病は木から
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月17日〜01月22日
リプレイ公開日:2009年01月30日
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●オープニング
ロシアの冬は長い。その為、雪に埋もれるシーズンには、外の作業がストップしてしまう事もある。それでも、やがて訪れる春の為、人々は外にある施設を使えるように調整をしたり、様子を見に来たりする。今回起きたのは、そんな冬の見回り真っ只中だった。
と川沿いの谷にある村。キエフからおおよそ3日程度の場所にある。森よりも岩場や崖に囲まれている箇所の多いその村は、狭い場所に置くよりも、崖に穴を開け、倉庫や物置にしていた。まるで昆虫の巣を連想されたその倉庫の1つを、村人が開いた時、その事件は起きた。
「何だこりゃあ」
「酷いなぁ。まるで森の中じゃないか」
扉を開けると、目に飛び込んできたのは、繁茂する植物だった。森の中に生えているモノとは違い、どちらかと言うと、キノコを数倍にも巨大化したような形をしている。が、特に動き出すと言った感じではなく、行き過ぎた成長と言う感じだった。その為、村人はためらう事なく、倉庫へと足を踏み入れたのだが。
「花の‥‥匂い?」
くんくんと鼻がひくつく。奥から流れてくるのは、アップルパイや、蜂蜜漬けのような甘い匂いだ。
「まさか。だって冬だぜ」
「ここ、あったかいからなぁ。何入れてる場所だっけ」
もしかしたら、倉庫の荷物が、何らかの作用で発酵した匂いかもしれない。確かに、周囲の気温は、村の広場程は寒くなく、安定している。かと言って、上着が必要ないほどでもないのだが。
「何だっけ。確か、管理官さんが仕入れてきた奴だと思ったよ」
植物にまぎれて垣間見えるのは、木箱や樽、チェストなんかである。蓋は開いていないし、乱雑にも詰まれていないから、それなりに管理はされているのだろう。
「大丈夫なのか? 開けちまって」
「入り口だけだし、それにこれは管理官さん預けの方が良いだろ」
村人が持っているのは、丁寧に表紙が装丁された本である。大切そうに木箱へ納められ、布で包まれた‥‥言わば『宝物』だ。
ところが。
「荷物に花の種でも紛れ込んだかなぁ。それに、結構‥‥深い‥‥ぐう」
それを持っていた御仁が、いきなり倒れこんだ。
「おーい。しっかりし‥‥ろ‥‥ぐう」
起こそうとしたもう一人も倒れ、盛大ないびきをたててしまう。物音を聞きつけた他の住民がかけつけ、引っ張り出してたたき起こしても起きないほどに。
「だーかーらー。何かヤバいのが紛れ込んでるって! 絶対!」
「今、管理官に問い合わせてるんだが、やっぱり冒険者ギルドに依頼かけた方が良いよなぁ」
ただ植物が生えているだけなら、人々もさほど困りはしなかっただろう。だが、入るなり眠気を誘って起きないともなると、話は違う。そうして、人々が頭を抱えながら準備をしていた真っ最中だった。
「久しぶり。どうです? 様子は」
「あー、管理官さん。お久しぶりです」
その管理官‥‥正式には地域管理官と言うらしい‥‥が姿を見せる。黒い服に、黒い帽子。防寒用らしきショールで、喉元を覆った彼は、女性と見まごう程整った姿だった。
「どうもこうもありませんや。うかつに除去も出来ませんし」
「ふむ。では依頼の文章は、こちらで書きましょう。責任者としては、解決をお願いせざるを得ませんし」
そう言って、村人が四苦八苦した依頼文章を、すらすらと書き始める管理官。
『管理している村の倉庫に、謎の植物が生えて、中に入り込めなくなってしまいました。対応をお願いいたします』
ところが、である。
「ねぇ。これどっかで見た事があるんだけど」
「数ヶ月前に行方不明の捜索願が出された村長の持ち物だったかなぁ。委託されてるって言うから、身の証をたててきたのかもしれないね」
添付されていたペンダント。それは、数ヶ月前に行方不明になった村長のものだった‥‥。
●リプレイ本文
キエフから数日。集まった冒険者は、問題の村へとやってきていた。
「清楚で可憐なお姫様みたいな、純白のクレリックです。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ。よろしく頼む」
セシリア・ティレット(eb4721)から、キエフで流行していると言う名乗りを受けて、村人は面食らっている。が、その間に早速彼らは仕事を始めていた。
「レオさんの報告では、彼らには何も知らされていないみたいだねー」
エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)が、そう言って、レオ・シュタイネルから促されて村人に尋ねた『地域管理官』のおおざっぱな経歴を聞いてきた話を、皆にご披露してくれた。村長の持ち物を添付してくるとは、何か知っているに違いないと踏んで、その周囲を洗って見たのだが、村人には『荷物を預かっている』としか知らされて居ないようだ。
「何か関係あると思う。もう少し仕事を見てみたりするねー」
確信を持って、手紙の中で告げるレオ。それは、ラドルフスキー・ラッセン(ec1182)も同じ考えのようだった。
「簡単な話には見えるんだけどな」
「さて。悪魔の影が見えない、平和そうな依頼ではあるが。問題は…行方知れずである村長の持ち物を、地域管理官とやらが持っていた、か‥‥」
「ペンダントも、依頼文につけてきた理由も不思議だ」
首を傾げつつも、ラドルフは面に見えることだけが全てではないことを、心に刻む。と、程なくして、管理官の逗留している家が見えてきた。どう見ても教会っぽくはない。村人の話では、かつての村長宅を、時々間借りしているらしい。
「とりあえず、話を聞いてみましょうか」
セシリアがそう言って、その家を訪ねる。
「こんにちはー。不思議な植物と聞いて、処理にまいりました」
開口一番、エレェナが申し出る。ギルドで渡された受付票を見せると、管理官は笑みを浮かべたまま、家の中へと案内する。
「ようこそ。早速ですが、仕事に取り掛かっていただきたく」
笑顔のまま、村の地図と、前金をテーブルに載せる彼、事前に連絡していた必要そうなものも、全て揃っている。その手際のよさに、ラドルフはこう切り出した。
「その前に、聞きたい事がある」
「何か‥‥?」
管理官が首をかしげた。表情はかわらない。と、セシリアがその内容を紡ぐ。
「仕入れたのですよね。そもそも、木箱や樽、チェスト、いつごろ仕入れて、一体何が入っていたか、どこから届いたかご存知ないでしょうか?」
「常駐しているわけではないようだが、理由が他にあるのかと思ってな」
ギルドの者達は、ペンダントを証明がわりにつけたのだろうと言っていた。だが、ラドルフには、どうしてもそれだけとは思えなかった。
「そういわれましても。品物は南の方から取り寄せたものですし、お知らせした以上の事は‥‥。ペンダントは身の証を立てるためのものですし」
予想通りの答えを返してくる管理官。木箱等は、キエフより南から取り寄せたものらしいが、具体的な出自は教えてくれなかった。
「本音じゃないな‥‥」
「おそらく‥‥。確実に裏がありますね」
こっそりとため息をつくラドルフとセシリア。これ以上つつくと、こっちが怪しまれそうなので、今度はロイ・クリスタロス(eb5473)がこう切り出す。
「あの‥‥、では、件の本を調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
相手が敵か味方かわからないので、落ち着いた口調で敬語を話す彼。
「それは構いませんが、なにぶん古い書物なので、読めるかどうかわかりませんよ?」
「構いません」
どうやら今は、管理官が持っているらしい。ロイが頷くと、奥から重厚な表紙の本を持ってくる。あまり関係はないが、目を通してみる彼。
「なんて書いてあるんだ?」
「黙示録」
生業上、言語は得意分野だ。何故かラテン語で書かれたタイトルを読み上げて見せると、周囲の顔色が変わった。
「え‥‥!」
「‥‥の研究に関するもろもろの考察」
要するに、聖書の研究をした本である。中身の信憑性を今確かめる術はないが、いわゆる専門書と言う奴だ。
「村人には、読めなかったんでしょうね」
ぱらぱらとめくったセシリアがそう言った。元々、この辺りの村人は、自分の名前と簡単な生活文章が書ければ用が足りてしまう。こう言った難しい専門書はよくわからなかったのだろう。
「それで、教会ではなく、倉庫に‥‥と言うわけだな」
ところどころに挿入された絵は、きちんと研究用の資料として、添え書きがされている。しかし、それが読めなければ、この本はただの悪魔が書かれた本。村人が敬遠しても不思議はない。
「何故、聖書の研究本なのに教会に置かないのですか?」
「普通は、教会が入手したなら、そのまま教会が保存すると思うんだが‥‥」
セシリアとラドルフが、交互に本が彼の手元に送られている理由を尋ねた。村人が悪魔の本と勘違いしていたとしたら、普通は封印の為、教会に送られるだろう。
「実は、管理者が不在でして。それも、私がやる事になっているんですよ」
手元においておくと、山賊などに狙われたときに困るから。何か曰くがあるような事は言わなかった。
「ふむ‥‥筋は通るが‥‥。どうする?」
「其方を調べる余力が無い。洞窟にあるものを調べる方が良いしれないですね」
ラドルフにそう答えるロイ。管理官には違和感が噴出している様に見えるが、こちらの人数は、4人。証拠調べをするには、人数が足りなさ過ぎる‥‥と。
「そうだな。興味もあるし、そちらを先に済ませよう」
エレェナも、先に倉庫へ向かった方が良いと主張する。
「何か問題でも?」
「「「「何でもありません!」」」」
意見の一致した冒険者達は、管理官の問いに、声を揃えて首を横に振るのだった。
倉庫の中は、依頼に書かれていた時よりも、さらに繁茂していた。話に聞いていたよりも激しい生えっぷりに、森と言うより密林のようだと、そう感じる。
「どこか、狭い穴とか開いてないですかね? 小動物が越冬のために植物の種を持ってきたとか…」
そう言いながら、セシリアがブレスセンサーを使う。
「思っていたよりも広そうですわね」
倉庫は、村人の家くらいしかない筈だ。セシリアの力量からすれば、全域を見通す事など労はない。だが、彼女の魔法には、それだけではない息遣いが感知されていた。
「うーん。香りで眠気というと忍術、発酵臭というと貴腐妖精を思い出すけど…? ジェシュファのメモは‥‥と」
周囲の植物達を注意深く観察するエレェナ。彼女の知識では、森の下草に、似たような植物があった気がする。だが、ほのかに漂う甘い香には、覚えがない。発酵臭や花の香なら、なんとなくわかる気がするが、不安になった彼女は、友人であるジェシュファ・フォース・ロッズからのメモ帳を取り出す。
「僕の知識で判ればいいんだけどね〜」
そう言って、渡してくれたジェシュファ。自身ではたいした物に見えないとは言いつつも、彼はギルドに寄せられた情報を元に、対処法を調べてくれていた。
「複数の可能性があるみたいですね。この葉はこれだし、匂いはこっちだし‥‥」
そのメモには、それぞれの特徴ごとに、可能性のある植物が羅列してあった。それぞれ、名前と対処方法を記してあるそれを、エレェナは対処しやすいようにと、依頼仲間に教えていく。と、それを聞いたセシリアは首を横にかしげた。
「もし、発酵していたとしても、日数からして早すぎますわ。それに、見た目これなのに、加工食品としては考えづらいですし。やっぱり貴腐妖精じゃないのかしら」
どうやら、以前出会ったワインの発酵をつかさどる妖精が、倉庫の穴から入り込んでこれだけの事をしてしまった可能性を、捨て切れていないようだ。
「とりあえず、奥行ってみようよ」
そう促すエレェナ。もし、妖精だったとしたら、会って交渉すればいいだけの話である‥‥と。
奥へ進むと、香りはさらに濃くなってきた。繁茂する植物達も、行く手をさえぎるほどだ。その為、冒険者達はそれぞれの手段で、その匂いを遮断する装備を整える。
「眠気対策にはレミエラ‥‥と。上手く作用すると良いけど」
月桂樹の冠を被りなおすエレェナ。と、甘い匂いは消えたが、油断は出来ない。
「一度眠ると中々起きないようだし、力仕事を行える者は少ない……気をつけねばならないな」
ロイが、口元に巻いた布が取れないよう、しっかりと結びなおす。レミエラの作成に失敗したと、依頼前に話していた彼。一見落ち着いてはいるが、さぞかしやり難いだろうと、セシリアは黄勾玉を差し出す。
「これ使ってください。私には、他にもありますから」
アンチポイズンリングにミスティックショール。おまけにフレイムエリベイション詠唱済み。なので、1つ貸し出す事にした。
「すまない。少しでも匂いにさらされるのを防ぐ事にするよ」
「いえ。それに万が一に備えて、村人達にも言ってありますし」
彼女にしてみれば、全員眠ってしまうのは避けたいが為の処置。
「過信は禁物だな」
レミエラの効果で眠気作用を中和しているラドルフもまた、入り口の方を向く。そこには、こわごわと覗き込む村人達の姿があった。
話は数分前に遡る。
「と言うわけなんだ。こっちも気をつけるんだけど、できれば1日、2〜3回でも様子を見に来て欲しい」
エレェナが、村人達にそう申し出ている。七星の首飾りを下げ、美しいフルートの音を奏でる金色のエルフに、村人達は「わかりました。何かあったら、こいつで合図します」と、たいまつを振ってくれていた。
「全員起きてるな。ならば撤去作業といこうか」
ロイが周囲を見回し、手斧を手にする。ざくっと音がして、半ばまで埋もれる斧。あまり狙った場所には振り下ろせないが、それでも伐採には充分だ。
「慣れていない得物だが、仕方があるまい」
「効率は悪いけど、他に手段がないからねー」
一方のエレェナはと言うと、ダガーで切り取っている。手折られた植物は、手作業で通路の中に集められていき、徐々にその下にある荷物が見えてくる。
「これが管理官が持ち込んだ荷物かな」
木箱がいくつか。鍵のかけられたものもある。見てみるだけならいいだろうと、ロイはその1つを覗いてみる事にした。
「決定的な証拠があれば、問い詰められるかもしれん」
「わかりました。確認してみますね」
さすがに、いきなりあけるのはためらわれる為、セシリアがエックスレイビジョンを唱えた。なかみは金属製の物体なようだ。
「インフラビジョンには、反応ないけど」
「どこかに生物がいるかもしれないね。テレパシー聞くかな」
ラドルフとエレェナが、それぞれ魔法を使う。と、その直後だった。奥のほうから、ごろごろと言う音が聞こえてくる。直後、奥のほうの植物達が、がさりと動く。
「‥‥原因はこいつか」
書き分けるように現れたのは、巨大な緑色の玉。お供をつれた彼らは、確かビリジアンモールドと呼ばれる類のモンスターだ。
「炎で一気に燃やしたくなる相手だな」
そうラドルフは言ったが、自身では火をつける事は出来ない。が、倉庫いっぱいに広がるモールドに、たいまつを投げても、燃え移るどころか、周囲に被害が出るだけなのがオチろうと、逆に彼はすぐに火が消せるよう、明かりの位置を確かめている。
「眠気はこいつが原因か。どう見てもイレギュラーだな」
落ち着いて、モールドを観察するロイ。その全身から、背後が揺らめくほどの香りを立ち上らせているそれは、ごろごろと向かってくる。どうやら、冒険者達を昼飯にするつもりのようだ。
「我流。【氷拳】ロイ・クリスタロス……参る!」
左手にインビンシブルガントレットを装備し、右手にアゾットを握り締めるロイ。モールドが相手ならば、手斧よりも、こちらのほうがいいだろうと判断しての事だ。
「コンバットオプションが使えないのが、残念だ」
ごろごろと転がってきたモールドに、そう言ってガントレットを叩き込むロイ。と、モールドはごろごろと転がって、奥の方へと移動していく。
「逃がすか!」
このまま放置していては、再び被害が出かねない。ラドルフは地面に手をつき、マグナブローの詠唱に入る。
「植物が突然発火はないだろうけど、な!」
直後、燃え移る事のない炎がモールドを包み込んだ。止めとはいかないまでも、かなりのダメージを与えたようで、見えなくなった直後、どすんと言う轟音が響いた。と程なくして、甘い匂いが薄れていく。
「このモンスター、誰かが連れ込んだのか、それとも‥‥」
近づけば、倉庫の奥に巨大な穴が開いていた。モールドの姿は無いが、転がった後が奥まで続いている。
「次の仕事は、この奥の探索になりそうですわね」
セシリアがブレスセンサーで感じ取ったのは、この空間だったようだ。とりあえず今は、切り取った植物でふたをする事にする。
「ああよかった。無事で」
そこへ、見計らったように登場する管理官。
「この穴は、知っていたのか?」
「おや。開いていましたか。いやはや、私も知らなかったんですよ」
笑顔のまま答える彼。そこに、決定的な証拠がないので、ロイは問い詰める事をやめ、再び手斧で、植物の除去に勤めるのだった。