擬態――湖畔の恐怖
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:4人
サポート参加人数:4人
冒険期間:06月23日〜06月30日
リプレイ公開日:2006年07月03日
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●オープニング
そこはキャメロットより三日ばかりの道程にある、湖畔の景色が美しいことで少しばかり名の知られた村。
時折吹く風は穏やかで、避暑としても最適の場所だ。
それが、よもや恐怖に彩られる事になろうとは、村人の誰もが予想だにしていなかった。
「ちょっとリリー、そんなに引っ張らないで」
村の少女が一人、飼い犬の散歩へ湖畔に足を踏み入れた時。
突然何を察したのか、強い力で犬が綱を引っ張ったのだ。だがそれもいつものことだ、とのんびりと構えていた少女は、引っ張られるまま湖に足を浸す。
そして、次の瞬間。
彼女の悲鳴は、天をも劈くばかりに響き渡った。
「――湖に入っていった犬は、瞬く間に酸に溶かされたように焼け爛れたそうだ」
依頼により集められた冒険者達を前に、ギルドの受付に座る男が淡々と語る。
「少女の方はどうなったんだ?」
「幸いにも足首の火傷だけで助かったようだ。村へ帰って来た彼女は、ひどい錯乱状態だったみたいだがな」
冒険者の問いに答えた男は、苦虫を潰したかのように表情を変える。
両親が必死になって聞き出し、村の若い連中達が湖畔へ向かうと、既にリリーという名の飼い犬は無残な姿になっていた。
その現状を聞いて以来、少女はすっかり寝込んでしまったらしい。
「依頼は、一応その村からのものだな。ただ、少女の両親からも別口という形で依頼があってな」
――なんとか娘の元気を取り戻してほしい。
それが、両親からのささやかな望みのようだ。
「水の中で姿が見えにくく、酸で溶かすヤツっていえば‥‥まあ一つだな。さて、どうする?」
依頼書を差し出した男を前に、冒険者達は――。
●リプレイ本文
●話し合い
「私の祈りが聞き届けられたようで、まずは一安心ですね」
無事に人数が集まった事で依頼に出かけることが出来、軽く祈るような仕種を見せたソムグル・レイツェーン(eb1035)。年齢より若く見えるその表情が安堵するとともに、身を引き締める思いで目前に広がる湖畔を見つめる。
この綺麗な景色のどこかに、平穏を脅かすモンスターが身を潜めているのだ。
「うわー‥‥水に化けて相手を溶かす‥‥なんだか厄介すぎ」
同じように湖畔を眺めていた琴吹志乃(eb0836)が、わずかに顔を顰める。犬を殺された女の子のことも気になり、彼女の顔色はますます暗くなる。
とはいえ、これは自分が引き受けた仕事だ。
「ま、仕事ついでにここで涼めればいいかな。うん、頑張るよ♪」
どちらかといえばついでの方が本命の気がしないでもないが、彼女とてれっきとした冒険者、引き受けた以上は最後まで遣り通すつもりだった。
「それで村人から聞いたんだけど、湖っていってもそれほど大きくないのよ。人が近寄れそうな場所も限られてるって話だよ」
「そうすると、探す範囲も限られてくるな」
志乃の説明を受けて、シャー・クレー(eb2638)が自慢の顎を撫で付けながら頷いた。
「モンスターはおそらくウォータージェルだと思われます」
事前に聞いた情報をソムグルが知人に話したところ、おそらくそうではないかという回答を得ていた。これにシャーもまた同意し、更に見つけ出す手段を提案する。
「多めに持ってきた保存食を、探す範囲の場所に投げ込めばいいじゃん。そうすれば溶けた場所がやつらのいるところってことじゃん」
「そうだよね。やっぱりここは餌で誘き寄せて一網打尽、これっきゃない!」
グッと拳を振りかざして力強く頷く志乃。
「ほら、ちゃんと油も用意したんだから。これならきっと相手も我慢しきれなくて地上の方へ上がってくるよ」
その言葉を受け、冒険者達はもう一度湖面へと視線を投げた。
静寂漂う湖畔の風景。そこには何の悪意も無い、平穏そのもののように見える。
だが。
「犬の敵討ち、だね」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)の呟いた一言が、全員の心情を簡潔に表していた。
「さて、と。それでは行きましょうか‥‥犬を喰らい、少女を傷つけたモノ――ウォータージェルを駆逐しに」
最後にソムグルがそう纏めると、彼らはいっせいに湖畔へと向かった。
●潜むもの
漂う波間は青く澄んだまま、空から照らす太陽の光を反射させてキラキラと煌く。
集めた情報を頼りに、彼らは索敵に当たっていた。人の近づけそうな場所、つまり湖面と接することが出来る水辺を探し、そこへ持参した保存食を幾つか放り投げるという手段だ。
まず最初に少女の犬が襲われたという場所で試してみたが、結果は外れだった。やはり大方の予想通り湖の中を移動しているらしい。
「ダメだったね」
ガックリと肩を落とす志乃。
「仕方ない、次に行こーじゃんか」
慰めるようにシャーが肩を叩く。
そして。
「――ここも違いましたか」
沈んでいく保存食を眺めながら、ソムグルが小さく呟く。その言葉に他の三人はすぐに次の場所へ移動しようと踵を返した。
彼も後を追おうとして、もう一度だけ振り向いたその時。
「え‥‥ッ」
ドロリ。
湖面が不自然に盛り上がる。ハッと気付いた時には、保存食はみるみるうちに溶かされていくのを彼は見た。
「皆さん!」
叫んだ声に他の三人の視線がソムグルの方へ集中する。
ホッとする間もなく、水面が浮き上がり液状の塊が彼を襲った。
殆ど不意打ちに近い状態だったため、魔法の詠唱も間に合わない。とっさに後ろへ下がったものの、腕に強烈な痛みを覚える形となった。
「くっ‥‥間に合いませんでしたか」
「ユー、大丈夫か?」
咄嗟にシャーの放った槍の一撃が、ウォータージェルを貫いた。その隙にソムグルの元に集まった志乃とデメトリオスは、敵モンスターに向かって戦闘体制を取った。
そんな彼らの前で、湖から次々と姿を現した。先ほど退けた筈の一体も、ダメージはあるもののいまだ動こうとしている。
現れたウォータージェルは全部で四体。
「姿を現したね。よーしこうしてやる!」
志乃が勢いよく油をぶちまける。独特の鼻につく臭いが周囲に立ち込めた。次いで取り出した松明に火をつけると、それをウォータージェルに向けて放り投げた。
一瞬で油に火がつき、辺り一面が燃え上がる。その中で不定形のゼリー状の体が悶え苦しむように歪んだ。
だが、その炎もすぐに消えてしまった。
湖から上がったばかりの濡れた体のせいか、結局燃え移るものもなく表面の油のみを燃やしたにすぎなかった。それでも確実にダメージは与えている。
「動きを封じます」
詠唱の終わったソムグルが言い放つと、彼の身が淡い白い光に包まれた。そして彼と対峙していたウォータージェルの一体が動きを止める。
「上出来! 行くぜ」
それを見計ったようにシャーの一撃がその体を貫いた。
本来スマッシュを使えばそれほど時間なく倒せたのだが、今回は考慮に入れていなかった為に何度か攻撃を繰り返すことで倒すことが出来た。
「こっちもいくよ!」
多少の怪我を覚悟で志乃がウォータージェルに突っ込む。両腕のナイフを同時に振り下ろし、その体を切り結ぶ。手ごたえを感じた次の瞬間、相手の攻撃に痛みを覚える。
思わず顰め面になったとき、彼女の援護しようと放ったデメトリオスの稲妻が一直線に近付いてきた。
「ちょっ、危ない!」
とっさに避けた後ろでウォータージェルの悲鳴が上がった。どうやら直撃したようだ。
「もう‥‥やるならちゃんと言ってよね」
「ご、ゴメンよ〜」
思わず怒鳴ってしまい、相手をシュンとさせてしまった。
が、持ち前の性格からか、志乃はすぐに気を取り直してウォータージェルへと向き直る。デメトリオスもホッとしつつ、目の前の敵へと意識を向けた。
ウォータージェルも残すは二体。
それぞれに対し、冒険者たちは同じような戦法で対峙した。
デメトリオスの魔法の援護を受けて、前衛で攻撃を繰り返す志乃。そして、ソムグルが放つコアギュレイトで動きを封じたウォータージェルに対し、シャーが槍の一撃を繰り返す。
多少の傷も、ソムグルがすぐに癒した事で遅れを取るまではなかった。
「これで‥‥最後だ!」
動きの衰えたウォータージェルに向けて、シャーがとどめの一撃を放つ。深々と槍が突き刺さると、数度の痙攣の後にその身はようやく動かなくなった。
●心の傷
コンコン。
静かにノックした後でゆっくりと扉を開く。こちらに気付いた少女が振り向くと、目元を真っ赤に晴らした顔が痛々しい。
「‥‥少しよろしいですか?」
ソムグルが優しく語り掛ける。
どこか虚ろな眼差しだった少女に、少しだけ生気が宿る。どこか怯えた様子を見せたが、隣に立つ同じ女性の志乃がにっこり笑ったことで少し安堵したようだ。
「貴女の愛犬の敵は、無事取ってあげましたよ」
「そうだよ。リリーはね、きっと村人達の命を救ってくれたんだよ」
「え‥‥?」
二人の言葉に少女が声を上げる。
「あなたにとってリリーは大事な家族だったんだよね。大事な家族がなくなったのは、とても辛いと思うけど、いつまでも泣いてばかりだとリリーだってきっと心配で天国に行けないんじゃないかな?」
「でも‥‥」
「リリーの弔いは、きちんとしましたか?」
ソムグルの問いに、少女は小さく首を横に振った。
「でしたら、これからちゃんと弔ってあげませんか? きちんと天へ召されるよう、私が祈らせていただきますよ」
クレリックの身である彼に言われ、少女も少しだけその気になる。
わずかに顔を上げた少女に、志乃も元気付けるよう言葉を続けた。
「うん、そうしようよ。そして、少しでも元気、出そう? ね?」
「そうだぜ、少しでもユーが笑ってれば、きっと悲しみも癒されると思うじゃん」
いささか声をかけるのを躊躇っていたシャー。
が、意を決してそう声をかければ、少女は彼の顔に少し驚いたもののうっすらと笑みを浮かべてくれたのだ。その笑みを見た時、彼は改めて自分達がいる間は彼女を笑わせようと心に決めた。
「それでは‥‥さっそく行きましょうか」
ソムグルが差し出した手を取る少女。
その隣で志乃がすっと手を出すと、そこにはいつの間にか花が握られていた。
「はい、これ。リリーのお墓に飾ってよね」
「‥‥あ、ありがとう」
泣き腫らした目元を細め、少女はようやく笑みを浮かべることが出来た。
まだまだ悲しみは消えないだろう。だが、それでも少しは悲しみが癒されることを冒険者たちは心の中で祈るのだった。