【少年は剣を手に】母

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月20日

リプレイ公開日:2007年07月22日

●オープニング

 ――思い返す記憶の中で、母はいつだって笑っていた。

 幼い頃、自分の父親について何度か母に尋ねたことがある。
 そのたびに彼女は、綺麗に顔を綻ばせて笑うのだ。子供心にも見惚れるぐらいに幸せそうに。

 ――あの人はね、本当に素晴らしい騎士様なの。
 ――お母さんが危機に陥った時、颯爽と駆けつけて助けてくれたのよ。
 ――どんな困難にも立ち向かい、いつだって勇敢な姿をお母さんに見せてくれたわ。
 ――世界で最高の騎士、だからあなたもそれを誇りに思わなくてはね。

 そう言って、あまりにも幸せそうに笑うから、幼かったオレ自身にとっても母の語る父親像はそのまま憧れの対象になった。
 どこにいるの、とか。
 何をしてるの、とか。
 そんなことすら疑問に思わず‥‥彼女が帰っていく後ろ姿を眺めていた。

 だからこそ、そんな憧れの父を目指すために、オレはこの手に剣を取ったんだ。
 何時の日か出会えた時に、オレ自身を認めてもらうためにも――――。


 ガラハッドは、もう一度その絵をじっと見つめ直した。
 描かれている建物は修道院のようで、その端にはオクスフォードの紋章が描かれていると以前冒険者が言っていた。そして――一人の大人と三人ほどの子供達。
 見覚えのある幼い面影‥‥おそらくこのうちの一人は自分なのだろう。
 だが、他が誰なのかがはっきりと思い出せない。場所の方しても曖昧なままだ。
「‥‥どこだったっけなぁ〜」
 さすがにあちこち掠れているため、ハッキリした情景はわからない。
 そんな絵とのにらめっこを続けていたガラハッドだが、さすがに根が尽きたのかベッドの上に絵を放り投げた。
「しょうがねえ。ここでグダグダやってても思い出せねえんだから、いっぺんオクスフォードに行ってみるか」
 そんな風に決めた矢先、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「――ガラハッド、いるか?」
「センパイ?」
 聞き覚えのある声にドアを開けると、そこにはガラハッドの学生時代の先輩であり、現王宮騎士のヒューイットが立っていた。
「よお。やっぱりここだったか」
 突然の来訪に驚くガラハッド。
 当然だ。彼は今や王宮付きの騎士として、それこそ忙しい毎日を送っている筈。こんな場所へ来る余裕があるとは思えない。
 それとも、ひょっとしてまた何か重大な事件でも発生したのだろうか。
 そんな風に考えた事が顔に出たのだろう。ヒューイットは違う違うと手を振りながら苦笑する。
「お前を探してたんだよ」
「オレを?」
「ああ。ほら」
 そう言って彼がひょいっと投げたものを、ガラハッドは反射的に受け取った。
 手の中に収まった物を確認してみれば、それは一通の手紙だった。更に言うなら、見覚えのある紋章がそこに記されている。
「センパイ?」
「お前宛の手紙だよ。お前の居所が連絡先がわからないからって、ペレス伯爵が直接こっちに寄越したんだ」
「あ‥‥わざわざすいません」
 慌てて頭を下げるガラハッド。
 そんな彼を見てヒューイットはもう一度苦笑を洩らす。
「なに? お前、学校を出てるって連絡してなかったのか? だってこの前、その為にわざわざ里帰りしたんだろ?」
「‥‥いや、やっぱちょっと言い出しにくくて」
 不思議がるヒューイットに、ガラハッドは誤魔化すように苦笑する。
 そもそもの彼が学校を飛び出した理由。それは、彼の元に届いた一通の手紙――父のことを示唆する内容から始まったもの。
 それを調べることを、ガラハッドは何故か母や祖父に知られたくないと思った。どうしてだかは分からないが、気付かずにいるならそれでいいと思ったのだ。
「まあ、いいけどな」
「それで祖父はなんて?」
「ああ。エレインさんも大分回復したみたいだから、療養先から自宅の屋敷の方へ戻したいんだとさ。で、その際の護衛をガラハッド、お前や他の冒険者にお願いしたいらしいぜ」
「‥‥そっか、母さん元気になったんだ」
 ヒューイットの説明を受け、ガラハッドは改めて手紙の中身を見た。
 そこには母の様子も落ち着いたので自宅へ帰る事、その道中を護衛する者がいない事、そのため戻ってきて護衛をして欲しい事、できれば冒険者達を連れてきてくれれば助かる、等が書かれていた。
 そこまで読んで早速ギルドへ行こうとした矢先、彼の目に止まったのはベッドに投げ出された一枚の絵。
 そういえばこっちもあったっけ、とガラハッドは思い出す。
 母の護衛もそうだが、手紙の主の事も調べたい。そういえば二つともオクスフォードだったよな、と思い至ると彼はヒューイットの方へ改めて向き直った。
「センパイ、一つ頼まれてくれないかな」
「ん、どうした?」
 ベッドの上にある絵を取ったガラハッドは、それをヒューイットへと手渡すと、こうお願いした。
「この絵‥‥多分オクスフォードだと思うんだけど、これがどこの景色なのか調べて欲しいってギルドに依頼して欲しいんだ。ついでにさ、ここに描かれてる人達のことも出来たら調べて欲しい」
「これって‥‥修道院、か? 確かお前」
「うん。オレがいた修道院だと思うんだけど、もう記憶が曖昧でさ。どこだか忘れちゃってるんだ」
「――父親絡みのことか?」
 いきなりトーンの落ちた科白に、ガラハッドは小さく、だがはっきりと頷く。
 さすがにヒューイットもそれ以上は何も言わず、彼の頭をクシャクシャと撫で回しただけだ。
「分かった。依頼の方は俺から上げておく」
「オレも母さんの護衛が終わったら合流するから、それまでの調査をお願いしたい」
「了解」
 何も言わず引き受けてくれたヒューイットに対し、なんともいえない感情が沸き起こったガラハッドは少し照れたような笑みを返す。
 そうして、二人は連れ立ってギルドへと向かった。

●今回の参加者

 ea9436 山岡 忠信(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●出立
 ガラハッド達が療養先の屋敷に到着した時、母であるエレインはまだ旅支度の最中だった。
「‥‥何やってんだよ、母さん」
「そうは言われてもね、急には出来ないものよ」
「急って」
 事前に連絡はしといただろ?
 そう言いかけたのをグッと堪え、溜息混じりに準備を手伝い始める。そんな少年の様子を見て、デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)がくすりと苦笑を零した。
「おいらも手伝うよ」
 彼とは、ケンブリッジの遺跡探索以来の再会だ。ここに来るまで、お互いにあれからの修行の成果を話しながら旧交を懐かしんだことで、すっかり打ち解けた間柄になった。
 それは他の冒険者も同じで。
「これはどちらに運べばよいでござるか?」
「その荷物はこちらの箱へお願いします」
「このごろ物騒でござるからな。拙者らがきちんと護衛を務めるでござるよ」
 いつもは女性と話すのが苦手な山岡忠信(ea9436)も、この時ばかりは手伝いの方を念頭に置いたおかげでどもることがない。但し、視線を合わせる事は避けている様子だが。
 彼がキャメロットを出立する前に聞き及んだ街道の噂は、あまりよくないものばかりだった。さすがに露骨な表現はまずいと考え、あくまでもやんわりとした言い方を口にする。
 そんな忠信の言葉に、ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が張り切って拳を上げる。
「そうなの〜、私達が無事にエレインを送り届けるからなの〜!」
 のんびりとした独特な口調。
 思わず周囲の者の力は抜けそうだが、これでも彼女なりに気合は入っている。グッと握り締める拳がめらめらと燃えているのを、ガラハッドは呆れ混じりに見た。
「これで準備は全部ですね」
 最後の荷物を運び出したメイユ・ブリッド(eb5422)が尋ねると、ええ、とエレインが答えた。
 荷物がなくなれば殺風景な部屋。短い間とはいえそこで生活していた彼女にとって、少し淋しい感情が芽生えても不思議ではない。
 そうして彼女がもう一度振り向くのを待って、メイユが先導を始めた。
「わたくしがペガサスに乗って先導します。上空からなら異変にもいち早く気づけると思いますから」
「私の為にわざわざありがとうございます」
「これも冒険者の務めでござる」
「それにガラハッド君の頼みでもあるしね」
 頭を下げるエレインに対し、忠信とデメトリオスが当然だと言わんばかりに胸を張る。おっとりした雰囲気ながらも、彼女の本質は貴族。礼を言うべき時というのを心得ているようだ。
 そんな母の姿を、少し離れた場所で見守るガラハッド。
 やはり家族がいると、少し照れ臭い様子だ。
「ほら、元気出してください。立派な騎士になるのでしょう? これぐらいで冷静さを欠いては駄目ですよ」
「そ、そんなんじゃねえよ‥‥」
 メイユの慰めに、彼の機嫌はますます悪化していく。
 やれやれ、と彼女は困ったように苦笑する。
 そんなほのぼのした雰囲気の中。
「よーし、それじゃあそろそろ行くなの!」
 ガブリエルの一声で、エレインを囲む冒険者達一行はオクスフォード中心街へと向かった。

●道中
 街道を照りつける陽射しが、次第に強さを増していく。夏の到来を感じさせる暑さだ。
 その中を、一台の馬車が緩やかに進む。さすがに華美な装飾等はなく、どこにでもあるありふれたものだ。
 だが、それでも馬車を使うとなれば、それなりの身分を対外的に示唆する危惧はあった。ましてやその大きさは、上空をペガサスで駆るメイユの目からも、一目瞭然で目立っていた。
「それでも、さすがに貴族のお嬢様を歩かせるわけにはいきませんからね」
 零れる苦笑。
 途中で何度か交わした会話を思い出す。聞けば、年齢はまだ二十代とのこと。自分と同じ年代であるにも関わらず、子供であるガラハッドがあれだけ大きいことにメイユは驚きを隠せなかった。
 さすがに父親の事に関しては、惚気の中で微妙に誤魔化された感は否めなかったが。
「さて、もう少し先の方の様子を見てきましょうか。セブン、お願いします」
 一つ嘶き、ペガサスが優美に翼を羽ばたかせる。
 そのまま空を駆ける姿を地上から見送った忠信は、すぐさま気を取り直して周囲の様子を見渡す。彼の聞いた野盗の噂は、紛れもなく現実味を帯びた類のもの。
 本来なら馬車の周囲を護衛するつもりだった。
 しかし、他の二人と違って馬車の速さについていく手段を持っていなかった。そのため忠信は、エレインの側に常に張り付いておくことを選択する。
「ふ、む‥‥」
「山岡様、お茶でも如何ですか?」
「いえ、拙者はここで‥‥」
 結果、エレインと二人きりで馬車に乗るという形となり――女性が苦手な彼にとって、しばし二重の意味での試練が待ち構えていた。
 そんな二人の様子を、デメトリオスとガラハッドは苦笑しながら聞いていた。
「ホント、忠信って女性が苦手なんだね」
「‥‥母さんたら」
 再会してからの二人は、まるで旧知の仲のように会話が弾む。
 デメトリオス自身が無邪気で天真爛漫な性格のせいか、あまり警戒心を抱かせない点もあるのだろう。ましてパラである彼の外見は、まだ少年のガラハッドとさして変わらない。
 おかげで二人は色んな事を道中で話した。
「学校飛び出してまでやってることに、おいらは別に詮索しないけど、必ず成し遂げてね。おいらでよければいつでも相談に乗るよ!」
「‥‥サンキュ。そう言ってくれると助かるぜ」
「私だって協力するよ〜!」
 好奇心が抑えられず、二人の会話に思わず途中で割り込むガブリエル。
「ガラハッド君って確か‥‥お父さんを探してるんだよね〜」
 後半部分は当然小声になり、エレインまで届かないようにして。彼女の問いかけに、一瞬ガラハッドの表情が真顔になる。
「‥‥ああ。今は少しでも手掛りが見つかればと思って、他の冒険者達に調べてもらってるんだ」
「そっかぁ、何か分かるといいね〜」
「おいら達だって向こうに着けば、少しは協力出来るよ」
 そこまで続いた会話は、直後に響いた羽ばたきによって中断された。
 戻ってきたメイユの表情を確認した冒険者達は、皆一様に真剣な表情になる。馬車が止まり、忠信が飛び出した。
「ガラハッド殿はエレイン殿のそばに!」
 その言葉を受け、一瞬逡巡したガラハッド。
 だが、トンと背中をデメトリオスに押され、彼ははっきりと頷いて母親の元へ向かった。

●野盗
「状況は?」
「野盗らしき連中がこちらへ向かっているのを確認しました。数は、およそ私達の倍はいたようです」
 さすがに正確な数は確認出来なかったため、デメトリオスの質問に答えるメイユの声は力無い。
 だが、それを補うようにガブリエルが強く断言する。
「――足音の数は十人で間違いないよ〜」
 手元に広げたスクロール――バイブレーションセンサーに反応する数を、彼女は正確に読み取っていた。
 更に。
「もうすぐ来るみたいなの〜」
 そう告げた直後、連中が冒険者達の前に姿を現した。
「おっと、ここから先を通るには、ちぃっとばかし通行料が必要――うわぁ!!」
「先手必勝なの!」
 相手の口上を待つまでもなく、別のスクロールを広げたガブリエルによって野盗の一団が一瞬だけ宙に舞う。慌てる彼らだが、すぐさま容赦なく地面へと落下した。
 悲鳴と呻声が飛び交う中、冒険者達は手を休める事なく畳み掛ける。
 デメトリオスの手よって、真空の空間が両者の間に作られた。それに気付かず襲い掛かろうとした野盗の一人が、ダメージを受けて悶絶する。
「近付いたら怪我するよ!」
「――山岡忠信、参る」
 和の乱れた野盗など、今の彼らの敵ではない。
 一人切り込んだ忠信は、相手の攻撃をものともせずにその刃を振るった。強さを見せ付ける事に重きを置き、左右に持つ長刀と短刀の流れるような動きで、次々と野盗を切り伏せていく。
 その攻撃を援護したのは、メイユの放つコアギュレイトだ。複数の動きを止めるのは至難の業だが、それでも彼女の力量でそれを可能としていた。
「あまり無茶はしないで下さいね」
 前線と後衛で届かないと知りつつ、彼女は思わず呟いていた。
 ペガサスのリカバーがあるとはいえ、やはり誰にも傷付いて欲しくない。偽らざる彼女のそれが本音であろう。
 その間も、野盗のボスとも言うべき相手に向かってデメトリオスが雷を放ち、忠信の刃が舞う。サポートに徹したガブリエルも、隙を見てはスクロールによる魔法や自身の精霊魔法で攻撃をする。
 程なくして、戦闘は終わりを告げた。
 深追いをせず、実力を見せればいいと考えていた忠信だったが、周囲を見渡した後で一息ついた。結果として襲ってきた野盗を、彼らは全滅する形となったのだ。
「まあ、これはこれで結果おーらいでござるな」
「忠信さん凄かったね!」
 敵の只中で戦った彼の姿に、デメトリオスは少し興奮気味だ。
「ですが、無茶をし過ぎでは? ほらこんなに傷を負って」
「‥‥う、うむ」
 怒気が混じるメイユを相手に、忠信は相変わらずしどろもどろだ。ペガサスによって大人しく治癒させられている様子は、さっきまでの彼の凛々しさとは段違いだ。
「まあまあメイユ、落ち着いてなの。ひとまず撃退出来たんだから〜」
「‥‥終わったのか?」
 ガブリエルがホッと一息つくのと、ガラハッドが馬車から顔を出したのは、ほぼ同時だった。
 彼の元へ駆け寄ると、エレインも顔を出してくる。その表情はいつもの笑みでなく、どこか硬いよそいきの顔だ。
 そして、彼女は深々と頭を下げる。
「皆様、今回は本当にありがとうございます」
 お嬢様とはいえ、そこは貴族の娘。きちんとした礼儀正しさは備わっているようだ。
 とはいえ、まだ行程は終わっていない。
「まだだよ。お屋敷まできちんと護衛するから、お礼ならその時にね」
 どこか茶化したデメトリオスの言葉に、エレインが思わず綻ぶように微笑する。
 それは誰の目から見ても美しく――いつまでも冒険者達の心に深く刻まれた。この笑顔が向けられた相手が誰だったのか、そんな疑問とともに。