●リプレイ本文
●下準備
押し寄せるさざ波は、どこか荒々しさを含んで砂地に注ぐ。
冒険者がそこへ辿り着いた時、見渡す限りの海岸線に人の姿はない。それも当然で、広がる浅瀬にはいつ牙をむくとも知れぬモンスター――ジェリーフィッシュが潜んでいるのだから。
すでに何人かの冒険者が村人相手に情報収集を行い、だいたいの出現場所は絞り込んでいる。
「なんとか地図に纏めたが、さすがに数まではな‥‥」
シーヴァス・ラーン(ea0453)の言葉に、サリトリア・エリシオン(ea0479)が少しだけ付け加える。
「まあともかく、あまり沖の方にいないことが分かっただけでも収穫だな」
船の手配が面倒だしな。
そうぼそりと聞こえた呟きに、シーヴァスは思わず苦笑する。
「麻痺毒を持つクラゲか。水中でなければどうって事はないんだがな‥‥」
借りてきた網を手に、シュナイアス・ハーミル(ea1131)が僅かな溜息をついた。視線は海面を眺めているものの、どこか乗り気な様子ではない。戦いを楽しむ性分がある彼にとって、こういった細々とした敵にはあまり気乗りしないのだろう。
そんな彼の背をジェームス・モンド(ea3731)が軽く叩いた。
「何を言ってる。油断をしていると足下をすくわれるぞ。俺の若い頃の経験からな」
今回の最年長である彼の、経験からくる言葉はさすがに重い。まだまだ若い者には負けてません、と意気込むジェームスに、シュナイアスも改めて気持ちを引き締めた。
その間、海を眺める冒険者達の後ろで、必死に借りてきた網をつなぎ合わせている夜桜翠漣(ea1749)の姿があった。
もっとも皆、ジェリーフィッシュを探すのに手一杯で、手伝おうとはしなかった。
中には、
「これが‥‥海‥‥広いな」
遠目に見える綺麗さに、半ば感動する者――傍目には女性にも見えるシスイ・レイヤード(ea1314)――もいたりしたが。
●海月退治
そうして準備も整い、網を持つ冒険者達はそれぞれに海の中に足を踏み入れた。
「さて、どのぐらい数がいるんでしょう? ‥‥それに網の届く範囲だと良いのですが‥‥」
少し緊張した面持ちで九門冬華(ea0254)が一人呟いてみる。
仲間の提案により、皆素足だ。モンスターとはいえクラゲはクラゲ、その性質上、すぐに寄ってくるだろう状況を作ってみたワケだ。
案の定、ゆらりと海面が揺れたかと思うと、その真下に半透明の円盤――ジェリーフィッシュが姿を見せた。
すぐさまアイスチャクラを投げつける栗花落永萌(ea4200)。さすがに水中と言うこともあり、僅かに殺された勢いが致命傷を免れる。
とはいえ、こちらの攻撃する意志も相手に伝わったようで、すぐさま逃げの一手を取ったようだ。
「この調子なら、捕まえやすいように集められますね」
「そうですね」
ニコリと笑う彼にこちらも笑顔で返す冬華。
そして、その手に持った網を勢いよく海面に向かって投げた。
「おーし、こんなもんだろ」
ぐいっと強引に引き上げた網の中には、十は下らない数のクラゲがうようよしていた。その身に受けたグッドラックの効力からか、初めてにしては上々の捕縛数だ。
「なかなかだな」
「まあな」
隣でサリトリアが褒める言葉を当然のように受け止める。
勿論、内心では彼女にかけられた神聖魔法に感謝はしているが。
「後は、こいつでどうだ」
放り投げた松明の火が、群れるジェリーフィッシュを次々と燃やしていく。炎が瞬く間に燃え広がり、その命を消していった。
が、それで満足するわけにはいかない。連中はまだまだいるのだから。
「さて、次に行くか」
トン、と物も言わずにシスイはシュナイアスの背を押した。
「のわっ!?」
危うくクラゲの群の中に倒れそうになるが、なんとかバランスを取ってその危機を乗り越える。焦った顔のまま、シュナイアスはバッと後ろを振り返る。
「な、何するんだ?!」
「‥‥あ、危なかったから‥‥」
指差した先には、今にも刺そうと足を伸ばしているジェリーフィッシュの姿。すでにそれは、シスイの手によって絶命した‥‥真っ二つにされて。
理由は理解出来たが、さすがに黙ったままだったのはいただけない。
「そん時は声ぐらいかけろよ。一応俺だってな」
振り返らずに剣をそのまま海面に刺す。浅瀬故、そのまま地面に深く突き立つが、もれなくクラゲの姿も一緒だった。
「――これぐらいは出来るんだ」
網を投げてる最中でもな。
シュナイアスがそう続けた言葉に、シスイは分かったとばかりにコクリと頷いた。
「でも、無理は‥‥しないで下さいね」
最後に付け加える事も忘れずに。
「しかしなんだ、これだけいると綺麗と言うよりは、気味が悪いな‥‥と、そこ足下危ないぞ」
ジェームスの剣が海面下を泳ぐクラゲの円盤に、ここぞとばかりに突き刺さる。さすがに年の功だけあって海中での経験も多少あるのだが、なかなか命を断つまでは難しいようだ。
睡蓮もまた、手にしたダガーで海中の敵を投網をする仲間に近付けさせぬよう、何度か防いでいる。こちらは海中での勘が多少働き、地上とそう変わらない動きで次々と仕留めていく。
「‥‥これぐらいでいいでしょうか?」
ある程度数が減ってきているように感じられるが、元々が何体いたのかは不明だ。
沖合までいって調べてみようか。
そう思って顔を上げる彼女に、そう考えた他の仲間も同じように顔を上げて沖の方を眺めた。浅瀬のクラゲの群などと比較することなく、そこには綺麗な海面が広がっている。
「これで全部でしょうか? ‥‥取りこぼし無ければいいんですが」
冬華のその発言が、彼らを沖合へ望む船へと乗せた一因だった。
●漁再開
船の操縦をかってでてくれたのは、依頼をしてきたトム老人だった。
冒険者達の中にも漁師としての力を付けた者もいたのだが、さすがに修得したばかりで日も浅く、少々心許ない。そこで村人から一人、操舵する者を募った結果、トムが名乗り出てくれた。
沖を暫く周遊した結果、ジェリーフィッシュの影を見る事はなかった。どうやら浅瀬だけに局地的に集まっていたようだ。
トム老人の話では、此処近年でこれほど大漁発生した事はないという。大量発生の原因――その事も突き止めたかったのだが、今の時点では謎のままとなってしまった‥‥。
「さーて、いよいよ漁だ!」
ジェリーフィッシュの驚異も去り、漁を手伝うにあたり一番乗り気だったのはシーヴァスだった。漁師達に混じって同じような格好になり、和気藹々と彼らの中に馴染んでいた。
「あ、なんか海の男ってのもいいかもしれねぇ!」
「やれやれ‥‥しょうがないな」
はしゃぐシーヴァスを後目に、サリトリアはトム老人に丹念に教えを受けている。やはり漁に関しては殆ど素人同然の身、素直に教わるのが一番だと彼女は考えていた。
網を引く手がいつの間にか傷だらけだ。
「‥‥こうした苦労があらばこそ、美味い魚をたべられるのだな」
掌の傷を見ながら、しみじみと呟く。その顔には思わぬ笑みが浮かんでいる。
オッセ、オッセ、の声を背中に危機ながら、何故か網を修復しているシュナイアスの姿がいた。
「何故俺だけ‥‥破ったのは俺だけじゃない筈なんだが‥‥」
思わずホロリと涙が出てしまうような、その背中は哀愁を漂わせていた。有り余る体力のある彼だったが、どうしてかそういう星(どういう星だ)の元に生まれてしまったようだ。
「少しは漁に関しての知識が役に立ちましたね」
この村へ来る前に、永萌は漁師の仕事を少し勉強していたのだ。確かに聞くのとやるのではかなりの違いはあったが、その甲斐あって他の漁師達の足を引っ張る事だけはせずにすんだようだ。
そんな風に漁を手伝う仲間を、微笑ましい笑顔で応援する者がいた。
「みなさん‥‥頑張って下さいね‥‥」
体力がないという理由だけで、ちゃっかりと応援だけをしているシスイだった。
「みなさーん、お昼ご飯が出来ましたよー」
「冷めない内に召し上がれ〜」
声を上げた冬華と睡蓮が持ってきたのは、漁師達のお昼御飯。さすがに全員が漁に協力するというワケでなく、彼女達は村の女性陣に混じって炊き出しの手伝いをしていた。
そうして、全ての依頼を終えた後。
「‥‥やれやれ。うっかり漁の手伝いに行くと言ってしまったからな、買って帰らないわけにはいくまい」
苦笑を浮かべるジェームスの手には、家で待つ姑への土産の魚が握られていた。