終わらない夢

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2010年01月31日

●オープニング

 1日の始まりは、教会の鐘が時を告げる所から始まる。
 人々は眠りの時間から覚め、行動する為の準備を始めて行く。それは、王室も庶民も、ロシアもオーストラリアも変わらない。中には、時間のずれる職業もあるが、トータルで見れば、それは人々の根源となるべき生活だ。
 そんな人々の生活の営みには、それぞれの家庭の『記念日』と言うのが存在する。豪州との国交も一通り済み、人々は徐々にではあるが、相手の国との取引も増えた。おかげで、アリススプリングスは時ならぬ旅行ブームに沸いていた。
「やはり空気からして違いますね」
「まったくです。癒しとはまさにこの事」
 主な滞在主は、双方の裕福な階級だ。しかし、そればかりではオーストラリアは道楽の行き先になってしまう。その商売を取り仕切っているらしい議長は、こんな案を提出していた。
「もっと庶民にも広くオーストラリアを知って貰うべきです。そこで、庶民が滞在しやすいものを組みたいのですが‥‥」
 個人で行くにはお金がかかるが、団体なら割引も利こうと言う算段のようだ。ギルドや王宮を交えて、色々と話し合いが行われた結果、こんな計画が持ち上がった。
「えと、オーストラリア滞在ツアーですか?」
「はい。アリスからフォトドミールに向かい、現地の人々と交流しながら、4〜5日ほど滞在して貰うようなツアーですね。近くに大きな遺跡があるようですし、こう言ったところなら、観光ツアーとして成立するのではないかと」
 月道を管理するのは、相変わらず王室なので、そちらにも話を通している議長。ただ、そこには問題が1つあった。
「でも、これにはスケジュールが真っ白ですけど‥‥」
「そこは、慣れている冒険者の方々に、お勧めスポットや、どのように楽しむのがいいのかと、実例を上げていただければ。そうですね、こんな感じで」
 二枚目をめくる議長。そこには、こう書いてあった。
『精霊の祝福をあなたにも。オーストラリアで体験する、魅惑の交歓会』
『冒険者達が歩んだ道のりを、あなたも追体験してみませんか?』
 煽り文句の下は、絵を挿入する枠があいている。この枠に収める絵を、冒険者達に埋めてもらおうと言う算段のようだった。
 ところが。
「‥‥面白そうですね‥‥。下々のものと、関わりを持つのは、大切ですから‥‥」
 それに興味を示したのが、なんと王妃様。
「しかし、危険ではありませんか?」
「国交を結んだ相手だもの。きっと大丈夫‥‥。お忍びで良いと思います‥‥」
 どうやら、体験ツアーにこっそり紛れ込む心積もりらしい。
「どうしましょう」
「向こうに行く誰もが、冒険者ほど丈夫じゃないわけだし。そのテストを兼ねて、で良いかもしれないな」
 まさか、モニターツアーに王妃様ご自身が参加したいとは予想外だが、それもまた実験である。

 その頃。
「奇妙な夢を見せる遺跡?」
「はい。アリスから少し下ったところに見つかった遺跡なのですが‥‥。壁が壊れ、外部からの力が流入した結果か、かなり先の事を夢に見る遺跡のようです」
 ハイドから報告を受ける王子。パープル女史によく似た彼に告げられたのは、あの使われていない離宮に発見された『未来の事を見せる部屋』だ。
「害はあるのか?」
「いえ。何十年か何年か先になったらいいかなーと言う夢を見るだけです。絵画は描いてありますが、それも夢を見た人々が、忘れぬよう描いていたものらしく」
 色々あって使われなくなってしまったようだが、それ以外はただの寝室と言ったところらしい。
「では、ロシアの人々にも知らせておこう。ああ、その前に安全を確かめて貰うのが先かな」
 王子は、そう言って書をしたためると、ハイドに持たせ、アリスへと届けさせるのだった。

 そして。

『オーストラリア国交成立記念、精霊船で行くモニターツアー。こちらの参加者を募集いたします。当日は、オーストラリアと国交を結んだ冒険者達縁の遺跡をめぐり、最後はなんと離宮内での宿泊をお約束いたします』

 そんな募集が、ギルドにも張り出される中、呼び出されたのはパープル女史だ。
「で、引率は相変わらず私な訳ね」
「君が一番よく知ってるし。それに、ちょっと頼まれていてね」
 そう言って、口の端に笑みを浮かべる議長。その後ろ手には、とある冒険者からの『お願い』が記されていた。
『ずっとのびのびになっていた誕生日を祝いたい』
 と‥‥。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6228 雪切 刀也(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8110 東雲 辰巳(35歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●リプレイ本文

「なにこれ」
「こういう事は、まず雰囲気作りが大切ですから」
 沖田光(ea0029)がパープル女史に手渡したのは『オーストラリア観光ツアーご一行様』と書かれた、やたらと派手な旗だ。東雲辰巳(ea8110)が、ついでに案内係の服を着せている。
「日程はこんなところだな」
 その間に、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)が日程表を組んでいた。アリスから夢見部屋まで、一通り調査の終わっているところを回る。いや、正確には、まだ完全に終了してはいないが、道を知っている場所の方が安全だろうと言うことだ。
「メニューリストはこうなったよ。おいち〜お料理をたべて元気もりもり、幸せいっぱいなの〜」
 カルル・ゲラー(eb3530)がそれに献立表を添付していた。ダイナソーの肉を色々と使った料理で、ロシアには欠かせないボルシチの姿もある。野菜も、この辺りで栽培し始めたモノをチョイスしているようだった。中には、雪切刀也(ea6228)が特産品として輸出しようと考えていた腸詰もある。
 で、今はその食後の散歩がてら、教会遺跡を探索しているのだが。
「ここはあまりじっくり見て回ることがなかったので良い機会だ」
 色々あって、じっくりと監察する機会もなかったゼファーは、案内を兼ねて教会遺跡の様々な特徴を書き記していた。
「これが、オーストラリアの教会‥‥。ロシアでは、味わえない光景ですね‥‥」
 そんな彼らの案内で、足を踏み入れる王妃が、感慨深げに教会の十字架に当たる部分を仰いでいた。お琴をはじめとする何人かの供の者もいる。相変わらず表情が出ない御仁だが、いつものドレスとは違い、動きやすそうなパンツスタイルだ。もっとも、体のラインが出ないように、そこかしこにひらひらした布がついているのだが。
「王妃様、ちゃんとご飯食べてくれたよ。お肉も」
 カルルが、昼食として出したスモークダイナソーのパン包みを提供した時の事を、日記に書き込んでいる。さすがにもりもりと食べているわけではないが、ジーザス教の作法に則り、美味しく頂いてくれたようだ。
「右手を御覧下さい、あちらに見えますのが、草食恐竜都市一般的なプロントサウルスの群れです、大きな体ですが大変大人しい子達なので、脅かさないようにしてくださいね…」
 沖田が、専門的な解説を交えながら、解説を始めていた。今までの体験で蓄えた知識でもって説明している為か、その恐竜の味についての考察になっている。しかし王妃は、それでも大人しく話を聞いてくれていた。
「次はフォトドミールよね」
 ミカエル・クライム(ea4675)が予定表を見てそう言っている。日程では、次はアリスから一番近い別の町である。既に他の人々も移り住み始め、村は町と言った様相を呈してきていた。
「ねぇねぇ。ダイナソアライダーの皆に協力してもらって、騎乗体験みたいなの出来ないかな〜? 恐竜と触れ合うのも一興だと思うのよね」
「イェーガー殿がOKを出せば、だな」
 フォトドミールの責任者はオーストラリアに3〜4代ほど前から住む一族だ。刀也もそれは考えていたようで、村長と交渉してくれる。それによると、騎乗は無理だが、餌やりくらいは可能だそうだ。
「馬とはまた違って…あれっ?」
 沖田、がるがると警戒されてしまい、しょんぼりしている。人に慣れているとは言え、恐竜は恐竜。人見知りをすると、反応は激しくなるようだ。
「王妃様もどうですか?」
「やって、みます」
 それでも、王妃様は興味があるらしく、渡された恐竜用の餌を、恐る恐る差し出している。子供の警戒心のなさで、ぱくっと食いつく恐竜をを見て、表情にはあまり出ないが、口の端がほんの少し上がっていた。
「意外と興味があるみたい。あたし、ちょっと宝珠借りてくるわ。湖の中、見せたいし」
 ミカエルはそう言って、湖に住むマーメイド達の助力を仰ぎに行った。この界隈でも、水中はマーメイドのテリトリーなので、案内と交流を頼みにと言う算段である。マーメイドも異国の女王と話をする機会なんぞめったにないから、喜んでOKを出してくれたそうだ。
「さて、あの計画はいつ実行に移すかな‥‥」
 東雲はその時に何やら計画しているようだ。それはきっと、パープル女史に関わる事なのだろう。
「まだ回る所もある。宴席は最後で良いと思うぞ。次は、岩船を回ろうか」
 もっとも、それは最終日に、夢見部屋を訪れるので、その前の日で良いだろうと言うのがゼファーのご意見。その彼女の希望で、次は先に岩船遺跡を訪れる事になった。
「はい、この文字はなんて読むんですか?」
 沖田が、壁に描かれた絵の意味を、ゼファーに尋ねている。古代語も併記されているが、詳しい事は何一つわかっていないことを、彼女はいまさらのように思い出していた。
「戦闘用のものらしい。組み立ててみるか」
 放置していたままの遺物もある。戦闘用と思しき部品だったなと思い出しながら、それを回収するゼファー。精霊船の中に持ち込み、ゆっくりと組み立てる事にした。
「ジャパンで聖剣の投入が出来なかったのは残念。ま、一個人が手にするには大物過ぎか」
 それらのパーツの中には、剣の飾りみたいなものもある。それは、己が携える剣の柄飾りによく似ていた。紅葉の名が冠されたそれは、個人が所有するには少し強大すぎると言う事で、中々携える許可が下りていないようだ。
「いいさ、紅葉は散らない。そこに在り続けるんだから。それに、創れるという事が分かった。それは道標にもなる。ありがたい事さ、とてもとてもね」
 これからいくらでも調整が出来る。それは、刀也にとっては将来の希望だ。
「そだっ、こないだブランの細工を造るのに挑戦してみたんだけど、 精霊さんの力を借りて、空を飛ぶ力とか、温度を調節する力とかできるのかなぁ〜っ?」
 と、そんな刀也の傍らを守護する黒曜石に、カルルがそう尋ねている。だが、彼女の司る力は、それではない。その証に、今度はミカエルがもってきたブランを加工しにかかる。
「温度を調節するのは可能よ。ほら」
 精霊の加護を受けた彼女は、簡単な細工物なら、すぐに作る事が出来るようになったらしく、針金を曲げる要領で、やや大ぶりのハートを作ってみせる。
「はい、王妃様。どうぞ」
「‥‥ありがとう」
 それを、ミカエルはブローチにして、王妃にプレゼントしていた。素朴だが、白銀の輝きは、アイスブルーな印象を持つ王妃にとてもよく似合う。
「そろそろ、用意しておくか‥‥」
 その光景を遠くから眺めていた東雲は、そう呟いて、レディさんのところに向うのだった。

「で、こうなったわけか」
 刀也が苦笑しながら周りを見回していた。岩舟遺跡を跡にした一行が向ったのは、湖の端にあるマーメイド達の村だった。
「おたんじょうびおめでとー♪」
 前に誰かの誕生日を祝った時と同じ様に。それぞれ飲み物の入った杯を持ち、中央に着飾らせたパープル女史を座らせ、御馳走が次々と運ばれてきている。
「ま、まぁありがたく受け取ってはあげるけど‥‥」
「照れない照れない。せっかく作ったんだからさー」
 ミカエルがそう言いながら、ネックレスをつけてくれた。自作らしく素朴な輝きが胸元に光っている。
「ふむ、ネタが被ったかな。これにしてみたんだが‥‥」
 ゼファーが差し出したのは、シェルカメオのブローチだった。中央に恐竜の子を抱いた女性のレリーフが彫られている。
「わー、可愛いカメオ〜」
「今まで、こういった贈り物する機会などなかったからな。何を作ったら良いかわからなかったし」
 沖田が目を輝かせる中、ゼファーは少し困惑気味にそう答えている。
「でもありがと。大切にするわ」
 それをつまみ上げたパープル女史は、そう礼を言いながら身につけてくれた。
「さーて、ケーキの代わりに特大かすた〜どぷてぃんぐだよー」
 そこへ、カルルががらがらと大きなプディングを運んでくる。恐竜の卵を使って作られたらしいそれは、甘い匂いをそこら中に振りまいていた。
「ふふ。また賑やかになりそうだな」
「面白い趣向じゃないか。よし、出来たかな」
 ゼファーは刀也にそう答えると、岩舟遺跡から持ち出した遺物を元の形に復元し終えたようだ。騎士のようにも見えるそれ。よく、貴族の館等にある彫像に似ていた。壁画にも同じ絵が描かれていたから、どうやら戦の装束だったのだろう。
「騎士の剣、に見えるが‥‥。ゼファー、ちょっと借りるぞ」
 その手にあったのは、小ぶりだが意匠をこらした西洋剣だった。似たような意匠を、教会遺跡で見た覚えがあるので、ゼファーは守護のエンブレムみたいなものだと理解していた。怪訝そうにする中、東雲は前もって聞いていた騎士叙勲の準備を始める。それは、ロシアの正式な作法に則ったものだった。
「王妃様、叙勲申請は確か王妃のご承認でできましたよね」
「はい。女王の資格は、私も所持しておりますから‥‥」
 ロシアと言う国は、複数の国家からなっており、その一番上に位置するのが皇帝という順位だ。よって、皇帝の妃でもありながら、ロシア王国の女王と言う肩書きも持ち合わせている王妃は、叙勲に必要な承認役としての任を十分にまっとうできる。
「ならば、お願いする。レディ、こっちへ」
「‥‥わかったわ」
 真剣な空気を読み取ったのか、パープル女史はおとなしく前へ進み出た。彼女がちょうど貴婦人の位置に立つと、東雲がその前でひざまずく。立会人は、
「汝、東雲辰巳は、ミス・パープルを己が貴婦人と定め、生涯守り抜く事を誓いますか?」
「誓います」
 王妃が読み上げた誓約の文に即答する東雲。その肩には、今しがた作り上げたばかりのムゥの騎士の剣。
「汝、ミス・パープルよ。東雲辰巳を己が騎士として、その忠誠を受けることを誓いますか?」
「ち、誓います‥‥」
 戸惑いながらも答えるレディ。東雲へ、その指先を差し出す。
「では汝‥‥東雲辰巳を、ミス・パープルの騎士として承認します」
 その手を取り、彼が口付けたところで、王妃が承認の祝詞を唱えた。立会人の1人として、その儀式を見守っていたカルルが、誰も言わなかった事を口にする。
「わー、何か結婚式みたい」
「う、うるさいっ」
 顔を赤くするパープル女史。立場は似たようなものなので、東雲は気にしていない。
 なお、領地の欄には豪州・アリススプリングスと書かれ、仕える主の欄には、王妃と女王の名が併記されたと言う。

 夢を見る為には、眠らなければならない。そう言うわけで、夢見部屋で一夜を明かす事になった。
「ここが夢見部屋、か」
 興味深そうに周囲の様子を監察していくゼファー。ちょうど人が横になる高さか、座る高さに描かれている。どうやら、起きた時に見た夢を忘れないように記したようだ。
「ふむ。確かに何もない部屋だな。壁の絵はけっこうよく出来ているが」
「未来は、どうなってるのやら。ふふっ、今みたいに馬鹿をやってるんだろうな」
 その絵の一つ一つを、手元のメモに写し取っているゼファー。それを手伝う刀也は、休む場所を作っている一行を見て、そう答えている。その姿は、道場の合宿を思い起こさせた。
「フォーノリッジのようなものだろうか‥‥。確かめようにも随分と先の話なので、見定めるのも楽ではないな‥‥」
 魔法の中には、未来を見通すモノもある。だが、その多くは近い未来で、10年20年先を見通せる物ではない。これが本当なのかどうかも、ずいぶん先にわかる事になるだろう。そう思うゼファー。
 そして、寝静まった深夜。
(視界が高いっていいなぁ。ムゥってどんな所なんだろう。わくわくするなぁ)
 カルルの意識は、神聖王国ムゥの入り口へと飛んでいた。いつもより頭1つ分高くなった視界で、長く伸びる階段を上っている。その先には『ムゥへようこそ』と書かれた門があった。どうやらそこへ向っているようだ。
(鐘の音。綺麗ですよ‥‥。ハネムーンはオーストラリアで良かったのですか?)
 一方沖田は、修復された小船の上にいた。岸に向って差し伸べた手の先には、ウェディングドレス姿の花嫁。顔はヴェールでわからないが、向う先には、のんびりと草を食む恐竜たちがいる。
(ミカエル様〜。兄上がお呼びです。精霊さまのお力を借りたいそうです)
 そんな世界銃を駆け巡る中で、ミカエルは数多くの精霊と契約した稀代の賢者として、多くの人々に慕われていた。どうやら兄は偉い人になったようで、お付の者や弟子も多そうだ。
(そうだ。今度また集まろうよ。パープルせんせに子供が生まれたんだって〜)
 そんな彼らにカルルが再び召集をかけている。パープル女史と東雲の間に子が産まれたそうで、名目はその顔を見に行こうと言う名の再会パーティ。
「皆、それぞれ好きな夢を見ているようだな」
 と、そんな彼らの緩んだ顔を見て、物思いにふける刀也の姿があった。不散紅葉を抱えた格好で、壁に寄りかかっている。
「眠れないのか?」
「野営の見張りみたいなものだよ。お前と、2人で話がしたくて」
 触れた肌を抱き寄せる。ぬくもりがあるわけではないのが、精霊である事を感じさせるが、そんな事は、刀也にとってはどうでもよかった。
「最初は冒険とかに惹かれてだったけど、先はわからないもんだな」
 まさか、こんな風に精霊と2人で語りあうとは思わなかった。
「先の事、か‥‥。そのような事、今までは思考の外だった」
 それは、黒曜石とて変わらない。数年前までは、ずっとずっと恐竜達を岩舟の中から見守っているだけだと思っていたのに。今は、日々変わる人の姿に、感情すら覚えていたから。
「ブラン、恐竜、古代遺跡―――どれも魅力的だ。だが、豪州に来ての一番は、黒曜石と出会えたことだった」
 すいっと、打った刀を腰に挿し、立ち上がる。差し出された手を、黒曜石はこう言って受け取った。
「私は、人とは違うぞ」
 頷いた刀也が、黒曜石を抱き寄せ、膝の裏に手を入れる。そして、騎士が貴婦人と言う名の姫を抱え上げるように、横抱きにする。
「大切な絆と、暖かさをありがとう…。そして、これからも僕と一緒だ。黒曜石のお姫様」
 抱え上げた腕に力が篭る。まるで、ずっと離さないと言うかのように。
「‥‥私もお前と共にありたい。たとえ、お前が定命の者でもな」
 今だけは、誰もいない。そう感じ取った黒曜石は、素直にそう言いながら、その身を預けてくれるのだった。

 この後、ロシアとオーストラリアが、どのような友好関係を結んで行くのかは、彼女達精霊にも予想はつかない。
 だが、決して悪い方向には向かないだろうと、この報告書には書かれている‥‥。