がその眉間を二つに割る。
断末魔の声を上げ、ぐらりと倒れる野犬。
「これ以上‥‥まだ、やりますか?」
それは残された群れに対しての言葉。あくまでも殺気はそのままで改めて問う。
三人とはいえ冒険者たちの持つ雰囲気に圧倒されたのか。最初はゆっくりと後退りしていた野犬たちだが、途端蜘蛛の子を散らすようにあっという間に逃げていった。
●パピィを手懐ける十の方法?
さて、野犬は無事に撃退出来た。
問題は、ドラゴンパピィをどうやってこちらへ誘き寄せるかだが。
「餌で誘い出そうかしら? ちょっとお馬鹿ぽいかも‥‥」
レインが先に提案する。
すると、アシュレイもまた自分の考えを口にする。
「いえ、それより私が歌を口ずさみますから、そのメロディに気を取られてくれれば」
あーでもない、こーでもない、と議論する二人。二人ともドラゴンの生態には詳しくないので、決定的な手段が思い浮かばない。
その時。
「あのう‥‥ご相談しているところ悪いのですが」
途中で口を挟むシルヴィア。その視線はエルの頭の上へ。
「――お前なぁ‥‥」
呆れた声。
ちゃっかりと自分の定位置はここ、とばかりにエルの頭にしがみつくドラゴンパピィの姿がそこにあった。
「やはりそこが一番誘き出す手段でしたね」
シルヴィアが微笑ましく見守る中、キュウ? と首を捻る。
その仕種に、アシュレイは思わず触りたくなる。普段動揺しないレインですら、思わぬ可愛さに顔を緩めてしまいそうだ。
が、それも束の間。
一変した森の雰囲気。それまで僅かに差し込んでいた陽射しが一瞬で暗くなる。
「マズい! みんな隠れろ!」
その叫びの意味を問うよりも早く、彼らは急いで木陰へと隠れた。エルもまた、頭に乗っていたパピィを急いで川原へ下ろして同じように身を潜める。
途端、黒い影が急降下で降りてくるのを彼らは見た。
が、それを確認するよりも身を潜めて気配を消す事を彼らは選ぶ。僅かにでも動いてこちらに気付かれでもしたら、それこそ身の危険に直結するからだ。
「キュゥゥ〜〜」
パピィの鳴き声が響く。
それは、どこか安心したような印象を持っているように感じられた。
(「どうやら無事に親の元に戻れるようですね」)
胸中でホッとするシルヴィア。
それはアシュレイも同じだったらしく、彼女と視線が合った後、ホッと胸を撫で下ろした。
(「これで‥‥麓の村も安心です」)
やがて突風が辺りに吹いたかと思うと、大きな影はゆっくりと上空へ上っていく。それを察したレインは、依頼が終わったことの方に安堵の息を吐く。
「面倒そうな依頼でしたけど‥‥それなりに楽しめましたわ」
空を見上げながらうっすらと笑みを浮かべたことを、彼女自身は気付くことなく。