終末を告げる音

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月09日〜12月12日

リプレイ公開日:2009年12月17日

●オープニング

 冬に向うこの時期、日は遠のき、空は厚い雲で覆われつつある。晴れている日が稀少となるこの時期、冬将軍の到来と共に、王宮は冷え冷えとした空気に包まれていた。
「しかしまー、オーストラリアも凄いもの送ってきたよなー」
「ああ、ここにあると、空気が変わるしなー」
 王宮の一室。主に、各地からの貢ぎ物を集めた部屋で、見回りの兵士達がそう話していた。部屋の中でも、諸外国からの品を納めた一角に、オーストラリアからの貢ぎ物である暦が、異彩を放っている。言うならば、細工物の骨なのだが、冬の空気にさらされたそれは、周囲の雰囲気をいやおうにでも高めていた。
 ところが、である。
「お役目ご苦労様です〜。もうすぐ休憩の時間なので、湯を沸かしておきましたわ」
「ありがとう。お琴さん」
 見回りには、侍女達も交代であたる。主に、王族を守る兵士の世話だったりするのだが、今日の当番はどうやらお琴のようだ。深夜、腹を減らした兵の為に湯を沸かし、夜食を作ったりしている。
 そうやって、彼らが普段の営みを続けていた時、事件は起きた。
「なんの、音かしら」
 薬湯を入れてきたお琴が、はたと気付く。まるで、呻くような音。それは、兵士達が立った今見周りを終えたばかりの献上品を納めた部屋から聞こえてくる。
「何でしょう。まさか‥‥くせもの!?」
 侍女とは言え、棒状武器には、いささかの心得がある彼女。不審に思ったらしく、愛用の薙刀を引っ張り出してきて、様子を見に行った。
「おぉぉぉん‥‥」
 それは、献上暦から聞こえてきていた。台座に設えられた恐竜の骨から、まるで嗚咽するような音が聞こえてくる。
「こ、これって音がするようになっていましたっけ? え? あれ?」
 その音を聞いた瞬間、お琴の足元がぐらりと揺れた。そして次の瞬間、気がつくと床に倒れていた。
「ど、どうしましたっ?」
 物音を聞きつけた兵士がすっ飛んでくる。だが、青い顔をしたまま、お琴は動けない。
「ちょ、ちょっと具合が‥‥。あの恐竜が‥‥」
「え‥‥? うわぁ!」
 何とか状態を伝えようとするお琴。しかし、暦はまだうなり声を上げている。そして、それを聞いた兵もまた、倒れてしまうのだった。
「いったい、何が‥‥」
 その刹那、音は鳴り止む。まるで、ここに近づいてはいけないとでも言うように。

 さて、お琴が倒れた翌日、事件は起こった。
「王宮では、あの献上品が‥‥と、一部で排斥の傾向があるそうです」
 倒れたのは、お琴ばかりではない。献上品を見物しに来た貴族や、それとは一件無関係に見える者達さえ、あちこちで倒れているそうだ。人々に共通する豪州と言う言葉に、王宮内では、そんな関係は絶つべしと言う声さえあると言う。
「‥‥献上品が原因である事は確かだけど、それは豪州の責任じゃないわね。多分、擦りかえられたんでしょう」
 そう判断するレディさん。手元の報告書を見る限り、盗まれた際に細工されてしまったのだろう。
「対処方法はあるのでしょうか」
「物を見てみないと‥‥だけど、職人の技がいるでしょうね。ただ、何らかの魔法の力が掛かっていると、それも難しくなる。原因を特定しないといけないわね」
 んーと考え込む彼女。何やら計算を始めている模様で、真剣な顔つきになる。
「残念だけど、これは、いわば鐘の音でしかないかも。外して修理して浄化してしまえばお終い。でも、それでは嫌がらせにしかならない‥‥」
 直すだけなら、おそらく豪州の職人を呼び寄せるまでもない。問題は、そこまでなら誰でも予想出来ると言うことだ。先見の目のある者なら、外して、浄化を行うまでは考えているに違いない。
「ロシアを、根底から覆すには‥‥もっと大きな何か‥‥。あー!」
 急に大声を出したレディさん。驚いたレイが運ぼうとした茶を取り落としかける。が、彼女は構わずこう言った。
「次の巡回日、いつだっけ!?」
「た、確か3日後くらいだったと‥‥」
 王宮関係者ががたがたになっている今、その警備や取りまわしは追いつかないに違いない。それは、王族の抵抗力を弱めているに他ならなかった。
「次の巡回は王妃様の当番‥‥。仕掛けてくるわね。これは」
 手を打たないと。と、レイにギルドへの申請書を持ってこさせるレディさん。用件をすらすらと書きつづる。

『王妃様狙われる可能性が出てきたわ。物理的な襲撃も考えられる。献上品の修理が済むまで、しっかり護衛しておくこと!』

 そこを狙われたらおしまいである。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6228 雪切 刀也(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8110 東雲 辰巳(35歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●リプレイ本文

 王宮に響きわたる不気味な音。それは、出入りする貴族達の不安を煽っていた。
「流石に今のご時世では厳しいか。 王族の方々も大変だよな‥‥」
 雪切刀也(ea6228)が、しんと静まり返った廊下を見回してそう言った。献上品や、様々な上納品や搬入物などが通るそこは、今や呪いを恐れたのか、静まり返っている。
「まさか、あの時取り戻したと思った暦でこんな謎の現象が‥‥僕達にも責任はありますから。それに、王妃様に何かあったら、一大事です!」
 ぐもももっと拳を握り締める沖田光(ea0029)。どちらかと言うと、謎の現象とやらに興味津々といった様子だが、ミカエル・クライム(ea4675)はうんうんと頷いている。
「暦に細工されてるとはね〜。 ホント陰険というか、転んでもただじゃ起きない連中よねぇ。 まぁ、何があっても完璧に迎撃してあげるわ!」
 理由はそれぞれだが、目的は一致している。そんなわけで、一行はまず暦の調査を行おうと、ぶっ倒れたお琴の元へ向っていた。
「唸り声ですか‥‥実際に気分が悪くなったのは、それを聞いた人達だけなんですね」
「はい。ただ、最近はそのせいで眠れなくなっている方もいるみたいで‥‥」
 彼女の話では、呪いにかかっていない症状の者でも、音で眠れなくなってしまう等、健康を害してしまう者が続出し、自分の屋敷に篭るものが後を絶たないらしい。
「黒曜石殿、何か気付いた事はないだろうか?」
『周辺に、悪しき気配が蔓延している気がするが‥‥。出所がはっきりとは分からないな』
 ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)が念の為、気付いた事はないかと尋ねると、彼女は首を横に振る。
「やはり、貢ぎ物部屋からだろうか」
『そちらの方が気配が濃いな。だが、まるでもやが掛かっていると言ったら、分かるか?」
 頷く黒曜石。貢ぎ物部屋を中心として、宮殿全体にもやが広がっており、まるで霧の中に居るようだと語る。
「黒い霧、と言ったところか」
「なら、出所を調べるべきだな。魔法は、唱えておく」
 その貢ぎ物部屋を調べる前、フレイムエリベイションを唱える刀也。「私もだな」と、ゼファーも同じ魔法のスクロールを広げていた。こうして、一通り確認を兼ねて、足を踏み入れた瞬間、ミカエルが感じ取ったのは、なんともいえない雰囲気。
「さっさと終わらせて、なるべく早く王妃様のお傍に戻らないといけないかもしれないわね」
 ぞくりと、背中を嫌な予感が駆け抜ける。
「こいつを試してみるか‥‥」
 刀也がインタプリティングリングをはめている。しかし、応えはなかった。
「魔法仕掛けは‥‥あるようですけど、周り中にありますね」
 沖田もリヴィールマジックのスクロールを広げている。献上品の中には、魔法仕掛けのものもあるのだろうか。
「うーん、献上暦が啼くのは真夜中なのに、関係のない人まで倒れてるみたいだから、実際は聞こえないけれど、断続的に攻撃されてるのかもっ、だよ〜」
 これはカルル・ゲラー(eb3530)。
「具体的な発動は深夜近付いた者に対してみたいだけれど、 被害を見る限りでは、恒久的かつ無差別に効果を発揮してるみたいね」
 ミカエルも似たような意見だ。
「ないとは思いますが、すきま風が吹き込んで暦を吹き抜ける事で、反響していたと言う事もあるかも知れませんし」
「ここ、密閉された部屋よ」
 沖田が貢ぎ物の台座部分を覗き込みながらそう言うが、顔を揚げたミカエルは、窓のない部屋である事を確かめつつ、首を横に振る。
「聞いたことがありません? その昔ダームとかダーマだかって塔の柱は、風が吹き抜ける原理で不届き者を昏倒させたとか‥‥」
「‥‥そんな吹きぬけがあったら、ここはもっと気温が低くなっているはずよ」
 何しろ、既に真冬と行って良いシーズンだ。そんな昏倒するほどの風が、部屋の中にあれば、ここはコートなしではいられない寒さになってしまうだろう。
「ざっと考え付くのはこんな所か」
 そこへ、ゼファーがメモに思いつく限りの項目を記して来た。どうやら、思いついた項目を、1つづつ潰して行く算段のようだ。
「暦ならば、一部に仕掛けがされているのか、暦そのものに魔法なり施されているのか?」
 これには1つ明確な答えがある。それは、暦そのものにも魔法が仕掛けられている事だ。と、水鏡に映しこんでいたカルルが、こう答える。
「んとねー。やっぱりこれとこれとこれが魔法仕掛けみたい」
「ただ、それが元々なのか、違うのかは、わかりませんでした」
 沖田も同じ答えだ。と、カルルが皮袋の中の何かを取り出す。
「これかけてみたら、動きで分からないかなぁ」
「って、それじゃ床まで汚れちゃうわよー」
 慌ててミカエルが止めるのも道理で、カルルは砂をかけようとしたから。どうやら、それで効果を確かめようとしたらしい。ただ、それがマーメイド側で自動的になるように仕掛けられているのか、聞いたモノに何らかの異変がおきるように仕掛けられているかは分からないとの事。
「デビルやアンデッドなどが取り憑いている、或いは潜んでいる事はないか?」
「もしそうだったら、既に出てきてると思うわ」
 これはミカエル。何しろ。疑って襲ってくれと言わんばかりのシチュエーションである。罠ならとっくの昔に発動しているはずだと。
「実は暦に宿る恐竜霊の警告だった等、意図せずして害になった可能性」
「だったら呼びかけに応じるはずよ。あたしは、現在発動してる効果もしくは暦そのものがフェイクなんじゃないかなーと思うわ」
 彼女も、ここに仕込まれている『音』は『警告』ではないと指摘する。もし、警告ならば、自分達に反応しないはずがない、と。
「どうも、暦は囮で本命が他にあるか、暦は例の魔方陣の効果を齎す為の目印に過ぎないという可能性が高そうだな」
 一通り意見と結果を収拾したゼファーはそう結論付けた。それを聞いたミカエル、スケジュールを確かめながら、敵が現れるタイミングを模索する。
「だったら、ここに来るのは最終日よね」
「もし直接的な原因が例の魔方陣ならば、一見無関係な者に被害が及んでいる事も説明がつくか‥‥。そうすると、こいつをならなくするように出来れば、目印には、ならなくなる」
 修理は職人がやるらしいが、彼女も自分が出来る事はやってみようと、道具を取り出す。
「出来そう?」
「難しいな」
 しかし、骨細工はしっかりと挟みこまれていて、どこをどうやれば動かせるのか、見当もつかない。
「こうすれば、つっかえ棒にはなるんじゃないでしょうか」
 沖田がクリスタルソードを突っ込んだが、手から直接生えているので、そのままずっと押さえ込む羽目になってしまう。
「音がでないように布とかで口をふさえいじゃえなの〜」
 カルルが持っていた布で、その口をぐるぐると縛ってしまう。ゼファーが「応急処置はしておくか」と、口元が開かないようにして、穴の開いている箇所を塞いで行った。
「すごいモンになったな」
 その結果、風邪を引いている恐竜みたいなオブジェになった事を追記しておく。

 調査が終わり、応急処置し終わった冒険者は、巡回に回る王妃の護衛へと赴いていた。
「といっても、こういうのは女性陣のがいいんだろうなぁ。男よりも同性のが気が楽だろうし」
 王妃様のお出かけ準備を、遠巻きに眺めている刀也。徒歩半日足らずの場所でも、それなりに準備に時間がかかる。
「巡回ルートは、これで良いのかな。差異はない?」
 他の女官達に巡回ルートの確認をしているミカエル。東雲辰巳(ea8110)が、それに自分達の名前を書き込んでこう言っていた。
「交代出来るなら、順番を決めておいた方が良いだろうな」
「大丈夫。暗がりも背後も、今の僕に死角はありませんよ」
 ぴかーんと沖田の目がインフラビジョンの魔法で辺りを見回す。これで、暗がりに潜んで警護している東雲の姿もばっちりだ。
「既に内部に入り込まれている可能性もある。係員を集めてくれ」
 一方で、ゼファーは潜んでいる間者を心配して、警護の兵士や女官達を一人一人確認している。その間に、ミカエルは王妃に魔法をかける事にした。
「王妃様、すみませんがフレイムエリベイションをかけさせてくださいね」
 王妃自身が操られる可能性を考慮しているようだ。王妃様、女官が顔を曇らせるのを制して、自ら進んでミカエルの前に歩み出る。
「こいつを使え。補助にはなるはずだ」
「ありがと。フレイム様、力を貸してくださいな‥‥」
 差し出された富士の名水をごきゅごきゅと飲み干し、自らを守護する炎の精霊に語りかける。守る、力を‥‥と。程なくして、湧き上がった魔力が王妃を包みこんでくれた。
「見取り図は‥‥と。襲撃者が反応あれば良いんだが‥‥」
 同じ炎魔法のスクロールを広げるゼファー。現在位置を‥‥と思ったが、バーニングマップはそこまで便利じゃなかった。だが、その代わりに、カルルが声を上げる。
「石の中の蝶が、反応してるよー」
「さっそくおいでのようだな」
 見れば、ゼファーの石の中の蝶も、ゆっくりと動いていた。どうやら、どこかから侵入してしまったようだ。王妃の一行は、既に廊下へ出てしまっている。ドアを開ければすぐ外だ。
「スモークフィールド張るわよ!」
 そのドアのすぐ近くにミカエルが魔法をかける。室内では、彼女も魔法をおおっぴらに使えないが、それは相手も同じだろう。黒く煙の魔法がたちこめる中、何者かが乱入してくる気配があった。
「他の貢ぎ物が壊れるとまずい。いったん逃げるぞ」
 廊下にも、壊していけないものは飾ってある。それを考慮し、まずは表に出る事を指示する刀也。しかし、相手もそうは問屋が卸してくれないらしく、まずドアがふさがれてしまう。
「王妃様こっちに! 何とか引っ張り出して!」
「心得た!」
 広いところに、が抜けたが、刀也には通じたらしい。すぐ横の扉へとなだれ込んだ。そして直後、柱の影に潜んでいた東雲が、相手へ一撃を食らわせる。しかし、受け止められると弾き飛ばされてしまった。うかつな奇襲が効くような相手じゃない。とっさに、同じ様に奇襲をかける手はずだったカルルを探したが、向こうはミラージュコートの効果でか、その姿は見えなかった。しかし、そうしている間に、今度は窓の方から踊りこむ黒い影。
「空から奇襲です! 気をつけて!」
 インフラビジョンを使っていた沖田が叫んだ。見れば、煙の向こうから、鳥に見せかけた黒い翼竜が数匹潜り込んでいた。だいぶ小型化している為、動きが素早い。
「奇襲が聞く相手じゃないわ! 気をつけて!」
「えぇい、落ちちゃえっ」
 カルルがスマッシュをかけると、あっさり落ちるくらいの恐竜だが、それでも東雲の攻撃は中々届かない。
「ソニックブームが使えれば‥‥壊れないようにしないといけないし‥‥」
 周りを見回す東雲。さすがに調度品を壊すわけに行かないので、使うタイミングを考えて居るようだ。
 と、刀也の後ろで、様子を見守っていた王妃が、彼にこう言った。
「‥‥私が、謝るから」
「王妃様?」
 怪訝そうに振り返る刀也に、彼女は相変わらず表情が浮かばないまま、こう告げる。
「怪我をするのはいけないから‥‥。壊したものは、私が謝るから‥‥」
 それぞれ、大切に作り上げられたものだ。だが、壊れたのがモノならば、まだ修復も出来よう。人の命はそうは行かない。自分に気を使って怪我をするよりは、と。王妃は不都合があった場合の責任は自分が取ると名言しているのだ。
「大丈夫っ、壊すのは貢ぎ物じゃないよ」
 だが、そんな優しい王妃様に、カルルはにっと笑って床を蹴った。そして、一番前に居た襲撃者と思しき人影に、バーストアタックを敢行する。
「今のうちに!」
「わかってる!」
 ナイフみたいなもののぶっとんだ相手に、東雲がソニックブームをお見舞いした。当たった後ろで陶器の壊れる音がしたのに気を取られた隙に、今度は王妃の下へ襲撃者の影が。
「しまった! 囮か!?」
「ふん、ナイフ使いを体得するまでには、ずいぶんかかったがなっ!」
 そこへ、今度はゼファーがナイフを数本、投げつける。狙い違わず命中したそれが、襲撃者へ呻き声を上げさせる間に、距離を詰めた彼女は両手に持ったナイフでシュライクを発動させていた。
「守ってるだけじゃ、タイムアウトになるわよっ!」
「わかってる! これで、どうだっ!」
 王妃へと攻撃を食らわそうとしている者もいたが、それは東雲が何とか防いでいた。手勢の半分ほどを何とか退けていた頃、廊下の窓からゆっくりと日が差し込んでくる。
「‥‥夜明けか。時間稼ぎはここまでだな」
 不意に、襲撃者が言った。それを合図に、残っていた恐竜と襲撃者がその手を緩めて行く。
「今頃、あのお方が進軍を開始した頃だ。ふふ、もうすぐ向こうは闇に染まる。壁が壊れた今、止める術は何もない‥‥」
「しまった。目的はそれかっ」
 ゼファーが思わずそう言った。皆に告げるように、彼女はこう口にする。
「やはり、これは目印だった。魔法陣が本命、目的は、防御力の低下‥‥」
 いわゆる、内部から崩して行くと言う作戦だ。刹那、くぐもったうめき声のようなものが響く。合図のようなそれに、王妃の体が床へと崩れ落ちた。
「‥‥ふん、退くとするか」
 満足そうにそう言う相手が退いて行く。それを見届けた刀也がかけよると、王妃は先ほどゼファー達が『応急処置』をしたせいか、女官達に支えられながらも、身を起こすところだった。
「王妃様、大丈夫ですか?」
「私は、大丈夫‥‥です。民達を‥‥守って‥‥」
 話は聞こえていたのだろう。魔法陣が、人々に仇なす物と知り、自分はまだ平気だからと訴えている。
「その前に、1つお聞きしたいのですが‥‥。トーマは、どうなりました?」
「あの子は、まだ私に心を開いてはくれない‥‥」
 刀也の問いに、首を横に振る王妃。あまり笑顔の浮かばぬ身だが、どこか悲しそうだ。
「トーマおにいさんは王さまが好きなんだって。 う〜ん、ロシアの恋愛事情は複雑だにゃぁ」
「‥‥ロシアに限らないと思うけどね」
 人間関係と言うのは、どこもこじれている。身に覚えのあるミカエルは、カルルの書く日記に記されないよう、こっそりとそう呟くのだった。