脅し

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月29日

●オープニング

 かつて、盗賊を生業としていた男がいた。
 だが、男は愛する者のため、その罪を償うことを決意した。やがて年月は流れ、罪を償った男と、彼を待ち続けた女は、故郷の村で静かな生活を始めた。
 住民達との諍いもあったが、冒険者達の仲介で徐々にだが回復へと向かっている。
 男にとってようやく訪れた平穏だが幸福の日々。
 だがそれは、ある日突然破られようとしていた。彼の前に現れた一人の男によって。

「――お前ッ?!」
「よう、久し振りだなクライド」
 男にとって、自分の名を呼ぶ声は遠い昔に切り捨てた過去。見開く双眸は、信じられないといった眼差しを目の前の男に向ける。
 が、そんな反応は予想通りなのか、特に気にした風もなく男は続けた。
「まさかこんな辺鄙な村に隠れていようとはな。随分探したぜ」
「‥‥今更何の用だ。俺は組織を抜けたんだ。お前らのやってる事が――」
「固いこと言うなよ、お前だって散々いい思いしてきただろ? 手を汚さずにな」
 その一言を聞いた途端、男――クライドの目が鋭いものへと変化した。一般人が見れば、おそらく息を呑むだろう強い眼光。
 しかし、男は飄々と受け流す。まるで慣れているかのように。
「なあ、また一緒にやろうぜ。向こうの連中が全員いなくなったことは聞いてるだろう。ようやく俺らの方が台頭を現わす絶好の好機だぜ」
「ふざけるな! お前らのやってることは、所詮自己満足に過ぎない。だからこそ、あのエルフの翁も組織から抜けたんじゃないか」
 激昂するクライド。ハッと気付き、慌てて口を押さえた。
 村の外れとはいえ、今はまだ昼間だ。周囲に人影がないとはいえ、いつ誰に見られるか分からない。この男と会っていると知れたら、今の生活が壊れてしまう。
「いいや、違うね。あの爺はな、きっと見つけたんだぜ‥‥それを一人の手柄にしたかっただけさ」
「どういうことだ?」
「おっと話が逸れたな。だからだな、戻ってこいクライド。お前の返事次第では‥‥こんな村、ズゥンビにでも襲われたらひとたまりもあるまい?」
 ニヤリと笑う男。
 そして気付く――男の格好が神父そのものだということに。
 そして思い出す――彼が信奉する神の名を。
「――貴様ッ!」
「おっと」
 思わず掴みかかろうとした腕をさらりと潜り抜け、男はもう一度告げた。
「一週間だけ猶予をやる。その間、じっくり考えてみるんだな。お前にとってどっちが得か。俺は森を抜けたところにあった廃墟の教会にいるから、返事が決まったら来い。せいぜい期待を裏切るなよ」
 そう言い残し、男は森の中へと姿を消した。
 愕然とした表情のまま、男はその場に立ち尽くす。そのままガクリと膝が落ち、両手を地面へ付けた。
 様々な思いが胸中に渦巻く。
 償った筈の罪は――犯してしまった過去の過ちは、何時まで経っても決して拭えないのか。
 ふと脳裏を過ぎる妻の顔。そして、村の人々の姿。
 男は、その体勢のままただ何かをじっと堪えていた。

 そして、数日後。
 キャメロットの冒険者ギルドに一枚の依頼書が提示される。
 そこに書かれている内容は、簡単なズゥンビ退治。村を救い、襲ってくるズゥンビ達を退治して欲しい、と明記されている。
 依頼者は、村に住む男――クライド。

 ――――約束の期日まで、後三日の出来事だった。

●今回の参加者

 ea3783 ジェイス・レイクフィールド(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8024 ユウヒ・シーナ(22歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb1227 リーシャ・フォッケルブルク(28歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb7341 クリス・クロス(29歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8972 アイオン・ボリシェヴィク(32歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9639 イスラフィル・レイナード(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec2025 陰守 辰太郎(59歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ウェルナー・シドラドム(eb0342)/ ブリード・クロス(eb7358

●リプレイ本文

●二手の別れ
 村まであと少しの地点で、冒険者達は一旦立ち止まる。
「村の前でだらだら待ってるってのは性に合わねえからな」
 血気逸る気持ちを抑えきれず、ジェイス・レイクフィールド(ea3783)は今にも一人飛び出して行きそうな様子だ。
「無闇に飛び出さないようにな」
「分かってるさ」
 年長者の陰守辰太郎(ec2025)からすれば、ジェイスの様子はどこか子供のように感じられる。やんわりとした忠告をしてみるが、当然返ってきたのは無遠慮な返事。
 それで怒るでもなく、彼は静かに苦笑した。
 勿論、ジェイスとて突出するつもりはない。連携を無視した動きは、引いては仲間全員が危機に陥る事を知っているからだ。
「ギルドの依頼書には、ただ『村を襲ってくるズゥンビを退治する』とだけ書かれた比較的単純な依頼でしたが‥‥」
「村がズゥンビに襲われる事を知っている‥‥これだけでもただのズゥンビ退治でないってことだ」
「そうですね」
 アイオン・ボリシェヴィク(eb8972)の呟きに対し、イスラフィル・レイナード(eb9639)の冷静な分析。それはこの場にいる全ての冒険者にとって当然の帰結。
 クライドという名の村に住む依頼者。
「彼が過去に何をしていたのかは不明だが、今回の件が何らかの関わりがあるのは確かだろう」
「確か、元盗賊という話でしたよね」
 ギルドの受付から聞いた話を華月下(eb9760)が口にする。
 彼がかつて犯した罪。それを償った後でも住民達との諍いが続き、それを取り成したのが冒険者達だった、と過去の記録にも残っていた。
 月下はふと考える。
 犯罪から足を洗い、平穏な生活を懸命に求める男の心情を。
「村人の安全を願うクライドさんの為にも、微弱ながら一肌脱いであげたいです」
 ちょうどその時、上空から一頭のペガサスが舞い降りてきた。
 その背に跨るは、神聖騎士であるクリス・クロス(eb7341)。身に纏う青い外套が風に吹かれ、まるで一枚の絵を見ているような光景だ。
「どうだった?」
 いの一番にジェイスが尋ねる。
「やっぱり道は、このまま真っ直ぐ森の奥へ向かう形で一本だけだ。背後に回れないかと思って色々探したけど、森は鬱蒼としてるし、廃墟の村だとペガサスが目立つから難しいな」
「やはりこのまま廃墟へ向かう形がいいか」
 クリスの説明を聞き、辰太郎が思慮深げに呟いた。
 全員の視線が村へと向き、更にその向こうにあるだろう廃墟の村を意識する。
「ズゥンビが成り行きで沸くわけはないやろうし‥‥やっぱ、その辺が発生の根源やろうか」
 ユウヒ・シーナ(ea8024)の言葉は、全員の考えでもある。
 だが、誰一人それを確認する手段を考えておらず、結局はうやむやのまま廃墟を目指すしかない。
「うちが少し調べてくるさかい、みんなは先行っててや」
「あ、待ってください。私も村の方へ行きます」
 村へ向かおうとしたユウヒの後を、リーシャ・フォッケルブルク(eb1227)が慌てて追いかける。
 自分がとんでもない方向音痴だと自覚している彼女。森の奥にあるという廃墟へ向かえば、迷子になるのは目に見えている。
 それならば村に留まり、少しでも村人の身に危険が及ぶのを防ぎたい――そう考えての申し出だった。
 その意を受けて、アイオンが一つ提案する。
「ならば、一旦ここで二手に別れましょう。先行する人は先を急ぎ、私達も村での情報収集を終えましたら、すぐに後を追います」
 冒険者達に否はなく、彼らはすぐにでも行動を開始した。

●依頼人からの伝言
 辿り着いた村の人口はさほど多くない。
 そのため訪れた旅人が物珍しいのか、彼らは遠慮なく視線を向けてくる。
 そんな中を冒険者達が目指したのは依頼者の住む家。村の外れにポツンと建つそれは、村人とのかつての確執を思い起こさせた。
 そして、そこで彼らを出迎えたのは、依頼人であるクライドの妻だった。
「依頼人本人はどうしました?」
 開口一番で問うたアイオンに、彼女はただ静かに首を振るだけ。そこには、何か決意めいたものがその表情から窺い知れた。
 だが、なおも月下は問い質した。
「教えてください。クライドさんはどこに行ったのですか? 何故、彼はズゥンビがこの村を襲う事を知ることが出来たのです?」
 なるべく切羽詰った気持ちを押させ、出来るだけ優しく話しかけてみる。
 それでも彼女は、「知りません」と言葉を繰り返した。
 そして。
「‥‥あの人が言っていました。もうすぐズゥンビ達が村を襲うけれど、冒険者の方々が助けてくれる、と。自分は話をつけに行くだけだから心配するな、とも」
 彼女の言葉に全員がハッとなる。真っ先に声をかけたのはイスラフィルだ。
「話とは誰とだ?」
「分かりません。けれどあの人は最後に約束をしてくれました。必ず私の元へ帰って来ると。だから私はその約束を信じ、何も聞かずにあの人の帰りを待つだけです」
「彼はどこに行ったのです?」
 再度のアイオンの問い。
 だが、その場所までは彼女は知らず、ただ首を振るだけ。
「――マズい!」
 顔を上げたイスラフィルは、例の廃墟の方角を見た。
 妻の言葉が本当ならば、おそらく依頼人は今回の事件の仕掛け人に会いに行った筈。そして、この近辺で人が来なさそうな場所は一つしかない。
 彼らは互いに顔を見合わせ、無言で意見を確かめる。
「私はひとまずこの村に留まろう。目立たぬよう罠を仕掛け、現れるズゥンビ達を出来るだけ村までは来させないようにするつもりだ」
 辰太郎ともう一人、リーシャが村に残る事を告げる。
「私がいる限り、村の方達を傷つけることはさせません。きっと守って見せます!」
「了解。頼んださかい、任せたやわ」
 ユウヒの言葉に二人が頷く。それを確認してから、四人は急いでその場を後にする。その後ろ姿を見送る形で依頼人の妻が深々と頭を下げた。

●廃村に満ちる死
「でやぁっ!」
 ジェイスの放った衝撃波が、こちらに迫っていたズゥンビを数体吹き飛ばす。散らばる肉片が異臭を放ち、思わず顔を顰める。
 が、それだけで相手が歩みを止めるワケじゃない。
「ホクトベガ‥‥お願い」
 クリスの頼みを聞き入れたペガサスが一鳴きのもと、周囲一帯を神聖な空間へと変えていく。
 そして、そのまま自分が唱える神聖魔法の威力が、ズゥンビに回復不能のダメージを与え――そして浄化していく。
 しかし、それ以上に多いズゥンビの数。
 本来なら後から来る仲間を待つ筈だったが、そうも言っていられない状況が出来た。偶然にも彼らが廃村まで訪れた時、ちょうど廃屋の教会へ向かう二人の男の姿を目撃したからだ。
 一人は神父風な男。
 そして、もう一人は少し粗野な風貌の男だった。
 慌てて止めようとした瞬間、ジェイス達を取り囲んだのは死者の群れ。
 ハッと気付いて教会の方を見れば、神父風の男がニヤリと笑う姿があった。そのまま二人は、何か言い争いながら教会の中へと姿を消した。後を追おうとする彼らの行く手は、死臭漂う死体の群れに遮られる。
 結果、二対多数の戦闘が余儀なく開始されたのだった。
「くそっ、これじゃあきりがないぜ!」
「そうだな。一体一体の力はさほど強くないが、こうも数が多いと。それに教会の中の様子も気にかかる」
 おそらく相手の神父こそが今回の事件の元凶。
 ならばこそ包囲をなんとか突破したいのだが、生憎と数が多すぎる。
 焦る二人の気持ちに付け入るように、一体のズゥンビが彼らに急接近した。一瞬反応の遅れたクリスが振り向いた時には、すでに間合いが詰まっている。
「しまっ――」
「クリス!?」
 刹那、空気を切り裂いて飛んできた矢が、正確にズゥンビの急所を一貫する。軌跡を追った二人の視線の先には、魔弓を身構えたイスラフィルの姿があった。
 次にズゥンビ達を襲ったのは、聖なる力を宿した黒い光。抵抗することなく理不尽に宿らされた命を奪っていく。
「お待たせしました」
 駆けつけたアイオン、そして他の仲間達の姿にジェイスもクリスも張り詰めていた緊張をホッと緩めた。
「クライドさんは? どこです?」
 まず先に月下が問うたのは、依頼人であるクライドの居場所。必ずこの場所に来ている筈との確信が彼にはあった。
 かくしてジェイスが視線を教会へ向ける。
「あそこだ。多分依頼人と‥‥もう一人いる」
「そ、それってもしかしてズゥンビを召喚した張本人?」
 ムーンアローで援護するユウヒの言葉に、おそらく同じ信仰だろうアイオンが一つ訂正した。
「ユウヒさん。ズゥンビは召喚するのではありません。‥‥死体から作り出すのです」
 言い淀んだのは、彼自身の矜持からか。
「とにかく、こいつらをなんとかしないとな」
 折り重ねた二つの矢がイスラフィルの手から放たれる。魔弓による影響を受けたその攻撃に、ズゥンビ達は一撃のもとに倒れていく。
 そうして全てのズゥンビが倒されるまで数刻を要し、気付けば辺りには死臭と腐臭が充満していた。本来、考えるべき戦い方を決めなかった者が多く、そのため時間がかかったと言わざるをえない。
 急ぎ教会へと飛び込んだ冒険者達。
 ほぼ同時に、大きな羽ばたきが響く。崩れかけた壁の穴から大きな翼を持つ梟が一羽、飛影を残して空高く去っていく。
 そして、床に横たわる男の姿。
「クライド!」
 依頼人だと気付き、慌てて駆け寄るイスラフィル。
 手持ちのリカバーポーションを即座に与えると、僅かだが意識を取り戻したようだ。流れる血に気付き、月下もまた治癒の光を彼に向けた。
 ゆっくりと癒されていく様子に、冒険者達は皆安堵した。彼がもし死んだりすれば、村で待つ妻の嘆きはどれほどのものか。
 それを思えば、黒幕に逃げられたとはいえひとまずズゥンビを撃退出来た事に、ホッと胸を撫で下ろすのであった。

 ――村の外れ。
 周囲を警戒する辰太郎とリーシャの頭上を一羽の梟が飛んでいく。
「‥‥もう夜か」
「皆さん、大丈夫でしょうか‥‥」
 気付けば陽は沈み、辺りは夜の帳が下りていた。