●リプレイ本文
準備を進めていたルザリア・レイバーン(ec1621)は王立図書館を訪れていた。
「えぇと、ぺぺぺぺぺんぎんっと‥‥」
彼女が探しているのは、寒い地方の動物について書かれた本だ。
「何を、お探しですか?」
「いや、仕事で‥‥ペンギンと言うものが、いまいちわかっていないのでな。何か、生態や住む場所等が書いてある文献はないものかと‥‥」
係員の問いに、そう答えるルザリア。視線だけは、本を探しながら、首を傾げる彼女に、係員は「ああ、それならこちらですね‥‥」と、案内してくれた。
「オーストラリア‥‥だと? ふむ。やはりキエフにはいないか‥‥」
示された本を、丁寧に開くと、ペンギンのいる場所の事が書いてあった。オーストラリアの動植物について書かれた本で、同地にはシフールほどの大きさのペンギンがいるらしいと、記されていた。生態については、よくわかっていないようだったが。
「月道の向こうは無理だな‥‥。困った、どうしよう」
てっきり、ロシア国内‥‥北の国境付近にいると思っていた彼女、途方にくれたように、係員に尋ねる。
「いや、私に言われましても‥‥。そう言った動物は、冒険者の方々の方が、ご存知なのでは‥‥?」
「そう言われればそうだな‥‥。他の領地に向かうよりは早いか‥‥」
首を横に振る係員さん。確かに、日数を考えれば、国境を向かうより、冒険者達に尋ねた方が早いだろう。納得した彼女は、キエフ市内にある冒険者街へと向かった。
「困ったなぁ‥‥。ついこの間まで居たはずなんだけど‥‥」
数多くの野獣や幻獣、珍しい動植物がペットとしてお散歩している界隈には、先客が居た。確か、同じ依頼を受けていたジャパン人だったなーと思い出した彼女は、「おや、どうした?」と声をかける。
「いやぁ、ペンギンさんを友人に借りようと思ったんですが、入れ違いでジャパン行っちゃったらしくて‥‥」
どうしましょうーと、眉を曇らせる沖田光(ea0029)。やはり、ペンギンは冒険者街にいるらしい。しかし、現物が入手不可と知って、ルザリアも同じ様に顔をしかめた。
「何‥‥。うーん、それは困ったなぁ‥‥」
「どうした? 何の騒ぎだ」
そこへ、3人目が登場する。やっぱりペンギンさんを探して、冒険者街にたどりついた、レミィ・エル(ea8991)だ。
「いえ、ペンギンさんが見付からなくて‥‥」
「それは大事だ。私も探しに来たんだが‥‥」
周囲を見回してもいなかったが、ここにいるのは確かなようだ。そこで、「ともかく、探してみよう」と、少し周囲を歩いてみることにした。
「エリーに聞いた限りでは、黒くて水に入るのが好きな鳥だったはずだ」
従妹に教えられた、冒険者街の噴水へと向かうレミィ。
「いませんねぇ」
しかし、凍りついた噴水には、別の鳥を散歩させている者がいるばかりだ。その黒い鳥さんを指し示し、捕獲用の網を向けるレミィ。
「これは、違うのか?」
「違いますよ。ペンギンは確かに水辺の鳥ですが、こんな形ではありませんし」
一応、見たことがあるらしい沖田が首を横に振る。友人が連れていたペンギンさんは、もっと縦長で、おなかの部分がぷにぷにしていたはずだと。
「そうか。うーむ、まさか他の鳥を『ぺんぎん』として捕獲し紹介するのも気が引けるからな」
確かに色は良く似ているが、それを捕らえる様子のないルザリア。レミィが、「だめかな」と、網を見るが、彼女はこう答えた。
「その場しのぎには良いかもしれないが、私にはどうも向かん。ぎりぎりまで探す事にしよう」
我ながら不器用と言うか、馬鹿正直と言うか‥‥と、あさっての方向を向きながら、何とか冒険者が連れているペンギンを探そうとする彼女。と、沖田はそんな彼女に、肩をすくめてこう答えた。
「僕は、ペンギングッズを用意してきます。ずっと側に置いておけるペンギンさんも用意して上げた方が、嬉しいんじゃないかなと思いますし」
「それも一理あるな。私も、見つからなかったらそうしよう」
ルザリア、依頼の締め切り日ぎりぎりまで探しても駄目だったら、同じ様にペンギングッズを贈る事にしたようだ。
「んとっ、キエフにペンギンさんはいないんだよね?」
ギルドへ戻ると、カルル・ゲラー(eb3530)が報告書を片手に、断言していた。ペンギンを連れている冒険者がいる事は確かだが、野生のものはいない。報告書を読んで、そう判断したようだ。
「自然に生息しているのは、ね。冒険者街には、いると思うけど」
「そうかー。じゃあ、僕はまるごとぺんぎんさんを作ろうっと」
沖田も頷く。こうして、着ぐるみぬいぐるみ編みぐるみと、ぐるみ3姉妹を作る事になった2人は、まず材料を調達することにした。
「よしっ、まずはペンギン柄の布がないかを探しましょう。それから、黒い布と白い布と、黄色い布や糸も用意して‥‥ごめんくださーい!」
向かったのは、織物業の知り合い宅だ。本人は仕事で家にいなかったが、代わりに秘書が応対に出てくれた。
「実は‥‥」
事情を話す2人。と、彼は併設されている工房から、それらしき布を少し、貰って来てくれた。ただし、型紙は後で持って来てもらうと言う条件付で。
「お裁縫、お裁縫っと」
型紙を作り、布をその通りに切って行くカルル。
「得意なんですね。手袋とかぬいぐるみも、そちらにお願いした方が良いかな」
仕立て屋に持って行こうと考えていた沖田だったが、カルルに頼んでも、望みどおりのものは出来そうだ。
「うん、頑張って作るよー」
ちくちくと針を動かす彼。こうして、ぺんぎんさんグッズは、ペンギンさん自身よりもたくさん、出来上がって行くのだった。
数日後の依頼人宅。
「‥‥むう。思ったよりペンギンを飼っている者の参加が少なかったようだな」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は少しだけがっかりしたように、そう呟く。普段は、鏡を使って落ち着かせているそうだが。と、そんな中沖田が申し訳なさそうにこう言い出す。
『すみません、どなたか通訳を‥‥。ペンギンの伝承知識はあるんですが、ゲルマン語がわからなくて‥‥』
正直、エリーちゃんに教えたくとも、その言葉が分からない。と、シェリル・オレアリス(eb4803)が軽く手を上げる。
「ああ、ならば私が。一応、語学には堪能な方だし」
達人とは言わないが、専門用語を動物知識で変換する事は出来る。申し訳なさそうにしている中、エリーちゃんはこう言った。
「ぺんぎんさん、この子達だけなの‥‥?」
この場にいるペンギンは、エルンストのネルソンと、シェリルのくろこだけである。依頼人にもう少しいると聞かされてきたのだろう。と、ルザリアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「‥‥その、どうも、この地には住んでいないようでな‥‥すまない。本当にすまない」
そう言って、ペンギンの刺繍が施されたハンカチを差し出す彼女。淡いブルーのそれは、レースも施されており、小さなレディさんにとてもよく似合った。
「いえ、他の方がいらっしゃいますし、気になさらず」
「その代わり、こんな物を作って見たよ☆」
老紳士が首を横に振ると、カルルが入れ替わるように、自作のまるごとぺんぎんさんを差し出した。青と白のツートンなその衣装を、ぎゅっと抱きしめたお嬢様、こう尋ねてくる。
「わー、かわいい〜。着ても良い?」
「どうぞ。おそろいだねっ」
もう一着あるんだよ☆ と、それを被るカルル。同じ様に着替えたお嬢様。おかげで、大小2匹のぺんぎんさんが増えた。
「何か、ペンギンとは違った生き物も混ざってるな‥‥」
こうして、交流会が始まったわけだが、。楽しそうに動物達に囲まれているお嬢様を見て、レミィが眉をしかめる。中に混ざっていたは、どう見ても鴨だ。と、連れてきたカルルがこう答える。
「これ? 一花お姉さんから借りてきたんだ。他のペット達と戯れさせて欲しいって」
どうやら、知り合いから頼まれたようだ。だが、その背中には、木彫りのネギやら土鍋やらがくくりつけられている。
「このおもちゃは?」
「錘だって。軽いと飛んじゃうから」
本物は重すぎるので、木彫りのおもちゃで調整しているのだろう。まるで背負い袋のようにかぶされたそれは、鴨達の動きを阻害するものではないのだが、エリーお嬢様、しゃがみこんでお手手を差し出すと、ぽそりと言った。
「可哀想‥‥」
「うーん、じゃあ部屋の中は自由にさせてあげようね」
この時期、窓は二重に閉められ、防寒用のカーテンが閉まっている。暖炉の前にも柵が設けられているので、うっかり焼き鳥になる事はないだろう。そう判断するカルル。
「そう言えば、これは言い伝えなんですが、熱を出す特殊なコケが苦手らしいです」
「子供に伝承知識を教え込むのは、まず正しい知識を覚えてからにしておけ‥‥」
どこから聞いてきたのか、ペンギンの伝説をそう教えようとする沖田。が、エルンストに首を横に振られてしまう。
「違うの?」
「少なくとも、コケ自体は見た事が無いな。ペンギンが熱に弱いと言うのはあるが」
そう言うペンギンがいるかもしれないが、エルンストの所のネルソンは、ごくごく普通のコウテイペンギンさんだ。熱が苦手なのは確かなので、夏場は時々、仲良くなった精霊に冷やしてもらっているが。
「わわっ、コウテイペンギンさんって大きいよね♪ イワトビペンギンさんはだきゅ〜ってしたいにゃ〜」
どっちが依頼人かわからないくらいに、ぺんぎんカルルが、目を輝かす。と、そんな彼に、エルンストは咳払い一つすると、こう注意する。
「イワトビペンギンは、結構気が荒いらしいから、気をつけてくれ。あと、ネルソンも風邪をひきやすかったりするのでな」
何でも、その頭についた羽飾りに代表されるように、勇敢に岩場を登る生き物らしい。一方、ネルソンくんは、環境が変わると、体調を崩してしまう事があるそうだ。
「こんなに立派なのに‥‥」
「周囲が変わると、人間でも具合が悪くなるものよ。ね? くろこ☆」
飼い主のシェリルが声をかけると、くろこくんは、足を揃えて、ぴょんぴょんとお嬢様へと近づく。その動きは、確かに公園や噴水にいる鳥達とは、だいぶ違う。
「ふむ。これがペンギンか。では、こちらの黒いのは、それではないと言う事だな」
「そうなりますね」
本物のペンギンを見て、レミィは納得したように質問を引っ込めた。どうやら、『黒くて飛ばない鳥』と言うだけでは、違う物を連れてきてしまったようだ。
「でも、両方可愛いな☆」
「ごはん、上げてみてね?」
そう言って、シェリルは普段使っているのと同じサイズの魚を、小さな木のバケツに入れて差し出す。子供サイズのそれは、くろこにとってはちょっとしたおやつと言った所だろう。
「食べてる☆」
くろこくん、餌をくれる人は良い人だと思っているらしく、喜んで飛びついてくる。着ぐるみのせいもあって、仲間だと思っているようだ。とてとてと彼女の傍に寄り添ってくれた。
「赤ちゃんはもっと可愛いのよ。くろこ、エリーちゃんと遊んであげてね☆」
その様子を見て、シェリルは、くろこの子供の頃の絵を、エリーへと見せる。かわいいっと笑顔で抱きしめる彼女。おかげで、くろこがちょっと驚いていたが、逃げ出す素振りは見せなかった。
「うちのネルソンにも相手してもらうか‥‥」
そう言って、エルンストも自身のコウテイペンギンを離す。が、その瞬間、くろこくんはびっくりしたように、シェリルのところへ戻ってしまった。
「あら、逃げちゃったわ」
「苛めちゃだめだよー」
ネルソン、なにしろ倍くらいの大きさがある。それでも、同じ様な動きで、追いかけるネルソンに、エリーちゃんは庇うように両腕を広げた。
「そのつもりはないよ。こいつはただ、庭の噴水で遊びたいだけだ」
苦笑するエルンスト。ペンギンは群れで行動する動物なので、エリーと同じ様に、友達になりたいだけだと説明する。
「そうか。じゃあ一緒に水浴びさせてあげようね」
なでなでするエリーちゃん。噴水はちょっと凍っているが、元々寒い地方に住むペンギンだから、大丈夫だろう。
「ぺんぎんさんて、本当に水の中を飛ぶんだね」
「ふふ。くろこも、きっと見ていて欲しいんですよ」
自慢げに泳ぐくろこ、悠然と浮かんでいるネルソンを見て、彼らが言っていた事が、本当なんだと知るエリーに、シェリルはそう答えるのだった。
そして、1日遊んで。
「こいつを食べるなら別だが、ただ鑑賞用にするだけなら、自然に返してやるべきだな。本気で飼う気なら別だが」
「うん、また遊ぼうねー」
レミィの提案に、エリーお嬢様は、お友達にさよならをするように、お手手を振っている。
「報酬の件だが、探せなかったので、辞退したい‥‥」
そんな中、ルザリアは丁寧に断ったのだが、老紳士は『ハンカチの御代がわりだ』と言って譲らない。
「えりーちゃーん、ばいばーい」
一方、カルルもお嬢様に手を振っている。作ったまるごとぺんぎんさんは、エリーちゃんにプレゼントしてきた。これで、今日の日記には困らないに違いない。
「ふふ、たまにはこう言うのも良いかも。ね? くろこ」
シェリルが、くろこの様子を見ると、彼はぴょんぴょんと飛び跳ねて前ひれを振っている。
「りっぱなレディさんになってくださいね」
「うんっ。冒険者さん、ありがとう☆」
沖田から、用意していたペンギン柄手袋をプレゼントされたエリーお嬢様は、にこっと笑ってそう御礼を言う。
きっと、彼女の心には、ずっとその思い出が残るだろうと、確信する沖田だった。