【王室御用達】もったいない

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月06日〜02月11日

リプレイ公開日:2007年02月18日

●オープニング

 ロシアの冬は寒い。
 が、そんな寒さにも負けず、熱く盛り上がる連中はいる。つか、寒いので余計引っ付くと言う悪循環を生み出している存在がいた。そう、出来上がっちゃったカップルである。
 それは、数日前から始まった。別にあまりべたべたしていた自覚はないのだが、ごくごくまっとうに逢瀬を重ねていた所、事件は起きたのである。
「それじゃあ、また来週のお休みにね」
「ああ。いつもの店で待ってるよ」
 次の逢瀬の約束をして別れる男女。キエフのみならず、世界中どこでも見られる恋人達の光景である。いや、この場合、恋人に限らないが、ごくごくまっとうに仲良くしている御仁達に、災いはふりかかった。
「ふふふ。この季節にずいぶんと熱い事で」
 宵闇の迫る刻限、建物の影から現れる少年が1人。家路へとつこうとしていた女性が、驚いて「だ、誰ですかっ?」と尋ねると、彼はこう言った。
「誰だって良いだろ。でも、もったいないな‥‥」
「はい?」
 その少年は、つかつかと歩み寄ると、目を瞬かせる女性の頬に触れて、こう囁いて来た。
「だって、君はこんなに可愛いのに、こんなところで埋もれているなんて」
「い、いえ。あのー‥‥」
 冷たい手だった。長時間外にいたのだろうか、まるで氷にでも触れられたようだ。温度だけではなく、色もまた雪のように白い肌をもったその少年は、彼女の耳に唇を寄せて、こんな言葉を紡ぐ。
「まるで、雪に埋もれた彫刻のようだよ。どうかな。提案なんだけど、君、貴婦人になってみないかな」
「貴婦人って、そんな‥‥。私、ただの織物屋の売り子ですし‥‥」
 突然の申し出に、その体を引き剥がそうとする女性。しかし相手は、しっかりと女性の腰に手を回し、その細い体にも関わらず、プロの冒険者のように力強く、いくらもがいても逃れられない。
「世には、市井出身の貴婦人も多いんだ。僕らが手伝ってあげるよ。ね?」
 目を覗き込まれた瞬間、彼女は引きこまれるような感覚を覚えた。そして、あれほど困惑して、嫌な感じがしていたにも関わらず、急速に魅力的な存在になったように思えてきた。
「だから、もっと可愛らしく、綺麗になってみないかな」
「はい‥‥」
 こくんと頷く彼女を、少年はようやく解放してくれる。その後、女性はしばらくぼんやりと立ち尽くしていた。

 数日後。
「と、話をしたまま、それっきりだそうだ」
 議長宅で、ルーリック家のエージェントにして、王妃付き衛視でもあるトーマが、女性達が謎の少年達に言い含められ、次々と家出する事件を持ち込んでいた。
「それで、私に話を‥‥?」
「ああ。貴様の所の織り子ばかりではない。届出の出ているだけで5件‥‥。どういう訳か、カップルの片方が、行方不明になる事件が起きていてな‥‥。中には、以前王妃のパーティに出席した貴族のご令嬢も混ざっているんで、ゆゆしき事態だと思っていたところだ‥‥」
 差し出された、行方不明者のリスト。そこには、古着屋の看板娘、それに王妃と付き合いのある貴族令嬢から、侍女の親戚、それにたまたま町へ出てきていた辺境同盟の妻子も含まれていた。
「これは‥‥。確か、辺境同盟の‥‥」
 特に、辺境同盟の妻子は、1人ではない。都会へ遊びに来ていて、ハメをはずしてしまったのかもしれないが、若い娘ばかりではなく、夫のある女性まで行方不明と言うのは、少々納得の行かない事象だ。
「向こうとしては、キエフの治安が悪いせいだと思っているようだ。だが、国王陛下としても、開拓の都合上、辺境の村々に喧嘩を売りたくはない。かといって、表向きに騎士団を動かすわけにもいかんのでな。冒険者に依頼をと言うわけだ」
「‥‥わかりました。私も売り子が巻き込まれている事ですし、お手伝いさせていただきます」
 事情を話すトーマに、そう言って頷く議長。こうして、冒険者ギルドに依頼が載った。

『謎の少年にかどわかされて行方不明の恋人達を探して欲しい。中には貴族令嬢も混ざっている。詳細は当家にて、ルーリック家のエージェントが説明するとの事』

 もうすぐ、バレンタイン。
 それまでには、解放してあげたいものである。

●今回の参加者

 eb0826 ヴァイナ・レヴミール(35歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)
 eb9567 シーリス・サイアード(19歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb9793 トーニャ・ロゾトワ(23歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec0886 クルト・ベッケンバウアー(29歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0982 レンリー・メルフィーア(21歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ec1000 パシクル(29歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 集まった冒険者達は、議長宅で行方不明者のプロフィールが書かれたリストを受け取り、また、その根幹には、イリュージョンやチャームの使えるハーフエルフの少年が関わっているのだろうと言うイルコフスキー・ネフコス(eb8684)の意見を受け入れ、動機に人身売買が関わっているのではないかと言う推測の元、関係のありそうな各所へと足を運んでいた。
 しかし、行われているのがキエフ市内だけと言っても、結構広い。チャームを使えるハーフエルフの少年を探すレイア・アローネ(eb8106)だったが、その人数の多さに、既にげんなりしていた。
「しかし‥‥。キエフでハーフエルフ探しはかなり骨が折れるな‥‥」
 吟遊詩人のハーフエルフだけでも、かなりの数に上る。それを一人一人洗っていくだけでも、かなり時間がかかってしまいそうだ。
「捜索願にあった通りは、このあたりだね」
 その頃、クルト・ベッケンバウアー(ec0886)とトーニャ・ロゾトワ(eb9793)は、居なくなった者達がデートに使っていたと言う店に行き、不審な人物がいなかったかを調べていた。
「あら。この間の‥‥。ねぇねぇ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
 町の繁華街のひとつで、情報収集を行っていたトーニャ、店員の1人に、なじみを見つけ、ここぞとばかりにしなだれかかる。その色香に戸惑った店員は、店に出入りするバードの事を、すんなり答えてくれた。もっとも、怪しいと言った事はなく、だいたいがギルドの紹介状を手に、仕事をしており、勤務態度が真面目な奴も不真面目な奴もいるが、概ねいつもの範囲内だそうだ。
「この界隈を流しているバードさんは、ギルドから派遣されてるから、身元は確かみたいだね。ハーフエルフに口説かれたなんて、沢山あるみたいだし」
 中には、客に強すぎるアピールをするバードもいるようだが、店員の見ていた限り、自分の好みへ声をかける等の、ごくごくまっとうな行動のようだ。
「そうねぇ。私も出会いは、片手の数では足りないかも‥‥」
 そのあたりは、トーニャも数多く経験している。もっとも、その出会いには、生活の為の稼ぎも、かなり含まれているのだが。
「その中から特定するのは、難しそうだね。ちょっと方法を変えてみようか」
 そう言って、クルトは別の場所へと足を向ける。逢引現場は一つ二つではないから。
「と言うわけで、教えてよ。お兄さん。サービスしちゃうから☆」
 一方、シーリス・サイアード(eb9567)もその色香を使って、怪しいハーフエルフ少年の事を尋ねていた。だが、店の主は、彼女の色香にも動じず、ただ、そう言う少年がいた事を知らなかったと言う。そして、さらに奇妙な点が一つ。
「なるほど‥‥。確かにこの位置なら、路地裏も見えるしね‥‥。でも、隠れている様子はなかった‥‥と」
 店の入り口は一つしかない。この時期、寒いので窓は閉められており、外から中をうかがい知る事は出来ない。にも関わらず、店から出た時間と、少年が口説きに来たタイミングに、そんなに差がないのだ。
「どうでしたー?」
「行方不明者は、たいていその近くのお店を利用していたみたい。けど、お店の人の話じゃ、怪しいハーフエルフはいなかったみたいよ。ただ、依頼に出てたお兄さんは、突然現れた感じ」
 情報交換の場として、冒険者酒場を選んだシーリス、戻ってきたイルコフに、そう報告する。そこへクルトとトーニャも、シーリス同様、聞き込んできた話を、イルコフへと伝える。
「こっちも同じ情報です。その謎のチャーム使いは、待っている風情もなく、突然現れた‥‥と。しかも吹雪の数時間後に」
 他の店でも、その事件が起きる前に、何らかのアプローチがあったと言う話は聞かず、さらにもっと言うと、その数時間前に、突発的な吹雪が起きたそうだ。
「こっちは‥‥。こんな感じだったよ」
 今度は
「男の人で行方不明になった人もいるようですけど、住所はこのあたりだね。ああ、あった」
 被害者のパートナー宅を訪れるイルコフ。事情を聞きたいと申し出ると、すぐさま中へと通してくれた。
「行方不明者は、女性ばかりではないので‥‥。出来れば人となりを確かめたいのです。容姿が女性と間違えられたからなのか、共通の趣味・特技があったからなのか‥‥と思いまして」
 その申し出に、パートナーの青年は、恋人の詳細を教えてくれた。それによると、少し前に、2人で町外れの森に出かけた事があると言う。デートの代わりと言うそれは、同じ時期から、口コミで広がったとの事だ。
「他の人も同じ‥‥ですね」
 しかもそれは、その男性カップルばかりではなく、ごくごくノーマルなカップルや親子も、何かの用事で、その森へ向かった事があると言うのだ。
「いえ、一つ聞かせてほしいのです。あなたとあの人の関係を‥‥どんな些細なことでもいい、辛いと思うが協力してほしい」
 その頃、ヴァイナ・レヴミール(eb0826)はカップルの関係者を当たっていた。そして、最近行方不明者と、何かトラブルがなかったかどうかを、確かめている。
「ふむ。関係そのものは空振りか‥‥。せいぜい、本人達の仲の良さをうらやんでいる‥‥と言った所だな。後は‥‥付き合っている期間が結構短い‥‥と言うことだな」
 それによると、カップルはいずれも、最近付き合い始めたそうだ。そして、付き合い初めの頃に良くあるように、盛り上がりすぎて、周囲から嫉妬を抱かれる。その結果、日と目に付かない場所を選んでいるらしい‥‥と、被害者の同僚が教えてくれた。
「どうも何か一つ秀でたスキルを持っていたようじゃな」
 その頃、同じように被害者が行方不明となった周辺の店と、その周囲の調査をしていたパシクル(ec1000)とレンリー・メルフィーア(ec0982)は、出入りしていた面々に、何らかの秀でたスキルがある事を知った。
「やっぱり、観賞用にコレクションが妥当かのぅ‥‥。共通点が見つかればいいんじゃが」
 と言っても、例えばパン屋の看板娘だったら、いつでも笑顔で応対してくれて爽やかな感じだとか、辺境同盟の娘さんだったら、いつも綺麗な花を生けてくれる‥‥とか、一般人レベルで、特に何処かの店に出入りしていた‥‥と言った事はないようだ。
「ギルドに聞いてみましたけど、ご所望の同じ条件のお店は、このあたりですね」
 ゲルマン語を話せないパシクルの代わりに、レンリーが交渉にあたっているらしい。
「条件からして、毎日起こっていても不思議はないからのぅ。もしかすると、失踪に至る前の女性、もしくは男性に会えるかもしれん」
 パシクルの考えでは、条件が同じなら、目星をつけられている御仁がいると睨んだようだ。
「空振りかのう‥‥」
 今まさに口説かれている最中の女性に会えるかと思っていたが、似たような条件の女性が多すぎて、判別がつかなかったようだ。
「地図では、北側に偏ってるみたいですね。高級住宅地も含まれているみたいですし」
「ふむ。では、レンリー様が言っていた店に行ってみるとしようかの」
 このまま無駄に過ごしても仕方がない。そう判断したパシクルは、手がかりを求め、レンリーと共に、消えた織物屋の娘と、その彼氏が会う約束をしていた店へと向かう事にした。
「目撃者か何かがいるかもしれんな。ちと聞いてきてもらえんか?」
「はーい」
 頷いて、彼の要求通りの問いを投げかけるレンリー。しかし、やはり『ハーフエルフの少年に口説かれている、何か特殊なスキルを持った女性』では、特定は出来なかった。
「うーん。結局、雪の日に起きるって事しか、わかりませんでしたね」
 ただ、行方不明者が要ると言う噂だけは広まっており、話によると、だいたい雪の日に起きる‥‥と言う事はわかった。
「いや、それだけでも収穫じゃろう。普通の小ぶりなちらつき雪ではなく、吹雪が止んだ直後に限ってと言う事じゃから」
 パシクルの耳にも、そう言う話が聞こえていた。しかも、雪に慣れたロシアの人間でも、外に出るのをためらうくらいの暴雪時の直後、行方不明になっているようだ。
「やっぱり魔法使いなんでしょうか‥‥」
「かもしれんなぁ‥‥。ウェザーコントロールと言う手段もあるし」
 何らかの関与を確信しつつ、2人は待ち合わせ場所となっているシーリス行きつけの酒場へと戻ってきた。既に、他の面々も戻ってきており、一行はそれぞれ情報を交換する事にした。
「共通した時間帯と天気がある事は分かりましたよ。そっちはどうです?」
「怪しいハーフエルフの情報は得られませんでした。どうも、見覚えはなく、いきなり現れて、魔法を使った形跡がないんですよ」
 レンリーの報告に、クルトがそう答えた。普通、魔法を使えば、術者の体が光るもの。しかし、そんな目撃情報はない。
「こっちも、魔法に関しては、使った形跡ゼロじゃなぁ‥‥」
 天候を変更するならば、やはり魔法を使うはず。しかし、その形跡はなかったようだ。
「ふむ、ということは‥‥この事件、まだまだ行方知れずが増えるな」
「年頃の女の子や、カップル、夫婦なんか危険そうですね」
 一通りの話を聞いたヴァイナがそう言うと、レンリーが指折り狙われそうな御仁を告げる。
「後は‥‥、商店とか貴族とかですね。議長に頼んで、窓口開けてもらいましょう」
 人身売買が絡むとなると、輸出先は貴族が大半だ。しかし、そう言ったコネのないレンリーは、議長に仲介を頼もうと、席を立つ。パシクルが「お供するのじゃ」と、ついて行った。
 ところが。
「あれ? 貴族にエルフって少ない?」
 大掛かりなお金の動きこそわからなかったし、貴族の動き自体もいつもと変わらない様子だったが、たった一つ違うとすれば、議長の知っていた貴族に、エルフが思いのほか少ないと言うものである。ハーフエルフ至上主義の都合上、仕方がないのかもしれないが。
「だとすると、次に狙われそうなのはエルフか‥‥。めぼしい奴をマークしたいんだが、さすがに無理かな」
「囮も考えたんだけど。ばれた時に消えた人達の行方がわからなくなる恐れがあるから、いい方法じゃないしねー」
 ヴァイナの意見に、首を横に振るレンリー。しかし、結局これと思しき御仁は現れなかった。そこで、急遽カップルを仕立て上げ、少年の出没範囲を歩かせる事にした。隠密行動に長けた者達は、近くの物陰で、そうでない者は、店の中で待機して‥‥である。
 そこへ、仲の良さそうなふりをして現れるのはトーニャとレイア。まぁ、どちらかと言うと、トーニャが誘いをかけたように見えるが、彼女の生業を考えると、ごく自然な成り行きだろう。
「すみませんねぇ。単独だと、同伴するのが、なじみのお客様になってしまいそうで‥‥」
 そう言って、レイアに謝るトーニャ。まだお嬢様気分の抜けていない性格ゆえか、1人で行動すると、どうしても顔見知りの誰かに頼んでしまいたくなるそうだ。だが、なじみ客とは言え、一般人。巻き込むわけにはいかない。
「それは仕方がないな。それに、この策自体は、悪くないと思う」
 気にするな‥‥と、口の端に笑みを浮かべつつ、そう応えるレイア。彼女とて、一般人を巻き込みたくはない。そこで、行動も出来て、なおかつどちらが引っかかってもいいよう、女性同士のカップルをでっち上げたのだ。
「パシクルの話では、議長がちょうど販売経路についての会議を行うそうだな。食事会も兼ねているらしいぞ」
 ハーフエルフの貴族に、エルフの召使‥‥と言った面々も多いだろう‥‥と告げる連絡係のクルト。既に、レンリーとパシクルはそちらへ向かったようだ。
「行ってみましょうか。何か分かるかもしれないですし」
 トーニャが促すと、彼女はこくんと頷いて、指定された会議場へと向かう。
「吹雪‥‥?」
 一方、潜入したその議場で、シーリスは、窓が風で騒いでいる事に気付く。そぉっと開けて見ると、いきなり猛烈な風が吹き込んできた。
「来るぞ‥‥。下がっていろ、トーニャ」
「は、はいっ‥‥」
 それは、外にいたレイアとトーニャのところも同じである。囮となる為、武器を携帯していないトーニャを庇いつつ、レイアは吹雪の中心部を、注意深く観察する。
「なんだ。ネズミさんがうろちょろしてるかなぁと思ったら、女の子か」
 と、吹雪から声が聞こえたように感じた。いや、よく見れば、その中心部に、白い肌の少年がいる。
「貴様がこの事件の主犯か」
「主犯? ああ、犯人って事? そうだね、そうかも」
 レイアの台詞に、きょとんっとした表情の彼、あっさりとそれを認めていた。
「何を言って‥‥」
「人間の言う事はよくわからないけど、僕は姫様の意に従ったまでさ。何しろ、人形遊びにハマっちゃってねぇ」
 トーニャが怪訝そうな顔で尋ねると、彼はそう言って足音も立てずに近づく。
「うん、これなら両方とも合格だね。姫様も喜びそうだよ」
 にやりと笑う彼。差し出された手は、氷のように冷たい。
「まさか‥‥。浚われた人達ってのは‥‥」
「幸せそうだよ。氷の中だけどね」
 レイアが恐る恐る尋ねると、彼は自慢げにそう言った。「なんて事を‥‥」と、絶句するトーニャ。
 と、その時である。
「だったら、その人形は、残らずこっちへ返してもらおう!」
 凛とした声が響き、黒い光と表現するべき一撃が、少年に向かって一直線に飛んでいく。
「何者っ」
 あたった部分を押さえながら、くるりと振り返ると、3mほど先に、ディストロイを撃ったばかりのヴァイナの姿が。
「人は知らずに人に魅了されるものだ。それが、私欲により心を操るとは、恥をしるがいい!」
 再び、詠唱が開始される。
「えぇいっ!」
 その間に、今度はイルコフがホーリーの魔法を撃ち込んだ。威力こそ低いが、射程は長い。15m程飛んで行くそれは、少年の体を包み込む。
「仕方ないなぁ。それじゃ、僕の担当の分は、返してあげるよ。明日の朝には、家に戻ってると思うよ♪」
 少年は、そう言うと吹雪の中へと消えて行った。その直後、まるで彼と共に姿を消したかのごとく、吹雪までが止んでいた。
「あ、あれ? どこに行ったんだろう‥‥?」
 きょろきょろと周囲を見回すイルコフ。いなくなった場所にかけよるが、足跡すらなかった。
「砕けた時に、氷を砕くような音がした‥‥。人間じゃなかったのかもしれないな‥‥」
 ヴァイナが、魔法を放った時の手ごたえを評して、そう呟く。
 なお、この後、行方不明になった者達は、翌朝自宅へと帰ってきたそうだ。
 もっとも、その間の事は、まったく覚えていないようだったが。