紳士的な牛
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:3人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月19日〜02月24日
リプレイ公開日:2009年03月04日
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●オープニング
ヨーロッパでは、甘い調味料がよく使われると言う。ここロシアもまた、北ではあるがヨーロッパの一端を担う土地柄だ。
ましてやバレンタインでは、いつにもまして『甘い』モノが増殖する。そんな‥‥スイートな世界に嫌気が差しちゃったのは、何も人の子だけではなかった。
ホットレイクのほとりに点在する村の1つでは、世話になった方にも贈り物を‥‥と言うバレンタインの慣習を公平に行う為、村で目録を作っていた。事件は、そんな作業をしている最中に起きたのである。
「はーい。どちらさまですかー」
夜。もうそろそろ切り上げて寝ようかと言った頃合の時刻、寄り合い所の扉に客人があった。村人は、こんな時間に誰だろうと思いつつも、旅人が凍死などしては一大事‥‥と、疑いもせず扉を開ける。
「え」
が、その表情が一瞬で固まった。なぜなら、そこにいたのは牛の頭にジャイアントの体。まごう事なきミノタウロスだったからである。しかも、その後ろには、どういうわけか毛皮に包まれた蛮族がいる。あっけに取られている村人に、通訳らしきその蛮族がこう言った。
「我ら、牛の民。甘いもの、飽きた。辛いもの、持ってこい」
片言の彼がそう喋る間、ミノタウロスはさっさと奥のテーブルで、いわゆる『上座』に陣取ってしまう。
「我ら、紳士。他の、違う。大人しく、差し出す」
どうやら、彼らは『我々は紳士的なミノタウロス一派なので、大人しくしょっぱいものを差し出せば、暴れない』と言う事らしい。だが、そう言う割には、寄り合い所の品は勝手に使うし、蛮族もどやどやとやってきて、あっという間に寄り合い所は占拠されてしまった。
「あのぅ、食料を渡すのは構わないんですが、お代は‥‥」
恐る恐る村人が言うと、蛮族が皮袋を取り出した。
「きらきら、いっぱい。きらきら、きれい」
出てきたのは、黒い鏃のような石と、銅貨。中には磨き上げられた骨等も混ざっている。どうやら、蛮族と村人には、貨幣価値に盛大な開きがあるようだ。
「いや、これではなく。もっと普通の‥‥」
「普通? それ、うまいのか?」
いや、貨幣だけではない。いわゆる常識の類も、村人とかなりずれている模様。中では既に、村人の持ち込んでいた弁当がわりの食料を手に、到着記念の宴会が始まっちゃってる模様。
「ど、どうしよう!」
「冒険者ギルドに相談だ!」
扉を閉められ、たたき出された村人が、ギルドに連絡を入れたのは、まもなくの事である。
『村を占拠している紳士的なミノタウロスと、手下の蛮族を何とかしてください』
このまま不法占拠されては、村の生活が成り立たないと言うことだろう。
●リプレイ本文
紳士的なミノタウロス。そんなきいた事もないモンスターの姿に、冒険者達は首をかしげていた。
「なんか変わった依頼だから気になったのよねぇ?」
場所はキエフの市場。日々、たくさんの品物が入荷している。その中を、シャリン・シャラン(eb3232)はふよふよと空中で首をかしげながら、そんな事を言っている。
「聞いた事の無い部族ですし、辛い料理を好んで食べるミノタウロスというのも興味深いですね」
ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)は、研究に煮詰まっていたらしく、メモの書かれた白樺の束を、ぱらぱらとめくっている。何か覚え込んでいる様子に、シャリンはメモを覗き込みながら頭の上に着地。
「要は、牛男達を追っ払えばいいんでしょ? 」
「ええ。その為には、色々と買い込まないと! 最低でも岩塩だけは!」
そう答えるエルマ・リジア(ea9311)。あまり時間に猶予があるとは言えないが、最低限のモノだけは、入手しておきたい。幸い、参加メンバーだけではなく、フィニィも運ぶのを手伝ってくれるようだ。
「村の人達が無理矢理とはいえ、約束させられてる訳だから、お料理は作らないとダメよね?」
「気分転換にもなりますしね」
シャリンにそう答えるヴィクトリアの表情は、どこか優しい。どうやら、対象が東洋で言うところの牛頭鬼とは言え、美味しいモノを作る事自体は、嫌いではない様だ。
「村にどれくらいの材料があるか分らないから、キエフで買っていった方がいいわよね?」
「はい。ボルシチの材料くらいはあると思いますが、念のためお願いします」
ぱたぱたと飛んでいくシャリン。牛の胸肉はこだわりがあるようで、ヴィクトリアが買いに行った。ボルシチには欠かせないビーツもだ。
「いらっしゃーい」
シャリンが訪れたのは、料理には欠かせない調味料を扱う店だ。気の良さそうな店主に、シャリンは早速注文をかける。
「えぇと、これとそれを‥‥いくらかな?」
ベイリーフと、サワークリーム。ここロシアでは、暖かさで傷む心配もないため、結構種類がありそうだ。値段を見て、早速交渉に入るシャリン。
「こんくらいだなぁ」
「えー。ちょっと負けてよ☆」『まけてよ☆』
一緒についてきたフレアが、真似してごろんと喉を鳴らしている。
「うーん、大量買いだから、考えないでもないなー」
両側から挟みこまれるように、女性に囲まれたおじさんは、鼻の下を伸ばしながら、精一杯の抵抗を試みるように、あさっての方向へと目をそらしてしまった。
「じゃあ踊ってあげる。それならいいでしょー?」
そんなおじさんに、シャリンさんはウィンクしてみせる。シフールなのだが、その踊りにはさらに磨きが掛かっていた。その姿に、おじさんは仕方がなさそうにため息を付く。
「しょうがないな。ちょっとだけだぜー」
「わぁい」『わぁい』
ユニゾンで喜ぶシャリンとフレア。こうして、必要なものは次々とと袋に入れられていく。
「こんなモンですかね?」
「ええ、ばっちりですね」
エルマもヴィクトリアも、望みのモノを手に入れられたようだ。こうして一行は、村へと向かうのだった。
行き先の村は、特に何か異常があるようには見えなかった。山のふもとに開拓された村。その為、問題が起きた時の対処ノウハウがなかったようだ。
「すみませんねぇ、お任せしちゃって」
「いいえ、作りなれてもいますし。ちょっと辛めに作りますけどね」
申し訳なさそうにそう言う村人その1に、そう答えながら、厨房へ向かうヴィクトリア。同じ様に、肉を焼こうと、岩塩を大量に持ち込んだエルマが、その村人に尋ねる。
「他に、村特有の食材があったら、教えていただけると助かりますわ。猟師さんのお宅まで案内していただけるとよろしいのですが」
「ああ、この村の面々は、大体自分で捕って来るよ」
そう答える村人。自給自足なので、必要なものは、たいてい近くの山や川で調達してくるらしい。そんな彼に、必要なものを尋ねられ、エルマは『村の食に損害を与えず、なおかつミノタウロスの食欲を満たせるモノ』と言う事で、大型の獣を指名する。
「理想は熊ですね。中でもアゲイトベアなんて最高ですわー」
さすがに、そんなレベルともなると、専門家がいるだろう。そう判断するエルマの予想通り、村人さんは困った顔で、「そんな大物は冬眠中だと思うぞー」と答えている。
「駄目なら、トナカイさん辺りでも良いのですが」
「それなら、たぶん山の方にいると思う」
仕留められるか否かは別にして、近づくと逃げるくらいの知識はあるようだ。自分が手を下すわけではないので、エルマは村の周辺図を書き記し、村人に指示してもらっている。
「具体的な場所は、どのあたりになります? 出来れば、一番遠くて、しとめるのが大変な場所で」
「それなら、この界隈だと思う」
ちょうど、裏山の中腹から山頂にかけてだ。森が深く、冬場でもあまり食べ物に困らない事から、中型から大型の獣が集まるそうだ。
「川の魚も捕れそうですわね。素敵ですわ」
ちょうど、その辺りからふもとに向けて、川魚の取れそうな川も流れている。ここならば、ミノタウロスが暴れても、問題はないだろう。ヴィクトリアが、そんな村人の話を、丁寧にメモっていた直後、寄り合い所のほうが騒がしくなってきた。
「あー、牛が騒いでるー」
どすんどすんと、テーブルを叩く音が複数聞こえてくるのを見て、そう呟くシャリン。人で言えば、『食事はまだか』と言ったところだろう。
「仕方ないなぁ。フレア、おいで☆」
そう言って、シャリンは妹分を呼び寄せる。1mほどの火の精霊に属するフレア。子供ほどの大きさは、シャリンよりかなり大きいが、エレメンタルフェアリーの頃から、ずっと一緒に過ごしてきた為、彼女の呼び出しにも『あいー』と素直に応じている。
「牛の民‥‥ですか。実に興味深いですね」
そのシャリンとフレアが、ヒューリアのランプを持って、牛の民の元に向かうのに、材料煮込み中のヴィクトリアが、てこてこと付いて行った。
「‥‥き、短い。遅いと、痛い目‥‥」
イライラしている様子の通訳とミノ。紳士と言った割には、実力行使に出かねない雰囲気である。
「相当待たせてしまっているようですねー」
そりゃそうだーと思うヴィクトリア。何しろ、ボルシチは意外と時間がかかる。牛の民は、他の村人と同じ様に、思い思いの姿をしていた。が、ミノタウロスとは距離を置いており、まるで王様と下僕のようだと、ヴィクトリアは思った。
「仕方ないわねぇ。じゃあ、ちょっと時間稼ぎしてくるわねー」
一方、シャリンはフレアと共に、テーブルを舞台がわりにして、ミノタウロスの前へと進み出る。と、それを見たミノタウロス、じゅるりと舌なめずり。
「うまそう。料理」
通訳がおもむろに反応する。いちいち通訳の登場を介するのは面倒なので、ここからは省略させてもらおう。
「踊り子さんには障らないで下さいー! ごはんじゃないですー」
手を伸ばしてきたミノに、そう言うヴィクトリア。が、シャリンはその手をするりと潜り抜けると、テーブルの隅っこまで移動する。
「あたいはお料理じゃないわよ! もうちょっと掛かるから、ゆっくりしていってね!」
にこりと笑顔で、くるりと回ってみるシャリン。そのまま、人の子であれば、魅入ってしまうようなダンスをご披露中。周りの牛の民はおーっと騒いでいたり、村の人も遠巻きだが拍手をしたりしている。だが、肝心のミノタウロスさん、聞いちゃいない。すっかり彼女達を、供されたご飯だと思っているようで、何とか捕まえようとしている。
「ああもう、仕方がないですねっ」
紳士的を言うだけあって、動きはさほど早くない。シャリンに夢中になっている間に、ヴィクトリアはアイスコフィンを食らわせる。かきこきここんと音がして、凍った。
「暖炉の前にでもおいといてください。融ける頃に出来上がりますよ」
室内の気温であれば、2時間。暖炉の前なら、その半分程度で元に戻るだろう。ちょうど、ボルシチが煮込みあがる頃だ。「むうっ」と呻いる通訳たちを後に、ヴィクトリアは厨房へと戻る。
「さ…出す料理には不味くならない程度に岩塩がんがんかけますよ」
そこでは、エルマが羊のお肉に、岩塩をがんがんとかけていた。外に降り積もる雪のように、小山になってしまっている。しっかり固めている所を見ると、岩塩の包み焼きを作っているようだ。塩と小麦粉と香草で作った生地で、肉を固めてオーブンに入れるだけの、簡単な料理である。
「肉はお願いします。こちらはボルシチ作っておきますので」
メインをエルマに任せ、ヴィクトリアは用意してきた材料を紐解く。すでに、牛肉はブイヨン用に7割がた火を通していた。岩塩を追加投入し、ことことと煮込んでいる。その間に、ビーツを40分ほど蒸し上げ、野菜を炒め合わせた後、ブイヨン鍋に投入する。最後に、蒸しあがったビーツを入れ、味を整え、サワークリームを添えれば完成だ。
「おお、ようやくきた」
目を輝かせる牛。さっそく、中に浮かんだ肉に手をつける。「うまい」とおかわりを要求しまくっている彼を見て、村人が興味深げに聞いてきた。
「本当にそんなに美味しいんですかねー」
「あ、だめっ」
鍋に残っていたボルシチを、つまみ食いする村人。が、直後「しょっぱ!」と叫んで、水場へ直行していた。
「牛用に、濃い目に作ったんで、人の口には合わないんですよー」
戻ってきた村人に、申し訳なさそうに理由を告げるヴィクトリア。ブイヨンを作る段階で、かなり塩を入れたらしい。
「早く言ってくださいよー」
「いやぁ、まさかつまみ食いされると思っていなかったものですから」
お水をがぶ飲みしながらそう言ってくる村人に、ヴィクトリアは困った顔だ。が、当のミノタウロスは、まったく気にせず皿をカラにしていた。
「肉、もうない」
空になった皿をふりたくり、次を催促してくるミノタウロス。予定時間よりかなり早い。シャリンが踊って時間を稼いでいるが、それでは足りないようだ。
「にくー、もってこいー」
「今参りますわー」
仕方がないので、予定を前倒しするエルマ。あらかじめ用意していた焼きくしをミノタウロスまで持っていく。
「にく、はやくする」
「実は肉がなくなりました」『なくなったー』
困った顔をして、陽の精霊であるファルファリーナと共に、通訳へと申し出るエルマ。が、ミノタウロス側が、そんなこと知った事ないといわんばかりに「早くする」と繰り返した。
「肉が無いとしょっぱい料理を出せないですわ」
「肉、そこにある」
指し示されるシャリン。が、エルマは顔色1つ変えず、にこにこしながら、有無を言わさぬ調子で、きぱりと言い切る
「これは違いますよ。紳士なら、獲ってきて下さい」
男が食料を調達してくると言うのは、彼ら牛の民でも代わらないに違いない。と、ミノタウロスはずずいと立ち上がり、置いてあった巨大な斧を手に取った。
「狩の、時間」
ターゲット:シャリン。
「だーかーらー。あたいは食べモンじゃないんだってば!」
てててっと逃げ出す彼女。後ろから、「肉、食わせろ」と目を真っ赤にして追いかけてくるミノ。どうやら、野性の本能に火をつけちゃったらしい。紳士とは言え、やはりそこはモンスターなので、理性で押さえ込むと言った事は、不完全にしか出来ないのだろうと、観察していたヴィクトリアは思った。
「紳士じゃなかったのかしら」
「人間、おなかが空くと凶暴になりますから」
エルマが首をかしげているが、彼女はそう答える。人じゃないじゃんとか言う村人のツッコミは、耳に入っていない。
「ヒューリア、出てきて☆」『きて☆』
一方、表に出たシャリンは、フレアに持たせていたランプから、ペットのジニール‥‥ヒューリアを呼び出す。4mの風神が、ミノタウロスに立ちはだかった。
「雲の神様っ?」
「あたいの妹分よ。肉が欲しいなら、山まで飛んでけー!」
遠巻きにしていた村人達が驚いている中、シャリンはヒューリアにストームを使わせ、そして本人は激しく踊りながら、上空からサンレーザーで狙い打ち。
「ぶもーーー」
お尻を焦がされ、冷え切った上着を風にあおられ、牛のくせに豚さんみたいな悲鳴を上げているミノさん。ちなみに、エルマは被害を考慮し、淑女のたしなみから、近づいていないので、広範囲魔法でも被害はゼロだ。
「と言うわけで。今ので貰ったお代の分は終わりよ。これ以上欲しいならもっと貰わないとダメね」
お仕置き完了したシャリン、ミノタウロスの鼻先で、ヒューリアとフレアを両脇に従えながら、ふんぞり返っている。
「わかった。どうすればいい」
「狩りに☆」
すかさず、エルマがそう言った。印を付けた地図を店、目的地まで案内すると申し出る。本当は、斧でも持ってこようかと思ったのだが、重くて無理そうだ。
「言っとくけど、前のは大負けに負けてなんだからちゃんとした物持って来てよね」
「もっと、早く手に入るのに」
ミノタウロス、まだ食べたそうにシャリン達を見つめている。が、ヒューリアに睨まれて、すごすごと斧を取りに戻っていた。
「ほらほら。サボるとご飯が食べられないですよー」
『ですよー』
上空に上がったファルファリーナが、監視を兼ねてまねっこさんしている間、ミノさん「ぐにゅうーー」と鼻息を荒くしながら、トナカイを追い掛け回している。
「これで少しは懲りたでしょうか」
しとめたトナカイをずるずる引きずりながら、村を後にするミノを見送りつつ、そう呟くヴィクトリア。
「だと、良いのですけどね」
人間の村で食べると、高くつく事を覚えてくれれば良いのですが‥‥と、思わずにはいられないエルマだった。