●リプレイ本文
●出航
イギリス‥‥ドーバー。その日、冒険者達は、旅立ちの為、港へと集まっていた。
「これを使うような相手と出会わなけりゃ一番良いんだが、な」
見送りに来ていた友人と、ルカ・インテリジェンス(eb5195)に手伝ってもらい、簡易銛を作っていたアラン・ハリファックス(ea4295)は、ロングスピアとロープを足して作ったそれをくるくると回しつつ、そう言った。
「ドーバーの海域内だけでも、それなりにモンスターは出るみたいだから‥‥、全くないと言う事はないかと思うよ」
レオンを手伝って、荷物のチェックをしていたシーダ・ウィリス(ea6039)が、首を横に振っている。と、そこへやっぱり荷運びの手伝いをしていたガイン・ハイリロード(ea7487)が、議長の行方を尋ねてきた。
「例の件でかなり消耗してると思うんだけど、どこに行ったのかな?」
査問会の一件から、それほど時間が開いているわけではない。と、心配していたのは、彼ばかりではなかった。
「議長‥‥っと、もう議長ではないのでしたね。彼なら、今挨拶周りに行ってますわ」
「そっか。歩けるなら、大丈夫そうだな」
常葉一花(ea1123)がその行き先を告げると、ガインはほっとした様にそう答える。
「しかし、これからはどうお呼びしたらよいのでしょうかねぇ‥‥。う〜ん、やっぱり旦那様かしら?」
「ご本人に伺ってみてはいかがでしょうか‥‥。確か今頃は、バンブーデン様の御屋敷で、ささやかな報告会を行っている筈です」
レオンの答えになるほど、と思った一花。また何か考えたのか、積み込み作業をガインに押しつけ、バンブーデンの屋敷へと向かった。
「と言うわけで、この間の一件には、何モノかの思惑が絡んでいるようなのです。どうか、お気をつけてください」
屋敷では、フローラ・タナー(ea1060)がバンブーデンに、聖教会には、裏がある事を報告している。それに立ち会うように、小さな領主ショコラも同席している。見つけた彼女は、こう声をかけた。
「ああ、いらっしゃいましたわね。おや、ショコラ様もご一緒でしたか」
「いちゃ悪いの!?」
即座に反応する辺りが、まだ子供だなと思いつつ、一花はくすっと笑って、彼女の耳元でこうアドバイスする。
「そんな風に、すぐ感情を表に出すと、相手にナメられてしまいますわよ。ここはそう‥‥」
こしょこしょこしょ。ふむふむふむふむ。彼女が何か言うと、頷いているショコラ。直後浮かんだ同じ様な笑みを浮かべたのを見て、議長‥‥いや、ギルバード・ヨシュア(ez1014)がこう言ってきた。
「こらこら、何を吹き込んでいるか」
「「悪巧みの仕方☆」」
声をそろえてそう言う2人。と、フローラがため息交じりに、こう警告してくる。
「そんなモノ吹き込まないで下さい。付け狙われる元になってしまいますわ」
「あら残念☆」
そう言い残し、彼女は逃げるように港へ取って返した。肝心な事は聞けなかったと思いつつ、まぁ旦那様でもご主人様でも良いかなーと、適当な判断を下し、港へと再び向かう。
「はーい、こっちですー。OK、次行きますねー」
そこには、サイコキネシスで、皆の荷物を船へ運び入れているメアリ・テューダー(eb2205)がいた。
「あれ? ガインさんは?」
「あそこでお歌歌ってます。リストのチェックが面倒だとかで」
見れば、ガインが通りすがりの人々に、路上で自慢の喉をご披露している。
「ま、まぁ良いか‥‥。さて、そろそろ乗船時刻ですわね」
集めたお金は、渡航費用に充てるのだろう。そう考えた一花、出航までの僅かな時間を、自身の荷物を積み込むのに当てる。
「‥‥ふぅ、荷物船室に下ろしてっと。どうして、あつはなついのかしら?」
そこには先客がいた。チュチュ・ルナパレス(ea9335)が自分の荷物を、部屋へと運んでいたのだ。彼女が汗を拭いながら、そう言っていると、同じ様に荷物を運んでいた一花が、こうツッコんできた。
「寒かったら夏じゃありませんもの」
「そりゃそうだけど。ああ、でも、憧れだったあの方々と旅行が出来るのね。なんて幸せなのかしらっ。特にあのあたりっ」
ぽややんとした表情の彼女が、びしぃっと指差したのは、積み込み作業中のエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)と、その弟子アルヴィンである。
「卒業おめでとう、アルヴィン」
「まだまだ修行中の身ですから。でも、先生と一緒に旅に出れるなんて、夢みたいです」
一通りの作業を終えた彼を労うエルンストに、アルヴィンはそう答えた。聞いてきた話によると、ケンブリッジ冒険者学校を無事卒業した彼を連れ、ハーフエルフの王国を見聞してこようと思い至ったらしい。
「うふふふふふふ。この報告書と併せた道中の体験は、あたしを高めてくれる筈よ! そう‥‥目標とする語り部ヒメニョ女史のようにっ☆」
いつの間にか、ギルド職員ヒメニョさんには、ファンが出来上がっていたらしい。と、その話を聞いた一花も、目を輝かせる。
「あら、アナタもヒメニョ様をっ!?」
「ええ! いつの日か、あの禁断の書を越える愛の書をっ」
同志だと思ったのか、即答するチュチュ。
「ロシアには、ハーフエルフが多いそうですし、きっと敵いますわよっ」
「ハーフエルフ至上主義だそうですから、色々とありそうですよね。開拓を推奨しているとの事ですし」
そのまま、まだ見ぬロシアの話で盛り上がる2人。ネタにされた方のアルヴィンは、困惑したようにエルンストを見上げる。
「えーと」
「‥‥放っておけ」
即答する彼。と、荷物を積み終わったメアリが、こう報告してくる。
「荷物、積み終わりました。思ったより荷物が多かったので、使わないものは、船倉に放り込んでおきましたわ」
そんな彼女に「ご苦労様です」と答える一花。技術者達も、自分の荷物をあらかた積み終えたらしく、後は出航を待つばかりである。
「ふふ。キャメロットでの生活も悪くはなかったわ。体のキレはイマイチだけど‥‥。怪我自体は治ったわけだから、何時までもリハビリは気取ってられないわね。いい機会だし、我が故郷へと帰るとしましょう。今はどんな状況なのかしらね‥‥」
ロシア出身らしきルカ、暫く戻っていなかった故郷に思いを馳せる。
「こっちは、久しぶりの母国とも御別れですわ。まだ見ぬ新天地ロシア‥‥。どのような所なのか、楽しみです」
メアリにしてみれば、彼女と逆で、故郷を離れるわけだから、少し寂しげな表情にもなる。
「ああ、いよいよ出航ですわね‥‥」
鳴らされる出航の合図。上げられる錨。動き出す船。見送りの人々に別れを告げ、大海へと乗り出す船。その甲板を吹き抜ける風に、チュチュは感性を刺激されたのか、その口から歌が奏でられる。
我が故郷、愛しの故郷、美しき島よ
想いを胸にいま旅立ちぬ
何時か還らん薔薇煙る魂の庭
「戻ってこれるのかしら‥‥」
その歌を聞いたメアリがそう呟くと、歌い終えたチュチュは「たぶんきっと冬あたりにね♪」と答えている。ロシアの冬は厳しいそうだから、越冬気分なのだろう。と、そこへ一花がこう言った。
「いや、冬はむしろ海が荒れますから、部屋で可愛い男の子抱っこしてぬくぬく‥‥」
「きゃーーー」
彼女の台詞に、何かよからぬ光景を夢想したらしい彼女、黄色い悲鳴を上げている。
「先生、ロシアってそう言うところなんですか?」
「‥‥あれは妄想だ」
アルヴィンが目を瞬かせながらそう尋ねると、エルンストは難しい表情をしたまま、即答するのだった。
いつもの事である。
●船上の過ごし方
一花の提案で、船上の見張りは、交代で行う事になった。乗っているのは彼らや同行する技術者ばかりではない。長の旅路に耐える様、船乗り達も交代で仕事をしている。彼らを守るのも、冒険者達の仕事だ。
「さて、見張りの順番は、夜で良いって言われたけど‥‥。それ以外の船旅はどう過ごそうかしら。寝てばかり‥‥と言うのも問題だし‥‥。聞いてて飽きないで、ためになる話が出来る人とかいないかしら‥‥」
とは言うものの、昼寝ばかりしているわけにもいかない。と、暫く流れる景色を眺めていたルカが、あくびを浮かべたのを見て、メアリが声をかけてきた。
「良いお天気ですわね、絶好の読書日和です」
見れば彼女は、真新しい本を携えている。
「何か面白い本でもお持ちですか?」
「はい。この間、マッパ・ムンディを手に入れたものですから。でも、ずっと読んでいると確かに飽きますわね。何か面白いものないかしら」
世界の伝承や地理等が書かれた書物だが、ずっとそれだけを読んでいるわけにもいかない。そう思った彼女、ルカにこう提案する。
「船、散策してみましょうか」
「はぁい、そういう事なら任せてっ。丁度あそこにカモ‥‥じゃなかった、題材がいるわ♪」
と、夕方からの当番となったチュチュが、割り込んでくる。彼女が指し示したのは、甲板で鉢植えの世話を済ませたらしいアルヴィンとエルンスト。
「先生、鉢植えは、船長に頼んで、御部屋の方に置かせてもらいましたー」
「ああ、潮風は植物達に良くないからな。後で礼を言っておこう」
陽の当たらない船倉では、成育も悪くなってしまう。そう考えたらしいエルンストは、船長の許可を取り、鉢植え達を移動していたらしい。
「あとは、何をしましょうか」
「そうだな。交代時間まで、ゆっくり過ごして良いと思うぞ」
その後は、甲板で一休みと言った所か。風の吹き抜ける船上で、昼寝を決め込む彼らに、チュチュは創作意欲を刺激されたのか、「仲良さそうですよね〜」と、よからぬ笑みを浮かべている。
「しかし、暇だ」
一方、そんな彼女の毒牙から逃れたガインは、見張りの時間まで転がりながら、そう呟いた。ペットの妖精であるライアも、「ひまだ〜♪」と、ご主人様の口調を真似ている。そんな彼女の鼻歌を聞いていたガインは、やおら身を起こすと、こう言った。
「ふむ、まだ時間はあるし、ちょっと練習して見るか」
ライアが「みるか〜♪」と言いながら、柴っ太郎と遊んでいるのを確かめると、ガインはやっぱり暇こいていたアランに声をかけた。
「だんちょー! 暇ー!?」
「暇だー」
転がっていた彼、寝たまま手を振ってみせる。
「んじゃ、ちょっと手伝って欲しいんだけど。団長、確か踊れたよな?」
「まぁ、少しはな」
本来、歌がメインのアラン、民族舞踊は必要最低限しか覚えていないが、出来ないわけではない。そう答える彼に、ガイアはこう頼んできた。
「じゃあ、ライアに歌にあわせて踊る事を覚えさせてみたいんだ。オレだと、適当になっちまうから」
「基本だけで良いなら、構わないぞー」
技術的にすぐに追い越されてしまうだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「うん、それで良いよ。そーゆー訳なんで、団長のやる事を真似て、覚えるように」
「ように〜♪」
もっとも、当のライアちゃんは、柴っ太郎の頭の上に乗っかり、すっかりご機嫌さんである。
(「・・・本当に判ってるのかな?こいつ」)
不安になるガイン。そうやって、ライアを歌って踊れる妖精さんに仕立てようと、四苦八苦している蒼穹楽団の2人を見て、シーダもこう言い出す。
「練習か〜。私もやろうっと。ギルバードさん、忙しくなかったら、手合わせしてくれる?」
「ああ、構わないよ」
彼女の申し出を快く承諾するギル。しかし、その傍らにいたフローラが、心配そうに口をはさむ。
「ギル、まだ本調子ではないのですから、無理は‥‥」
「大丈夫。それに、休んでばかりだと、体がなまってしまうしな」
査問会のダメージが残っているであろう夫を気遣う彼女に、ギルはそう答えて肩をすくめてみせる。
「じゃあ、行きまーす」
そう言ってシーダ、手にした棒ではなく、いきなり魔法を唱えている。むくむくと立ち上る煙に、一花がこう言った。
「って、いきなり魔法唱えないで下さいよ。私が代わります」
本来は志士の彼女、魔法を使いながらの戦い方には、心得がある。本当なら、ファイヤーバードや、ヒートハンド等を使いたいと語る彼女に、一花は魔法はあらかじめ唱えておこうとアドバイスしていた。
「なかなか難しいものだねー」
が、そうは言っても一朝一夕には出来ないもので。もう少し実戦経験を積まないといけないかもなぁと、シーダは一花に話した。
「まぁ、すぐには出来ませんよ。皆さん、お茶でもいかがです?」
そこへ、フローラがハーブティを持ってくる。しかし、それはキッチンから甲板に上がる前に、ギルに取り上げられてしまった。
「‥‥私が持って行こう」
「あ、そんな‥‥。まだ体調も万全ではないですのに」
いや、それは語弊がある。正確に言うと、身重の夫人を気遣ったギルが、スプーンより重い物を持たせたくないだけのようだった。
「議長さんとフローラさんって結婚してんだっけ?」
「はい。奥方様のお腹には、お子も宿っておられる筈です」
シーダの問いに、そう答えるレオン。と、彼女は寄り添うように流れる景色を眺める2人に、こう呟いた。
「そっか。なんだか。側にいるだけで、幸せの御裾分けにありつけそうだよ」
「ええ。かもしれませんね‥‥」
だが、一方のレオンは、シーダに言われて、少し寂しそうだ。そんな彼を、シーダは「主の幸せを祈るのも、部下の勤めだと思うよ」と助言する。
「波が‥‥」
折りしも、船が大きく揺れた。バランスを崩し、倒れ掛かるフローラに、横から支えるギル。
「っと。大丈夫か?」
「ええ‥‥」
だが、支えられた方のフローラは、浮かぬ顔だ。
「どうした? そんな顔をして」
「いえ、何でも‥‥。せっかく一緒に居られて、ギルだって今まで積み上げてきたものを置いてこなければならないのに‥‥」
ギルが心配そうに尋ねると、彼女は目頭を押さえ、そう答えていた。
「出来るだけの事はしたさ。それに、新しいモノを一から作って見るのも、悪くない‥‥」
そんなフローラに寄りかかり、新たな道を模索したいと告げるギル。
「そろそろ、最初の寄港地ですが、邪魔しちゃ可哀相ですわね」
彼女の膝の上で、寝息を立て始めたギルと、その綺麗な銀髪を撫でながら、子守唄を歌うフローラを見て、一花は悪戯しようとしていた手を止め、その場を静かに離れるのだった。
●海賊さんいらっさい?
さて、それから3日後。
「この辺りは、島が多いな‥‥。珍しい装飾品でもあれば良いんだが」
だいぶ気温の下がってきた海域で、一花と共に夕方当番となったアランは、周囲の入り江だらけの光景をみて、そう呟く。
「上陸します?」
「ああ、そうしたい。ずっと船に篭っていたのでは、皆の気分も陰鬱になってしまうだろうし」
一花に問われ、頷くアラン。ギルと船長に確かめると、そろそろ補給を行わなければならないので、許可が出ていた。
「専門以上の力を持っているのって、少ないんだよね。職人さん達の警護まで手が回るかな‥‥」
同行している技術者達も、久々の陸地を楽しみたいらしく、続々と上陸している。レオンと共に、彼らに同行していたシーダが、アランや一花を見て、そう言っている。こうして、イギリスの片田舎で、気分転換を済ませた一行は、すっきりとした表情で船へと戻ってきた。
「さて出発か‥‥。護衛の足りない分は、天災と割り切って、船乗りさんに避けてもらわないと。頼むわよ!」
ルカの台詞に、苦笑する船乗り達。殆ど丸投げ状態の彼女に、今度はエルンストがこう指示をした。
「一応警戒をしておいた方が良いだろう。アルヴィン、乗組員の数を教えてくれ」
はーい、と答え、彼は船乗りと技術者、そして冒険者達の数を数えている。
「今は、半分が寝てますから‥‥。このあたりですね」
そのうち、休憩している面々を告げ、エルンストのブレスセンサーの助けになるよう、人数を提出するアルヴィン。
「ウェザーノリッジでは、天候はさほど荒れないと言う結果だったな‥‥。ん‥‥?」
その点呼を済ませ、ブレスセンサーを唱えた。効果範囲を考え、結果を確かめる。ところが、だった。
「どうしたんです?」
「おかしい。数が多い‥‥」
アルヴィンが尋ねると、エルンストはもう一度ブレスセンサーを唱える。しかし、やっぱり数が合わない。その直後、近づいて行く船の音。
「どうやら襲撃みたいですね」
一花が霧の彼方に浮かぶ影を見つけ、そう言った。一気に広がる緊迫した空気。船乗り達がばたばたと錨を上げ、帆を張る中、その雰囲気に耐え切れなくなったかのように、チュチュが不気味な笑い声を上げ始める。
「戦闘? 喧嘩? うふ、うふふふふふ」
「いかん。狂化を起こしたようだ」
瞳が赤く染まっているのを見て、エルンストがそう言った。アルヴィンが怯えたようにその腕を掴んでいる。彼らの他にも、以前保護したハーフエルフの少年を、技術者として同行させているギルは、フローラにこう言った。
「連鎖する可能性があるな。フローラ、彼を部屋に避難させてくれ」
「わかりました」
頷く彼女。そう言って、戦闘の巻き添えにならないよう、安全な場所まで彼を連れて行く。チュチュが歌い始めたのは、その直後だった。
猛くも果敢な英国戦士
自慢の腕を今こそ揮わん
荒巻く波よりいでし者
我等が御旗に平伏さん
偉大なるネギリスの葱が悪を滅ぼさん♪
メロディの魔法にのせ、チュチュも強化した割には、綺麗に歌い上げていた。だが、後半が何故かイギリスではなくなっている。船乗り達に誤解を生みそうな歌詞だったが、彼らもイギリス暮らしが長いので、その辺りは心得ていることだろう。
「よし。今のうちだね!」
シーダがそう言って、スモークフィールドを唱えた。視界が奪われる中、船の影が大きくなる。
「接舷してきましたか! 迎撃するぞ! 続けっ!」
ここぞとばかりに、アランがクレイモアを手にする。シーダの魔法を遮蔽物代わりにした彼は、闇に乗じて、船べりを蹴り、相手の船へと飛び移っていた。たたんっと軽く着地すると、すぐ目の前にいた海賊へ、その刃を突きつける。
「細切れになって鮫の餌になるか、人型のまま鮫の餌になるか。さぁどっちだ、好きなほうを選べ」
低い声音で脅しをかけるアラン。そのまま薙ぎ払える位置へとクレイモアを移す彼に、スモークの向こう側にいた人影は、慌てた風情でこう告げる。
「わわっ。ちょっと待った! あたしだってば!」
聞き覚えのある声に、「えっ」と驚いた表情を浮かべるアラン。慌ててよく見れば、そこにいたのは、すでに知った顔。
「あら、リーナさんじゃありませんか」
少し離れた位置にいたフローラがそう言う。
「まったく。ちょっとした冗談だっつーの」
見送りに来ただけだっつーのと、彼女はむすっとした表情で答えている。
「へぇ、あの人が〜♪ 知り合いが世話になったと申しておりましたわ〜♪」
そんな彼女の姿に、狂化から立ち直ったチュチュが、友人の代わりに、そう挨拶するのだった。
●上陸
さらに数日が過ぎた。陸の風景は、次第に針葉樹の森へと変わっている。その光景を見て、メアリは船の縁によりかかり、感慨深げに空を眺めている。
「船上から見える景色も大分変わってきましたね。‥‥もうすぐロシアですか。期待半分寂しさ半分といったところでしょうか」
目に映る空に、彼女はそう言った。すでにイギリスの面影はかけらもない。心なしか海の色まで違う気がする。
「だいぶ涼しくなってきましたね」
「イギリスともノルマンとも違う町だ。ゆっくり見物するとしようか」
体の冷えたアルヴィンに上着を被せ、そう言って陸へと誘うエルンスト。壁にかけられた航路表では、そろそろロシアの領内に指しかかる頃だ。
「シーダさん。お酒の手配は済みましたか?」
「今、一花さんが受け取りに行っているはずです」
フローラの問いに、レオンの助手役を務めているシーダは、予定表を見ながらそう告げた。立ち寄り先の街には、北国らしい屋根の尖った港があった。冬にはイギリスよりも多い雪が降るであろう事は、想像に固くない。現に、夏場でさえ半そででは少し寒いくらいだ。
「我らも行こうか。珍しい品があれば、見ておきたい」
ギルも異国の光景を目に入れておきたいらしく、そう告げてくる。フローラが頷くと、彼は彼女を伴って、共に港へと上陸していた。
「困りましたわねー。さすがに交渉となると、専門用語が必要でしょうか」
一方その頃。フローラから渡された10Gを手に、夜の宴会用品を購入しようとしていた一花は、覚えたばかりのゲルマン語で、交渉に赴いたものの、片言では中々通じず、難儀しているようだ。
「やっぱり‥‥。俺が通訳した方が良さそうだな‥‥」
アルヴィンと共に上陸したエルンストが、その様子を見て頭を抱えている。その彼が代わりに交渉し、事なきを得たものの、早速話題に上る事になっていた。
「あははは。結構語学って大事なんだねぇ」
「笑い事じゃありませんわよぅ」
シーダがウケているのを見て、ぷうっと頬を膨らます一花。ごめんごめん‥‥と謝る彼女。と、その話を聞いたフローラ、ギルのもとにハーブティを運びながら、こう言った。
「今はまだ、交渉には困りませんが‥‥、向こうに付いてからが大変そうですね‥‥」
「しばらくは、通訳の真似事も出来るがな」
エルンストも、ハーブティをすすりながら、そう答えている。3人の話を聞いたシーダ、思い出したように真剣な表情で、こう言い出す。
「向こうでもイギリス語が役に立てばいいけど、無理っぽいよな。もっともっと詳しく覚えたら、次は向こうの言葉でも良いかも知れないね」
「その為には、もっと色々な事を見聞きした方が良いですわねー」
一花はそう言うと、荷物の中から、手紙用の羊皮紙を取り出した。あて先を見ると、イギリスギルドのヒメニョ嬢宛だ。
「とりあえず、今日の出来事をご報告っと」
どうやら彼女、航海中に起きた事を、ギルドのヒメニョ嬢に逐一報告しているらしい。
「んじゃ、私も何か書こうかな。イギリスでは、語学の教授をしていたんだけど、暫くはキエフで見聞を広めようと思ってね」
「出来上がったら見せてね☆ 是非詩にするから」
真似して何やら書き始めたシーダに、おねだりをするように手を組みながら、チュチュがそう言った。と、それを聞いた一花は、別の羊皮紙をごそごそと取り出す。
「そう言えば、チュチュ様はバードでしたわね。ここに、議長関連のネタ本があるのですが、使います?」
「使う使うー。是非詩にさせて貰いますわ☆」
げほごほと咳き込むギルを他所に、差し出された謎の羊皮紙を見て、大喜びのチュチュ嬢。ちらりとレオンの方を見た所を見ると、いつぞやの茶会で手に入れたものの写しかも知れない。
「お、なんだなんだ。何かやんのか」
昼寝から起きてきたアランが、御茶会と芸の匂いを嗅ぎつけて席に割り込んでくる。
「そうですね。せっかく暇なのですから、何かやりません?」
一花、そのつもりはなかったが、考えてみれば、歌って踊って演出も出来る楽団の面々が揃っている。まだ日数もある事だし、それでも良いと思い始めたようだった。
「あら。そういう事なら、私も手伝いますよ。ネタなら、たくさんありますもの。ねぇ?」
チュチュもすっかり乗り気で、今まで上陸した度に集めたメモを見せている。ガインとライアも「俺もー」「もー」と、揃って手を上げた。
「‥‥なんでそう言う事に‥‥」
「まぁ、良いじゃありませんか。退屈で気が緩むよりは」
一花とチュチュが、自分をネタにしようとしているのを見て、再び頭を抱えるギル。フローラが苦笑しながら、そんな夫を慰めるのだった。
●船上ライブ
イベントは夜にやる事になった。
「どうしてこの時間にやるんだろう‥‥」
見張り当番のルカ、楽しそうに準備を進めるチュチュやアラン、ガインに一花を見て、うらやましげにそう言った。
「もっとも効果的なんだそうですよ。まぁ、ここは陸地に近いですし、こうして見張り台に居れば、問題はないかと」
「いざとなったら、鳴子が鳴るしね」
メアリの説明にルカが船の外に垂らしておいた鳴子を、軽く引き上げてみせる。カラカラと音のなるそれは、敵が近づいて来た時の警報代わりだった。
「始まったようだな」
「思い出しますね。劇場での事」
芸事には疎いエルンストは、アルヴィンと共に観客席に座っている。チュチュがアランから楽器を借りて、一花から聞き出した恋愛話を、妖しげに演奏していた。
「本家本元には敵わないが、何の因果か手に入ったこの槍で、ひとつ舞いでもやってみようか」
その音色に乗って、アランが装備をパッテッドレザーアーマー、マントofナイトレッド、守りの衣、ガ・ジャルグ+1アニマルスレイヤー、オーガパワーリング、獅子のマント留め、プロテクションリング、誓いの指輪に変更する。それが完了すると、今度はガインが曲調を勇猛なモノに変え、高音で繊細さを出していた。普段なら、そこまで指が回らないのだが、今はオーラエリベイションで上げ底をしてあるらしい。
「さて、次はお前の番だからな」
「からなー?」
その次は、ダンスを教えたばかりライアの出番だ。もっとも本人は、本当に覚えているのかいないのか分からない仕草で、ガインの言葉じりを真似ているばかり。それでも彼は、小さな踊り子にあわせ、軽快なテンポで、陽気な曲を奏で始める。
「わぁっ、船が揺れる〜」
「ゆれる〜」
と、その曲が中盤にさしかかった時だった。突然鳴子が響き、船が大きく揺れた。見れば、入り江のはずなのに、大きな波が打ち寄せている。
「あそこ! 波の向こうになにかいる!」
ルカがそう言って、原因を指し示す。見れば、水中から身を躍らせる、巨大な影が二つ。
「子持ちのホエールですか‥‥。体当たりされたくないですね。逃げ切れるかしら」
乗っている船ほどはあろうか。その姿に、彼女はそう言った。
「碇を上げるまで持ちこたえろ。フローラ、お前は技術者達を安全な場所へ」
「はいっ。こっちですっ」
ギルの指示に、フローラはドラゴンバナーを掲げ、鑑賞していた技術者達を、下の部屋へと導いて行く。
「舞台を邪魔したおしおきだ!」
「だー」
その間にライアを肩に乗せたガインは、オーラショットを相手にぶつけた。怯んだそこへ、アランがスピアに持ち替え「お手製銛の威力を味わいやがれ!」とばかりに、それを投げつけている。
「プラントコントロールは無理そうね‥‥。地の精霊よ! かの者に枷を与えよ、アグラベイション!」
入り江には、操れそうな木々がない。いや、海藻はあるが、それに効くかどうかわからない。そう判断したメアリは、そのキラーホエールに、地の魔法を唱えていた。
「よし、動きが止まりましたね。スリープ!」
そこへ、ルカが眠りの魔法を食らわせる。動きの鈍った彼らは、大した攻撃もせず、沖へと引き返していく。
「あ、あれ? もしかして、クジラさんは歌に惹かれただけだったのかも」
「だとしたら、悪い事しちゃいましたね」
チュチュが、気の毒そうにそう言うと、戻ってきたフローラも、そう答えている。しかし、それでも船は、キエフへと向かうのだった。
そして。
「やっとついたー!」
ぴょんっと飛び降りるチュチュ。そんな彼女に、アランがこう告げる。
「チュチュ。今団員募集中でな。気が向いたら、是非声をかけてくれ」
「ええ。わかったわ。で、ロシアで葱って育つのかしら?」
さも当たり前の様に、ロシアネギリス化計画を口にする彼女。博識なエルンストが「アレは元々こちらが原産だ」と教えてくれる。
「なるほど。キエフ、と言いましたか。ここから新たな冒険の始まりですね!」
そんな彼らに、メアリがそう宣言するのだった。