●リプレイ本文
「神様、おいらがんばるから、力をかして‥‥!」
イルコフスキー・ネフコス(eb8684)が、いつものように神への祈りを捧げている。と、依頼書の記述を確かめていたルンルン・フレール(eb5885)は、ぎゅっと確信した様に拳を握り締めていた。
「牛のような外見の怪物‥‥きっとそれは湖の主、エレメンタルキングに違い有りません! 私、確か聞いた事あるもの。でも、安心してください、この事件、私達が絶対解決しちゃいます!」
自信たっぷりに言うものの、その足は村とは反対方向だ。理由はフローラ・タナー(ea1060)が『調べて見たい』と言い出した事にある。
「エレなんとかキングはともかく、本当に「管理官」という役職があるのか、怪しすぎますわね」
ルンルンの言う村人を守る為には、その管理官に関する何らかの証拠が要るだろうと、そう言う話である。行った先は、王宮の書庫。必要な許可証は議長から貰ってきた。
「それにしても、どうも管理官の言い分は要領を得ませんね。領土的野心なのかもしれないですけど、王妃殿下の別荘地を管理したがる目的が何なのか‥‥」
それを調べる為にやってきた書庫には、政に関わる様々な書類が納められている。ここにあるのは、現在成立している村に関わるものだ。
「‥‥それを調べるなら、こいつが良さそうだぞ」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が持ってきたのは、羊皮紙で出来た書簡の束だ。王室宛の届出をまとめたもので、用件ごとに名前と番号が振っている。
「名簿、ですか?」
「ああ。本当に責任者や村があるなら、記録しているはずだしな。見てみろ」
覗きこむフローラに、エルンストはあるページを開く。そこには、ホットレイクの名前が書かれ、委託管理責任者として、議長の名前が書かれていた。
「って、何故私の名前まで‥‥」
「奥方なんだから、当然だろう。さて、奴の村は‥‥と」
併記されている自分の名前を見て、顔を真っ赤にしているフローラを他所に、エルンストは目的の村の項目を探す。
「村自体は届出が‥‥最近ですわね」
フローラがそう言った。資料によると、100年程前に開拓された比較的新しい村らしい。それ自体は、きちんと名前と戸数が記されていた。新しい家が迎え入れられた際には、その都度登録が更新されている。税の取立ても行われており、受け取った王宮係員のサインも明記してあった。
「本来の村長は、まだ在籍している扱いになっているな」
「追い出したとか、揉めた記述もありませんよ」
書かれている納税書の問い合わせが、前の村長になっている。一方で、フローラは『退任した』と言う明確な記述がない事に気付く。
「奴の名前もなしか。少し聞いて来よう」
税務上の登録には問題がなさそうだ。だが、そこに管理官の名前はない。そこで、エルンストは書類を管理している資料係に尋ねてみた。返答は『50年くらい前の資料で、一度見た事がある』そうだ。
「‥‥あったよ」
イルコフがその資料をもってくる。教えられた場所は、古い記録がまとめて収めてある所で、埃にまみれて酷い事になっていた。ただ、古くて文字がかすれており、ただ『管理官』の文字がかろうじて読める程度だ。
「‥‥やはり、何者かがそう名乗っているだけの可能性が高いな」
一通り調べ終わったエルンストは、そう結論付けた。
「いずれにしろ、穴をふさげば、何とかなると思いますよ☆」
話を聞いたルンルンは、先にそうする事を提案するのだった。
「まずは底がどうなっているのか、確かめないとね」
直すも何も、材質がどうなっているかわからなければ、手の打ちようがない。準備を始めようと、荷物を降ろしたエルマ・リジア(ea9311)に、エルンストが連れてきた小さなアイアンゴーレムを呼び寄せた。
「待て。何も自分が潜る事はない。その為にこいつを連れてきたのに」
確かに、生身が潜るよりは、被害が少ないかもしれない。と、イルコフが荷物から小さな人形を取り出した。
「もし、底が抜けてつながっていると言うのが本当ならば、何らかのものが流れるはずだもんね」
「そうだな。これなら、大丈夫だろう」
エルンストも、人形を取り出す。ジャパン風の着物を身につけた、木札の人形である。いわゆる雛人形だ。取り付けた細い糸がぐいぐいと引っ張られていく。その間に、イルコフ達は管理官のところへ行く事にした。
「黒衣の美青年とやらに、雰囲気で負けるわけには行きませんもの」
村の入り口で、議長夫婦と合流するイルコフ。投げかけられる視線に尊敬が含まれるのは、フローラの衣装と、連れてきたユニコーンも影響しているだろう。なにしろ純白の貴婦人と、聖職者を伴った騎士だ。さもあらんと言ったところである。
「ギル、スカーフが曲がっていますよ」
「あ、ああ。すまない」
そんな議長の、胸元にあるブルースカーフを、どこか楽しそうに直すフローラ。こうして、黒衣の管理官の元へ向かえば、いつものように笑みを張り付かせたままの彼が出てくる。だが、その目線は、常に議長に注がれている。
「なるほど、あなたが‥‥。今日は、ご夫婦で‥‥ですか」
「それが、何か?」
事情を話したフローラがそう言うと、彼は首を横に振る。
「さっき、調査の為に人形を流したよ。被害のあった倉庫とやらを、確かめさせて欲しいのだけど」
イルコフが人形を出してそう申し出てきた。管理官、特に止めることなく、例の倉庫に案内してくれた。
「すごい事になっているな」
以前、依頼にあった植物が枯れた後に、膝丈の水が溢れているのだ。まるで湿地帯のような光景に、思わず顔をしかめるエルンスト。
「雛を流したのなら、こちらにもう付いているころだけど‥‥。ないね」
糸先はルンルンに渡していたが、距離は充分にあるはずだ。もう届いているはずの雛人形が、影も形も見当たらないのに、イルコフは首をかしげている。
「あったかい‥‥」
膝から下の水は、まだ寒い時期にも関わらず、温度が感じられる。
「この時期、この界隈では、水は凍り付いてしまうでしょう? けれど、ここは温度が感じられるほど暖かい。この時期、そんな水が大量にある場所は、あなた方の村にしかないですよ」
管理官はそう言った。それが、この水がホットレイクから来た証拠だと言い張っている。
「でも、証拠はないんです。調べてからでも、遅くはないでしょう?」
フローラがそう言って食い下がった。と、彼は「わかりました。では、このお話は、調査が済むまで凍結しておきましょう」と、あっさり引き下がる。彼の張り付いた笑顔は、中々崩れない。
「‥‥やはり、底に何か仕掛けているとしか思えませんね」
これ以上突っ込んでも、届出のない役人等たくさんいる‥‥とはぐらかされてしまうかもしれない。そう思い、フローラ達は再びホットレイク村へ戻るのだった。
糸は、かなりの量を持ってきていたが、途中で止まっていた。そこで、一向は村から船を借り、湖まで出かける事にした。船頭さんには、何かあったら逃げて貰うよう手段を整えて‥‥である。
「ゴホゴボと沸き立ったのは、底が抜けた時に空気が出てきたから‥‥。その牛みたいなのは、元は抜けた底の向こうの空間にいたのかも?」
ルンルンが水面をつつきながら、そう言っている。だとすれば、それが原因だろう。と、イルコフがこう言った。
「だったら、水面が渦みたいになっていると思うんだ」
クレリックの彼に、その差を見つける力はない。そこで、ルンルンが代わりに目をこらした。と、その湖面に、いまだこぽこぽと泡が立っている場所を発見する。近づいてみると、確かに湧き水とは違う流れだ。
「ここだとすれば、それほど長い時間かけなくても、大丈夫そうですね。よし、これでOKっと」
底は見えないけれど、岸からさほど離れていない。そこで、エルマはバックパックの中身のうち、濡れるとまずいものを油紙につつんで防水して、潜水の準備を始めた。何かあると困るので、ペットのファルに、サンワードの呪文を唱えさせる。
「これは‥‥」
太陽の届かない位置にあるなら、太陽はわからないと答えるはずだ。だが、太陽は『穴に牛』と明確に答えてくれる。どうやら、太陽の届く場所に、その原因はあるようだ。
「底までは、大した距離がなさそうだね」
水底を覗き込むイルコフがそう言う。こうして、準備を整えた一向は、糸をたどるようにして、水面をくぐるのだった。
潜ると、すぐに穴は見つかった。入っていくと、程なくして水面が見える。どうやら、穴の底は、洞窟になっているようだ。周囲を見回すと、足元はゆるい坂道になっていて、流れ込んだ湖面の水が、くるぶしくらいの位置になっている。足跡は流れてしまっているが、糸はずっと奥まで続いているようだ。そして、足元の水は、だんだんと水溜り程度の深さになり、傾いていき、ついには洞窟の端っこを流れる排水溝になってしまう。
「横穴、ありますね‥‥」
エルマがそう言った。どうやら、向こう側に抜ける洞窟らしい。しかも、その先には広い空間が広がっているようだ。
「湖の地下に、こんな大きな空間があるとはな」
「やはり、エレメンタルキングがいるんですよ!」
感心した様にそう言うエルンストに、ルンルンは確信したようにそう言った。壁を見上げると、結構な硬さがある。だが、ところどころコケが生えており、崩れやすい部分もあるようだ。
「可能なら、本当に行き先があるかも確かめたいね」
「迷ったら大変です。ロープをくくりつけておきましょう」
イルコフの言葉に、エルマが目印がわりのロープをでっぱりにくくり付けている。こうして一行は、奥へと進んで行ったのだが。
「これ、崩れた後だよね‥‥」
ルンルンがそう言った先には、明らかに文字の刻まれた跡が、地面に崩れ落ちている。
「壁自体はしっかりしているようですけど、間のこれが、腐食で崩れたみたいですね」
こんこんと壁を叩くルンルン。拾い上げたそれはさびてボロボロになった針金だ。いくつもちらばるそれは、具合を見ればごく最近落ちた事がわかるが、地震の報告は聞いていない。隠されていた洞窟なり神殿なりが見つかったと言う事ではなさそうだ。
「まさか、牛の姿をしたケルピーと言うことじゃ‥‥」
「いや、違うな。だったら、最初に遭遇した村人は、すでに引きずり込まれている」
フローラがそう言うが、これに関してはエルンストが首を横に振る。まだ、その『牛のようなもの』にお目にかかっていないので、彼らはさらに先へと急いだ。
「なるほど、原因はこれか‥‥」
気付けば、足元の水の流れが変わっている。ちょうど、湖面に浮かぶ祠のような門が、彼らの目の前に現れていた。その周囲には、崩れた跡があり、真新しい穴が開いている。そこに、水がぎゅんぎゅんと流れ込んでいた。まるで‥‥誰かが戦った跡のように。
「そのようだな」
もう一度、雛人形を落としてみるエルンスト。その時、門の方で音がした。ごごごごと祠の周囲の水が溢れるようにして、牛のような頭部を持つ人の形をした塊が現れる。まるで、水で出来たゴーレムだ。だが、そのあちこちは氷に傷がついた様になっている。
「精霊か? だとすれば、意思の疎通は可能のはずだ‥‥」
エルンストは冷静にそう注意を促すと、門の前に立った。水の精霊が、人の姿を持つのはよくある話だから。
『我は、門番なり‥‥』
くぐもった声で、手にした斧を構える精霊。そのまま、相手がくるのを待っている。まるで、踏み込んだものには容赦しないと言うように。
「なにかを、守って入るようです」
おそらく、後ろにある祠だろう。何か安置されているのかもしれない。そう思ったエルマが、アイスコフィンで適当な小石を凍らせ、ぶつけてみる。
『求めるのなら、我を倒すが良い‥‥』
試練と同じセリフだった。その様子に、エルマは話し合いは通じそうにないが、決して悪い存在ではないのだろうと思う。
「追いかけては‥‥こないようです」
エルマがゆっくりと後ろへ下がるが、精霊は門から出てこようとしない。
「やはり、門番と言うからには、ある程度のエリアからは、抜け出てこないのでしょうか」
「いや、見かけから判断するには危険だが、そうではないと思うぞ」
足元には、ぬかるんだ足跡が複数ついている。大きいのは、精霊の祠へ続いており、小さいのは今入ってきたほうへ続いていた。
「どうする?」
「目撃情報にあった牛の影は、おそらくあれだ。何らかのきっかけで、浮上してこないとも限らないだろう」
今はここから動かないが、落石や落盤を、うっかり攻撃と認識すると困るエルンスト。
「近づかなければ、大丈夫そうですけど‥‥。ここで闘うのは危険すぎるかな」
せめて、途中で見つけた横穴に案内したいエルマ。それは、イルコフもエルンストも同じ考えだ。問題は、中々動かないことだが。
「せめてユニコーンが一緒に連れてこられればよかったのですが‥‥」
「この間に何かあると困りますもの。よし、ここは冷たいし、これを使いましょう」
エルマが唱え始めたのは、アイスコフィン。
「皆さん、確実に当たるようにしてくださいな」
距離は充分だ。エルマの希望で、エルンストがムーンアローを撃ち込み、フローラがコアギュレイトで出てこられないようにする。
「えぇいっ」
エルムが魔法をかけると、ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅっと、周囲の水が凍り付いていく。あっという間に、氷の彫像が出来上がっていた。
「どうやら、誰かが稼動させちゃったみたいです」
祠へ近づくと、足跡が激しくついている。誰かが稼動させた跡のようだ。
「と言う事は、ここをふさげば、どうにかなるみたいですね」
穴は、その余波で開いたらしい。見れば、最初に流した雛人形が引っかかっていた。
「そうだな。少なくとも、湖はどうにかなる」
「わかりました。ルンルン忍法氷柩の術‥‥とりあえずは応急処置です!」
そう言って、ルンルンはスクロールを広げた。こっちは初級だが、重ねてかければ、強固な氷蓋となる。
「‥‥そうですか。ではこの辺りには、それを守る何かがあると言う事ですよね?」
戻ってきた一行は、その足で管理官の元へとむかった。倉庫には、雛人形が流れついており、それを話すと、管理官は逆に問うてくる。
「もし、何か人々に危害を与えるようなモノであれば、再び解決に乗り出すまでの事」
「有能な奥方をお持ちで、うらやましい限りですよ。ふふ、そうですか。湖の底に‥‥ねぇ」
フローラが宣言すると、管理官は笑顔を貼り付けたまま、そう答えた。どうやら、何か企んでいるままのようだ。
「昨今の情勢もある。宝物を求めるのは、何も冒険者ばかりではないのだろうな」
妻が横でため息をついているのを抱き寄せながら、議長は注意しておくことを約束してくれるのだった。