擬態――銀細工に潜む影

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月19日〜01月24日

リプレイ公開日:2007年02月03日

●オープニング

 とある古びた教会にそれはあった。
 礼拝に訪れる者が途絶えて久しいその場所に、場違いな程に豪奢な銀細工の燭台が並ぶ。既に火を点す者もなく、ただ無情に晒されるだけの存在。
 廃墟の中で異質を放つそれは、当初盗賊達の格好の獲物だった。
 だが、その教会へ押し入った者達は誰一人持ち出す事は叶わず、また誰一人帰ってくる事はなかった。
 唯一、教会までの案内をさせられた近隣の村の男だけが戻ってきた――が。
「‥‥ッ‥‥し、燭台、に‥‥飲み込まれ、た‥‥」
 それだけを言い残し、そのまま男も帰らぬ人となった。
 全身で酸でも被ったかのような焼け爛れた痕を残して。
 以来、近隣の村の者達は、その教会へ近寄らないよう徹底した。自ら危険へ飛び込む無謀を避け、ただ日々の平穏を望んだ。
 されど、好奇心は誰の内にもあるもの。
 特にそれが幼い子供達となると、駄目と言われるものほど近付きたくなるというもので――。

「‥‥村の子供らが、勝手に教会の方へ行ってしまったようなのです」
 キャメロットのギルド受付。
 沈痛な面持ちの男は、居なくなった子供達の親の一人であり、村長であるという。
 ある日何時まで経っても帰ってこない子供達を心配した大人たちは、夜通し探し回った挙句、泣きながら逃げ帰った子供達の証言で真実を知った。
「度胸試しのようなものだったらしいのです。しかし、大人ですら危ない場所に子供達だけでは‥‥」
 言いかけ、男は大きく溜息を吐いた
 どうやら先導したのは彼の息子らしい。
「子供らの話では、残った子らはどこかの部屋に隠れ潜んでいるとのこと。ですが、それも時間の問題でしょう。どうか――モンスターを倒して子供達を助けて下さい!」
 頭を下げ、懇願する男。
 そうして、冒険者ギルドに一枚の依頼が加わった。

●今回の参加者

 ea8468 ナギラ・スウィックス(41歳・♂・ファイター・人間・メイの国)
 eb7706 リア・エンデ(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb9639 イスラフィル・レイナード(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec0773 シャノン・ウェンディ(24歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

マミ・キスリング(ea7468

●リプレイ本文

●小さな冒険者
 やれやれ、と苦笑にも似た溜息をナギラ・スウィックス(ea8468)は零す。
「元気なことはいいことだが、大人に迷惑をかけるのはいただけないな」
「仕方ないさ。好奇心を抑えられないのは、子供も大人も同じだ。‥‥僕にはなんとなく分かる気がする」
 僕にもそういう時があるからな。
 そう言って、小さく肩を竦めるシャノン・ウェンディ(ec0773)。エルフとしてどれだけ長く生きていようと、胸中から湧き上がる気持ちに嘘はつけない。
 実感篭もった彼の言葉に、ナギラと同じような溜息をイスラフィル・レイナード(eb9639)も吐く。
「好奇心を抑えられない‥‥か。子供なら尚更そうだろうな」
 だが、今回ばかりは相手が悪い。
 ただの噂話でなく、本当に子供達の身に危機が迫っているのだ。
「‥‥とにかく無事に連れて帰るぞ」
 眼前に聳える古い教会。
 あちこち劣化し、廃墟と化した教会だが、いまだ堅牢さを保つようにしっかりと建っている。
「確かにこれを燃やすには一苦労しそうですね〜」
 少々物騒な呟きは、リア・エンデ(eb7706)のもの。
 依頼のあった村へ立ち寄った際、幾つか状況を聞きだす中で彼女は最悪教会を燃やしていいかと尋ねていた。
 当然村人は首を横に振るばかり。
 聞けば、廃墟になったとはいえかつては近隣の村々の合同の集会所のようなものだったらしい。愛着があるからこそ、無人となった今でも建物が壊される事なく朽ちるままに残されているのだ、と。
「敵はメタリックジェルだそうだね」
 手にした棍棒を構えつつナギラが確認すると、リアは小さく頷いた。
「ええ。わたくし、以前も同じようなモンスターを退治しています。おそらく間違いないかと」
「どのみち子供達を助ける方が先決ですね」
「そうですね。シャノンさん」
 呼びかけに、シャノンは承知したとばかりに胸元を飾る十字架を手に持った。
 祈り、そして集中する。
 彼に体が一瞬、淡い黒い光に包まれた。イメージするように脳裏に閃くのは、廃屋に潜む生命を持つ者達の存在。
「――教会の奥の方へ五つ、固まった存在がいるな。おそらくこれが子供達だろうが――ッ?!」
「どうした?」
 ハッと顔を上げたシャノン。
 少し慌てた表情に、イスラフィルが不審げに問う。
「急がないと‥‥モンスターの存在が迫っている!」
 彼の言葉を聞いた三人は、互いに目配せしてからすぐに行動を開始した。

●ひっそりと佇む
 軋む床の音が、薄暗い廃墟に響く。
 イスラフィルによって照らされたランタンの灯りで視界の確保は十分だったが、いつ何が襲ってくるか分からない状況だ。
 視覚を頼りつつも聴覚を頼みとし、周囲の気配に耳を傾ける。
「モンスターはどこにいるか分からんからな‥‥油断するな」
 先頭を行くイスラフィル。次いでナギラ、リア、シャノンと続く。
 当初、教会へ入るなり大声を出そうとしたナギラを仲間全員が止めた。こちらの場所を教えるものだ、そう言い含めてなんとか納得させた一場面だ。
「どうですか?」
「付近にはいない。もう少し奥へ行ったところだ」
 シャノンの返事に、リアは今一度耳をすませる。
 僅かな物音でもあれば、彼女にとって判断材料になる。
 それが例え、子供達の泣き声であったとしても。おそらく怖がっているだろう子供達の事を思うと、少し複雑な気持ちだが。
 ギシ、ギシ。
 彼らの進む足音。案内は、シャノンの感知する生命の存在だけ。
 角を曲がる、その瞬間。
 ナギラはゾクリと背筋が冷えた。思わず立ち止まった彼と、シャノンが叫ぶのは同時だった。
「――いる!」
 指差したのは、壁に据え付けられた燭台。イスラフィルの照らす灯りに僅かに煌きを返したその材質は。
「そこです」
 反射的に飛び掛ったナギラの棍棒が、無造作に壁を打つ。
 同時に擬態の解かれたメタリックジェルが、その不定形な体を動かしながら反撃してきた。肌を焼く匂いが鼻腔に届く。
 痛みに引き下がったナギラの脇を抜けるよう、リアの光の矢が放たれる。薄暗がりの中を淡い月光のように一直線に飛ぶ。力をなくしたゼリー状のそれは、どさりと床へ崩れ落ちる。
 なおも動こうとするのを、イスラフィルのロッドがトドメとばかりに貫いた。
「‥‥とりあえず一体だな」
 ホッと息をついたのも束の間、彼らの耳に数人の泣き声が届く。
「子供達ですわ!」
 探すまでもなく、声は奥の扉の向こうから聞こえている。急いで駆け寄ったリアが開くと、そこには蹲って泣いている子供達の姿があった。
 それを見て、冒険者達も一先ず安堵する。
 とりあえず依頼の第一目的は達成した。後は彼らを連れて無事にここから脱するのみ。
「みんな無事か?」
 シャノンが確認するよう声を上げると、子供達はしゃくり上げながらも言葉を返した。
「お、お兄ちゃん達‥‥誰?」
「助かった、の?」
「ええ、助けに来ましたの。だから皆さん、どうか安心してくださいね」
 涙に濡れる子供達を、リアが一人一人安心させるように頭を撫でる。
「俺達が来るまでよく頑張ったな。本当なら説教の一つでも言いたいところだが、先ずはここから出る事が先決だ」
 そう言ってイスラフィルが先導を切る。
 子供達を中心にイスラフィルとナギラが前衛を、背後に気をつけるようリアとシャノンがつく。今の状況では、子供達だけを逃がす事はほぼ不可能だろう。
 実質、敵がどれだけいるのかは未だ正確に把握していない。
 シャノンが感知しただけでも、敵と思しき存在は四体あったのだ。そのうちの一つは倒したが、まだ三体残っている。
「どちらにせよ僕らが盾になるほかないか」
「そうですね。なんとか無事に出られれば――」
 言いかけたリアの言葉は、先頭の二人が立ち止まった事で遮られた。
 目に付く銀の燭台――いや銀色の光沢を放つメタリックジェル達が、彼らの行く手を塞ぐ形で佇んでいる。獲物を認知した今、すでに擬態する事を止めたようだ。
「来るぞ」
 ロッドを構えるイスラフィル。背後の子供達を気にしつつ、棍棒を身構えたナギラ。
 先ずは突破口を作る。
「本当は燃やせればいいのですが」
「仕方ないさ、村人にとっては大事な建物なんだし」
 黒い光に包まれるシャノン。銀の光に包まれるリア。
 直後、二人から放たれた黒い光と光の矢がメタリックジェルを直撃した。
 すぐに反撃しようと飛びかかったところへ、ナギラが棍棒を無造作に振り払う。強烈な一撃にゼリー状の体が奇妙に歪む。一歩遅れてイスラフィルの突きが入り、一体はそのまま動かなくなった。
 当然、他のメタリックジェルも冒険者達へ一斉に襲い掛かる。
「くっ、しつこいですね」
 思わずぼやくナギラ。
 子供達を守る為、あまり前に出る事を控えているので、どちらかといえば防戦一方だ。援護する形で後衛から魔法攻撃があるおかげで、なんとか前に進んでいる。
「‥‥ぅう、お兄ちゃんたち、大丈夫?」
 子供達の中で一人泣き止んだ少年。おそらく彼がリーダーなのだろう。
 その不安げな眼差しを受け、イスラフィルが小さく笑みを見せた。
「心配するな。お前達を無事親元のところへ届ける事が出来れば多少怪我をしようが構わん」
 頭をクシャクシャと撫でながら、伸びてきたジェルを一突きで跳ね返す。
「ええ。わたくし達は冒険者ですから」
 にこりと微笑み、リアの放つ光の矢が狙いどおりを貫く。
「よし、もうすぐ出口だ!」
「頑張りましょう」
 シャノンとナギラの励ましのもと、子供達は出口に向けて一気に前進していった。

●好奇心は猫をも殺す
「ふう‥‥なんとか抜け出せたな」
 軽く肩で息をつくイスラフィルは、振り返り子供達の無事を確認する。はぐれたりもせず自分達に付いてきたようで、ホッと一息ついた。
 逆に子供達の様子も、さっきまでの恐怖は去り、今はなんとなく身を小さくしている。おそらく怒られる事がわかっているからだろう。
「あ、あの‥‥」
 イスラフィル自身、説教は好きでない。
 が、やはりここは一つ言わなくてはならない。
「今回は無事で済んだからいいようなものの‥‥もし何かあったらどうするつもりだ?」
 リーダー格であろう少年に向けて、一言一言を区切る。
 思わずビクッとなるのを、横からまあまあとシャノンが助け舟を出した。勿論、一言小言を付け加えるのも忘れずに。
「好奇心旺盛なのは悪い事じゃないけど、それが危険を招くことだってあるのは今回のことで十分出来たよね?」
「う、うん」
「なら、これからは十分注意することだ」
「そうだ。コレに懲りたら危険な場所へは行くな。いいな?」
 あまり強い口調ではなかった。
 が、本当に心配している態度が伝わったのだろう。子供達は、いつの間にか全員が真剣な眼差しで神妙に頷いた。
 その返事を区切りとばかりに、ナギラが手持ちの夜食を差し出した。
「まあま、お説教はそのくらいで。お腹、空いてるでしょう? もしよかったら食べて下さいね」
 途端、子供達のお腹から盛大な音が鳴る。
 一瞬の間をおいて、冒険者も子供達も一緒になって爆笑した。静かだった空間が、一転して賑やかな場に変化する。
「それでは村へ帰る道すがら、わたくしが歌を歌いましょうか」
 リアの手にはシフールサイズの竪琴。
 小さいがこれでも立派な楽器だ。寧ろ携帯する分にはこれで十分だった。
「どんなの、どんなのー?」
 せがむ子供達に向けて、彼女は小さく微笑んだ。
「――ではでは、小さな冒険者達の大きな冒険のお話です〜」
 流れるメロディに言の葉を乗せて。
 村へ帰るまでの間、子供達の陽気な笑い声がいつまでも空へと響く――。