●リプレイ本文
●整理整頓
「安かったのかも知れんが、よくそんなおまけ付きの家を買う気になったもんだ」
やれやれ、といった調子で来生十四郎(ea5386)が呟く。その間にも彼は、床に散らばった物を次々と箱へ片付けていく。
本当なら仕分けもしたかったのだが、依頼人のエルに壊されたくない物を確認したところ、「全部だ」という返事が返ってきたから仕方ない。
「せめて私物と以前からある物とがどれであるか判ればよかったのですが‥‥」
同じように箱へ詰めていくヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)、溜息混じりにそう口にした。
彼女としては、以前からある物にこそポルターガイストが取り憑いている可能性があると睨んだのだが、肝心の依頼人がまるで覚えていないというのでは話にならない。
無頓着もここまでくれば立派なものだ。
もっともそんな一点集中な性格だからこそ、研究などに没頭出来るのだろうが。
「前に一度、図書館に出るポルターガイストと一戦やらかした事あるんだけど‥‥」
以前の依頼を思い出しながら、部屋の中を見渡すシャンピニオン・エウレカ(ea7984)。
乱雑な状態の机の上。棚からは今にも物が溢れ出しそうで。
ここには、ポルターガイストの攻撃手段が幾らでも転がっていた。
「こりゃ、今回は結構ピンチかもねぇ〜」
「なあ、この重いヤツはそっちでいいのか?」
「あ、うん。そっちにお願いね」
シャンピニオンの指示に従い、狭堂宵夜(ea0933)は抱えたままの箱を端の方へ運んだ。床に置いた瞬間、ドンと音がしたことからそれがどれだけ重いかが判るというものだ。
「ありがとね。ボク、力仕事に向かないから」
シフールである彼女の言葉に、宵夜はなんでもないように嘯き、グッと腕を捲し上げる。
「なーに、俺なら体力は十分あるじゃん。これぐらいへっちゃらへっちゃら」
「おい、こっちの方を手伝ってくれ」
「まかせとけ」
体力のある男二人。
さらに細かいところまで気付くヴァレリア。
「やはり、これも大事なものなのでしょうね」
「あ、それはこっちにお願い」
シャンピニオンのテキパキとした指示の下、部屋の片付けは意外とスムーズに進んでいった。
「さて次にいくか」
ようやく一部屋を終えて、十四郎に促されるまま次の部屋へと移動する。
彼が扉を開けた瞬間、すぐにげんなりした表情になった。後ろから覗き込んだ三人も同じように呆れた溜息だ。
「やれやれ」
「こりゃあ‥‥」
「ポルターガイストの暴れた跡だね〜」
「死した後まで人様に迷惑をかけるとは‥‥」
四人それぞれの呟きが静まり返った屋敷の中にこだまする。
目の前に広がる散らかり具合は、先ほどの部屋の比ではなかった。
「幽霊か‥‥早いトコ成仏してくれんのがイチバンだな」
「そりゃそうだが、肝心の原因が解らないままだ」
この屋敷に来る前、十四郎が近所で聞き込んだ内容だと、もともとこの屋敷自体が幽霊屋敷と呼ばれていたようだ。依頼人のエルが購入するまでは、近隣の者は殆ど近付かなかったという。
「以前の住人も、そもそも避暑目的で建てた貴族らしいって話だからな」
エルから聞いた内容を思い出しつつ、とにもかくにも目の前の現状から目を背ける訳にはいかなかった。
「とりあえずお片付け、だね」
「そうだぜ。綺麗にしとけば、幽霊の悪戯心ってのを刺激するかもしんねえしな」
シャンピニオンの言葉に宵夜が一言付け加えると、彼らは再び室内の整理から始めた。
●情報収集
「――では、以前の持ち主については知らないと?」
「ああ。別に俺が直接買い付けたワケじゃねえしな」
鷹村裕美(eb3936)が念を押すと、エルはひょいっと肩を竦めた。
彼の言葉と近所の話を総合すれば、元々この屋敷は貴族の避暑のためのものらしい。その貴族自身はすでに没落したため、ここら一帯の土地はみるみる荒れていった。
そして、近隣に広がった幽霊屋敷の噂。
「ひょっとして‥‥その時からもうポルターガイストは――ふぎゃぁっ!」
考え事をしていた裕美は、何もない場所でものの見事にすっ転んでいた。思わぬ悲鳴に目が点になるエル。
そのまま彼女は、何事もなかったように突っ込んだ顔の汚れを払い、キッと強い視線を向けてきた。
「きっとポルターガイストは、その時からこの屋敷に憑いていたのかもしれない」
どうやらあくまでも素通りするつもりだ。
「ふっふっふ、依頼主様。拙者達が来たからには大丈夫でござる。物の怪などちょちょいのちょいどござるよ!」
「あ、ああ‥‥」
声高々に宣言する葉霧幻蔵(ea5683)。
その出で立ちは、明らかに他者と比べて異様だ。顔は天狗の仮面で隠し、全身を覆うのは鼠の着ぐるみ。
突っ込むよりもむしろその着ぐるみ暑くないのか?
思わずそう問い質したい欲求に駆られたエルだったが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。隣で見ていた裕美のほうも生憎と突っ込むことをしなかった。
それよりも、彼女にはもう一つ確認したいことがあった。
「ポルターガイストが現れる場所だが、だいたいどの位置かわかるか?」
「それは拙者も聞きたいでござる。もし、場所が特定されるのであれば、こちらから仕掛けることも――ん?」
途中まで言いかけて、幻蔵はふと耳を澄ました。
「どうした?」
「いや、今何かラップ音が‥‥」
彼の耳が捉えたのは、少し先に行った場所にある部屋から聞こえた音。屋敷をある程度調べて終えた彼らは、片付けの方に合流するために仲間の元へ向かっている。
そして、その部屋は今まさに仲間達が片付けをしている筈の部屋だ。
「まさか――」
問うよりも早く、裕美が駆け出す。
すぐに後を追う幻蔵とエル。
バタンと音を立てて突入すれば――今まさに、戦場と化していた。
●騒音騒乱
パシッ、パシン。
耳障りなラップ音が響く。
「そこだぜ!」
十四郎から借りた霊刀を、宵夜が勢いよく振りぬく。
だが、寸前のところで靄が避け、壁の一部を崩してしまった。
「ヤベッ?!」
そう思った瞬間、今度は逆に彼目掛けて白い靄が突っ込んでくる。交錯する瞬間、焼けるような痛みが走った。
「くっ!?」
思わず呻いて膝を付く。
「待って、お願いだよ。ボクらはキミのために何か出来れば」
「駄目だ。どうやら相手は聞く耳を持たないらしい」
鳴弦の弓を手にしたまま、十四郎がそう言葉を紡ぐ。
騒動はまさに突然だった。順調に部屋の片付けをしていた彼らは、いきなりの奇襲に最初こそ戸惑いはしたものの、なんとか体勢を整えるまでは出来た。
目の前に現れたのは、白い靄のような存在。
時折耳障りのような叫びを上げ、それは冒険者に向かって問答無用で襲ってくる。
「止むを得まい!」
出来れば説得を、と考えていた十四郎。
だが、まずは己の身を守らなくては何も始まらないのだ。無造作に弦を掻き鳴らせば、靄の動きが幾分遅くなった。
それでも不十分とばかりにヴァレリアがコアギュレイトを仕掛ける。
束縛された靄は、抵抗するかのように様々に形を変える。甲高いラップ音があちこちで響き、ガタガタと床や壁が揺れた。
「‥‥何か、泣いているように聞こえますね。いったい何が‥‥」
そう問い質そうとしたその時、ドアが開いて裕美と幻蔵が部屋の中に入ってきた。
「拙者が来たからにはもう安心。さあ、そこな物の怪よ! この『鼻高々ゲンちゃん』に免じて極楽往生するでござる!」
幻蔵なりの格好いい決め台詞、だったのかもしれない。
だが、彼の身は直後の突っ込みで床へと沈んだ。
「てめえの格好の方がよっぽど怪しいぜ!」
‥‥とうとうエルの中で我慢の限界が来ていたようだ。
それを横目で見ながら、裕美が警戒しながら霊刀を構える。その切っ先が靄に触れた瞬間、呪縛の解けた騒霊が一気に迫り来る。
「くっ‥‥避け切れなかったか」
素早く横へ移動したつもりだったが、僅かに腕を掠めたようだ。ヒリヒリとした痛みが敵の脅威を刻み込む。
「‥‥手加減出来る相手ではない、ということだな」
「もとより覚悟の上です。死者は、本来あるべき場所へと戻してあげなければなりません」
ヴァレリアの身が白く光を纏う。
何かを察したのだろう――即座に移動しようとした矢先、待ち構えていた宵夜の一撃が決まる。追って十四郎の持つ木剣が振り下ろされ、確実にダメージを与えていく。
その間にもソファーは飛び交い、机が宙に浮かび、壁や床が揺れる。
「動いたら駄目だよ!」
シャンピニオンが唱えたコアギュレイトが、再びポルターガイスト自身を束縛する。
一瞬だけの沈黙。
そこへ、ヴァレリアの放ったピュアリファイが強烈な一撃を与えた。次の瞬間、最後の足掻きとばかりに一際大きな叫びが冒険者達に直撃した。
思わず全員が耳を塞ぐ。
そして――白い靄は、跡形もなく消えていった。
●死者葬送
「‥‥なあ、少しいいでござるか? あの霊、なにやら同じ場所しか動かなかったように思うが、気のせいでござるか?」
殴られた頭を摩りながら、それまで遠巻きに見ていた幻蔵が気になった事を口にする。
「そういえばそうだな。ホントは別の部屋に追い込むつもりだったのによぉ」
「確かに。何故か、部屋から出ていこうとはしなかったな」
「――言われてみれば、そうですね」
宵夜の言葉を十四郎が引き継ぎ、そしてヴァレリアが同意する。
他に戦った者らも、何らかの疑問を抱いていたらしい。二つ返事で幻蔵の意見に頷いた。
「そういや、確かこの部屋にずっと前からの物があったっけ」
突然のエルの科白に、誰もがハッと振り返った。
「エル、それはなんだ?」
詰め寄る裕美の迫力に押されたのか、彼がまっすぐ指差したのは、先ほどの乱闘で崩れかけた壁――ではなく、そこに取り付けられている一枚の絵。
なんの変哲もない風景画だ。
「ホントは外したかったんだけどさ、なんでかしっかりくっついてるみたいで全然取れねえんだよな」
どこか暢気な声色のエル。
だがこの時、冒険者達の間にはとある予想が閃いている。
「あ、あのさ‥‥ひょっとして‥‥」
シャンピニオンが先陣を切って出してみた声が僅かに震えている。
そんな雰囲気を物ともせず、ズンズンと近付いていくのは幻蔵だ。額縁を無造作に掴み、力を込めて剥ぎ取った。
おそらく崩れかけた壁のせいだろう、それほど力を入れなくても簡単に外すことが出来た。
次の瞬間、冒険者達は思わず息を呑んだ。
崩れかけた壁。ぽっかりと開いた穴。
その向こうから覗き込んでくる――がらんどうの骸骨。何度も歴戦を潜り抜けてきた彼らであっても、さすがに最初の衝撃は大きかったようだ。
「‥‥これが原因、か」
咄嗟に黙祷する十四郎。
そして。
「安らかに――」
ヴァレリアの呟きにハッとなりながら、ひとまずの祈りを彼らは捧げた。