【視察】昼と夜の顔
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月07日〜03月14日
リプレイ公開日:2007年03月15日
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●オープニング
窓から射し込む朝日に気付き、オクスフォード領主である劉飛龍――通称フェイ――はベッドから起きて大きな伸びをした。
手足を何度か動かし、痛みがないのを確認する。
「よし」
二ヶ月前に負わされた賊からの傷。一時は命すら危ぶまれていたが、医療団の懸命の介護もあってすっかり回復した。
体のあちこちに傷が残ってしまったが、仕方ない。それは自分の未熟の証だ。きっと目につくたびに己を戒めるだろう。
不意に蘇る記憶。自分に凶刃を向けた信頼していた筈の部下。
甘さ。未熟さ。まだまだ自分には足りない部分が多い。
「‥‥父さん」
思わぬ弱音が零れた時、ドアをノックする音がした。
「誰だ?」
「フェイ様、よろしいでしょうか?」
返ってきたのは、騎士団長であるレオニードの声。
「いいよ」
返事と同時にドアが開き、レオニードが部屋へと入ってきた。すでに騎士としての身形を整えている彼は、相変わらず厳しい顔をしていた。
苦笑しかけたフェイだったが、すぐに気を取り直して彼に向き合う。
「どうした? 何かあったか?」
「はい。二ヶ月前の襲撃の件ですが‥‥」
一瞬、フェイの顔色が曇る。その事で僅かに言い淀んだレオニード。
だが、フェイが視線で続きを促すと、意を決して口を開いた。
「連中の背後までの特定はまだですが、彼らが事前に出入りしていた場所が判りました」
オクスフォードより少し北に離れた町。そこは、かつて貴族たちが避暑を楽しむ別邸が多く建てられていた。当然、今の時期に訪れる者は誰もおらず、町はひっそりとしている。
その別宅の一つに、裏切った側近の騎士が訪れた形跡があったとレオニードは語る。
「あの者に縁者はなく、訪れたのも真冬の時期。いささか不自然としか思えません」
告げる声が微かに震えているのを、フェイは気付く。
裏切りを見抜けなかった後悔は、きっと彼も深く感じているのだろう。仮にも騎士団長の選んだ側近が領主を襲おうとしたのだから。
事実、今レオニード自身、かなりの逆風に立たされていた。
そのことにフェイは何も言わない。一つ口を開けば、きっと他の者達にとって贔屓だと見られるからだ。
だからこそ、ここまでの調査も実のところ内密に行っていた。
「あの町か‥‥」
ウッドストックの森の入り口にある町。それは先の視察でも訪れた場所。別段変わった様子もなく、町の人たちも優しく接してきてくれた。
突然現れた自分を受け入れてくれたりもしたのだが――。
「レオニード」
「はい」
「ギルドへの要請の手配を頼む」
「‥‥承知致しました」
今回ばかりは騎士団を動かすわけにはいかない。また、フェイが領主として一度訪れた場所を再度訪問するのもまずい気がした。
フェイ自身、本音では自分で調べたい。
だが、今は自分の立場を考えなくてはならない。
もう一度町を訪れて、もし住人が不安を感じてしまったら? 敵に気取られてしまったら?
レオニードもその意図を理解したからこそ、ギルドへの要請を承知したのだ。
「冒険者のみんなには‥‥くれぐれも慎重に行動してくれって伝えておいてくれ」
くしゃり。
フェイの手の中で、握り締めた羊皮紙が音を立てる。
――にゃあ、とどこかでしゃがれた鳴き声が聞こえた。
●リプレイ本文
●密会
そこは、人の賑わいも少ない廃れた酒場。
更にその一角、人気を避けるようにひっそりとテーブルに付く男と女。お互い顔を隠すようなフードを被り、俯き気味に会話をしていた。
「――では、どのような貴族かまではお分かりにならないと?」
投げかけた疑問は、聖母の赤薔薇との異名を取るフィーネ・オレアリス(eb3529)のもの。
対する男の方は、オクスフォード騎士団の団長を務めるレオニードだ。
「ああ、私はあくまでも一介の騎士に過ぎない。今はフェイ様のお世話をさせていただいているが、それも上からの指示によるもの。私に貴族の方々の内情まで探る権限はない」
小声での囁き。誰にも聞かれたくない事もそうだが、今この場で自分が動いている事を公にしたくない。
フィーネの申し出にレオニードはそう答え、誰の目にも触れない場所を選んだのだ。
「だが、信頼の置ける人物の紹介なら可能だ」
「本当ですか?」
「教会にいる修道士の一人が私の幼馴染みでな、今回の情報提供も実は彼から受け取ったものだ」
「え?」
不意に胸に過ぎった不安。すぐに霧散したが、じわじわと染み入ってくる何かがあった。
が、今は先を急ぐ事が先決だろう。そう判断したフィーネは、すぐにレオニードの知り合いを教えてもらうことにした。
「とりあえずこの紹介状を見せれば、ヤツも協力してくれるだろう。だが、くれぐれも」
「分かってるわ。決して怪しまれるような事はしないから」
そう言い置いて、彼女はその酒場を後にした。
●貴族様御一行
「‥‥あのぅ‥‥男ですから、僕は」
これで何度目になるだろう。
カシム・ヴォルフィード(ea0424)は繰り返しかけられた声に小さく溜息をついた。
女性に間違われる事はこれまでにもあったが、この町に入ってから掛けられる声は、皆ナンパ目的ばかり。それも自分が目当て、というのでもなさそうなのだ。
隣に立つフィーネは、困惑顔のカシムを見てクスクスと笑う。
「大変ですね」
「ええ、まあ」
おそらく彼らの目的は彼女だ。町に入るにあたって貴族を装っている彼女は、元々の育ちのよさそうな顔立ちも手伝って、かなり高貴なオーラを醸し出している。おいそれと声を掛けづらい。
だから、隣にいるまだ話しかけやすそうな女性に見えるカシムに声をかけるのだ。
前を行く黒畑緑朗(ea6426)の出で立ちが護衛のような態度をしている事からも、おそらく傍目には貴族のお嬢様達が護衛を伴って訪れている風に見えているのだろう。
「ふむ、拙者が護衛でござるか」
「これならうまく町の人達も誤魔化せますね」
緑朗とフィーネの会話。
それでも、とカシムは思う。
「僕に声を掛けてこなければ、ね‥‥」
小さく肩を落としながら。
とはいえ、町の人間が声を掛けてくれるのは、実のところありがたいことだった。むしろ誰にも怪しまれる事なく聞き込みが出来るのだから。
彼らの話では、この時期に外から人がやってくるのは珍しいとのことだ。
「特に貴方様方のような高貴な方が来るなんて珍しいです」
馬鹿丁寧に話す青年に、フィーネがにこりと微笑む。
「でも、今の時期のこの穏やかな静けさも、私きらいではないですよ」
それだけで彼は顔を真っ赤にしてその場に固まってしまった。
慌てて付け加えるようにカシムが尋ねる。
「そういえば、最近誰かが来たって話を聞いたよ? その人は?」
「最近ですか? ええっと‥‥ああ、あの騎士の方ですね。彼なら貴族の使いということで、その方の別邸へ行きましたよ」
「どちらの貴族の方でしょうか?」
やんわりと問うフィーネに、だが町の青年はさすがにそこまで知らなかった。
だが。
「教会の方ならご存知かもしれません」
「教会? 何故でござる?」
「何故って‥‥だってここにある貴族様方の別邸の管理は、代々教会が管理していますので」
彼のその言葉に、三人はハッと顔を見合わせた。
が、すぐに素知らぬ顔で何事もなかったかのように町の者に礼を言うと、すぐに別れてその場を後にした。
「どうする?」
カシムが問えば、
「やはり一度教会へ赴きましょう。レオニード様の知己の者もそこにいるとのことですから」
フィーネがそう応え、
「では参るでござるよ。ささ、お嬢様は拙者の後についてくるでござる」
緑朗が先頭に立ち、三人は教会を目指した。あくまでも町を散策しているといった様子を崩すことなく。
●旅人は惑う
「‥‥どうだ?」
周囲の様子に注意を払いながら、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は背後へと声をかける。
彼の影に隠れるように佇んでいるのは、少し汚れた服を身に纏うアデリーナ・ホワイト(ea5635)だ。彼女はアザートの問いに、静かに首を横へ振る。
「駄目ですね。ここにある水溜りの多くは、雪が融ける出来たものばかりです」
改めて周囲を見渡すアデリーナ。
町とはいえそれほど整備されていない道は、あちこちがぬかるんで水溜りを作っている。そのどれもが、最近雪が融けて出来たもののようだ。
「それに最近踏んだ人となると、やはり町の人達になってしまいます」
「町の人間以外が踏んだものを調べる事は出来ないか?」
「それも難しいですね。パッドルワードは、あくまでどんな者が踏んでいったかを聞き出す魔法ですから。水溜りそのものに町の人かそうでないかを区別する思考はありませんから」
「そうか‥‥」
先行した三人より数時間遅れる形で町へと入った二人。
各地を旅している風を装い、何人かの町の人間に話しかけてみたが、さすがに世間話程度しか聞き出せていない。時折、水溜りを見つけてはアデリーナが魔法を試してみるのだが、先と同様の結果にしかならなかった。
気落ちする彼女の肩をアザートが慰めるように叩く。
「あまり‥‥焦るな。まずは拾える情報を全て持ち帰ること、だ‥‥」
「ええ、解っていますが」
さすがにここまで何の手掛りも得られないと、アデリーナも少しばかり不安になる。無駄足ではないか、との危惧も一瞬だが脳裏を過ぎった。
ふと気付けば、自分達がいる場所は町の外れの方。よくよく見れば豪奢な建物があちこちに建て並んでいる。
「もうこの辺りは別宅のあたりなのですね」
町中の喧騒も遠ざかり、聞こえるのは風が揺らす葉がさざめく音。
「さすがに‥‥この辺りは静か、だな」
なるほど、冬場は本当に人がいないのか。
「このうちのどれか、という話らしいが‥‥さすがに施錠済みか」
一つの別荘の門構えに付いたしっかりした錠前。
無論、壊すだけなら簡単そうだが、そんな派手な事をすれば即座に怪しまれる。思わず剣に手が伸びたアザートだったが、すぐに思い直して手を下ろした。
「この辺でもう一度やってみますね」
死角となる場所を選び、魔法の準備に入るアデリーナ。アザートと目が合うと、彼はわかったと一つ頷いてから、周囲に人がいないかどうか確認した。
もう一度視線を送れば、今度はアデリーナが静かに頷く。
そして。
「――‥‥え?」
不意に、指が微かに震えた。
ハッと視線を向けたのは、その場所に嵌められた指輪――『石の中の蝶』と呼ばれる物――の内側。
刻まれただけの蝶が、ゆっくりと羽ばたいていたのだ。
一瞬で二人に緊張が走る。互いに背中合わせで立ち、周囲を注意深く見渡す。
が、羽ばたきは次第に緩やかになり、やがては動くのを止めた。それはあたかも、その存在が町の郊外から離れて中心の方へ向かっていったかのように。
●小さな黒の使い
その後、五人は町の外で合流し、互いの情報を交換し合った。
フィーネがレオニードから受けた情報を頼りに教会へと向かった三人。
だが、情報提供の男と会うことは叶わなかった。神父の話では、少し所用で出掛けているとのことで、彼らが見る限り対応した神父に不審な点は見られなかった。
「‥‥この町にも、教会はあるのか」
少し引っかかりを覚えたアザート。
一昨年の騒動の大本は、教会を隠れ蓑にしていた連中が相手だったことを思い出す。それは、同じ依頼を受けていたアデリーナも一緒で。
「少し、調べてみましょう」
それに、ひょっとしたらレオニードの友人も夜になれば戻っている場合がある。
結果、四人はそのまま夜の調査へと赴く事となった。
残るフィーネの方はさすがに貴族の娘を装っている為、同行は出来なかった。その代わりに町長が開く夜会への招待を受けていたので、そちらへ向かう事にした。
本来ならカシムも誘われていたのだ、が。
「‥‥僕、ドレスなんか着ないよ!」
断固とした反抗にフィーネは残念そうに溜息をつき、敢え無く断念する運びとなったのだった。
その夜。
人気のない町の中、彼らは教会を目指す。誰にも見つからぬよう細心の注意を払いながら。
やがて、先頭を行く緑朗の目に目的の場所が見えてくる。彼が足を止めるより早く、アデリーナの方がギクリとして足を止めた。
指に飾る蝶の――羽ばたきが始まる。
――時、少し前。
夜会の席で、フィーネもまた身を固まらせた。彼女自身気付かずに身につけていた『石の中の蝶』が、ゆっくりと羽ばたき始めたからだ。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。なんでもありません」
町長がかける声に、すかさず笑みで返す。
羽ばたきはゆっくりと止まる。その時、彼女は遠ざかっていく猫のような鳴き声を聞いた。
身を潜め、彼らは待つ。
蝶の羽ばたきは次第に激しさを増す――即ち、それは近付いているという事。息を殺し、気配を消し、高まる緊張に誰もが唇を固く引き結ぶ。
聞こえてきたのは、しわがれた鳴き声。現れたのは、金色の瞳に黒い体毛を持つ小さな生き物。
それは、なんの躊躇う動きもなく教会へと向かい、そして。
「ああ、お帰り。どこへ行っていたんだい?」
扉を開いた神父の手によって、教会へと簡単に招き入れられた。
羽ばたきはいまだ激しい。
それは近くにデビルがいるということ――デビルが近付いてきたということ。
「黒猫‥‥」
アデリーナが呟く。
緑朗も、アザートも、互いに言葉もなくただ茫然と。重苦しい雰囲気が漂う中、カシムがようやくの一言を告げる。
「‥‥一旦、戻ろうよ。まずは報告をしないとね」
その場の誰もがその言葉に頷き、彼らは急ぎその場を後にした。
――数日後、一人の修道士が死体で発見される事になるのを‥‥彼らはまだ知らない。