●リプレイ本文
国交調印式。
その重大な式典に、ホットレイク周辺の村人は、総出で準備に当たっていた。
「んじゃあ、こっちは任せた。そろそろ主賓を出迎えに行ってくる」
白い埃避けに前掛けと言う、ある意味カンペキないでたちで、せっせと掃除している雪切刀也(ea6228)、飾り付けを手伝うゼファー・ハノーヴァー(ea0664)達をを尻目に、東雲辰巳(ea8110)はパープル女史と共に、来賓の出迎えに向かう事になった。
「‥‥そろそろ、ね」
来賓が来るまでの間、色々な事を話していると、そのうちに月道の開く時間となった。ここからは馬車を使う事になるので、既に月道には専用の馬車が待機している。程なくして、月道の向こう側に、見知った顔の少年と、そして女王一行が姿を見せた。
「この度は、遠い所をご足労かける‥‥」
作法にのっとり、そう頭を下げる東雲。と、女王は年齢の割にはしっかりした仕草で、深々と一礼していた。
「いえ、願い出たのはこちらです。このような大国と対等に渡り合う事が出来る様になり、冒険者達にはとても感謝していますよ」
あめ色に染まった杖は、きっと恐竜の骨で出来ているのだろう。肝薬の効果か、元気を取り戻した様子の女王に、レディさんは首を横に振る。
「あたしは何もしていないわ。ただの引率だし」
「そう言うな。いなかったら、俺はここにはいないから」
そう言って、彼女の横によりそう東雲。そんな2人の姿を見て、女王は懐かしそうに目を細める。
「話を聞いていた通りのお2人ですね。うちの息子とはえらい違いだわ」
一体どんな話をしていたか知らないが、何やらとても立派な英雄扱いされているようだ。
「立ち話もお辛いでしょう。こちらへどうそ。中でゆっくりと伺いますよ」
待たせている馬車へ案内する東雲。こう言った事も出来るのかと、レディさんは少し感心するのだった。
で、その貴賓を待つ間、調印式の準備は、着々と進められていた。マーメイドのロイヤルファミリーが来ると言う事で、物珍しさからか、結構な人出がある。その人員整理を手伝っていた所に、エプロンをつけたカルル・ゲラー(eb3530)が姿を見せた。
「あ、お琴ちゃんおつかれっ。王妃様は?」
「もう既に控えの間ですわー」
さすがに公式行事なので、先輩の女官長が取り仕切っているらしい。で、暇なお琴は一般参賀の人々をご案内するよう、おおせつかったと言うわけだ。
「そっか。今日は無事に終わるといいねー」
カルルが同意を求めると、彼女はすぐに頷いている。こうして、ばたばたと詰めの作業を終わらせている間に、マーメイドの御一行が到着していた。式典前なので、大々的な入場はしないが、それなりに別室等も用意されている。
「それにしても調印式か‥‥ひとまずの区切りだな」
「純粋なお祝いというのも久々か。 キャメロットでの、誕生日会以来かな」
礼服に着替えた東雲に、刀也が懐かしそうにそう答えている。式の立会いと警備をおおせつかったが、少しくらいはのんびり楽しんでも良いだろう。
「歴史的瞬間というやつだな。立ち会うことができた幸運を感謝しよう」
そう語るイグニス・ヴァリアント(ea4202)。ここまで長かったような気もするし、今思い返せば、あっという間だった気もする。障害や妨害、今後の課題も色々あるけれど、今はこの日を迎えたことを喜びたい。
「調印式まで長かったわね。妨害とかもあったけれど、無事此処までこぎつけられて良かった〜。あと一息、頑張りましょ!」
「ここからが始まりだがな。両国にとっても私にとっても」
万感の思いが余技るのは、ミカエル・クライム(ea4675)もゼファーも変わらなかった。と、教会の鐘が鳴り響き、刻限が近い事を告げる。
「むにゃ〜。いよいよだね〜。わくわくするにゃ〜」
カルル、用意された来賓席にちょこんと座って待機中。ミカエル、ゼファーも同じ様に来賓席だ。東雲とパープル女史、それに刀也は見回りの警備についている。
「今まで色々とあったけど、こうやって結ばれていくのか。何だか不思議な感じだよ。ん〜、可能ならばこの時の絵でも描くけど、大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。つか、上手に描けたら献上も悪くないと思うし」
刀也の問いに頷くパープル女史。こう言った行事を記録しておくのは、重要な事だ。好みに合うかどうかはさておき、後の世にも参考になるだろう。
「僕もこのことを日記に描いておこうっと。そーだ、人魚さんの王子さまにパープルせんせにそっくりな人がいるって聞いたけどだれのことなの?」
カルルも、自分の日記に記録しておくようだ。と、そんなカルルに問われ、東雲が首を横に振る。
「今日は来てない。あいつはそのままとんずらこきそうなんで、留守番だそうだ」
「そうかぁ、会ってみたかったにゃあ」
少し残念そうなカルルだが、これからは大手を振って入国できるのだ。いつかは会う事も出来るだろう。と、そんな中、ミカエルが刀也にこっそりとこう尋ねた。
「精霊の皆が顕現するのは難しいかな〜? 出来れば皆にも見てもらいたいな〜。人の新たな第一歩をね」
祝い事だ。もしかしたら力を貸してくれるかもしれない。そう判断した彼、こっそりと黒曜石に問いかける。
「黒曜石、連絡してみてくれるか?」
『どこまで通るか分からないが‥‥。こちらに女王がいるから、何とかなるかも知れんな』
長兄である水の精霊。その血を引くと伝説に伝わる女王の一族がいるのなら、呼び込めるかもしれないと、彼女は言う。
「お願いね。あたしとしては特にミリオンフレイム様に♪」
『兄上、二つの国のめでたき席だ。全員とは言わぬ。だが、可能ならば、姿を見せて貰えないだろうか』
頷いた黒曜石は、目を閉じて語りかけた。人との絆。それが分からぬ我々ではないだろうと。
「どうだった?」
『大丈夫だと、思うが‥‥願いが届くかわからんな』
口元に、イタズラっぽく笑みが浮かぶ。と、その時だった。時間になったらしく、ロシア側のつれてきた楽隊が、ファンファーレの音を奏で始めた。
「‥‥始まるわね」
誰ともなしにそう言った。式次第は、王宮の作法にのっとって進む。やがて、王妃がこう切り出した。
「遠く離れた2つの国が、手を携える。すばらしき事です。これには、冒険者達の尽力が欠かせませんでした‥‥」
公務なので、いつもの用に物静かと言うわけには行かないのだろう。その次は、冒険者達の祝辞だった。
「さて、次よ」
パープル女史につつかれて、ゼファーが代表して壇上に進み出る。深呼吸、ひとつ。
「両国の国交がここに樹立しました事を心からお喜び申し上げます」
慣れない舞台のせいか、背中から汗が噴出すような気がする。しかし、彼女は顔色1つ変えず、出来るだけ緊張の色を覗かせないようにして、用意してきた挨拶文を読み上げる。
「世界の南と北に位置する両国が手を取り合う日が訪れようとは、探索隊の一員としてオーストラリアの地を初めて踏んだ時には思いもよらぬ事でした」
恐竜に追いかけられたり追いかけたり。挙句の果てにはデビルまで出てきて。人魚の王国と仲良くなって、その依頼を受けて。
「しかし、様々な困難を乗り越えこの日を迎えた事を、調印に向けた取り組みに関わってきた1人として非常に嬉しく思います」
自分の心情を話す事が出来て、ようやく安心するゼファー。そして、こう言葉を紡いだ。
「両国の関係はまだ始まったばかりです。問題もまだ多く残されていますが、文化や風土など様々な違いを乗り越え友好を築き上げていく事を、私は強く確信しております」
気候が真逆の2つの国。しかし、現にこうして多数の人々が、その交友を祝している。
「最後になりますが、両国の発展を心からご祈念申し上げましてお祝いの言葉といたします」
ぺこり、と頭を下げるゼファー。その顔を上げた時、会場は大きな拍手に包まれる。
「にゃっす! ぼくカルルっていいまっす。えとえと、本日はロシアとクイーンズランドの国交が結ばれる喜ばしい日に立ち会えたことを嬉しく思います。えとえと、よろしくおねがいしますなの〜」
カルルのお祝いの言葉が、若干かき消されてしまったのは、致し方がないと言ったところだろう。刹那、冒険者達を祝福するかのように6体の精霊が姿を見せる。驚く人々だったが、どうやら精霊もこの調印を祝福してくれていると解釈してくれたようだ。
「2つの国が末永く手を携えて行く事を見守らん。ミカエル・クライムっと」
その精霊達に見守られ、ミカエルは調印証書の立会人の欄に、自分の名前を記す。きっと、いつの日かそれが、若き日の賢者と称される事を信じて。
「これで、2つの国は正式な国交を結びました。これからは、同じジ・アースの住人として、共に生きて行きたいと存じます」
女王の宣言に、再び大きな拍手が沸き起こる。
「‥‥やはり堅苦しいのは苦手だ」
ぽそりとそう呟いたゼファーだったが、その胸には暖かい気持ちが広がっているのだった。
祝賀会は、一般にも開放される事となったので、けっこうな人になっていた。
「まっずはー、レディ・ファーストということで、 カルルちゃん達の作ってくれた美味しい料理を頂こうかな♪」
わくわくと言った調子で、ナイフとフォークを片手に、運ばれてくる料理を待つミカエル。食材調達にいけなかったのは少し残念だが、美味しい料理を堪能できれば全てよし、だ。
「はいはーい、伝統料理を、ロシア風にアレンジしたのと、ボルシチのオーストラリア風だよっ」
「天護酒とハーブワインを持ってきた。あんまり強い酒だと、困るだろうしな」
カルルが、人魚達から学んだと言う料理をご披露してくれる。それに合わせて、刀也も持参した酒を厨房へと持ってきた。
「祝の席だし、少しくらいは良いと思うわよ。オーストラリアとロシアが繋がってから長い付き合いだと思うしね」
それを手際よく配って行くのは、イグニスだ。王妃達はロイヤルボックスなので、手は届かないが、関係者に祝の言葉をかけて行く。
「おめでとう。今日という良き日を共に迎えたことを嬉しく思う」
「そういえば、人魚さんの恋愛事情ってど〜なってるのかにゃ〜? ロシアは、セーラ様的には、微妙〜なんだにゃ〜」
既に宴会モードに入っているカルルが、港湾管理局にそう尋ねていた。ハーフエルフが優遇されるのは、ここロシアだけの話なので、クイーンズランドの恋愛模様が気になるらしい。
「人魚さん達には、そう言うの、ないの?」
「んー、異種族の姿を見るのは、アリスくらいのものですから」
そういえば、向こうは人魚しかいない世界ではある。アリスの近辺は人の勢力圏なので、様々な種族がいるが。
「お互い、文化や思想の違いがあるかもしれないが、よろしく頼む」
「よろひく〜」
一方、東雲も各関係者への挨拶周りを行っていたが、主賓や議長達は、冒険者に触らせてもらえないので、お琴へと声をかける事になる。慣れない酒を飲んだせいか、足元のおぼついていない彼女を、よっこらせと支えるイグニス。
「おっと、もう立てないほど酔ったのか? それじゃ少し向こうで休もうか」
「おてすうをおかけひまふ〜」
泥酔して騒動を起こすタイプではないが、念の為と言う事で、場外へと連れ出して行く。うっかり放置すると凍死してしまうので、控えの間で休ませる事にした。
「人魚の方々は、大丈夫だろうか」
「とりあえず、酒は抜きのモノを用意しておこう」
そう心配するゼファーに、刀也は気付けの酔い覚ましを準備していた。
「まぁでも、暴れて絡んだりするような人は、いなさそうね」
暴れたり絡んだりするような人がいたら、きついお仕置きをしてやろうと考えていたミカエル、少し残念そうだ。王妃達の手前、節度を保たないといけないと考えているのは、何も彼女ばかりではない模様。
「シャドウバインディングがそろそろ使えなくなる頃合だぞ」
陽は傾きかけていた。影に左右されるそれは、陽が翳れば使えない。だが、今のところは大丈夫なようで、ミカエルは食べ終わった席を立ち、人々の中へと進む。
「あらほんと。なら、もてなしの出し物として、ちょっと手慰みを」
おーと歓声が上がった。炎が舞い、彼女の肌を赤く彩る。得意とする炎舞は、人々の心をさらに盛り上げる。
「これ以上騒動を起こされると困るぞ」
「大丈夫よ。まっかせなさい」
引き際は心得てるわよ。とウィンクするミカエル。人々の注意がそちらに向いているのを見て、刀也は一抹の不安を拭い去るように腰を下ろした。
「中々盛り上がってるな‥‥。このまま今日は大人しくしていてくれれば良いが」
「豪州はまだ手の中にある、か。まだ終わりにはさせてくれないようだな」
ゼファーも、あの最後の言葉を気にしているようだ。しかし、そんな危惧とは裏腹に、ミカエルの炎舞は、好評のうちに幕を閉じる。
「はー、堪能した。ところで、見張り組みは交代しなくて良いのかしら?」
「私も、食事は済ませたのでな。警護が必要なら交代しようと思う」
ミカエルがニヤニヤと見つめているのは東雲達だ。ゼファーはと言うと、刀也の方に声をかけている。
「俺も手伝おう。そっちの方が多分、性に合ってる」
「そうじゃなくて。あんた達も適度に休みなさいな。兵士だって飲んでるのに、私たちだけ働いてても、ね」
刀也がきょとんとした表情で言い返すと、パープル女史が片目をつぶって合図してくれた。そして、東雲の手を引き、会場の外へと離れて行ってしまう。
「今日くらいは、デビルの襲撃はなしにしてもらいたいものだな」
幸せな恋人達を邪魔するモノは、馬に蹴られて何とやらと、誰かが言っていたような気がする。と、ゼファーは思うのだった。
そして、その恋人達はと言うと。
「もう、4年か‥‥」
「そうね。気がついたら、記憶のない生活も慣れちゃったわ」
喧騒を離れ、景色を眺めつつ、2人寄り添った東雲とパープル女史の脳裏に、今までの事が少しずつよぎる。
「色んな事があったもんな」
「きっとこれからもあるわよ」
4年前にケンブリッジで出会った時の事を始め、様々な出来事が。
「今まで一緒にいてくれてありがとう、こんな俺だけどこれからさきもずっと一緒にいてくれるか?」
「‥‥そうね。帰る場所にはしてあげるわ」
抱き寄せられ、抵抗はしない。そのまま重なる影に、刀也も影響されたようで。
「こういう平和な時間がありがたいよ。折角のおめでたい日なんだ。黒曜石も楽しんでくれ」
『では、国交の樹立を祝して』
黒曜石が、受け取った杯をかざす。
「‥‥乾杯」
誓いを立てるように、グラスが静かに鳴った。
神聖暦1005年1月6日
ロシア王国領内ホットレイクにて。
ロシア、オーストラリア両国の国交が正式に樹立。
その影には、多数の冒険者達の尽力が欠かせなかったと言う‥‥。