【ラーンス説得】それは始まり、或いは――
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 17 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月02日〜05月12日
リプレイ公開日:2007年05月10日
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●オープニング
●委ねられた説得
大規模なデビルのよる騒動もなく、イギリスには少なからず戦の時よりも平穏な時が刻まれていた。
アーサー王は救出されたグィネヴィアの元へ頻繁に足を運び、日々精神的にも安定して来た王妃に安堵の色を浮かべる余裕も出て来たようだ。
先のマレアガンス城攻略戦の後に姿を晒した凶悪なデビル。冒険者の情報や円卓の騎士による検証が日々王宮で行われたが、推測の域を越えた確証を得るには至っていない。
――そんな中、アーサー王は三人の騎士を呼んだ。
円卓の騎士であるボールス卿とパーシ卿、そして王宮騎士の一人であるヒューイットである。
「おまえ達に私の願いを委ねたいと思う。決意に変わりないか?」
「‥‥はい」
ボールスは簡潔に答える。
「彼を連れ戻し、円卓を回復させる事は、一族である私の責務であると心得ております」
「元より王の決定に異議はありません。俺の望みは王と王国の民全てへの最善です」
そう言ったパーシの言葉には僅かの躊躇いも無かった。
「選ばれた事、光栄であります!」
背筋正した姿勢でヒューイットが答える。
アーサーの願いとは、ラーンス卿を王宮に連れ戻す説得であった。
本来は自分が説得に赴きたかったのだが、三人の騎士は是非にと進言して来たのである。
デビルの去り際に放った言葉の意味が判明しない以上、王自ら王国を離れる事を危惧する理由もあった。そして何より、それぞれのラーンスへ対する想いも強い。
「必ずやラーンス卿を説得したく存じます」
そう口にしたヒューイットの脳裏を過ぎったのはガラハッドのこと。今回の件、一番拘っていたのは彼だ。ならば彼も一緒に連れて行ってやろう――そう強く彼は心に決めた。
アーサーは三人の決意に力強く頷き、口を開く。
「よいか、私がラーンスに王国へ戻って欲しいと願っている事を伝えてくれ。今回の件はデビルの策謀と、グィネヴィアが無事に戻って来た事から、罪には問わない。‥‥私も怒りで冷静な判断を欠いてしまったかもしれぬからな。ヒューイットには経験を積んで貰う為にも、今回の遠征を許そう」
「王の期待に応えられるよう、精一杯努力する所存です」
「‥‥陛下、ひとつよろしいでしょうか」
ボールスが問うた。
「アグラヴェイン卿を傷付けた事に関しての罪も不問とするおつもりですか?」
理由はどうあれ、円卓の騎士が同胞に剣を向け、重症を負わせたのだ。
アーサーは顎に手を運び、暫し沈黙した。
「‥‥うむ、騎士道に反した件は不問とはいかぬな。アグラヴェインが決闘を求めるなら、ラーンスに拒否する資格はないだろう」
「王よ。一つ、確認させて頂きたい。ラーンス卿自身の復帰はともかく、暴走して悪事を為したラーンス派の騎士の件は? 彼らを不問にすることは大きな遺恨を残しましょう」
続いてパーシが口を開いた。
物資確保の件および森の捜索時に命令を無視し、悪事を働いた騎士が幾人か確認されたのである。
この件にはボールスも心当たりがあるのか、答えを待つ表情は普段と異なり厳しい面持ちだ。
「騎士達の件はラーンスに一任する。あの男とて無闇に騎士道を破る者ではない。然るべき処置を執るだろう」
――ラーンスに一任する。
その答えはアーサーが彼を信頼している顕われだったに違いない。それぞれが思案する。円卓の騎士とて、共に戦場を駆けた彼が間違った選択を下す訳がない確信があった。
ならば、その場で処分するか? 王国に帰還した後、罪人として処刑するだろうか?
その時、裁きを受ける騎士は如何なる行動を取る? 剣を向けるか、逃げるか?
王国での裁きならば隙を突いて逃げ出す事も考えられる。
「説得を頼んだぞ! 必ずラーンスを余の許へ連れて帰るのだ」
三人の騎士は約束する。王の願いとそれぞれの想いに答える為に――――。
●少年は奔る
「――行くッ!」
何の前置きも置かず、ヒューイットの前に詰め寄るガラハッド。至近距離にあるその表情は真剣そのもので、こちらを睨むような真っ直ぐ視線。
なんかこんな場面が前にもあったな、と内心苦笑しながらも、表情はいつになく真面目なふうに取り繕った。
「言っておくが、これはれっきとした国王陛下の勅命だ。足並みを乱すような真似は出来ないぞ」
「‥‥わかってる」
「たとえどんな感情が沸き起こったとしても、王宮へ戻って頂くようにあの方を説得するのが大前提だ」
「大丈夫‥‥分かってるさ!」
「無茶をすれば、いくらお前でも俺がただじゃおかないぞ」
「大丈夫だって言ってんだろ。オレだって‥‥もう考えなしじゃない。だから‥‥一緒に連れて行ってくれよ、ヒューイット先輩!」
今まで見た中で一番真剣な眼差し。大きな双眸は自分の顔すら映るかのように見開かれ、どこまでもその真摯さが窺える。
が、元々自分の気持ちは決まっていたのだ。
これ以上出し惜しみする事はない。
「おっけー、分かったよ。お前も一緒に連れてってやるさ――ラーンス卿のところにな」
「ほ、ホントか?!」
ヒューイットの返事が意外だったのか、思わずガラハッドの声が裏返る。
その可笑しさに思わず苦笑が零れそうになるのを必死で押さえ、ヒューイットはまず最初の指示を与えた。
「そうと決まれば、さっさと支度してこいよ。もう少ししたら出発だ」
「うん!」
同行が許可されたのが余程嬉しかったのか、返ってきた返事はえらく素直なものだった。バタバタと騒がしい音を立ててギルドを飛び出そうとしたガラハッドは、不意にくるりと向き直り、
「サンキュー、先輩!」
いっそ清々しいほどの満面の笑み。
見てるこっちが思わず赤面したくなるような。
「‥‥馬鹿」
ぼそりと呟く一人残ったヒューイット。
その時、背後の物音に振り向けば、そこには今回の依頼で集めた冒険者の面々が顔を揃えて立っていた。
「まあ、そういうことだ。お前達にはラーンス卿への説得は勿論だが、アイツが無茶しないかどうかのお守りもお願いしたいんだが、どうかな?」
苦笑ともなんとも言えぬ表情を浮かべた王宮騎士であるヒューイット。
その口から語られた頼まれ事に、集まった冒険者達は思わず顔を見合わせるのであった。
●リプレイ本文
●馬車の中にて
ガタゴトと音を立てて馬車は走る。
乗り合わせているのは、王命を受けた王宮騎士が一人と冒険者が――七人。
「ガラハッド、この間は楽しい時間をありがとう」
先日行われたささやかな宴を思い出し、シュトレンク・ベゼールト(eb5339)の口元が僅かに綻ぶ。その笑みを、片隅でじっと押し黙る少年へと向けた。
だが、少年――ガラハッドの表情は硬く、かけられた声にもしばらく経ってから反応する程だ。
「え、ああ。そ、そうだな、あん時は楽しかったな」
「そうだね。ガラハッドくんのお母さんにも会えたし」
同じ宴に参加していたシスティーナ・ヴィント(ea7435)も、なるべく明るく声をかけた。
今回の依頼の目的であるラーンス卿の説得。
彼への思いが人一倍強いのは、この中ではおそらくガラハッドなのだろう。それは、長く彼に関わってきたシスティーナだけでなく、短い付き合いのシュトレンク自身そう感じていた。
思いつめた眼差しは、二人の会話だけでは和みそうにない。
さすがにこのままではマズイか、と思ったヒューイットが立ち上がろうとした時、それまで寡黙を貫いていたバデル・ザラーム(ea9933)がぽつりと呟いた。
「ラーンス卿‥‥イギリスでその名を知らぬ者はいない騎士、ですか」
名前に。
カッと反応するガラハッドを尻目に彼は更に続けた。
「だが、そんな騎士も今回は下手をうったようですね。女性絡みで判断を危うくするとは」
所詮どの国も一緒ということですか。
あくまでも冷淡に語るバデルに、少年は思わず熱くなって掴みかかろうとした。
だが、それを止めたのは二メートルは越す巨漢の男マックス・アームストロング(ea6970)だ。
「止めるである」
静かに、それでいて強く響く声。
「何で止める!?」
「――英国男子たる者、常に紳士的に振舞わなければならぬである」
騎士であるよりも先ず男として。
そう告げるマックスの言葉は、何よりもその身に纏う歴戦の猛者としての雰囲気のおかげで、ガラハッド自身に強い重圧をかける。
殆ど本能的に危険を察し、彼はグッと言葉を飲み込む。
「そんなにプレッシャーかけたらかわいそうですよ」
ジャンヌ・シェール(ec1858)の、育ちの良さそうな顔立ちに浮かぶ笑みが二人の間に割って入る。
そして、彼女はガラハッドの方を向くと、スッとその手を握った。
「なっ?」
驚く彼に構わず、彼女は言葉を続けた。
「先程、バデル様がラーンス様の事をおっしゃった時、どうして怒ったのですか?」
「べ、別に怒ってなんか」
「本当は、まだ憧れがあるのですよね?」
「ち、違ッ!」
「だからこそ悪く言われて怒ってしまった。‥‥折角の説得の機会なのです。素直な気持ちを誤解なく伝えられてはどうでしょうか?」
振り払おうとした手を更に強く、体温を伝えるように握りこむジャンヌ。
その様子を横目で見ていたユーシス・オルセット(ea9937)。先の戦いに関われなかった分、あまり口を挟める立場にいないと自覚していたが、さすがにここに来てガラハッドに何かを言いたかった。
何度も頭を掻き、彼はようやく口を開く。
「――言いたい事、この際全部言っちまえよ。心に浮かんだ色んな言葉、全部ぶつけてやればいい」
「ちょっ、ユーシス」
ユーシスの言葉にシスティーナが口を挟もうとする。
が、それを視線で押し止め、彼はなおも続けた。
「心配するなよ。あんまり感情的になったりしたら、頭叩いて止めてやるから」
悪戯っぽく口元を歪める。
「‥‥わかった、ユーシス」
「よし!」
その笑みに、ガラハッドの肩の力がようやく解けたようだ。一気に場の空気が和み、先程までの雰囲気とは一変する。
「もう、言いたい事言うのは構わないけど‥‥ガラハッドくん、ユーシス、二人ともこれだけは約束して。剣だけは絶対抜かないって」
強く、はっきりと、絶対の条件だと言うようなシスティーナの言葉。
なにしろこれから対峙する相手は、紛れもなくイギリス最強の騎士。生半可な実力では、怪我どころではすまない。
ガラハッド自身、そのことは十分分かっていたからこそ素直に頷いた。
「――そろそろ着くぞ。皆、準備はいいか?」
外の様子を窺っていたヒューイットの声が響く。
冒険者達は一斉に身を引き締める。
――――そして、僅かな嘶きとともに馬車は止まる。
●砦の対峙
喜びの砦――そう称される石造りのそれは、些か拍子抜けするほどに何の特徴もないものだった。閑散とした静けさに包まれ、まるで人が居ないように感じる。
馬車から降り立った冒険者達は、珍しげに周囲を見渡す。時折目に付くのは、こちらの様子を窺う数名の騎士達。困惑と動揺が、離れた場所からもよく分かる。
「ご心配なく。私達は戦いに来たのではなく話し合いに来たのです」
バデルの科白が届いているのか。
或いは、そもそも最初から疑ってかかっているのか。
彼らの所業を思えばそう考えるのも無理ないこと、とどこか悲しげにジャンヌは思った。騎士としての振る舞いを忘れた彼らに、せめて最後の矜持が残っている事を願わずにはいられない彼女だった。
別の馬車で来た者達の声が響く中、不意に眼前の門扉がゆっくりと開かれた。
「これほど多くの冒険者を引き連れて討伐ではないと聞こえたが‥‥討伐でないとすれば、一体何の用だ、ボールス?」
背後に数人の供を連れて現れたラーンスは、十数名の冒険者と思しき集団の前に立つ従弟に問いかける。
その表情は厳しくもあり、哀しげな色を浮かべているようでもあった。
「討たれるような事をした覚えが、何かあるのですか?」
ラーンスの言葉に対し、ボールスの言葉はいつも以上に辛辣さを感じる。
それを聞くヒューイットは、彼がいつもと変わらぬ微笑み以上に怒りを押さえ込んでいるのだ、と思わず背筋を正した。
何度か二人が言葉を交わす様を、冒険者達は固唾を飲んで見守っている。
ガラハッド自身もまた、身を固くして成り行きを見守った。
やがて――――。
「王自らが、私に戻れと?」
不意の言葉を受け、驚愕の色を浮かべたラーンスは視線を逸らす。
表情には困惑の色が浮かんでいたが、簡単に同行するつもりはないようだ。
「‥‥ひとまず、中に入ってくれ。話はそれから聞こう」
聞いた所で従うつもりがあるのかどうか、それはまだわからない。
が、とにかく、話を聞くつもりにはなったようだ。
砦の主に導かれ、冒険者達はゆっくりと、大きく開かれた扉の中へと足を踏み入れた。
通されたのは、簡単なホールのような場所。歓迎されていないと分かっていたから、立ち話でも十分だった。
まず最初に何人かの騎士が、ロープで縛られた状態でラーンスに引き渡される。おそらく逃亡を図った連中だろう。
それを苦々しい顔で受け取るラーンス。
そうして僅かな慌ただしい時が過ぎ、ヒューイットが一歩前へ出た。
「お久し振りです、ラーンス様。ヒューイット・エヴィンです」
「‥‥ヒューイットか。見違えたぞ」
「いえ。私なぞ、まだまだです。こうして冒険者の方々に助けて頂いてやっとですから」
普段と違い、馬鹿丁寧な口調の彼にガラハッドは思わず目を瞠る。
そんな彼に苦笑しつつも、システィーナは一歩前へ出た。
「初めまして、ラーンス卿。私、システィーナ・ヴィントといいます。これでも騎士を目指して頑張ってるですよ」
「ほう、女性騎士か」
「私、今回どうしても言いたくて‥‥ラーンス卿にとって騎士って何ですか?」
思わぬ直球は、ラーンス自身言葉を詰まらせた。
なおも彼女の言葉は続く
「私、騎士って騎士であろうとしてる人の事だと思うんです。私だって、親しい人が悪魔に憑依されてたら動揺もするし、ひょっとしたら間違えるかもしれない。それ位、皆だって‥‥きっと王様だって分かってます」
ちらりとシスティーナは視線をガラハッドへ向ける。
今の科白は、彼自身への言葉でもあるから。
「白の教えは過ちを犯した事を責めません。償いたいと思う者を許します。大事なのはこれからどうするかじゃないんですか」
「これから‥‥どうするか‥‥」
システィーナの言葉にラーンスの表情が変わった。そのまま他の冒険者達が次々と言葉を投げかける。
その様子を後ろの方から眺めるバデル。
どうやら不穏な動きは、先程捕らえられた騎士達だけのようだ。この場に控える者達は、ラーンスへの言葉を自分達に置き換え、悔恨の表情の者ばかり。
次々と冒険者達が説得を続ける中、そういえば、とバデルはガラハッドの姿を探した。
見れば、何やら思いつめた表情がまたしても復活している。どうやら決闘騒動でのやりとりを聞いたからのようだ。
「‥‥やはりまだまだ子供なのか」
声に振り向くと、シュトレンクの僅かな苦笑に当たった。
「苛立ちも、その根本の原因は憧れだと言うのに」
「仕方ありませんよ。そんな少年を正しい方向に導くのが、先輩冒険者としての役割では?」
バデルもまた、苦笑を浮かべて彼の様子を見守る。
何かあればすぐに止めれるよう――少年の隣でずっと見守っているユーシスと同じように。
だが、その時はすぐに訪れた。
「――ちょっ、ガラハッド!」
いきなり飛び出そうとしたガラハッドを、ユーシスが必死に止める。
「は、離せッ、あいつ女の子相手に」
見れば、ラーンスの放った剣が一人の少女の喉元に吸い付く。後一歩踏み込めば、彼女の命はそこで終わるだろう。
「ラーンスッ!!」
激昂するガラハッド。
ユーシス一人では押さえつけられず、已む無くマックスが大人しくさせようと腕を振り上げたその時、
「結局‥‥国よりも、王よりも、民よりも、王妃が一番大事なのか――!?」
その叫びに、剣に込めた力が弛む。
同時にガラハッドもまた体の力を抜いた。
「‥‥そうではない‥‥」
「ならば責務を果たせ。御身は何者か!?」
自分が何者か、そんな事はわかっている‥‥わかっている、つもりだった。
円卓の騎士として、国のため、王のため、そして民のために働いてきた筈だ。
だが、今の自分は果たしてその責務を果たしていると言えるのだろうか?
●心に響くもの
一騒動が終わった直後。
殆ど掴みかかろうという勢いでガラハッドはラーンスへと詰め寄った。
「あんた、一体なにやってんだよ! 最高の騎士って言われてたんだろ、誰よりも立派だったんだろ。なんで‥‥こんな女の子相手に本気で、いくら彼女がいいって言ってもそれじゃ、そこいらにいるチンピラと変わらないじゃないか!!」
息継ぎも忘れて一気に喋ったことで、酸素が足りずにガラハッドはぜぇはぁと息をする。
「ガラハッドくん」
システィーナがギュッと手を握ってきた。
そこで彼はハッと気付く。頭に血の上った自分自身に。隣にはユーシス、その向こうでジャンヌがにこりと微笑んで彼を後押しする。
「騎士ってのがなんなのか、オレにだってまだわかんねえよ。そりゃああんたを美化し過ぎて、勝手に裏切られてた気持ちになったのは、オレの方が悪いさ。でもさ、どんなに強くたって、主君の為に戦ったって‥‥自分より弱い者の為に戦えなくなったらもう騎士じゃねえだろッ!!」
叫びがこだまする。
ラーンスの見開く瞳が、目の前の少年を映す。
どこまでも真っ直ぐでどこまでも純粋。ああ、彼が成長すれば、きっと誰よりも崇高な騎士になれることだろう。
そしてガラハッドもまた、自分の言葉でハッと気付く。
――ガラハッドくんはどうして騎士になろうと思ったのかな?
行きの馬車の中、システィーナに聞かれた問い。
最初は母から聞いたまだ見ぬ父への憧れ。それは徐々に大きくなり、とある事件に巻き込まれた時、助けてくれたのは――通りがかった騎士。
幼い自分には、その騎士の顔も名前も思い出せないけど、弱きを助け、決して背を見せないその姿は、憧れすら乗り越えて生きる指針へと変わった。
束の間の沈黙。
それを最初に破ったのは、バデルだった。
「――失礼ながら、貴方は周りに志を同じくした仲間が居るのをすぐお忘れになるようです。独り騎士たらんとする心がけは立派ですが、仲間と協力する事を忘れてはなりません」
「どんなに親しくとも聞けない事はある。寧ろ、親しいからこそ言えない事だってあるだろう。‥‥だが、この一件で大勢の騎士に過ちを起こさせてしまったのは認める。あぁ、私は未熟だ」
素直に非を認めるラーンスの言葉に、誰もがホッと胸を撫で下ろす。
目を閉じ、悔恨に浸る彼に対し、シュトレンクが一つの提案を上げる。
「あなたが戻り、再び王の隣で姿を見せてくれたら、民の不安も多少は消えるだろう。人々の希望の光に、もう一度なって頂けないか」
そして人々と、彼に見せて下さい。あなたの生き様を。
そう言って、シュトレンクはガラハッドの両肩をそっと押した。間近で見て、ふと思った。二人はどことなく似ている事に。
「どうか彼に、応えてあげて欲しい」
静かに告げると、しばらく考え込んだ後、ラーンスは深く頷いた。
「彼に? 私の生き様を‥‥‥‥そう、だな」
どうやら冒険者達の説得に応じるようだ。
だが、まだ全てが終わった訳ではない。
ラーンスについて来てしまった騎士達の今後の行く末。何人かから意見が出たが、まずは王国での裁きを受けよ、とのラーンスの言葉が響く。
やがて、帰路への旅支度を済ますと、騎士達が馬車に乗り込んでゆく。ここで大人しく裁きを受けるべく従った者達に処刑は無いだろう。予想される処罰は鞭打ちの後、王国からの追放だろうか。
そんな中、騎士達の処遇についてマックスが提案する。
「ただ処断をするのでなく、彼らに試練を課し自らの犯した罪の償いと誇りと名誉の回復をする機会を与え、それをもって処断というのは如何でありましょう?」
「そうだね。今回の事件では誰だって間違いだって犯したんだよね。でも、罪を犯し、位を剥奪されたとしても、その罪を認めて騎士道を貫く者が騎士だと思う。自身の信念や正義を放棄した時こそ騎士ではなくなるのだと僕は思う」
加えて、ユーシスの言葉にどの騎士達も改めて騎士道を考えさせる結果となった。
己自身の矜持。
それを捨てた者に未来はない。
「私も同じ考えです」
ジャンヌは静かに同意し、一歩ラーンスの前に立つ。
「‥‥これは?」
「王国に戻られた後に読んで下さい」
差し出したのは、一通の手紙と添えられた花。その内容は、王を始めとして多くの騎士がラーンスの帰りを待っている旨を綴ったもの。
そっと手渡され、そこに込められた思いを読み取ったラーンスは、無言で受け取る。
そして、見目麗しき騎士は華麗に宙を舞って馬に跨る。
「騎士達の件は王に罪の軽減を請いましょう‥‥ここに残った彼等とて誤解もある筈ですから」
馬車は再び走り出す。ラーンスの帰還と騎士達を乗せて――――。