擬態――高みの極み

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 21 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜11月02日

リプレイ公開日:2006年11月01日

●オープニング

 その山は高く、絶えず雲の傘を被っていた。
 山道は常に霧に覆われており、視界はかなり悪い。加えて生い茂る木々が陽射しを遮るため、昼間でも薄暗い状態にあった。
 それでも、旅人や商人達の行き来が多少なりともあったのだが、ある日を境にそれもピタリと消えた。
 何故ならば。
 霧の中へ向かった者達は、その大半が二度と帰って来なかったから。
 辛うじて逃げ延びた者の話では、突然の悲鳴に振り返ると、そこにあったのは頭から酸を被ったように焼け爛れた仲間。液状の何かに覆われ、既に絶命しているのが一目で判ったそうな。
 そんなことが続いた結果、やがてその山道を行き交う人間は誰もいなくなった。

「‥‥なるほど。で、お前さんの依頼というのが」
「兄ちゃんを探して欲しいんだ」
 ギルドの受付に座る男は、カウンターの向こうで強い眼差しを向ける少年を見る。
 年の頃は十二、三といったところか。幼い顔で、だが溢れる感情を懸命に押し殺そうとしてる様がよく解る。
 彼の兄は行商で、山を越えた場所にある町まで出かけたらしい。
 それが一月前。
 それ以降、兄からの連絡は途絶え、帰ってくる様子もない。行商の仲間に少年が尋ねたところ、件の山道を通って行ったという。折りしも霧の濃い明け方に。
 それが何を意味するのか、解らぬほど少年は子供でもない。
「だがボウズ、お前の兄ちゃんは――」
「解ってる。ひょっとしたら兄ちゃんは、もう‥‥」
 続く言葉を、少年はグッと飲み込む。
 代わって出てきたのは。
「ホント、兄ちゃんたら昔っからせっかちでさ。のんびりするってこと知らないんだよね。今回だって、オレが早く帰って来て、なんて言ったからって‥‥急ぐことなかったのに」
 噛み締める唇から僅かに滲む赤。
 それに見ぬ振りをした男は、無言のまま依頼書にペンを走らせた。
「なら、依頼は兄ちゃんの捜索か。何か一つでも手がかりを見つけてくること‥‥」
「あ、それと‥‥その道さ、ちゃんと通れるように‥‥して欲しい、かな」
「――わかった」
 少年の意を汲んだ男は、優しく微笑むと彼の頭を静かに撫でた。

●今回の参加者

 eb0836 琴吹 志乃(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb7358 ブリード・クロス(30歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●霧の道
「ここからですね」
 馬から降りたシルヴィア・クロスロード(eb3671)が、目の前に広がる光景を見て溜息混じりに一言呟いた。
 正に溜息をつきたくなるほどに、周囲一面を覆う濃霧。僅か数メートルの距離ですら、殆ど見えない程の視界の悪さだ。
 見上げれば、高い山へと続く登山道が薄っすらと判る。
「ひとまず馬での移動はここまでにしましょう。ここから先は、何が起きるか分かりませんから」
「うむ、そうじゃな。いい子で待っておるのじゃぞ、すぐに戻ってくるからの」
 ブリード・クロス(eb7358)が自分の馬の手綱を手近な木へ括り付ける。
 それを見て、朱鈴麗(eb5463)も同じように安全な場所へ愛馬を移動させた。その際、怯えぬように優しく微笑むのを忘れない。
「シルヴィアさん、これ、ありがとうございました」
 一人、早く移動する手段のなかった琴吹志乃(eb0836)は、出発の際に借りたセブンリーグブーツをシルヴィアへと返した。
「あら、別にいつでもよかったですのに」
「いえ。こういうのは早めにしておかないと」
 思わぬ談笑となる二人。
 が、ちょうどその時、先に山の中へ飛んで行っていたメアリー・ペドリング(eb3630)が戻ってきた。彼女はいつになく真剣な表情で仲間に伝える。
「駄目だな。上に登れば登るほど霧が濃くなるばかりだ。霧というよりも、雲に近いんだろうが。視界はあまりアテにしない方がいいだろう」
 彼女の一言で、場の空気が一気に引き締まる。
 早速準備を整える冒険者達。各々の手にはランタンや松明といった灯りを持ち、周囲の気配に注意を促す。
「それでは参りましょう」
 ナイトであるシルヴィアを先頭に、彼女たちは霧深い山道へと入っていった。

●漂うモノ
 薄闇の中、視界を覆う白い霧。
 時折そよぐ風が揺らす木々のざわめきと、自分達が土を踏む足音だけが存在する世界。高まる緊張感の中、周囲を注意深く窺いながら進む一行。
「確か道は一本道という話でしたが」
 シルヴィアが商人達に確認したところ、山道は多少くねくねしているが殆ど分かれ道のないとの事だ。時々にある渓谷さえ注意すれば、それほど危険はなかったらしい。
 が、今は命の危機すらある霧の中を、冒険者達は進む。

「霧に潜むモンスターか。さすがに博物誌にもそこまでは載っていなかったな」
 出発までに調べた結果を話すメアリー。その間も彼女は、飛んだ状態のまま注意を怠ることをしない。
 そこへ、少し下がった位置にいた志乃が、以前受けた依頼の話を切り出した。
「ひょっとしたら‥‥これ、何とかジェルっていう奴なんじゃないかな〜?」
「ジェル、というとあのゼリー状のモンスターか?」
「そう。前に湖の中で擬態したのと戦ったことあるんだよね」
 志乃の言葉に、メアリーは記憶にある知識の中から一つを仮定する。
「‥‥だとしたら、今度の場合は霧に擬態、か?」
「――かもしれぬのう」
 広げたスクロールを閉じながら、鈴麗が僅かに溜息をついた。
 先程からバイブレーションセンサーを何度も試しているが、地面からは振動も伝わってこない。強いて言うなら、自分たちの動く振動だけだ。
「地面を這うものはおらぬ、という事であろう。ならば後は」
「宙を漂っている、ということですね」
 シルヴィアが続けると、鈴麗はこくりと頷いた。
 先頭に立つ彼女は、おもむろに上空を見上げる。危険は下だけでなく上にも存在することを知り、改めて敵の襲撃に対して気を配った。
 その時、目の前の霧がよりいっそう、色濃く変化した。
 そして。
 志乃が覚える、首筋に走るちりちりとした感覚。
「――皆さん、気をつけて!」
 叫ぶ。
 と、同時に彼女は手に持っていた松明を、目の前の霧目掛けて思い切り振り込んだ。その放物線は空振るかと思いきや、固体に当たったかのように音を立てた。
 焼ける匂いが鼻をつく。
 霧は――いや、霧であったものは、そこからぽっかり抜け出たようにみるみるうちに意思を持つ不定形物へと変化した。
「クラウドジェル!」
 叫んだのはメアリー。
 捕らわれないよう咄嗟に飛び去って事なきを得た。
「‥‥本当に宙に浮いているのですね」
 地面に油を撒き、松明で引火させることを考えていたブリードは、少々当てが外れた事に肩を落とす。
 が、それならそれで方法を変えればいい。
 落ち込んだのも束の間、すぐに現実的に物事を捉え、次の手を彼は考えようとする。その間に他の仲間達は、それぞれが戦闘態勢に臨んでいた。
 かくして、死闘の幕が切って落とされる。

●雲と霧の狭間
「さすがに草木で縛るのは厳しいか。ならばこれでどうだ!」
 鈴麗のスクロールが発動する。周囲の木々の枝がまるで生き物のように動き、意志を持って攻撃を仕掛けた。
 が、それをあっさりと避ける‥‥というより、変形してかわした。思いの外素早い動きが、今度は一転して攻撃に移る。
 取り囲むように広がる霧らしき物体。すでに質感的にそれは雲にも似て。
「させません!」
 シルヴィアの振り下ろした剣が、その一部を一刀の下に両断した。次いで仕掛けた志乃の両手のナイフが、十字を描くように切り裂いた。
 痛みのせいか、相手の動きが微妙に縮む。
「よし、‥‥ッえ?」
 ホッとした瞬間、逆に勢いよく広がった雲の塊が志乃を掴んだ。触れた部分から伝わる酸によって彼女の肌が一瞬焼かれる。
「きゃっ?!」
「志乃殿! これでも受けろ!」
 少し離れた場所で難を逃れたメアリーが放った重力波。ダメージは受けたようで、広がっていた雲はゆっくりと萎縮していく。
 幸いにも彼女の怪我は少し焼けた程度で済み、急いでその場から後退した。
 後衛に控えていたブリードが、患部にそっと手をかざす。柔らかい光が傷を癒していく。
「大丈夫ですか?」
「うん、これぐらいね」
 かくして戦闘は続く。
 が、既に終わりは近い。
「くっ!」
 咄嗟に酸を防いだマントをあっさり脱ぎ捨て、剣を振り被るシルヴィア。もはや相手の位置を見定めるのは容易くなっていた。
 勢いのついた剣戟は、通常以上のダメージだ。
 更に追加する形で放たれたのは、鈴麗の持つスクロール。秘めた碑文字が彼女によって解放され、撃ち出された水球が物理的な衝撃を与えた。
 相手の動きが鈍っているは、傍から見ても明らかだ。
「これで決める!」
 叫んだメアリーの声を合図に、前衛に位置していたシルヴィアは素早くその場を退く。それを確認して放たれた重力波は、周囲の霧を巻き込んで雲の物体へと直撃した。
 やがて、『それ』はゆっくりと痙攣しつつ、動きを徐々に弱めていく。ドザリと音がしたのは、おそらくそれまで宙を漂っていたのが地面に落ちてきたのだろう。
 それを待っていたかのように、ブリードは手持ちの油を敵もろとも地面に撒く。そして、そのまま放り投げた松明によって、『それ』は炎の海の中に一息で飲み込まれていった。
「もう二度と‥‥悲しい出来事が繰り返されないように」
「そうですね」
 燃え上がる炎に照らされながら、呟いたシルヴィアの言にブリードが静かに頷いた。

●遺品
 霧も晴れ、怪我も回復した一行は、そのまま依頼人の兄が向かう予定だった町まで足を伸ばしていた。
 山道の途中、確かにあちこちで残った遺品を見つけたが、そのどれもが少年の兄のものとは呼べない物だった。
 とはいえ、これはこれで別の遺族が待っているかもしれない。
 そう進言する鈴麗に従い、彼らはひとまず持てるだけの遺品を回収した。
「‥‥かえって悲しみが増すやもしれぬがのう」
 苦い笑みを浮かべる彼女。残されているのは遺品だけで、死体はどこにもない。おそらく先の敵が捕食した際に全て溶かしたのだろう。
「ひょっとしたら兄の物は全部‥‥」
 嫌な想像に、ブリードの顔が僅かに曇る。
 が、そんな空気を打ち消すかのように、志乃が努めて明るく振舞った。
「大丈夫だよ、きっと見つかるって。それにひょっとしたらお兄さんが生きてるかも知れないよね?」
「そうね。もしそうなら、あの少年がどれだけ喜ぶか」
 そんなシルヴィア達の願いも空しく、山を越えた町で冒険者達を待っていたのは、ある一つの悲劇。
「‥‥そうか」
 ポツリ。
 小さくメアリーが呟く。
 結果として、依頼人の少年の兄は死んでいた。
 最後を看取ったのは、小さな教会の神父。彼の話では、ここまで辿り着いた時、既に手の施しようがないほどの傷を負っていたらしい。
 今わの際、彼が口にしたのは自分を待っている弟のこと。
「これを弟さんへと。自分が大切に使っていた道具だという事です」
「わかりました。こちらの品は、私達が責任を持ってお渡しします」
 シルヴィアが受け取ったのは、行商に必要な商売道具だ。かなり使い込まれているが、みすぼらしい訳でもなくきちんと手入れされている。
 そこに、彼のきちんとした性格を見たような気がする。
「‥‥大丈夫。ちゃんと連れて帰ってあげるね」
 依頼人の事を考え、思わず泣きそうになる志乃。
 が、すぐに思い直す。
 あの少年は随分と強い子だった、と。
「では、行きましょう」
 ブリードの声を合図に、彼らはキャメロットまでの帰路へと着いた。