●リプレイ本文
●はじめに
甲斐の国金山。そこは、彼らの財源であり、数多くの人々が出入りする場所だ。荒くれ者が増えれば、治安も悪くなる。それを心配した信玄公が、直轄地とした為、金山の麓にある街は、山里にも関わらず、甲府の町さながらに賑わっていた。
「皆さんごきげんよう♪ 聖母の赤薔薇のフィーネ・リュースです」
しかし、今回はそんな賑やかな場所ではなく、人の立ち入りが許されない神域だ。街の光景を背にしたまま、フィーネ・オレアリス(eb3529)が笑顔で挨拶してくる。
「今回は聖母さまに代わって、暴れ火龍さんをおしおきします☆」
その神域に住むはずの火龍。神域に済むに相応しい彼らの棲家は、周囲の森に比べて岩が多く、ごつごつとしている。
「報告書を読む限り、何やら裏で企み事をしていた様子。秩序と平和を守る為にも、放っておくわけにはいかないからね」
その火龍の山へ向かいつつ、そう話すランティス・ニュートン(eb3272)。と、緊張した雰囲気を解きほぐすかのように、大宗院謙(ea5980)がフィーネの手を取りつつ、こんな事を言っている。
「赤薔薇とは何と麗しい。良ければその赤い薔薇、私めに一つ‥‥あててててっ」
「全く油断も隙もないんだから‥‥」
もっとも、今回は妻の大宗院真莉(ea5979)さんが一緒なので、最後まで口説き終わるより先に、足を踏みつけられ、引き剥がされていた。
「た、タダの挨拶だっ。しかし、今回はパープル殿は居ないんだな。残念だ。いや実に残念だ」
で、その謙。パープル女史が参戦していない事を、ことさら惜しんでいた。わざとらしくそう言って、腕なんぞ組んでいる夫に、真莉さんはまたもやちくりとやり返す。
「どうせまたナンパでもしようとしてらしたんでしょ」
「ぎく。い、いや違うぞっ! 俺はただ、生徒の父親としてだなぁ」
一瞬、顔色を変える謙さん。しかし、言い訳めいた理由を、あさっての方を向きながら言ったのでは、説得力がなかった。
「嘘おっしゃい。まったく油断も隙もないんだから。あまり酷いと、置いて行きますよ?」
「しーくしくしく‥‥」
嫁にツッコまれ、耳を引っ張られるようにして連行され。泣き濡れる謙さん。
「それにしても、火竜さん、かぁ……。洞窟の中って、何か嫌いなんだよね…。服汚れるしさ」
ミネア・ウェルロッド(ea4591)が周囲を見回しながら、ぶつぶつと文句を垂れ流している。確かに、足元は乾燥して埃だらけ。年頃の娘さんとしては、当然の事だろう。汗まみれになりながらの地底めぐりは、意に沿わぬと言った所か。
「高坂殿から、この辺りの地図を借りて来た。人の入った坑道は、地図が残されている。それに記されていない洞窟に、奴が潜んでいる可能性が高いな」
「私にも見せてくれ」
雪守明(ea8428)が、借りて来た地図をみせると、ちょうど聞こうと思っていたらしい双海一刃(ea3947)が、写しを取っている。それによれば、鉱山には無数の坑道が掘られているが、頂上付近は手付かずだった。
「火龍はやはり、火脈に近い場所に潜んでいるだろうか‥‥。この地図だけでは、なんとも言えないな。もう少し、絞り込まないと」
精霊と言うのは、それぞれの気の強い場所に眠ると言う。それを踏まえた明、友人から聞いた話に照らし合わせるには、地図が足りないと告げた。
「火龍、火龍ね…その名のとおりの、ドラゴンなのかしら。こっちじゃ珍しいって聞いたけど…まあ、故郷でだって、早々出てきてたわけでもないけどね」
セピア・オーレリィ(eb3797)が少しどきどきした様子で、遠くの山頂付近を見上げている。と、美人も緊張した面持ちで、その意見に同意する。
「炎の龍か。存分に相手を願いたいが、気を引き締めなければ」
「その正体は、サラマンダーと考えるのが妥当かな…。正直、夏の暑い盛りに相手をするのは勘弁したい相手なんだけどね…。『何かあったら頼む』それだけ伝えてロシアへ避暑に行った友人を、少々恨みたくもなるよ」
うんざりした表情のランティス。
「確かに、精霊がどうのともいっていた気がするし。まあどちらにしたって会うしかないし、会えばわかるでしょ」
「ああ。依頼人からこれまで詳しい経緯を教えて貰って、行くのはそれからだな」
セピアがこっちを向いてそう言ったので、ランティスは頷いて見せた。ジャパンと西洋では呼び名が違うが、同じモンスターではあるだろう。だとすれば、対処法はおのずと決まってくる。そんなわけで一行は、まずお屋形様の定宿である金山の街へと向かうのだった。
●情報収集
ところが。
「おねーーーさーーーん。ちょっと聞きたい事があるんだけど、その辺でお茶でもどーーーう?」
目撃例の聞き込みをするのは良いものの、謙さんが声をかけるのは、見た目に可愛い若い女性ばかりだった。確かに商売しているお姉さんの中には、情報を売り物にしている女性も多い。しかし、謙が行っているのは、どうみてもナンパだった。
「それは情報収集とは言わないんじゃ」
「しーーーっ。嫁さんに聞こえたらどうするっ」
明がじとっとした目でそう言うと、謙は慌てて人差し指を唇に当てた。が、その直後、彼女よりもっと冷たい目をした真莉さんが、突き刺さるような視線を、夫に投げかけていた。
「聞こえてますわよ」
「どっきいいいいんっ」
低い声音で言われ、飛び上がってしまう謙さん。顔を引きつらせる彼に、真莉さんは首根っこを掴みながら、こう言った。
「いーから、こっちにおいでなさい。伝承書物なら、高坂様の屋敷で充分ですっ」
「はーい‥‥」
おねーさん達またねーとお手手ふりふり、嫁さんに連行される彼。2人が向かったのは、高坂のところだった。
「貴殿か‥‥」
「いや、安心してほしい。この前、夜這いしたのは冗談だ。基本的に私は外見上、女性以外興味がない! ほれこのように」
またお屋形様に何かされんじゃないかと思っているらしい彼に、謙さんはきっぱりとそう言って、彼と話していた女性を引き寄せる。
「‥‥見かけが女性なら、我らのような水妖でも構わぬと」
が、その女性は竜神堂の使いで来ていた白湖さんの妹御だったらりく、その瞬間に牙を剥かれてしまった。
「って、こないだの配下さんだったのねー」
噛み付かれこそしなかったものの、威嚇されて大変怖い目を見たらしい夫に、真莉さんが「罰が当たったんですわ」と一言。
そんな中、明はその白湖さんの妹‥‥緑水と言った‥‥に、こう申し出ていた。
「どうだろうか。事態をややこしくせずに話し合いの助けになるなら、一緒に来てほしいんだが」
まだ警戒している様子の彼女。厳しい表情を崩さぬまま、そう尋ねる彼女に、緑水は首を横に振る。
「すまぬな。あの辺りには、火の気が強く、我らにはちと厳しいのだよ」
「ふむ。ならば変わりに、火龍族の性質を知っていれば、教えて欲しい」
向こうも、それは心得ているのだろう。彼女の質問に、素直に詳細を教えてくれるのだった。
●火龍山の地底探検
緑水の話によると、彼らは火の気の近い場所にいると言う。文字通り、烈火の気性ゆえ、何か少しでも気に入らない事がああると、昔から里でも山でもおかまいなしだった言う。きかん気の暴れん坊。そんな表現の龍だと、彼女は言っていた。
「まだ何か火龍の後ろにもう一枚、黒い幕がひかれているような気がする」
その話を聞いた一刃、ぼそりとそう呟く。フィーネが高坂に、古い坑道の地図がないか確かめた所、開山の折に書かれた絵図面が見付かったそうだ。
「地図は持ちましたね? 中は暗いですから、気をつけて」
その絵図面を皆に写したフィーネ、そう言って妖精さんにクリエイトファイヤーを灯させている。
「こう言うのは不得手だからなぁ」
「今はランタンにしておきますね」
一方、謙と真莉は、罠には触らないつもりらしく、周囲の警戒にのみ務めている。
「道に迷うのと、落盤にだけ注意しておけよ」
「そうだね。もう一枚が何かしてきた時の為に、まず脱出経路の確保。もともと洞窟なんかで闘う以上、崩壊の危険性があるしね」
見取り図を手に、そう言う明の提案を聞いて、ミネアは通ってきた道を、絵図面に書き込んでいる。それを見て、フィーネも「じゃあ、目印をつけておきますよ」と、白石で壁に目印をつけていた。
「あまり喋るな。坑内で刺激を与えると、壁が崩れる可能性がある」
「確かに、慎重に進まないとねー」
一刃が警告すると、セピアはそう言って、こんこんっと壁を叩いてみせた。
「強く叩くなよ」
「分かってる。軽く、だよ」
洞窟の中には、強く刺激を与えれば壊れてしまうものも存在する。それを知っている一刃に言われ、彼女が武器の先で突付くと。
「うわっ」
いきなり壁に穴が開いた。危うく埋まりかけたそこから逃れるセピア。
「俺がやった方が良さそうだな」
「ごめん」
一刃が苦笑しながら、順番を代わっていた。まぁ彼の方が、隠密活動は優秀なので、任せてしまっても良いと判断したようだ。
「火龍の住まう山か…竜は宝物を蓄える癖があるらしいね。もっとも、本物のドラゴンの話なんだが。古の伝承によると、その昔『四杯の柄杓』なる宝物を隠していた火竜に、果敢に戦いを挑んだ者達が居たらしいよ」
そうして、坑道を進む一行。次第に暑くなる気温と対照的に、爽やかな笑顔で、そんな事を話すランティス。彼の手もとには、元々の絵図面と遜色ない、華麗な鉱山図が出来上がっている。
「し‥‥。ちょっと待て」
と、先頭を行く一刃が、皆を留めた。しぃんと静まり返る一行に、彼はこう言う
「何か聞こえないか? 音がするんだが」
彼の耳には、煙の吹きだす音が届いていた。その証拠に、セピアが小石を投げると、ぶしゅーっと蒸気が噴出してくる。
「危なかったね。ってことは、この道は使えないっと。ランティスさんの方にも、書いといてね」
うっかり足を踏み入れれば、崩落してしまうだろう。地図に大きく×の字を書くミネア、ランティスにもそうするよう促す。
「もう描いてあるよ。けど、こっちの道が使えないって事は、逆方向だね。熱気のする方に行けばよいかな‥‥」
暴れているなら、周囲は暑くなっていると思うから‥‥と、気温の高いほうの道を選択する彼。こうして、温度の高いほうへと進んだ結果。
「やっぱり火口に着いちゃったね」
あははは‥‥と、乾いた笑みを浮かべるランティス。ごぽごぽと音を立てる燃える岩。その周囲には、煙の様に漂うえんらえんらや、炎にまつわる妖怪達が、顔を出している。さしずめ、城下と言った所か。
「そろそろか。この辺には、燃えそうなモノがないしな」
周囲が岩ばかりの光景なのを見て、そう呟く明。
「さすがに、封印の残りかすっていませんよねぇ‥‥」
フィーネも、周囲を見回すが、既に焼け落ちてしまっているのだろう。確かに、音を立てる炎は、符があったとしても、すでに消し炭となっている事を示唆している。
「お、門番殿の登場か。大将殿と、祠の件について話がしたい」
それでも明は、現れた鬼火に、そう言って話かけた。緑水の話では、火龍に名はなく、『火の大将』『焔公主』と呼ばれているらしい。
「ここの事は、蛟の一族が姫、緑水殿に聞いた。案内してもらえまいか」
その蛟の名を出し、彼女はそう言って興味を持たせる。嘘も付いていない。
「ついてこいって言ってるみたいだな」
頷き、別の坑道へとふらふら漂って行く炎妖。それを見て、他の冒険者達にそう言う明。他の面々が、同行したのは言うまでもない。
●焔皇
案内された先にいたのは。
「貴様が火龍か‥‥」
『いかにも』
とぐろを巻いた、大きな炎の龍だった。鱗は熱を持って輝き、低くくぐもった声のまま、冒険者達を威圧している。しかし、そんな威圧的な龍に屈する事無く、ランティスはびしぃっと指先をつきつけ、こう尋ねた。
「話は聞いた、何故水龍の一族までをも巻き込み、世に混乱をなさんとする!」
『水と火は、お互い相容れぬもの。奴らが倒れれば、我が世の春と言うものよ‥‥』
どうやら、彼らは水の一族を敵視しているらしい。それを聞いた明は、聞こうと思っていた答えを見たような気がした。
「この国を火の王国にするつもりか‥‥。火の祠が壊されたと言うのも、偽りのようだな」
口から炎を噴出さんと、火種を覗かせる龍。しかし彼女には、不思議に思う事が一つあった。見た目には恐ろしい姿の彼らだが、その気性から、どうしても謀り事をするようには、見えなかったのだ。
「俺も先日の襲撃に同席した身だが、エレメンタルである火龍がアンデッドを使うというのが、どうしても納得いかないな‥‥」
その疑問は、一刃も同じだったらしい。水龍達も、もし彼らがアンデッドを使っていると知っていたら、その言葉を信用したかどうか‥‥と言うのが、彼の弁だ。
『何をごちゃごちゃ言っておる。この場で焼き殺しても良いのだぞ!』
が、彼がオーラテレパスを使おうとした刹那、火龍はそう叫んで吠えた。空気を震わせるその咆哮に、見守っていた炎妖が、恐れをなしたかのように姿を消す。
「話に聞いていた通りの性格だな。1度頭を冷やさないと、無理かもしれない」
濡れ衣かどうかを確かめるにしても、このままでは、必要な情報が引き出せないだろう。と、そこへ謙さんが一歩進み出て、こう尋ねていた。
「あー、つかぬ事を伺いますが、人間の女性体になる事は出来ますかな?」
口調が多少変わっているのは、相手に対する敬意の為だろう。既にオーラテレパスをかけ終わっているらしき彼に、火龍は「それくらいなら、造作もない事だ」と言って、その姿を美女のそれに変える。
「よし、これで話しやすくなった☆」
嬉しそうに手を叩いて喜ぶ謙さん。その姿に真莉さんが、足を思いっきり踏みつけたのは言うまでもない。
「痛っつー‥‥。火龍のおぜうさん、何故暴れてるのです?」
「我は自身の領土を確かめているだけよ。邪魔な人間どもめ。我が領域を蹂躙しおって」
顔をしかめつつ、謙さんは構わず問いただした。と、彼女はふんっとふんぞり返り、岩の上にまるで玉座にそうするように座すと、足を組み変える。しかし、その話を聞いた一刃は、眉をひそめながら、こう呟く。
「おかしいな。お屋形様は、彼女の領域は、立ち入り禁止にしている筈なのに」
それが冒険者達に偽りを言っているのではない証拠に、坑道の地図を手に入れた際、鉱山夫達から『くれぐれも気をつけるように‥‥』との忠告と、『何年も人が入っていないから』と言う理由まで貰っている。
「やっぱり、もう一枚の黒い幕か‥‥。おぜうさん、お琴ちゃんを操る術、どこで身に付けたんだい?」
その一刃が、火龍の背後に潜む影を示唆していた事を思い出し、謙さんはカマをかけてみた。これで、何かしら反応があれば、彼女がお琴を操った張本人だと言うわけだ。
「貴様ら、何を知っておる‥‥」
反応は、あった。ただし、最悪な形での。そう言った彼女は、再び龍の姿へと変化して行く。どうやら謙が聞いた事は、彼女に取って都合が悪かったらしい。
「消し炭になるが良い!」
「まずい、やる気よ! 謙さん、避けて!」
彼女の周囲に炎が浮かんだのを見て、セピアが謙を突き飛ばした。そのまま、2人転がるようにして部屋の端へぶつかった直後、炸裂するファイヤーボム。
「すまねぇ、セピアちゃん」
「大丈夫。しかしどうやら、一度懲らしめないと、話が進まないようですね」
身体を起こしたセピアは、そう言うとホーリーフィールドを唱える。これで、多少怪我をしたとしても、どうにか出来るはずだ。
「なるほど。そう言う事なら、しっかりお仕置きさせていただきますわ!」
その姿を見たフィーネは、暴れた理由と封印を解いた御仁を聞き出す前に、彼女を大人しくさせねばなるまいと、挑みかかる事にするのだった。
●心頭滅却
やる気満々の火龍から、炎の吐息が吐かれる前に、真莉さんがさっと周囲を見回して、こう叫んでいた。
「各自散開。炎の吐息を食らったら、怪我では済みませんわ!」
頭の中に展開した兵法図に従い、攻撃開始位置を指定する彼女。と、そこへ脱出路を見越していたミネアが、坑道の出口を指し示す。
「ここじゃ狭すぎる‥‥。とにかく、広い場所まで出ないと!」
火龍のいる部屋は、戦うには不向きな場所だった。吐息を吐かれて焼き肉になるよりはマシと言う奴である。
「ランティスさんっ、この辺りで広い場所はっ!?」
「表まで逃げた方が無難だと思うよっ」
走りながら、そう尋ねると、彼は絵図面を手にそう言った。
「いったん外へ出ましょう。その方が生き残れます」
真莉さんも、三十六計逃げるが勝ちの兵法を持ち出す。
『待たぬかぁぁぁ!』
「可愛い女の子に追いかけられるなら、悪い気分じゃないけどな」
それでも、ナンパ口調を忘れないのが、謙さん。
こうして、必死で元来た道を走りまわった結果、冒険者一行がたどり着いたのは、坑道の入り口でもある岩ばかりの場所。
「多少の無茶は上等の相手だ。出せるものは全て出す!」
新鮮な空気の吸える場所に出たところで、超美人(ea2831)は走るのを止め、岩場の影へと入りこむ。これまで何度となく巨大な相手に向かって行ったが、ことごとく返り討ちに遭ってきた。だが、今回は自分を凌ぐ実力の頼りになる仲間が大勢いる。多少の無茶をしても仲間がフォローしてくれるだろう。戦える場所がある今、思う存分に全力を尽くすつもりだった。
「うーん、厄介なことになったもんだなー」
どっちにしろ、戦闘になる可能性が高いなぁと思っていた山下剣清(ea6764)、岩の影でうんざりした表情でそう言い、ポーションを何時でも取り出せるよう、懐に収めている。
「ま、手加減抜きでも、運がよければ生きてるさ」
明もそう言って岩場の影に滑り込むと、急いでオーラを練り上げる。ピンク色のそれが彼女の周囲を包み込む中、セピアがで魔法を唱えた。
「やるだけの事はやりましょう。ホーリーフィールド!」
彼女のレベルでは、すぐに割られてしまうだろうが、ないよりはマシだ。見れば同じ魔法の使えるフィーネも、高速詠唱で、聖なる結界を構築している。
『おのれ。人間どもめ!』
怒り狂った火龍が、その爪をぶぅんっと振り下ろす。何とかそれを避けた剣清、土煙を上げて後方に下がりながら、セピアとフィーネにこう叫ぶ。
「2人とも、もう少し離れてた方が良いぞ! 下手に近付けば、カウンターであの世行きだからな!」
そう言って彼は、その場から剣を霊刀オロチを振り下ろした。蛇がうねるような刃紋を持つ、片刃反身の魔剣は、精霊に属する火龍に、その衝撃波を深々と突き立てている。
「相手は火の精霊‥‥。属性の同じこの刃で、どこまでやれるかわからないが、食らえっ!」
その間にオーラを練り終えた明は、威力を高めた霊刀ホムラを、思い切り振り下ろした。力を食わえたその刀身は、刀自身の重量を伴って、鋭い切っ先を、火龍へと御見舞いする。
『邪魔だっ!』
「くうっ」
火龍にしてみれば、まるで自身に群がる甲虫なのだろう。それを振り払うように、体をくねらせる。弾き飛ばされる2人。しかしそこへ、フィーネがかけよって、リカバーをかけてくれた。治療の間は、セピアがホーリーフィールドをかけなおしている。
「さすがに硬いか‥‥。だが! 実体があるなら、いつかその鱗も貫ける筈!」
彼らが治療を受けている間、変わりに切りかかったのは、美人。火龍の爪をオフシフトで避け、逆に味方の攻撃の障害となりそうな鱗へと、集中攻撃をかける。しかし、鱗は固く、中々刃が通らない。それでも、彼女は諦めなかった。
「硬い物でも限界はある。諦めずに何度でも試し、必ず動きを止める。これ以上暴れられては敵わん!」
そう叫び、構えを変える美人。
『何をする!』
「その鱗、はがさせて頂く!」
そして、今まで切りつけていた一箇所に、バーストアタックEXを御見舞いする。ある程度ダメージを与えられていたそれは、悲鳴を上げて砕け散っていた。
「これで、攻撃が通りやすくなった筈!」
「おねーちゃん熱いネェ。それじゃ、こっちも頑張るとしますか」
その姿に、謙さんはオーラソードとオーラシールドを唱えた。威力はさほどでもないが、刀にはこれでも自身がある。何度も切りつけては離れ、そして離れては切りつける彼。
「あなた、ちょっと邪魔ですわよ!」
「おわたっ」
が、ちょこまかとした動きは、真莉さんにしてみれば、狙いが定まらず、邪魔だったらしい。本来はアイスブリザードを得手とする彼女、あまり効率が良くないと悟り、後ろから軽くひっぱたいている。
「広範囲魔法には注意しなければな。合図と共に一時引くことも必要だろう」
それを見た美人、苦笑しながらそう言って、前線へと戻った。見方にやられるのは、正直かなり気まずい状況だ。真莉がアイスブリザードを放つ際には、合図をすると言われていたが、その瞬間の見極めは、かなり難しいようだった。
と、美人の警告が、現実になったのはその直後。
『ちょこまかと、うっとおしいっ』
火龍が息を吸い込む。口の中が赤く輝く。刹那、いままでオチャラケた表情のまま、戦っていた謙の表から、笑みが消える。向けられたのは、正面にいた真莉さんだったから。
「‥‥ちっ」
『食らえ!』
軽く舌打ちをして、彼が彼女の前に割り込んだのと、ブレスが吐かれたのが、ほぼ同時。
「あなた!?」
「ばーか、気ぃつけろって言っただろ」
背中を切りつけられたのと同じ怪我を追った謙、それでも真莉への軽口は忘れない。自分を庇ってくれたのだと理解した刹那、普段は穏やかな真莉のコメカミがぷっちんと音を立てて切れた。
「おのれ‥‥、よくも我が伴侶を!」
普段なら、仲間を巻き込まない位置で使うはずのアイスブリザードを、その場で唱える真莉さん。しかもその威力は、牽制に使うためのものではない。
「だから無駄に近付かない方が良いって言ったのに‥‥」
「でも、これはチャンスですわ。コアギュレイト!」
少し離れた場所から、ソニックブームを撃っていたミネアがそう言ったのを見て、当たり前じゃありませんの‥‥と思いつつ、フィーネが火龍の動きを制限する。
『何ぃっ』
「動きが止まった!? 今のうちに!」
ぎぎぃっと動きの鈍る火龍を見て、忍者刀を抜いた一刃が、腹の下を滑り込むように、背後へと回りこむ。そのまま、背中を狙う彼。多少の怪我は、自前のポーションを流し込んでいた。
「次に全てをかけ、渾身の一撃を叩き込んでやる!」
同じ様にポーションで怪我を回復させていた美人、そう言って自身が打ち砕いた鱗を指し示す。
「お食らいなさい!」
真莉が、アイスブリザードを放った。その攻撃範囲に入らないよう、脇に逃れていた明は、背中に張り付く刃と美人に、こう指示を下す。
「今のうちに取り囲め!」
相手の注意を絞らせないようにする為の策である。足の止まる火龍。
「OK! いくよっ!」
その刹那、吐息をやり過ごす為、岩場の影に隠れていたネメアが、体を低くして、丁度口の下あたりに滑り込む。
「今、この正義と秩序の証したる腕輪にかけて!」
逆側から入り込んだランティスが、そう叫ぶと、両手に持った剣を、深々と突き立てる。
「火龍成敗!」
口の辺りへと攻撃が命中した刹那、ミネアは伸び上がるようにして、懐に隠し持っていたナイフで、両目を横一文字に切り付けていた。
『ぎゃあああああっ』
目と口と背中をやられ、悲鳴をあげて倒れこむ火龍。
「トドメは刺しちゃダメですわ!」
だが、駆け寄った冒険者達から庇うように、フィーネが立ち札がっていた。
『な、情けをかけようと言うのか!?』
「違いますわ。でも、貴女だって、死にたくはないでしょう?」
悔しそうな火龍さんに、彼女はそう言って手を差し伸べる。そして、取引を持ちかけるように、こう言った。
「治療して差し上げますから、ここは矛を収めていただけませんか?」
まだ、誤解は解けていない。だから。
「‥‥く‥‥」
一方、重傷を追った火龍も、しばらく考えていたが、不機嫌そうな表情のまま、人形となる。怪我はそのままの形で現れていた。それを、了承の証と思ったフィーネさん、にこりと笑って、リカバーをかけてあげた。
「私には、貴女がお1人でこの計画を練られたとは思えません。どなたかの御知恵を借りられたのですか?」
「‥‥良いだろう。教えてやる」
彼女がそう尋ねると、火龍はある人物の名を上げた。それは、躑躅が崎の館に勤めるある女性武官のもの。しかし、その正体は、奥州藤原家から送り込まれた工作員だと言う‥‥。彼女の手引きで、火龍は封印から解かれ、そして人々に復讐をするようそそのかされたらしい。
「奥州藤原家の手先か‥‥。えらく遠回りだが、強力な方法を考えたものだ」
一刃が、納得したようにそう言った。もしそれが本当なら、お屋形様はいつの間にか藤原家の手先となっている事となる。
「彼女が話した手段なら、怪しまれずにお屋形様を取り込めますしねぇ。恐ろしい策略ですわ」
ため息をつくフィーネ。と、その彼女に延びる謙さんの腕。
「ああ、ひどい目にあった。そこの君、私を介抱してくれないか」
ようやく怪我から回復して、目を覚ましたらしい。しかし、困惑する彼女に対して、横から吹き付けられる雪女のオーラ。
「わたくしが介抱してさしあげます」
「ぎゃあああ、おーーたーーすーーけーー」
先ほどの夫婦っぷりはどこへやら、浮気の制裁を食らう謙さん。どうやら彼女の魔法は、無意識に抵抗できないらしい。
『とぼけた奴らだ』
そんな彼らの姿を見て、手当ての終わった火龍さんは、和解の笑みを浮かべるのだった。その姿に、もう大丈夫と皆が思ったのは、言うまでもない。