●リプレイ本文
「神に仕える者としては、このような仕事が携われたことは、大変光栄に思います。精一杯勤めさせて頂きますね」
準備する中、そう言っているヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)。他の冒険者達も、同じ思いらしく、彼らは持ち込んだ各種衣装に身を包み、天使と賢者、それぞれの役に扮していた。
「それにしても、このようにおめでたい時に、神聖なる妊婦を害そうなどとは、まさに神をも畏れぬ所行。それ相応の罰を下して差し上げるべきですわね」
アラン・ハリファックス(ea4295)が邪眼王の衣装を持ち込んでいるのを見て、思い出したらしく、そう言う彼女。と、考え込んだ彼、こう尋ねてきた。
「妊婦の食事に、何か混入していると言った事はないのか?」
「一応、一花さんが、メイドとして潜りこんでますから、その辺りは大丈夫でしょう」
今頃は、常葉一花(ea1123)が、朝ごはんを手伝っている頃だろう。家事が出来るわけではないので、出来上がった料理を運ぶくらいしか、出来ないだろうが。
「ふむ‥‥。なら、儀式が始まる前に、行って見るか」
それを聞いて、何か気になる事があったらしいアラン、愛犬をつれ、屋敷の裏口へと訪れていた。
「あら、アランさん。予定の時間はまだですわよ?」
「いや、コイツを残しておこうと思ってな」
メイド姿のまま、応対に出た一花に、彼は愛犬を示して見せた。
「ニヨド、もし変な臭いのする食事があったら、教えてくれよ」
一声ないて、尻尾を振るわんこ。そして、主の命令通り、一花の足元に座る。
「わかりました。お預かりしますわね。後、私達の出番は、夕食の後にしておきますわ」
事が起こるまでは、警戒の意味を兼ねて、奥方の部屋の番をしてもらえば良いだろう。そう判断した一花は、朝食の準備を続けるのだった。
相談の結果、3回に分かれて訪問する事になった。
「立て続けに訪問しては、一度に訪問するのと、あまり変わらないであろうからな。ある程度、時間をおかなくては」
皆に、注意を促すルシフェル・クライム(ea0673)。そんなわけで、時間は一番手が朝食の後、二番手が午後のお茶の時間、三番手が夕食後から寝る前くらい‥‥と言うスケジュールになった。
「分かってますわ。参りましょう」
「ええ」
神聖騎士であるフローラ・タナー(ea1060)は、そう言った儀式に望むのは、半ばその道のプロと言って良いだろう。ヴァレリアも、妊婦を驚かせないよう、武装を解き、白い衣装と、聖印である十字架を持って、屋敷を訪れる。
「我が名は美徳の天使」
「我が名は節制の天使」
フローラとヴァレリアは、部屋でくつろいでいた奥方の足元に、絵画で描かれた受胎告知そのままの姿勢で、跪く。そして、彼女の前で、フローラは祝福の光を与えるかのように、リカバーを使った。白のローブがふわりと舞い、翼のようになる。それが終わると、彼女は懐から、天使の羽飾りを重ねた手紙を、恭しく奥方へ差し出した。彼女がそれを受け取ると、フローラは手紙を厳かに読み上げる。
「困難を恐れず、打ち勝ちなさい。慎重とは怖気づくことにあらず」
「足るを知りなさい。多くを望んでも、抱えれるモノは限られているのですから」
同じ様に、奥方へ跪き、祝福の品と手紙を差し出したヴァレリアも、節制の故事に乗っ取り、腹の赤子にそう言葉を投げかける。
「はい‥‥。ありがたく受け取らせていただきます」
2人の神聖天使の言葉を、奥方はにっこりと笑って、受け入れてくれた。
「フローラさん達は、無事終わったようですね」
屋敷を退出するフローラとヴァレリアを、外から見守っていたリアナ・レジーネス(eb1421)、同じく待機中のルシフェルに、そう言っている。
「次は私達か‥‥。だが、すぐにいくわけにいかん。昼過ぎまでは、ここで待機だな」
まだ、昼食も済んでいない時間帯だ。そう言われたリアナ、時間までに、彼女たちに負けないような、素敵な演出を練る事にする。ところが、考えがまとまってきた直後、屋敷の中から、犬の吠える声が聞こえた。
「犬の声‥‥?」
「アランさんのニヨドですね。何かあったのかもしれません」
確か、奥方の部屋で、番をしていると聞いている。それを思い出したリアナは、ルシフェルと共に、様子を見に行ったのだが。
「おや。御役目ご苦労様です」
ちょうど、屋敷から出てきた妹夫婦に見付かってしまう。2人とも、忍び歩きは出来るが、息を潜めて隠れると言った行為は出来なかったようだ。
「なるほど‥‥。そういう事か」
だが、都合よく妹夫婦が、奥方の部屋の前に居た事は、ルシフェルの疑念を、さらに深めてしまったようだ。
「御疑いなのですか? そう言えば、フローラさんも、そんな事を言ってましたね‥‥」
後継者争いには、とかく親族の揉め事が絡む。フローラは、一緒に住んでいる彼らを、容疑者として見ているようだ。
「少し、時間を早めるべきか、それとも演出を派手にするか‥‥」
「後者にしましょう。その方が、襲撃者がいた時、予防になりそうですし」
立て続けに訪問して、依頼者の意に沿わぬ方向になるよりは、神々し過ぎるほどの天使となった方が、安全である。抑制力というわけだ。
そして、2人が考えたのは。
「だぁれ?」
一花に、窓辺へと呼び出された奥方様が、読んでいた聖書から顔を上げた。
「我が名は理性の天使」
と、そこへ、リトルフライで宙に浮いたリアナが、まるで天空から舞い降りる天女のように、その窓辺へと着地する。
「天は主の栄光を物語り」
本職の吟遊詩人ではないため、メロディこそついていないが、知り得た雑学知識から、彼女はまるで伝承歌の一節のような詩を口ずさむ。
「大空は御手の業を示す」
その右手が、天空からの授かりものを示すかのように掲げられる。その手には、既に彼女に渡す筈の羽と手紙が握られている。
「主の恩恵を受けし『理性』、その灯を纏いし羽と祝詞を、ここに授けましょう」
それを、ふわりと奥方の膝へ乗せるリアナ。そして、顔を上げ、逆側を指し示す。
「我が名は正義の天使」
そこには、ルシフェルの姿。彼もまた、詩人ではないのだが、その役どころに従い、まるで騎士叙勲の儀式を行うかのように、その手紙を差し出す。
「正義を洪水のように、恵みの業を大河のように、尽きることなく流れさせよ」
膝を折り、両手で手紙を受け取る奥方様。それを大切そうに抱え、部屋の中へと戻って行く。
「ここまでは、何もありませんね」
彼女を、落ち着かせる為にハーブティを持ってきた一花が、そう言った。
「だが、かえって不気味だな‥‥」
「陽がくれてから襲撃と言うのは、よくある話ですし」
警戒するアランに、彼女はそう答えている。手伝いと称して、話を聞いたところ、ここに来ている者達は、主人夫婦と妹夫婦以外は、全て通いで、夜は誰もいなくなる。その、人がいなくなった頃合を狙うのは、暗殺者のセオリーと言うものだ。
「と言う事は、勝負は俺らの出番が終わった後か」
「おそらくは、ですね」
頷く一花。一応、不審者がいないかと見回っているが、これだけ人が多ければ、動くのは夜だろう。
「受けて立とうじゃないか。俺様の舞台を邪魔する奴は、何人たりとも許しはしない」
だが、元々闇属性持ちなアランとしては、まったく問題ないようだ。そう言って、衣装を羽織り、まるで舞台に上るかのように、屋敷へと向かう。彼の役どころは、健康を司る賢者だ。
「皆に愛され、そして皆を愛するような子になりますことを」
まず、クラリッサ・シュフィール(ea1180)が、愛の賢者として、その祝福の台詞を、彼女に示す。
「己が知性を常に磨け。即ち正しき未来を切り開く力となるだろう」
続いて、メイド姿から、賢者姿になった一花が、知性の言葉を、奥方へと捧げた。
「善き身体は、善き精神の土台である。健やかなれ、子らよ」
締めくくるように、そう言うアラン。その手には、豪奢な聖書が抱かれ、天使や賢者の与えた精神の源は、健やかな肉体に宿ると、奥方に諭すのだった。
そして、翌日。
「さて、次は彼女を教会まで護衛か‥‥。ん? 妹夫婦はどうした」
念の為、教会の記名を済ませるまで、護衛を続けようと言う事になった冒険者達。だが、出発に際し、勝手口に居たルシフェルは、メンバーが足りない事に気付いた。
「少し遅れるそうですわ」
同じく、勝手口で警戒をしていた一花が、そう答える。それを聞いたアラン、彼女にこう尋ねた。
「やはりな‥‥。念の為、家の間取りを聞いておきたいんだが」
「とは言っても、見たままですわ。地下室とか、隠し部屋とかは、特にありませんでしたし」
一花はそう言って、彼に詳しい間取りを伝える。それによると、事前に伝えられた部屋の他には、特に明記するような場所はなかったそうだ。
「それでも良い。ニヨド、番を頼むぞ」
「わう」
だが、アランは構わずに、愛犬を庭先に離した。そして、「吠えなくて良いからな」と、不審者が出たときだけ、知らせてくれと頼む。
「あの、差し支えなければ、事情を話していただけないでしょうか? 何故、奥方が狙われるのかがわかれば、対処も出来ますし」
その頃、フローラは、主夫婦に付き添いながら、彼に話を聞いていた。だが、彼女の問いに、主人の方は、困った表情を浮かべて、こう答える。
「‥‥よくある相続問題ですよ。人様に自慢できるほどの財があるわけでもないんですが、例え僅かでも、蓄えがあると、狙う輩はいるものです」
主としても、そこまで狙われる道理がわからないのだろう。それを聞いて、奥方に付き添っていたクラリッサが、首をかしげた。
「ん〜、他に親戚がいて、跡継ぎが生まれると困るとか、財産目当てなのでしょうかね〜?」
「まぁ、そんな所でしょうな」
身内に狙われているなど、あまり考えたくないのだろう。と、その時だった。
「うー、わんっ」
ニヨドが吠えた。
「来たな」
気配に気付くアラン。
「調べてみましょう」
リアナが、ブレスセンサーを唱えると、家から尾行してきたらしい数人が、彼らを取り囲むように、追従している。
「カスパールが‥‥、ご相手仕ろうかね」
「あまり手痛い真似はしないで下さいね。身内の可能性もあるのですから」
剣を抜くアランに、一花が釘を刺した。
「仕方ないな。では、俺は後ろに回る」
「1人でさせるか。俺も付き合う」
それを聞いたアラン、隠身の勾玉を起動させ、ルシフェルと共に、彼ら襲撃者の後ろへと回り込む。包囲しようとする彼らを、さらに包囲する格好となった。
「ちょっと牽制しておきましょうか」
奥方から、襲撃者を引き離す為、まずリアナが、ライトニングサンダーボルトを放つ。派手なエフェクトを持つそれに、「って、だから大人しく戦闘してって‥‥」と頭を抱える一花。
「無理だな。カスパールが‥‥ご相手仕ろうかね」
「ああもう、仕方ないですねぇ」
アランが、舞台へ上がる時の様に、背後から姿を見せる。それを見て、一花もクリスタルソードを唱えていた。
「あらあらあら、もう始まってしまいましたか〜」
クラリッサが、のんびりした口調で、マントの内側から、短剣を出している。しかし、それらを振り下ろすより先に、アランが動いた。
「哭け、喚け、トデス・スクリー!」
魔剣を振り下ろす彼。切り捨てられた襲撃者は、不利を悟ったか、奥方達から離れようとする。
「逃がすか!」
しかし、襲撃場所から少し離れて警戒していたヴァレリアが、コアギュレイトを唱えた。対象を呪縛するその魔法は、襲撃者の1人を捕縛する。
「よし、捕まえたぞ!」
そこへ、忍び寄ったルシフェルが、後ろからはがい締めにする。
「殺さないで下さい。聞きたい事は、山ほどあるのですから!」
「ちっ」
そのまま落とそうとした彼だったが、一花に言われ、気絶させるだけに留める。
「あ、目を覚ました」
暫く後、息を吹き返した襲撃者の、覆面を取ってみれば、なんと妹夫婦の旦那のほうである。
「い、いやー‥‥そのー‥‥」
「やっぱり‥‥」
取り繕う妹の夫に、事情を悟ったフローラ。と、リアナが諭すように告げる。
「あのー、『全てを浄化し、全てを無の地へと誘い給えり』‥‥と、これは告死天使の役割でしたね。ご希望でしたらそうしますけど、できれば素直にお話頂けません?」
笑顔で杖を向けられて、妹の夫は、顔を引きつらせながら、こくこくと頷く。予想通り、妻に『ちょっと脅かして』と頼まれたらしい。それを聞いたフローラは、主人の方に、こう言った。
「どうやら、妹さんが黒幕の様子。御主人、違いますか?」
「それは‥‥」
主人夫婦も、うすうす感づいていたのだろう。そんな彼らに、彼女はなおも語りかける。
「もし、そうなのであれば、あなたは結婚を心から喜ぶことが出来ない。もしかすると妹夫婦の凶行を、未然に防ぎたかったのですか?」
信頼できる神聖騎士の台詞に、主人はややあって、静かに答えた。
「私は、もし妹がを望むのなら、家督を譲る事に反対はしません。ただ、誰が家を継ぐ事になっても、家族が健やかでいて欲しい‥‥。そう祈るばかりです」
「ならば、この問題はすぐに解決しそうですね」
家柄や、財産よりも、家族が無事である事を思う彼の姿に、フローラはにっこりと笑って、妹の元に向かうのだった。
「主は、大いなる愛で御許しになるでしょう。告解して懺悔なさい‥‥」
主人夫婦の言葉を伝え、そう諭すフローラの台詞に、彼女は悔恨の涙を流したそうである‥‥。