【魔影乱舞】森の秘密

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2005年03月31日

●オープニング

●霧の館のその奥で
 切りの立ちこむ森に、一軒の古い屋敷があった。
「ほほぅ。ギルドのな‥‥」
 屋敷の窓辺に佇む、1人の青年。波の打ちつける海岸を見下ろす彼は、見た目にはクレリックめいた服に身を包んだ、すらりとした印象の男である。耳が特徴的なところを見ると、おそらくはハーフエルフだろう。「リーダー、いかがいたします?」
 その彼に、恭しく頭を垂れる、執事風の男。こちらは黒髪の、少し小柄な痩せがた体型。耳はさらに長く、エルフである事は明白だ。
「構わぬ。捨て置け」
 と、そんな執事に、『リーダー』と呼ばれた青年はそう言う。納得の行かない様子の執事に、彼はその理由を告げた。
「見たいと言うのなら、見させておけばいい‥‥。だからと言って、予定を狂わす事は出来ぬ‥‥。期日はせまっているのだ」
 それを聞いて、執事は頷いている。と、そんな彼に、緑銀の髪の青年は、こう訊ねてきた。
「寵童達は、どうしている?」
「良い子にしておりますよ。若様のご教育が行き届いているせいでしょうな」
 お互いの口元に浮かぶは、まるで女性を値踏みするような笑み。
「そうか。ならばいい‥‥。熱がある間は、無理をさせるなよ。傷付けたら、陛下に叱られる故な」
 その言葉に、青年は満足げに頷いて、カーテンを閉めるのだった。

●謎の招待状
 さて、話は多少前後する。
「ってな夢見ちゃったんだってー」
「僕はあなたの閑話に付き合ってる閑はないんですけどー」
 ギルドで、他の担当官相手に、ここ数日流れ始めた噂と、それにまつわる夢の話を、たれ流しているヒメニョ嬢。それは、数日前から、まことしやかに流れていた。
 月のない、霧の深い夜。どこからともなく現れた、一通の招待状に導かれ、今宵も1人、若き獲物が美しき獣に狩られると‥‥。
 それだけならば、ただの御伽噺。されど、冒険者ギルドには、それがただの物語ではない事を立証するような、奇妙な事件が舞い込んでいた‥‥。
「美少年限定招待状?」
「そう。数日前から、街の酒場とか、食堂とか、商店街とか‥‥とにかく、若い男の子がいそうな所に、こんなモノが投げ込まれているのよ」
 ギルドの詰め所で、そう答えながら、手紙を見せるヒメニョ嬢。そこいらの一般市民が使っている、布の切れ端や木を薄くそいだものではない。上質の・・・・貴族が重要文書の保存に使うような、立派な羊皮紙の手紙である。
「美少年祭開催のお知らせ‥‥?」
 何やら紋章の書かれた、その手紙を開いてみれば、中には『招待状』と言う文字と共に、こんな文面が書かれていた。

『天使のごとき貴方へ。我は美しき者を愛でんと欲すもの。我と共に、杯を傾けん。さすれば、褒美は望みのままに』

 それ共に、旅費という名目で、報酬金額が書かれている。結構良い金額だ。
「その結構報酬がいいだけの、怪しい依頼に、近所でも評判になっている子の何人かが、まるで誘われるように、家出しちゃってるらしいの」
 ヒメニョ嬢の弁によると、彼等はその立派な・・・・いかにも『貴族からのお声がけ』と言った風情の招待状にひっかかり、次々と家を出てしまっているらしい。
「それは‥‥おかしいですね。家には、何も連絡がないのですか?」
「あるから、頭を抱えてるんじゃない」
 困った表情で、そう言うヒメニョ。これが、ただの行方不明事件であれば、彼女がわざわざ首を突っ込まずとも、居なくなった者達の家族が、ギルドに依頼を出すだろう。だが、彼女の口ぶりからして、そうではなさそうだ。
「むぅ‥‥? どういう事です」
「家の方には、3日に1度、『僕は幸せです。心配しないで』って書かれただけの手紙が来るんだけどね。名前入りで。けど、毎回同じ文章なのよ。まるで判子で押したかの様にね」
 考え込む聞き手の担当官。と、それを見て、ヒメニョ嬢はこう続けた。
「本題はここからよ。この間も、近所の酒場にまた招待状が舞い込んだ‥‥」
「と言うことは、やはり‥‥」
 その担当官も、だてにギルドに勤めているわけではないのか、嫌な予感がするといった面持ちになる。
「最近、その招待状が指し示している古い館に、何人か入り込んでいるのが、目撃されてるし。何か、良くない事が起こっているのは、確実よね。だから、ちょっとついて行って、調べてこようと思うの」
 その時だけ、ちょっぴりシリアスな顔をして見せるヒメニョ。と、その時である。
「失礼する。実は、ここに、これを調べている奴がいると言うんだが‥‥」
 現れたのは、赤い鎧を身に着けた青年である。首から十字架をぶら下げている所を見ると、神聖騎士なのだろう。口調こそ丁寧ではないが、差し出した招待状は、先ほど、ヒメニョ嬢が持ち込んだものと同じものである。
「‥‥なるほど。そう言う事情があるわけね」
 話を聞くと、以前、その神聖騎士が関わった事件でも、そう言った行方不明事件があったらしい。その時は、奇病が発生した後、行方不明になったようだが。
「俺は、こっそり後を追ったんだ‥‥。そうしたら、そこには‥‥既に人ではなくなったアイツがいて‥‥」
 つらそうな表情になる彼。その行方不明になった一人は、共に修行した、彼の親友だったそうだ。だが、気がついた時には時遅く、彼は自らの手で、人ではなくなってしまった彼を討つはめになったと言う‥‥。
「その時、俺はアイツの事だけで精一杯だった。そいつを、人外にした奴が入る事に、気付きもしなかったんだ‥‥」
 よく考えれば、わかる事なのにな。と、その赤き神聖騎士は、自嘲気味に呟く。
「今は、人外にされてしまったアイツの無念を晴らす為、アイツを陥れた奴を探している。似たような話なんでな。俺も同行させて欲しい‥‥」
「つまり、こう言う事ね」
 それを聞いたヒメニョ嬢、戸惑った表情になったのを見て、おもむろに傍らにあった竪琴を手に取る。そして。
「青白い肌持つバンパイア‥‥。うら若き少年の首筋に、その牙をつきたて、鮮血をすする‥‥。陶酔しきった少年の面に、抵抗する気配は微塵もない‥‥。力の抜けたその身を抱きとめ、青白き肌の闇狩人は、少年を薔薇の褥へと運びこむ。そして‥‥やおら上着に手をかけ‥‥」
「わー! わー! わーーー!!!」
 慌ててその口を塞ぐ担当官。
「って、なにすんのよ。いきなり」
 歌を邪魔されて、思いっきり不機嫌そうな顔になるヒメニョ。
「昼間っから、なんてモノを歌ってるんですか! あにゃたは!」
 まだ日は高い。夜伽話を語るには、まだ少し時間が早過ぎたようである。
「例えばの話よ。例えばの」
 もっとも、ヒメニョはまーーーーったく気にしていないようだったが。
「本気で信じてるんですか‥‥」
「それを確かめる為に、行ってもらうんじゃないの。そこで、この人の敵がいれば良い話でしょ」
 きっぱりと言いきる彼女。その期待に満ちた眼差しを見れば、それが例え話ではない事なんぞ、担当官でなくとも分かる。
「と言う事で、この怪しげな招待状に招かれて、霧の立ちこむ森の奥深く、夜な夜な美少年と戯れている妖しげな美形さんに会いに行ってくれる人、大募集っ!」
「絶対に来ないと思う‥‥」
 その様子に、止めても無駄だなーと悟った担当官は、仕方なさそうに承認サインを走らせるのだった。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0454 アレス・メルリード(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0966 クリス・シュナイツァー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

テレサ・レイズライン(ea7713)/ シャフルナーズ・ザグルール(ea7864

●リプレイ本文

 問題の屋敷へと向かった面々は、手に入れた招待状を持って、その玄関先へと進んでいた。
「うまい話を持ち出して誘き寄せ、工作員に仕立て上げる。秘密組織の常套手段だ」
 淡々とした口調で、そう語るアンドリュー・カールセン(ea5936)。
 これから、その冒険の舞台となるそこは、蔦のからんだ、一見何の変哲もない古い屋敷。だが、その窓は、まるで、光を閉ざすかのように、鎧戸がしっかりと下ろされている。
「ん、OKっと」
 髪型を整え、まるで女性の様に、口紅を引いたヒースクリフ・ムーア(ea0286)が、羽付き帽子と銀のネックレスの角度を調えながら、そう言った。出発前、着替え担当が瞳をうるうるさせて、何か勘違いしていた事を思い起こしながら。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥」
「出るのは闇の一族でしょう?」
 リュイス・クラウディオス(ea8765)のセリフに、クリス・シュナイツァー(ea0966)が目をぱちくりとさせている。
「いらっしゃいませ‥‥」
 現れたのは、執事の青年。彼は、一行をざっと見渡すと、主のいるらしき広間へと案内してくれる。
 開けられたその中には、玉座めいた椅子に座す、もう1人の青年の姿があった。
「中々、手入れが行き届いていますね‥‥。ざっと、築300年と言った所ですか」
 廊下の作り、そして壁のレリーフや調度品を、きょろきょろと眺めていたクリスが、さらりと自身の貴族知識をご披露している。
「では、まずは私から。武で身を立てる事を欲する、旅の剣士。いざ、演武をご披露いたします」
 剣を抜くヒース。リュイスが無言で竪琴を出し、その演舞に合わせて、曲を奏でた。
「ただの演武では、つまらないでしょう? 私も合わさせて貰いますよ」
 と、クリスもそう言って、まるで踊るように、剣を合わせている。
「どうだい? けっこうなものだろう?」
 一曲終わった後、ヒースがそう言うのに対して、屋敷の主は満足そうに頷く。が、約束の数に見合わない人数に、「もう1人は‥‥?」と、小首をかしげた。
「俺ならここだよ」
 アンドリューが天井裏から、広間の中に飛び降り、何事もなかったかのように、こう言ってみせる。
「これが俺の特技。お望みとあらば、どんな所にでも忍び寄ってみせるぜ?」
 むろん、あんたの寝所にもな。と、意味ありげな口調。そんな彼らの姿に、主は執事にこう命じていた。
「‥‥この者達に、食事と湯の支度を。今宵はゆっくりと休んでもらえ」
 無言で一礼し、執事は一行を、それぞれの部屋へと案内するべく、踵を返す。
「ねぇ? 私達だけ? 前から招待された人達がいると思ったんだけど?」
 ヒースの問いに、執事は無表情なまま、「もう帰られましたよ」と答えている。
「怪しいですね‥‥」
 その姿に、クリスは疑いを深める事になったのだった。

 個室に案内されたヒースは、分断されてはまずいと判断し、隣のクリスの部屋へと、乱入していた。
「さっきは、思いっきりはぐらかされましたし。これは、どうやら、会わせたくない状況のようですね」
 食事の際、クリスはさりげなく、以前この屋敷に来た者の事を確かめた。ところが、屋敷の主は、知らぬ存ぜぬを貫き、怪しさだけが増大している。
「他の2人も、無事だと良いんだけど」
 心配そうにそう言うヒース。そんな中、冒険者達は、毒を警戒して、食事もそこそこに済ませると、行動を開始していた。
「尾行られている気配はなし‥‥。とすると、連中は‥‥」
 ベッドを、その場にあった毛布や枕で、いかにも眠っているように偽装したアンドリューは、戦闘装備一式のまま、屋敷内を探索している。淡々と、自身に言い聞かせた彼は、食事の前、ヒースが少年を目撃したと言う、廊下周辺の部屋へと忍び込む。
「こいつは‥‥」
 そこに居たのは、苦しげな吐息でうなされる少年の姿。両頬の赤みを見るに、高熱を出しているのは、素人目にもよくわかった。
「そう言えば、噛まれた者は、高熱を出すと言っていたな‥‥」
 自身の知識と、クリスの知り合いが調べてきた文献をあわせると、それが、バンパイアに噛まれた者特有の症状だと言う事が、思い当たる。
「早い所、連れ帰った方が良さそうだな‥‥」
 幸いな事に、別働隊にいる依頼の神聖騎士バーミ・リオンは、白の神聖魔法が使えると、出発前に言っていた。急げば、助けられそうだ。その刹那、敵は現れた。
「ふん、あんな拙い動きで、我が屋敷の秘密を探ろうとはな‥‥」
 食事の時の、礼儀正しい口調とは、打って変わった冷たい表情。人を見下した態度を取る、屋敷の主の腕の中には、リュイスの姿がある。
「貴様‥‥」
 きつい表情で睨まれても、表情を変えない主。どうやら、そちらが『本性』のようだ。
「あのバカ、下手に動き回って捕まったな‥‥」
 隙を見て、部屋を出たまでは良かったが、隠密行動はあまり得意ではなかったらしい。
「まぁいい。御仕置きは、我が寝室に来てからだ‥‥」
「悠長なことだな」
 いつもの調子で、減らず口を叩いている所を見ると。どうやら、噛まれてはいない様子だ
「まだ、取り戻すチャンスはありそうだな。さて、どうするか‥‥」
 そのまま、2人の後を追いかけるアンドリュー。だが、その彼の密やかな尾行を妨害するかのように、扉の前には執事がお出迎え。主に、二言三言告げられると、深く頭を垂れている。何やら指示が飛んだ模様。
「邪魔だな、あの執事‥‥」
 そんな、彼と同じ気持ちで、執事を見つめていた2人がいる。そう呟いたセリフに、顔を反対側へ向けると、廊下の角から、主の動向を注意深く観察しているヒースとクリスがいた。
「お前ら、どうしてここに? 部屋に居たんじゃないのか」
「御招待に預かったんでね。出てきたって訳さ」
 軽くそう言うヒース。なんでも、個室に2人でいる所を、あの執事に襲われかけ、逆に後を追ってきたらしい。
「それはいいが、お前ら、そんな所にいると、見付かるぞ」
「悪かったね。隠密活動は、得意じゃないんだよ」
 この体格なんでね。と、嘯くヒース。クリスの方は、苦笑いをしている。
「中にリュイスが捕まってる。早く行かないと、奴まで食われるぞ」
「急がないとまずそうだね。あ、執事が離れてくよ」
 と、執事は何を思ったか、扉を離れた。そして、まるで一行を誘い込むかのように、廊下の奥へと姿を消す‥‥。
「今のうちに、助けに行きましょう」
「言われなくとも」
 クリスのセリフに、ヒース達は、扉の前へと向かう。
「私を、どうするつもりだ?」
 一方、捕獲されたリュイスは、中にあった天蓋付きベッドの中央に座らせられていた。
「なぁに、陛下に献上するのに、少し味身をな‥‥」
 くいっと顎を持ち上げ、舌なめずりをする館の主。その背後には、見慣れた棺桶が、幾つも転がっている。
「さわるなっ!」
 指先をはねのけるリュイス。見た目と違うその態度に、彼は満足そうにこう言った。
「元気な子だ。これなら、さぞかし陛下もお喜びになるだろう‥‥。言う事を聞かせるのは、少し勿体無いがな‥‥」
 耳元で囁かれる低い声。その妖しい空気に飲まれかけたリュイスは、自身の頬を軽く叩く。本当は、他の面々がそうされたら、使おうと思っていたが、まさか自分に使う羽目になろうとは。
「無駄だよ。そう簡単に、逃れられはしない」
「く‥‥っ」
 リュイスの白い首筋に、主の牙がかかろうとした刹那だった。
「ちょぉっと待ったぁ!」
 叫び声と共に、扉が破られた。見れば、剣を構えたヒースとクリスの姿、その後ろに、アンドリューもいる。
「無粋だな」
「それはこっちのセリフだ。せっかく忍んできたってのに‥‥よ!」
 振り返った彼の腕から、ちょうどタックルをかけるような格好で、その下にいたリュイスを助け出す。
「他の連中は、どこにいる?」
 アンドリューの問いに、主は振りかえり、立ち上がる。その姿は、すでに病弱などと言うセリフからはかけ離れた‥‥透き通るような青白い肌と、爛々と赤い光の点る瞳をもった姿。その口もとからは、発達した犬歯がのぞいている。
「望むのなら、あわせてやろう。貴様の、すぐ後ろにいるのでな」
「何っ」
 彼が指を鳴らしたとたん、背後の棺桶が開いた。中から現れたのは、少年達。青白き肌持つ、夜の一族。
「人数が足りないですね。他の方はどうしんです?」
「彼らを倒したら、教えてあげるよ。御褒美にね」
 クリスの問いに、主はそう答えた。と、少年達は、手にしていたナイフを抜いた。バンパイアになったものは、生前の技能を保持していると言う。気をぬいてはいられない。
「あまり時間を賭けていられないな。さっき、部屋を覗いたが、早いところバールの所に、連れて行かないと、手遅れになってしまう」
 じりじりと後ろに下がる4人。その彼らに、「逃がしはせぬ」と言った表情で、主とその下僕が、迫りつつあった‥‥。

 一方その頃、屋敷の裏に回った別働隊はと言うと。
「ここか、奴等が出入りしている屋敷は‥‥」
 屋敷の裏手にある森で、舞台となるそれを見上げているアレス・メルリード(ea0454)。
「すでに、連中は屋敷に向かっている。夕暮れには、門戸を叩く手筈だ」
 それに対し、広瀬和政(ea4127)が、そう言った。年長組の彼は、他の面々と共に、脱出の手筈を整える方に回ったらしい。
「昼間だと、目立たないか?」
「招待状は、夜を指定している。昼間は、寝ているか油断しているかだろう。今のうちに、脱出する隙を作っておこうと思ってな」
 アリオス・エルスリード(ea0439)の問いに、広瀬はそう答えた。確かに、バンパイアなら、昼間は出歩かないだろう。
「だが、背後は海だろう。どうやって‥‥」
 しかし、どうやって妨害するのか‥‥と、思考をめぐらせているアレスに、広瀬はこう言った。
「脱出用の船くらいありそうな気配だと思うがな」
 そう言った彼のすぐ後に、遊士天狼(ea3385)が、海岸の方から、「にいちゃー、あったよー!」と、御注進に及んでくれる。
「よし、壊すぞ。攫われた者達ごと逃げられるのは、阻止しないといかんしな」
 陰謀をめぐらす者が、戦い自体は配下に任せ、自身は姿をくらますのは、バールの話を聞いても明らかだ。
 そして。
「そろそろ、時間か‥‥。目印は、あれだな‥‥」
 夕暮れ時、窓際に置かれた布の破片。仲間からの合図に、そう言うアリオス。陽が長くなったとは言え、暮れるまではそう時間はかからない。
 しばらくして、その陽がとっぷりと暮れた頃。
「騒がしいな。どうやら、始まったようだ」
 ばたばたと、微かに走り回る音が、外にまで響いている。時々、魔法の光が飛んでいる所を見ると、戦闘状態になっているらしい。
「15m以内に近づければ‥‥」
 テレパシーの魔法で、逐次連絡は受ける手筈になっているものの、アリオス自身が使えるわけではない。苛立つ心を抑えつつ、彼は、魔法の光を頼りに、屋敷のすぐ近くに生えている木に陣取っていた。
 と、ほどなくして、リュイスのテレパシーと言う名の中継が、彼の頭に流れ込んでくる。
「リュイス、窓からどけ!」
「いきなり放つな!」
 そこへ、アリオスが自身の弓で、シルバーアローを放った。窓を突き破ったそれは、バンパイア達の注意を、自身へとそらせる事になる。
「つべこべ言うな。殺されたくなかったら、さっさと逃げろ」
 厳しい口調で、指示が飛ぶ。考えている暇などない。そう判断したリュイスは、生き残っていた被害者をヒースに抱えさせ、2階から飛び降りる。
「貴様の相手は私だ」
「すまん! 恩にきる!」
 アリオスが援護の矢を放つ中、森の中へと逃げ込むヒース。
「愚かな。この森にいる魔物達を忘れたか」
「はたして、そうかな」
 見下ろしていた主に、そう言ってニヤリと笑うアリオス。
「何っ!? 何故奴らは来ない!」
「モンスターさんなら、今頃すっかりおねむの時間だよー」
 そのモンスターを大人しくさせたのは、天ちゃんの春花の術のようである。
「く、こうなったら、せめて貴様達だけでも、仕留めるのみ!」
「がぁ君、悪いお兄ちゃんを、めっすりゅの!」
 その天ちゃんが、そう言いながら、大ガマの術を発動させた。そのまま、主に向かって、突撃命令を出す。その手には、シルバーダガーが煌いていた。
「大ガマ風情が、生意気な‥‥」
「おっと、カエルだけだと思うなよ」
 バンパイアの爪を、アレスがオーラパワーを付与した剣と、シルバーダガーで、受け流しながら、そう言った。
「こいつを頼むぜ。心配するな。敵は討たせてやる」
 合流したヒースもまた、背中の少年を、バールに預け、剣にオーラパワーを付与し、臨戦態勢を取っている。
「‥‥哀れな犠牲者達か。私に出来ることは、迷わず逝かせる事だけだ。さぁ、静かに眠るが良い!」
 アレスにオーラ魔法を付与され、自身の剣を容赦なく振り下ろす広瀬。そこへ、アリオスのシルバーアローが、ぶち込まれた。心臓を射抜かれて、倒れるバンパイア。続けて、アンドリューも、同じ様に銀の矢を放つ。
「さて、神事の儀式に使われることもある梓弓‥‥。その力を見せてもらおう」
 都合8人。その全てが、何らかの手段で、アンデッドに傷を与える術を持っているのだ。対して、相手の数は、5人。程なくして、配下を倒されたバンパイアのリーダーは、徐々に追い詰められていく。
「く‥‥。人間風情に、これほどの力が‥‥」
 悔しげな表情を見せる主。理性があるほうではないのだろう。本能の赴くまま、敵意をむき出しにする彼に、広瀬は剣を突きつけながら、こう尋ねた。
「貴様、ただ楽しみの為に、人を集めたわけではあるまい。目的を話してもらおうか」
「‥‥ふ。全ては陛下の御為‥‥。陛下は美しい者の血を、とりわけ好まれる。我らはただの尖兵に過ぎない‥‥」
 その言葉からは、彼が下っ端に過ぎず、その上位種が命じただけだと言う事を、匂わせている。不利を悟り、退くだけの知能を有したそのバンパイアは、そう言うと、黒い光につつまれた。
「待てっ!」
「貴様達の事、陛下にはよく伝えておく。いきの良い‥‥食材が見付かったとな‥‥」
 夜の闇に紛れて逃げるつもりなのだろう。そう言い残す彼に、広瀬が
「いいだろう。勝負は預けてやる‥‥」と呟いていた。
「逃げやがったか。追わなくて良いのか?」
「ただの下っ端風情に、事の真相が分かるとも思えん。深追いはしない方が懸命だ」
 バールの問いに、今は、生き残った奴を回収する方が先だからな。と告げる彼。
「任務完了だな」
 アンドリューが、そう言って、その場をしめくくるのだった。