【怪盗の影】ア・ヤ・シ・イ噂

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月31日〜02月05日

リプレイ公開日:2005年02月03日

●オープニング

 その日、キャメロット冒険者ギルドのヒメニョさんは、締め切り間際の報告書をようやく書き終えて、家路に着こうとしていた。
「あーあ、すっかり遅くなっちゃったなぁ。ごはん、どうしよう‥‥」
 一生懸命仕事をしていたせいで、すっかり夕飯を食いっぱぐれている。だが、月も中天を過ぎたこの時間帯では、彼女の懐とつりあうお店は、軒並み店じまいと言った所だろう。
「仕方がないなー。ちょっと割高だけど、酒場でなんか食べさせてもらうか‥‥」
 しかし、背に腹は帰られない。この時間でも開いている場所と言えば、飲み屋くらいだ。仕方なく彼女は、残り日銭の計算をしながら、ギルドからさして遠くない酒場へと向かう。
「あらら、霧まで出てきちゃった」
 キャメロットは霧の街。次第に濃くなる霧に、彼女は寒そうに上着の衿を閉めた。今夜のメニューは煮込みシチューにしようと考えながら。
 ところが。
「だれ? ストーカーなら、明日にしてよね」
 濃霧の中、ひっそりと静まり返った街で、自分とは違う足音が聞こえ、彼女は思わず振り返っていた。
「‥‥ギルドの女だな‥‥」
 ちょうど、建物と建物の間。路地の暗闇から聞こえたのは、くぐもった声。
「だ、だからどうだって言うのよぅ!」
 そう怒鳴り返すヒメニョ。闇の中から招く者と言えば、デビルと相場は決まっている。声が大きくなってしまったのは、そのせいだろう。
「元気の良い娘だ‥‥。そういきり立たんでも良い‥‥。何も取って食おうと言う話ではないのだ‥‥」
「じゃ、じゃあ、な、何の用なのよぅ‥‥」
 よく見れば、ひざが笑っていたり。それでも、気丈に背中をまっすぐに伸ばし、暗闇を見据え、そう尋ねる彼女。
 と、そこに差し出されたのは。
「これを、受理して頂きたい‥‥」
 どさりと思い皮袋。明けてみれば、何やら書き記された羊皮紙と、たくさんのゴールド貨。
「依頼‥‥ですか?」
 中身をみずとも、それが目的なのは、ギルド職員だからこそ分かる代物だ。と、その正体不明の依頼人は、こう続ける。
「訳合って、姿を見せる事は出来ぬ。だが、料金はこれで充分足りる筈だ‥‥。内容は同封の手紙に記載してある‥‥。書式は、整っているな?」
「う、うん‥‥。みたい、ですけど‥‥」
 ざっと目を通したヒメニョ嬢、戸惑いながらもそう答える。
「では、頼んだぞ‥‥」
「あ、ちょっと! ねぇ!」
 と、その『依頼主』は、彼女が手紙を受け取ったと見るや否や、すぐさまその気配を消した。足音もなく、である。
「行っちゃった‥‥」
 後に残ったのは、深々と冷えた空気だけ。
「御利用毎度ありがとうございます‥‥かな」
 1人になったヒメニョさんは、それでもそう呟いて、深々と頭を下げるのだった。

 翌日、ギルドでその依頼の内容が公開された。

『当方、怪盗に酷い目に遇わされた者である。しかし、神出鬼没の怪盗を捕まえる事は難しい。そこで、きゃつの評判を落とし、自ら尻尾を出す事を目論み、その為の噂を流す事にした。なお、主家の名誉に関わる事ゆえ、こちらの名前は公表出来ない‥‥。御了承されたし』

 添付された手紙には、流麗な文字で、そう書いてある。おそらく、怪盗と言うのは、現在、キャメロットを騒がせている怪盗ファンタスティック・マスカレードの事だろう。手紙の中には、その特徴と思しき変装項目も、書かれてあった。
「と言うわけで。正体はよく分からないけど、怪盗さんのふりをして、怪盗さんが実はそう言う筋の人だったーっていう噂を流して欲しいんだって」
「あのー‥‥、これって‥‥」
 その項目に沿って、用意されたのは、イスパニア貴族風の羽帽子と、口元だけを見せるエレガントなマスカレード。
「適度に人目について、適度に目立たない場所で、片方は仮面をつけて、片方は10代の男の子のふりをすれば良いみたいだよ」
「はぁ‥‥」
 戸惑う冒険者達に、ヒメニョがそう告げる。まぁ、条件さえ満たしていれば、性別は問わないそうだ。もちろん、差異が無い方が望ましいと言う話ではあるのだが。
「む、難しい依頼ですね‥‥」
「あたしもそう思う‥‥」
 だが、金を払っている以上、依頼は依頼。多少引っかかるものはあったものの、ギルドの壁紙に、募集中の張り紙が掲げられるのだった。

●今回の参加者

 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea5153 ネイラ・ドルゴース(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea6118 ティアラ・サリバン(45歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 泥棒のそう言う筋の噂を流せと言う、妖しすぎる事この上ない依頼を受けた冒険者様御一行は、酔っ払いの大量発生する夜ならば、そう言う噂も広まりやすかろうと言う事で、夕暮れ過ぎに、人の多い酒場へと繰り出していた‥‥。
「いたいた。さて、魅惑のボーイズショーの始まりだぜ」
 ガイン・ハイリロード(ea7487)が、とセレス・ブリッジ(ea4471)に指し示した先にいるのは、窓際の個室で、真冬の月見酒と洒落込んでいる‥‥ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)と、トリア・サテッレウス(ea1716)の2人。
「それにしても、まさか、こんな形で酒を飲むとはな‥‥」
 杯を傾けるジラ。そんな彼にエールを注ぎ込みながら、トリアは、どこか‥‥誘うような笑みでを浮かべ、こう言った。
「ずいぶんと気を使っておいでですね‥‥。ならば、人前ではない所に行きませんか?」
 トリアのセリフに周囲を見れば、ちらちらとこちらを伺う視線。彼が振り返ると、あわてて逃げて行く。そんな誘い文句に答えるように、席を立つジラ。動き出した彼らに、ガインはこれみよがしに、こう言った。
「なぁ、今の奴。怪盗ファンタスティックマスカレードじゃねぇの? まさか、奴にお稚児さン趣味があるとはねぇ‥‥」
「そ、そうなのですか?」
 セレスが目を瞬かせる。と、先に店に入り込んでいたハイラーン・アズリード(ea8397)が、話に割り込んできた。大きな身体に、目立つ異国の装束を纏った彼は、お酒片手に豪快に絡んでくる。
「よし、百聞は一見にしかずだ。追いかけて見物したい奴、この指とーまれ」
 彼がよく通る声で、高々と人差し指を上げると、何を誤解したのか、6人ほどツアー客が出来上がっていた。
「しかし、お前もご苦労な事だ。わざわざ、このような場所までやってくるとはな‥‥」
「それが仕事ですから」
 素人が後を付けているのに、気付かない2人ではないが、しれっとしてそう答えるトリア。
「だが‥‥。私が本当に盗み出したかったものは‥‥別にある‥‥」
 そんな追っ手を煽るように、そう口にするジラ。トリアが、宵闇で影になっている事を言い事に、わざと「どういう事です?」と問いただすと、ジラは華美なローブの内側から手を伸ばし、その指先でトリアの顎を持ち上げていた。
「私の獲物は美しいものだけ。それは、君の主人などではないぞ‥‥」
 中々手は出さない。見ている奴が多いので、まずはトリアを腰くだけにする事から始めてみたと言ったところだろう。
「気付いている筈だろう‥‥?」
 視線をそらすトリア。ちらりと横目で、ギャラリーを意識しつつ、次のセリフを吐く。
「当ててやろうか。本当は、自分を振り向いてくれない俺が嫌だった‥‥。追いかけていれば、いずれ自分を振り向いてくれると‥‥違うか?」
 ここまでは、打ち合わせ通り。本来は、ここで違うの何だのと、大騒ぎをするトリアを、見えない所までひきづり込み、ガインが面白おかしく煽れば、後は尾鰭は鰭胸鰭背びれがついて、噂は勝手に一人歩きし、ミッションクリアと言った手筈だったのだが。
「‥‥そうですよ」
「ちょっと待て、セリフと違うぞ‥‥!?」
 やけにあっさりと認めるトリアに、小さく呟くジラ。そんな彼に、トリアは差し出された手を、逆に手繰り寄せつつ、こう続けた。
「あなたが‥‥、僕に触れてくれないから‥‥ここまで追いかけてきたんです‥‥」
 一瞬で立場が逆になる。誘うものと、誘われるもの、に。
「面白くなって来たぜ‥‥。一曲奏でてみるか」
「あまり、阻害しないようにしてくれよー。せっかくの雰囲気ぶち壊しになっちゃ、台無しになっちまう」
 あんぐりと口をあけっぱなしのセレスの横で、ガインは、ハイラーンのリクエストに、小さな音で、セレナーデなど爪弾きはじめる。微かに響くそれを聞いたジラ、ここはトリアにリードを任せてみようと、誘いに乗る事にした。
「行けませんか‥‥? 僕は、望みをかなえたい‥‥」
 まるで、絡みつく蔦蔓のように、トリアは、羽織ったマントの内側に、ジラの指先をすべりこまさせた。
「欲しいのでしょう‥‥?」
 誘うような目付きで、そう言う彼。口元が求めるように動き、彼が答えるより早く、その胸にしなだれかかった。
「後悔‥‥しないのだな」
「‥‥覚悟は、とうに」
 ジラのセリフに、目を閉じるトリア。キスを待つポーズに、彼は望みどおりの行動をしてみせる。普段は特に陰間は嗜まないが、嫌いと言うわけでもないので、この程度なら、極自然に行える。一呼吸おいて、ちらりとギャラリーに視線を向けるトリア。
「これよりは、想い人達が甘美な夢を見る時間だ‥‥。お行儀良くしてもらおうか」
 ジラの口元が、妖しい笑みに彩られる。と、彼は華美なマントを靡かせ、ギャラリーにこう言った。
「そこで見物している者達。ショーの時間は終わりだ。私を求めし者、夜をあまねく照らすあの月に囁け、我が名を‥‥怪盗ファンタスティックマスカレードは‥‥とな」
 ニヤリと笑って、トリアを抱えたまま、路地の闇へと消えて行く彼。
「知らなかった‥‥。怪盗って、そう言う趣味だったんか」
「特ダネじゃん? よぉし、今のネタ、酒場で妖しく歌ってやるぜー」
 あんぐりと口を開けっ放しのハイラーンに、ガインがそう宣言した。そんな‥‥面白半分に盛り上がる彼とガインに、頭を抱えっぱなしのセレスである。

 翌日。
「知ってるか? 例の怪盗って、ナニでアレなんだってよー」
 通行人を捕まえては、大声でそう話すちょっと酒臭いハイラーンがいた。
「ふぅん。つまり、ファンタスティック・マスカレードとやらは、美少年と言う大事なお宝を狙う、大悪党と言う事だね」
 なんか勘違いしているらしいネイラ・ドルゴース(ea5153)、話を又聞きした少年に、そんな風に感想を漏らしている。
「おー、噂のファンタスティック・マスカレード。名のある怪盗と聞いていたが、よもやよもやの不埒三昧ー」
 で、ティアラ・サリバン(ea6118)が、それを聞いて、ある事ない事、全て曲にしてしまっていた。
「今や、噂の怪盗はー‥‥! べべん」
 広場や公園で、竪琴を奏でている彼女。ハイラーンから聞いた昨晩のデキゴトを、あることないこと脚色し、遊んでいたお子様をも捕まえて、偽怪盗の耽美評価を垂れ流している。かくして‥‥2日後には、噂を聞きつけた有閑マダムが、そう言う姿をひと目見ようと、酒場に多数押しかけていた。
「何か、ちょっと見ない間に、酷い事に‥‥。いえいえ、これこそが怪盗の評判を貶める策。違います? 議長‥‥」
 フローラ・タナー(ea1060)が連れてきた『信用に足る目撃者』。それは、よりにもよってカンタベリーの織物評議会議長である。
「ねぇねぇ、ちょっと聞きたい事があるんだけどさー」
 一方では、従業員の男の子に、聞き込みと称して、声をかけまくっているネイラ。程よくあったまった所で、彼女はこれと思しき少年を、そのパワーに物を言わせて、よっこらせと抱え上げる。
「大丈夫‥‥。優しくしてあげるから‥‥」
 趣味の温泉で磨き上げた玉のお肌を遠慮なくさらしつつ、困惑した表情の男の子を、頂いてしまおうと口説く彼女。ところが。
「あ、あの‥‥。あれ、追いかけなくていいの‥‥?」
 少年に言われ、窓の外を眺めれば、仮面を付けた黒髪の御仁が、そそくさと酒場の裏通りを行く真っ最中だ。それを見た彼女は、少年にとりあえずキスをすると、宿屋の2階から飛び降りて、その後を追いかける。
「追いかけてみましょう。もしかしたら、例のマスカレードかもしれません」
 議長の問いに、確信に満ちた表情で、フローラがそう言う。時間的に、偽怪盗が出回る手筈だ。サポートに回るのも、重要な役割だ言えよう。
 そんなわけで、フードの中のティアラを含む3人は、妖しい人影の走り去って行った路地裏へと、向かったのだった‥‥。

「出て来いよ。そこにいるのは、分かってんだ」
 路地に向かって、憂えた表情を見せるロート・クロニクル(ea9519)。口調がずいぶんと荒っぽいが、演技力なんぞ持ち合わせていない彼、相手役の指示により、自身の言葉でそう言っていた。
「おやおや、お鼻だけは良い様ですね。さすがはキャメロットの犬」
 その彼に応える様に、姿を見せたのは、羽根付き帽子に、赤いマスカレードと、怪盗の特徴をばっちり押さえた、常葉一花(ea1123)である。
(「い、犬って‥‥。そんなこと、打ち合わせになかったじゃねーかよーーー」)
 内心そう呟き、顔の引きつってしまうロート。
「この野郎、突然姿くらましやがって‥‥! 俺‥‥寂しくて‥‥。おまえはもう俺のことなんか、どうでもいいんじゃないかって思ってた」
 そう語るロートの声が、だんだん小さくなる。本当は、ただ単にこっぱずかしくって、まともに言えたモンじゃねぇと言うのが真相なのだが、背後で見物しているマダム様達には、『つれなくされた恋人を前に、袖を涙で濡らしている少年』に見えているようだ。
「ふふ。そんなに、私に会いたかったですか?」
 かかとの音を響かせて、近付いてくる一花。ほんの1mにも満たない距離に陣取った彼女に、ロートはこう尋ねた。
「おまえが他の男と仲よさそうにしてる姿を見たって奴がいるんだ! 俺はもう、要らないのか!? お払い箱なのか!?」
 食いつくような彼。一花にしてみれば、ころころと表情を変えるロートが面白いらしく、くすっと笑ってみせた。
「笑いやがったな! そんなにおかしいかよー!」
 うーっと唸ってしまうロート。次のセリフが中々出てこない彼に、一花が助け舟を出した。
「まったく‥‥。何の為に、私がわざわざ姿を見せたと思っているんですか?」
「そ、それは‥‥」
 打ち合わせの段階では、一花が誘われる役のはずだったんだが、その気のない人間の気をひくのは、骨が折れるようで、立場がすっかり逆転してしまっている。そんなロートに、一花は穏やかな声でこう言った。
「あなたに‥‥会う為ですよ」
 そして、口を開けっ放しのロートに近付くと、軽くキス。
「いーのかよっ。お前っ」
「これもお仕事ですから」
 慌てふためくロートくん。2人の秘密の会話は、後ろできゃあきゃあと悲鳴を上げるマダムにかき消されて、ギャラリーには届かない。なんだか立場の悪くなってしまった彼、とりあえず誤魔化す為に抱きついていた。
「そうだよな。今、おまえとふたりでいられるこの時間が、何よりも大切だもんな」
「ふふふ、そう言う事ですよ‥‥」
 ロートに、一花はそう言った。抱き寄せられ、彼の頬が緩む。実際は鼻の下を伸ばしているだけなのだが、笑顔は笑顔だ。その姿に、有閑マダムからひときわ大きな歓声が上がる。
「えぇいうるさい。少しは黙っていろー!」
 耳を塞いでいたティアラ、一番声の大きなマダムに、高速詠唱でスリープをかけてしまう。冒険者と違って、あまり抵抗力のないマダム、ばたばたと倒れこむ。
「あーあ、ティアラさん。目撃者眠らせて、どうするんですか」
「‥‥のんきに言っている場合じゃないぞ。私のスリープは、一人しか眠らせられないんだが」
 フローラが嗜めると、ティアラは少し緊張した面持ちでそう答えた。見れば、マダム達が数人、倒れこんでしまっている。
「現れたようだね。匂いのモトがさ」
 少し離れた場所で、新たな少年を口説こうとしていたネイラが、放たれる殺気めいた気配に気付いて、そう言った。そして、またもや少年を置き去りにして、気配のする方向へと走りだす。
「あんた何者だね? まさか本物のファンタスティック・マスカレードかい?」
 何とかして、正体を聞き出そうとする彼女。だが、相手はただ不敵にこちらを見下ろしているだけだ。
「くそ、これじゃラチがあかない」
 攻撃を仕掛けようにも、相手は剣の届かない建物の上だ。
「届かないなら、当てりゃあいいだけさ。こうやってな!」
 そう言うと、ガインは高速詠唱で、オーラショットを唱えた。飛距離は充分。その手のひらから、光の塊が飛んで行く。
「やっぱり、抵抗されちまうか‥‥」
 何しろ、超がつくほど有名人な怪盗さんである。と、そんな彼の姿を見て、いままで偽怪盗を演じていた一花が、とんでもない行動に出た。
「あらあら、私の偽者とは、どこのおばかさんかしら。そうやって、人の功名を奪おうとしても、無駄ですわよ☆」
 驚いたのは、すぐ側に居たロートである。と、彼女は彼に人差し指を当てて黙らせると、さらにこう言った。
「おわかりになったら、すぐにこの場を立ち去った方が良いですわよ。それとも、どちらが本物か、今ここで決めましょうか?」
 それを聞いた謎の人物、ばさりとマントを翻した。直後、一花に向かって、黒い光が飛びこんでくる。悲鳴を上げて、片膝をつく彼女。
「あ、あんな所から‥‥」
 演技も忘れ、慌てて一花を助け起こしたフローラの横顔に、冷や汗が一筋、たらりと流れ落ちた。距離を考えれば、レベルが違いすぎるのは明らかだったから。
「待て! どこへいく!?」
 そんな彼らの目の前で、怪盗は建物の向こうへと姿を消す。後に残ったのは静寂。どうやら、人の噂を流している御仁を、偵察に来ただけのようだ。
「女性にブラックホーリーを使うとは、やはり盗賊は盗賊だな」
 事態を静観していたジラ、剣の柄に手をかけながら、そう呟く。一緒に居たトリアは、今頃は宿屋でお休み中だそうだ。
「そうだな。姿を見せたのは、高みの見物の礼金かな」
 やはり静観していたハイラーンも、消え去った夜空を見ながら、そう言った。
「美少年という国の宝を奪おうとするファンタスティック・マスカレード! いつかあたしが天誅を食らわしいやる!!」
 自らに言い聞かせるように、ネイラがライバル心を燃やしている。それを見て、一花にリカバーをかけ終わったフローラ、自分のした事は棚上げて、議長にこう言った。
「議長、冒険者たちのプレゼントを盗んだばかりではなく、こんな事件まで起こすなんて、何とかしなければならないと思いませんか?」
 あまり、期待はするなよ。なんぞと続けながら、頷く議長。こうして、謎の依頼は、目的がよく分からないままに、幕を閉じるのだった。