【視察】最初の楔

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月28日〜11月04日

リプレイ公開日:2006年11月05日

●オープニング

●逃走の結末
 オクスフォード郊外――山間に囲まれた小さな村、だった場所。
 かつては人の賑わいもあった村も、デビルにより滅ぼされて以降、今は訪れる者もなくひっそりと静まり返っている。
 平穏に暮らしていた人々は、理由のない殺戮に戸惑い、恐怖し、そして絶望した。その嘆きはどこまでも深く、やがてその想いは怨嗟の炎へと変貌する。

 ――息を切らし、走ってくる男達。身を包む甲冑はボロボロでいかにも賊といった様子だが、どことなく雰囲気が違う。
 だが、その挙動は些か不審だ。何度も振り返っては、追って来る者がいないかを確認している。
 やがて、誰の姿もないことに安堵し、彼らはその場に座り込んだ。
「ど、どうやら誰も追ってきてないようだ」
「ああ、そうだな」
 一言二言交わされた会話。それきり、彼らは黙り込んだ。
 それからどれだけ時間が過ぎただろうか。
 沈黙に耐えられなかった男の一人が、ポツリと呟きを洩らす。
「なあ‥‥これから俺達どうなるんだ?」
 答える者は誰もいない。
 敗走の時より一年余り。最初は多くいた仲間も、今ではもう皆散り散りになっている。時には裏切ろうとした仲間を自分達の手で始末した。
 だが、結局は自分達もまた、仲間を見捨てた。冒険者達の襲撃に、彼らは我先にと逃げ出したのだ。それを悔いる心も今はとうに擦り切れている。
 やがて――疲れ切った身体を起こそうとした彼らの前に。
 それは不意に現れた。
「ひぃぃっ?!」
「なっ、なんだ!」
 静寂な村に響く男達の叫び声。
 青白い炎。
 戸惑い、驚愕する彼らに構うことなく、炎に似た気配がその身を絡め取っていく。疲労の極地だった男達にとって抗う術はない。

 ――どうして俺達が‥‥。
 ――どうして私達がこんな目に‥‥!

 事切れる寸前。
 男達の耳に届いたのは、理不尽な怒りと嘆きの声。それを理解することなく、やがて世界は静寂を取り戻す。
 そして――むくり、と。
 男であったモノがゆっくり立ち上がった。

●最初の一歩
 その一報がオクスフォード騎士団長であるレオニードへ届けられたのは、すっかり日も落ちた夜半のこと。
「敗残兵を見た、と?」
「はい。報告では、大体この周辺で見かけたとのことです。」
 広げられた地図の中、部下が指差したのは郊外にある村付近。
 が、すぐにレオニードは眉を顰めた。その場所にある村は、既になくなって久しい。過去の記憶を思い返し、彼は思わず唇を噛んだ。
「‥‥よりにもよってアルフレッド様達の墓のある場所か」
 本来ならば、墓を発見した時点でこのオクスフォードへ移すべきであった。
 だが、一度は出奔した身の上。加えて彼が望まないであろうという理由から、アルフレッド夫妻の墓は今もまだ最初に埋葬された場所にある。その墓のある村も、後継問題の巻き添えで村ごと滅ぼされてしまった。
 現領主であるフェイが、一度墓参りに行きたいと言っていたが、どうやら今はそれどころではなくなりそうだ。
「如何致しましょうか?」
「――まずは派遣の一団を編成する。それから探索へ向かおう」
「承知いたしました」
 その時。
 ――カタン!
「誰だッ!?」
 レオニードの誰何の声。
 慌てて部下が廊下を覗くが、そこには誰もいない。すぐに周囲を見渡すが、人影を見つけることはなかった。
「‥‥誰もいません」
「気のせいか? まあいい。先程の件、早急に準備をしてくれ。フェイ様をあまり不安にさせたくないのでな」
「はっ!」

 ――少し離れた物陰に潜む影が一つ。
「‥‥父さん達の墓に‥‥」
 未だ幼い容貌に、真剣な眼差し。
 そこには、何かを決意したかのような強い意志があった。
 まだ右も左もわからないオクスフォードの情勢。自分の技量が足りない事は痛感している。
 だが、それでも自分に出来ることを模索したい。父が残したこの地に住む全ての人を幸せにしたいから。
 首に下げるペンダント。右手に嵌めた指輪。
 どちらの中にも象るオクスフォードの紋章――すなわち領主の証。
 そして。

「――レ、レオニード様ッ!」
「何事だ?」
「フェ、フェイ様が‥‥いなくなりました!」
「なにぃっ?!」
 オクスフォード城内で響く叫び。
 それは、遠く離れたキャメロットには到底届かず。


「お、珍しいな。元気だったか?」
 キャメロットの冒険者ギルド。
 育ての親とも呼ぶべき男が座る受付の前に、彼――フェイは立っていた。迎え入れた男の笑みに、少年もまたニッと笑い返す。
「依頼だ。冒険者達、集めてもらえないか?」

●今回の参加者

 ea4287 ユーリアス・ウィルド(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5295 日高 瑞雲(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ウィンディオ・プレイン(ea3153)/ アデリーナ・ホワイト(ea5635)/ クル・リリン(ea8121)/ ダナ・コーンウェル(eb5491

●リプレイ本文

●火急の出立
「またフェイさんと冒険できるとは、思っていませんでした。よろしくお願いしますね」
 集まった冒険者達。
 その道中に、見知った顔であるユーリアス・ウィルド(ea4287)から声をかけられたフェイ。思わぬ再会に驚くも、彼女同様にうっすらとだが笑みを返す。
「ああ。よろしくな」
「えへ、あたしも初めましてじゃないんだよ。覚えてるかな?」
「そ、そうなのか?」
 横からのティアラ・フォーリスト(ea7222)の言葉に、生来生真面目なフェイは真剣に考え込む。必死で記憶を探ろうとする姿に、彼女は思わず悪戯っ子めいた笑みを浮かべた。
 このまま黙っていたもよかったが、あまりからかうのもマズいだろう。
「違うんだ、何度かお手伝いに行った事があるだけだよ」
 そう言って、以前彼とともに依頼をこなした事のある女性の名を告げる。
 すると、彼も納得した顔になった。
「フェイ殿は、あのオクスフォードの新しい領主なのだな」
 同じ年頃であるのに大変だ、そう続けたのは七神蒼汰(ea7244)だ。
 出立前に武道家らしい武器を差し出そうとしたが、きっぱりと断られていた。なんでも用意すべきものは自分で用意出来るとのこと。
 そんな経緯もあったからか、道中の彼はフェイに対して感心しきりだった。
 さすがに居心地悪そうな雰囲気を察したディアナ・シャンティーネ(eb3412)が、助け舟を出すように初見の挨拶を始めた。
「お会いするのは初めてですよね。ディアナです、どうぞよろしくお願いします」
 親しみを持てるよう、照れながらも彼女に出来る精一杯の笑顔を向けた。
「そーいや、フェイの両親の墓があるんだってな、その村‥‥いや廃村か」
 肩書きを付けるでもなく、ぶっきらぼうに呼び捨てる日高瑞雲(eb5295)。出立前に断っているとはいえ、周囲の者達は一瞬ハラッとする。
 だが、フェイ自身特に気にした風でもない。
 元々が孤児の上に先日まで冒険者だった少年だ。あまり堅苦しいのは好きではないのだ。
「一通り報告者等の資料は調べてみたよ」
 出立前。
 目を通すべき依頼や情報を知人から教わったティアラは、数ある報告書の中の一枚が気になっていた。
 当初は、昨年末に対峙したパラの青年の事が脳裏を過ぎったのだが‥‥。
「逃げ込んだ敗残兵ってひょっとして」
 言いかけた彼女の言葉を、ディアナが引き継ぐように続ける。
「以前、退治しようとした山賊のうち、逃走した連中ではないでしょうか?」
 その時の事を思い出し、少し悔しげに唇を噛む。
 もしあの時逃がさなければ――何度も後悔するが、そこで足踏みしていても何も始まらない。
「今度は、投降してくれるでしょうか?」
 そう呟くユーリアス。
 乱を起こしたとはいえ、彼らだって元はオクスフォードの人間だ。ならば許される選択肢もあった筈だ。
「どちらにせよ、これ以上不穏の種をそのままにしておけません。挺身奉魂、逆徒討滅!」
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)、彼女独特の力強い言い回しに、全員の気がビシッと引き締まる。
 その時。
「――そろそろ見えてくるよ」
 フェイが指差した先。
 彼らが目にしたのは、廃墟と化した村の様子であった。

●蠢くモノ、嘆くモノ
「敗残兵さん、やっぱりいるみたいなの〜」
 広げたスクロールを前に、ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)がそう仲間達に伝える。
 彼女が探知したのは、動くモノのおおよその数と距離。どうやらここから見える教会らしき建物の裏らしい。
 が、それを伝えた瞬間、フェイの顔色が変わった。
「まさか?!」
「あ、待ってください」
 飛び出そうとした彼を、ユーリアスが慌てて呼び止める。今は同じ冒険者とはいえ、仮にも彼はオクスフォードの領主だ。一人で危険な場所へ行かせる訳にはいかない。
 ちらりと視線を向けると、蒼汰は了解したとばかりに頷く。
「用心するに越したことはないからな」
 そう言って彼は、取り出した護符を手に強く念じる。
 同じように事前の準備をする山本修一郎(eb1293)。彼の場合は、溜めたオーラを自らの武器に与えていた。
 他にも様々な準備を始める仲間達に、訝しげな顔をするフェイ。それに気付いたガブリエルが、納得させるような説明をした。
「最近、アンデッドやデビルの出現が多いみたいだしね〜」
「ま、無理はすんなってことだろ」
 自らの愛刀を手に、瑞雲がニヤリと笑った。
 やがて、その護符を中心に神聖な結界が張られた事を確認してから、彼らは一団となって行動した。敵の居場所が分かっているとはいえ、周囲への注意を最大限にして。
 そして――彼らは見た。
「‥‥やっぱり」
 ディアナがぽつりと呟く。
 それは彼女が以前見た敗残兵達。着ている物こそボロボロになっているものの、確かに彼女にはその顔に見覚えがあった。
 だが、何か違和感がある。それは冒険者全員が共通して感じたこと。
 焦点の合わぬ瞳。無気力に動く体。
 なにより。
「生気が感じられねえんだよ!」
 飛び出した瑞雲の振り下ろした剣が、防御する間もなくあっさりと相手の腕を切り落とす。にも拘らず、その傷口から血が噴き出してこない。
 同じように前線に出た修一郎の剣も、もう一人の身体を切りつける。こちらも血を流す事はなかった。
「なるほど、既に人でないということか。ならばコレもついでに喰らっておけよ!」
 最接近した蒼汰が、懐から取り出した聖水をおもむろに投げつけた。
 アンデッドにダメージを与えるそれ。
 だが、何故か聖水を被るよりも前に、その身体がガクッと崩れ落ちる。一瞬、倒したのか、と思ったがそうではない。
「ズゥンビ、じゃないの?」
 ティアラが呟く。彼女もまた、手にしていた聖水を投げようとしていたのだが、その倒れ方に不審を覚える。
 いち早く異変に気付いたのはメグレスだ。
 視界の端に見つけた青白い炎。それに気付くと同時に、彼女は手に持つアンデッドスレイヤーから衝撃波を放った。
「‥‥レイスということか」
 背後にフェイを庇いつつ、彼女の視線は一点を見据える。
「死体を操ってたって事なの」
 そうと分かれば、とばかりにガブリエルが詠唱する。放たれた魔法の吹雪は、凍らせはしないものの緩慢だった死体の動きを止める。
 不利を悟ったのか、仄かに青白い何かが敗残兵だった身体から離れていった。
「憑依していたということか!」
 オーラパワーを纏った武器を手に、修一郎が前に進む。相手が慌てている隙を見て、彼は一太刀を浴びせた。
 レイスが相手となれば、取るべき戦法は決まっている。
「三人とも、後を頼む!」
 フェイの指示のもと、後衛にいたウィザード達を援護するべく前衛の者達は駆けた。
 蒼汰は、手にした剣を袈裟懸けに振り払う。
 彼の持つのはデビルスレイヤー。魔法を帯びた武器故にダメージは与えられるが、決定打には遠い。ならば敵の牽制を主眼に置くべきだ。
 それと。
「フェイ殿! 大事な身だ、余り無茶はするなよっ!」
「これぐらい平気だ」
 が、一歩踏み出した先にレイスの影。
 それを両断するように、メグレスの剣が一閃する。
「――撃刀、落岩! ‥‥心配無用だ、私が壁になるからな」
「そういうこった、仲間は協力してやんなきゃあな!」
 同じく薙ぎ払う一太刀は、瑞雲のものだ。じわじわと体力を削るよう、相手の動きを弱めていく攻撃が続く。

 ――どうして私達が‥‥!
 ――どうしてこんな目に合わなければならないんだぁ!

 時折響く、呪詛の声。
 死んでも死に切れない魂の嘆きが、地に留まり続けてレイスとなる。彼らの無念がどれだけのものだったのか。
 その理由をよく知るフェイは、聞こえるたびに苦しげに顔を歪ませる。それを知るユーリアスもまた同じで。
「‥‥ごめんなさい」
 割り切れない思いを抱えたまま、彼女の放ったウォーターボムがレイスの一体にトドメを与えた。恨みの声を断末魔に、青白い炎がゆっくりと霧散する。
「こっちもこれでトドメなの♪」
「いくよ!」
 ガブリエルが放つ吹雪、そしてティアラの重力波が、残りのレイスを消滅へと導いた。
 消えゆく寸前まで、彼らの声は止まらない。耳に残る声にディアナは静かに十字を切っていた。
「せめて安らかに。セーラ様のもとへ旅立てますよう‥‥」
 やがて戦闘は終わり、辺りは静けさを取り戻した。

●墓参り
 ひっそりと佇む二つの墓標。
 寄り添うように並ぶ簡素なそれは、故人の意思を尊重したという。華やかではなく、名もない旅人として葬られるように。
「これぐらい掃除すればいいですか? だいぶ綺麗になりましたよ」
 抜いた雑草を片付けるメグレス。
 その隣では、ユーリアスが小さな花を捧げていた。
「野に咲く花だって、気持ちをこめれば立派な献花ですよ」
 ジャパン出身者である蒼汰と修一郎は、彼らの国の慣わしだ、と言って墓標を水で洗っている。
「こうすれば、眠っている者達もすっきりするんだ」
「へーそうなの〜」
 同じように掃除をしていたガブリエルが、手の泥を払いながら立ち上がる。感心しながら彼の手つきを眺めていた。
「んーと、俺らも手ぇ合わせていいか?」
「ああ」
 了承を得た瑞雲は、荷物から数珠を取り出すと、静かに墓のほうへ手を合わせる。それに倣う形で他の者達もそれぞれ黙祷を捧げ始めた。
(「――父さん、母さん、俺‥‥上手く出来るかどうかわからないけど、精一杯頑張ってみる。二度と、この村のような悲劇を生み出さないためにも」)
 そんなフェイの心中を察したように、誰からともなくそっとフェイの肩に手を置く冒険者達。
「フェイ殿は立派に成長されている。きっと、ご両親も安心していると思いますよ」
 全員を代弁するかのような蒼汰の言葉。
 その思いを察し、フェイの目に改めて強い意志が宿るのを、彼らは感慨深げに見つめ続けた。