●リプレイ本文
「ふむ。6月の祭か‥‥。見た所、かなり盛況なようだが‥‥、この場合、楽しまねば損だからな」
船に乗り込み、そう呟く真幌葉京士郎(ea3190)。完全に、ジューンブライドの意味を間違っているようだ。が、彼のように、特定の恋人がいなくとも、船に乗り込んでいる者は、少なくない。エル・サーディミスト(ea1743)もその1人だ。
「えへへ、ルフィスのお祝いだよ〜☆」
数人で、親友の結婚祝いに来ているらしい彼女、恋人と談笑しているルフィスリーザ・カティア(ea2843)を、ちょっぴりうらやましそうに眺めながら、そう言っている。
「そんな事言って、ホントは違う人と一緒に参加するつもりじゃなかったの?」
「違うもん。決して間違えたわけじゃ‥‥っ!!」
御友達にツッコまれ、ぶんぶんと首を横に振る彼女。否定度が高いあたり、とてもアヤシイ。
「でも、御祝いしてくれるのは嬉しいですよ。出来れば、ずっと一緒にいたかったんですが‥‥」
ちょっぴり残念そうに、そう言ってくれるルフィス。定員の都合上、彼女の恋人は、船には乗るが、式には参加出来ていない‥‥のはずだが。
「でも、一日お側にいられるので‥‥幸せです」
それでも、彼女は笑顔で彼に寄り添っている。そんな、恋人達の願いを受けてか、船は良風に見舞われ、予定より早く、ドーバーへ着く事が出来た。
「わ、結構汚れてるね。早く掃除しないと!」
早速、劇場に向かったエルとルフィス達一行。観客席を見るなり、そう言う彼女に、ルフィスは怪訝そうに首を傾げた。
「え、でも。儀式は明日からじゃ‥‥」
「だって、彼はもう帰っちゃうでしょ。今のうちに、ルフィスと名前を刻ませてあげたいんだっ」
彼女の恋人を指し示し、そう言うエル。どうやら彼女は、彼がいなくなる前に、全てを済ませてしまいたいらしい。
「ふふ‥‥、ありがと」
「今まで、迷惑いっぱいかけちゃったしね。その分、いーっぱい幸せになってもらわなくっちゃ♪」
そんなエルに、礼を言うルフィス。と、彼女は照れたように頬のあたりを掻いている。ルフィスも、その恋人も、自分に取っては家族同然の、大切な人だと。そう思って。
「なるほど、ここを清めれば良いわけだな」
「はい。その通りですわ☆」
一方、エルと同じ様に、血こそ繋がっていないが、家族同然の御付き合いを、周囲としているトゥイン嬢も、京士郎と劇場へと案内している。
「さて‥‥やりましょうか‥‥。せっかくなら綺麗なところに刻みたいですしね‥‥」
サクラ・キドウ(ea6159)がそう言って、やっぱり一日しか参加出来ない恋人と共に、掃除を始めた。雑草を抜き、ゴミを片付ける彼女達を見て、京士郎はなるほどと言う顔をする。
「ふむ、呪怨無頼奴か、何やら禍々しい響きのする祭りだな‥‥。とはいえ、楽しみに集まってくるものがいる。幸せそうな笑顔を護る為にも、神聖な場所となる劇場は、清めておかねば」
彼が懐から取り出したのは、一塊のあら塩である。
「って、京士郎さん。それは‥‥?」
「清めるのだろう? 塩まかないと」
不思議そうな顔をするトゥインの前で、そのあら塩を、ジャパンと同じ様に盛ってみせる。
「京士郎様。この場合、それは手っ取り早く掃除をしてからだと思いますわ」
「そうなのか? ううむ、西洋の風習とは、難しいものだなー」
ヒメニョさん、すかさずそうつっこんでいた。その顔には、お前、イギリスで何か月冒険者やってるよ‥‥とツッコミめいた表情が浮かんでいる。
「でも、綺麗な場所で思い出を作りたいのは、どこでも同じですわ。ねぇ? ひよちゃん‥‥」
「あーーーー!」
ルフィスがそう言って、ペットのひよこに話かけた時である。エルが一緒に掃除しているはずの友人を追いかけていた。見れば、その手には、黄色いひよこがぴよぴよ鳴いていた。
「油断も隙もないですわ。まったくもう‥‥。ねぇ?」
もっとも、ルフィスはそれを、恋人との語らいにシフトさせてしまう。掃除をダシに、ごろごろと喉を鳴らして甘えている彼女を見て、エルはトゥインとヒメニョ、そして他の面々を遠ざけていた。
「邪魔しないで、2人っきりにさせてあげようね」
「はふー、お似合いですわー☆」
もっとも、トゥインちゃん、まったく話を聞いていなかったりするが。そんな彼女と、一緒に祝福しに来ていた友人達に、掃除道具を押し付けたエルは、籠を持つと、席を建つ。
「あれ? どっかいくの?」
「うん。明日使う花を摘んでこようと思って。トゥインちゃん、この辺りで、お花畑ってなぁい?」
なんでも、明日の式で使う、フラワーシャワーやブーケ用の花を、今のうちに確保して起きたいとの事。それを聞いたトゥインは、バンブーデンの所有する庭園へ、彼女を案内してくれる。
しかし、そこには先客がいた。エルンストとアルヴィンである。新年公演に連れて行きそびれたと、周囲にこぼしていたエルンスト、念願かなって、こうして劇場まで足を向けたと言うわけだ。
「なるほど。花は、ただ美しい姿を見せているわけじゃないんですね」
「ああ。人は、昔からその力を取り入れて、生活してきた。こうして、自ら栽培し、手に入れやすくするのもまた、生活の知恵と言うものだ」
アルヴィンが花を見つめて頷くと、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はそう解説している。真面目な彼の事。勉強の息抜きとは言え、イギリス王国博物誌を持ち込み、庭園に咲く花を観察していたようだ。
「ねぇねぇ、そこの2人。この辺で、白とかブルーとかピンクのお花、みかけなかった?」
「え? えぇと‥‥。あ、これですね」
その効果もあってか、エルがそう尋ねると、アルヴィンはすぐ近くで咲いていた花を、彼女に示してみせる。
「ありがとー。あ、2人も名前刻みに来たの?」
「い、いえ。僕は‥‥」
エルにそう尋ねられ、どう答えて良いかわからない様子のアルヴィン。何を勘違いしたのか、そんな彼にエルはこう言った。
「照れなくても良いよ。神様の祝福なんてなくても、幸せは自分の手でもぎ取ればいいんだよっ☆ さぁって、じゃあ2人の為にも、いっぱい花びら集めないと!」
にぱっと笑顔で、花集めに勤しむエル。
「先生‥‥」
「気にするな。そうだな、後でちょっと見てみようか。こいつも一緒に」
困惑したようにアルヴィンがエルンストを見上げると、彼はそう言って、ペットの紅鷹を、彼の肩へと乗せた。
「はいっ」
嬉しそうなアルヴィン。
「いままで護ってくれてありがとう、私いってきますね」
屋敷の花園には、他の客もいた。家族と共に、独身最後の日々を過ごしているらしきフィーネである。籠いっぱいに花を摘んだ彼女は、親族らしき女性と、世話になった挨拶代わりか、固く抱擁を交わしていた。
「うう。本当は、明日が本番なのにー。早く来ないから、枠が埋まってしまいましたわ‥‥」
そんな中、ちょっと寂しそうな表情の女性が1人。ルフィスと同じ様に、劇場に名を刻もうと思ったものの、恋人が日程の都合を付けられなかったサクラである。
拗ねてしまったのか、丸ごと猫かぶりを被ったまま、恋人の話にも、無言で通すサクラ。申し訳なさそうな表情で、謝り倒している恋人。と、彼女は、しばし反応を見せなかったものの、不意に彼の方をき、その頬をいきなり引っ張る。
「‥‥‥‥‥‥えい。これで、今回のことは許してあげます。次にあったら‥‥今度は一緒に入りましょうね?」
悲鳴と文句を同時に上げる彼に、サクラはそう言った。そして、そのまま返事も聞かず、恋人へとキスをする。
「ずっと‥‥ずっと一緒にいましょうね‥‥。例え何が起ころうとも‥‥私はあなたのこと、愛しますから」
ぎゅっと抱きついて、耳元で囁く彼女。ようやく機嫌を直してくれたサクラに、恋人はほっと胸をなでおろしたようだ。
「いーな、いーな。らぶらぶでいーな☆」
「沢山摘んで、祝福してあげよう。ね?」
トゥインとエル、そんなカップル達を見て、とてもうらやましそうだ。そして、一方のヒメニョは、ひたすらメモを取っている。その姿に、危機感を感じるカップルもまた一組。
「あかん。このままでは、トゥインはんのターゲットや。逃げるで、フローラ」
「はーい」
女性カップルのシーン・オーサカ(ea3777)とフローラ・エリクセン(ea0110)、そんな彼女達の餌食になってはたまらない。そう言ったわけで、劇場の裏手へと移動する。
「私達も、別の場所へ行きましょうか」
サクラも、彼女達と同じ様に、人目につかない場所を探しに行く。ルフィス達も同じだった。
「皆逃げちゃいましたの〜」
取り残されて、季節外れの寒風を吹かせるトゥイン。寂しそうな彼女を気の毒に思ったのか、京士郎がこう声をかけた。
「トゥイン嬢、よろしければご一緒出来ないかな? とはいえ、今日は我が愛描『露出霧』も一緒だが‥‥猫は、大丈夫か?」
その肩からは、黒猫の露出霧が、みゃあと顔を出す。
「可愛いですの〜。あの、撫でても大丈夫ですか?」
「ああ。噛み付かないよ」
トゥインには、気に行ってもらえたようだ。と、そんな年頃の少女らしく、目を輝かせている彼らを、ずっと見つめている少年が1人。アルヴィンである。
「アル、もしや、この子では気に入らなかったのか?」
「そ、そうじゃありませんっ。ただ、大切な人がいるって、うらやましいなって‥‥。あ、あのっ。そのっ」
エルンストが、困惑したようにそう尋ねると、彼は慌てて首を横に振る。
「照れなくてもいい」
「は、はい‥‥」
そう言われ、アルヴィンは頷いて、エルンストの手をぎゅっと掴んだ。染まった頬のせいか、顔がまともに上げられていないが、どうやら彼がうらやましく見ていたのは、京士郎の飼い猫でも、他の人のペットでもなかったらしい。
「みんな幸せそうな表情を浮かべて、良いものだな‥‥。俺達も混ざるか?」
「え、えぇぇっ!!」
京士郎が悪戯っぽくそう言って、他の面々がやっているように、優しく手を取ると、トゥインちゃん、予想通り大きな声を上げてしまう。そんな彼女に、彼はいかにも微笑ましいと言った表情で、こう言った。
「ふふ、慣れていないんだね」
「そんなぁ、京士郎様ったら、大胆ですわ〜。恥ずかしい〜っ!」
耳まで顔を赤くしたトゥインちゃん、照れ隠しの為か、げしげしげしと、思いっきり京士郎を突き飛ばしてしまう。
「け、結構力、強いんだな‥‥。痛い‥‥」
「ああああっ。ごめんなさいぃぃぃっ!」
不意打ち気味に食らって、額にたんこぶ作ってしまう京士郎。トゥイン、大慌てで平謝りに謝るのだった。
さて、その夜の事である。
「いいのかなー」
「何言ってんの。昼間なんて、お子様恋愛モードよ。本番はこ・れ・か・ら!」
独身最後の夜、各恋人達も、さぞや盛り上がっている事だろうと言う事で、トゥインとヒメニョは、連れ立って人気の少なくなった劇場へ、夜のお散歩へ赴いていた。
「すみません。付き合わせてしまって」
「いや、かまわないさ」
何かあると困るので、巻き込まれた京士郎が、護衛と言うか付き合い中。
「と言うわけで、ここからは、私ヒメニョがお送りしまぁす☆」
そう言うわけで、記録係から、ペンを奪い取るあたし。
「こんな機会が訪れるなんて‥‥夢みたい、ですっ‥‥」
ターゲット発見。百合かっぷるのフローラさん‥‥てか議長の奥様と名前が被るので、ここはエリクセンさんと呼んであげやう‥‥を、抱きしめているシーンさんがいた。しばし、感涙に咽んでいたエリクセンさんは、シーンさんの手に自分の手を重ねると、その瞳をじっと見つめ、こう告げる。
「同性同士、エルフと人間‥‥許される関係でもなく、同じ時を歩み続ける事も叶わない身ですが‥‥。私は、シーンを愛してます‥‥」
誘いかけるような愛の告白をするエリクセンさん。シーンさんも嬉しそうに、彼女を抱き寄せています。
「うちもや‥‥。愛しとるで、フローラ☆」
きっと、耳元でそう言ったんでしょう。この距離からは聞こえなかったけれど、エリクセンさんの頬が、緩みっぱなしです。
「シーン‥‥☆」
「フローラ☆」
夜風に吹かれながら、キスをする2人。月明かりが、まるでスポットライトの様に、2人を映し出していました。
その影が、重なって、ゆっくりと舞台の上に倒れて‥‥って、きゃあちょっと何するのー!
「んっぁっ‥‥あぁ‥‥いい‥‥」
「こ、ここからは大人の時間のようだ。2人とも、部屋へ回り右した方が良いと思うぞ」
2人が何をやらかしたか判別ついた京士郎が、ペンを記録係に返していた。そして、苦笑しながら2人の少女を回れ右させようとする。
「「いやぁぁぁぁん☆」」
が、彼女達、既に黄色い悲鳴を上げて、顔と耳を覆って恥ずかしさから逃走中。
「って、聞いてないか‥‥」
興奮のあまり、気を失ってしまった彼女達を抱え、そう呟いた京士郎は、フローラとシーンに気付かれないように、バンブーデンの屋敷へと戻るのだった。
翌日。
「ルフィスさん、そんな育てかたじゃ、いつまで経ってもソルフの芽はでなくてよ!」
「はいっ、おねえさまっ」
エルがルフィスと、何やら奇妙な遊びを始めていた。何故かエルがソルフの鉢植えを持ち出し、ルフィスに何やら指導している。
「あれ? 何やってるんです?」
「「嫁姑ごっこ☆」」
トゥインが興味深そうに覗き込むと、2人は声を揃えてそう答えてくれる。首を傾げる彼女に、京士郎がこう解説を入れた。
「ああ、ジャパンでは、嫁は夫の母親に従わなければならないと言う、風習があってだな」
「世の中には、まだまだ知らない事がいっぱいあるのですわねー」
なるほどーと、頷くトゥイン。と、エルが彼女に、こうう持ちかけてきた。
「トゥインさんや、ヒメニョさんも混ざります? 嫁姑ごっこ」
2人入ると、嫁姑ごっこと言うよりは、鬼の棲家ごっことか、女系家族ごっこのような気がするが、ルフィスもすっかり乗り気で、「できれば、アドバイスをいただければ嬉しいのですが」と、申し出ている。
「うーん。私達に、教えられるでしょうか‥‥」
「えぇと、じゃあまず禁断の書の読み方から‥‥」
持っていた羊皮紙を広げて、何故かルフィス演じる嫁を、貴腐人に仕立ててしまうプチ演劇を始める4人。脚本はもちろんヒメニョだ。
「なんだか、微笑ましい限りですね。ギル」
そんな、若い女性達の姿を、微笑ましく見守っているのが、もう2人。今回、仲人役を押し付けられたギルバード・ヨシュア(ez1014)と、その妻‥‥フローラ・タナー(ea1060)である。
「私達も、ああ映ったのかな。半年前には」
「かもしれませんわね。でも‥‥」
まだ新婚と言って良い二人。しかし、懐かしい思いと共にそう言ったギルの前で、フローラは少し寂しげな表情を浮かべている。
「どうした? フローラ」
気付いた議長がそう尋ねると、彼女は深刻な表情のまま、心の内を告げた。
「イレギュラーな愛を抱いても、神は私を使徒として見捨ててはおられない‥‥。ただ、ギルとの間に子を成してしまった時には、どうなってしまうのかしら‥‥と」
不安そうな妻を見た議長は、しばし無言でいたが、やがて‥‥意を決したように、口を開いた。
「もし、そうなったら、私は子とそなたの為に、この地を捨てても良いと思っている」
「え‥‥」
驚くフローラの前で、議長はこう続ける。
「生まれる子は、間違いなくハーフエルフだ。最近は、だいぶ解消されたとは言え、偏見は根強い。ケンブリッジに預ける事も考えたが、エルンスト殿の話では、不憫な子もいると聞くしな‥‥」
浮かぶ表情は厳しい。確かに、アルヴィンの例を見れば、ハーフエルフへの偏見は、なくなって居ないと考えるべきだろう。と、彼は、真摯な声で、共に歩く女性の手を取り、その意思を伝えていた。
「ならば、子の為に、むしろ優遇されるロシアに、移住しても構わないと思っている」
「しかし、それでは‥‥」
言葉を失うフローラ。それは、彼が今まで行ってきた事も、地位も、名誉も全て捨てると言う事になりかねない。そんな彼女に、議長は安心させるような口調で、こう言った。
「東洋の書には、親が子の為に、棲家を3度変えたと言う話も伝わっている。確かに、議長として長く勤めてきた身分だが、領主と言うわけでもないしな。後任を誰かに託して、旅立つのも選択肢の一つ‥‥と言うわけだ」
「そう‥‥ですか‥‥」
考え込む彼女に、議長はこう告げる。
「一緒に来て欲しいと言うのは、もしかしたら、私のわがままかもしれない‥‥。だが、私とて、君と‥‥君の子を護りたいと思うがゆえの考えだ‥‥」
「ええ、わかって‥‥います‥‥」
静かに頷く彼女。まだ、答えを出すまで、時間はある。子の行く末を案じているのは、フローラも同じだった‥‥。
劇場に向かった議長は、エルンストの用意した聖者の法衣を着せられ、飾り布で即席の祭礼服を作り、儀礼の準備を整えていた。
「必要なのは、これで全部だな」
「本当は、チングルムや、ストラも揃えたかったんですけど‥‥」
貸して貰えなかった為か、残念そうにエルンストに言うフローラ。両方とも、教会での儀式には欠かせないアイテムだ。まぁ、正式な結婚式ではないし、色々な立場上、教会が協力するわけにいかないので、これは仕方がない。
「なんだか気恥ずかしいな‥‥」
だが、正式なものではない分、教会で行うよりも、若干個性的なものになっていた。それを顧みて、くすぐったそうな表情をする議長。
「わざわざのご指名ですから、そう照れないでくださいな」
フローラが、くすくすと笑いながら、そう諭す。トゥインが、「奥方様、何だか楽しそうですね」と言うと、彼女はこう答えた。
「私は、どんな形であれ、幸せになってほしい。それだけですよ」
「そうだな。私も同じ願いだ。彼らの様にね」
だからこそ、立会人役をあえて引き受けたのだと、議長は言う。
「さて‥‥教会に正式に祝福されずとも、この愛は真実。誰に真似事と言われようと、これは俺の中で生涯永遠の結婚式‥‥過去にも漸く決別だ」
その頃、新郎のギーヴ・リュース(eb0985)は、そう言って、新婦を出迎えに行っていた。屋敷の庭園で、恋人のフィーネ・オレアリス(eb3529)は、ちょっとしたお茶の準備をしている真っ最中だ。
「あ、ギーヴさん。間に合ったんですね。私、今日は頑張って、いっぱい作ってきたんですよ☆」
そう言って、手作り弁当と、クッキーを広げるフィーネ。花の散らばる草の上に座り、お出掛け気分を満喫するのも、初夏の楽しみと言うもの。
「すまないね。無理な注文をして」
そう言って、ローレライの竪琴を取り出し、軽く爪弾いてみせる。吟遊詩人の腕も持つ彼、竪琴にあわせて、その喉を披露していた。
「いいえ。ギーヴさんのリクエストですから、作ってる間も楽しかったですよ」
一方のフィーネも、彼の歌声に、手拍子などつけている。と、一曲終わった所で、ギーヴはこう言い出した。
「なら、お返ししなきゃいけないな‥‥」
彼が、隠し持っていた手を指し出す。そこには、教会の前に咲いていたのと同じバラの花が、綺麗に花束にしてあった。
「あのっ、その手は‥‥?」
だが、フィーネ自身は、その花よりも、それを摘み取る為に、ギーヴが負った傷を心配しているようだ。
「何、大した事はない。これを渡したくてね。それに、フィーネ殿の手が傷ついてはいけないからな‥‥」
細かな傷のついた端正な指先を、かすり傷だと笑う彼。そして、微笑を浮かべながら、フィーネの手を取って、その上に、薔薇の花束を、彼女の手を傷つけないように乗せる。
「ギーヴさん‥‥」
「フィーネ殿‥‥俺と生涯添い遂げて頂けるか?」
期待と不安の入り混じった表情を浮かべる彼女に、ギーヴはそう言った。とたん、フィーネは、にこりと笑顔で、力いっぱい頷いてみせる。
「‥‥はいっ! 聖母の赤薔薇は、ギーヴさんの花嫁さんになります♪」
嬉しそうな彼女に、ほっと胸をなでおろす彼。
「良かった。断られたらどうしようかと思いましたよ」
そう言って、ギーヴはフィーネを横向きに抱え上げる。いわゆる、御姫様抱っこと言う奴をしたまま、劇場に向かおうとする二人を見て、議長がこう言った。
「新郎新婦の方は、問題なさそうだな。さて、いよいよか‥‥」
「手順は、大丈夫ですよね?」
緊張した面持ちで、フローラの問いに頷く議長。その、強張った表情に、彼女はくすりと笑って、こう囁く。
「ギル、結婚するのは、あなたではないのですよ」
「そ、それは確かだがっ」
緊張する物は緊張するんだーと、そう訴える議長。しかし、本心を打ち明けた事で、かえって落ち着いたらしく、その後はうろたえる事もなく、舞台へと向かう。
「しかし、ずいぶん賑やかになっているようですね」
そこは、色とりどりの花で飾り付けられていた。それどころか、小鳥達が、まるで祝福するようにさえずっている。
「私が、皆さんにもお願いしましたから」
ルフィスが、テレパシーで彼らに頼んだようだ。その上、料理も用意されているらしく、周囲に食欲をそそる、甘い匂いが漂っている。
「美味しそうなにおいがしてますわー☆」
「腕には自信がないけど、頑張ったもん」
目を輝かせるヒメニョに、胸を張るエル。今日は、トゥインと共に、朝から市場に買い出しに出かけ、厳選した素材を調達してきたそうだ。料理の腕に余り自信がないので、材料は良い物を揃えようとした模様。
「それでは、始めましょうか」
「「「「はいっ」」」」
フローラの開始宣言に、参加者達は、声をそろえて、結婚式の幕を開けるのだった。
ルフィスの奏でる祝福の曲が、舞台をゆっくりと流れて行く。皆が口ずさめるようにと、素朴で暖かい曲を心がけた中、議長が教会で行うのと同じ様に、聖書の一説を読み上げる。
「さぁ、ここで誓いの言葉を」
フローラがそう言って、もう一冊の聖書を、2人の前に開いて見せた。
「ほら、ここで‥‥だそうですよ」
亜麻のヴェールに、ロイヤルホワイト。足元はダンスヒール、耳には魅了のピアス。ふんわりと魅惑の香袋の香りを漂わせ、そして誓いの指輪を身に付けた花嫁が、固まっているギーヴにこっそりと通訳してくれる。 と、彼は教会に見立てられた舞台の上で、軽く跪きながら、はっきりとその想いを口にした。
「不肖ながら情熱のローマの吟遊詩人、ギーヴ・リュース。ここにフィーネ・オレアリス殿に生涯の愛を誓わせて頂く」
「ギーヴさん、いつも優しくしてくれてありがとう。私、今なら胸を張って貴方の愛に応えられる。貴方を愛しています‥‥」
それまで、ギーヴにアドバイスしていたフィーネだったが、そう言った途端頬を真っ赤にして、うつむいてしまう。
「いいな‥‥。いずれ‥‥私も‥‥」
その恥ずかしがった姿が、サクラには、貴婦人のように見えたらしい。彼女の姿に自分の姿を重ね、もう帰ってしまった恋人を思い、いつか訪れるその日を夢想する。
「うちらも、式挙げられてよかったなー。綺麗やで、フローラ☆」
一方、女性カップルのエリクセンとシーンも、お互いドレスに身を包み、誓いの言葉を述べていた。衣装は、エリクセンが清楚なドレスとマリアヴェール。シーンが、それに華やかなブーケをつけたもの、と対照的なイメージだった。
「シーンだって‥‥。ほら、泣かないで‥‥」
「すまへん。うれしくってつい‥‥」
感涙に咽ぶシーンに、エリクセンはヴェールを上げて、口付けを交わす。しっかりと抱擁する彼女の目からも、嬉し泣きの涙が零れていた。
「お二人とも‥‥お幸せに‥‥。周りがなんと言おうと、愛し合ってるという事実は変わりませんから‥‥。」
そんな2人に、サクラはちょっと羨ましそうに、祝福の言葉を送る。
「これで誰が何と言おうと、俺とフィーネ殿は、生涯の伴侶。こんな俺だが、命に代えてもフィーネ殿をお護り致す」
「はい‥‥。私も、ずっと側に‥‥」
過去、それなりに浮き名を流してきたギーヴだったが、今度こそ迷う事無く、妻となった女性を抱きしめていた。
「フィーネ殿‥‥幸せか?」
「もちろんです!」
そっと囁けば、こくりと頷けば、ヴェールを持ち上げられ、口付けられる。そして、フィーネは、幸せのおすそ分けとばかりに、ブーケトスへ。
「ブーケかぁ‥‥」
しかし、そのブーケはルフィスの元をすり抜けてしまった。残念そうにそう言う彼女に、降って来たのは。
「ほい、ルフィスはん」
シーンの差し出したブーケ。
「え? 良いの、ですか?」
戸惑うルフィス。と、シーンはにっこりと笑って、こう言った。
「この次は是非、ルフィスはんに幸せになってほしいから。な?」
「ありがとう。大切にします‥‥っ!」
ぎゅっと小さなブーケを抱きしめるルフィス。その願いが、天に通じるように、祈りを込めて。
「なんだか申し訳ない事をしてしまいました‥‥」
一方、図らずもフィーネの投げたブーケを受け止めてしまったアルヴィン。そんな彼女の姿を見て、申し訳なさそうな表情をしている。そんな彼に、側に居たエルンスト、おもむろにこうきり出した。
「アルヴィン、指輪はまだ持っているか?」
「は、はい‥‥」
頷くアルヴィン。右手の薬指につけたそれには、エルンストが彼に付けた今の名が、掘り込まれている。
「貸してみろ」
ぶっきらぼうにそう言って、エルンストは薬指から、指輪を引き抜く。そして、自らアルヴィンの左手を取り、その薬指へと、指輪を通していた。
「せ、先生‥‥?」
「こう、したかったのだろう?」
信じられない‥‥と言った表情のアルヴィンに、エルンストはそう言ってくれる。
「で、でもっ。ご迷惑じゃ」
「何を言ってる。お前が成長するまでは、きちんと見守ると約束した筈だ。それに‥‥」
これでも、花嫁マイスターの称号持ちだ。彼が、綺麗な花嫁姿になるまでは、責任を持つ‥‥と、彼は約束してくれる。迷惑なぞ、思ってはいない‥‥と。そして。
「お前さえ良ければ、ベンチに名を刻みたいと思う」
それがどう言う意味を持つか、わからないエルンストではないだろう。一瞬、きょとんとするアルヴィンだが、すぐに笑顔になって、彼の手をぎゅっと握り締める。
「はい‥‥。もちろんですっ。先生と一緒ならっ」
どこまでも、ついて行きますっ。嬉しそうに、そう約束する彼。
「なるほど、こう言うイベントだったのか。トゥイン嬢、知らなかったとはいえ、驚かせてしまったのなら申し訳ない。この責‥‥って、やっぱりもう聞いてないなー」
ようやく、ジューンブライドの意味を理解した京士郎、トゥイン達を振り返ってそう言ったのだが、彼女達の姿は、既にない。
「2人とも、興奮しすぎて、部屋で休んでおる。まぁ、子供の言う事ゆえ、気にするな」
新しい門出を祝福しに来ていた御方様が、どこか楽しそうに、そう言うのだった。
全てが、終わって。
「楽しい結婚式でしたよね」
「私は緊張のし通しだったよ」
人のいなくなった劇場を、のんびりと散策しているフローラと議長。妻の言葉に、苦笑してみせる彼。
「そうじゃなくて、私達の‥‥です」
「あの時は、とても照れくさかったな。今は良い思い出だが」
数ヶ月前、彼女達もここで将来を誓い合った。もっとも、半ば陰謀めいていた故か、議長はそう言って笑っている。
二人の前には、恋人達が刻み込んだ、愛の言葉が並んでいた。
『いつも貴方の傍に‥‥フィーネ・リュース』
ギーヴと共に、そう刻み込んだらしいフィーネ。
『私達はこの先どんな困難が起ころうとも、手を繋ぎ二人で生きていきます』
サクラは、恋人の名前と共に、そう刻んだようだ。
『歌も音楽も心も。私の全てを貴方に捧げます』
愛する者の側で、全身全霊をつぎ込む事を、ルフィスは誓う。彼女の思いは、その恋人が名前と共に記した『流れる時は違えども違わぬ想いをここに記す』と言う言葉に、受け止められていた。
『ウチはフローラ・エリクセンを世界でいっちゃん愛しとるでー!!! ウチだけの可愛い花、いつも一緒に隣で愛で合える‥‥この上ない幸せや』
砕けた台詞でも、思いは変わらない。恋人エリクセン嬢が『この想い、この身‥‥永久に一緒に‥‥』とは対照的ではあったが。
『例え、教わる事がなくなっても、大好きな先生についていきます』
『我が最愛の弟子、その行く末を見守る事を、ここに誓う』
エルンストも、アルヴィンと共に、そう刻み込んでいる。そんな‥‥未来を輝かせる者達の姿を、まざまざと見せつけられたフローラは、議長にこう切り出した。
「私達も、見に行きましょうか。まだ残っているか、わからないけど」
「そうだな‥‥」
二人が向かったのは、ベルモットの住まう祠。今回のイベントでは、対象外だった筈のそこは、綺麗に片付けられ、精霊を祭る供え物が置いてある。そして、その壁には、議長とフローラの名と共に、言葉が刻まれていた。
「これは‥‥」
まさか、そんな風になっているとは思っていなかったらしいフローラは、そう呟いて、夫の顔を見上げる。
「2人の想いが繋がった記念碑だ。そう簡単に、消させはしないさ」
どうやら、彼がトゥインか誰かに頼んで、きちんと掃除させていたようだ。
「ギル‥‥」
嬉しくて、胸に広がるものを感じて、涙をこぼすフローラ。そんな妻の肩を、議長‥‥いや、ギルはしっかりと抱き寄せ、そして、刻み込んだ台詞を、再び読み上げる。
「今、この愛を大切にしよう。定めある命、限りある者、限りある故に」
「はい‥‥」
笑顔で頷く彼女。その夜、恋人達が、熱い熱い夜を過ごしたのは、想像に固くない‥‥。