黒曜石の竜

■イベントシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 46 C

参加人数:13人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月15日

リプレイ公開日:2009年12月25日

●オープニング

 物語は、王妃の宮より始まる。トーマが冒険者達の手によって保護、確保されたのは良いが、さすがに無罪放免と言うわけには行かず、そのまま王宮の一室にて軟禁生活を余儀なくされていた。
 もっとも、王妃が『どうしても』と言うので、それなりの待遇は約束されている。その代わり、見張りが何人も付き、事情聴取に呼び出されることも1度や2度ではなかったのだが、トーマは素直に応じていた。
「と言う事は、魔法陣の本体は別にあるのですね」
「ああ。アレは俺を閉じ込め、生気を吸収する為の陣だったから‥‥」
 それでも、自分の事はあまり話したがらない。周囲としては、内側の事情よりも、現実に被害が出ている方が優先らしく、調べは淡々と進んでいた。
 その結果、魔法陣の本体は、かなり広範囲に及ぶらしい。一見すると、道のようになっている為、端からは分からないそうだ。
「聖水の材料は調達してきたが‥‥大規模な工事か、盾が必要だな」
「今からでは間に合いますまい。とにかく、浄化を施さなければ。人を集めてくれ。案内は‥‥トーマにさせるがよろしかろう」
 国政を担う者達が集まって、対応を協議していた。関係からすれば、王妃やそれに近しい者が加わるのが妥当なのだろうが、やはり王宮と言うのは、男性中心の世らしく、今まで関わっていなかったはずの貴族達が、対処を相談していた。
「逃げ出したりはしないだろうか」
「その為の冒険者だ」
 もし、逃げ出したらその責は冒険者に取らせれば良い。どこの世も、尻拭いをするのは彼らだけ。
「では、布の調達は、ギルバード殿に。よろしくお願いいたします」
 こうして、各地に通達が送られた。呪いを清める聖なる布を、急ぎ大量に製作し、各地に届けよ‥‥と。

 キエフ郊外‥‥。ホットレイク‥‥。
 議長の家はキエフだが、実際に作業するには、それ相応の広さを持つ場所が必要となってくる。 そこで、議長はホットレイクからそう遠くない場所に工房を設け、その周囲に人々の居住する村を拡大させていた。ロシアとしてみれば、開拓村と大差ない為、むしろ補助金まで出ている状態である。
「こうして、今年もつつがなく終わればいいんだが‥‥そう言うわけにもいかない状況だな」
 その一画にある、作業室。出来上がった布のサンプルやら、作られた衣装、丈夫さなどをチェックし、従業員のスケジュール管理なども行っている場所である。
「少しは休まれた方がよろしいかもしれませんね」
「納期は待ってはくれないよ。それに、今年は特別だしね」
 あまり休んでいない様子の議長に、レイが心配そうに言うが、彼は首を横に振る。仕事そのものは針子に任せている状態だが、追いつかない作業もあるので、得意先に頭を下げて回るのは、議長のお仕事である。日も暮れた時間だったが、まだやる事はたくさんあった。
 と、その時である。
「なんだ? 今の声は‥‥」
 工房のほうから、まるで吼えるような声が響いた。
「外のようですが‥‥。見てきましょうか」
 レイが外套を羽織り、部屋から出ようとするが、議長はそれを押し留めた。元は剣を振っていた経験が、議長に嫌な予感を覚えさせたらしい。
「いや、私が行こう。工場の様子も見て来たい」
 外套を羽織り、護身用の短剣を携え、早足で工房へ向う。と、近づくにつれ、雪を踏みしめる音が聞こえてくる。走り出す議長が、現場へ駆けつけたとき、既に悲鳴は上がっていた。
「ああっ、ギル様大変です! 黒い竜が!」
 針子の1人が指し示した先には、額にクリスタルのような飾りをつけた黒い恐竜が、背に何やら指示している蛮族を乗せ、工房へ攻め込んでいる真っ最中だった。
「皆、ひとまず別宅へ! 力に自信のある者はバリケードを。急げ!」
 短剣を抜き、針子を走らせる彼。
「し、しかしこのままでは聖布が!」
「命あってのものだねだ。それに,布ならまた作れる!」
 さすがにこの辺りの指揮は手馴れている。飛び出してきたレイが、剣を渡し、従業員達はそれぞれの方法で散り散りに逃げて行く。
「ちょっと‥‥。一体何の音よ?」
 それは、ちょうど布を受け取りに来ていたパープルの耳にも届いていた。刹那「きゃああ、恐竜だーーー!」と悲鳴が上がり、彼女は慌ててライトハルバードを持って行く。
「ああもう、この忙しいのにー!」
 ぶつくさ言いながらも、恐竜の相手を始めるパープルさん。左手だけとは言え、その攻撃を受け止め、流す。
「ひょっとして、これが目的だったのかしら‥‥」
 そのきらきらと光る額の飾りに、女史は見覚えがあった。確か、報告書にあったトーマを閉じ込めていたモノと同じ。
「議長、近くに黒髪短髪の冷たそうな女が居るはずよ! 探して!」
「それより態勢を建て直す方が先だろう!」
 混乱した現場が、ようやく落ち着きを取り戻したのは、朝の鐘が鳴り響く頃だ。
「やっと落ち着いたか‥‥。しかし、これだけの恐竜、どこから‥‥」
「地下の水路から突然現れて‥‥。ああそうだ、中に大きいのが数匹混ざってました!」
 針子が、現れた時の事を教えてくれる。それによると、大きな黒い恐竜‥‥まるで、軍馬のように鎧を身に纏っていたそうだ‥‥が、数匹の恐竜を引き連れ、洞窟を加工した通路から、工房になだれ込んでいたそうだ。
「黒いのがラプかディノの加工品。そうすると、大きいのは個体差かアロ‥‥。まずいわ!」
 突然大声を上げる女史。驚く周囲に、彼女はこう言った。
「すぐにキエフに連絡を。多分、ティラノが黒化してキエフに団体さんで向ってる! あのスピアが間に合えばいいんだけど、そう簡単に通してはくれなさそうね‥‥」
 見上げた先。そこには、恐竜の群の奥深くに、口の端を歪ませる、金髪の神父が見え隠れしていた‥‥。

【キエフの郊外に黒い恐竜部隊が現れ、次々と占拠しています。狙いはおそらく聖布か国政に関わる方のところだと思われますが、速やかに対応をお願いいたします】

 冒険者ギルドへ使いが飛んだのは、それから程なくしてからの事である。

●今回の参加者

沖田 光(ea0029)/ ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)/ 常葉 一花(ea1123)/ イグニス・ヴァリアント(ea4202)/ ミカエル・クライム(ea4675)/ 雪切 刀也(ea6228)/ 東雲 辰巳(ea8110)/ メアリ・テューダー(eb2205)/ 明王院 未楡(eb2404)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ リンカ・ティニーブルー(ec1850

●リプレイ本文

 襲われた場所は、キエフにもほど近い場所だった。村と工房の水源ともいえる湖。その側には、王妃の権威の象徴とも言える別荘が存在している。
 通称ホットレイク。沸き水の影響で、ロシアの真冬でも凍らぬその湖は、王妃がキエフに居る間、一般人に管理を任されているせいで、非戦闘員も数多くいる。そんな中、知らせを受けた冒険者達は、急いで湖のほとりへと向っていた。
 現場に駆けつけるのが、一番早かったのは、グリフォンを駆るフィーネ・オレアリス(eb3529)だった。すでに、武器を持てる者達が、恐竜達からバリケードを突破されないよう、支えている。恐竜達はと言うと、すぐにでも落とせると思ったのか、何匹かの恐竜達でいたぶっているような状況だ。
「お待ちなさい!」
 フィーネが、グリフォンをその間に滑り込ませる。突然の乱入者に戸惑う彼ら。その間に、フィーネはバリケードの外側で、ホーリーフィールドの魔法を唱える。一瞬光がその周囲を包み、バリケードを押さえていた人々を明るく照らす。恐竜達は、入ってこれていない。
「今のうちに陣を!」
「すまない!」
 聞き覚えのある声がそう言った。だが、確かめる暇などない。術師を狙おうとする恐竜乗りもいる。そこへ。彼女は達人クラスまで引っ張り上げたコアギュレイトを放った。これで、何とか捕縛は出来る筈だと。
「大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかな‥‥」
 議長がそう言ったが、怪我をしている者もいる。応急手当はしてあったが、その上から血が滲んでいる者もいる。
「ここは救護所にしておいてください。もうすぐ、他の人達もやってきますので‥‥」
「わかってる。アイツは、すぐ来る」
 パープル女史が、愛用のライトハルバードを握り締めながら、そう呟いていた。彼女からソルフの実を受け取り、魔法が効いている間の陣地構築を頼むと、フィーネは負傷者の回収へと赴く事にする。
「いた!」
 死者となった者は、恐竜達が餌にしようと牙を突き立てるところだった。コアギュレイトで足止めすると、彼女はグリフォンの背中へとその遺体を回収する。そして、回れ右をして緊急の救護所と貸した別荘へとたどり着くと、ソルフの実をかじり、魔力を回復させながら、その魔力を死者へと注ぎ込む。
「せめて、この戦いで流れる血が少しでも減れば良いのですが‥‥」
 そんな思いを込めて、魔法を発動させると、止まっていた身がわずかに身じろぎする。そんな怪我人の手当てを済ませると、彼女は再び戦場へと駆け出していた。
「やっと、おいつい、たっ」
 ぜーはーと息を切らすようにして、冒険者達の一部がたどり着く。空飛ぶ絨毯に数人を乗せ、別荘にたどり着いた明王院未楡(eb2404)は、代表と思しき女史に深々と頭を下げた。
「家族の‥‥それも娘のような小さな願いすら受け止めて、善意の輪を広めてくれる方々の危機と伺い、微力ながらはせ参じました。どうか、お心を強くもたれますよう」
「私は大丈夫だって。それよりも、あっちをお願い。多分、あんたの知り合いがくるのはもうちょい先だから」
 頭を下げられたパープル、名前から以前聞いていたジャパンの食料担当な子だと思い出したらしい。気にする事はないと言い置いて、外を指し示した。
「ベースは、向こうの恐竜と同じだと思うんだけど。もしそうだと仮定すると、バラせば保存食の材料にはなるわ。この温度だから、外だとお肉腐らないし」
「作り方はともかく、足止めすればよろしいのですね」
 冒険者達はまだまだやってくる。その間に、少しでも攻撃の機を作り出す。その為に彼女はデビルに対応した愛刀を手に外へと向った。
 そこでは、既に何人かの冒険者達が、交戦状態に入っていた。敵も、一般人だけではない事に、戦力を割いて来ている。砦と化した別荘に篭っているわけにも行かず、パープル女史も表に出ていた。
「美しい方のためならば、いくらでも頑張りましょう」
 事情はよく分からないが、綺麗なお姉さんの笑顔を曇らせない為に、神隠しのマントを羽織るフォックス・ブリッド(eb5375)。抜き足差し足忍び足で、息を潜めて、恐竜達を見渡せる教会の影へと潜む。
「まずは、無力化しましょう」
 そのまま、姿を消した状態で、矢を番う。姿を消したまま、その矢を放つ彼。刹那、振り返った恐竜がこちらへ向ってくるのが見えた。数は3匹はいるだろう。身を隠すように、再び姿を消し、境界の裏へ回り込む。恐竜が追いつく前にマントを羽織り、再び狙撃場所へと動く。これを繰り返しながら、敵を撹乱しようとする彼。
「えぇい、何をやっている! 両方から挟みこめ!」
「そうはいきませんよ」
 両側からどたどたと回り込まれ、上へと逃れるフォックス。そして、返す刀で、ポイントバーストシューティングを放つ。狙うは、一番先頭の竜の額。
「当たれっ」
 ひょうっと矢が飛んだ。それは額に当たりはするものの、竜の宝石を砕くまでには至らない。
「えぇいっ」
 そこへ、後ろから明王院が、ソードボンバーを投げた。背後を突かれた恐竜の足元に炸裂するそれに、浮き足立つ恐竜達。連携が崩れた所に、蛮族を狙い撃つフォックス。何匹か倒れたが、進軍を止めるまでには至らない。それでも、二人は戦う事を止めてはいなかった。
「ようやくたどり着いたか‥‥」
 前夜、オーラエリベイションをかけておいたアンドリー・フィルス(ec0129)は、そう言うと、自身の体にオーラボディとオーラパワー、フライの魔法をかける。オーラの盾を携え、そのまま恐竜達の群へと突撃していた。その手には、月虹が握り締められている。
「せぇいっ!」
 体当たりをするように切りつける彼。ジャイアントの膂力で打ち込まれた恐竜は、パラディンに恥じないパワーでもって、切り捨てられる。
「ふん、どうやらこの地にも神の使徒を名乗る奴が多いか」
 戦線の穴を埋めるように、パラスプリントを高速詠唱する彼に、恐竜乗りのリーダーらしき御仁がそう言っている。ソルフの実をかじり、魔力を補給しながら、それでもなお進む彼に、恐竜の上から一撃が加えられる。
「当たり前だ。人の道を外れ、悪魔の走狗となるならば、是非には及ばず!」
 そう叫び返すと、恐竜を退ける為、その刃を払う。何とか距離を取ると、フライの魔法で空に上がり、憤怒の盾へと持ち替え、負った怪我を回復させていた。
「行動を起こすには、充分な理由だな」
 手にした弓を、アポロンの弓へと持ち替えていたリンカ・ティニーブルー(ec1850)が、回復の力を乗せた矢を、仲間に向って放っている。矢に気付いた恐竜の一団が向ってきて、リンカは慌てて回れ右だ。
「拙いが、私も出来ることを成そうか」
 事情はあまり把握していないが、困った人々がいるのは確かだ。弓をデビルスレイヤーを付与したものに持ち替えたリンカは、それを群のリーダーと思しき恐竜の額へと射掛ける。黒い石の姿をしたその飾りは、やはりデビルの力を持つものらしく、そのまま砕けた。が、恐竜達の勢いは劣れていない。
「やはり数がいるか。次!」
 同伴した愛犬から矢を受け取り、距離を取る彼女。すぐ後から恐竜達が追いかけてくる。指揮する者を狙いたかったが、ここは狙撃手として後ろに下がる方が重要そうだ。
「バラバラに矢を撃っても駄目そうだな。本隊を片付けるのが先か‥‥」
「だが、本隊は既にキエフへ向っている頃だろう。ここは大丈夫だ・足止めに向ってくれ」
 やはり弓兵として参加していたゼファー・ハノーヴァー(ea0664)に、そう答える議長。頷いた彼女は、スクロールを広げた。バーニングマップならば、本隊の位置を割り出せるかもしれない。そう思い、唱えてみれば、既に本隊は工房の近くを離れ、そのままキエフへ向っているようだ。話を聞けば、工房は川の方に併設されており、船で下るなら、歩くより早く進めるそうだ。
「船はまだ工房に係留されたものがあるはずだ。これを持って行ってくれ。多分、追いつける」
「案内は私が行くわ。議長さんはここで皆の柱になってて」
 青いきらきらした玉は、精霊石とよく似ていた。船を早く進ませる品らしい。それを受け取ったのはどこか楽しそうな笑みを浮かべたパープル女史だ。
「管理人がいた方が心強いだろうしな。では行くぞ、これは借りて行く」
 ゼファーもその意見には異を唱えない。パープル女史から、出来上がったばかりのエレメンタラースピアを借り受け、他の冒険者と共に工房へと向う。
「今のうちにかけておかなければ‥‥」
 その道がてら、フレイムエリベイションをかけておく彼女。と、その工房には、既に多数の恐竜騎士達が群がっていた。
「まずは引き剥がさなきゃいけないか‥‥」
 その中には、ディノとは違う、明らかにでかい恐竜も混ざっていた。おそらくそれが群のリーダーだろう。目星をつけたゼファーは、進路上と思しき場所に、ライトニングトラップを仕掛けていた。
「と、そこまで頭は悪くなさそうだけど」
 もっとも、パープル女史が指摘するように、恐竜達の上からはいくつもの指示が飛んでおり、恐竜達はいくつものチームでもって、破壊活動に従事していた。
「ならば、初手はあいつだな。足止め組は、そのまま別荘を守っていてくれ。額の宝石組と分担して粉砕する!」
「分かりました。私にお任せあれ」
 頷くメアリ・テューダー(eb2205)。どうやら秘策があるようだ。その様子に、沖田が恐竜の特性を、彼女に教えている。
「パワーアップしているとはいえ、元の特性を失ったわけではありません。今までの経験と研究が、倒し方を教えてくれます」
 あんな黒い恐竜達が跳梁跋扈していては、自分の研究はおろか、人々の平和な暮らしすらままならない。他の冒険者達と同じ様に、そう考えていた沖田光(ea0029)は、フレイムエリベイションを唱えてから、ファイヤーバードの魔法を唱える。
「燃え上がれ精霊力、黒き竜の力の源を打ち砕く力になれ‥‥!」
 その刹那、炎に包まれた全身が空へと舞い上がる。狙いは。恐竜達の額飾りだ。しかし、既に今までの戦闘で、一度攻撃を加えただけでは敗れないのを知っている彼は、スピードを落とさぬまま、空をくるりと反転する。
「1度で駄目なら、2度、3度‥‥!」
 ひびの入った額へ、ヒット&アウェイの要領で体当たりを繰り返す。バーストにも似た効果をもつそれは、自らに手傷を負いながらも、額飾りに大きく亀裂を入れる事に成功する。
「これで‥‥トドメだっ!」
 4度目のアタックの時、額飾りの決定的な亀裂が入った。身を離した刹那、まるでかぶとが真っ二つに割れるかのように、くだけ落ちる。
「こんな時に聖剣があればっ!」
 雪切刀也(ea6228)が悔しげに武器を握り締める。時間もないせいか、パープル女史のところまで走る暇がない。せめてもの救いは、何とか工房すぐ近くまでたどり着いたことだろうか。布が焼かれる匂いと、陶器の壷が粉々に砕かれ、床に水溜りを作っているのが見えたが、この場合は仕方がないと、まずは恐竜を排除する方を選ぶ。
「外皮は硬そうだな。だが、確実に‥‥!」
 通常のバーストでは効かないかもしれない。そう判断した刀也は渾身の力を込めて、鎧をかぶったような恐竜へとバーストEXを食らわせる。その一撃は、無意識の苛立ちを反映してか、黒い石を粉々に粉砕していた。
「あーあ、怒らせちまった。額にあんなもの貼り付けるからだ」
 その様子に、イグニス・ヴァリアント(ea4202)は深くため息をついた。何しろ、本人が大切に思っている存在と同じ名の石だ。怒りがにじみ出ても仕方のないこと。
「それにしても、ついに黒幕の登場か。まぁ即退場して貰うが」
 表立って動き出した敵。報告書を聞く限り、恐竜でキエフを攻められては厄介だ。
「ほんと、邪魔してくれるわよねぇ。どうやら首謀者も動き出したみたいだし。きっちりはっきりさせてあげるわ!」
 目指すはその本隊だ。そう言うと、ミカエル・クライム(ea4675)はファイヤーウォールの魔法を唱えた。それは先ほどゼファーがバーニングマップで調べた進路に乗っ取っている。トラップを配置し、相手に狙いを定めやすくしている中、ようやく追いついた東雲辰巳(ea8110)は、混乱する戦場にいるはずのパープル女史を探していた。
「レディ、どこだ!?」
「あたしはここよ。いいから左側よろしく!」
 工房のすぐ側に彼女はいた。既にライトハルバードを携え、ミカエルの作り出したファイアートラップのすぐ後ろで、越えて来る恐竜を相手している。
「ああもう、ピンポイントで狙えないじゃないの!」
 その間に、マグナブローを放つミカエル。進行方向を遮られ3匹一組になっている。術師に目をつけたのか、向ってくる彼らに、スモークフィールドを展開して、一端距離を取っていた。
「このままじゃ埒が明かない。例の神父かあの黒髪女はどこだ!?」
「女の方は見てないわ。でも、神父は分かりやすい場所よ」
 東雲がきょろきょろ見回すと、パープル女史は、煙の向こうに頭を出す巨大な竜の頭を指し示す。
「‥‥くっ。ティラノの上か‥‥」
 それは、刀也の位置からも見えていた。ミカエルがマグナブローを放つと、ようやく気付いたようで、見下したような顔を見せたのは‥‥地方管理官だった。
「おやおや、いつぞやの。ようやくお出ましですか」
「どうやら、あれが首謀者のようだな」
 確信する刀也。ティラノにも飾りが付いている。ぎりぎりと牙を向くその威圧感は、豪州の比ではなかった。
「砕けるか?」
「たぶんな」
 イグニスの問いに頷くゼファー。だが、そうこうしている間にも、ティラノはミカエルの張り巡らせた炎の罠を越えてしまう。
「えぇい。動かないで頂戴!」
 さらに分厚く炎のカーテンが増える。マグナブローでそのボディを捕らえようとするが、その表皮は硬く、中々ダメージが通っていない。
「メアリ、こいつを使え!」
 その間に、ゼファーはエレメンタラースピアを、メアリへと投げて渡す。
「はいっ。お手伝いいたしますっ」
 それに、彼女はサイコキネシスを付与していた。メアリが操る間、他の恐竜達が狙いにこないよう、ゼファーはその上に乗る騎手を狙う。
「ふふ、無駄な事。そんな対応は、きっちり出来ているんですよ」
 だが、そんな2人に、ティラノ上の管理官は涼しい顔をしていた。その姿に、イグニスは既視感を覚える。
「何しろ、2度目ですから」
「お前は‥‥!」
 決定的な一言に、はっと気付いた。目を凝らせば、そこに映し出される気配は、豪州で出会ったデビルと同じものだ。
「お久しぶりですねェ。壁を崩してくれた事は、感謝いたしますよ。こうして、豪州どころか、こちらさえ手に入れる事が出来るのですから」
「させるか!」
 わざわざ礼を言うその管理官の姿を借りたデビルに、ゼファーが槍を投げ、それをメアリが操作する。
「無駄だと、言ったでしょう?」
「うそっ!」
 当たった槍を、さらに押し込み傷口をさらに抉ろうとするが、その槍は中々沈み込まない。逆に、横合いからその爪を煌かせた恐竜が、護衛に受け止められる始末だった。
「深く、根を張っているのですよ。既に、ね」
 くくく‥‥と喉の奥が鳴っている。その姿に。イグニスはぎりと奥歯をかみ締めた。どうやら、あの額の飾りを打ち砕いても、もう一歩、次なる手を用意しなくてはならない事に、苛立ちが募る。
「あの上のリーダーを狙わないといけないみたいですね」
 だが、その苛立ちを解消してくれたのは、口元に笑みを浮かべた常葉一花(ea1123)だった。時には、暴れてみたい気分になると言っていた彼女の手には、プロテクションナイフが握られている。それを、すぐに取り出せるよう、メイド服の胸元に隠した彼女は、満面の笑みを浮かべたまま、そう言って、手にした村雨丸を脇に置く。
「今のうちに参りますわよ」
「ああ。奴さえどうにかすれば良いみたいだからな」
 ソードボンバーで撹乱していた東雲が、勾玉の効果を発動し、気配を消した。近づくのに邪魔な小型恐竜達は、他の冒険者達と、それに混ざったパープル女史の相手で手一杯なのを幸いに、こっそりと距離を詰めて行く。
「これで、どうだ!」
 そのティラノの愛手をしていたのはイグニスだった。両手のダブルアタックとポイントアタック、それにシュライクの要領で、額飾りを抉り取ろうとする。だが、わずかに届かない。
「だから、何度も言わせないでくださいよ」
 勝利を確信している風情の管理官。前足が、イグニスを踏み潰そうとした。が、その時である。
「果たしてそれはどうかしら」
 いつの間にか回り込んだ一花の高速詠唱クリスタルソードが、そのアキレス腱ともいえる部分を切り裂く。
「いつの間に‥‥!」
「東雲さん! これを!」
 そこへ、サイコキネシスで、メアリがスピアを東雲へと渡した。
「スピアは、あんまり扱った事がないんだが、な!」
 ぱしんとそれを受け取った彼が、アキレス腱のぶらついた恐竜の脚を、沖田のアドバイス通りに切りつけた。
「く! ここまできたと言うのに!」
 ざしゅっと肉の切り裂かれる音がして、流石のティラノもバランスを崩す。断末魔の悲鳴を上げながら、崩れ落ちるティラノ。
「逃がすか!」
 流石に飛び降りたそこへ、刀也が駆け寄って、逃げようとした身を切りつけていた。悲鳴こそ上げなかったが、秀麗だった顔が、デビルの醜悪なそれへと変化して行く。
「トドメだ!」
「だが、豪州はまだ手の中にある‥‥!!」
 振りかざした刃が、その身を捕らえる刹那、彼は不穏当なセリフを残した。が、それを確かめる前に、敵はようやく地に倒れ伏すのだった。

 時刻で言えば、夜が明ける頃、状況はようやく終息へと向っていた。居残り組も、騎手はボスが倒れた事で撤収に入り、残ったのは額の飾りを失い、ただただ怯えて右往左往している恐竜達だけだ。
「制御は外れてるみたいだし、後はただの動物よ。痛い目見れば逃げて行くわ」
 パープル女史が、放っておいてもどうにかなると宣言している。元々、低温には弱い生き物だ。冒険者達が手を下さずとも、自然がその役割を負ってくれるだろうと。
「問題は、そればかりではないだろうけどな‥‥」
 だが、残したセリフが気にかかる。槍を握り締めた刀也は、遠くジャパンに続く空を見上げ、そう呟いていた‥‥。