【少年は剣を手に】帰郷
|
■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月17日〜04月24日
リプレイ公開日:2007年04月26日
|
●オープニング
――それは、騒乱が終わった翌日の事。
とある酒場の相変わらずの喧騒の中。
片隅のテーブルに座る二人のうち、少年の方が大きな声を上げて対面に座る青年へと詰め寄る姿があった。
「――え、母さんが?!」
「ああ。ミノタウロスに攫われて、一時危険な状態だったんだ」
「そ、それでッ!」
「落ち着け、ガラハッド。冒険者達の協力を得て、何とか救出には成功したよ。ただ、その時のショックが大きくて、今は別邸で療養しているようだ」
「‥‥そ、そっか‥‥」
ホッと安堵したのか、ガラハッドは脱力した体を再び椅子に預けるように座った。
その様子を見て、話を切り出したヒューイットとしては、本来その事件はラーンス卿の管轄だった事を口にするのは憚られた。
いまだ彼の中でかの騎士への思いは複雑だ。なまじ憧れが強かった分、沸き起こった憤りはまだ燻っているようだった。
昔から真っ直ぐだった少年の、実直で素直な性格は今も変わっていないな、とヒューイットは内心苦笑を洩らす。
「それでな、ガラハッド。少し息抜きがてらお見舞いに行ったらどうだ?」
「え?」
「お前、騎士学校を飛び出した事、まだ報告してないんだろ? その辺の心配もあるだろうし、お前が元気にやってる姿を見れば、母親だって少しは元気になるんじゃないかな」
「そ‥‥そうかな。でも、なんかそんなの、ガキっぽいじゃんか‥‥」
口ごもる彼は、照れているのか少し頬が赤い。
確かに彼のような年代からいえば、母親に甘えるような言動はなかなか取りにくいかもしれない。だが、親の居ない自分からすれば、やはり親のありがたみは生きていてこそ受けられるものなのだ。
「別にいいだろ。お前、まだ十二歳じゃないか」
「で、でも」
「なんなら冒険者の仲間と一緒に、大勢で行けばいいだろ。友達や仲間と一緒に元気にやってますってアピールにもなるし」
軽くそんな提案をしてみると、ガラハッドは思わずそっか、と呟いた。
「‥‥そうだよな。やっぱ一人だとなんか照れくさいし、大勢でお見舞いに行ったほうが賑やかになって母さんも喜ぶかもな!」
ガタン、と勢い込んでガラハッドが立ち上がる。その様子が本当に子供っぽい。
普段の彼と違う姿に、ヒューイットはふと思う。
(「弟がいればこんな感じか‥‥」)
「じゃあ俺、さっそくギルドで人集めてくるよ!」
「――ガラハッド」
飛び出しかけたところを思わず呼び止める。
「‥‥先輩?」
別に意図はなかったが、さすがにそれを口にするのは憚られた。ましてやさっき考えていた事を伝えれば、きっと彼は顔を真っ赤ににして怒るだろう。
思わず零れそうになった苦笑。
それを誤魔化すようにヒューイットは手を伸ばしてサラリとした金髪に手を置く。そのまま、有無をも言わさず撫でてみた。
「ちょっ、何するんだよ先輩!」
「いや、別に。お前は相変わらず元気だな、と思ってな」
「なんだよそれ」
ヒューイットの手を振り払い、赤らめた顔を下に向ける。
そしてガラハッドは――何も言い返さずに走り出していった。その後ろ姿をじっと見送り、ようやく見えなくなったところで彼はポツリと呟いた。
「仲間と騒いで‥‥少しは肩の力を抜けよ、ガラハッド」
見守るような優しい笑みを浮かべたまま。
●リプレイ本文
●出発前の顔合わせ
――それは、待ち合わせ場所でのこと。
「今日はわざわざ来てくれてありがとな。ま、何もないトコだけどさ、のんびり過ごすにはいい場所だと思うぜ」
母の見舞いという名の名目で貼り出されたガラハッドからの依頼。
その実、彼の故郷で休暇を過ごそうという呼びかけに集まった冒険者達は四人。
「戦士にも休暇が必要ですからね」
いつもは警護に勤しむタイタス・アローン(ea2220)だったが、今回ばかりはぶらぶらとのんびりしようと考えていた。それにオクスフォードの貴族という母親にも、多少なりとも興味を持ったから。
「ガラハッドは騎士学校に通っていたので、母親というのは貴族なのですか?」
「うーん、騎士学校の生徒がみんな貴族の子ってワケじゃないよ。どんな人にでも門扉を開くというのが理念だからね」
タイタスの問いに同じ騎士学校の生徒でもあるシスティーナ・ヴィント(ea7435)が答える。とはいえ、彼の母親――エレインが貴族の出である事は間違いない。
そして、今現在は療養中ということで、その元となる事件に関わった彼女からすれば、やはり心配なことだ。
そう思い、チラリとガラハッドの方を見る。
「‥‥ガラハッドくんも心配、だよね?」
「ん、まあな」
そう返事した彼の表情は、確かに心配の色を浮かべていたが、それでも以前のような張り詰めた感じはない。少しだけ明るくなったように彼女の目に映る。
「あの時の少年か‥‥今は元気そうでなによりだ」
聞こえた科白にシスティーナが振り向けば、彼女と同じ事を考えたのだろうバデル・ザラーム(ea9933)が微笑を浮かべてガラハッドを見ていた。
元々、旅から旅を続けていた彼にとって、療養先でもあるオクスフォードの町にも少なからずの興味があった。
母親の見舞いにかこつけて、と言ったら言葉は悪いが、一度は面識のある少年だ。放っておくのも少し後味が悪い気もする。
「旅した異国の話でも聞けば、母君も少しは気が晴れるだろう」
「お見舞いの花はこんなものでいいか?」
シュトレンク・ベゼールト(eb5339)から差し出されたのは、淡い色で纏められたローズで作ったブーケ。聞けば、彼の棲家で育てている花を使ったらしい。
「え、いいのか?」
「ああ。見舞いといっても、私にはこれぐらいしか出来ないからな」
思わず頬を朱に染めるガラハッド。
やはり男の子だから恥ずかしいのかと思い、引っ込めようとしたが、彼はおそるおそる手を伸ばしてきた。
それでも、まだ少し照れてる様子だったので、あくまで受け取りを断られない手段としてシュトレンクはこう述べた。
「初めて会う私からより息子であるガラハッド君から贈られた方が、母上もきっと喜ばれると思うのだ」
「そうだよ。女性だったら、やっぱりお花があった方が嬉しいんだよね」
「わ、わぁったよ。ちゃんと俺から母さんに渡すって」
システィーナにまで念を押され、結局ガラハッドはそのブーケを受け取った。
とはいえ、受け取ってからもなにやらブツブツ呟いている。恥だ、とか格好悪い、とか時折聞こえてくる語句に、シュトレンクも思わず苦笑を禁じ得ない。
ならば代わりに持とうか、と彼が口にするより先に。
「道中にでも花を摘んでいくのはどうだ? 今なら春の花が幾つか咲いてるだろう」
「うん、それいいね! ガラハッドくん、途中でお花摘んでいこう?」
付け足されたバデルの提案にシスティーナが乗り、更に他の面々も賛同する。さすがにガラハッドに異を唱えられるワケもなく。
「‥‥決まりですね」
肩を竦めたタイタスに、ガラハッドは力なく肩を落とした。
●お見舞い
「まあ。貴女も同じ騎士学校で‥‥」
「はい。ガラハッドくんとは同じ騎士学校の生徒なんです」
少し畏まった物言いのシスティーナ。やはり緊張しているのかどこか固い。
そっと見返すと、ガラハッドの母であるエレインが微笑んでいる。以前助けた時よりはふっくらしているのを見て、療養は順調のようだと感じた。
勿論、彼女自身先の事件を掘り起こすつもりはない。おそらくエレイン自身、あの時のことをはっきり覚えていないのだろう。最初に「初めまして」と挨拶し、彼女も同様に「初めまして」と挨拶してきた事がその証拠だ。
ならば、これ以上傷を広げることはない。
「――それでその妖精の王子様ったら‥‥」
「まあ、そうなの?」
屈託なく笑うエレイン。時折のツッコミに慌てふためくガラハッド。
その様子を壁の花よろしく、タイタスは静かに見つめていた。
最初の挨拶こそ緊張したものの、今はすっかり落ち着いて二人の親子の様子を観察していた。家族を大切にする彼だからこそ、繰り拡がる団欒の光景を微笑ましく思うのだ。
そうしてふと気付く。
二人は雰囲気こそ似通っているものの、容姿的にはあまり似ていなかった。
「ガラハッドは父親似か?」
思わず零れた呟き。慌てて口を塞ぐタイタスだが、その小ささ故にどうやら誰にも聞かれなかったようだ。
(「あまり不用意に声に出すものでもないですね」)
「では次は、私の故国の話でもいたそうか」
「故国?」
「ええ。私、出身はインドゥーラの方になるので」
バデルがそう言うと、エレインは半ば尊敬な眼差しを向ける。深層の令嬢でもある彼女だ。おそらく聞いた事はあっても行ったことなどない筈だ。
そうして話し始めた事柄に、彼女は案の定興味を示す。その様子は、母親であるいうのにまるで少女のような雰囲気だった。
盛り上がる彼女達。
その騒ぎをよそに、ガラハッドがスッと外へ出て行くのをシュトレンクは見咎める。当然他の者達も気付いたが、彼は全員に目配せすると、一人でガラハッドの後を追った。
その姿を発見したのは、別邸の中庭とでもいうべき場所。広く穏やかな空間の中、背を向けて立つ彼の姿は何故か儚く見えた。
「どうした、ガラハッド? 母上を放っておいてもいいのか?」
シュトレンクが静かに問うと、苦笑めいた仕種で小さく肩を竦める。
「いいんだよ。母さんはああなったら、別に俺の事なんて目にも入らないんだからさ。自分が興味あることには、いつだって他が眼中ないんだよ」
淡々と話しているが、どこか拗ねた口調にも聞こえる。
そうして気付く。これは親に構ってもらえない子供の科白だ、と。
「構って欲しいのならそう言ってみてはどうだ?」
「ばっ‥‥ち、違う! 別にそんなんじゃ」
「今でなくてもいつか伝わる。そう思っていると‥‥やがてあの時に、と取り返せないを後悔する日が来るかもしれないんだ」
私のように‥‥言葉に出さず、シュトレンクは紡いだ。
「元気な姿を見せるだけでもいいかもしれないが、自分への思いを聞くことが出来たら、きっともっと嬉しいと思うのだが、どうだろう?」
言いながら、自分の母を思い出す。強く芯の通った女性――紛れもなくかけがえのない人だった。
当然自分とガラハッドの母とでは違うだろう。それでも子を思わぬ親は居ない、とシュトレンクは信じていた。
「どうかな? 少しは経験者からの意見、聞いてもらえぬか?」
「‥‥わぁったよ、わかった。俺、少しでも母さんと話してくるよ!」
幾分照れた表情を浮かべつつ、部屋へと戻るガラハッド。
どこか放っておけない気にさせるその後ろ姿を黙って見送ると、彼はしばし庭の光景を見つめ続けた。
●ささやかな宴
「お、これ全部お前が作ったのか?」
目の前に置かれた数多くの林檎のお菓子類。並べられたそれを一口食べるなり、ガラハッドは思わず目を丸くした。
「もう失礼だな〜。当然でしょ、私が作ったんだよ。‥‥そりゃあまあ多少手伝ってもらったりはしたけどね」
『多少』の部分を強調するあたり、どうやらだいぶ救いの手が入ったようだ。
とはいえ、美味しければ別に気にしないガラハッド。次から次へとお菓子へ手が伸びていく。
「久々に手合わせしたら、腹減っちまったな〜」
「そうだね。私も色々修行積んできたんだけど、ガラハッドくんもなかなかやるじゃない」
こちらはのんびりと食べるシスティーナ。
「本当にお二人とも凄かったですね。これなら今後、一緒の依頼になった時は頼もしい限りです」
感心げに口を挟むタイタス。
本来なら肝心の事について、ガラハッドに聞いてみたい事があるのだが、それは事前に打ち合わせた結果聞かないでおこうと皆で決めた。
『折角王妃様を救ったのに』と口を濁したシスティーナも、今までのガラハッドの言動を知っているが故に今は言及しないでおこう、としたのだ。
「それはそうと‥‥ガラハッド殿?」
「ん、なんだ?」
バデルがちょいちょいと手招きする。
不審に思いつつも傍に寄ったガラハッド。その首根っこを問答無用に捕まえると、彼が文句を言う前にそっと耳元で囁いてみた。
「‥‥もう父親には会えたのか?」
その一言でハッと目を瞠るガラハッド。
思わず見返してきた彼に、バデルは口元に僅かな笑みを浮かべた。
「そ、それは――」
「もしまだ会えていないのなら、探す時には力になりたい」
「え?」
「きっと母君も会いたがっておられるだろう。ご婦人の望みは、騎士として出来るだけ叶えてあげたいからな」
そこまで言うと、彼はパッとガラハッドの体を解放した。何か言いたげな視線を片手を上げて制し、バデルは何事もなかったかのようにパーティの喧騒の中に紛れていった。
さすがにそれ以上追求出来ないガラハッド。
仕方なしに席へ戻れば、システィーナがタイタスを相手に先の戦いの最後に現れた存在について熱く語り合っていた。
「ね、ガラハッドくん。お互い頑張ろうね!」
「お、おう!」
思わず振られ、反射的に頷く少年。
そろそろ薄闇の帳が辺りを覆い始める頃。
宴の終わりを告げるかのように、シュトレンクは見上げた空に一番星の煌きを見つけた。
「あ、一番星」
呟きにつられ、誰もが空を見上げる。
途端、無くなる喧騒。訪れた静寂。
そして、楽しかった一日は――ゆっくりと終わりを迎えようとしていた。