【揺れる王国】裏切りの代償
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 50 C
参加人数:7人
サポート参加人数:6人
冒険期間:12月08日〜12月13日
リプレイ公開日:2006年12月21日
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●オープニング
●派閥に揺れる王国
「王妃が見つからないのはラーンスといるからに違いない。あやつはグィネヴィアを余から奪ったのだ。騎士道を踏みにじるとは円卓の騎士としてあるまじき行為!」
戦の決意を高めるアーサー王に、ラーンス派は釈然としない面持ちだった。
王が本気で勢力を募れば、近隣から多くの騎士や公爵、伯爵が集まる事だろう。
しかし、ラーンスは本当に罪人なのか? 様々な憶測が流れるものの、未だ深い霧の如く全容は見えていない‥‥。
「私達はラーンス・ロット様が無実だと信じている!」
「あぁ、ラーンス様は我々を引き連れて従えたまま王妃とお会いしていたんだ。王妃とラーンス様は一線を踏み越えてはいない!」
「それよりもアーサー王だ。一線を踏み越えた確証もなくラーンス様を罪人扱いとは!」
「そうだ! ラーンス様にのみ怒りの矛先を向けるのは、どうかしている!」
ラーンスを支持する勢力は、王妃と騎士は一線を踏み越えてはいなかったと主張すると共に、ラーンス・ロットへ怒りを露に向けるアーサーへの不信感を募らせていた。
この問題は王宮内に注ぎ込まれた濁流の如き勢いで、瞬く間に広がったのである。
――仕えるべき王を信じるか?
――無実の罪を着せられたラーンス・ロットを信じるか?
森を彷徨う凄腕の剣士も予想通り、かの騎士だった。
――私の行為は決して王への信義、王妃への忠節、この国への忠義を裏切るものではない。
私は、私の信念に基づき、真実を証明するまでは王宮には戻らぬ――――。
ラーンスは冒険者にそう答えたという。
「しかし‥‥ラーンス様は騎士を切り殺したとも聞いたぞ?」
「否、あれは騎士として卑怯にも不意打ちを行った故、咄嗟の対応だろう。ラーンス様は責められる者ではない」
事態は深刻な状況へ向かっていた。
ラーンス・ロット派は王宮から離れ、信じる者が退いたと噂される『喜びの砦』へ向かおうと準備を始めたのである。
喜びの砦へは10日以上の日数が掛かるらしいが、彼らの意思は固いものだった。
このままでは王国は二つの勢力に分断されてしまう。この事態を鎮められるのは――――。
●悪夢は紡ぐ
「――――ッ!?」
声なき叫び。
ガバッと飛び起きたガラハッド。吹き出す汗を拭い、荒れた息をなんとか静めようとした。
「ゆ、夢か‥‥」
呟き、いや違うと首を振った。
キラリと反射する銀の刃。息もつかせぬ一閃で襲いくる騎士を斬り倒した『彼』の姿は――夢ではない。自分の目の前で起きた、紛れもない現実なのだ。
今もまだ、その時の光景がありありと目に浮かぶ。
夢に見て魘されるほどに。
「なんで‥‥あんなヤツに‥‥」
昔の自分は憧れを抱いていたのか。
それすらも、今のガラハッドには悔やむ過去だ。
国を裏切り。王を裏切り。
信じ、憧れが強かった分だけ、目の前で起きた衝撃は少年の心に一片の暗い影を落とす。
「くそっ!」
シーツをギュッと握り締め、悔しさに洩れる嗚咽が夜の闇に溶け込んでいく――。
●忠誠か、盲信か
「よお、ガラハッドじゃないか」
「――先輩?」
立ち寄った冒険者酒場で所在無げにしていると、急に自分を呼ぶ声にガラハッドは振り向いた。
するとそこには、年若い王国の騎士が数人。その中の一人に見知った顔を見つけ、少年は驚きと共に破顔した。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「先輩こそ。今じゃあ立派な騎士ですね」
かつて騎士訓練校で一緒に学び、そして一足先に卒業していった彼を、ガラハッドは少なからず尊敬していた。だからだろう、それまでの暗い表情でなく、少し照れた口調で敬語を使う。
だが、言われた相手は、僅かに顔を背けたのだ。
後ろにいる彼の仲間の騎士達の表情も、何故か苦虫を潰したようでガラハッドは首を傾げた。
「‥‥おい、ヒューイット」
「ああ、分かって‥‥」
「だが‥‥」
「‥‥こいつなら」
なにやら小声で相談する彼らを不思議そうに見ていると、不意に視線がこちらを向いた。
驚くガラハッドに、先輩である若者がおもむろに顔を近づけてきた。まるで密談でもするかのように声を潜め、自分にだけ届くように囁く。
「なあ、ガラハッド。お前も噂を聞いてここにやってきた口だろ?」
「は?」
「隠すなって。知ってるだろ、アーサー王とラーンス様の事を、さ」
はっと目を瞠るガラハッド。
それに気付かない若き騎士は、有り得ない言葉を彼の口に乗せた。
すなわち。
「俺達は、ラーンス様のこと絶対信じてるんだ。今回の事は、いくらなんでもアーサー王の早合点だぜ。お前だってそう思うだろ? あんなにラーンス様に憧れてたお前ならさ」
彼は、ガラハッドが最高の騎士であるラーンス・ロットにどれほど憧れていたのかを知っていた。今の彼の科白も、だからこそのものだろう。
だが、彼は知らない。ガラハッドの目の前で行われた愚行を。
「だから俺達、ラーンス様の元へ向かおうと思ってるんだ。だってそうだろ? このままじゃあ、絶対アーサー王に罪人にされちまうぜ!」
黙り込んだガラハッドを、若き騎士は特に気にした様子もなく、もう一度誘いの言葉を口にした。
「な、お前だってあの人を信じるよな。だから、俺達と一緒に行こうぜ」
「‥‥オレは」
言いかけた言葉を、ガラハッドは何故か飲み込んだ。
王国に務める騎士として、その言葉が何を意味しているのか。おそらく義侠の熱に浮かされた今の彼には分からないだろう。それは彼の仲間達も同じで。
「俺達の方で色々準備しておくから、お前も準備が整ったら来てくれよ」
「いつ?」
俯くガラハッドの表情に、彼が気付くことなく。
「三日後かな。キャメロットの外れで待ってるぜ」
それだけ言い残し、彼らは酒場を立ち去っていった。おそらく出発の準備に向かったのだろう。
一人残された、ガラハッド。
久しぶりに会った先輩は以前となんら変わらずで、彼の自分への信頼が痛いほどよく分かる。
だが、このまま彼を見逃せば、待ち受ける先は最悪の結末である事は明らかで。
そして、ガラハッド自身裏切られた『彼』への思いは、親しい人をここまで巻き込んだ事でより深く、強く、憎悪にも似た感情になっていくことを止められない。
「‥‥止めなきゃ」
一人ごちて、彼は急いで酒場を飛び出した。
●リプレイ本文
●ガラハッドの苦悩
待ち合わせの場所には、冒険者達よりも早くガラハッドの姿があった。
が、心ここにあらずといった様子でぼんやりと空を眺めたまま、自分達が来た事にも気付いてないようだ。
「ガラハッドくん?」
「――え? あ、ああ、もう集合時間か」
マクシミリアン・リーマス(eb0311)が声をかけると、ようやく気付いたのか、慌てて自分達の方へ振り向いた。
「どうかしましたか? 何かありました?」
「べ、別に。平気平気、なんでもないって。みんな、今日はわざわざありがとな」
内心を押し隠し、無理に明るく振舞おうとする少年。一瞬彼らは互いに目を合わせるものの、それ以上の追求をしなかった。
彼の気持ちを考えれば無理もない。学校が違ったとはいえ同じケンブリッジの学生であるマクシミリアンも、件の騎士の動向には少し思うところがある。
「わたしもね、ケンブリッジに居たんですよ」
学生ではありませんでしたけど。
そう挨拶を始めたディアナ・シャンティーネ(eb3412)。なるべく明るく気持ちが沈まないようにと励む彼女は、終始笑みを絶やすことなく。
「そんなに肩に力を入れていたら、見えるもの――真実――も見えなくなってしまいますよ‥‥?」
「そうだ」
ディアナの言葉に追従する形で声をかけてきたメアリー・ペドリング(eb3630)は、そのまま静かにガラハッドの肩へと乗る。
何時になく真剣な眼差しが彼を見る。彼女が聞きたいのは――確認したいのは、依頼者である少年の真意。
「一つ、確認しておきたいことがある」
「‥‥なに?」
「貴殿にとって真の騎士とは、どんな存在なのか?」
え、と目を瞬く。
僅かな動揺を見せる彼に、メアリーは更に追い打ちをかける。
「どんなって‥‥」
「仮に今回の相手――先輩騎士達を説得するとしよう。だが、自身の立ち位置がしっかりしていなければ、いくらでも相手に付け込まれるぞ」
その強い口調に、ガラハッドがグッと唸る。
彼女の目から見れば、彼の行動はどこか幼い激情に左右されている感じだった。漠然とした目標があり、それに振り回される形でまだまだ確固とした決意がないように見える。
過去、二度の邂逅をしているタイタス・アローン(ea2220)もまた、同様の感想を抱く。子供らしい真っ直ぐさといってしまえばそれまでだが、無論それだけではない何かを感じたからこそ、彼は機会を得るたびにその護衛をしようと思ったのだ。
(「最初は、教会に仕える者の任務だけ、の筈だったんですけどね」)
内心呟き、つい苦笑が洩れる。
「それで? ガラハッドくんは何を悩んでいるのかしら?」
どことなく妖艶に、年上のお姉さん風を意識したヴェニー・ブリッド(eb5868)の問いに、とうとうガラハッドがポロリと言葉を零した。
「‥‥だってアイツ、目の前で斬ったんだ」
それは先日のこと。森で凄腕の騎士の捜索中、ガラハッドの目の前でラーンスが騎士を斬り捨てた事件。
一度言葉が出てしまえば、後は堰を切ったように零れ出す。
かつての憧れ。誉れ高き円卓の最高の騎士。いつか追いつく事を目指してきたガラハッドの努力は、度重なる醜聞が耳に入るにつれ、彼の中で地に堕ちていく偶像。
それは、ガラハッドの中に根付いた不信のいう名の芽。
「信じられねえよ! だって王妃様だぜ、国王の奥さんなんだぞ! 汚いよ!」
激昂する感情を子供の純粋と呼ぶには、冒険者達もさすがに弁明の余地がない。
が、そんな風に吐き出した思いを、ヴェニーがそっと両手を差し出して彼の頬を包み込むようにして受け止めた。
「アーサー王‥‥ラーンス卿‥‥ともに強い光を放ち、そこに人々は集います。英雄と呼ぶに相応しいでしょうね」
「だけど!」
「ですが、彼らもまた私達と同じように悩み苦しむ『人間』であるということを忘れてはいけません。ガラハッドくんが真実の騎士を目指すというのならば、目に見える事や世間の風聞に惑わされず、人の心の真実に目を向けて下さい」
強い反論も優しく封じ、彼女は静かに説く。
が、どこまでいっても彼の目の前で起きた出来事を否定するには材料が足りず。
「ですが、あの方は信じて待っていて欲しい、と言いました」
「え?」
それまで沈黙を守っていたシルヴィア・クロスロード(eb3671)。
唐突に放った彼女の言葉が、その場全員の注目をいっせいに集める。弁明していると思われても仕方なかったが、それでも彼女は言わずにいれなかった。
つい先日、実際に会った彼。
彼女の目に映るその姿は、紛れもなく崇高な騎士であったと今でも信じているからこそ。
「私はラーンス卿を信じています。そしてこの気持ちを私が直接伝えた時、あの方からの返事が先程の言葉でした」
「――本当にただ斬っただけなのかな?」
不意を突くマクシミリアンの問いかけ。
どういうことだ、と視線で返すガラハッドに、彼は再度繰り返した。
「貴方の見た状況は、他の人から見てどんな光景だったのでしょうか?」
彼の言葉を聞いて、その場にいた一人であるタイタスは回想する。
殺気を感じたのは自分ひとり、いやラーンス様も同様に。そして、襲う凶刃の切っ先が向かったのは――。
そこまで思い至り、ハッとマクシミリアンを見た。
軽く頷き、勿論ただの想像に過ぎませんけどと断りを入れてから、彼は静かにこう告げた。
「僕には、卿が貴方を庇ったように思えますけど‥‥」
●騎士達の選択
「だからこのまま砦へ向かえば、かえってラーンス卿が不利になってまうかもしれへんって言うとるんや」
対面した若き騎士達は、その若さ故かかなり頑なな性格だった。
説得する藤村凪(eb3310)の言葉にも耳を貸そうとせず、今にも飛び出して行きそうな様子だ。もっともその強い意志だからこそ、王宮の騎士へとなれたのだろうが。
寧ろ彼らの話を聞くにつけ、ラーンスの支持に加えてアーサー王が見せた弱気な面への不審も含まれているのだろう。
「このまま加勢が増えれば、いずれアーサー王が動くかもしれない。もしそうなれば、巻き添えになるのは罪のない国民になります」
神聖騎士として、力なき者への庇護を考えるべきは当然、とばかりにタイタスが言葉を重ねる。
同じような事をヴェニーも口にしていた。
「国が割れれば、民が苦しみます。そうなれば、貴方達は何の面目があって騎士となられたのですか?」
何時になく厳しい表情で立ち塞がる彼女。
一瞬たじろぎを見せるも、中の一人――ガラハッドの先輩であるヒューイットが負けじと一歩前に出た。
「だが、俺達はこれ以上ラーンス様が不利になる状況を黙って見過ごしたくない! お前なら分かるだろ、ガラハッド」
視線を向けられ、押し黙るガラハッド。
それを庇うようにタイタスが一歩前へ出る。同じくシルヴィアも立ち塞がるように歩を進める。彼らと気持ちは同じであるも、国の憂いが頭を過ぎる彼女とそこだけが違う。
「私はかつて、オークニーの古城での戦に参加していました」
広がる光景は、目を覆わんばかりの惨劇そのもの。悲しみに痛む胸は、今でも忘れる事が出来ない。
だからこそシルヴィアははっきりと告げる。
「人同士での争い、本当にそれをあの方が望むとでも?」
「戦になれば、民が最大の被害者になるのだぞ。その事もきちんと理解してうえで、なお貴殿達は自分の行動が正しいと考えているのか?」
些か厳しい物言いだが、メアリーの言葉に偽りはない。
対峙する両者の緊張は、今や最高潮だ。いつ斬り結びが始まったとしても不思議ではない。
が、次の瞬間。
「そうや。ラーンス卿はえらい騎士さんなんやろ? 噂で聞いただけやけど、ジャパンの武士道によう似とる所あるわ。そんならそないなこと、絶対に望まれへんやわ」
漂う緊張を和らげようと、凪が自分のおっとりした口調を殊更強調した科白を読んだ。
その効果があったのか、微かな動揺が波紋のように徐々に広がっていくのが手に取るように分かる。更に念を押したのは、ディアナの言葉だった。
「ヒューイットさん達が騎士になってまで守りたかったものって‥‥何ですか?」
虚を突かれたのか。
息を呑む騎士達。
憧れてまでなりたかった騎士。
それは誰の為に? 何のために?
「僕もケンブリッジの学生で、今は騎士の修行中の身です。勿論、今より強くはなりたいですけど、その為に大事な事を忘れてしまっていませんか?」
何よりも頭に血が上った今の状態では、きっと冷静な判断すら出来そうにない。
続けたマクシミリアンの言葉が、おそらくズシリと身に染みたのだろう。彼らは皆一様に拳を握り、唇を噛み締めていた。
そうして、どれだけそうしていたのか。
続く沈黙の中、両者は互いに言葉なく立ち尽くしたまま。
やがて――騎士達は、ゆっくりと全身の力を抜いていった。強行突破しようと剣に手をかけていた者も、静かに腕を下ろす。
それを見て、決闘も辞さない覚悟だった冒険者達も、身構えていた緊張をゆっくり解いた。
「‥‥ラーンス様は、本当に‥‥」
ポツリと洩らしたヒューイットに、シルヴィアはもう一度深く頷いた。
「あの方を信じましょう。そして、戻られるその時までこの都を守る事が、あの方を信じる人々の使命ではありませんか?」
「そうか。ああ、そうだな」
「ええ。信じて待ち続ける事はとても難しい。ですが、私は信じ続けたい‥‥そう思います」
言い聞かせるシルヴィアの言葉は、彼らだけでなくガラハッドへも聞かせたいもの。今の自分の思いそのものだ。
思いつめた気持ちが取れ、騎士達に浮かぶ晴れやかな笑顔。
だが、それを見るガラハッドの表情は、僅かに顔を顰めたもの。
見守るタイタスが溜息を一つ。どうやら、いまだ彼の中ではラーンスに対しての不信が残っているのだろう。
が、今はまだそれでもいい。
そう簡単に気持ちの切り替えが出来るのならば、これほど苦悩しなかっただろう。
「きっといずれ、自分の力で乗り越えなければならないことだって人生には沢山あるのでしょうし」
「メアリー」
いつの間にか隣にいたメアリーに驚くタイタスを見て、彼女はクスリと微笑んだ。少し赤くなりつつ、タイタスもまた苦笑を洩らす。
そして。
「陛下を裏切るような真似はしない、か‥‥」
思い出した科白が、自然とタイタスの口に乗った。