【少年は剣を手に】噂
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 85 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:10月12日〜10月20日
リプレイ公開日:2007年10月29日
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●オープニング
ところどころ見える漆喰。
うっすら見えるひび割れは、何度も何度も補修をした痕跡。
柱に幾つも見える疵は、おそらくこの修道院に預けられた孤児達の成長の記録だろう。ひょっとしたら自分のもあるかもしれない。
そんなことふと思い、ガラハッド・ペレスの胸に憧憬にも似た気持ちが湧き起こる。彼の口元に刻まれたのは、薄っすらと優しい笑み。
クライストチャーチ修道院――改めて見渡したその場所は、確かに自分の記憶の中にあった。
(「俺はここに、確かにいた」)
そうして見て回るうちに、ガラハッドはその頃の記憶を徐々に思い出していた。
母が語る父の記憶。
それは、いつもこの修道院で聞かされていた。そして――夜になると、母がどこかへ帰っていくのを見送る自分。
――いい子にしてるのよ、ガラハッド。
――そうすればまたお父さんの話を聞かせてあげるからね。
――世界で最高の、騎士であるお父さんの話をね。
――だから、もう少し‥‥ここで大人しくしてるのよ。
母が、笑う。
それを見るのが嬉しくて、オレは大人しく待っていた。そして――去っていく後ろ姿をじっと押し黙って眺めていた。
ようやく思い出す。
(「‥‥なんでオレは、この修道院に預けられてたんだ?」)
帰結した当然の疑問。
ここに至って、ようやくガラハッド自身少し奇妙だと感じずにはいられなかった。仮にも母の父、つまりガラハッドにとっては祖父は、オクスフォードでも指折りの貴族だ。
それなのに自分がこの修道院へ預けられた理由、それは――。
「それじゃあ院長先生、いろいろと話を聞かせてくれてありがとう。おかげでオレも色々思い出せたぜ」
「エルに会っていかんのか?」
「うーん、アイツも忙しいんだろ? オレも早いとこ、白黒ハッキリさせたいしさ」
ガラハッドの手には一枚のメモ。
そこには、院長から教えてもらった先の絵に描かれていた男の故郷が記されていた。オクスフォードの北に位置するその村で、先の戦役で亡くなった彼は眠っているという。
手紙の筆跡が男のものである以上、やはり一度確認しなければならない。それがどんな罠が待ち構えていようとも、だ。
「だが、もはやあそこには何もないぞ。噂に聞けば、最近モンスターによって滅ぼされたそうじゃからな。おまけに、今でも現れて道行く者を襲うと噂されておる」
死肉を喰らったりするヤツがおるという話じゃ、と院長は身を震わせる。
自分を心配する言葉に、ガラハッドは安心させるように微笑んだ。
「分かってる。別に一人で行かねえよ。何人か冒険者と一緒に向かうさ」
モンスターが出るという噂。
ひっそり隠れるように立つ修道院の噂。
そして――そんな場所へ預けられた自分の噂。
いったい何が真実なのか。
ガラハッドは、自分の手でそれを確かめたいと今更ながらに考える。だからこそ北へ向かうのだ、と胸の裡で呟いて、彼は一旦ギルドのあるキャメロットへと向かった。
●リプレイ本文
●父をたずねて
最初こそ和気藹々とした雰囲気の中で、北を目指した冒険者達。
「ねえねえ、ガラハッド君。父親探しのほう、最近どんな感じかな?」
開口一番で投げたデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)の質問。
この場にいる者達にとっては、多かれ少なかれ関心のある内容だった。皆、表情にこそ出さないが、興味津々に聞き耳を立てる。
そんな全員の視線を一身に浴びる形になったガラハッド・ペレス(ez0105)は、多少戸惑いながらも返事をした。
「あ‥‥うん。とりあえず一歩ずつ、て感じかな。これから行く場所も、実はその手掛りを求めてなんだ」
死者からの手紙――その内容に、シュトレンク・ベゼールト(eb5339)は眉根を寄せる。口にこそ出さないが、改めて人ならざる力が背後に動いているのは想像に容易い。
だが、何故?
(「‥‥そういう事から護る為、彼は修道院に預けられていたのか?」)
胸中で呟くと同時に、彼の脳裡に過ぎったのはガラハッドの目と同じ眼差しを持った騎士。
「――あのね、おいらの田舎じゃ、父親が高貴すぎて表に出せない場合、修道院に預けられたみたいだよ」
相続争いとか、色んな危険とか。
ふと、飛び込んできたデメトリオスの言葉に、シュトレンクは一旦思考を止めた。彼の方を見ると、言った直後は真剣な顔をしていたが、すぐに笑みへと変わる。
「だから、きっとお母さん達がガラハッド君を護る為に必死だったのかもね」
「高貴‥‥へぇ、そんなんがあるのか‥‥」
「母君の言うように優れた騎士ならば、それは確かにあるかもしれませんね」
是非会ってみたいものです。
そう告げたのは、同じ騎士であるバデル・ザラーム(ea9933)。
仮にも貴族の女性であるガラハッドの母が見初めた人物ならば、きっと滅多な人ではないだろう。それが彼の持論だ。そこに多少の期待が込められているのは、やはり致し方ないだろう。
「そう、だよな。俺もそう思ってたんだけど、でも噂が‥‥」
自分が修道院へ預けられた理由。
父が母の前にいない理由。
実の所、修道院の周辺でガラハッドが聞き込んだだけでも、幾つもの噂を聞いた。どれもこれも信憑性に欠けるものではあったが。
それをガラハッドが口にすると、シュトレンクはいつになく真剣な顔を彼へと向ける。
「噂は、所詮噂だ。何を信じるかは、君が決める事だ。私自身‥‥信じている人の言葉を信じてきた。ガラハッドは、どうしたい?」
「お、俺は‥‥」
そんな会話の輪の外、一歩離れた場所でマロース・フィリオネル(ec3138)は仲間達の声を聞いていた。
誰もが何らかの形でガラハッドに関わった者達ばかり。
自分がでしゃばらなくても、きっと彼のこれからを導いてくれるだろう。そんな考えのもと、彼女は道中の護衛に徹していた。
手に持つ神聖力を増した剣を、ギュッと握り締める。友の助言に従って誂えた武器だ。
隣を見れば、彼女と同じように護衛として周辺を警戒するジョン・トールボット(ec3466)の姿。騎士の卵の姿を見て若輩ながらも力になれれば、とこの依頼への動機を口にした彼。
「手掛り、見つかるといいですね」
「同感だ」
どこか放っておけない雰囲気を持つ彼。
仲間の三人と同じようにマロースやジョンも、彼の懸命さに力を貸してやりたくなっている自分がいることに、二人は互いに顔を見合わせて苦笑した。
――そんな道中も、件の村が近付くにつれて口数が少なくなっていった。徐々に真剣な顔つきになるガラハッドに感化される形で、他の冒険者達の表情も真剣みを増していく。
途中、幾つかの村で聞きこみしたところ、アンデッドが出始めたのはここ最近とのこと。真偽は定かではないが、凶暴な牙のあるモノもいたらしい。
「その辺は、先行隊からの情報待ちですね」
バデルが言い、ジョンが周囲を見渡す。
「この辺りで落ち合うつもりであったが‥‥」
まだ来てないようだ、と続けようとしたところをマロースの声が遮断した。
「――いました!」
彼女の指差した先。
そこには、幾つもの傷を負った木下茜(eb5817)、そして彼女を手当てする雀尾嵐淡(ec0843)の姿があった。
おそらく必死で逃げて来たのだろう、息も絶え絶えの彼女の様子にそんな感慨が思い浮かぶ。
「俺が周辺の聞き込みから戻ってきたら、彼女が酷い有様でな。今、ようやく落ち着いたところだ」
「ちょ、ちょっと‥‥無理、しすぎました‥‥」
さすがに一人での潜入は、厳しいみたいですね。
そう呟いて苦笑する茜に対し、他の冒険者達は何も言えず、ただただ乾いた笑みを浮かべるだけだった――――。
●三千世界の向こう
‥‥時間は少し遡る。
息を潜めながら、歩を進める影が一つ。その村に生きる命は彼女しかおらず、おそらく見つかれば確実に包囲されるだろう。
そんな危険地帯を、彼女――忍者である茜はただひたすらに隠密に徹した。
(「大体の建物の位置と、アンデッドの数や種類も把握出来ました。これなら大丈‥‥――ッ!」)
僅かについた安堵の息。
その瞬間、動き回っていたズゥンビの一体と目が合った。
「いけない!?」
相手が動くよりも早く、彼女はその場を脱した。
アンデッドは総じて動きが遅い。そんな知識を念頭に、茜は戦うよりも回避を選ぶ。ただそれだけに全てを注ぎ――だが。
ズゥンビよりはるかに俊敏な動きをする相手を、彼女は知らなかった。
「えっ?」
気が付けばすぐ後ろまで迫っていたソレの、口が大きく開き――。
「――鋭い牙がぞろりと並んでいました。あれは‥‥」
「おそらくグールだな。一見ズゥンビに似ているが、俊敏さは比べ物にならないそうだ」
なけなしの知識を総動員した嵐淡が、茜の説明を聞いて思い当たったモンスターの名を告げる。
それを受けて、デメトリオスが簡潔に纏めた科白を口にした。
「じゃあ、今回の敵は、その大部分がズゥンビとスカルウォーリアーでところどころにグールが混ざってるって感じでいいんだね」
「そうですね。後、数が多いそうですので、やはり行動は全員で行った方がいいでしょう」
そう言ってバデルが前衛に立つと、同じようにシュトレンクが彼の隣に位置した。既にその身にはオーラパワーを纏い、やる気は十分だった。
「よっし、それじゃあ行くか。嵐淡、周囲の警戒任せたぜ」
「承知だ」
ガラハッドの指示を受け、嵐淡が構えるは『惑いのしゃれこうべ』。死者の気配を探るのにまたとないアイテムを手に、彼の後を追って冒険者達は死の気配満ちる村へと足を踏み入れた。
戦闘は、冒険者側が優勢のまま展開していく。
当初、前衛を希望した者が多かったため、些か前線に混乱が生じた。不十分な打ち合わせで始めたことが不利となってしまったが、そこはガラハッドが指示することでなんとか連携を保てた形だ。
未だ未熟なれど、その指揮する姿にやはり天性のものを感じるジョン。前衛といえど防御を兼ねることで、彼はガラハッドの護衛に専念していた。
「――これも父親の血、であろうか」
呟きは、剣戟の音に消える。
目の前に迫るスカルソルジャーの剣を、辛うじて盾で受けた。それを援護する形で茜がダガーを投げつける。骨の隙間に挟まることなく、それは白骨の頭へと突き刺さった。
「大丈夫?」
「ああ。やれやれ、死者も楽には逝かせてもらえない‥‥か」
「――向こうから、一体!」
嘆息する声に覆い被る形で、続けて嵐淡の声が上がる。
すぐさま向き直る二人の前で、バデルの一閃がズゥンビを切り裂いた。さすがに初劇だけで仕留めることは出来なかったが、バランスを崩す相手の攻撃をかわした隙に、シュトレンクがトドメの一撃を繰り出した。
流れるような連携を受けて、一体、また一体と敵の数が減っていく。
横からの奇襲は、デメトリオスが展開したバキュームフィールドによって阻まれ、すかさずマロースの魔法がその動きを束縛する。彼女もまた、アンデッドの動きを把握できる術を持っており、嵐淡との二人がかりでの連携による指示は、冒険者達にとっても心強いものとなっていた。
懸念していたグールに対しても、改めて連携を念頭に置いたおかげでその動きがカチッと嵌った形で展開された。
「――強い力が、来ます!」
マロースはそう告げると同時に、後衛に立つ者達を護るように動く。それに触発される形でジョンもどうような動きをとった。
その時、嵐淡の声が鋭く響いた。
「左の家屋の裏だ」
「まかせてっ!」
言うが早く、デメトリオスが雷撃を放つのとその影が飛び出すのが同じタイミングだった。出鼻を挫かれる形でグールの動きが見る間に落ちる。
その隙を逃す冒険者ではない。
手元に戻ったダガーを茜がもう一度投げると、グールの眼球に突き刺さった。鈍った動きに合わせる形で、バデルとシュトレンクが左右からそれぞれに剣を振るう。
「これで‥‥終わりだ」
容赦のないシュトレンクの呟き。
結果として、全員の協力によってグールは倒された。それは偏に、全員に共通したガラハッドのため、という思いがあったからかもしれない。
●誰が鴉を殺したか
修道院の院長に教えられた通りの場所へ行くと、彼の墓はすぐに見つかった。
が――すぐに異変を察する。その墓碑はことごとく破壊され、墓そのものも掘り返されていたからだ。
「‥‥まさか、先程のズゥンビの中に?」
「いや、いくらなんでもそれは‥‥」
バデルとシュトレンクが話す間、ガラハッドは青ざめた表情でじっとその場所を眺めている。
見かねた嵐淡が、ひとまず弔いの儀式を行うことを提案する。宗派は違うが、少しでも慰めになるだろう。その言葉にガラハッドも黙って頷いた。
「尊き魂よ、安らかに‥‥」
同じように村の弔いを行っていたマロースも、ただじっと唇を噛み締める彼を見兼ねて、独り言ですが、と断りを入れて独白を始めた。
「‥‥貴方の父親が誰であれ、貴方が産まれたのはご両親が互いを愛し、貴方を産むことを望んだからだと、貴方の笑顔と幸せを願っていたという証だと、私は思います」
それはただの慰めの言葉に過ぎない。
だが、彼女の優しさが伝わったのだろう、そうだな、と小さく笑みを浮かべようとしたところ。
「戻りました」
男の生家を調べていた茜達がちょうど戻って来た。
「お帰り〜どうだった? 何か見つかった?」
「え、と‥‥その‥‥」
明るく聞くデメトリオスに対し、彼女の返答が僅かに篭もる。
それに気付き、ジョンが眉間に皺を寄せる。
「男の素性は、よくないものであったのか?」
「う、うん。‥‥本当は、何か残された思いがあれば、って探していたのですが‥‥」
そう言って彼女が差し出したのは、一冊の本だ。
あちこち擦り切れてボロボロの為、殆どの文字は掠れていたが、辛うじて読める部分も残っている。それによると、どうやらこれは男が残した日記らしい。
「あっ!」
誰よりも早く、ガラハッドがその日記を奪い取る。焦る手つきでページを捲る彼の後ろから、シュトレンクは覗き込むようにその内容を目で追った。
『――あの子の純粋な目を見るたび、私は何度真実を告げそうになったか。密命を受けた身ながら、素直に慕ってくるあの子に対し、私は良心の呵責を覚えぬ日々はない――』
『――護衛の為とはいえ、騙す事に心の苦しみが増していく。いつまでこのような場所に匿わなければならないのか。主とはいえ、何度問い質しそうになったことか――』
『――今日、彼と会う機会があった。彼は知っているのだろうか。思いのまま真実を晒せば、果たしてどんな顔をするのか。だが、行動に移す事は出来ない。彼は私などとは比べ物にならない立場の者、そしてそんな思いが過ぎるたび、あの子の顔を曇らせる事が忍びない――』
「‥‥これは」
驚愕に目を瞠るシュトレンク。
同じように、ガラハッドの表情も驚愕に固まっている。
「その日記と一緒に、これもあったの。これって‥‥」
「ペレス家の紋章、みたいですね」
茜がおずおずと差し出した紋章に、マロースが一言そう告げる。
ということは、件の男はペレス家そのものと関わりがあったということか。それを確かめる術は今はない。
だが。
「‥‥やはり、一度祖父上に尋ねてみたらどうだ?」
シュトレンクの進言に、ガラハッドは黙ったまま強く拳を握り締めるだけだった。