【城内突入】誰がための剣――夜行

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 42 C

参加人数:6人

サポート参加人数:6人

冒険期間:03月30日〜04月02日

リプレイ公開日:2007年04月07日

●オープニング

●激戦
 ――すべては最初から謀られていたものであったのか‥‥。
 真実はどちらか分からぬが、この戦い、国王として一歩も引く訳にはいかぬ――――。

「‥‥全軍進軍せよ! デビルの軍勢に、この王国の底力を思い知らせてやるのだ!」
 陽光にエクスカリバーを照り返らせ、掲げた剣と共にアーサー軍が迎撃へ向かってゆく。
 各隊の円卓の騎士と冒険者達が打ち破るは、凶悪なデビルと醜悪なモンスターの軍勢だ。
 次々と異形の群れを沈黙させてゆく中、マレアガンス城から駆けつけた軍勢と対峙する。
 アーサーは不敵な笑みを浮かべた。
「よいか、小競り合いを続け、グィネヴィア救出までの時間を稼ぐのだ」
 そう、アーサー軍の攻防は陽動だったのである。
 マレアガンス城から敵軍を誘き寄せ、手薄になった所を冒険者達で城内戦を繰り広げ、王妃グィネヴィアを救い出す。
 円卓の騎士トリスタンがこの攻防に参戦していなかったのは、少数精鋭による偵察を担っていた為だ。先の王妃捜索時と同様にシフールを飛ばし、様々な情報を送り届けていたのである。

 ――この時、既に戦線を離脱した者達がいた。
 マレアガンス城攻略に志願した冒険者達だ。共に深い森を円卓の騎士と王宮騎士達が駆け抜けてゆく。
 王妃救出を果たす為に――――。

 ――マレアガンスの城が目視できる距離まで近付くと、一斉に息を殺した。
 城周辺には未だ少数の兵が待機していたのである。最後の砦を担う精鋭か否かは判別できないが、騎士の姿や弓を得物とする兵も確認できた。軽装の出で立ちは魔法を行使する者だろうか。更には醜悪なモンスターも混じっている始末だ。
 トリスタンに偵察を任されていたシフールが、顔色を曇らせながら伝える。
「見ての通り、未だ簡単には近付けません。‥‥ですが、城に入れそうな扉を幾つか確認しました」
 情報は限られているものの、扉の場所は何とか把握できそうだ。城の規模から判断するに、各班が連携できる程それぞれの扉が近い訳でもない。
 冒険者達は『城周辺陽動鎮圧班』と『マレアガンス城突入班』に分かれる事となる‥‥。

●矜持
 ――一体、いつから謀られていたのか。
 張り巡らされた糸は全て偽りで固められ、残された真実とは一体何なのか?
 醜聞、誤解、騒乱‥‥起った事実は、全てが今一本の線へと繋がっていく。覆われた霧の向こうにあるものが、ようやく姿を見せようとしている。
 一度は道を踏み外しかけた俺だったが、冒険者達のおかげで今の自分がある。
 そんな感慨に耽る中、目の前のガラハッド・ペレスの様子だけが気がかりだった。
 今も彼の表情は、どこか思いつめた面差しをしている。
「‥‥ガラハッド」
 俺の声に、ガラハッドはハッと振り向いた。かつて騎士学校に在籍していた頃の後輩。曲がった事が嫌いで、真っ直ぐに前だけを見る性格は、融通が利かない反面どこか好ましいものがあった。
 だから、今のこいつの様子を俺は酷く心配だった。
 あんまり一人で気張るなよ。ホント、見てるとどこか危なっかしいんだよな、お前。あんなに憧れていたあの方に対してもお前、すごく怒ってたよな。裏切られたって。
 でも、考えてもみろよ。円卓の騎士といっても、俺らと同じ人間なんだ。そりゃあ少しは間違う事だってあるだろう。
 だからといってそれだけであの方の全てを否定して欲しくない。お前には特にそう思うんだ‥‥なんでだろうな。
 そんな俺の心の声が聞こえたのか、ガラハッドは軽く溜息をついてからもう一度俺の方を見た。どこまでも真っ直ぐな眼差しのまま。
「先輩、大丈夫だよ。‥‥大丈夫、今オレに出来る事は解ってるから」
 固く結んだ唇は、強い意思の表れ。
 ああ、そうか。やっぱりお前ら二人、どこか似てる気がするんだな。
 俺は納得すると同時に、もう一つの不安が頭をもたげてきた。何処までも真っ直ぐに進むこいつは、いつか手の届かないところまで辿り着き、そうして消えていってしまうんじゃないか、と。
「とにかくあの連中の気を城からこっちへ引き付ける役がいるんだろ?」
 突然振られた声に慌てて気を取り直す。
 馬鹿、こんな時に何考えてるんだ俺は。
 ガラハッドの視線を追って、城の周辺を巡回する連中を見る。先頭に立つのは騎士みたいなヤツだが、連れてるのがモンスターのせいかなんだか異様な気配を感じた。
「ああ、そうだ。伝令シフールの話では、この先、城の西側に中へ入れる扉があるらしい。もっともかなり錆びれてて殆ど使用された形跡はなかったみたいだが」
「なら‥‥オレが連中を引き付けてやる」
 俺は思わず目を瞠った。
「ガラ」
「心配すんなって、先輩。別にオレ一人なワケじゃない。仲間だっているんだしさ」
 慌てて止めようとした俺の言葉を遮り、ガラハッドは笑みを浮かべて仲間――冒険者達を見渡す。
 本当は俺が陽動に回ろうと思っていたんだが、今のこいつを見てると、任せても大丈夫な気がした。
「それに――」
「それに?」
「いや、なんでもない」
 誤魔化す言葉に、俺は追及を止めた。
 まあいいさ。お前がそう決めたんなら、俺は何も言う気はない。お前が陽動を担うというのなら、俺は王宮騎士の一人としてその使命を全うするだけだ。
 幸いにも突入には、心強い仲間がいる。安心して任せられる冒険者達が。
「それよりオレの心配ばかりしないで、先輩の方こそ気をつけろよ。大体城の内部は何もわかっちゃいないんだ。いくら使ってなさそうな入り口だからって、手薄って事はないだろ?」
「‥‥まあ、そうだな。向こうの勢力が不明な以上、不用意に駆け回る事も危険だろう。だからこその――一斉突入計画だ」
 確かに危険なのは、ここに来た時点でどちらも変わりないな。
「任せとけ。あっという間に鎮圧してやるさ、連中が伝令なんか飛ばす隙もないぐらいにな」
「そうか。なら、頼んだぞ」
「ああ」
 張り詰めた雰囲気の中、ガラハッドが微笑む。
 それを見て、俺自身もようやく笑顔を浮かべられるようになった。
 この場はお前達に任せる。だから俺は、俺の仕事をするだけだ。同行する冒険者達の顔を見渡し、俺は静かに頷いた。

 ――さあ、俺達ももう一頑張りするか。

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8284 水無月 冷華(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ネフティス・ネト・アメン(ea2834)/ イフェリア・アイランズ(ea2890)/ ベアトリス・マッドロック(ea3041)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921)/ リア・エンデ(eb7706

●リプレイ本文

●死出への道
 静かに身を潜め、どれだけの時間が経過したか。
 どうやら陽動に成功したようで、既にこの場所にデビル等の敵の気配はない。
「向こうは上手くやったようだな」
「そのようですね」
 前列を担うデュランダル・アウローラ(ea8820)と李雷龍(ea2756)が互いに目配せしつつ、例の扉の前へ立つ。
 報告通り殆ど使われた形跡はなく、あちこちが錆ついていた。
「まあ、虎穴に入らずんば虎児を得ずといいますしね」
 久し振りの仕事のせいか、雷龍はいつも以上に気分が高揚していた。本来なら叩き壊したいところだが、そんな事をすれば陽動をしてくれた仲間に申し訳ない。
「では――行くぞ!」
 デュランダルの号の下、二人を先頭にして冒険者達は城へと突入していった。

 ――入った瞬間から、その鼻を突く臭いに冒険者達は顔を顰めた。
「うわっ、なにこの臭いッ!」
 思わず叫んだアルフレッド・アーツ(ea2100)。少々の黴臭さに混じり、それは明らかに腐った肉の臭いだ。アルフレッド自身、何度も戦場で嗅いだことがあったからすぐに解った。
 が、それが我慢出来るか出来ないかは別問題だ。
「それじゃあこの先にいるのは‥‥」
 システィーナ・ヴィント(ea7435)が手持ちのしゃれこうべを叩くと、案の定カタカタと歯を鳴らし出した。それも尋常でないぐらいに。
 彼らを待ち構えているのは、おそらく死者の群れ。命落とした後も、魂や肉体が安らぐことのない憐れな存在。
「いずれにせよ、先へ進むしか私達に道はありません」
 灯りを翳した水無月冷華(ea8284)が、その先へ進む道を照らす。時折聞こえる音は吹き抜ける風の音か、或いは怨念の篭もった死者の声か。
「行こう。ここで引き下がったら、ガラハッドに何を言われるか」
 苦笑交じりのヒューイットの言葉に思わず全員が吹き出す。
 途端、張り詰めていた緊張がやんわりと和らいだ。
「では、行こうか。折角得た戦を終わらせる機会、必ず活かさねば!」
 いつでも射れるようオークボウを手にかけたまま、エスリン・マッカレル(ea9669)は暗闇の先へ続く場所へ視線を向ける。
 感じる気配にその強さを悟り、うっすらと汗が流れたのに彼女は気付かない。
 やがて彼らは、一歩一歩前へ進む。
 襲い来る気配はない。見張られている感覚もない。
 やはりこの先で自分達を待ち構えているのだろう。本来なら斥候として先の様子を伺うつもりだったアルフレッドも、システィーナの持つしゃれこうべの反応を見た後では、やはり躊躇いがあった。
 ゴメンと謝る彼にデュランダルは気にするなと告げた。
「万一の時の場合は、さすがに一人では難しいだろう」
 そうして暫く進んだ先で―――。
「扉が見えてきました」
 雷龍が指差した先、暗闇の中にぽつんと浮かぶ扉。人が二人通れるぐらいの大きさだ。
 もう一度、全員が顔を見合わせる。そこに確固たる意志を確認したヒューイットが、ゆっくり扉に手をかけた。
「行くぞ!」
 頷くと同時に、冒険者達は部屋へと突入した。

●沈殿する怨讐
 埋め尽くされた死者に対し、冷華は躊躇いなく魔法を放つ。凍てつく大気が徐々に氷の棺を形成し、その中に閉じ込められるのは腐臭を放つズゥンビ達。
 勿論、永久に続くとは思っていない。
 今はただ、ボスを倒すまでの時間稼ぎが欲しいだけだ。この部屋にいる全てのアンデッドを取りまとめているのは、全ての記憶をなくして怨念のみとなってしまったスペクターだ。
「おっとこれ以上先へは進ませないぜ」
 前衛に立つデュランダルが盾で受け流し、返す剣で一刀に両断する。勿論、デビルスレイヤーであるが、事前に仕掛けたオーラがズゥンビ達を易々と打ち倒した。
 雷龍も同様で、身に纏うオーラによって敵の攻撃を軽減していた。当然の如く叩き込んだ拳が迫り来るアンデッド達を次々と撃破していく。
 上空からはアルフレッドが何度もスペクターに向けて聖水をばら撒いた。
 当然飛行出来るのは彼ばかりでなく、スペクター自身も空中を舞おうとした。
「させるか!」
 が、それを阻止すべくエスリンが矢を放つ。魔法の効果を纏わせ、直進する矢は狙い通りに射抜いた。
「ありがと‥‥助かったよ」
「敵の数が多い、まだ気を抜かないことだ」
「‥‥うん」
 既に半数以上を倒したとはいえ、いまだ数は多い。加えて、スペクター自身もまだ残っている。あまり時間をかけすぎれば、おそらく応援がやってくるだろう。
 雷龍は意を決して仲間に呼びかけた。
「このままでは徒に時間が経つだけです。僕らが道を作りますから、残りの人達で一斉に仕掛けましょう」
「そうだね。このままじゃ、王妃様を救い出せないよ」
 鎮魂剣を握り締め、システィーナが応える。脳裏を過ぎったのは出立前に声をかけたガラハッドの姿。彼らがどれだけ持ち堪えてくれるかわからないが、こちらが長引けば彼らの危険も増す。
 だから――。
「急ごう!」
「ああ、そうだな。壁役は俺達に任せろ」
 多少の傷が見えるが、まだいける。デュランダル自身そう思うからこその発言だ。
 狂化を恐れる彼にとって、怖いのは無差別に暴れまわる事。例えそれが抗えない性とはいえ、やはり避けられるのならば避けたほうがいい。
「では行きましょう!」
 まず冷華が口火を切る。氷の棺がアンデッドを閉じ込め、壁のように他の連中の進路を防ぐ。
 直後、一斉に駆け出した冒険者達。殿をヒューイットが務め、伸びてきた手を無造作に切り捨てた。
「行け!」
 目を閉じたまま、気配だけを頼りに死角に向けてデュランダルのバックアタックが決まる。振り下ろした爪を雷龍がその体で受け止めた。
 その間を縫ってシスティーナが駆ける。
 その脇をエスリンが放った矢が突き抜ける。避けようとしたスペクターがバランスを崩したところへ、金髪の少女の剣はアンデッドである敵に対して絶大な一撃を与えた。
「‥‥先を急ぐんだよ、ゴメンね」
 一瞬の断末魔。
 それを聞いた途端、それまで集まっていたアンデッド達はまるで潮が引くように逃げ始めた。当然これ以上深追いをする必要はない。
 部屋の奥に見える扉を開け、冒険者達は更に奥を目指した。

●王妃との対峙
 様々な障害に阻まれた冒険者達は、最上階で思わぬものを見た。
 それは、すでに息絶えたマレアガンスの遺体。恐らく先に辿り着いた冒険者が倒したのだろう。
 豪奢な調度品が揃っている優雅な部屋の隅に口を開ける一室を潜ると、先着していた者達は躊躇っているようだった。
 エルフの僧侶は気品漂う見目麗しき女性の姿を捉えて感嘆の声を洩らす。
「あれが王妃様か‥‥王様の嫁さんというだけに、想像以上の美人だな」
 冒険者達や騎士達、そして国中が探していた王妃グィネヴィアがいる。
 しかし、様子が変だ。先着していた冒険者達は王妃を遠巻きに囲んでおり、慎重な気配を消していない。対峙するグィネヴィアの笑顔は次第に戸惑いと不安に彩られてゆく。
「王妃様‥‥なのか? しかし、先程の‥‥」
 エルフのウィザードは戸惑いながら自らの指につけている石の中の蝶に視線を移す。彼が部屋に入る前、蝶は――羽ばたいていた。
「助けに来て下さったのではないのですか? どうなさいましたの? 皆さんお顔が怖いですわ」
 冒険者達は悟られぬよう王妃が本物か確かめていたのである。石の中の蝶に差異はなく、ミラーオブトルースのスクロールを行使した者に映るは魔法の輝き。
 ――こいつは王妃に化けたデビルだ!
 瞬間、熱病のような熱い思いが冒険者達を支配し、得物がグィネヴィアに向う。
 魔法の洗礼が叩き込まる衝撃に肢体を苦悶に染め上げ、デビルを退治せんと切っ先が振るわれ、か細い悲鳴の中に鮮血が舞う。一見すれば常軌を逸した凶行だ。この場に今駆けつけた者がいたなら驚愕に瞳を見開く事だろう。
 床に崩れながらも王妃は哀願するように冒険者に瞳を潤ませ、震える腕を指し伸ばす。
「‥‥わ、わたくしは‥お止しになって下さい‥‥裁きなら‥‥」
 経験の浅い冒険者は、憐れすら感じる姿に躊躇いと不安が過ぎる。
 ――もし、本物の王妃だとしたら‥‥取り返しのつかない事をしているのではないか?
「まさか、本物の‥‥?」
 同様の疑問はエスリンの胸中にもわき起こる。
 彼女の放った何の変哲もない鏃は、容易く王妃の肌を傷つけたのだ。本来デビルが化けているのならば、その程度で傷を負わせる訳がない。しかし、ホーリーの魔法ですらデビルだと証拠を示している。まして熟練の冒険者はデビルの非情さに何度も苦汁を飲まされているのだ。
「ならば私がッ」
 冒険者の刃がデビルへ向けて振り下ろされようとした刹那――――。
「待て! 冒険者! 得物を一旦引いてくれ!」
 悲痛な叫びと共に姿を見せたのはラーンスだ。驚愕に瞳は見開かれ、痛々しい愛しき者の姿を映す。
「なんという事を‥‥話を聞いてくれ!」
「ラーンス卿! 我ら全てを、国さえも敵に回し王妃を連れ去るおつもりか!」
 神聖騎士の青年は最も高貴なる騎士と言われた人物に、騎士としての信念をかけて問うた。アロンダイトを煌かせて円卓の騎士が迫る。
「阻むなら冒険者といえど、斬るッ! ‥‥ッ!?」
 石の中の蝶へ意識を向けていた者は気付いた事だろう。
「な、なんだ! あれは!」
 突如出現した数多のデビルがラーンスへ飛び掛ったのだ。
 冒険者は困惑した。何故ラーンスを阻む? 彼も本物なのか? 油断させる罠か?
 統率は一気に崩れる。王妃に油断なく得物を構える者もいれば、ラーンスへ加勢に入る者もいた。見目麗しき円卓の騎士が冒険者へ叫ぶ。
「この剣で王妃を救って欲しいッ!」
 放り投げられたのは畏怖すら感じられる装飾の施された長剣だ。分散したデビルが追う中、幾人もの冒険者が飛び込み、その援護を受ける形でエスリンは託されたアロンダイトを握った。瞳を流す先で気品を歪める王妃が戦慄く。
「ま、まさか‥‥その太刀で‥わたくしを‥‥いやあッ」
「無礼は承知、後で御咎めは覚悟の上だ!」
 意を決した彼女。
 刹那、振り上げたアロンダイトは眼が眩むばかりの白い光を放ち、グィネヴィアを包み込んだ。
 その時冒険者等は見た。意識を失った王妃から逃れるように姿を露呈させた禍々しい姿を――――。

 そう‥‥デビルは本物の王妃に憑依していたのである。冒険者の選択に、判断に、考察に‥‥憑依は含まれていなかった。
 凶悪な風貌を晒したのは、背に蝙蝠の翼を広げた巨人だ。頭部に捩れた二本の角を生やしており、大きな耳は邪悪の象徴の如く。正に悪魔と形容するに相応しい容姿だ。初めて遭遇したデビルに、冒険者は戦慄を浮かべる。刹那、円卓の騎士は新たな気配に瞳を研ぎ澄まし、石の中の蝶は壊れんばかりに激しく揺れた。
『気配を感じて来てみれば‥‥。どうやら面白い事を始めるようですね。‥‥お手伝いが必要ですかな? 閣下』
 瞬間移動したかの如く姿を見せたのは、蝙蝠の如く漆黒の翼もつ端整な風貌の青年。知っている者もいただろう。
『クク‥‥あの森で見かけた通り、立派な立派な騎士様のようだなぁ‥‥?』
 次いで遠巻きに、山羊の角を2本頭部に生やす、ガッシリとした体躯の男が姿を現した。続いて、獅子の如き形相で、片手にクサリヘビを持った男の怒れる姿が浮かび上がる中、背中に鷹のような翼を生やした大きな犬がほくそえむ。
『‥‥ふん』
『この程度の試練、超えてもらわねばな‥‥』
 まるで地獄を錯覚させる如き光景に冒険者達は言葉を失った。
 現れたのはいずれも高き力を持つデビル達。共に呼吸するだけで瘴気に身体が犯されるようだ。
 一見しただけで簡単に倒せる相手ではないと誰もが悟った。城内の敵を沈黙させて辿り着いた者達は疲弊の色も濃い。禍々しい巨人が口を開く。
『ここで貴様達を血祭りにあげるのは容易い。だが、我等の邪魔をした報いに苦しんで貰うとしよう。楽しみにしているのだな』
「待て!」
 誰かが呼び止める中、不敵な笑いを響かせながら威圧したデビル達が次々と姿を消す。
 同時に城が大きく揺れた。
「城が、城が崩れる。皆! 脱出だ!」
 そう声を上げたのは誰だったか。
 何が起きたか解らぬまま冒険者達は、それぞれ駆け出してゆく――――。

 ――マレアガンスの城は土煙と共に崩れ去った。
 冒険者等は無事王妃を救出したものの、決着をつけねばならない事が残っている。
「ラーンス卿、どうか話し合いを。陛下の元へお戻り下さい」
 力なく横たわる王妃を介抱しながら、神聖騎士の娘はラーンスに問うた。
「王妃の災難は去った。王の許へ届けてくれ。密会がたとえデビルの罠だったとしても、私が一時でも王を裏切った事に変わりはない」
 戻れないとラーンスは告げ、1人冒険者等から離れてゆく。その姿をシスティーナが追ったが、時既に遅く、彼は何処へと姿を消した。
 やがて土煙は晴れ、陽動を担った仲間達が駆け寄ってきた。どうやら全員が無事にようだ。安堵したのも束の間、ガラハッドがラーンスの行方を聞こうと詰め寄ってきた。
「お、おい! アイツはどこいったんだ?」
「え? あ、あのね、ラーンス卿は‥‥」
 システィーナの説明に少年は拳を強く震わせた。ハーフエルフの青年が宥めようとしたがそれも叶わず、彼は――空高くめがけて絶叫した。
「最高の騎士だってんなら‥‥逃げんじゃねぇぇぇ―――っ!!」

 これで一つの戦いは終わりを告げた。
 だが王国の揺れは鎮まったと言えるだろうか?
 冒険者達は束の間の平穏が訪れただけに過ぎない事を胸に刻んだ。
 デビルの放った報いの矛先とは一体何か、そして誰か――――。