●リプレイ本文
ギルドを通じ、依頼を受けた冒険者一行は、件の村へと向かっていた。
「‥‥‥‥頭痛が。トナカイに話しかけられる幻でも見たかね、まったく」
頭を抱えるヴィクトル・アルビレオ(ea6738)。見回りと言う名の暴走行為を繰り広げている彼は、牧場の近くに居ついた謎のトナカイ教団の一員‥‥と言うか、用心棒みたいなものらしい。時々、神託が下ったとか言いながら、怪しげな幻や夢を見た輩が、教団と証してグループを結成し、周囲に迷惑をかける事もあるが、彼にはどうやらその類に見えた。
「私には村人だけでなく、トナカイ達からも迷惑がられているように思えますが‥‥」
そのトナカイ男、今日も奇声を上げては、村人を追い払っているようだ。ついでにトナカイさんも逃げているが、相変わらず気付いていない。ため息をつくフローラ・タナー(ea1060)に、イディア・スカイライト(ec0204)はこう尋ねた。
「何か特殊な事情があって、出来ればそっとしておいて欲しいというようなことは‥‥」
「ないないない。断言してもいいですわ」
即答する常葉一花(ea1123。ご丁寧にお手手まで横に振って、である。それは、イディア自身もそう思っていたことらしく、こう続ける。
「それで、奴について、知っている事はないか? 何しろ、ギルドには殆ど情報がきていないのでな」
ヴィクトルがそう言って、男の事を聞きだそうとしている。と、村人の1人が状況を説明してくれた。
それによると、トナカイ男は、常時牧場に張り付いているわけではないそうである。どうやら、正体不明の妖怪変化と言うわけではなさそうだ。
「それよりも、鹿を飼う牧場の方が気になるんだが」
すぐには逃げそうにない。そう判断したイディア、まず先にその鹿を確保する場所を確保しようと言う事になった。
「今でもそこそこ埋まってるようだし、増産ということを考えると、少々スペースが足りない気がする」
周囲を見回すイディア。牧場は7割方埋まっていると聞いたので、子を産ませるとなると、拡張が必要に見えた。
「うーん、赤ちゃんが出来たら、満杯になっちゃうね。近くに、適した空き地があると良いんだけど‥‥」
カルル・ゲラー(eb3530)が、走り回れるように、放牧に適した空き地があるかどうか、村人に尋ねてみる。と、元々は明るい林だった所を切り倒して作ったらしい。本来の計画では、もう少し奥まで開発するつもりだったのだが、諸々の都合で、半分に減ってしまったそうだ。で、残りのエリアに、野生のトナカイがいると言う寸法である。
「捕らえてもいい許容範囲は、どれくらいなんだ? あと、捕らえ方も教えて欲しい」
ヴィクトルがそう尋ねると、今の状況では、8〜12匹が限度らしい。なにしろ専門家がいないので、詳しい捕獲方法をを聞いている彼。それによると、追い込んで捕まえるらしい。と、大宗院亞莉子(ea8484)がこう尋ねていた。
「ねぇ、あのトナカイについてぇ、教えてくれないってカンジィ」
彼女が聞いているのは、時折姿を見せる群れのリーダー格らしきトナカイの事。ナンパの手練手管を使って、ディープな話を聞こうとしている彼女に、村人さんは顔を真っ赤にしながら答えてくれる。
それによると、以前から花子ちゃんと仲は良かったそうで。まぁ花子ちゃん、箱入り娘なので、女性特有のたくましい殿方スキーな琴線に引っかかったと言う事だろう。一方のリーダーはと言うと、気にはなっているが、他に何匹も群れの女性がいる為、距離を置いているようだ。日の出と共に、他の群れの面々と共に現れ、日が暮れると、森に帰る。鹿の親戚みたいな動物なので、不思議はないのだが、亜莉子には何か理由があるように思えた。
「ねぇ、山で昔何かあったとか、知らないって感じぃ?」
そもそも、森に住むはずのトナカイが、何故毎日律儀に出てくるのか。その辺りから聞いて見ると、牧場が出来るずっとずっと前は、暗く深い森で、何が出て来てもおかしくない闇の森と言われていたそうだ。今でも、奥には立ち入る事がない。もしかしたら、そこに何か隠されているかもしれない‥‥と、ヴィクトルは口にする。
「ふーん。じゃあさ、その場所に牧場を作って、捕まえたトナカイもそこで一緒に飼えばいいって感じぃ」
聞き出したほうの亜莉子は、昼間、トナカイ達が遊びに来ているところを、一網打尽にしようと言う魂胆のようだ。村人は、トナカイに傷をつけなければ良いらしく、一任してくれる。
「では、日が落ちて、トナカイが眠るのを待って、柵を作りませんこと?」
「うん。森を切り開くのは、時間がかかりそうだしね」
一花が牧場の方を指し示して、そう提案する。と、カルルが村人から、大工道具を借りて来てくれた。
「村の皆さんも、出来れば協力していただきたいんですけど‥‥無理そうですわね」
本当は、村の人に手伝ってもらいたかった一花だったが、その辺りは、わざわざ冒険者に頼んでいるのだから、自分達でどうにかしろといった所らしい。
「仕方ないよ。がんばろうね、恐竜さん☆」
寒さ対策の為か、普通は馬に装着させる服を纏った恐竜達に、そう言うカルル。オーストラリアから来たと言う2匹に、トナカイ以上の興味を抱いているご様子。
「ディニーにトロンだ。まだ子供なんだから、無理はさせないでくれ」
そんな彼に、イディアは母親めいた少し心配げな表情で、そう答えると、大丈夫そうな場所をなでさせてくれるのだった。
柵を作るのは夜にして、まずはトナカイ達を観察してみようと言う事になった。
「トナカイカイカイカイカイ、トナカイカイカイカイカイ」
トナカイ男は、手に祭礼用らしき枝を持ち、怪しげな歌を歌いながら、入り口をぐるぐると回っている。ジャパン人の一花と亜莉子には、まるで故郷でやっていた盆踊りのようだと気付く。
「なんだか、早口言葉に聞こえますわね‥‥」
フローラ、そんな濃いトナカイ男の姿に、げんなりしてしまったのか、既に一花の後ろでため息を付いていた。どうやら、論破する気はないようだ。
「‥‥‥‥まさか、一般人にビカムワースかますわけにもいかんしな。様子を見てみよう」
その向こうのトナカイ達は、すっかり怯えて、遠巻きにトナカイ男を見つめている。あの男がいる限り、容易に手出しは出来なさそうだ。そう考えたヴィクトルは、黙って亜莉子の策に従う事にした。
「はぁい☆ ちょっと良いかなぁって言うか、時間開いてる? ってカンジィ」
明るく声をかける亜莉子。この辺りのきっかけ作りは、お手の物らしく、見ている間に輪の中に入っちゃった彼女、こう続ける。
「ひとつ聞きたいんだけどぉ、あなたの服ってぇ、何でできているのってカンジィ」
「うむ? これは、トナカイ様にお捧げする為に、干草をほぐした物を詰め込んでいるのだ」
どうやら、綿が手に入らない為、代わりに干した草を使っているようだ。なので、ときどきトナカイ以外の動物にも狙われていると、トナカイ男は聞かせてくれた。それを聞いて、亜莉子は、確信したようにこうツッコむ。
「トナカイはダメでぇ、それ以外ならぁ、問題ないって考えはぁおかしいんじゃないってカンジィ」
「な、何を言い出すか! トナカイさまは神聖なる神の使い! おぬし、見たところジャパン人だろう! ならば、伝説の白きトナカイくらい、覚えがあるはずだ!」
ずびしぃっと指を突きつけられた。動揺しているのか、それとも本心からそう思っているのか、古より神が使いに選んだ話をずらずらと並び立てるトナカイ男。だが、亜莉子は冷静にこう一言。
「それ、トナカイじゃなくて鹿ってカンジぃ」
この辺りは、隠密としての話術が役に立ったようだ。不安そうにおろおろするトナカイ男。だめ押しするように、彼女はこう言った。
「それに、トナカイさんだけ神様って、単なるエゴってカンジィ」
何とか、反省させようとする亜莉子。だが、男はまるで駄々を捏ねるように、こう言ってふんぞり返った。
「い、いや! この立派な角は、神様に愛された証なのだ! きっと、たぶん! いや絶対!」
「それは構わんが、迷惑をかけているんだ。頼むから自重してくれんか」
彼女だけでは不安だな‥‥と感じたヴィクトルが、横合いから口を挟みに来る。が、男は耳を傾けなかった。
「お前達に、この神聖なる気持ちがわかってたまるかぁっ!」
ふぅんっと腕の筋肉を唸らせて、実力排除を試みるトナカイ男。重そうな空気のしなりを上げて、ぶっとい腕が振り下ろされる。思いっきりぶん殴られて、雪の上に転がるヴィクトル。
「大丈夫ですか?」
フローラがリカバーをかけてくれた。一方のトナカイ男はと言うと、まるでトナカイがそうするように、頭の角を振りかざしている所。
「仕方が無い。魔法でも打ち込むか」
イディアがそう言って、グラビティキャノンの詠唱へと入る。念の為、威力を一段階落としたそれを、彼女は迷わずトナカイ男へとお見舞いしていた。
「うぉわぁぁぁぁっ。何をするぅぅぅぅっ!」
吹っ飛ばされるトナカイ男。重力波に吹っ飛ばされ、盛大にすっ転んでいた。
「あ、すごい。ろしあのへんたいさん、まだ生きてる。とっても気合がはいってるにゃー」
魔法で何とかするのを、後ろから見守っていたカルル、その気合の入ったやられっぷりに、感心したようにそう言って、茶をすすっているのだった。
「何もこんな所で正座させなくても‥‥」
暖房もへったくれもない村の教会。その冷たい床に、ふんじばられたトナカイ男が、正座させられていた。気の毒そうにそう言うフローラに、ヴィクトルは眉間にしわを寄せたまま、こう答える。
「こう言う場合は、後悔させる位にしないと、お説教として効果を発揮しないからな」
心の底から『他人に迷惑をかけた』事を後悔させないと、意味がない。そんなわけで、既に2時間以上、こんな状態である。
「良いか。物事には、一般常識というものがあってだな‥‥」
説教そのものは、イディアが行っていた。一般常識に関して、延々と講釈垂れている彼女と、滝涙をこぼしている元トナカイ男に、フローラが仲裁に入る。
「反省しているようだし、このあたりで勘弁してあげましょうよ。恨みを持っている村人たちに引き渡せばどうなるか目に見えているし、彼に罪があるとしても、裁く権利は然るべき人物であるべきですわ」
至極真面目に、彼の身を案じているフローラさん。が、それにはヴィクトルが首をかしげている。
「って言うか、そこまで大げさな罪なのか?」
「うーん、心を入れ替えているみたいだし、このまま村に残しても構わないかしら‥‥」
見る限り、どちらかと言うと同情票が集まっているようで、村人達は被害を受けない窓の向こうから、こっそりと覗き込んでいた。
「数頭のトナカイと、簡単な柵を離れたところに提供して、そこで勝手に崇拝させておける様にするのも手だと思いますけど、ねぇ」
別にトナカイをあがめる自体は、ちょっと変わった教義くらいのレベルだろうし。と、そう言う一花。結局、トナカイ男さんは、トナカイ捕獲の手伝いを無償でする‥‥と言う事になったのだった。
そんなわけで、優秀な荷運び人を手に入れた一行は、一花の案に従って、トナカイが簡単には飛び越えられない程度の柵を作っていた。
「いつかは、もっと大きくなるといいね」
「その時には、今回と同じ様に、拡張すれば良いと思いますわ」
カルルが枝や板を打ち付けながら、そう言って言うのを見て、一花は作ったばかりの柵を指し示した。詳しい事は良く知らないが、村人の話では、畑を耕すのと同じ様な作り方だったと言っていたから、そのようにしたら良いのだろう。
「それじゃ、お願いしますよ。逃げたら承知しませんからね」
こうして、準備を整えた一花は、トナカイ男さんにそう言った。首を横に振った彼は、前と同じ様に怪しげな歌を口ずさむ。
「来ましたわよー。こっちですー」
拡張した柵へ向かうよう、トナカイ達を誘導するべく。トナカイ男をクリスタルソードでつっつく一花。トナカイ、男、一花の順番で、その距離は次第に牧場へと近づいてくる。その数を見て、ヴィクトルが顔をしかめた。
「数がちょっと多いか? もうちょっと少な目の方が良いと思うんだが‥‥」
増やすのは、牧場を切り開いた後にした方がいいだろうと、忠告する彼。しかし、坂になったそこは、スピードが付いて止まらない模様。結局、トナカイ男は勢い余ってすっ転び、思いっきりトナカイに踏みつけられている。
「リーダーの怒りを買いましたわね。そーだ、花子ちゃんにお姫様になってもらいましょう」
役に立たないナーと思ったらしい一花、即座に方向を90度程変え、牧場の方へと戻ってくる。そして、周囲の騒動をよそに、のんびりと餌を食べていた花子ちゃんを、入り口の方へ引っ張るよう言い出した。
「って、それ大丈夫なのか?」
「た、多分っ。イディアさん、お願いしますね」
トナカイの習性上、果たして人質作戦が通用するような知性があるだろうか。ヴィクトルが疑問を口挟むより前に、彼女はイディアに頼み込んでいる。
「うむ。まぁ、直接トナカイと格闘できないしな」
直接捕まえるなんて、欠片もできない彼女、プラントコントロールを唱えた。そして、うねうねと動き出す木の枝で持って、まるで花子をどこぞのお姫様のように、囲ってしまう。
「をーほほほほ! 花子ちゃんを助けたければ、こっちへおいでなさーい!」
まるでどっかの悪役さんである。枝の上にふんぞり返り、高笑いする姿を見て、トナカイのリーダー君は、怒ったようにその枝籠へと向かってきた。
「たのしそうだねー。わふたくん、僕達もまざてもらおうよ」
カルル、他のトナカイ達もそれにならうよう、ペットのわんこにそう指示をする。牧羊犬として名高いボーダーコリー、主人の命に従い、トナカイの後ろ側へと回った。
「ほらほら、鬼さんこちら! こっちにおいで!」
進路をふさがれたトナカイ達を、亜莉子が、入り口から入るよう、疾走の術で速度を上げつつ、軽業で進路をふさぐ。時々向かってくるトナカイからの一撃は、オフシフトで回避だ。
「奥様、そっち行きましたわー」
「高速詠唱あれば、もう少し動けるんですけど。えぇい」
その間に、コアギュレイトを詠唱していたフローラは、そう言うと、リーダーのトナカイに向かって魔法を唱えた。モンスターと違う為か、動けなくなるトナカイ達。
「これで出られないだろう」
全てのトナカイが策に入った瞬間、イディアがプラントコントロールで、入り口に蔦を絡めてしまう。
「皆おやすみなさいって感じぃ!」
ヴィクトルの呼びかけに、亜莉子が春花の術を使い、トナカイ達は次々に眠りに落ちてしまうのだった。