【視察】爪痕
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:7 G 77 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:11月18日〜11月27日
リプレイ公開日:2006年11月29日
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●オープニング
「まったく! 何を考えておるのです、フェイ様!」
城中に響き渡った怒鳴り声。
冷静沈着で名高いオクスフォード騎士団長のレオニードを知る者からすれば、まさに目を疑う光景だろう。その彼の前で肩を竦めて小さくなっているのは、本来彼の主である筈のフェイだ。
「‥‥悪かったよ。黙って出て行ったりしてさ」
勢い迫る怒気に、苦笑いを浮かべつつ素直に頭を下げるフェイ。
一応反省を見せる彼に、さすがのレオニードもそれ以上怒れない。むしろ、彼が時折見せてくれる子供っぽい素顔に、亡き親友の面影を見てしまう。
結果、厳しいながらも根底では甘くなってしまうのを、レオニード自身自覚していた。
「とにかく。今後は、黙って城を抜け出さないで頂きたい。どこで貴方の命を狙う輩が潜んでいるのか、分からないのですよ」
つい先日も、闇に乗じて刺客が放たれた。
その前は、毒見係が倒れたとの報告も聞いている。
「――そりゃあ、分かってるけどさ」
「お願いですからもう少し自覚して下さい。貴方はもう、ここオクスフォードの領主という立場なのですから」
言われ、きつく唇を噛むフェイ。
レオニードの言うことも理解出来る。情勢は未だ不安定で、自分はまだ全員に認められて領主になったわけじゃない。
けれど、伊達や酔狂で自分もこの座を選んでいない。父が過ごしたこの地が、母と出会ったこの場所が、蹂躙されるのが我慢ならなかったんだ。
だから。
彼がそれ以上何か言う前に、フェイは真剣な眼差しで見返した。
「‥‥フェイ様」
「あのさ、レオニード。確かに命を狙ってるヤツはいて、オレはそいつらにとって邪魔なのかもしれない。だけど、オレだってここの領主になったんだ。いつまでもあんたの後ろに隠れてるワケにはいかないよ」
「それは‥‥確かに、そうですが‥‥」
過保護の自覚のあるレオニードは、それ以上何も言えずに項垂れる。
「オレはこの地の生まれじゃない。だからこそ、この地の事をもっとよく知りたいんだ。自分の目で、耳で、肌で感じて、この国の為に何が出来るかを考えたいんだ」
そう告げるフェイに、それまでの子供っぽさはない。
未だ幼い体格なれど、そこには紛れもなく領主としての威厳を纏い、レオニードの目には外見以上に大きく見えていた。
ああ。この少年は、間違いなくアルフレッド様の息子なのだ、と。
改めて感じた瞬間だった。
「――と、言うわけで。北西地区の視察、オレが行くからな」
フェイが手にした羊皮紙。
北西にある砦よりもたらされた報告書だ。
最近、その地域は晴れぬ濃霧に覆われているらしい。昼間はまだ大丈夫だが、夜ともなると視界の悪さは桁違いだという。
そして、訪れる霧とともにヤツらは現れる。ネズミに似たそれは耳まで裂けた口を持ち、集団であらゆるモノを襲う。雑穀、家畜、そして人間すら。
そのため幾つかの村は滅び、辛うじて生き残った者も村を捨てざるをえなかったようだ。
騎士団が救援に駆けつけるものの、悉く追い払われてしまったようだ。そのせいで、人々は騎士団に不信感すら持ち始めたみたいだ。
「悪魔の連中にこれ以上のさばらせておけるもんか。騎士団を当てにしないってんなら、冒険者として出向くまでさ」
ニッと悪戯っ子のような笑み。
それはまるで。
「どうした?」
「い、いえ。そうやって笑う姿など、アルフレッド様そっくりだと思いましてね」
「‥‥父さんに」
「ええ。あの方もこうやって率先して動いていました。どこか悪戯っ子めいた笑みを浮かべてね」
「そっか‥‥」
父に似ていると言われ、フェイはどこかこそばゆい感触を覚えた。
自分の顔が赤くなるを自覚する。慌てて表情を隠すように明後日の方を見ながら、彼はアルフレッドへと告げた。
「と、とにかく! 北西地区の視察の件、冒険者達の手配を頼んだぞ!」
「了解しました」
幼いながらも、立派にこの地を背負おうとする若き領主。
主の意思に敬意を評し、恭しく頭を垂れる騎士団長。
そんな二人を嘲笑うかのように。
――――どこか遠くで獣が啼いた。
●リプレイ本文
●若き領主
依頼主であるフェイに一目会うなり、アデリーナ・ホワイト(ea5635)は懐かしげに微笑んだ。
「フェイ様、お祭り以来ですわね。お元気でいらっしゃいまして?」
「ああ。アデリーナも元気そうだな。それに‥‥」
言いかけた彼の目が、隣に立つアザート・イヲ・マズナ(eb2628)へ向けられる。
「アザートも久しぶり。一年ぶりか?」
「‥‥そうだな」
破顔する少年に、アザート自身は苦笑混じりに呟いた。それを見て、アデリーナも同じように苦笑を浮かべる。
二人が共に参加した二ヶ月前のミカエル祭。
アザートにすれば二ヶ月振りなのだが、終始顔を見せなかった彼をフェイが知っている訳もなく。だから、二人が洩らす苦笑に、フェイは思わず小首を傾げた。
「それにしても、領主自らが危険地区への視察か、主自らとは感心だな」
イグニス・ヴァリアント(ea4202)の言葉に、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)も同じように感心する。
「本当‥‥復興してきているのですね」
激戦の地となったオクスフォード。懐かしい名にひかれ、訪れた。
だが、再びの悪魔の暗躍。それを聞き、じっとしていられる冒険者達ではない。
「やはり、早急な支援は難しいのか?」
被害者への救援を申し出た風霧健武(ea0403)に、フェイは苦虫を潰したような顔になった。
「ああ。一応レオニードに手配するよう指示したんだけどな」
「そうか」
仮にも一国の蓄えを、おいそれと動かす訳にはいかない、らしい。何事にも手続きが必要で、それを無視してフェイの独断で動けば、ある意味独裁者と変わりない。
そう諭されてしまえば、健武もそれ以上強く言えなかった。
フェイ自身、かつては一冒険者であったことから自由に動けない我が身を歯痒く思っている事は、傍から見ても丸解かりだからだ。
「まあ荷車を借りれただけで、よしとするか」
「そうですわ、ないものを求めても仕方ありません。ここはわたくし達の持分を、些少ながらお配りしましょう」
そんな出発前のアデリーナの提言どおり、各自で持ち寄った菓子や食料を荷車へ載せた。そして、彼女の馬へ引っ張る事としたのだ。
勿論。
今後の視察には事前に手配しておけるよう、フェイへと釘を刺すことも忘れずに。
「‥‥少し急いだ方がよさそうだ」
殿に立つセオフィラス・ディラック(ea7528)の声。
目指す砦はあと僅か。移動の間中、常に周囲を警戒していた彼の意識に、ここへ来てチリチリと刺さる針のような気配。
気のせい、と言ってしまえばそれまでだが、そこは歴戦を重ねた冒険者。警戒に警戒を重ねるにこしたことはない。
セオフィラスの言葉を信じ、
「わかった。先を急ごう」
フェイの号のもと、冒険者達は一路足早に砦へと向かった。
●作戦
広げられた簡単な地図。
そこには、ここ数週間で被害を受けた場所が記されていた。
「あまり規則性はありません。ただ、ひとつ言えるの事は、この砦の周辺でのみ、事件は起きているということです」
一足先に砦へ先行していたジークリンデ・ケリン(eb3225)。
砦には、常駐する騎士の他、辛うじて生き延びた人々も保護されていた。そんな彼らから聞き込みして得た情報を、彼女は説明する。
「他の場所では、起きていないということか?」
「そうですね。ただそれも時間の問題かもしれませんが」
イグニスの確認に、彼女の答えは多少曖昧だ。
それも当然。
今、この周辺が襲われているからといって、他に飛び火しない保障はどこにもない。なにしろ相手は非情なるデビルの群れ。その真意はいまだもって計り知れないのだ。
「念のため、この辺一帯を索敵しましたが、それらしい影は見えませんでした」
小さく落胆するジークリンデ。
一年ぶりのオクスフォード。久しぶりに会うフェイ。
折角、修練の成果を見せるチャンスでしたのに。そう思って張り切ってみたが、大した成果も上げられず、だから少し悔しい。
「ならば、一つ一つ村を視察していくしかないか‥‥」
「視察に訪れている領主、という形か?」
「ああ」
アザートが提案し、健武が確認する。
フェイを危険に晒す事となるが、仕方ない。ならば、護衛として彼の身を守るだけだ。危害を加えようとする存在全てからな。
方針が決まれば、後は行動するのみ。
砦の騎士らに対し、フェイが避難してきた人々を守るよう指示を出す。
年若い領主。
その懸命さこそ、好意に映るもの。
「御身を大切に、彼を守らなくては」
「そうですわ。フェイ様こそ、この地を導く大切な方ですから」
優しい笑みで見守るアクテ、そしてアデリーナ。
「では行くか。‥‥アクテ、ジークリンデ」
「ええ」
「お任せ下さい」
アザートに呼ばれ、二人はゆっくり頷いた。
これから待ち受けるのは、覆われた視界。それを見通す視線を与えることこそ、彼女達の最初の役目。
●救済の手
幾つかの村を訪ね、健武は小さく嘆息した。
「‥‥やはり少し冷たいか」
自分達へ向ける視線。その冷たさが妙に突き刺さる。
さすがに剥き出しの敵意まではいかないまでも、受け容れ難いのが実情だろう。
それもまた、無理からぬこと。近隣の滅びた村の噂は、確実に広まっているのだから。
「仕方がない、か」
「それでも、少しずつですが打ち解けていってもいますわ」
同じく嘆息したイグニスに、アデリーナが指差したのは若き領主フェイ。
彼女の橋渡しのおかげか、それとも彼自身の人柄が伝わったのか。素直な子供達だけであったが、彼の周りに集まるようになっていた。
隣では、アクテが物資の分け与えを手伝っている。
「ご安心下さい。私達の仲間である彼が領主となったのです。きっとこれから良くなりますわ」
フェイの様子を見ながら。
村人に言い聞かせつつ、或いは自分にもそう言い聞かせていたアクテ。それは過去の激戦を思うが故の希望。
そうして――救援の途は続く。
●蠢く霧
それは、予定していた最後の村を訪れようとした直前。
「お待ち下さい」
ざわり。
アデリーナの持つ指輪の中、刻まれた蝶が羽ばたきを始める。
気付けば、いつの間にか大気には微細な水粒。流れ、立ちこめ、煙のように渦を巻く。
「アクテ!」
「はい」
前衛に立つ健武の声に、アクテが素早くインフラビジョンを彼へと施した。
追う形でジークリンデも同じ魔法をルーウィン・ルクレール(ea1364)へと与える。既に彼自身纏う気により、その視界ははっきりと見て取れる。
見逃す事なく、そこにデビルの姿を見出した、が。
「なんて数だ‥‥ッ!」
吐き出したイグニスの呟き。
彼の言葉どおり、地面を埋め尽くすかのような黒い群れ。吐き出す息が、次々と霧となり、白く――白く染める。
「こいつ等に敗れるようならば、俺は猫以下と云う事か‥‥」
己を奮い立たせるよう、健武は手にした魔剣を身構える。それを見て取った途端、ルーウィンが一足に飛び出した。
同時に、それは相手をも飛び出させる結果。
「散り散りになるな、固まって動け」
滅多に上げないアザートの指示。その言葉通り、彼らは常に互いを庇い合う位置に立つ。
デビル相手に通常の武器は効かない。その為のデビルスレイヤーであり、アクテに付与されたバーニングソードだ。
纏う炎が揺らめき、飛び掛ってくるクリードを無造作に薙ぎ払う。
「ち、ハードだな‥‥だが、一匹残らず切り刻む!」
イグニスが叫び、そして剣から放たれた衝撃が大気を裂く。
何匹かの小さな体が吹き飛ぶが、その合間を縫ってなおも駆け抜けてくる複数の影。ハッと身構えるアクテの前、立ち塞がった大きな影は後衛の守りに付くセオフィラス。
手の持つアクスを振り下ろし、真っ二つに叩き潰した。
「ここより先はいかせん」
「そうですわ」
完成した詠唱の後、巨大なマグマが地面より吹き上がった。断末魔の叫びすら消して、飲み込んでいく赤い揺らめき。
追い重なるようにジークリンデから放たれた炎の玉が、大地を灼熱に変えた。轟く爆発は自然と風を起こし、立ち込めていた霧を多少なりとも吹き飛ばす。
それでも尚、クリードの群れは止まらない。
「くっ?!」
「ルーウィン!」
隣にいた筈の彼の姿が見えない事に、健武は思わず叫ぶ。
届いた呻き声を頼り、気付いたのは黒い山。集るクリード達に、文字通り覆われたルーウィン。
イグニスもまた気付き、
「ちっ! させるかよっ!」
怒号の如き勢いで、二人がかりで掃討した。
いかに歴戦の猛者であろうと、力に過信して行動すればいずれ手詰まりとなる。結果として重傷は免れたものの、流れる血の量から軽傷でないことを物語る。
「早くこちらへ! ‥‥大丈夫ですか、ルーウィン様?」
「ええ、なんとか」
素早く手当をするアデリーナ。
戦地での手当ては十分といえず、今はこれが精一杯。それでも彼女は、自分に出来る事を精一杯行った。
正直、今回の戦闘では役立つと思えなかった自分だが、それでも足手纏いにはならないよう出来る事をするだけ、と彼女は割り切っている。
その姿は、領主となり自由に動けなくなったフェイ自身、ジレンマの中の一つの解、であるような気がした。
その時。
「フェイ、そちらへ行ったぞッ!」
アザートの声が不意に届く。
振り向けば一匹、迫り来るデビル。考える前に体が動いた。
見定め、突き出した拳。避ける間もなく直撃を喰らい、キィと小さく呻いた後――息絶えた。
「鈍っていないようだな‥‥」
珍しく微笑を浮かべ、フェイを見るアザート。その一匹を最後に、『モンスター退治』という冒険者への依頼は完遂された。
●噂は駆ける
デビルの脅威は一先ず去った。
騎士団すら手を焼いた一群は、冒険者達により一掃されたという。
彼らを雇ったのが最近就任したばかりの若き領主とも、その領主がかつて冒険者だったという話も、口伝にて住民達に広がりを見せる。
その手腕は――被災に見舞われた村や人への復旧、援助という形にもなったとも。
人の口にのぼる噂は、そんな風に時折、真実が織り交ざる。それは希望という名の光を人の内に点す役割をして。
が。
喜ぶのは、決して人ばかりでなく――骸の山を見下ろし、ニャアとくぐもった声で、獣が啼いた。