【甲州街道】異国への旅立ち
|
■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:9人
サポート参加人数:12人
冒険期間:08月12日〜08月17日
リプレイ公開日:2006年08月21日
|
●オープニング
●黒幕の居場所
江戸・富士学問所。
「も、申し訳ありませぬ〜」
三条夫人の前で、平身低頭のお琴ちゃん。だが、夫人はいっこう気にせず、彼女にこう言っていた。
「よいよい。仕方なかろう。相手はもののけの類じゃ。抗う術はあるまい」
「で、でも側仕えの私が、とんだご迷惑を〜」
本来は、御代様をお守りしなければならないのにー。と、目を潤ませる彼女。夫人の「気にするなと言うておろう」と慰めるが、彼女は「あうあうあう〜」と、戸惑っている。
「それよりも、お琴ちゃん。操られている時の事は、覚えてないの?」
そこへ、パープル女史が助け舟を出した。はっと元の表情にもどったお琴嬢は、思い出すように口元に指を当て、こう答える。
「ぼんやりと夢を見ているような感覚でしたが‥‥。何やら鉱山の事と、火の神様の事を話しておられたのは、覚えております」
彼女によると、繋ぎをつけて来た者と、それより偉そうな御仁が、金山にある鉱山に連絡をと話していたそうだ。その際、火龍洞に向かうとか言う台詞が聞こえたらしい。
「ふむ‥‥火の神ねぇ。何か、心当たりは?」
「我が領土内で、炎の精霊がおるとすれば、鉱山の奥深くじゃろう。お屋形様は、そこまでは手をつけておらぬようじゃが‥‥」
そう説明する三条夫人。金山は、現在信玄公がもっとも力を入れて発掘している鉱山だ。だが、その奥には封印が施されているとの話で、彼も手をつけかねているらしい。
「なるほど。そこに全ての発端があると言うわけね‥‥。だったら、乗り込んじゃった方が早いかもよ」
話を聞いたパープル女史、今までの報告とあわせ、教材で使っている地図を指し示す。そこには、領土の象徴として、鉱山が書かれていた。
「しかし、証拠が‥‥」
「お琴ちゃん操って、悪さしようってのが、動かぬ証拠でしょ。違ったら、引き返してくれば良いんだし」
それこそ、鉱山の開発をお許し願うようお参りに来た、とでも言えば良い事。そう、彼女は提案する。
「ううみゅ‥‥。わかった。お屋形様にも相談してみよう‥‥」
既に、実害と言っても良い被害が出ている。それが、民人に降りかかる前に、手を打とうと判断する三条夫人だった。
●北国へ〜水龍の背に揺られて〜
さて、文を送ってその返し文を待っていると、現れたのは麻の衣を纏った、線の細い御仁だった。
「ふむ。では、そなたは竜神堂の、青海殿の御使いで?」
「はい。蛟の白湖と申します。主様の命により、まかりこしました」
いつぞや、敵意を向けていた時と違い、穏やかな口調で自己紹介する彼。話によれば、彼は青海配下の蛟兄弟の長兄にあたるらしい。そんな彼に、三条夫人はこう労いの言葉をかける。
「ご苦労じゃった。江戸は初めてであろう? ゆるりと見物して参られるが良い」
「お気遣い、感謝いたします」
頭を垂れる白湖。と、そこまで話が済んだ時、おもむろにお琴が口を開いた。
「あの‥‥三条様」
「どうかしたのかや?」
大人しい口調に、夫人が首を傾げると、彼女はある書状を差し出す。
「これを‥‥」
それには、暇乞いと書かれ、側仕えの任を解いて欲しい旨が記されていた。
「お琴や、まさかあの事を気にしておるのかや?」
「はい‥‥。こうなったのも、私の精神が未熟ゆえの事‥‥。ですから、遠く異国の地にて、鍛錬を行って来たいのです」
気遣う夫人に対し、お琴の表情は決意に満ちている。おそらく悩んだ末の結論だと悟った彼女は、ため息をつきながら、こう言う。
「そこまで申すのなら、仕方があるまい。しかし、異国とな‥‥」
「そんなに心配なら、私が付いて行くわよ。幸い、学問所もなんとか運営できてるみたいだしさ」
心配する夫人に、同席していたパープル女史がそう言ってくれた。
「心配しなくても、修行が終われば、帰って参りますわ」
「そうか‥‥。では、引率を頼む。だが、今から京都に出向いて、月道に間に合うかのう‥‥」
少し、ほっとした様子の夫人が、暦を確かめながらそう言う。と、それまで事態を見守っていた白湖が、こうきりだした。
「それならば、我が一族で力を貸しましょうか」
「良いのかや?」
目を丸くする夫人。と、彼はこう続ける。
「こちらの誤解で、高坂殿にもご迷惑をおかけいたしましたし、祠どころか、立派な社を建てていただいて、主も感謝しております。その返礼ですよ」
「あいわかった。ではその申し出、謹んでお受けいたそう」
頷く夫人。と、白湖はこう注釈をつけて来た。
「ただ、背に乗せている間、他のもののけの相手が出来ませぬ。頼めば、ざっと20人程度は運べますが、自分の身は自分で守るよう、お願いいたします」
「うむ。では募集をかけるといたそう」
まぁ、その辺りは、乗せてくれる返礼と言う事で、文句は言わないだろう。
『遠く異国へ旅立つ者達へ。月道までの道程、水のもののけの背に乗って、護衛をしていただけませんか?』
こうして、お琴、パープル女史の名を併記して、護衛と言う名の同行者を募る旨が、ギルドから通達されたのだった。
●リプレイ本文
●見送り
ジャパン‥‥江戸。その人ごみから少し離れれば、いかにももののけが出そうな場所へとぶつかる。そんな人里離れた河口に、彼らは集っていた。
「さすがに木陰は涼しいな‥‥。お琴嬢、大丈夫か?」
「はい。この程度でへこたれていては、修行になりませんわ」
暑さを気遣う真幌葉京士郎(ea3190)の問いに、そう言って頷くお琴嬢。少なからず関わったせいか、彼女の事が気になる京士郎に、ミス・パープル(ez1011)がこう言った。
「それにしても、大所帯になっちゃったわねぇ」
半分は見送りだろうが、ざっと20人以上いる。万歳三唱をするもの、旅先で入り用になるだろう新鮮な土産を渡す者、片付いてせいせいしたと負け惜しみをする者、試練に挑もうとする者に、天の加護を祈る者、うらやましそうに見送る者等様々だが、皆、快く送り出しているようだった。
「ありがとう。大切にさせてもらう‥‥って、これはっっ!」
その1人から餞別の品を受け取った京士郎、しばらく頭を撫で撫でしていたが、嬉々として渡された品が、丸ごとハトさんだと気付き、思わず苦笑してしまう。被るかどうかはともかく、顔が引きつっていた。
「帰ってくるつもりは無かったが、いざ旅立つとなると案外寂しい気もするものだ‥‥」
そんな中、東雲辰巳(ea8110)が江戸の町を遠くに見ながら、そう言った。が、パープルさんの隣で、そんな事を言えば、どうなるか。
「だったら残れば?」
「お前1人ロシアなんて、危なくて放り出せるかよ」
皮肉の一つも言われてしまう。しかし、そこは付き合いが長いので、さくりとやり返す。
「楽しそうですわね〜。私、アデリーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そこへ、深々とお辞儀をして、そう挨拶するアデリーナ・ホワイト(ea5635)。そして、お琴とその隣のパープル、白湖に向かって、もう一度ご挨拶。
「そんなに堅苦しくしなくても良いわよ」
「いえいえ。初めてお会いする方々ばかりですので、ご迷惑をおかけしないように勤めたいのですわ」
柔らかな仕草でもって、パープル女史にそう答える彼女。と、黒者栗鼠(ea5931)も、華国語の手紙に目を通しながら、こう言った。
「こうしてみると、旅も良いかも知れませんなぁ」
何故か美少女のお面を被ったままの彼、旅は暫くぶりらしい。と、メルシア・フィーエル(eb2276)もわくわくとした表情で、こう口添える。
「物の怪さん達と、異国へ旅修行。どんな世界が待っているんだろう、楽しみだよ〜」
もののけ達は、京都までの道程だが、それでも貴重な経験になるのは、間違いないだろう。羨望の眼差しで、メルシアが水妖達を待っている間、東雲は見送りに来ていた三条夫人に、挨拶していた。
「夫人、レディが世話になった。礼を言う」
「こちらこそ、大したもてなしも出来ず、申し訳なかったのう。これは、約束した餞別の品じゃ」
彼女が持ってきた布包みを、「ありがとう」と受け取っている彼。パープル女史から「またなんか企んでるでしょ」と言われても「いや、別にっ!」と、そ知らぬ顔だ。
「ふふ。何となく知り合いが多い気がしたけど、これなら大丈夫そうね。まっ、楽しんでいきますか♪」
そんな彼らを見て、歌うように語尾を延ばすアレーナ・オレアリス(eb3532)。
「それでは、異国へ出発だねっ!」
メルシアが元気よくそう言って、一行はロシアへ向かって旅立つのだった。
●波をちゃぷちゃぷかき分けて
まずは京都に向けて旅立つ冒険者達。その潮風に吹かれながら、アレーナは荷物を広げていた。
「うーん、やっぱり薄着でいこう♪ 夏だし、海だし、まったり楽しくクルージングを楽しませてもらおっかな♪」
そして、躊躇いなく上着を脱ぎ、バックパックに押し込める。夏の日差しは強かったが、吹き抜ける風が、心地よくお肌を冷ましてくれた。
「清く美しく豊富な水をもつジャパンの水‥‥。どうかいつまでも清らかでありますように‥‥」
アデリーナが跳ね上がる飛沫に、そんな祈りを捧げている。そんな中、ペットを連れたアルマ・フォルトゥーナ(eb5667)がこう尋ねた。
「水のもののけと聞いたが、馬は乗せられるのか? こいつを置いていく訳には行かないぞ」
「大丈夫です。ただ、馬達はこっちに乗ってもらうことになりますが」
白湖が示したのは、同行している巨大な海亀さんだった。その広い甲羅は、彼のペットや荷物を載せても、充分そうだ。
「ふむ。仕方ないな。ちょっとの我慢だ」
そう言って、ペットを預けるアルマ。こうして、一行は水の上を走って行く。
「うっわー、速いですね〜〜〜♪」
「船より少し早いくらいか。あいつら、大丈夫かな」
背に揺られつつ、歓声を上げるミィナ・コヅツミ(ea9128)。アルマが大亀を見ると、彼女は少し遅い速度で、彼らに従っていた。
「最初かなり怖かったですけど、だんだん凄い良い気分になってきましたよ♪」
「ミィナがああ言ってるんだったら、大丈夫でしょ」
楽しそうな彼女の姿に、パープル女史がそう言ってくれる。「だと良いが」と、まだペット達の事を気にするアルマの前で、アデリーナがこうきり出した。
「落ち着いて来たようですし、ちょっとお話でもしましょうか。本当は水妖の皆様にも、御話を伺いたいのですが‥‥」
移動中は、反応出来ないかも知れない‥‥と思ったらしい彼女。と、蛟の姿に戻り、先導する白湖が、「話だけなら、このままでも出来ますよ」と教えてくれた。
「まぁ、それはそれは。わたくしは水の精霊の力をお借りして、冒険者をしておりますの。是非御話を伺わせて下さいましな」
「人間どもが悪さをしなければ、水はそなたらを受け入れてくれる。人も妖しも、悪さをしなければ、自然の一部だ」
アデリーナを乗せた化け蟹さんが、話に応じてくれているようだ。
「けど、ロシアはどうなんだろうな。兄貴に負けないため、色んな地を回って来たが、ロシアに行くのは、初めてだぜ。江戸も久しぶりだけどな」
「向こうはジャパンとは違うわ。少なくとも、こんな風に背中には乗れないわね。殆どモンスターとして扱われちゃうし」
化け海蛇に乗ったパープル女史、レイムス・ドレイク(eb2277)の疑問に、そう答えてくれる。
「なるほど。世の中には、様々な風習があるのですな。興味深い事です」
「ロシアの基本知識なら、ギルドで少し聞いてきた。何でも、開拓を奨励しているらしい。理由は知らんが、未開拓の村には、色々なモンスターが出てくるそうだ」
華国語の研究に勤しんでいると言う黒に、京士郎はギルドで聞いてきたロシアの基礎知識を教えている。ふむ、と華国語でそれを記していた彼は、若干不安そうにこう言った。
「なるほど。いやぁ、江戸に来て以来、ずっと棲家に篭って研究ばっかりしてたもので、旅は本当に久しぶりです。私のような研究ばかりの者でも、大丈夫でしょうかねぇ」
「キエフにだって、色々な者がいるわよ。腕っ節自慢ばかりじゃないわ」
それを言ったら、お琴とて力のある方ではない。江戸にも京都にも、頭の切れる御仁も居れば、頭より体が賢い奴もいる。それと同じだと。
「ハーフエルフ達の王国、どんな連中が待っているのだろう、楽しみだぜ」
慣れてきたのか、わくわくとした表情のレイムスに、白湖は「まぁ、暫くは洋上の旅を楽しんで下さいよ」と告げていた。
「しかし‥‥。武神祭から、江戸に来てからもう時期一月、色んな出会いが会ったけど、お別れだと思うと寂しいな」
そんな中、メルシアが微かに見える陸地の方を向き、そう呟く。
「また戻ってこれるわよ」
「だと良いね。まぁ依頼も少しだけだけど受けれたし、ケンブリッジでは、聞いた事も見た事も無い食べ物や、風習ばかりで、驚いたけど、とても楽しく過ごせたよ」
ジャパン人から見れば異国出身の彼女、ここでの経験は、それなりに自身の歌の肥やしになっているようだ。と、思い出‥‥と言う単語に反応したアレーナが、わざと聞こえるようにこう言い出した。
「ジャパンの思い出かぁ。唇を奪われたり、胸をまさぐられたりしたなぁ。男の子にも女の子にも♪」
「なななななんと破廉恥なっ」
これが酒場だったら、今頃白湖さんは、飲んでたお茶を吹き出しているに違いない。
「あ、妖怪が動揺してる」
そんな彼の姿を、そう言い切るパープル嬢。
「楽しそうだな。レディ」
一緒のもののけに乗り、彼女が落ちないよう背中から支えている東雲がそう言った。
「をほほほ、最近大人しかったし、そろそろ元に戻さないと」
「まぁ、もうすぐ異国だしな。その前に、着て欲しいものがあるんだが‥‥」
そんな彼が、パープル女史に差し出したのは、布包みから覗く巫女装束である。
「って、あんた一体あたしに何をさせようっての」
「ああっ。間違えたっ。こっちだこっちっ」
じろっとにらみつけると、東雲さん、慌てて紫陽花柄の浴衣を差し出す。
「とか言いながら、隠したそれはなんだー!」
「せ、背中で暴れると落ちますよ〜」
狭い中でどつき漫才を始める二人。白湖の忠告も耳に入っちゃいねぇ。あまりに危なっかしいので、見かねたアルマが横からおててを差し出した。
「ほら、捕まってろ」
「って、それは俺の役目だーーーー!」
何を思い描いていたのか、横から分捕ろうとする東雲くん。
「だって、まだ敵が襲ってこないじゃねぇか。渡りに船と言うにはちと乗り物が生き物だが…全力で守ってやるよ」
「ありがとう」
アルマの台詞に、そう礼を言っている女史に、東雲くんは顔に縦線入れんばかりの表情で、あんぐりと口を開ける。
「あうあうあう。オレには全然素直になってくれないのに〜」
「あの顔は、営業用だと思うよー。だって先生、目が笑ってないもん」
メルシアが励ますようにそう言った。確かによく見れば、その笑顔はどことなく作り物めいている。
「人の子は、複数の顔を持つと言う事か‥‥」
「それが、人間らしいって事なんじゃないかな。ねぇねぇ、もののけさん達は、そういう事しないの?」
そのメルシア、乗っかっている水妖さんに、そう尋ねている。
「複数の顔か‥‥。我ら一族の中には、二つの顔を持つ者もなくはないが‥‥」
「その辺の事、たくさん聞かせて欲しいな。私、バードだから、歌にしたいんだ。伝承歌って言うんだけどね」
彼の言う2つの顔は、文字通りの顔二つだろう。しかし彼女は、そんな事は一行気にせず、普段の姿を尋ねていた。
「我らの生活ぶりか? あまり人の子と変わらぬよ。ただ、一族によってまちまちで、例えば、そこのお亀殿は、大海原をたゆたって、流れにのって日々水の民を見守るのが勤めとか」
「そうなんだ。えぇと、私はねぇー‥‥」
変わりに彼女が話したのは、以前暮らしていたケンブリッジの事や、たまに出向いたキャメロットでの話。部活の事、魔法大会の事。そして、授業の事。水妖からすれば、異国の話になるそれで、仲良くなったようだ。
「この調子だと、あまり危険はなさそうだなぁ。レディお琴を守っての旅、面白そうだと思ったんだが」
彼女の姿を見て、ちょっぴり残念そうにレイムスが言う。と、白湖は、「安全なら安全に越した事は無いですよ」と、笑って答えるのだった。
●行きは良い良い?
さて、もののけの背中に揺られ、暫くたった頃、アデリーナが元気のないお琴に気付き、声をかけた。
「そう言えば、お琴様は、修行の旅に出られるとか。頑張り屋さんなのですねぇ」
「そそそそうですよっ。うう、でも揺れて気持ち悪いのですぅぅ」
どうやら、ぐったりしている原因は、船酔いらしい。ぐったりしている彼女へ、心配そうに東雲が言う。
「大丈夫なのか。ホントに‥‥。だいたい、向こうに行ってからの事、決まっていないんだろう? もし何かあれば、遠慮なく呼んで欲しいんだが」
「ああああありがとうございますぅぅぅ」
口調がおかしいのは、目が回っているせいだろう。そんな中。ミィナは彼女が向かうと言う異国にむけて、思いを馳せる。
「ハーフエルフの国…ロシアかぁ…。あたしはまだ行った事は無いのですが…どんなトコなんでしょうかね…?」
自分自身、ハーフエルフの彼女。素敵な所なんだろうなぁと夢想する。「キエフは美しい町だそうだし、料理も美味しいらしいぞ」
京士郎が、ギルドから映してきたガイドメモを片手に、そう教えてくれた。その話にしばらく耳を傾けていたミィナ、お琴にこう聞いてくる。
「お琴さんは腕試しの為にロシアに参られるとの事ですが…何故にロシアで? あちらに修行場のアテでもおありなのですか?」
「ないです。でも、ジャパン国内では、御方様に甘えてしまうと思ったから‥‥」
覗き込むような仕草で尋ねられたお琴、顔を上げて首を横に振る。と、それを聞いた京士郎、こう申し出てくれた。
「精神を鍛える修行か…俺もしばらくはあの地にいると思う、俺で良ければ力を貸そう」
「その時はお願いします。でも、暫くは1人で頑張らないと、また御方様にご迷惑をおかけしてしまいますわ」
首を横に振るお琴。そんな彼女の姿をじっと見つめていたミィナ、何かを思い出すように、こう話す。
「幸せってけっこー気づいたトキには近くから無くなっちゃってるものです…。お気をつけを」
もう既に、かなり遠くなってしまった陸地を見ているミィナ。「何かあったのですか?」と、お琴が尋ねると、彼女はその事情を教えてくれた。
「あたしは、ちょっと旅先で会ったとある方がジャパンに居られると聞いて、もう一度寄ったのですが…、結局、会えませんでした…」
運命の悪戯と言うのは、時に残酷に働くものだから‥‥と、彼女はお琴に呟いていた。
「まー、お前さんが何をやって何を思って修行の旅にでようと思ったかは、俺は知らん。ただ、後悔だけを抱えて修行しても、身にはつかんぞ」
神妙な面持ちのお琴に、今度はアルマがそう言った。どれだけ後悔したとしても、起こった事は取り消せない。後々の行動によって取り返しがつくかどうかは別問題だが。
「一度すっぱりと気持ちを切り替えろ。そして失敗を取り返す為じゃなく、目指す自分になるために修行をしろ。その方が、失地挽回の時に自分の力になっているから」
少し厳しい事を言ったかな‥‥と考えるアルマ。しかし、お琴は水妖の背の上で、にっこりと笑ってみせる。
「難しい事はわかりませんが、いつの日か、御方様のところに変える頃には、皆様方のような、素敵なレディになりたいと存じます」
その決意に満ちた表情を見て、アルマはほっと胸をなでおろした。言いたい放題言ってしまったが、それほど気に病む事でもなさそうだ。
「そうか。まぁそんなに落ち込むな。これでも食って元気を出せ」
「はいっ☆」
甘い小豆味の保存食を差し出して、頭を撫でてやると、ご機嫌もなおったようである。
「そういう事なら、応援してやらないとな。オーラが未熟な俺が言うのも何だが、心を澄ませ、冷静に周りを見える様になると良いと思うぜ」
「むう‥‥。難しいですわ」
レイムスにそう言われたお琴ちゃん、彼がやったように、目を閉じて、意識を集中させようと眉間にしわを寄せるが、彼の様にオーラを身にまとう事は出来ない。
「まずは、色々と話を聞く事だな。他の人の体験談とかをよ」
「私でよければ、御話しますよ。私、骨董趣味もありましてね、色々と珍しいアイテムも集めていまして、それにまつわる話ですが」
急には無理だろうなぁと苦笑する彼の意見に、黒が自慢の一品を見せながら、その言われを話し出す。
「えぇと‥‥」
「いやぁ、こうして水の妖怪の背に乗って旅が出来るなんて、普通はなかなかないですよねぇ。これはこれでいい経験になります」
困惑するお琴ちゃん。美少女の面を被ったままで表情は読めないが、彼もまた、今回の旅を楽しんでいるようだ。
「でもちょっと乗ってばっかりでも疲れてきますね。お尻とかも、ぬめぬめしますし、気をつけないと海に振り落とされてしまうかもしれません。私みたいに荷物を一杯抱えていると、海に落ちたらもうさようならでしょうね、多分。妖怪さんたちもお疲れではないでしょうか?」
もっとも、彼が乗っている巨大海月は、多少滑りやすいらしく、口調がへこんでいる。「そう言えば、そろそろ日が暮れますわね」と翳った日差しを評したお琴に、黒はこう提案した。
「途中、島か何かがあれば一休みしてはいかがでしょう? そこで休憩してさらにご飯を食べるとかですかね? それとも、流石は水竜様の使いだけあってどこか竜宮城みたいな空間で休めるとかあるんでしょうか? え?流石にそれはないですかね?」
文献では、水妖怪が結界を張った伝承なんぞ、いくらでも転がっている。
「そう言うわけではないですが、人のあまりいない小島くらいなら、知っています。今日はそこに上陸するとしましょう」
その多くは荒唐無稽な作り話だろうが、白湖さんはそう言って、人の子も安全に眠ることの出来る小島へと案内するのだった。
●夜営の友は禁断の書
さて、その日の夜。
「ささ、お前さんも一杯」
秘蔵の天護酒を、白湖へと差し出すレイムス。それを「これはすみませんね」と、自前の杯で受ける彼。
「そっちのお亀さんもどうだい?」
「彼女はお酒は嗜まないそうですよ」
亀の化身であるふくよかな婦人は、申し訳なさそうな表情を浮かべている。「それは残念」と、彼は変わりに釣ったばかりの魚を差し出した。頷いてそれを受け取る亀さん。
「あれ? パープルさんは?」
何か用があったらしいアデリーナ、御目当てのパープル女史が、夜営の輪に加わっていない事に気付き、横のアレーナに尋ねる。
「ここ、小さな社があったらしくて、東雲さんに引っ張られていったわよ」
「「ただいまー」」
彼女がそう言った直後、島の高台から紫陽花の浴衣を着た女史と、その後に従う形の東雲が戻ってくる。
「一体何が‥‥」
「聞かないで頂戴」
怪訝そうに尋ねたアデリーナに、若干げっそりした印象のあるパープル女史がそう言った。見れば東雲も、皆と顔をあわせたくないかのように、そっぽを向いている。しかし、その横顔が少し嬉しそうなのを見て、何かあったなーと気付いたアレーナ、かつてから気になっていた疑問を、パープル女史にぶつけた。
「えーと、横にいる彼とは、結婚してるんだよね? ホラ、ジャパンに来て「白諏訪御前」に間違われたとき「でも、領主ってのがイイ男なら、考えなくもないかなー♪」って発言してたのがず〜っと気になってたんだ」
「一応、式は強制的に挙げさせられたけどねー」
強制的に、の部分だけを強調する彼女。東雲がわざとらしく「嫌だったのか?」と口を出してきて、「お黙りっ」と手にした扇子でプチ殴られている。
「え、え? あのでは、ミスなんでしょうか、ミセスなんでしょうか‥‥」
困惑するアデリーナ嬢に、パープル嬢は「レディで良いわよ」と、愛称を教えてくれた。なるほど、と納得した彼女。咳払い一つして、ある御願い事を申し出ていた。
「ええと、もし宜しければ…いえ、是非にと言うか‥‥。レディ様、禁断の愛の書の読み方を御教授下さらないでしょうか…っっ!!」
ぶっとお酒吹きだす東雲くん。
「あれを?」
「ええ、語学を学ぶ者として…是非!!」
興味深々と言った表情で、持っていた禁断の愛の書を差し出すアデリーナさん。と、それを聞いた黒、同好の士を見つけた嬉しさからか、話に割り込んできた。
「おや、アデリーナさんも語学を?」
「は、はいっ」
彼に尋ねられ、そこにいたる経緯を話し出すアデリーナ。まぁ長くなるので、報告書からは省くが、どうしても書が読みたいらしい事だけは確かだった。
「なるほど。私も、多少は武術もたしなみますが、本業は華国語の研究に打ち込んでおります。今回はちょっと虫が騒いだというか、まあ、気まぐれですが少しは世の中も検分してみようと思いまして…」
そんなに面白い書物ならば、私も読んで見て、華国語に直して見ると言うのも、やぶさかではありませんなぁ‥‥と申し出る黒。しかし、パープル女史は、首を横に振る。
「んー、残念ながら、教えてどうこうなるもんでもないのよ。アレは」
「そうなんですかぁ〜?」
残念そうなアデリーナ。と、女史はにやりと笑って、危難を感じて回れ右する東雲の首根っこを引っつかみ、くつろいでいる京士郎のところに、強引に連れ戻す。
「そうねぇ、そこの京士郎が協力してくれたら、読める様になるかも。あ、東雲くん。その場合は、あんたが受けだから」
「あああ、やっぱりぃぃぃ」
彼女の性格を、知りすぎるほど知っている東雲くん、がっくりと肩を落とす。しかしそこへ、相手役を指名された京士郎が、苦笑しながらこう言ってきた。
「残念だな。このリュートは、いやなに、ひいては見たいんだが、未だにその心得が無くてな。いつか、引けるようになったら、その時は聞いて貰えるかな?」
愛用のリュートベイルを爪弾くような仕草をするが、本人の言う通り、音が鳴るだけで、音楽にはなっていない。「よかった‥‥」と胸をなでおろす東雲。
「ふん、命拾いしたわね」
そう呟くパープル女史の姿を見て、お琴ちゃんが励ますように「きっと、その内読める様になりますよ」と口にする。
(「禁断の書って、何書いてあるんだろう‥‥」)
会話に加われていないメルシア、レイムス、アルマ、白湖の4人が、一様にそう考えたのは、言うまでも無い。
こうして、水妖達との語らいの夕べはふけて行くのであった。
●そして、ロシアへ
翌朝。京都に近付きつつあった冒険者達は、思いがけず他の妖怪に襲われていた。
「そっち行ったぞ〜!」
お亀さんの背中で、対海中生物用兵器『海神の銛』を繰り出すアルマ。相手は巨大化した肉食魚だろう。攻撃の意志を食らっても、構わずつっこんでくる。
「レディ、下がってろ!」
「馬鹿にしないでよね。自分の身くらい、守れるわよっ」
刀を手にした東雲は、レディを庇ってはいるが、当の本人は、背中を向けたまま、ライトハルバードを短めに持っている。
「そう言う問題じゃないっ」
「うるさいわね。背中に目はついてないのよっ!」
一見すると会話がすれ違っているように見えるが、お互い、背中をあわせたまま武器を振るっている所を見ると、意志の疎通は図られているようだ。
「餌になるのはそっちだ! 保存食よりは美味いだろうしなっ」
そんな中、アルマは逆に敵さんを昼飯にしようと、銛を振るう。
「聖母の白薔薇は、海の騎士になりまぁーすっ」
一方、アレーナは速度の早い水妖の背に乗り、デュランダルでスタンアタックをかけようとする。もっとも、足のないお魚には、あまり効果がなかったようだが。
「うーん。ウォーターボムじゃ、あまり効果がないみたい〜」
「海の魔物ですからねぇ。私でもクーリングの抵抗できますし」
一方、少々苦戦していたのはアデリーナである。白湖がそう解説するように、水の妖怪と言うだけあって、水魔法には強い。その為、彼女の使う水の精霊魔法は、その威力を半減させていた。
「ホーリーフィールドを唱えておくから、アデリーナちゃんは、中に居て」
ミィナがそう言って魔法を唱える。聖なる結界は、彼女たちに安全な空間を提供してくれた。
「じゃあその間、遠距離攻撃は私がやるね。ムーンアロー!」
そんな彼女の変わりに、遠距離魔法を買って出たのはメルシアである。武神祭では生かせなかったが、ケンブリッジ魔法ランカーの彼女、その耳は敵の方角を的確に捉えていた。
「お琴ちゃんはこっちにいな。首は落として置いた方が正解だよな。そぉれっと!」
そう言って、敵が牽制役にと呼び寄せた中型サイズの魚を、スマッシュで叩き落とすレイムス。後ろのお琴ちゃんがちょっぴり邪魔だったが、それも仕事のうちだ。
「あ、しまった! 見回りの船だっ!」
と、騒ぎを聞きつけて、京都沿岸の船が、こちらへ向かってくる。どうしようと言った表情のメルシアに、レイムスはこう指示した。
「うっとーしーなー。厄介ごとはごめんだぜ!?」
口先三寸で丸め込む事は出来るが、正直事情を聞かれるのが面倒くさい‥‥と。
「じゃ、とりあえず寝かせとくねっ」
それを受けたメルシア、船に向けてスリープの魔法を唱えた。あっという間に、ばたばたと眠りに着く船の上の御仁達。
「はい、終わり〜。白湖さん、船の誘導お願いしますね」
動きの止まった船の事を頼むと、彼は「心得た」とばかりに、頷いてくれるのだった。
そして。
「東雲、この礼は高くつくわよ」
何だかんだ言いながら、浴衣だけではなく、巫女装束着てくれるパープルさん。東雲君、「似合ってる〜☆」と手を叩いて大喜びである。
「私も‥‥。右の字、好きだ〜♪」
明日はいよいよ月道の開く日。ジャパン最後の夜と会って、アレーナは遥か彼方の海へ向かって、愛を叫んでいる。
「さてと、後は、新居を探すだけ‥‥かな」
「引っ越し先って言いなさいっ」
くすっと笑って、巫女姿のレディさんを抱き寄せた東雲くん、御約束の様に扇子ではたかれている。
「さて、新しい冒険の始まりだ!」
そんな中、月道を越えた京士郎は、付いたばかりの北の地で、高らかに宣言するのだった。