【視察】放たれた刺客

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月15日〜12月24日

リプレイ公開日:2006年12月25日

●オープニング

●動き出す影
 ――にゃあ、としゃがれた鳴き声に、男はゆっくりと視線を向けた。闇の中、ぽっかりと浮かぶ金色の双眸がじっとこちらを見ている。
 どこか咎めるような視線に、男はフッと口元に笑みを浮かべた。
「心配するな。今度はうまくやるさ。俺はアイツとは違う」
 男の呟きに、闇色の小さな獣の反応は特にない。それきり興味を失くしたのか、それは再び闇の中へ溶け込んでいった。
 別段気にした様子も見せず、男は隣に控える気配に声をかける。
「それで首尾はどうなった?」
「標的は一団と逸れたとの報告を受けています。ただ、その際に同行した数名の騎士を手にかけています故‥‥」
「発覚も時間の問題か」
「おそらく」
 傅く若者の報告に対し、男は不敵な笑みで言葉を返した。
 この場に似つかわしくない楽しげな表情は、だが男の纏う雰囲気にはひどく相応しく。
「まあいいさ。どちらが早く対応出来るか、それこそ神の望む試練というヤツだ」
 男は信じている。自身の意志をもって、崇高なる使命を全うしていることを。
 男は気付かない。他者からの干渉に、自らが踊らされていることを。
「――さて、ここは任せるぞ」
「どちらに?」
「ヤツを連れ戻しに行く。所詮、逃げられるワケもないのにな」
「了解しました」
 そして、会話は途切れ。
 世界は再び闇に沈む――。

●ウッドストックの森
 どうして、こんな事になったのか。
 油断したつもりはなかった。同行した人数は五人と少なかったものの、皆腕利きの騎士でレオニードに選ばれた側近ばかりだったのだ。
 にも関わらず――今自分に付き従っているのは一人だけ。仲間だった筈の一人の裏切りにより、残りの皆はことごとく力尽きていった。今の自分が生きているのは、彼らが領主である自分を必死に逃がそうとしたからだ。
「おい、大丈夫か!」
 声をかければなんとか返事をするものの、既に息絶え絶えの状態だ。
「‥‥フェイ、様‥‥」
「しっかりしろ。一先ずこの森の中へ避難を――」
「どうか、お先に行ってください。ここは、私が抑えます」
「何を‥‥ッ」
 反論しようとした俺を、彼の鋭い目が言葉を飲み込ませる。何を言っても無駄、そんな決意が彼の瞳にはありありと窺えた。
 悔しさに噛み締めた唇から、うっすらと赤い血が一筋流れる。
「既に伝令は飛ばしました。レオニード様と‥‥ギルド、です」
「?!」
「‥‥貴方様のお仲間ならば、きっとこの危機を脱してくれることでしょう」
 しっかりと掴む肩が赤く染まっていく。
 これは俺の血じゃない。俺は怪我なんかしていない。これは‥‥。
「どうか、ご無事で」
 小さく言い残し、彼はさっきまで逃げてきた道を逆走していった。
 俺はただ拳を強く握り締め、懸命に心を捻じ伏せた。今彼と一緒に飛び出して行けば、俺をここまで逃がしてくれた彼らの死が無駄になる。
 ならば俺が取るべき手段は――
「くそっ!?」
 無力さを嘆きながら、俺は森の奥へと駆け出した。

●ギルドにて
 一報は、けたたましくギルドの扉を開けてやってきた。
「御願いします! フェイ様を‥‥フェイ様を助けて下さい!」
 派手な音を立てて転がり込できたのは、年若いオクスフォードの騎士。フェイの名を反応し、受付に座っていた男が慌てて飛び出して若き騎士を抱き起こす。
「おい、フェイがどうした?」
 育ての親である男にとって、オクスフォードの領主になったとはいえいまだフェイは手のかかる子供のようなもの。その身に何かあれば、心配するのは当然だろう。
 全速力で駆けて来たのだろう、若き騎士は息切れをしながらも、必死でフェイの現状を説明した。
 北西の砦への再度の視察。
 寄せられた情報を頼りに、少数で向かったフェイ一行。
 そして彼らの消息は断たれ――見つかった側近達の死体。
 発見された場所は、オクスフォードの北西に広がるウッドストックの森周辺。
「騎士団長様はどうした? 何故動かない?」
「勿論動こうとしました。ですが、フェイ様の就任に反対だった貴族達の反発が‥‥」
「ちっ!」
 軽く舌打ちする男に、若者はまるで自分が悪いかのように項垂れた。
 が、すぐに気を取り直し、彼は男に懇願する。
「ですから‥‥どうか、冒険者達のお力を‥‥」
「わかった。なるべく急いで集めてみるが――」
 今はキャメロットの情勢とて何かと騒がしい。
 果たして間に合うのかどうか。そんな考えが頭を過ぎるが、すぐに振り払い、男は受付に座って依頼書を書き始めた。

●今回の参加者

 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ティアラ・フォーリスト(ea7222)/ クル・リリン(ea8121)/ シターレ・オレアリス(eb3933

●リプレイ本文

●上空よりの偵察
 大きな翼を羽ばたかせ、茶色い毛並みを持つグリフォンが空を翔る。
 その背に乗ったアデリーナ・ホワイト(ea5635)が横を向けば、彼女に追従する形でリアナ・レジーネス(eb1421)の乗るフライングブルームが平行して飛んでいる。
 二人の眼下に広がるのは、オクスフォード領北部にあるウッドストックの森。
「そろそろ戻りませんか?」
「待ってください。もう少しだけ」
 呼びかけるアデリーナに分かっていると頷くリアナは、再度ブレスセンサーを唱えた。思った以上に広大だった森の中、思うように進まない捜索に彼女自身少し焦っていた。
 上空からでは、さすがのアデリーナの視力でも細かい人影は見出せない。
 二人が諦めけかたその時、森の奥の方で何かが光った。
「危ないッ!」
 いち早く気付いたアデリーナの叫び。探査に気を取られていたリアナの反応は一歩遅れる。
 寸前、グリフォンが体当たりをする形で彼女の体を移動させる。僅かにバランスを崩したものの、辛うじてかわしたのは黒い光球。
「――あそこ、ですか」
 こちらが気付いたという事は、向こうにもバレたという事。敵を警戒させる形になってしまったが、乏しいながらも成果は得た。
「リアナさん、急いで戻りましょう。そろそろ後続の人達も来てる頃です」
「分かりました」
 アデリーナの言葉にリアナは頷くと、二人はすぐさま取って返した。

●深淵へと続く道
「なるほど、今までそのような事があったでござるか」
「ええ」
 森の中を歩く道すがら、アデリーナの説明に黒畑緑朗(ea6426)は神妙げに頷く。
 かつてオクスフォードを蹂躙したデビル達。神の試練と唱う者達。彼女に知る情報を語るにつれて、彼の顔も徐々に険しいものとなっていく。
「それにしても元冒険者が領主でござるか。なかなかに行動的でござるな」
「ええ、それはもう‥‥」
「ホント私が目を離してる隙にっ!」
 アデリーナと同じく、以前より顔見知りであるアレーナ・オレアリス(eb3532)は、彼の行動に少なからず腹を立てていた。行動パターンをよく知るだけに、今回の行動もきっと自身の信念の元に行ったのだろう。
 こんなに心配している自分達が居る事も忘れて。
 その点が彼女の怒る源だ。
「まあ積極的で感心だが‥‥敵も多いからな」
 訳知り顔で苦笑するアザート・イヲ・マズナ(eb2628)。
 が、すぐ次の瞬間には真剣な顔に変わる。
「方向はこちらで合ってるか?」
 問われ、リアナは小さく頷く。
「間違いありません。私達を攻撃してきたのは、ちょうど森の奥まったあたりからです」
 当初、フライングブルームで飛行しようとした彼女。
 だが、生い茂る木々に阻まれ思うように動けない。更に高度を上げれば、今度は仲間達との距離が開いてしまう。結果として敵の狙い撃ちの標的になるのではないか、との仲間の説得で彼女も一緒に歩いていく事にした。
 時折ブレスセンサーでの反応を確認しつつ、一向は注意深く奥へ奥へと進んでいく。
「あの時の領主、無事でいてくれればいいが」
 ポツリと呟くイグニス・ヴァリアント(ea4202)。
 それにアデリーナが過敏に反応する。
「無事です、きっと!」
「ああ。元は俺達と同じ冒険者、そうそうやられはすまい」
「‥‥ならいいが」
 アザートの言葉に以前の依頼を思い出し、確かに、と納得する。
 が、事態が緊迫しているのは否めない。可能な限り急ごうとしたイグニスの前に、リアナがすっと腕を差し出した。
「‥‥います。三個の呼吸を感知、二個がこちらへ向かってきます」
 その一言で、彼らは一斉に身構えた。
 前線に立つイグニスと緑朗が注意深く視線を動かす。
 直後、物陰から飛び出した人影が二つ。音もなく襲ってきた相手に向かい、イグニスは躊躇なく小柄を振り抜いた。放たれた真空刃によって近付くことなく吹き飛ばされる。
「ぐっ?!」
 防御を取る暇すら与えず、二刀を振るう緑朗が一気に近付く。振り下ろした一撃は、相手が繰り出す剣よりも早くトドメを刺した。
 肩口に負った掠り傷が、相手の唯一の抵抗だ。
「貴様ら、何者――」
「聖母の赤薔薇フィーネ・オレアリス(eb3529)!」
「聖母の白薔薇アレーナ・オレアリス!」
『二人揃って悪を討つ!』
 相手よりも早く、口上を言い放つ二人。凛と佇む彼女達を前に、相手は些か戸惑ったようだ。その隙を逃さず、アザートの持つ双つの小太刀が首筋にヒタリと迫った。
「‥‥それはこちらの科白だ。お前達こそ、何者だ?」
 彼の問いかけに、男――身なりからして野盗のようだと推測出来る――は何も答えない。再度問い詰めようとした矢先、男の取った行動にアザートは目を疑った。
「なっ!?」
 小太刀を引くよりも早く、男は強引に首を振った。掻っ切った喉から先決が飛び散る。
 血塗れた刃から一滴、倒れた男の頬を濡らす。自ら命の幕を閉じた男に、誰もが言葉を失った。
「皆さん、こちらへ早く!」
 その空気に割って入るリアナの声。
 見れば、彼女は重傷の騎士を抱き起こすところだった。ブレスセンサーで探った残り一つの呼吸が彼だったのだろう。
 急ぎ駆け寄り、アデリーナが手持ちのポーションを与える。
「しっかり、しっかりして下さい」
 彼女の呼びかけに、彼が僅かに意識を取り戻す。
「‥‥フ、フェイさま、が‥‥この先、に‥‥どうか‥‥」
 口に上るは、主を案ずる言葉。
 それを安心させるように、フィーネとアレーナがぎゅっと彼の手を握った。
「ご安心下さい。私達が必ず」
「助けてやるから」
 ホッとしたのか、彼は再び意識を失う。
「急ぐぞ。彼が居たという事はこの近くだろう」
 立ち上がったイグニスが呟く。
 ほぼ同時に、リアナがすっと指を差す。その方向はおよそ東。
「一つ、二つ‥‥四つの呼吸を確認しました」
 それは即ち三人に追い詰められているという事。
 彼女の言葉を確認するよりも早く、冒険者達はフェイの元へ急いだ。

●命の天秤
 ハァ‥‥ハァ‥‥。
 息荒く、既に逃げる体力すら尽きて。
 ガクリを膝を付く少年の前、立ち塞がる騎士が一人。
「な、なんで‥‥お前、が‥‥」
 見知った顔だった。一番信頼していた側近だった。予測の付かない彼の裏切りにより、今自分は窮地に立たされている。
「どうして‥‥ッ」
「貴方が知る必要はないのですよ。どうかこのまま――」
 振り被った剣。
 切っ先が光を反射し、これから訪れる死を予告する。
 刹那。
「させません!」
 凛と響く声。
 同時に、闇を切り裂いた光の一条。完全に予想だにしなかった為か、無防備にその雷撃を受けた騎士の体がグラリとよろめく。
 その向こうにやや細身の少女が、たおやかに佇んでいる。
「行きます!」
 別の方向から聞こえた声に慌てて振り向けば、二人の間に割り入る育ちのよさそうな金髪の美女――フィーネの一睨みで、体が僅かに拘束された。
 その隙を縫う形で、もう一人の金髪の美女が飛び込んできて騎士に向かって連撃を叩き込んだ。
「フェイくん、無事?!」
「‥‥アレーナ‥‥?」
「フェイ様、ご無事ですか?」
 気が付けば、いつの間にか抱き起こされている自分。アデリーナの顔が心配そうに覗き込んでいた。
 黙ってコクリと頷けば、安堵の息を吐く彼女。どれだけの心配をかけたのかを考え、今更ながらに少年は自分の立場を考えようと思った――。


「くっ!? な、何故、ここに‥‥いったい何をして――」
 男が振り返った先。
 見張りを、と言いつけておいた仲間が地面に倒れ伏しているのが目に入った。
「残念だが、こいつらはもう死んでるぜ」
 男に向かって剣の切っ先を向けるイグニス。
 本当なら生け捕りたかったのだが、予想以上に手強い相手に手加減出来る余裕もなく、本来の目的である領主の保護を遂行する為、已む無くトドメを刺す形となった。
 それは、緑朗が対峙した相手も同じで。
「手加減出来ぬ相手でござったからな。仕方なかろう」
 かくなる上は、今目の前にいる相手だけ。
 そう考えて、彼らは取り囲むような配置についた。勿論優先すべきは領主であるフェイの救出だ。
「さて‥‥これ以上の交戦は無意味と思うが‥‥?」
 身構えるアザート。既に相手は重傷の身。この場にいる冒険者を相手に、とても勝てるものではない。
 同じように切っ先を向けるフィーナとアレーナ。
「聞けば、あなたはフェイさんの側近でしたのでしょう?」
「ならば、これ以上はもう」
 二人の声が静まり返った森の中に響く。
 彼らの包囲の輪の外、フェイを守るように彼の体を抱えるアデリーナといつでも魔法を放てる心構えのリアナ。
 そして、どれだけの時間が経過したのか。
 不意に男が呟く。
「‥‥なるほど。フェイ様、これが貴方の運というものですか。どうやら試練の天秤は、貴方の方に傾いたようです」
 ――言葉に、アデリーナはハッとした。
 それはアザートやアレーナも同じで。
 デジャビュのような感覚に陥る三人。何故なら、かつて同様の言葉を三人は耳にした事があったのだから。
「あなたは、まさか‥‥」
 アデリーナが問いかけるよりも早く、男は剣を振り被る。
 そして。
「フェイ様、貴方が真に領主となられることを。我が黒き神の試練のままに」
「待っ――」
 手を伸ばしたフェイ。
 動こうとした冒険者。
 だが、それより早く振り下ろされた剣は、男の胸に深々と突き刺さった。どさりと力なく倒れた場所には、男の体を中心に赤黒い血溜まりが出来ていく。
「‥‥一先ず帰りましょう。フェイの手当てもしないといけませんから」
 最初に我を取り戻したリアナの言葉に、誰もが頷いた。
 アデリーナによって簡単な手当てはしているが、まだ傷も幾つか残っている。それに生き残った側近にも手当てが必要な筈だ。
「では、わたくしのスカーレットで運びましょう。フィーネさんとアレーナさんには護衛を」
「分かりました」
「了解した。‥‥ホントによかった」
 ギュッと力いっぱい抱きしめるアレーナ。それを見たフィーネがつと苦笑を洩らす。
「私も一緒に行きます」
 ペガサスとグリフォンが飛翔する後を、フライングブルームに跨ったリアナが追いかける。
「では、拙者らも帰るでござるよ」
 それらの後ろ姿を見送ってから、残った緑朗達もその場を後にする。
「ったく、何が楽しくてこんなふざけた事をやったんだ?」
「‥‥さあな」
 イグニスとアザートの呟きだけが、静寂を取り戻した森の中に空しく響いた。