【領主帰還】小さな強敵

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月15日〜07月22日

リプレイ公開日:2006年07月20日

●オープニング

 事件はいつも、何もない所から始まるのだ。
 その日、議長の元に、豪華な封蝋の施された、一通の手紙が届いた。
「とうとうこの日が来たか‥‥」
 その記された紋章を見た議長は、そう呟いている。
「どうか‥‥なされたのですか?」
「いや。ロシアに逗留中だった領主殿が、帰ってこられるそうだ」
 レオンが尋ねると、彼はそう言って、手紙を見せた。それには、今は空き家になっている領主の家と、同じ紋章が描かれている。
「え‥‥。しかし、後2年はかかる筈では‥‥」
「事情が変わったのだろう。今度、新たに発見されたロシアからの直通月道を使ってくるらしい」
 そう説明する議長。領主は、2年ほど前から、海外留学に出ていた。動乱前までは、もう少しかかると連絡があったのだが、予定が変わったらしい。
「レオン、念の為、道中の安全を占ってくれ」
 頷くレオン。だが、その夜‥‥またもや問題が巻き起こってしまったのだ。
(「これは‥‥」)
 ここ暫く、夢を見る事もなく、平穏な日々を過ごしていた彼だったが、その日に限って、見覚えのある風景を見た。ロシア月道のあるケンブリッジから、キャメロットへ向かう道。その途中で、鉛色の甲に身を被った、かなぶんに似た甲虫が、道の両側を飛び回っている姿を。
 おまけに、数が12匹と多かった。普通は3cmとごくごく小さなモンスターなのだが、中に一匹、色違いのボスらしき個体がいる。そいつは、他のビートルより3割ほど素早く、また多数のとげがついている存在だった。
「いかが、いたしましょう」
「お前の占いが当たる事は重々承知している。それに、何もなければ、ただの迎えだ。領主殿とて、困る事はあるまい」
 そう判断する議長。こうして、ギルドには以下のような募集が張り出されていた。

『領主の護衛を募集。道中にはブリッドビートルが巣を作っている為、それなりに準備をして行かれたし』

 そして、その頃‥‥当の領主は。
「まだ行けないのー?」
「はっ。もう少しお待ち下さい」
 馬車から顔を出しながら、ぶうぶうと頬を膨らます若い女性。年の頃なら14歳程度と言った所か。護衛の者がそう宥める中、彼女はじたばたと腕を振り回す。
「やだやだやだぁぁぁ。こんなトコ、早く抜け出したい〜」
 駄々をこねているらしい幼い領主に、警護の者達が「困った姫様だ‥‥」と言う顔をしたのは、当然の反応。そう、嫌な仕事は、手がおろそかになるのも。
「ふーんだ。そっちがそうでるなら、私にだって考えがあるもんねー」
 深夜、そう繰り返す領主の姿を、耳にした者は多かったと言う‥‥。

●今回の参加者

 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1753 ジョセフィーヌ・マッケンジー(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5456 フィル・クラウゼン(30歳・♂・侍・人間・ビザンチン帝国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ リディア・フィールエッツ(eb5367

●リプレイ本文

「さーて、腕の鳴るお仕事お仕事っと」
 なんだか、妙に嬉しそうなジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)。愛犬トニーと共に歩みを進める彼女の前に、装飾の施された馬車が見えてきた。
「あれが領主様だな‥‥」
 身分の高い者が騎乗するようなその煌びやかな姿に、愛馬ヴェネトに乗ったアラン・ハリファックス(ea4295)がそう言う。と、早速フローラ・タナー(ea1060)がその馬車に恭しく片膝を付き、頭を垂れる。
「ショコラ様、カンタベリー織物評議会議長ギルバード・ヨシュアの名代として御迎えに参りました。ヨシュア夫人、白騎士フローラと申します」
 馬車の扉が開けられ、中から降りてきたのは、齢10歳、金髪巻き毛の‥‥目のパッチリしたお嬢さんである。
「え、えと。話は聞いているわ。早くここから動くのよ!」
 戦闘馬に乗った者も何人かいる。その完全武装と言っても過言ではない姿に、彼女はちょっと戸惑った様子だったが、せいいっぱい声を張り上げて、そう厳命してきた。
「落ち着いてください。この先には凶暴なモンスターがいるのですから」
 宥めようとする常葉一花(ea1123)に、駄々をこねるように頬を膨らますショコラ様。そんな彼女を見て、アランがこう呟く。
「噂通りだな。議長がやっていた仕事が、今後務まるかどうかだな‥‥」
「あの年頃は、反発したくなるもんだからねぇ‥‥。うちにも思い当たる節があるよ」
 苦笑する御堂鼎(ea2454)。その台詞を聞きとがめたショコラ様から、御叱りの声が飛んできた。が、そこは彼女も大人の女性。軽くあしらってしまう。その姿を遠くで見ていたジョーは、同じ様に苦笑しながら、前衛組のフィル・クラウゼン(ea5456)に話した。
「あの子は他の人に任せて置いた方がよさそうね」
「その間、俺はここで護衛する事にしよう」
 愛馬を、馬車の前に移動させる彼。と、敵の名を告げられたジョーは、うっとりとした表情で、こう言った。
「ああ、小さな体躯! 素早い動き! これを打ち落とせば弓使いとして箔がつくってもんさ。イギリス王国第三位の弓の腕前、得と御覧あれ! ってね」
「そのハッタリが、あの領主様に通用するかなー」
 視線を領主に戻すフィル。と、そこでは、フローラが手を取って、彼女を馬車に乗せていた。
「出発します。お乗りくださいませ」
 嬉しい半面、どこか納得行かない表情のショコラ。しかし、レオンの占いを危惧していたフローラは、不機嫌そうにされても、側を離れず、連れていた小さな兎を、彼女の腕に乗せる。
「そうですね。では、この子を守っていただけますか?」
 ひくひくと警戒したように、鼻を動かす兎を、こくんと頷いて、ぎゅっと抱きしめるショコラ。
「では、着くまでに簡単に状況をご報告申し上げますわ」
「代わりに、ロシアでの話を聞かせてくれるとありがたいんだが」
 そこへ、一花とエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が、交互に尋ねた。自分の話を聞いてくれると知り、彼女は、それまで生活していた環境の事を話し出すのだった。

 さて、馬車が出発して、その日の夜の事である。
「この距離なら、全体が見渡せるわね」
 夜営の準備を進める皆を、少し離れた場所から見張りながら、ジョーはそう言った。つい先ほどまで、賑やかに喋っていたショコラの声が、全く聞こえなくなっていた所を見ると、彼女はようやく落ち着いた模様。そこへ、御堂が声をかけてきた。
「ジョー、見張りの順番、何か希望はあるかい?」
「一人のほうが、異変に気付きやすいから、気にしないで」
 どうやら夜哨の順序を決める相談らしい。意外と夜に強いらしい彼女、首を横に振ってそう答えた。風の如き弓手‥‥の名は、伊達ではない。そう言いたげなジョーに、御堂は『無理はしないでおくれね』と言い置き、馬車の方へと戻っていく。そんな彼女の見守る中で、アランはエルンストの指示に従い、ランタンを木の上へと吊り下げていた。
「ジョー、そっちからも見えるかー?」
「ええ。これなら、流れ弾には当たらないと思うわ」
 同じ様に、ランタンを上にかけていたロート・クロニクル(ea9519)が、こっちに手を振ってそう聞いて来たので、彼女は手を振り替えしながら、大きく腕で○を作って見せる。
「後はシーツをかけて‥‥っと。こんな感じか?」
「ああ。あと、反対側に、干し肉入れた壷を埋めておけ」
 仕上げに、議長の家から借りて来たシーツを、枝に引っ掛ければ終了である。
「これで全部かな。終わったんなら、俺は早めに寝させてもらう」
「俺もだなー。ニヨド、お前もさっさと寝ておけ」
 と、作業が終わったロートは、早々に食事を済ませると、ごろりと横になる。同じ様にアランも深夜に合わせる為か、早めに就寝組だ。
「では、その間、俺が見張りをしておこう」
「奴らが来たら、ランタン付けてくれ」
 フィルがそう申し出ると、アランは横になったまま、ランタンを消し、そう答えていた。
「夜更かしは慣れてるし、夏の夜のざわめきをつまみに‥‥ってのも、おつなものさね」
 深夜当番の御堂、持ち込んだ酒をちびり、ちびりとやりながら、森の音に耳を傾ける。と、そこへ同じく深夜当番になったアランが起きてきた。
「星空を眺めて今後の野心を練るのも、悪くないってもんさ」
 そう言って頷く彼に、御堂は快く酒をついでやる。その酒を飲み干しながら、まだ見ぬ土地に思いを馳せるアラン。どうやら彼も、移住するつもりのようだ。はっきりとはそう言わなかったが、考えているのは間違いないだろう。
「ん‥‥。あら?」
 その頃、一花は、馬車の中で目を覚ました。隣で大人しく寝ていたはずの、ショコラの姿がなかったからだ。慌てて外へ出ると、ちょうど、見回りに出た御堂に、首根っこを掴まれた所だった。
「おやおや。おちびちゃん、眠れないのかい?」
 顔を引きつらせるショコラ。ほっとした様子の一花。まるでかくれんぼをしている時の表情で、にやりと笑う。
「みーつけた。ダメですよ。勝手に逃げ出しちゃ」
 慌てて御堂の後ろに隠れる彼女。だが、大人2人は、揃って小言をプレゼントするのだった。

 最初に、その羽音に気付いたのは、ロートだった。目をこすると、闇に紛れ、空気を震わす音がする。
「現れたようだねぇ。皆、起きとくれ!」
 ペット達が騒ぎ出したのは、その直後。吠え声の中に、羽音を聞いた御堂は、即座に懐のほら貝を吹いて、全員をたたき起こした。
「もう起きてるぜ! とう!」
 その瞬間、アランは乗っていたヴェネトの上から飛び降りた。ブラックローブを翻し、インセクトスレイヤーを振り下ろすが、小さな蟲には、中々当たらない。逆に彼らは、羽音を立てて、ランタンをぶら下げた木に突撃をかけていた。細い木は、まるで小石を勢い良くぶつけられたかのように、べきょりと折れ曲がる。
「これは‥‥馬車の中も安全とは言えないな」
 障害があろうとなかろうと、おかまいなしの蟲達の音に、中のエルンストは、難しい問題に直面した表情で、そう呟いている。
「さっさと領主を逃がせ! お付の連中もだ!」
 フィルがそう叫び、馬車の前で盾を構えた。そのまま動かないつもりの彼だが、ブリットビートルは容赦ない。
「食らえ! 暴れる風を!」
 このままでは、その勇壮な獅子の盾すら、破壊されてしまうかもしれない。そう思ったロートが、ストームを唱えた。その隙に、次々と矢を放つジョー。中々当たらないが、それでも一部には牽制になっているようだ。
「大丈夫。きっと彼らが何とかしてくれますから」
 そんな中、馬車では、ショコラに付き添ったフローラが、そう言って励ましている。その小さな身体が、僅かに震えているのを感じ、彼女はショコラを、ぎゅっと抱きしめていた。
「いかんな。正直、生死に直接関わるだけに、Gのほうがマシに思えてきた‥‥」
 一方、最前線で戦っているアランはと言えば、意外と素早いブリットビートル達の動きに、翻弄されていた。何しろ、ちょっとした剣並の攻撃力を持つ物体が、弓矢と同じ速度で飛んで来るのである。唯一の救いは、装甲も生命力もかなり低いと言った所か。
「ヴェネト! ニヨド! 馬車から離れるなよ!」
 ランタンから離れた場所にいる馬車。そのすぐ側には、愛犬と愛馬がいる。そう叫ぶアラン。
「いかにトラップを張っているとはいえ、全滅にこだわって相手をしていては、きりがないしな。せめてこの子だけでも、安全な場所に逃げた方が良さそうだ」
 今のところ、ブリットビートルは、周囲にいる彼らを相手にしているようだが、いつ窓を破って、馬車の中に入ってくるかわからない。その前に、領主やお付の者を逃がした方が良いだろうと、エルンストは判断したようだ。
「神のご加護があります。必ず、切り抜けられますよ」
「我々だって、戦えないわけではありませんから」
 フローラが励ますように皆にそう言うと、一花は彼らの目の前で、クリスタルソードを召喚してみせる。それでも、気丈な様子で、その場に留まろうとする少女領主に、フローラはある台詞を囁いた。
「そうすれば、皆の力は2倍にも3倍にもなりましょう」
 彼女がそう言うと、頷くショコラ。
「せーので出ますよ。しっかり捕まっててくださいね」
 一花がそう言って、扉を開く。そして、ジョーがいる少し離れた場所で、ショコラはくるりと振り返り、フローラに言われた通りの台詞を口にする。
「運命は強い意志によって切り開かれるもの。動揺してはなりません‥‥!」
 緊張した声。けれど、精一杯張り上げた領主の激に、御堂はニヤリと笑って、手にした長槍を握りなおす。
「流石に小さくても領主だねぇ。それじゃ、頑張ってあげようじゃないの!」
「もとより、そのつもりだ!」
 フィルも大きく頷いて、手にした焔の意匠剣を、振り下ろすのだった。
「蟲達の習性を考えれば、ある程度は対応できるはずだ。だが、過信はするな!」
 だが、未だに周囲には、ブリットビートルの羽音が唸っている。それを耳にしたエルンストは、そう警告していた。
「相手はしょせん蟲。殺気って奴を読んで、かわしてやろうじゃないか」
 そんな中、御堂が軍配を扇の様に持って見せた。意識を集中し、甲虫の気配を察知しようとする彼女。
「そこっ!」
 かんっと音がして、軍配に何かが当たる。直後、ヴィン‥‥と言う羽音が、すぐ近くで聞こえた。研ぎ澄まされた感覚で、位置を察知した彼女は、その羽音がした辺りへと、長槍を振り下ろす。動かなくなる甲虫。
「なるほど。むやみやたらに、剣を振り回してもあたらぬと言う事か‥‥それなら!」
 その戦いぶりを見たフィル、そう言って、同じ様に気配を察知する事を試みる。鷹の翼を纏い、勝利の月桂樹を被った戦士は、漆黒のローブをたなびかせ、真紅の刀身から放たれる真空波。
「皆! 巻きこまれるなよ!」
 アランの後ろに隠れたロートはそう言うと、サーコートを翻し、高速詠唱でライトニングサンダーボルトを唱える。その雷は、まっすぐ甲虫の群れの中に進み、何匹かを黒こげに変えていた。
「ここはは入れないようにしておく。ないよりはマシだからな」
 その間に、エルンストがストリュームフィールドを唱えていた。特殊な気流を生み出すその魔法は、彼を中心に、ショコラを守るように風を起こす。
「ショコラ様、身を伏せて置いてくださいね」
 あとは、抜けてくるビートルがいれば、一花がカウンターアタックで何とか叩き落とす予定だ。その間、当のショコラは、フローラの刺繍入りローブの下に退避中。だがその瞬間、一匹のブリットビートルが、ランタンをぶら下げた枝にぶつかり、その真後ろにあったシーツを炎上させてしまう。
「ちっ! 燃え広がらせてたまるか!」
 ロートが、高速詠唱ストームを発動させる、ちょうど、アイスブリザードを跳ね返すのと同じ要領で、燃えたシーツを吹き飛ばす彼。
「いまだ! 潰せ!」
「オーライ!」
 動きが鈍った刹那、ジョーが聖別された樫の弓を放った。
「はい、大当たりっと!」
 魔法の力を持つその矢は、狙い違わず、甲虫を近くの木へと縫い止める。自慢げなジョー。
「数が減ってきたな。やばかったら、フローラに手当てしてもらえ」
 半数程を倒した頃、アランがそう言った。ポーションを使う事も考えていたが、彼女に頼んだ方が効率が良さそうだった。
 だが、その直後である。羽音の高い‥‥赤い甲虫が、皆の前を突っ切っていた。
「はん。この程度、あの時に比べれば、3倍はマシだぜ!」
 そんな赤いビートルの突撃に、臆せず進み出た者が居た。アランである。
「オラ、どーした!?」
 彼がそう言うや否や、ビートルがまっすぐ突っ込んで来る。そのチャージングを、アランはオフシフトで避けてみせた。
「このぉ!」
 直後、急に止まれないビートルに叩き込まれるカウンター。幾多のゴキブリに天罰を与えてきた聖なるメイスは、問答無用で、ビートルを粉砕してくれる。
「アランって化け物?」
「似たようなものかしら」
 その戦いぶりに、小首を傾げるショコラ様。苦笑する一花。こうして、一行はようやく、ビートル達を撃退するのだった。

「やっぱ、粉になっちまったな」
 ロートが、ブリットビートルの残骸を見て、そう愚痴っている。そんな彼らが、カンタベリーまで来ると、既に議長がレオンと共に、迎えに来ていた。彼は、馬車の姿を見ると、フローラがそうしたのと同じく、臣下の礼を取る。見れば、当の彼女は、ショコラに目線を合わせる様にしゃがみ、こう囁いていた。
「信じる心は力になるのです。良い領主におなり下さいませ」
 こくんと頷く彼女。その姿を、微笑ましく見守っている様子の議長を見て、アランはやけに強調するように、声のボリュームを上げた。
「議長が待ってたのは、こっちじゃなくて、フローラの方だろ。何しろ‥‥ご懐妊だって噂だからな☆」
 その台詞に、ぶっと吹き出した議長、振り返るや否や一喝。
「一花っ!!」
「何の事かしらぁ♪」
 そう言って、スキップで逃亡する一花嬢。それを見てアランは、面白そうに笑うのだった。