●リプレイ本文
その日、依頼を受けた冒険者達は、ギルド前で待ち合わせていた。
「仕事は三つだったよな‥‥」
依頼の写しとお琴を交互に見るヴァイス・ザングルフ(eb5621)。何の因果か、結局くっついてくる事になったらしい彼女。それを守る事も、自分に課せられた使命だ。
「大丈夫。私、自分の身は、自分で守りますわ☆」
だが、彼女はにっこりと笑って、腰の刀を見せる。菱形の紋章が施されたそれは、かつての主から、餞別に貰ったそうだ。もっとも、扱いきれているかは、はなはだ微妙だが。
「そうじゃ。そんなひ弱い娘っ子より、このわしをじゃなぁ‥‥」
ところがそこへ、よろよろしながら突っ込んできたシフールがいた。
「って、ひっつくなティートっ!」
妙にガタイのたくましいその御仁は、以前の依頼で一緒になった者らしく、ヴァイスはあわてて彼‥‥ティート・アブドミナル(eb5807)を引き剥がす。
「ふははは。こないだは置いてけぼりにされて、寂しかったんじゃぞーーい」
もっとも、ティートの方は、シフールの小ささを武器に、耳元でぷしゅーと息なんぞはきかけつつ、ふにふにと顔を押し付ける。どうやら、依頼そのものではなく、彼が目当てで、ここに潜り込んで来たらしい。
「あ、あれはだなぁっ。って、何か重いぞ?」
首根っこを引っつかみ、ぷらーんとぶら下げるヴァイス。見れば、ティートの背後が、本体と同じくらい膨らんで、垂れ下がっている。
「わしはそんなに太ってはおらーん。というか、なんじゃこの植木鉢の重さは!」
ごっとんと、彼が取り出したその中身は、素焼きの植木鉢である。なんでも、お城で貰ったそうであるが。
「そうじゃ、ヴァイス。このクソ重い植木鉢、お前にやるのじゃ! あと、この前みたいにわしがいない時でもデビルやアンデッドをブン殴れるように、コレも渡しておくのじゃ!」
そのティート、植木鉢は言うに及ばず、マジックグローブもヴァイスに押し付けようとしている。
「って、それはいいから、潜りこむなー!」
「年寄りは大切にするもんじゃ☆」
見た目は、本人が言うほど年輪を重ねているわけではないが、暦年齢は80を超えているそうで、彼はヴァイスの文句なんぞ、まったく聞き入れず、肩の定位置に収まっていた。
「面白いおじ様ですこと」
「‥‥さてと、早速その吹き溜まりっていう場所に向かうとするか」
楽しそうに笑うお琴の横で、クラム・グランマリア(eb6643)はちょっとめまいを起こしたかのよーに、深いため息をつくのだった。
さて、実際に吹き溜まりへ向かう前に、一つやることがあった。話は、キエフの街中を歩いていた時に始まる。
「こう言う依頼は、もう少し熟練した冒険者に頼んだ方が確実だと思うんだけど。少し、その商人さんとやらを調べて見た方が良いかもしれないな‥‥」
「ふむ。俺も、この依頼が貼り出された後に、ギルド職員と商人風の男が、こそこそ話をしてるのを見たーなんてのを小耳に挟んだが、お琴に関わることなのだろうか」
ヴァイスもクラムも、よからぬ噂を耳にしているようだ。
「私は何も聞いておりませんわ。ただ、強い精神力が養えれば‥‥と、あちこちに出向いてますけれど〜」
急に重要人物になってしまったお琴は、おろおろとした様子。相談の結果、彼らは依頼書に書かれた住所を元に、依頼人に詳しい事情を聞くと称して、揺さぶりをかけることにした。
「出発の前に、商人の方の言う、『使える鹿の骨と皮』とはどのようなものか、教えて欲しいんです」
メモを片手に、話を聞いているのは、主にクラムだ。他の面々は、通された応接室で、彼らの話に耳を傾けていた。
「出来るだけ、幅の太い大きな骨がいいな。皮は、痛みの少ないものを頼む。腐っているのはいらないからな」
あまり面白くなさそうな表情の依頼人。だがクラムは、育ちの良さそうな顔立ちに笑みを貼り付けたまま、次々と質問を投げつける。ぶすくれたままの依頼人の話によると、皮も骨も装飾品等に利用するそうである。それを聞いたクラム、いよいよ本題へと切り込んでいた。
「わかりました。でも、骨と皮の枚数を数えるだけ? 普通に『採取』を冒険者に頼めば良いんじゃないですか?」
「‥‥お前達に頼んでも、具体的にはわからんだろうに」
やや間を置いて、その依頼人はそう言った。そんな彼に、クラムは「そうですか?」と、首をかしげた後、笑みを落として告げる。
「こういった鹿の骨や皮がある場所、僕は他に知っているんですよ。そちらはアンデットもいなくて安全ですし、依頼で指定された場所よりも近いんです。今回は、僕たちをそこに向かわせてもらえないでしょうか? 近いし安全だし、僕らにとっても依頼人にとっても有益な話だと思うんですが」
「冒険者は危険を好むと聞いている。へっぴり腰なら、この話はナシだ」
予想通り、彼は少し怒った表情で、クラムを突き放した。その姿に『何かあるな』と悟ったクラムは、さらにこう突っ込んで見せた。
「どうして、そこに拘るんです? 何か理由があるんですか?」
「そんな事、貴様達に話す必要はない。冒険者は、言われた通りの事をしてりゃあいいんだよ!」
席を立った依頼人は、大きな声でそう叫び、クラムを突き飛ばしていた。
彼らが、屋敷を追い出されたのは、その直後である。
出発した彼らはその後、警戒をしつつ、目的の場所へと向かっていた。
「そろそろ目的地なんだが‥‥、日が暮れてきたなぁ‥‥」
「ボク、昼間がいいって言ったのにー」
夕暮れ時。赤い日差しが入り込む森で、立ち止まるヴァイスに、不満そうにそう呟いているイコロ(eb5685)。
「よし。それならばここで野営をしましょう。夜が明けたら、穴に向かえばいいですから」
彼女が陽魔法の使い手である以上、それは当然の要望だ。それに、出来るなら少しでも動きの鈍くなる昼間に向かいたい。そう判断したディルフォン・エルスハイマー(eb8677)、森を抜ける直前に、一夜を明かす事を提案してくる。
「夜営は2人一組の交替で行うようにしようぜ」
ヴァイスがそう答える。と、肩のティート、ぐりぐりと頬の辺りを、彼のたくましい筋肉に押し付け、目を潤ませる。
「わしは、ヴァイスと一緒じゃなきゃ、いやじゃー」
「仕方ないなぁ‥‥」
まぁ、見張りくらいは、どっちでもいいので、根の優しいヴァイスさんは、ため息をつきながら、夜の組に立候補してくれるのだった。その間、保護対象のお琴は「野獣とか、出ないといいですねー☆」と、笑顔でそのまま就寝中。
が、世の中そうは行かないもので。
「そっち行ったのじゃーー!」
「待てーー! 朝飯にしてやるっ!」
明け方、空がうっすらと白み始めた頃、敵は現れた。と言っても、普通の鹿だったりするのだが。追いかけるヴァイスとティートの前で、そいつは驚いたように、森の奥へと消えてしまった。
「逃げちゃいましたね」
「仕方がありませんよ。さしあたっての危険がなければ、後回しにしましょう。少なくとも、依頼内容にあるアンデッドとの戦闘は、避けられないでしょうし」
お琴が眠い目をこすりながら、残念そうにそう言うが、ディルフォンは首を横に降った。無駄な殺生も魔力も、消費する事はない‥‥と。
「ちょっと休憩したら、様子を見に行くぞ」
「わかったのじゃ」
座り込むヴァイスの肩で、頷くティート。しばらくして、落ち着いた彼らは、その吹き溜まりへと向かった。
「すごい死臭ですわ‥‥」
「そりゃあ、墓場だからでしょうね。デティクトアンデッド!」
鼻を押さえるお琴に、そう答えたディルフォン、魔法を唱える。セーラの御力は、彼に死体に潜むアンデッド達の、だいたいの大きさと数を教えてくれた。
「どうやら、一部がアンデッド化しているようですねぇ。数は‥‥6匹ってところでしょうか」
「見てくるのじゃ」
パタパタと、ヴァイスの肩から飛んでいくティート。あれだけまとわりついていても、やるべき事は、しっかりと心得ているようだ。
「どうです?」
「骨やゾンビになってるけど、動きは鹿そのものじゃったぞ」
空中から答える彼。それによると、死体は全てがゾンビになっているわけではなく、その一部が、死した事を理解できていないかのように、半ば腐り落ち、骨になりながら、餌を求めてうろうろしているとの事だった。
ところが。
「やばい。見つかったのじゃ!」
忍び足は出来るが、気配は殺せないティート、鹿にかぎつけられてしまったらしい。ゾンビになると、生身の人間は餌にしか見えないようで、鹿は前足で地面をかきながら、ゆっくりとこちらに狙いを定める。
「囲い込みましょう。クラムさん、ヴァイスさん、協力してくださいね」
「頼むぞ、ウォーシンザン」
頷いた二人は、鹿の動きがゆるい事を幸いに、反対側へと回り込む。特にヴァイスの戦闘馬は、後衛組の護衛として、傍にいるよう命じていた。
「わしにはないのかー」
「ティートさんは、空から急襲すれば良いと思いますよ。得意なことを分担しあって必要なことをできる人がやると言うのも正しい姿なんじゃないかな?」
肩の上のティートが不安そうに、空中へと舞い上がると、イルコフがそう言って慰めた。納得できる理論ではあるので、言葉につまる彼。
「来ました!」
そこへ、助走をつけたゾンビ鹿が、角をこちらへと向け、突進してくる。
「レジストデビルっ!」
その角がたどり着くまでに、魔法を唱えるディルフォン。それでも、鋭い角は、彼の皮鎧に突き刺さるほどだった。
「意外と力ありますね‥‥。あの角が、さびた剣の代わりになっているようです」
血こそ出ていないが、ずきずきと激しく痛む。その威力に、ディルフォンが、腰に下げたリカバーポーションを取ろうとした刹那である。
「待って」
イルコフスキー・ネフコス(eb8684)がその手を押さえた。彼は、にっこりと笑って、彼にこう申し出る。
「大丈夫。傷ならボクが直すから。その分、君の魔力は、彼らを眠らせるのに使って欲しいんだ」
彼は、ディルフォンの傷に、リカバーを唱えてくれた。白く優しい光が、傷口を包み彼の傷を癒してくれる。
「ありがとう」
「礼なんて‥‥。だって、痛みを我慢して戦うなんてことになってほしくないし、なにより神様もこうして奉仕することを望んでいるんじゃないかと思うからね」
完治したディルフォンがそう言うと、イルコフは首を横に振る。クレリックらしい主張に、同じくセーラ神の使徒たるディルフォンは、治った肩を振り回し、イルコフにこう頼む。
「そうですね。では、治癒は任せましたよ!」
「はいっ」
そのまま、前面へと立つ彼を見送りつつ、元気よく答えるイルコフ。その先では、なかなか近づけないティートがいた。
「えぇい、邪魔じゃ! ヴァイスに近づけんではないか!」
「援護するよ! お日様が出てれば、ボクだって負けないんだ!」
イコロが、後ろからサンレーザーを放つ。日の光を集められたそれは、半分腐ったその肉を、音を立てて焦がしている。その間に、ティートはヴァイスの元へまっしぐら。
「この、骨野郎がぁーーっ!」
立ちはだかる鹿ゾンビは、マグナブローで黒こげだ。ところが、彼がヴァイスの肩にしがみついた直後、死体がごろりと転がり、まるで鬼火が立ち上るように、一匹の鹿が浮かび上がる。
「あれは‥‥レイス?」
戦慄の表情を浮かべているイルコフ。半透明なそれは、他の鹿と同じように、前足で地面を掻く。
「このままじゃ‥‥。えぇい‥‥!」
イコロが、サンレーザーを放つが、抵抗されてしまったのか、かすり傷程度しか与えられていなかった。
「どうしましょう。確か、レイスは触ると怪我するって言いますし‥‥」
手を出しあぐねているディルフォン。ホーリーライトで逃がさないようには出来るが、うかつに仕掛ければ、こちらが痛い目を見てしまう。
「ふんっ。怪我を治す手段はあるんだろう? おそるるには足らないさ!」
だが、正面のヴァイスは、後衛のイルコフをちらりと見る。頷くディルフォン。そうだ。多少の怪我なら、彼が治してくれる。傷付く事を恐れていては、解決なんぞ出来ない。
「全員散開。絶対に奴を逃がさないでください!」
乱れてしまった隊列を、整えさせる彼。
「聖なる光よ‥‥!」
「太陽の光よ‥‥!」
イルコフとイコロが、それぞれの魔法を、レイスへとぶつける。白い光と輝く光線は、重なった刹那、レイスの青白い肌を焼く。
「わしの愛を受け取るのじゃぁっ」
その間に、ティートがヴァイスの拳に、バーニングソードの魔法をかけた。胸の辺りがごそごそしているが、この際目を瞑ろう。
「来やがれ!」
突進してくるレイス。スピードはあまりない。ヴァイスは、それをまるで闘牛のように受け止めた。
(「止めてやるっ!」)
マジックグローブ越しの手がじんじんとしびれてくるが、これを抑え切れなければ、後方のイルコフやイコロに突っ込んで行ってしまう。耐える彼。
「こんのぉぉぉぉぉっ!」
そう叫ぶと、赤い光に包まれた彼の筋肉が、むきょっと盛り上がる。受け止めたレイスが、ふわりと中に浮いた。
「死せる鹿よ! 消えやがれぇぇぇぇ!!」
そのまま、スープレックスの要領で、レイスを投げ飛ばすヴァイス。
「‥‥と、とりあえず、ホーリーフィールド唱えますから、中で休憩してくださいね」
全てが終わった後、イルコフがそう言って、安全に休ませてくれるのだった。
なお、クラムが揺さぶりをかけたせいか、警戒していた襲撃はなく、その後は順調に仕事をこなせたそうである。