擬態――飲み込む大地

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:5人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月02日〜09月07日

リプレイ公開日:2007年09月11日

●オープニング

 ギルドには、いつも多くの依頼が集まる。それこそ国家の一大事から、ご近所の苦情揉め事まで様々だ。
 それ故、しばしば人手不足によって已む無く引き受ける事が出来なかった依頼も幾つか存在する。
 ギルドの受付に立つ男が今手にしている依頼書も、その中の一つだ。
 それは、とある行商の親子が駆け込んできた事から始まった。
 あらましを聞けば、犠牲となったのは親子の仕事仲間の男。ぬかるみに嵌った男は、まるで地面に飲み込まれるように焼け爛れて溶けたという。ぬかるみに擬態し、獲物を狙う――そんなモンスターが原因だろうと察した受付員は、泣きじゃくる子供をどうにかあやしつつ、この依頼書を作成したのだが‥‥。
「そういえばこの事件、あれからどうなったのでしょうか?」
 気になった彼は、誰かその辺りの噂を聞いていないかと馴染みの冒険者達へ聞きに行こうとした、その時。
 ギルドの扉がけたたましい音を立てて開かれた。
 が、彼は特に慌てない。こんなことは、ここギルドにおいて日常茶飯事だからだ。
 そうして――息せき切って姿を見せたのは、先程まで彼が気にしていた依頼を出した親子のうち、父親の方だった。
「あれ? あなたは」
「――む、む、む、息子を、助けてくれッ!!」
「は?」
 掴み掛かるように縋り付いてきた父親の姿が以前とまるで同じ光景だということに、受付員も思わずあっけに取られてしまう。
 この父親、何も成長してないんじゃ、と思ったことはおくびにも出さず、彼は男に落ち着くよう宥めた。最初はテンパッていた男も、必死の説得にようやく気を取り直し始めたようだ。
「それで? いったいどうしたんですか? 息子さんとはこの前の――?」
「ああ。あんたらにこの前依頼した件が片付くまで、あの道を通らないようにしてたんだ。だけど、その道を通らなきゃ行けない村にあの子の友達がいてな。そりゃあ最初のうちは我慢してたんだが‥‥」
「まさか」
「我慢できずに今しがた、飛び出しちまったんだ!」
 そう言って、血相を変える父親。
 男自身、目の前で仕事仲間が亡くなった現場を見ているだけに、子供の遭う危険が簡単に予想出来るのだろう。
 子供の足ならば、まだそう遠くへは行っていない筈。
 今から追いかければ、冒険者達ならば現場に着く前に追いつける筈だ。
「た、頼む! 息子をなんとしてでも助けてくれ!!」
「分かりました。至急、手の空いている冒険者達に声をかけてみますね」
 そうして受付員の彼は、手元にあった先の依頼書の末尾に一文を書き加えた。

『――――現場に向かった子供の命を、最優先で保護する事』

●今回の参加者

 ea8024 ユウヒ・シーナ(22歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb7212 プリマ・プリム(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3723 柊 雪那(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヴェロニカ・イェーガー(eb1523)/ レイディア・ノートルン(eb7705)/ 陰守 清十郎(eb7708)/ リスティア・レノン(eb9226

●リプレイ本文

●疾くと駆ける
 街道を駆け抜ける二人の少女。
 隣には二頭の馬が全力で疾走する。
 両者は互いに並走し、どちらかが脱落するということがない。そんな一群の様子に、街道をすれ違う旅人達は、誰もが驚き振り返った。
 馬と人間が同じ速さで走れるなんて、と。
 が、その回答はある意味明瞭である。
「モンスターの餌食になる前に、はよ追いつかなな」
「ええ。とにかく、急いで保護しないとね」
 彼女達の名は、ユウヒ・シーナ(ea8024)とレア・クラウス(eb8226)。
 心配げに呟くユウヒに対し、レアも同意とばかりに小さく頷く。
「急がないとねー」
 割って入る形で聞こえてきたのは、一頭の馬に騎乗する青年から。とてもその容姿からは似つかわしくない高い声だったが、すぐにその正体が知れる。
 青年に必死にしがみつく形で肩口から現れたのは、小さなシフールのプリマ・プリム(eb7212)だった。
「それにしても、今回はディランさんのおかげで助かっちゃった。アイテムもペットもなかったから困ってたんだよねー」
「別に構わないさ、これぐらい。駆け出しの私に出来ることなんて限られてるからな」
 自嘲するようなディラン・バーン(ec3680)の科白。
 それに付随するように、それなら私だって、と隣の柊雪那(ec3723)も苦笑を浮かべた。彼女もまた今回の依頼が、冒険者としての初めての依頼となるのだ。
「急ぎましょう。事態は一刻を争うようですから」
 表情が幾分固いのは、初依頼ということで必要以上に肩へ力が入っているからだ。
「しっかし、今回のはどんな相手なんやろね。倒せるような相手ならええんやけども」
 不安に心揺らぐユウヒ。
 全員の気持ちを代弁するかのような言葉に、雪那がふと浮かんだ疑問を返す。
「――倒すこともそうですが、その怪物はどうやって人を襲っているのでしょう。ぬかるみの中に潜んでいるのか、それとも」
「私の知り合いが、以前霧の中で擬態するモンスターを相手したことがあるそうだ」
 言いかけた言葉を遮る形で、ディランが知人から聞いた話を口にする。
「ひょっとしたら今回も‥‥」
 同じように擬態しているのかもしれない。
 そんな彼の考えを、プリマがキッパリと裏付ける。
「間違いないよ! あたしも知人に調べてもらったの。そしたら、似たようなモンスターがジェル系の中にあるみたいなんだって」
「ぬかるんだ地面の偽装、ね」
 頷いたのはレア。
 目印となるように、と用意した染料はきちんと懐にある。最初は気休め程度かと考えていたが、上手くいけば使えるかもしれない。
「‥‥そろそろです。皆さんお気をつけて!」
 依頼人より聞いた目印となる大岩を見つけ、雪那が注意を促す。
 それを合図に、冒険者達は一斉に立ち止まった。

●消えたぬかるみ
 しんと静まり返った街道。
 どんな些細な動きも見逃さぬよう、冒険者達は目を皿のようにして周囲を見渡す。時折聞こえる葉擦れの音や、ざわめく枝の動きに惑わされながらも、彼らは注意深く一歩、また一歩と前へ進む。
「変やね。ぬかるみどころか、その可愛い少年もおらへんやないか」
 ユウヒの中では、助けるべき少年は既に可愛いものと決められていた。
 が、それに突っ込む程他の冒険者に余裕はない。
「そうね。ざっと見渡したけど、ぬかるんだ地面ってのは見当たらないわ」
 首を傾げるレア。
 手に持つ小石で擬態の判別をしようとした彼女だが、そもそも擬態するべきものがなければ話にならない。
 同じような事を考えていた雪那も、そういえば最近の天気は‥‥と思い出す。
「ここのところ、晴れの日が続きましたから。敵もその辺りを考えて移動したのではないでしょうか?」
 が、それでは少年の姿まで見当たらない理由にならない。
「少し確認してみるか」
 そう告げたディランは、バックパックから一枚のスクロールを取り出した。それは呼吸(ブレス)を感知する魔法が描かれた巻物。
 だが、その瞬間、身を切るような叫び声が街道脇の茂みの向こうから聞こえた。
「何?」
 咄嗟に振り向く冒険者達。
 その声の出所をプリマは正確に聞き取った。
「こっちだよ!」
 一直線に飛ぶシフールの後を四人が駆ける。
 時折弾ける枝も気にせず、彼らは急いだ。
 そして。
「――いたわ」
 真っ先に見つけたレアの視線の先に、少年の姿。今まさにどろりとした不定形の液体に似たモノが、彼を飲み込もうと土色の顎を大きく広げている。
 早まる速度。
「させへんで!」
 それよりも早く、ユウヒが素早く唱えた魔法を放った。月光に似た矢が一直線にその液体を貫く。
 が、一瞬衝撃を与えたまでも、退くまでには至らない。
「あかん。やっぱいまいち威力不足やわ。あんまり効いてへんわ」
 悔やむ呟きに、いや、とプリマが真っ直ぐ飛ぶ。
「ちょっとでも動きが止まれば十分だよ」
 彼女が唱えるのは、影を縛る魔法。幸いにも擬態を解いていたため、地面にはモンスターの影がはっきりと映っていた。
 蠢く粘液が少年からこっちへ向こうとする刹那、それは完成する。
 僅かな時間とはいえ、それだけあれば冒険者が行動するには十分だ。
「早くあの子を!」
「ええ!」
「わかった」
 飛び出したレアとディラン。
 動きを止めたモンスターの脇を抜け、怯えて腰を抜かした少年をさっと抱え上げて離脱する。素早く少年の容態を見るが、幾つかの怪我を負っているだけで、重傷と呼べるものはなさそうだった。
「後は頼むぞ」
 敵と対峙するべく、すぐに戦線へと戻るディラン。
 その背を見送るよりも早くレアは少年を連れて安全な場所へと退避した。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ‥‥あ‥‥」
「心配しないで。私達はあなたのお父さんに頼まれた冒険者なの」
「‥‥ぼ、冒険者、さん?」
「そう。ここは危険なの。だから私の言う事を聞いてね」
 そこへ飛んできたプリマが彼女の肩へ乗っかる。
「よかった。無事だったんだね〜」
 ホッとした彼女は、次にレアと目が合うと互いに苦笑をかわしていた。お互い戦闘向きじゃないことに少なからず残念な気持ちがあるからだ。
 とはいえ、今は少年の身を守る事が最優先事項。何も戦いだけが依頼ではない。
「ひとまずは怪我の治療からね。もし、自分で飲めないのだったら、お姉さんが口移しで飲ましてあげるけど?」
 そう言って、くすりと笑むレア。
「だ、だ、だ、大丈夫!」
 思わず真っ赤になる少年に、プリマもまた笑いを噴き出してしまった。

●そして、初めての戦いは――
 一方的、とはいかないまでも。
 終始、冒険者達優勢のままに決着を迎えた。
 戒めから解放されるまでの数分、ディランのダーツとユウヒのムーンアローによって徐々にだがモンスターの生命力を確実に奪っていった。
 一人前衛に立つ雪那も、当初危惧するような盾としての役目をすることなく、攻撃に専念出来た。
「このような怪物に会うのは、初めてです」
 液体に木刀を突き刺す感触。
 初めは慣れすにいた事も、戦闘に集中するうちにやがて気にならなくなる。高揚する気持ちのまま、その剣技が冴え渡っていった。
 呪縛から解かれたモンスターが襲い掛かろうとするが、既に弱った体力ではあっさりと身をかわす事は容易い。
「うーん、服だけ溶かすっちゅうのはないやろうな」
 ユウヒのそんな冗談にも、彼女なりの余裕が見れる。
 最初は戸惑いもあったが、押す勢いのまま、冒険者達は一気に攻め上げた。
「これでも喰らいや!」
 ユウヒの放つ月光の矢が鋭くジェルの身を射ち、
「これで最後です!」
 雪那の薙ぎ払う剣圧が吐き出そうとした酸すら飛散させ、
「――トドメだ!」
 ディランが放り投げた氷のチャクラムが、弧を描いてコアと呼ばれる部分を貫く。
 やがて‥‥ぐずぐずと崩れていくモンスターの体は、文字通り液体となって地面に染み入っていった。


 そして、後日。
 街道を塞ぐモンスターはいなくなり、村への道は無事に通れるようになっていた。
 その上空では、箒に乗ってすげーとはしゃぐ少年の姿があったとか、なかったとか。或いは、強請る息子に困惑する商人の父がいたとか、いなかったとか。
 どちらにしても、街道には再び人の行き来が行われるようになった、と――――ここに記す。