フンドーシ・デザイナーへの道

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2006年11月26日

●オープニング

「ならぬならぬならぬ! 絶対にならんぞ!」
「お父様の分からず屋ッ! どうして分かって下さらないの!」
 とある貴族の屋敷の朝。
 本来なら静かに朝食を摂る風景が広がる筈のダイニングなのだが、今日は珍しくも激しく言い争いを繰り広げる親子の姿があった。
「どうして分かって下さらないの! わたくしの独学ではもうこれ以上何も学べないのです。それならば、本格的な修行を受けるべく、その道のプロへ師事するのは当然のことですわ!」
 そう主張するのは、この家の令嬢であるニーナ・ラドクリフ。
「ならぬと言っておろうが! お前はこのラドクリフ家の唯一の跡取り、ゆくゆくは婿を取ってこの家を守らねばならぬのはわかっておろう。そんなお前をどうして外国へ留学させることが出来る?」
 対して頑なまでに反論するのは、この家の当主であり、ニーナの父親でもあるリチャード・ラドクリフ氏だ。
 両者の言い分は一歩も引かず、互いの主張を喧々囂々と繰り返すばかり。
「パリでは、高名なデザイナーの方が大勢いると聞きますわ。わたくしもその方に弟子入りし、立派なデザイナーになりたいのです!」
 熱く夢を語る少女。
 一見、それはとても美しい思いだが、その内容はあまりにもかけ離れたもの。到底麗らかな十代の乙女が見る夢ではない。
 何故なら。
「貴族の嗜みであるフンドーシのデザイナーになりたくてパリへ留学したいという夢を、どうしてお父様は分かって下さらないのっ!」
 ‥‥いや、普通の父親ならば、娘がそんな夢を持ったら即座に否定するだろう。
 一部始終を部屋の隅で見守っていたリュートは、思わず涙ぐみそうになった。
 が、そこはそれ、ニーナの父リチャードである。彼が反対する真意を口にした時、リュートは二人の血の繋がりをはっきりと確信してしまった。
 曰く。
「我がラドクリフ家の力を持ってすれば、世界中のフンドーシを集める事が出来るというのに。わざわざお前がパリへ行く必要などない!」
 バッと脱ぎ去ったズボンの下には、最近ジャパンから輸入された刺繍の凝った褌が燦然と輝いていた。
「酷いお父様、娘の夢を奪って、何が楽しいの! わたくしは何が何でも留学しますからね!」
 お父様なんか大ッ嫌い!
 そう言い残して、彼女はダイニングを飛び出して行った。
「あ、お嬢様!」
「よせリュート、追い駆けんでもよいわ」
「し、しかし‥‥」
「あれも頭に血が上ってるだけだ、すぐに気付くだろう。わざわざデザイナーになどならずとも、フンドーシは手に入るという事を」
「それは‥‥」
 リュート自身、ニーナと離れ離れになるのは淋しい。
 だが、彼女の情熱を今まで見てきたからこそ、その夢を実現させてやりたいとも思う。とはいえ、一介の植木職人見習いの身では、意見をするなどおこがましい。
「まあよい。お前にはちょっとギルドへ依頼を出しに行ってもらいたいんだが」
「お、オレ‥‥私がですか?」
「そうじゃ。ニーナはあれで気性の激しい娘だ。以前、こっそり月道を通ろうとした事もあっただろう。あれと同じ事を繰り返さんとも限らんからな」
「ああ」
 その時の事を思い出し、思わず顔を顰めるリュート。
 が、構わずリチャードは話を続ける。
「そこでだ、冒険者の方々になんとかニーナを説得して貰いたいのだ。パリへの留学を諦めさせるためにな」
「え――?!」
「頼んだぞ」
 そう、用件だけ告げると、彼はさっさとダイニングを出て行ってしまった。
 一人ぽつんと残されたリュート。
 主の命令とあれば、依頼は出さないといけないだろう。
 だが、マーナの夢もなんとかしてやりたい。離れ離れにならず、その夢を叶えさせてやるにはどうすれば――。


 そして。
 後日、ギルドへ一枚の依頼書が貼り出される。
 そこには、貴族の令嬢であるニーナに留学を諦めさせるよう説得して欲しい、と書かれている。更にその下、後から付け加えられたような小さな一文が。

『――お嬢様に、まだまだキャメロットで学ぶ事があると思わせて欲しいんです。冒険者の皆さんなら、きっとお嬢様が驚くようなフンドーシをデザインして下さると信じています――』

●今回の参加者

 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5296 龍一 歩々夢風(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb7741 リオ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

オルテンシア・ロペス(ea0729)/ 沙渡 深結(eb2849

●リプレイ本文

●予感する
 秋も深まり、季節は冬を迎えようとする今日この頃。
 冷え込みが厳しさを増そうとする中で、そんなことを物ともしない嵐が、とある貴族の屋敷を直撃した。季節外れの台風は、無数の葉っぱを撒き散らしていたという。
「あっ、暗雲が立ち込めているわ」
 呟いたのは、リオ・オレアリス(eb7741)。
 逸る不安に胸騒ぎが止まらない。ま、まさか?!
「アブナイヒトナンテ」
 ‥‥いないわよね、そう口籠る彼女。
 思わず胸の前に置いた拳をギュッと握り締めるのだった。

 バタン!
 扉が開き、ハッと振り返ったマーナ。
 そこには。
「マーナさーん、お久しぶり♪ 僕の事、覚えてる〜?」
「まあ! ええ、もちろんですわ。わたくしが葉っぱ男様のこと、お忘れになる筈ありませんわ」
「ホントに? 嬉しいな!」
 葉っぱ男、と呼ばれた事になんら疑問すら抱かないレイジュ・カザミ(ea0448)。その名に自負があるからこそ、もはや当然とすら思っているのだ。
 いや、彼だけでない。
 今回初めて同行した龍一歩々夢風(eb5296)も、当たり前のようにレイジュをその名称で認識していた。むしろ、貴族令嬢であるマーナが覚えている事に、深い感銘すら受けているようだ。
「す、凄いネ、レイジュさん!」
「まあね〜」
 憧れの眼差しの龍一と、それを受けて得意満面のレイジュ。
 そんな二人に来生十四郎(ea5386)は、つい苦笑を零す。隣に控えるリオと顔を見合わせ、小さく肩を竦ませた。
 そこへ至り、彼女の方も初めての顔触れに気付く。
「あら、そちらの方は?」
「あ、マーナさんは初めてだよね。えっとこっちの女性の方がリオさんだよ」
「マーナお嬢さん初めまして。リオと申しますわ」
「まあ、ご丁寧に。マーナと申します」
 マーナが浮かべる愛くるしい笑顔。自然とリオも笑顔になる。
 お互い上品そうに見えるからか、まるでどこかの格式ある談話室にでも迷い込んだ印象を受ける。普通の男性陣ならば、あまりの場違い感に居心地が悪くなるだろう。
 だが、生憎と今この場にいるのは、そんな雰囲気など気にならない連中ばかりだ。
「で、こっちが龍一さん。なんと彼は、最近フンドーシを集め始めてコレクターなんだよ」
「まあ!」
 レイジュの説明に、マーナは感極まった声を上げる。
「初めまして、マーナお嬢サマ! 俺ね、フンドーシ・コレクターへの道を歩み始めたトコなんだ。だから、折角だからマーナお嬢サマが今までデザインしたフンドーシを見せて貰いたいな〜と思って」
「ええ是非。そのようなことでしたら、喜んでお見せしますわ」
「ホント? やったー!」
 喜び勇む龍一。そんな彼を見て嬉しさが込み上げたのか、どこか照れたように頬を染めるマーナ。
 そういうところは普通のお嬢さんなんだけどな、とは十四郎の胸中。
 何がどうやって褌好きになったのか。世の不思議を常々感じつつ、ともあれ同じ職人を目指す者同士、人肌脱いでやろうか。
 そんな彼の視線に気付き、マーナはにこりと微笑み返した。
「お久しぶりです、十四郎様。本日はゆっくりしていらして下さいね」
「ああ。そうさせてもらうよ」
 さて、どうやって説得しようか。

●説得する
「こちらですわ」
 マーナに案内されてやってきたのは、所謂衣裳部屋と称される場所。さすが貴族の屋敷なだけあって、普通の部屋の軽く二部屋分はありそうだ。
 今までのコレクションが見たいと言う龍一と、白褌一枚しかないと言って文字通り褌一枚状態のレイジュに、彼女は自らが手がけたフンドーシ達を披露した。
「うわぁ〜!」
「すっげぇ!?」
「こいつは‥‥確かに」
「よくここまで‥‥さすがに素晴らしい情熱ですわね」
 感嘆する二人。
 嘆息する二人。
 反応はキッパリ二つに分かれたものの、マーナの意気込みは確かに伝わってきた。部屋の一角を埋め尽くすフンドーシの列。ずらりと並んだそれは、まさに圧巻の一言だ。
「勿論、全てがわたくしの手作りではありませんわ。半分以上は買い集めたものですのよ。こちらの品はジャパンから取り寄せた貴重な品」
「あ、これ向こうにいた時見たことある!」
 レイジュが思わず声を上げれば、
「こちらは先日のオークションで高額で落札いたしましたの」
「ああ! 俺も欲しかったヤツ〜! そっかぁ、競り合ってたのはマーナお嬢サマだったのか〜」
 龍一がお目当てだった物を見つけて、がっくり肩を落とす。
 そして。
「こちらなど、昨年のパリコレに出展された品ですわ。この素晴らしいフォルムとデザイン、そして肌触り‥‥わたくしもこのようなフンドーシが作れれば‥‥」
 ほう、と思わず溜息を洩らすマーナ。
 その瞬間、彼らは互いに目配せをしながら、当初の目的を思い出す。‥‥約二名ほど、本気で忘れていたのは抜群に秘密だ。
「ねえねえ、マーナさん」
「はい?」
 最初に切り出したのは、レイジュ。
「リュート君から聞いたんだけど、お父さんと喧嘩したんだって?」
「そ、それは‥‥」
「ダメだよ、お父さんに心配なんてかけちゃあ」
「でもそれは!」
 何か言いかけるのを、十四郎の手がそっと宥める。静かに頭の上に乗せ、ゆっくりと撫でてやる。
「パリで勉強したい、ここにはもう学ぶものはない、と本気で思っているのか?」
 普段の彼と違い、どこか厳しい口調だ。
 が、別段責めているワケでないのは、口元に浮かべてる笑みからも分かる。思わず口を噤んだマーナに、今度はレイジュが説き始める。
「そりゃあね、パリへ勉強に行きたいっていうマーナさんの気持ちも分かるよ。でも、マーナさん自身の立場も考えないと」
「‥‥レイジュの言うとおりだな。それに、どんなに技術が向上しても、慢心してしまえば所詮そこまでになるだろうな」
「そうだよ。俺、ここにあるフンドーシって凄いと思うよ。だってニーナお嬢サンの個性がすっごく溢れてると思うんだよね」
 居並ぶフンドーシの数々に感銘を受けた龍一は、ここぞとばかりに力説をする。
 この才能を国外に出すなんて勿体ない。彼女の個性が霞んでしまえば、もう二度とこのような傑作達は生まれないかもしれない。
 だから。
「あのさ、今までの作品でこれは、っていうものはある? ほら、集大成みたいなヤツ?」
「集大成‥‥」
 龍一の言葉にじっと考え込むマーナ。答えを待つ間、十四郎はリュートに父親を呼んできてもらうよう頼んだ。
 やがて、彼女はゆっくりと首を振る。
「わたくし‥‥まだまだ勉強不足でしたのね」
「そうだな。本当に良い褌が作りたいのなら、謙虚な気持ちで初心を忘れずにいればいい。そうすれば、おのずと道は開けるもんさ」
 俺の酒造りと一緒だな、と付け加える十四郎に、マーナがくすりと笑う。
「そうだよ。まだまだこのキャメロットで学ぶ事はたくさんあるよ。だってここはへんた――」
 突然の後頭部の衝撃。
 言いかけた言葉が形になる前に、龍一は床へと突っ伏した。
 目をパチクリさせる彼女に、素早くリオが歩み寄る。シ、シドイ‥‥と呟く彼をそのままに、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「フンドーシ道を極めるのでしたらまずは、服飾について専門的な知識と技術を身につけるべきよ」
 デザイナーを目指すならば全ての技術の向上が必要だ、とリオは説いたのだ。
 それに便乗するような形で、レイジュも説得を続ける。
「それにさ、別にパリに行かなくても、こっちにデザイナーの先生を呼んでくればいいんだよ!」
「そうですわね。このキャメロットにだって、月道を渡ってジャパンの職人の方がいるかもしれませんわ」
 二人の科白に、マーナはああ、と呟く。
 今まで、海外へ行く事ばかり考えていた彼女にとって、まさに目から鱗が落ちる程の衝撃だった。どうして気付かなかったのか。この国にも、まだまだ学ぶべき素晴らしいところがあるというのに。
「ええ、ええ。本当にそうでしたわ。わたくし、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら」
「そうだよ! マーナさんはこの誇り高きイギリスの貴族じゃないか! それならこの国の魅力を生かしきった褌をデザインするべきだよ!」
「そうだよ!」
 力説するレイジュ。
 さっさと復活した龍一がその後に続く。
 そして――。

●乱舞する
「留学は取り止めですわ! 折角、冒険者の皆様方がこうして刺激的なデザインを見せて下さったのですもの。わたくしも負けていられませんわよ!」
 決意も新たに、マーナがその志を高らかに宣言する。
 そんな彼女を横目で眺めながら、あははと苦い笑いを零すリオ。
(「‥‥本当にこれでよかったのかしら?」)
 とはいえ、一先ず留学を諦めてくれたのだからよしとしよう。
 後は、いかにマーナの思いを尊重出来るか。先行きの不安に胸を痛めつつも、彼女は自分が考案してきたフンドーシのデザインを見せた。
「まあ素敵。ダグザのマントがモチーフですのね」
 と言うより、そのものを用いたフンドーシに過ぎない。
 だが、彼女はいたく気に入ったらしく、わたくしの持ち馬で作っても大丈夫かしら、と少々怖い事を呟いている。
 おそらくリュート辺りが試着の犠牲になるなだろう、と十四郎は思っていた。
「‥‥で、どうだろうか? パリからそのデザイナーを招いてみては?」
「おお、そうですね。その手がありましたか! さすがは冒険者の方々、面白い発想をお持ちだ」
 呼んでもらった父親の隣に立ち、一つの提案をしてみると、思いの外納得してくれた。聞けば父親もフンドーシの愛好者、そのデザイナーを呼ぶ事に異存はないようだ。
 ‥‥そうか、こういう環境が彼女を作り上げたのか。
「所詮、血は争えないということか‥‥」
「なにか?」
「いや、なんでもない」
 ふむ、と溜息とつく十四郎に向かい、マーナが大きな声で呼びかけてきた。
「十四郎様ーっ! このような感じでよろしいですか?」
「ああ、上出来だ」
 彼の描いたデザインは、無地の褌に赤い薔薇の蕾の刺繍を施したもの。彼女そのものをイメージするような感じだったが、予想以上の出来栄えに思わず舌を巻く。
 こいつは、将来は安泰だ。
 と。
「ほら〜見て見て! 僕、凄い立派なのを作っちゃったー!」
「ぶーっ?!」
 しみじみしていたところへ掛けられた声の方へ振り向いた途端、彼は思わず飲みかけの茶を噴き出した。
 そこには、葉っぱ男の面目躍如、とばかりに薔薇の茨を腰に巻いたレイジュの姿がいた。どう見ても一切れも布を使った形跡がなく、大事な場所には言わずと知れた葉っぱが。
 そして。
「俺のもどうだヨ!」
 でん、と龍一が見せたのは、真っ白な褌に『裸舞』と書かれたもの。文字はド派手にピンク色だ。
 目がチカチカするのを堪えきれず、くっと顔を顰める十四郎とリオ。
 だが、マーナ親子は違った。
「まあ、お二人とも素晴らしいですわ!」
「なんと凄い。是非とも我がコレクションに欲しい一品だ!」
 そして、レイジュも。
「凄いね、龍一さん! 僕も負けてられないや」
「いや〜レイジュ神様のも、凄くインパクトあるよね。やっぱり俺なんか敵わないや」
 互いに讃える健闘。
 傍から見れば素晴らしいのだが、周囲を飛び交うモノが褌なだけに、一種異様な雰囲気を醸し出している。
「わたくし、ますます意欲が沸いてきましたわ。皆様のおっしゃるように、まだまだこのキャメロットには学ぶべき事が多いようですわ」
 うっとりと頬を染めるマーナ。
 どこか恍惚とした表情に、傍にいたリュートの腰が思わず引ける。
「お、お嬢様‥‥」
「ですからわたくし、決めました。今年の聖夜に、またコレクションを開きますわ」
「え、ホント?」
「ええ。ですが、今年は昨年と違い、今度はわたくしがデザインしたフンドーシだけで開きたいと思います。ですからどうぞその時は、是非とも遊びに来て下さい」
 夢を語って胸を張る。
 その時の彼女はいつにも増して輝いていた、とその場に居合わせた冒険者達は語る。


 そして、ここから彼女のフンドーシ・デザイナーとしての道は始まったのである。