【王室御用達】温泉掃除

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月10日〜02月15日

リプレイ公開日:2007年02月21日

●オープニング

●ホットレイクに現れたモノ
 キエフから一日。陽の落ちた刻限、湖へと繋がる川に現れた影みっつ。
「トーマ様、稚魚は放流いたしました」
 そのうちの2人が、聞き覚えのある名前を告げ、頭を垂れた。傍らには、何か大きなものを入れたと思しき桶。しかし、すでに中身はなく、水さえ入っていない。
「そうか。ではこれで、手配は済んだ。撤収するぞ」
「かしこまりました」
 その姿を見て、満足そうに呟く彼。姿を消す彼らの向こうで、川の水面に、何かの影が跳ねた‥‥。

 さて、その数日後。
「はいはいはーい。急いで掃除して下さいねっ。これから王妃様が来るのに、散らかったままでは、申し訳ありませんから」
 ホットレイクの岸辺にある村で、塵除けの三角巾を頭につけて、割烹着姿のお琴が、お手製の箒を片手に、テラスの雪をお掃除中。
「すみません。こんな事させちゃって‥‥」
 手伝っているのか、それとも手伝わされているのか、同じように掃除に精を出しているのは、アルヴィンである。
「いえ、これも王妃様にお仕えする私のお仕事ですもの。でも、よかったですね。水門直って」
 彼らが掃除しているのは、エリザベータの別荘となる施設。庭先からは、村の水源となっているホットレイクが一望でき、そこから流れる凍らぬ水も、周囲の氷にきらきらと反射している。
「ええ。でも‥‥」
 しかし、一方のアルヴィンは、ちょっと不安そうだ。
「何か問題でも?」
「いえ。森の方で、怪しい人達がまだうろうろしてたって話を聞いたので‥‥。ちょっと心配で‥‥」
 お琴がそう尋ねると、彼はそう答える。なんでも、数日前から村の者ではない身なりの男達が、森をうろうろしていたそうである。
「あれ? 何か接近中‥‥」
 ところが、健全に機能している水門の向こう側から、水音を蹴立てて進む1匹がいた。
「なにかしら? お魚‥‥?」
 細長いそれは、水にすむ生き物のように見える。しかし、お琴とアルヴィンが、首をかしげていると、その刹那、水の中からばちばちと雷のような音が鳴り響いた。
「って、い、今のは一体‥‥?」
 顔を見合わせる2人。その目の前で、自ら尻尾を除かせたのは、体長は1m弱の、ぶっというなぎだった。
「ど、どうしてこんな所にウナギがいるんですのっ!?」
「わからないけど、ここらへんは温泉効果で暖かいですから、それに惹かれたのかもしれません」
 しかも、ばちばいと体の周囲に雷をまとわせている所を見ると、いわゆるエレクトリックイールと言う奴だろう。
「大変! 急いで連絡しなきゃ。王妃様が来る前に、蒲焼にしちゃわないとっ」
 はっと我に返ったお琴さん、振り返りもせず、村のほうへ向かって走り出す。アルヴィンが止めるまもなく、「アルヴィン様は、お掃除手伝っててくださいのーーー」と言い置いたまま。
「どうしよう。やっぱりアレ、言った方がいいかなぁ‥‥」
 顔を引きつらせる彼。その視界には、ちょうどエレクトリックイールを狙っている、ジャイアントオウルが3匹も映っていた‥‥。

●王室からの依頼
 さて、その報告が届く頃、議長宅に、ルーリック家紋章入りの馬車が横付けされ、その中からトーマが現れていた。
「トーマ様、お呼びくだされば、こちらから出向いたものを‥‥」
「いい。こうして巡回に出る事もまた、王家の威信を示す機会ゆえな」
 相変わらず無愛想なまま、応接間へと通されるトーマ。機嫌のよしあしの分かりにくい彼だったが、議長の「それで、本日の御用向きは‥‥」と言う問いに、口元へ笑みを浮かべながら、こう話してくれた。
「例のホットレイクだが‥‥、そろそろ別宅が完成した頃だろう。王妃様に訪れていただくのは無論だが、その前に国王陛下にも一度見ていただこうと思ってな‥‥」
 曲がりなりにも王妃の逗留する場所である。万が一にも危険があってはならない。しかし、ならば何故、外国人である議長に、話を振ったのだろうか。
「実は、そのホットレイクの管理人を、貴殿にやってもらおうと思っている。まぁ無論、そのためにわざわざ国王陛下に足を運んでいただくわけにはいかんのでな。表向きは、ウルスラ殿と会合する‥‥と言う事になっているんだよ」
 その事を問うと、彼はそう説明してくれた。実際には、自分が国王陛下をご案内する事になるのだが、と嬉しそうに続ける彼。
「しかし、あの辺りは辺境同盟の勢力下でもあります。先ごろ、湖にエレクトリックイールが出現したと言う報告もありますし、うかつに出て行っては、危険でしょう」
「そこで貴殿に依頼をするのだよ。ちょうど良いではないか。管理敷地内で、要人を安全に過ごさせるのは、管理人の義務だ」
 それに、国王陛下に冒険者達の実力を見せるいい機会だろう。と‥‥そんなトーマの台詞に、苦笑する議長。「何がおかしい」と睨まれて、彼はこう告げた。
「いえ。所詮私は運命から逃れられないのかと思いましてね。イギリスでも、似たような事をやっていたものですから」
 領主ではないにも関わらず、管理を押し付けられるのは、どうやら彼の宿命のようだ。
「なら、手馴れているな。出発は、陛下がウルスラ殿のご自宅より戻った後だ。無論、私も同行する。下手な真似はせんほうが無難だろう」
 と、そう頭によぎる議長に、トーマは言いたい事だけを言って行くのだった。

 そして、議長がギルドへ使いを出した頃。トーマはと言うと。
「仰せの通り、配置はしてまいりました。これでよろしゅうございますか? 陛下」
 国王ウラジミールの前で、片膝をつく彼。
「‥‥期待しているぞ」
「はいっ!」
 言葉少ないながら、声をかけられて、嬉しそうに答えるトーマ。どうやら、何か意向が絡んでいるようだった。

『国王陛下ご夫妻を、ホットレイクまでご案内します。湖には、変な魚が紛れ込んでますので、強制退去と共に、護衛をお願いします』

 口調が柔らかいのは、例によってレオンが提出したからだろう。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ティアラ・サリバン(ea6118)/ キルト・マーガッヅ(eb1118

●リプレイ本文

●悪意はどこに
 その日、この国の中枢を乗せた馬車は、お忍びで出かけるにも関わらず、同行する冒険者の知り合いが見送りに出ていた。
「リーン、2人の事を頼みましたよ。そうそうレオン、旅の占いはどうなりました?」
 フローラ・タナー(ea1060)が子供を預けながら、議長宅の従業員にそう尋ねている。しかし、その1人であるレオンは、やや表情を曇らせて、こう答えていた。
「それが‥‥。どうやら悪しき影を落としているようです。くれぐれもお気をつけて‥‥」
「大丈夫ですよ。ギルもいますし、子供達を置いて死にはしません」
 心配そうなレオンを安心させるように微笑むフローラ。一方のレオンは、「ならよいのですが‥‥」と、なおも表情を曇らせたままだ。
「そう言う時は、邪魔者のお掃除をすればいいのですよ♪」
 と、そこへ今度はオリガ・アルトゥール(eb5706)が人差し指を口元にあて、小首を傾げてみせる。
「そのつもりです。危険因子は出来るだけ除去しなければ。お願いね」
 フローラもそうだったようで、生き物の生態に詳しい知り合いから、ジャイアントオウルとエレクトリックイールについての小冊子を受け取りながら、そう言っている。
「陛下たちの日程をずらすことができれば良かったのでしょうけれど‥‥。忙しい方々ですものね」
 そのフローラ、戻ったら公務が待っているであろう国王夫妻を遠巻きに見て、そう呟く。しかし、他2人の意見は少し違っていた。
「しかし、ついこの間出かけて、酷い目にあったのに、またお出かけなんて、陛下はお出かけ好きなのかな」
「私も、陛下をお目にする事が多いような気が‥‥」
 シュテルケ・フェストゥング(eb4341)は二ヶ月前のクリスマス時期に、オリガは先月会ったばかりだ。特にクリスマスには、蛮族に襲われて、あわや拉致られかけたと言うのに‥‥である。
「辺境開発に力を入れている陛下ですから、積極的に表へ出て、人々の士気向上に勤めているのでしょう」
 フローラの解説に納得した表情で頷く2人。つまり、フレイムエリベイションと同様の効果がかかる事を期待しているのだ。
「まぁ、前のようにならないための護衛だろうし、しっかりこなせるように頑張るか」
「そうだな。議長の頼みとあれば、力を貸さないわけにはいかんからな。それに、また何か良からぬ企みの予感もする‥‥もっとも、久しく鰻を食していなかったというのもあるが」
 シュテルがやる気を見せると、真幌葉京士郎(ea3190)が微笑んでみせる。その視線の先には、既に木桶をスタンバって、たすき掛けしているお琴の姿があった。
「しかし、さっきからこっちを睨んでいるあの人は‥‥」
 うなぎの調理は、彼女に任せるとして、もう一つ問題があった。デュラン・ハイアット(ea0042)が視線を送った先には、姿勢を崩さぬまま、厳しい表情で冒険者一行を見つめている若い衛視。
「あれがトーマ様ですわね。獅子身中の虫‥‥それともただのええかっこしい‥‥さてさてどちらでしょうかねぇ?」
 その突き刺さるような視線をものともせず、そう言い放つ常葉一花(ea1123)。と、彼はその表情に浮かべた厳しさを増し、こう告げる。
「何か言ったか? 聞こえてるぞ」
「あーら、失礼〜」
 もっとも、一花の面の皮は、その程度ではまったく崩れない。それどころか、笑みを浮かべて一礼してみせる。
「もし粗相があったら、お説教とかじゃすまなそうだな。近づかないようにしておこうっと」
 その様子を見て、触らぬ神にたたりなし‥‥と言った口調のシュテル。少し離れた場所へと陣取る。
「何者かの悪意を感じるが‥‥。フッ‥‥、まあ、冒険の種になるのなら大歓迎だ」
 逆にデュランは、トーマの不機嫌さも、依頼書にあった怪しい悪意も、全ては自らの糧だ。
「冒険者として生活できるならば、僕はそれ以上望むつもりはないけどね‥‥僕はできる事をするだけだ」
「それより、この寒さの方が難敵だよー。ううー、温泉はいりたい‥‥」
 クールな所所楽柳(eb2918)。そんな彼女の冷気にあてられた訳ではないだろうが、厳寒のロシアに、シュテルは身を震わせる。
「ここは、あったかいわけじゃないのですが‥‥」
「そうなんだよねー。凍らないだけで。残念だ」
 アルヴィンが申し訳なさそうにそう言うと、彼はわかってるよーと言った風情でため息。と、アルヴィンはそんなシュテルに、こう教えてくれた。
「もう少し奥に行くと、暖かいかもしれませんって」
「そか。それはちょっと楽しみだね」
 へぇ‥‥と言った様子の彼。機会があったら行ってみてもよさそうだ。
「しかし、昔、風呂が駄目だったお前が風呂掃除とは‥‥」
「こっちのお風呂は、イギリスの時みたいに、胸まで浸からないので‥‥」
 一方、しみじみとした表情で、そう話すエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)に、アルヴィンは困惑したようにそう告げた。
「泳げない‥‥とか言う話か?」
「いえ‥‥。なんか怖くて‥‥。どうしてだか分からないけど‥‥」
 海をわたった時には平気だったのだが、やはり湯船に浸かると言う行為が、彼は出来ないようだ。ロシアでは、その代わりに蒸し風呂で温まるので、恐怖感で狂化すると言う事もないようだ。
「そうか。無理に近づく事もあるまい。私が留守の間、シーザーの相手をしてやってくれ」
 そう言って、連れてきたハスキーの子犬と、キキーモラの布巾を預けるエルンスト。と、シーザーを抱きかかえた彼は、嬉しそうな表情で「はい‥‥。先生も気をつけて‥‥」と、口添えるのだった。

●道中
 キエフを出発し、温泉地へと向かう一行。だが、冒険者達は、国王の一行にではなく、その先ぶれとして行動するよう、通達されていた‥‥。
「それにしても、ちょっと近寄りがたい雰囲気ですわよねー」
 一応はその指示に従いつつ、ちらちらと後ろを気にする一花。国王の馬車には、トーマが張り付き、近寄れば切り殺されそうなオーラを放っている。その様子を見て、フローラが一言。
「先に討伐隊を送れば安全な旅に出来ましたのに。それをしなかったトーマ殿の意図にも気をつけておいた方がいいのかも知れませんわ。いえ、それが陛下の意図であったなら‥‥」
 その疑問は、夫ギルバードが抱いていたものと同じだ。彼は今、王妃の馬車に付き従っている。こちらには、他の侍女達もいる為か、冒険者達も容易に近づける状態だった。
「どうなんですか? 議長」
 一花が答えを促すと、彼は「いずれにせよ。先に敵を倒せば同じだ」との事。謎解きは、後回しと言ったところらしい。
「しかし、意図が読めん‥‥警戒を強めるだけの行動に意味は無し、蒲焼きを食したかったと言われるのが、一番自然に受け入れられるが」
 その代わりに、考察をめぐらせたのは京士郎。村の人に話を聞いたが、過去にそう言った事例はないらしい。そして、認可を降ろしたのはトーマだと言う事もわかっている。何らかの陰謀臭が漂っているなーと、京士郎は感じていた。 
「森が村の資源って話だけれど、食料や燃料の話かな、それとも何か貴重なものでも取れるって事か?」
「食料や燃料の事だと思います。暖かい方が良いのは、動物達も同じみたいですから。それに、地熱で暖められて、博物誌にはない植物もあるみたいですし」
 エルンストの後ろに隠れるように同行していたアルヴィン、柳の問いに、そう教えてくれた。このあたりは、場所によっては雪が積もらず、地面が露出している。それを目当てに、動物達が寄ってくる事があるそうだ。
「なるほど。それは貴重だな」
 納得した表情で周囲を見回す柳。それならば、猟の知識でどうにかなりそうだ。
「アルヴィン、怪しい男達がいたというのは、どのあたりだ?」
「川の上流の方です」
 エルンストが確認を取ると、アルヴィンは素直にそう答えた。話を聞くと、一週間ほど前に、そんな事件があったそうだ。
「詳しい場所を覚えているな」
「はい。こっちです」
 師の申し出に、手を引いて案内してくれるアルヴィン。その途中で、フローラが国王に頭を垂れている姿が映った。
「夫ギルバードを始め、他の冒険者の皆様が、原因を調査中です。念の為、襲撃に備えて、馬車を戦闘馬に変えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「よきにはからえ」
 片膝をつき、最上級の礼を持って、そう提案すると、国王はちらりと窓を開けて、そう答えた。トーマがあわてて割って入り、勝手に近づくなとばかりに、こう告げる。
「しかし陛下‥‥」
「良い。お前がついているのだろう?」
 敬愛する国王に言われ、引き下がるトーマ。そのおかげで、彼女は何とか側で護衛する事が出来たようだった。
(さすが一国の王、このような事態に対しても全く慌てた様子もない‥‥‥‥。ふむ、流石に少し落ち着きすぎな気が、謀られたか?)
 しかし、その様子を見ていた京士郎にとっては、若干疑問も残っていたり。
「念の為、侍女として従事いたします。御用の際はなんなりと‥‥」
「こっちにはお前よりも優れた者がいる。わざわざ付き従う事はない」
 もう1人、一花もまた、トーマに頭を垂れている。しかし、彼としては、これ以上冒険者を近づかせたくはないらしい。それでもなお、従者を希望する一花と、それを何とか退けようとするトーマの様子を眺めつつ、オリガはほっと胸をなでおろしたように胸に手を当てて、こう呟く。
「厳しそうな方ですわねー。無礼のないように、ウルスラお姉様に作法などご指導を受けていて、こういう時助かります」
「今は、ご尊顔を拝する事が出来るだけでも充分だ。さて、対応すべき順番だが、まずはジャイアントオウル‥‥だな」
「次にイール、適時怪しいものたちの相手、ですね」
 デュランが地面に小石を置いて確かめ、オリガがそれに続ける。それによると、1・オウル、2・イール、3・怪しい者達と言う序列となっていた。
「鰻狩りの最中にオウルに襲われるのは避けたいからな、先ずはオウルを始末して空の安全を確保してから、と言う寸法だ」
 別名、獲物を確保してからとも言うが。
「陛下には私達がついてますから、皆さんはふくろうとウナギ退治に専念してくださいな」
 一花が、馬車の横からそう言ってくる。もし、何らかの動きがあれば、知らせてくれるだろう。
「怪しい者達は手を出してこない限りは後回して良いだろう。手を出してきたら迎え撃つまでだ」
 こうして、一行は湖の近辺での狩りにいそしむ事となるのだった。

●鳥は切り身に
 湖の背後に広がる森。そこでふくろうを見たと言う証言から、エルンストは愛犬を連れ、彼らの匂いを追っていた。
「ゼロ、頼むぞ」
「わう」
 狩猟犬のボルゾイ、主の命に従い、歩み始める。寒い所でも一切行動が低下しない彼は、獲物を探し出す事なぞ、得意中の得意だ。
「これだけ人数がいるんだ。そのうち、出てくると思うがな」
「それでも、気をつけておいた方が良いと思います。羽ばたきの音‥‥。ほら、あんな風に」
 エルンストが、その後を追いながらそう言うと、周囲を警戒していた柳が、水音の向こうに聞こえる音を示す。
 直後、ゼロが吼える声。見れば、空には巨大な翼を持った大ふくろうが、ぐるぐると周回中。
「ずいぶんと早いね‥‥。俺達の警戒に気付いて、逆に襲ってきたと言うところかな‥‥」
 ふくろう達は、まるで狙いを定めて要るかのように、3匹で空を回っている。と、その様子を見上げたデュランもマジックパワーリングを手に、村とは反対の方向へと走り出す。
「いくぞ。人間も餌にするという事だから引き付けるのはそれ程苦労はすまい。 私達が囮になれば良いだけの話だ」
 だが、ふくろうはなかなか追いかけては来ない。その様子を見て、柳は一言。
「まず巣を突き止めた方が早そうだな」
 皆、悲鳴をあげる程、混乱はしていない。それなりに場数を踏んでいる為か、どう仕掛けるか考えているようだ。
「まだ剣は届かない‥‥。私がひきつけます!」
 動いたのはまずオリガだった。3匹いるオウルに向けて、まず達人級のブリザードを放つ。普通なら、大抵の生き物は落ちるはずだが、さすがに大きいだけあって抵抗力も高く、半分程度しか聞いていない。
「頼みましたよ! こっちは対空能力低いんでっ!」
 彼女が魔法を使う間、柳はフレイムエリベイションを唱えた。体中にやる気がみなぎり、何でも出来そうな気がしてくる。
「空だから安全とは思うなよ! 剣はこう言う使い方も出来るのさ」
 魔法使い達が、詠唱を続け、そして終わった者が後退する中、シュテルがソニックブームを放った。レベルの高いそれは、狙い違わず命中するも、羽毛の表面を斬るに留まる。
「企んだものの意図が読めん以上、鰻を食われるわけにもいかんからな。悪く思うなよ!」
 一方、京士郎もまたソニックブームをふくろうに向けて放つ。たまらず上空へ避難するオウル達。
「そっち行ったぞ! 見失うなよ!」
「わかってる!」
 注意を促すシュテルに、後を追いかける京士郎。追い立てられるように、森のほうへと戻っていくオウル達。
「よし、いい子だ。さっさと来るがいい」
 しかし、そこにいたのは、待ち構えていたデュラン。
「残念だな。そこはまだ私の手の内」
 彼は、挟み撃ちの格好となって狼狽するオウルに、ライトニングサンダーボルトを放つ。雷は羽を捕らえ、オウルを地面へと引き摺り下ろす。
「焼き鳥にしてやるぜ!」
 次いで駆けつけた柳が、バーニングソードを付与した鉄笛を振り下ろした。燃える笛は、日本刀の一撃に匹敵するダメージを、ふくろうへと与えている。
「ちょっと! こっちも何とかしてください〜」
 しかし、ふくろうは一匹ではない。3匹のうち一匹が、王妃のいる馬車へ飛来してくる。悲鳴をあげる一花。
「陛下達の護衛を優先してください!」
「わかってますけどぉ!」
 フローラがゲイルに乗ったまま迎撃にでているが、一花のクリスタルソードでは、オウル達まで届かない。そこへ、白く飛ぶ斬撃。
「無理をするな。下がっていろ」
 師匠譲りらしい剣で、やったのは議長らしい。このあたりはまだ騎士としての腕前が残っているようだ。
「まー、お優しい事で」
「文句なら後回しにしてくれ」
 背にフローラを庇う議長を見て、一花が冷やかすようにそう言った。だが、議長は『今はそんな事を言っている場合ではない』とぴしゃりとやり込め、オウル達へ剣を向ける。
「大丈夫ですよ。私もオウルごときに遅れは取りませんから」
 安心させるようにフローラが言って、ゲイルを回頭させる。男性に近づけないのは仕方がないが、機動力は上がりそうだ。
「それもそうだな‥‥。では、共に参ろうか。我が妻よ」
「はいっ!」
 議長が声をかけると、嬉しそうに頷く。
「やっぱり仲いいですわねー」
 それを、一花はやっぱりちょっとうらやましそうに呟く。
 こうして、ふくろう達はつぎつぎと切り身にされ、焦がされてしまうのだった。

●今夜はかばやきだぁ!
 そして。
「すまんな。大切な仕事道具を借りてしまって」
 湖に潜むエレクトリックイールを倒す為、村で船を借りてきたデュラン。村人も、王妃を迎える為ならばと、喜んで貸してくれた。
「こいつで湖上に出ることになるか‥‥?」
 その船体を軽くたたきながら、そう確かめる柳。しかし、それにはエルンストが異を唱えた。
「いや、それには及ばん」
 彼が手にしているのは、やや細長い筒。
「なんだそれは?」
「対イール用には、こんなものを使うらしい」
 なんでも、ウナギは自分の体が入る大きさの筒に、好んで入るらしく、ジャパンではこれで漁をするんだそうだ。
「何でもよく知ってるんだなー。おし、やってみるか‥‥。少しでもこちら側に有利になる可能性があるなら、試さない手はないし」
 後は、アイスコフィンで固めてしまえば良い‥‥とアドバイスする彼に、柳はそう言って、筒を船に積み込む。
 が。
「空振りですか‥‥。せっかくアイスコフィンを用意しておりましたのに」
 オリガが残念そうにそう言った。さすがに、付け焼刃では引っかからないらしく、引き上げた筒は空っぽだった。
「仕方ない。船を進める前に、空中から見ておこう。皆はここにいてくれ」
 その様子を見たデュラン、リトルフライの魔法を唱えた。水面から2m程の位置から、湖を見渡す。
「いたぞ! あそこだ!」
 と、その湖のちょうど中央部分に、ばちばちと盛大な雷を上げている姿が、水面からも見て取れた。
「おいかけましょう」
 オリガが船を出発させる。
「時折発する電撃で、居所が良くわかるのがありがたいな‥‥」
 京士郎が、船に乗ったままそう言う。だが、見えてはいても、操船技術のない彼らでは、浮かぶだけで、ちっとも前には進まない。
「ああもう。もうちょっとなのに〜」
「こんな事もあろうかと。頼むぞ、ラーンの投網!」
 ようやく3mくらいまで近づいた所で、柳が投網を放つ。だが、射撃能力は申し訳程度しか練習していない柳、せっかく放った投網も、まったく当たらない。それどころか、逆に警戒されて、電撃の威力を増幅させてしまった。
「えーん。デュランの電撃くらいはありますわよ!」
「うかつに船で近づくなよ!」
 悲鳴を上げるオリガに、空中のデュランが警告を発する。しかし、そうは言っても、上手く船は扱えないので、なかなか移動出来ない。その間に、ウナギはピンチを感じて、遠くの方へと逃げ去ってしまった。
「ち。結構、逃げ足が速いな。こうなりゃ、こいつを使うしか‥‥」
 陸上からその様子を見ていたシュテル、反対側の陸地へと回り込み、ばちばちと火花を上げるイールに向かって、ソニックブームを叩き込む。扇状に広がっているのは、ソードボンバーが合成されているせいだろう。逃げ場をなくしたイールは、水面へ大きく跳ね上がった。
「今宵は蒲焼きを期待する」
 同じように、陸地へと上がった京士郎、跳ね上がったそこへ、ソニックブームを放った。ばしゃあぁぁぁんっと、水面へ落ちるその身から、鮮血が舞う。
「ところでカバヤキっていうやつはうまいの?」
 フランク生まれのシュテル、聞きなれない料理に、首をかしげる。
「とても美味い。お琴嬢が上手く調理出来ればの話だがな」
 ぷかーと浮かんで、まだ軽くスパークを立てているウナギを、柳がラーンの投網でぐるぐる巻きにし、お琴の元へと運ばれるのだった。

●うな丼が出来る前に
 こうして、捕獲したイールを、お琴と一花がバラしている間、他の面々は、怪しい男の調査を進める事になった。
「さて、こればかりはいってみないことには。ねぇ?」
 オリガがそう言って、周囲を見回す。だが、今は誰もいないように見えた。
「なるべくなら、アイスコフィンで捕獲したいものだが‥‥」
 森へと分け入りながら、そう呟くデュラン。
「アルヴィンが見たと言うのは、このあたりだな」
 エルンストが、その記憶から確かめた所、周囲にはうっすらと雪が降り積もり、露出した地面は、ところどころ水分でぬかるんでいる。
「見ろ、足跡がある」
「ちょっと待て、確かめてみよう」
 シュテルの発見した足跡は、明らかにかかとがあり、きちんとした靴のものである。半ば凍ったそれに、エルンストがパーストの魔法をかけてみた。
「間違いないな。追ってみよう」
 それによると、依頼に会ったとおりの風体の男達が、湖へ向かった事が確認されている。足跡そのものは、途中で消えていたが、パーストの魔法で、その行き先は、はっきりとわかっている為、彼らはその案内で、男達の向かった方向へと歩いて行った。
 ところが、不意にその光景が開け、国王夫婦の馬車が置いてある周辺へと出てしまう。
「こちらに気づいていないようなら、気配を消して確保したい所だけど、この様子だと、可能性は低いかな?」
 見回して、怪しい人物を確かめるシュテル。しかし、一週間も前なので、怪しい姿はまったくなかった。
 いや、怪しいといえば怪しい御仁が1人。誰かを待っている様子の、なんとなく挙動不振のトーマだった。
「捕獲しちゃいましょう」
 そう言って、アイスコフィンを唱えるオリガ。今のこの時期、凍れば春まで固まっている。
「何をする! 貴様ら!」
 しかし、相手は王室衛視。魔法は抵抗されたのか、逆に気付かれてしまった。こちらを睨みつけ、腰の剣に手をかけるトーマ。
「お待ちください!」
 そこへ鋭い声が飛んだ。見れば、白装束に身を包んだままのフローラである。
「‥‥庇うとは、貴様も同罪か?」
「いえ。彼らは怪しい人影を追ってきただけの事。どうかこの白騎士に免じてお許しを」
 一種近寄りがたい雰囲気を出しているトーマに、彼女は深々と頭を垂れる。しばしその姿を見つめていたが、彼は面白くなさそうに剣を納めてくれた。
「トーマ様☆ ちょっとお耳を拝借」
 と、そこへ調理の終わったらしい一花がすすっと忍び足で現れて、耳元に口を寄せ、なにやらごにょごにょ。
「‥‥何が言いたい」
 しかし、トーマは顔色一つ変えず、一花を突き放す。
「いえ、別に〜」
「ならば、寄るんじゃない。女は嫌いだ」
 腕を絡めようとする一花を、振りほどくトーマ。どうやら、余り脈はなさそうだ。
「何て言ったの?」
「んー‥‥秘密☆」
 フローラに尋ねられても、彼女は笑みを浮かべるばかり。
「さぁて、出来ましたわよ〜」
 そこへ、お琴が蒲焼とウナギパイを持ってきた。醤油がないので、ソースで濃い目に味付けされたそれは、歓迎品として、国王にも供され、さらに保存食の代わりに、村からの提供されたと言う。