【王室御用達】幻影の館
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月30日〜04月04日
リプレイ公開日:2007年04月06日
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●オープニング
●王妃の命
最近、ロシアはきな臭い。その事は、侍女達を通じ、エリザベータの耳にも届いていた。
「お呼びでしょうか、エリザベータ様」
王妃の離宮。その謁見の間兼食堂兼大広間で、頭を垂れるは、金髪の衛視‥‥トーマ。
「このところ、王妃様は、各地で起こっている事件に心を痛めておいでです」
王妃の傍らで、彼女の代わりに言葉を紡ぐのは、侍女の1人としてお使えしているお琴嬢。彼女は、言葉も表情も乏しい主の代わりに、その意図を伝えてくる。
「そこで、事後調査の為、冒険者の方々に、ご報告をしてほしいとの事なのです」
「かしこまりました」
頭を垂れるトーマ。いかに人間の‥‥しかも海外からの渡航者とは言え、王妃のお気に入りである以上、異を唱えるわけにはいかないから。
「ふん。王妃の飼い猫が‥‥。まぁいい、私もここ数ヶ月は、月道の向こうの土地のことで忙しかったしな‥‥」
だが、王妃の前を辞した後、トーマは人知れずそう呟いた。そして、離宮を後にし、ある場所へと向かうのだった。
●霧の森へ
ロシアの森は、その寒冷な気候ともあいまって、先の尖った木々が、薄暗く闇を形成している場合も多い。それは、キエフ近郊とて例外ではなく、馬車で2日ほど離れた場所でも、既に『黒い雰囲気の森』があった。
そこへ滑り込んでいく一台の馬車。黒く塗られたその馬車には、ルーリック家の紋章が光る。
「トーマ様、そろそろ‥‥でございます」
と、その馬車は森の奥へと続く道の入り口できぃと止まり、中から1人の人物を降ろした。フードを被ったその裾からは、金髪が垣間見える。トーマだった。
「ここか‥‥。ブルーレイとやらが指定した場所は‥‥」
彼は、馬車に2日後迎えに来るよう告げ、森の奥へと入って行く。
御者が見たのは、それっきり。2日後、迎えに来たとき、日暮れまで待っても、彼は現れなかった。そこで、馬車を森の奥まで進めてみた所、そこにあったのは、半ば氷漬けになった、二階建ての屋敷だった。
奥は行き止まり。と言うか、道はその屋敷に続いていた。近在の者に確かめた所、確かに今は使われていない屋敷はあったが、数日前までは、空き家として放置されていたとの事だ。当然、氷漬けになどなっておらず、また‥‥人が住みはじめたと言う形跡もなかった。
そして、その報告が、王宮に届けられた頃、村に奇妙な噂が流れ始めた。
曰く、あの屋敷に近づいた者は、奇妙な幻影に囚われる‥‥と。見る幻影は、その時々によって違うが、概ね本人が『一番見たくないもの』や『一番体験したくない事』を見せられ、そのまま逃げるように村へ戻ってきたそうだ。そして、ある程度距離を置くと、幻影は見えなくなるそうである。
「ど、どうしましょう」
おろおろと取り乱した様子のお琴嬢。相談を受けた議長は、そんな彼女を安心させるように告げる。
「トーマ殿も、あれで立派な衛視だ。無事でいると信じたい。だが、周囲に幻影ともなると、やはり調べた方が良さそうだな」
中にいると見るのが妥当だろうが、それ以前に、何者かの影を感じざるを得ない。まるで、化け物屋敷の状況になっているのだから。
「王妃様になんてご報告したら‥‥」
しょんぼりと肩を落とすお琴。と、そんな彼女に、議長はこう言って、すらすらと書状を書いてくれた。
「屋敷とトーマ殿に関しては、こちらで手を打とう。昨今の大公方の情勢については、それが終わってから、直接冒険者達との会合の席を設けようと思う。レオン、これをギルドに」
「かしこまりました」
その書状は、冒険者達への依頼状なのだろう。レオンがそれを受け取り、早速街中へと赴く。
「これでいいかな?」
「はい。よろしくお願いしますっ」
にぱっと少女の顔が明るくなった。そして、その日のうちに、ギルドには次のような依頼が、張り出されるのだった。
『幻影の館に消えたトーマ殿を捜索する面々を募集します。ただし、内部はどんな幻影があるかわかりませんので、注意をお願いします』
詳細は、議長の屋敷で告げられるらしい。その議長宅では。
「本当に、よろしいのでしょうか?」
「ああ。御者の話では、ブルーレイなる御仁に呼び出されたと聞く。数ヶ月前にも聞いた名前だ。冒険者達を送り込んでも、問題はあるまい」
少々難しい表情の議長。一介の商人である自分が、内政に干渉する事を躊躇しているのだろうか。
「これも、子供達の為‥‥と言い切ってしまうのは、ずるい言い訳かな」
その視線の先には、ようやく首が座り、生まれたての域を脱している双子の寝姿があった‥‥。
●リプレイ本文
とにかく、まずは情報収集だ。そう決めた冒険者達は、近くの村で、事情を聞く事にした。
「確保ッ!」
発見した第一村人を、後ろから捕獲するように捕まえるジュラ・オ・コネル(eb5763)。驚いて目を丸くしている彼に、彼女はずずいっとつめより、襟首つかんで、ぎりぎりと締め上げていた。
「僕達、キエフからきたんだ。噂になっている幻影の屋敷について、あらいざらいしゃべってほしいんだが」
口調こそ穏やかだが、その目は笑っていない。悲鳴を上げる村人を見かねて、ルンルン・フレール(eb5885)が止めに入る。
「まぁまぁ。それじゃまるで尋問ですよ」
「普通に聞いてるつもりなんだがな。まあいい、取って食うわけじゃないから、教えてもらおうか」
半分は冗談だったのだろう。ぱっと手を離して、今度こそ本当に穏やかな表情で、そう尋ねた。
「見える前後に、何か変わった事はありませんでしたか? それから、噂がいつ頃なのからかも、教えて欲しいのですけど」
ルンルンも、自分が聞きたい内容を踏まえて、そう尋ねてくる。ぐるりと周囲を取り囲まれ、若干気圧された様子の第一村人だったが、深呼吸一つして落ち着くと、その聞き込みに応じてくれた。
「お、俺っちが聞いた時には、すでに噂になってました。んで、仲間と肝試しがてら行ったら、うちのおかんが棍棒持って追い掛け回してきて‥‥。やばいと思って逃げたら、すぐ消えちゃったんで、おかしいなぁと」
どうやら、彼にとって恐ろしいモノは、『母親に怒られる事』だったらしい。その時一緒に行った、彼の仲間にも尋ねてみたが、やはり『罪悪感から見たくないと思うもの』を見たらしいと言う事が判明していた。
「うーん。そこに近づけたくないって事なのかなぁ?」
話を聞いていたルンルン、まるで来る人間を拒否するかのような事象に、首をひねる。そんな中、イルコフスキー・ネフコス(eb8684)は別の事を村人に尋ねていた。
「えぇと、最近こう言う人が来ませんでしたか?」
トーマの名前は知らないだろうが、金髪細面の馬車に乗った御仁と言えば、目立つ外見ではあるだろう。それによると、トーマかどうかはわからないが、村の猟師が、ルーリック家紋章の入った馬車を目撃したそうだ。
「屋敷に、何か曰くはあるのですか?」
続けて、そう尋ねるイルコフだったが、これにはやれ『数百年前に貴族が自殺した』とか『娘さんが病死して以降、怪奇が起こるようになった』とか、そう言う怪談じみた噂ばかりで、統一性がなかった。
「つまり、化け物屋敷ってことなのだね‥‥。それなら、幻影を出すのも納得が行くのだね」
あちこちで聞いてきた噂話をまとめ、そう言うウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)。と、ジュラも屋敷へと向かいながら、こう言った。
「最も恐ろしいものってのは、眉唾だと思うけどな」
村人には、心の中で恐れているモノが出てきた。しかし、話を聞くと、どれも『こんな事して良いのかなぁ』と考えていた時のものばかり。
「自分の一番見たくないものか‥‥。厄介だな。誰しも苦手なものはあるし‥‥」
「けど、逃げ出せるなら、まだ対処のしようがあるってことじゃないか? つまり、逃げるという判断、行動ができる」
困惑した表情で、そう言うレイブン・シュルト(eb5584)に、ジュラはうふふふ‥‥と、自信満々な笑みを浮かべている。逃げる事が出来るなら‥‥戦うことも出来るから。
「本当に恐ろしいのは、何も出来ない脅威‥‥だと思うしね」
ぽつりと呟く彼女。
本当にどうしようもないのは無視すらできないもの‥‥『時』。
もしそれなら走っても逃げられない。
「おいらにとって一番恐ろしいものってなんだろうな。神様がおいらを見守ってくれている限り、怖いものなんてないんじゃないかな?」
けれど、イルコフにとっては、それら『目をそむけようのない時』ですら、神の加護の元には、恐ろしくはないと言う。
「でも、村人さんが見たのは、そう言った何も出来ない脅威ではないみたいですよ」
ルンルンがそう教えてくれた。確かに、そうでなければ、走って逃げられない。
「デビルの仕業と言う可能性もありますけど、僕の知っている限り、幻影が得意な悪魔って、数が多いから、これだけでは特定できませんね」
「どっちにしろ、何とか対処は出来そうだ。心の奥で恐れているものでない限りはな」
イルコフの知識では、デビルかそうでないかの判別はできなかった。だが、レイブンの言う通り、立ち向かうことは出来そうだった。
さて、屋敷は村から数時間ほど歩いた場所にあった。日が落ちるほどの距離ではない。その為、彼らは夕暮れが迫る間に、屋敷近辺へと向かうことが出来た。
「屋敷の見取り図があってよかっただね」
羊皮紙に書き写した屋敷の見取り図を片手に、そう言うウィル。一応、屋敷そのものは、村長が管理を委託されていたらしい。まぁ地図そのものは、かなり古いものではあったのだが。
「これ、馬車のわだちの後ですよね。馬の足跡もある‥‥。人のもありますけど」
それを元に、村から続く馬車の跡を調べると、車輪の跡と共に、馬の足跡が、屋敷の方へと向かっていた。村で聞き込みをした結果とも一致している方向だ。
「確かにトーマさんはここに来たみたいだな。保存食は入手してるが、はたして食べられるかどうか‥‥」
ハンドアックスを手にしながら、そう告げるジュラ。見た目にもぱさぱさしたそれは、衰弱した者には、口に出来る固さではなさそうだった。
「そろそろ、うわさの幻影ポイントなのだね」
地図では、屋敷まで数百mの場所まで来ている事が分かる。警戒するウィルに、ジュラもついてきたペット達を、手元へと引き寄せる。
「エレコーゼ、周りを警戒してくれ。コルムはこっちへ」
主の言う通り、鷹のエレコーゼくんは、屋敷の周囲を警戒するべく大空へ舞い上がり、淡く光るコルムは。暗くなってきた周囲への明かりとなるべく、彼女のマントの中へと入り込む。
「ブレスセンサー使ってみるのだね。範囲内にいるかは、わからないだけど」
ぼんやりと光るマントを羽織った彼女を目印に、ウィルは魔法を唱えた。
「私もオーラを使おう」
それを見て、レイブンも抵抗力を上げるべく、オーラエリベイションを使っている。程なくして、魔法のきらめきが、2人を包み込む。
「どうでした?」
「このあたりには、いないみたいなのだな。やはり、屋敷の中なのだな」
ルンルンがそう尋ねると、ウィルは首を横に振る。魔法は、このあたりにいるのは、普通の動物達くらいの大きさと告げてくれた。
「特定は難しいですかねぇ」
「いや。そうでもないのだな。動物達は、人の居ないところを好むから、道標にはなるのだな」
相手がどんな存在であれ、動物達の警戒心は役に立ちそうだ。そう言って、ウィルは動物達のいる場所を、地図に記していく。こうして、窓際から見えない位置へと回り込んだ彼らの前に、ようやく件の屋敷が見えてきた。
とたん、彼らを取り囲むように、濃い霧が姿を現す。
「これも幻影なのかな。だとしたら、気をつけないと。一人一人、見るもの違うらしいから」
霧の中で、ぼんやりと浮かび上がる自分自身は、目印になってしまうかもしれない。警戒するように告げるジュラ。
「これ、使って起きますね」
その警告を受けて、ルンルンはレジストメンタルのスクロールを広げた。自分しか効果はないが、ないよりはマシだ。
「私達がかかったら、その時は起こしてくださいね」
「ええ。そうします」
ジュラの申し出に、頷くルンルン。そうしているうちに、霧は次第に濃くなり、お互いの姿すら、判別出来なくなる。
そんな中、屋敷から出てきたのは。
「え、えれめんたるふぇありー?」
「しかも、なんか持ってますよ。クッキーかな?」
目を丸くする一行。そう、男女様々のエレメンタルフェアリー達が、わらわらと群がってくる。
「きゃーー。いっぱい出てきた」
わざとらしくそう言って、沢山出てきたエレメンタルフェアリーから逃げ回るウィル。だが、声は棒読み、さらに顔には笑みが浮かんでいた。
「やっぱり、思ってたことを読み取ってるみたいだね。だったら、饅頭怖いって思ったら、まるごとまんじゅうが出てくるのかなぁ」
「試してみましょう」
深層心理をつかれたわけではなさそうな風情に、そう言われたルンルンは、大きな声でこう叫んだ。
「わぁん。無限に増え続ける栗饅頭、怖いです〜」
と、エレメンタルフェアリー達がぱっと姿を消し、その10秒後、今度は手にマロンパイを持って現れる。
「饅頭じゃないのか」
「たぶん、饅頭がどんなものか、わからなかったのだね」
顔を見合わせるジュラとウィル。おそらく、糸を引いているのは、ジャパン人以外の者なのだろう。そうこうしているうちに、エレメンタルフェアリー達は、彼らを取り囲んで、踊り始めた。
「マロンパイ持ったまま、ダンスなんて、恐ろしい〜」
わざとらしくウィルがそう言うと、彼らはますます調子に乗って、ラインダンスなんぞしている。
「よ、よし! 皆さん、あの屋敷の中に逃げ込むのだね」
そのウィル、霧の向こうにかすかに見えた屋敷を指差して、そう言った。
「う、うむ。そうしよう」
ジュラも落ち着いてそれに従う。過去でも深層心理で怖いものでもなければ、冷静な対応が出来る‥‥と。
「よし、扉を閉めるのです!」
駆け込んだ先で、ウィルがそう叫ぶ。それを受けて、レイブンは重々しくきしむ扉を蹴り飛ばした。と、それはききぃっと音をさせて、しっかりと閉じる。とたん、エレメンタルフェアリー達は、あっという間に消えてしまった。やはり、誰かが心を読み取って、幻を見せていたらしい。大声で怖がっていた栗饅頭の代わりに、マロンパイを出してきたのだろう。
こうして守備よく屋敷内に入り込んだ一行は、トーマを探しに、その内部の探索へと赴くのだった。
屋敷の大きさは、100mもない。見取り図が正しいと判断したウィルは、魔法を唱える。
「この広さなら、ブレスセンサーをかければ、一発なのだわ」
「ホーリーフィールド、唱えて起きましょうか‥‥。少しでも、のんびり出来ればと思いますし」
こういった探索は専門ではないイルコフ、せめて自分が出来ることを‥‥と、魔法を唱えた。見えなくとも結界は、彼らに安心感を与えてくれる。こうして、しばらく休憩した彼らは、探索を再開する。
「見て、こっちに足跡が。比較的、新しいものだわ」
ルンルンが床を見て、そう言った。古い木のそれには、土がこびりついている。まだ乾いていない所を見ると、最近つけられたものだ。
「やっぱり、屋敷の中にいるのだわ。追いかけて見るのだわ」
ブレスセンサーの結果も、屋敷内にいるようだと告げている。そして、足跡の方向と、反応のあった場所は、一致していた。その足跡を追いかけると、ある部屋へとたどり着いた。
「これ‥‥動きますよ?」
ルンルンがそう言って、床に手をかける。足跡は、床板の一部で消えていた。それに手をかけて見ると、簡単に外れ、地下室へ続くと思しき階段が見えた。
「そうか、ここに入って行ったんだな‥‥」
足跡は、そこに続いていた。しかも、何度か行き来した跡がある。
「踏み込みますか?」
「当然なのです」
ジュラの問いに、ウィルも頷く。階段を降りると、扉があり、足跡はその向こうへと消えていた。
「トーマさん! 無事ですか!」
ばしんっと扉を勢いよく開くルンルン。当のトーマはと言うと、地下室の片隅で、座り込んでいた。
「起きてください。あんまり寝ぼすけだと、お星様の世界に飛ばされちゃいますよ」
ゆさゆさと彼を揺さぶるルンルン。と、その瞬間、トーマはぱちりと目を開いた。
「ふむ。思ったより、時間がかかっていたようだな‥‥」
「え‥‥?」
今度は、ルンルンが目を瞬かせる番だ。固まる彼女に、トーマはすくりと立ち上がり、体にこびりついていた土ぼこりを払う。
「星宿の空に飛ばされるほど、眠っちゃいないさ。ちょっと足止めされていただけでな」
そう言った姿に、衰弱している様子はない。
「あの、一体何が‥‥。ここまで時間がかかるなんて、どこか、怪我をしてはいませんか?」
イルコフが心配して、そう尋ねるものの、彼は首を横に振る。顔の血色もよく、先ほどまで行方不明となっていた御仁とは、とても思えなかった。
「この程度の奴に怪我を負わされるほど、やわな体はしていない。ただ少し、気になる事があって、逗留していただけだ」
その理由を、トーマはそう告げる。いぶかしげに首をかしげるイルコフに、彼は壁の反対側を指し示した。
「水時計‥‥? いや、物が幻影を見せるなんて、マジックアイテムでもない限り、聞いた事ないけど‥‥」
そう呟くイルコフ。その視界には、真ん中に宝玉の施され、ルーン文字の書かれた大掛かりな水槽がいくつか、鎮座していた。きっと、噂に聞く水時計だろう。
「‥‥世の中には、我々の知らないものが沢山あるという事だろうな」
「そうですね。きっと、デビルの置き土産なんでしょう。アレを壊せば、元に戻ると思います」
トーマの台詞に、納得したイルコフ、そう言って、水時計を指し示す。
「‥‥なんとか無傷で手に入れたかったんだがな。まぁいい、これ以上逗留するわけにはいかん。後は任せた」
一方のトーマ、礼も言わずに、くるりと踵を返してしまった。イルコフが止める間もなく‥‥である。
「何、あいつ」
「そう言う人なんですよ。きっと」
心象の悪いトーマ氏。頬を膨らますジュラに、ルンルンはそうフォローしてくれる。その直後、水時計の周囲に、ゆらりと白い影が浮かんだ。他に、壁役なのだろう。10匹前後のグレムリンが、嫌な笑いを浮かべている。
「呼び寄せられたみたいだね。ホーリー効くかな」
明らかに邪悪な存在の彼らなら、大丈夫のはず。
「えぇい。こんなもの、所詮幻覚です!」
その間に、引っかかれたルンルンが、血だらけになりながら、ハンティングボゥを放つ。
「って、血が出てるじゃないですかー!」
「か、かすり傷です! まずはあいつを!」
あわててリカバーをかけようとするイルコフの手を振り切り、次の矢を番える彼女。その様子に、イルコフは頷いて、ホーリーの詠唱へと入る。
「ははは、はいっ。神様、どうか邪悪なる者に、魂の救済を!」
祈りとともに、聖なる光弾を放つ彼。それは、神の意志にそぐわぬ者を包み込み、神の名の下に浄化していくのだった‥‥。