【少年は剣を手に】父

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月14日〜07月21日

リプレイ公開日:2007年07月22日

●オープニング

 ――思い返す記憶の中で、母はいつだって笑っていた。

 幼い頃、自分の父親について何度か母に尋ねたことがある。
 そのたびに彼女は、綺麗に顔を綻ばせて笑うのだ。子供心にも見惚れるぐらいに幸せそうに。

 ――あの人はね、本当に素晴らしい騎士様なの。
 ――お母さんが危機に陥った時、颯爽と駆けつけて助けてくれたのよ。
 ――どんな困難にも立ち向かい、いつだって勇敢な姿をお母さんに見せてくれたわ。
 ――世界で最高の騎士、だからあなたもそれを誇りに思わなくてはね。

 そう言って、あまりにも幸せそうに笑うから、幼かったオレ自身にとっても母の語る父親像はそのまま憧れの対象になった。
 どこにいるの、とか。
 何をしてるの、とか。
 そんなことすら疑問に思わず‥‥彼女が帰っていく後ろ姿を眺めていた。

 だからこそ、そんな憧れの父を目指すために、オレはこの手に剣を取ったんだ。
 何時の日か出会えた時に、オレ自身を認めてもらうためにも――――。


 ガラハッドは、もう一度その絵をじっと見つめ直した。
 描かれている建物は修道院のようで、その端にはオクスフォードの紋章が描かれていると以前冒険者が言っていた。そして――一人の大人と三人ほどの子供達。
 見覚えのある幼い面影‥‥おそらくこのうちの一人は自分なのだろう。
 だが、他が誰なのかがはっきりと思い出せない。場所の方しても曖昧なままだ。
「‥‥どこだったっけなぁ〜」
 さすがにあちこち掠れているため、ハッキリした情景はわからない。
 そんな絵とのにらめっこを続けていたガラハッドだが、さすがに根が尽きたのかベッドの上に絵を放り投げた。
「しょうがねえ。ここでグダグダやってても思い出せねえんだから、いっぺんオクスフォードに行ってみるか」
 そんな風に決めた矢先、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「――ガラハッド、いるか?」
「センパイ?」
 聞き覚えのある声にドアを開けると、そこにはガラハッドの学生時代の先輩であり、現王宮騎士のヒューイットが立っていた。
「よお。やっぱりここだったか」
 突然の来訪に驚くガラハッド。
 当然だ。彼は今や王宮付きの騎士として、それこそ忙しい毎日を送っている筈。こんな場所へ来る余裕があるとは思えない。
 それとも、ひょっとしてまた何か重大な事件でも発生したのだろうか。
 そんな風に考えた事が顔に出たのだろう。ヒューイットは違う違うと手を振りながら苦笑する。
「お前を探してたんだよ」
「オレを?」
「ああ。ほら」
 そう言って彼がひょいっと投げたものを、ガラハッドは反射的に受け取った。
 手の中に収まった物を確認してみれば、それは一通の手紙だった。更に言うなら、見覚えのある紋章がそこに記されている。
「センパイ?」
「お前宛の手紙だよ。お前の居所が連絡先がわからないからって、ペレス伯爵が直接こっちに寄越したんだ」
「あ‥‥わざわざすいません」
 慌てて頭を下げるガラハッド。
 そんな彼を見てヒューイットはもう一度苦笑を洩らす。
「なに? お前、学校を出てるって連絡してなかったのか? だってこの前、その為にわざわざ里帰りしたんだろ?」
「‥‥いや、やっぱちょっと言い出しにくくて」
 不思議がるヒューイットに、ガラハッドは誤魔化すように苦笑する。
 そもそもの彼が学校を飛び出した理由。それは、彼の元に届いた一通の手紙――父のことを示唆する内容から始まったもの。
 それを調べることを、ガラハッドは何故か母や祖父に知られたくないと思った。どうしてだかは分からないが、気付かずにいるならそれでいいと思ったのだ。
「まあ、いいけどな」
「それで祖父はなんて?」
「ああ。エレインさんも大分回復したみたいだから、療養先から自宅の屋敷の方へ戻したいんだとさ。で、その際の護衛をガラハッド、お前や他の冒険者にお願いしたいらしいぜ」
「‥‥そっか、母さん元気になったんだ」
 ヒューイットの説明を受け、ガラハッドは改めて手紙の中身を見た。
 そこには母の様子も落ち着いたので自宅へ帰る事、その道中を護衛する者がいない事、そのため戻ってきて護衛をして欲しい事、できれば冒険者達を連れてきてくれれば助かる、等が書かれていた。
 そこまで読んで早速ギルドへ行こうとした矢先、彼の目に止まったのはベッドに投げ出された一枚の絵。
 そういえばこっちもあったっけ、とガラハッドは思い出す。
 母の護衛もそうだが、手紙の主の事も調べたい。そういえば二つともオクスフォードだったよな、と思い至ると彼はヒューイットの方へ改めて向き直った。
「センパイ、一つ頼まれてくれないかな」
「ん、どうした?」
 ベッドの上にある絵を取ったガラハッドは、それをヒューイットへと手渡すと、こうお願いした。
「この絵‥‥多分オクスフォードだと思うんだけど、これがどこの景色なのか調べて欲しいってギルドに依頼して欲しいんだ。ついでにさ、ここに描かれてる人達のことも出来たら調べて欲しい」
「これって‥‥修道院、か? 確かお前」
「うん。オレがいた修道院だと思うんだけど、もう記憶が曖昧でさ。どこだか忘れちゃってるんだ」
「――父親絡みのことか?」
 いきなりトーンの落ちた科白に、ガラハッドは小さく、だがはっきりと頷く。
 さすがにヒューイットもそれ以上は何も言わず、彼の頭をクシャクシャと撫で回しただけだ。
「分かった。依頼の方は俺から上げておく」
「オレも母さんの護衛が終わったら合流するから、それまでの調査をお願いしたい」
「了解」
 何も言わず引き受けてくれたヒューイットに対し、なんともいえない感情が沸き起こったガラハッドは少し照れたような笑みを返す。
 そうして、二人は連れ立ってギルドへと向かった。

●今回の参加者

 ea2207 レイヴァント・シロウ(23歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5339 シュトレンク・ベゼールト(24歳・♂・ナイト・エルフ・フランク王国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

デフィル・ノチセフ(eb0072

●リプレイ本文

●未来予想図
「ふふん、こいつは最初からクライマックスだね精神的に」
 独り言を口にしながら、素早く手筆を動かすレイヴァント・シロウ(ea2207)。
 彼がまず考えたのは、手掛りとして渡された絵を注意深く観察し、その絵を描いた人物になりきること。
 当時の流行り、絵の具の乗り方から筆の運び、更には描かれた絵のどこに重点を置くか。そうすることで、絵の中の情景を再現出来ると彼は考えた。
「システィーナ君、そっちはどうかな?」
「うん、なんとか輪郭は掴んだよ」
 手を休めることなくシスティーナ・ヴィント(ea7435)が答える。
 建物を担当する彼女は、様々に角度を変えた風景も描いていた。勿論彼女なりの想像だが、出来るだけ特徴を出すように心掛ける。
 ふと、ガラハッドのことが頭を過ぎる。
「‥‥お父さんの、手掛りか‥‥」
 今は一緒に暮らしていない父親。
 きっと事情があるんだよね。そうシスティーナは思い、なんとか手助け出来ればと一生懸命筆を動かす。
 オクスフォードで色々と事件が起きているのも聞き及んでいる。
 何より先の戦いで。
「ガラハッドくんは‥‥目をつけられたかも」
 ポツリ、彼女は呟く。
 連中に関する情報は少なく、そんな関わりのある修道院も少ない筈だ。当てもなく探すより、そのほうがきっと――。
「ふむ、こんなもんかな?」
 レイヴァントの声にハッとシスティーナは顔を上げる。何時の間にか考える事に夢中で手が止まっていたようだ。
 慌てて彼の描き上げた絵を覗き込む。そこには、写実というよりは曖昧な印象を受ける絵が描かれている。
「こっちのタッチの方が人々の記憶にも訴えやすい。その方が思い出してくれるだろう」
「レイヴァントさん、こっちは?」
「ああ。ついでに子供達の現在の姿を予想して描いてみた」
 そこにいるのは、絵の子供達より少し成長した姿。
 一人はガラハッド、そしてもう二人は‥‥。
「こっちの坊やはどこかで見たことがある気がしたのだが‥‥ふむ、どこだったか‥‥」
 そう言って彼が指差したのは、パラと思しき少年。
「と、とにかく。この絵を急いで複写してみんなに配るね! う〜ん、今夜は徹夜かな〜」
 苦笑を零すシスティーナ。
 その後、二人は急ピッチで絵の複写に励んだのだった。

●手がかりを求めて
「‥‥そうですか。どうもありがとうございました」
 丁寧にお礼を述べ、シルヴィア・クロスロード(eb3671)はその修道院を後にした。そのまま手元の地図に×を付けると、軽く溜息をついた。
 分かっていたこととはいえ、なかなか目的の場所が見つからない事に彼女は小さく落胆する。
「こういった調査依頼は久々ですが、なかなか難しいところがありますね」
 あくまでも聞き込みによる地道な調査。
 事前に役所で確認した情報では、領主縁の修道院はそれほど多くない。それ以外となると役所側でも管理しきれないとの返事があり、その辺りは聞き込みによって確認していく他ないようだ。
「せめてこの大人の方が誰かわかればいいのですが‥‥」
 シルヴィアの溜息は尽きない。
 とはいえ、ここで嘆いていても始まらない。今は一つでも可能性のある場所を確認していく消去法を取らなくては。
 彼女は指に嵌めた指輪を確認した。まだそれが動いた気配はない。
 オクスフォードも最近不穏な状況だと聞いている。用心に越した事はない、そう考えるシルヴィアは改めて周囲を注意深く見払ってから、次の修道院へ向かった。

「あんなー、ウチ古風な建物好きでな。友人に見せてもろうたこの修道院、見たくなってん♪」
 どっか知らんやろうか?
 絵を見せながらそう聞く藤村凪(eb3310)に、男は小さく首を傾けた。
「うーん、どっかで見た気もするが‥‥」
「随分古いっちゅう話やから、ひょっとしたらもうないかもしれへんかも」
 悩む彼に、もう一つ付け加える凪。
 だが、彼の言葉によれば、自分も最近来たばかりなのであまり詳しくないとの事だ。院長なら知ってるかもしれないが、生憎と今日は留守らしい。
 結局、男の記憶は曖昧で、正確には知らないとのことだった。
「そうか‥‥しゃあないな。ほんま、ありがとやわ」
 申し訳なさそうにする男に、彼女は丁寧にお礼を述べて立ち去った。
 その後、幾つかの修道院を聞きまわったが、回答はどれも同じだ。少しぐらい手掛りがあってもいいやろうに、と彼女は歩きながら溜息をついた。
 オクスフォードは先の戦乱もあり、町の風景がかなり変わったと聞く。
「ほんまにもうないんやろうか‥‥?」
 もしそうなら、ガラハッド君の手掛りがそこで途絶えてしまう。
 ‥‥そうなったら悲しむやろうな。
 先程尋ねた男性は、見た気がするといった。少なくともここ最近の記憶だろう。ならば諦めずに地道に頑張るしかない。
「ほな、次に行こうか」
 挫けそうになる気持ちを必死に奮い立たせ、彼女は更に聞き込みを続けた。

 高台に立つサリ(ec2813)の髪を、初夏の風が柔らかく凪ぐ。
 眼下に広がる街並みが見渡せる場所。
 彼女がそこに立つのは、すでに二度目だ。最初に検討を付けた建物が外れてしまったため、今一度テレスコープを用いて探索しようと考えた。
「やはり‥‥難しいのでしょうか」
 絵と見比べるようにしながら、何度も確認していく。近場に焦点を合わせる時間がもどかしく、そのたびに僅かに顔を顰めるようになってしまう。
 絵を見せて説明するが、皆一様に首を横に振るのを思い出し、彼女は思わず嘆息する。
 ざっと街並みを見て回ったが、なかなか歴史の古い街のように感じた。それならば、と高齢の者を目当てに情報収集してみたが、やはり答えは同じ。誰もが見たことはあると言うが、それがどこかまではハッキリと憶えていない。
「そうすると、随分小さな修道院なのでしょうね」
 大きな場所は、仲間が手分けして調査している。
 それならば。
「あ、そういえば同行のお約束が」
 仲間の一人と、とある人物縁の修道院へ同行する約束だったことをサリは思い出す。ここまで空振りだった事を思うと、一つでも手がかりがある修道院を調べたほうがいいかもしれない。
 そう彼女は考え、待ち合わせていた場所へ向かった。

●修道院
 ――その待ち合わせ相手であるシュトレンク・ベゼールト(eb5339)。
 既に待ち合わせの時間は過ぎていたが、もう暫くと思って待っていると、息せき切って走ってくるサリの姿を見つけた。
「す、すいません、お待たせしてしまって」
「いや、大丈夫だ。大して待ってないから」
「でも、こちらが無理にお願いしていましたのに」
「そんなに気にしなくてもいい。それじゃあ、そろそろ行こうか」
 恐縮する彼女に、シュトレンクはあっさりとそれだけを言うと、先導するように先を歩き始めた。その後をサリは小走りながらついていく。
 ギルドで報告書を読んでいた時、彼にはエルリック・ルーンなる人物が育った修道院の事が引っかかっていた。
 あくまでも可能性の話だが、仮に絵の中の子供の一人が彼だとしたら?
「随分入り組んでるようだな」
「そうですね」
 ギルドからの情報を頼りに二人は進む。
 どちらかというと市街地から離れ、郊外へと向かっている。加えてこの入り組んだ道順。まるでひっそりと隠れるかのようだ。
「そういえば‥‥」
「え?」
 ふと零れた呟きに、サリが反応する。
 慌てて言い直そうと、シュトレンクは咳払いを一つ。
「い、いや。まるで何かから隠れているような場所だな、と」
「確かに。どうしてこのような場所に修道院を立てたのでしょうか?」
「――そういえば、あの報告書でも‥‥」
 そこの院長は代々受け継いだ秘匿あるものを狙われていた、と書かれていた事を思い出す。或いは、誰にも知られたくない子供や人間を匿うような場所なのかもしれない。
 そこまで考えて、思わず身震いした。
「どうしました?」
「あ、いや、なんでもない。ああ、もうすぐそこだ」
 一度脳裡を過ぎってしまった考えは、まるで針のようにシュトレンクの心に刺さったまま消えない。
 仮にそうだとしたら、肉親にとってガラハッドは匿いたかった存在だったのか。
 そんな彼の思考を、サリの声が遮る。
「ここが‥‥そうですね」
 彼女の高揚した口調に、ハッと顔を上げる。そして彼も確信した。絵の中に描かれた修道院、それは確かにこの場所なのだと。
 茫然とする二人の前で、静かに扉が開かれる。
「――なにか御用ですか?」

●依頼人への報告
「それで? どうだったんだ?」
 宿へと戻った冒険者達を待っていたのは、母親の護衛を終えたガラハッドだった。
 いの一番で報告を求める彼に、シュトレンクが修道院の名は『クライストチャーチ修道院』だと告げる。
「建物はこの絵どおりのもので間違いない。レイヴァント、システィーナ、ありがとう」
 礼を述べる彼に、システィーナは少し照れる。
「改めて御礼を言われると照れるよね。今回、私は調査の方で力及ばずだったから」
「謙遜するな、システィーナ君。君の絵はとても素晴らしかったぞ」
 反対にレイヴァントは、ふふんと鼻を鳴らし、当然だと言わんばかりの態度だ。実際彼の描いた子供達の絵も、役に立っている。
 その絵を見せた時、院長はとても懐かしそうに思い出してくれた、とサリが付け加える。
「ガラハッドくんのこと、覚えていましたよ。色々と修道院時代のこと、お聞きしました」
 くすり、と彼女が笑う。
 同じようにシュトレンクが苦笑すると、ばつが悪いのかぶすっとそっぽを向いたガラハッド。
 そんなほのぼのした空気の中、シルヴィアが続きを促す。
「それで? この絵の人物は見つかりましたか?」
「それが‥‥」
 言い淀むサリ。
 そんな彼女に代わり、シュトレンクが言葉を続けた。
「この子供の一人はガラハッド、そして隣にいるのは報告書の中にいたエルリックなる人物のようだ。成長した絵がそっくりだと言っていた」
「ま、当然だ」
 褒められ、鼻高々のレイヴァント。
 さすがにもう一人の子供まではわからなかったが、と前置きを置くと、彼は一旦言葉を区切る。
「どないしたん?」
 凪が心配げに首を傾げる。その不安が伝染したのか、ガラハッドの表情も僅かに曇る。
 そして。
「男の方は既に亡くなっている。それも、一昨年の戦役の頃にだ。だから‥‥手紙は文字通り死者からのもの、ということになるらしい――」
 シュトレンクの言葉に、皆一様に驚愕の表情を浮かべた。