【聖杯探索】復讐のゴルロイス〜遺跡捜索〜
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月07日〜05月16日
リプレイ公開日:2005年05月15日
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●オープニング
●プロローグ
その机は、巨大な机であった。ぐるりと円を成したその机は、アーサーが王座につきし時より、キャメロットの城と、キャメロットの街と、そしてイギリス王国とその民たちを見守ってきた座であった。
その名は円卓。勇敢にして礼節を知る騎士たちが座る、王国の礎。そしてそれを囲むのは、アーサー・ペンドラゴンと16人の騎士。
すなわち、誉れも高き『円卓の騎士』である。
その彼らの目に映りしは、円卓の上に浮かぶ質素な、それでいて神々しい輝きを放つ一つの杯。緑の苔むした石の丘に浮かぶそれは、蜃気楼のごとく揺らめき、騎士たちの心を魅了する。
「‥‥『聖杯』じゃよ」
重々しい声の主は、マーリンと呼ばれる一人の老爺。老爺はゆっくりと王の隣に立ち、その正体を告げた。
「かのジーザスの血を受けた、神の力と威光を体現する伝説‥‥それが今、見出されることを望んでおる。世の乱れゆえに。神の王国の降臨を、それに至る勇者を望むゆえ‥‥それすなわち、神の国への道」
老爺の言葉が進むにつれ、その幻影は姿を消していた。アーサーは円卓の騎士たちを見回し、マーリンのうなずきに、力強く号令を発する。
「親愛なる円卓の騎士たちよ。これぞ、神よりの誉れ。我々だけでは手は足りぬ‥‥国中に伝えるのだ。栄光の時が来たことを!」
●謎のスクロール
数日後、カンタベリーのギルバード・ヨシュアは、仕事の都合で、キャメロット入りしていた‥‥。
「仕事の具合は、どうでしたか?」
宿泊先で、彼を出迎えるレオン。だが、当の議長はあまり機嫌が良くはなさそうだ。無言で帰宅する時の議長は、何か面白くない事が起きた証だろう。そう考えたレオンが尋ねると、彼はこう答える。
「いや。お前が気に病む程度の問題はなかった。ただ、少し気がかりな事があってな」
なんでも、アーサー王に、聖杯探索の啓示がおりたそうで、騎士も冒険者も、やっきになっている。それが気がかりといえば、気がかりだと、彼は着替えを済ませながら、そう語った。その表情が、相変わらず不機嫌なままなのを見て、彼は気分を変えるように、こう提案する。
「あの、議長。各位から誕生日プレゼントが来ているんです‥‥。ご覧になりませんか?」
レオンが気を使っているのが判ったのだろう。礼服を脱いだ議長は、彼と共に貢物の置かれた部屋へと向かう。例年、この時期は何かと忙しくて、パーティさえ開けない。ただ、プレゼントだけは、毎年まるでご機嫌とりのように、届けられていた。
「日常品は下に。工芸・美術品の類は、上の方に並べてあります。分類の困るものは、サイドテーブルに」
見れば、木製のテーブルに、数点‥‥何やら石版の欠片等が並んでいる。と、その1つが、彼に奇妙なデジャヴを与えていた。
「何かの‥‥スクロールでしょうか?」
見れば、古ぼけたそれには、精霊文字で何か文字が書いてあると共に、どこかの地図が書いてある。
「いや、恐らく地図だろう」
精霊文字は、だいぶかすれている上、見たことのない文字も多く、素人が読めるものではない。だが、描かれた図形から、議長はそれが、コーンウォール地方のものだと、推測していた。
「心当たりが、おありですか?」
レオンの問いに、頷く議長。彼が、すぐさまそれに思い至ったのには、わけがある。
「今日、トップ会談の話を聞いた。聖杯探索に関る事だ。その話題に、コーンウォールにある、遺跡の話が出たらしい」
直接目にしたわけではないがな。と、地図を大切そうにテーブルの上へと置きながら、彼はその理由を話す。
「どのような遺跡なのでしょう」
「メイドンカースル遺跡と言ってな。かなり広い遺跡だ。伝え聞いた話では、そこに聖杯の手がかりがあるらしい」
そう言えば、ここ数日は、冒険者や騎士が向かっていた事を、レオンも思い出す。
「この地図は、その遺跡のものなのでしょうか?」
「いや。だとしたら、何故私の所に来たか、説明がつかん。重要なものなら、既に騎士団の手元に行っているだろうし。レオン、すまないが占ってくれないか? 結果はすぐに私の所に持ってきてくれ」
仕事明けの冷えたワインを口に運びながら、議長はレオンにそう命じるのだった。
●哀しき公
深夜。
「‥‥議長。遅くなりまして、申し訳ありません」
寝室に駆け込んできたレオンに、議長は首を横に振る。と、レオンは今しがた出たばかりの占いと、見せられた夢の内容を、議長に告げる。
「ゴルロイス様だと? 本当に、その返答が?」
レオンの占いを聞いたギルバード・ヨシュア。その顔色が、明らかに変わっていた。
「間違いありません。あの、ご存知なのですか?」
「話していなかったかな。昔、世話になった事がある。ゴルロイス様は、その昔、まだウーゼル陛下の御世だった時、かの方のライバルとされた方だ。ただ、策略によって、既に命を落とされたと聞いているが‥‥」
そう答える議長。
「失脚‥‥ですか?」
「あの方は、その様な方ではない。ここからは、王家の名誉に関る事なので、あまり話したくはないのだが‥‥」
言葉を濁す議長に気を使い、レオンは質問を変える。
「そんな方が、どうして‥‥」
「誰か、後ろで糸をひいている奴がいるな‥‥。ゴルロイス様は、そやつに上手く取り入れられているのだろう。何とかして、お救い申し上げねば‥‥」
倒すのではなく、救うと。はっきりそう言った議長に、レオンは難色を示した。と、彼は、穏やかな表情で、こう告げる。
「既に、死者だと言う事は解っている。だが、死者に敬意を払う事も、冒涜された死者を救う事も、受けた恩を返す一端だとは思ってな」
レオンとて、その辺りの分別がわからぬ年頃ではない。かしこまりました。とだけ答える。
「王室には、私から書状を出しておこう。面々には、アーサー王‥‥いや、王国への礼儀を煽っておけば良いだろう。それと、これを」
議長が差し出したのは、羊皮紙に書かれた書状だ。
「もし、あの方が、人としての理性を保っているようであれば、これを渡して欲しい。本当は、自ら手渡しに行きたいのだが、現地には、馬車でも9日はかかるからな‥‥」
さすがに、都合二週間近く、カンタベリーを留守にするわけにはいかない議長を気遣い、レオンは深く、頭をたれるのだった。
『コーンウォール・メイドンカースル遺跡中央部への調査隊求む。この調査は王国の聖杯探索の一端であり、参加する事は、王国への礼儀と忠節を示すものである。なお、内部で見つけた装飾品に関しては、ギルバード・ヨシュア殿に報告の上、換金してもらう事』
翌日、ギルドに乗る依頼。それには、こう追記してあった。
『遺跡には多数のアンデッドが確認されている。この為、先遣隊と本隊とを、分ける事とする』
どうやら、先にアンデッド殲滅部隊が乗り込み、その二日後に、内部へと潜入する部隊が到着する手はずのようだ。
「ゴルロイス様。貴殿に受けた御恩、このギルバード、生涯忘れはいたしません‥‥。我が配下がお救い申し上げるまで、もう少しお待ち下さい‥‥」
その複製を手元に持ちながら、ギルバードは帰りの船の中で、1人、そう呟くのだった。
●リプレイ本文
●星読みの夢
先遣隊が、キャメロットを出発してより2日後、本隊に当たる遺跡探索組が、議長から親書を託されたと言うレオンを伴い、馬車で現地へと移動を開始していた夜の事である。
「う‥‥ん‥‥」
眠っていたソフィア・ファーリーフ(ea3972)は、すぐ近くで、何やらうめくような声を聞き付け、目を覚ましていた。
(「誰‥‥?」)
むくりと身を起こし、見回せば、すぴすぴと休んでいるピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)、荷物を抱えたまま横になっているロート・クロニクル(ea9519)達とは対照的に、眉根をよせ、額に脂汗を浮かべているレオンが見えた。暗闇の中、耳を傾ければ、どうやら彼は、悪夢にうなされているようだ。
「ちょっと、レオン! レオンってば!」
揺さぶり起こすソフィア。とたん、レオンははっとしたように、飛び起きる。
「大丈夫‥‥? 汗、びっしょりだけど‥‥」
「さわるなっ」
呆然とした表情の彼を、気遣うように手を差し伸べるソフィア。だが、彼はその暖かい手を、とっさに跳ね除けてしまう。
「あ、すまない。少し、動揺していただけだ‥‥」
固まっていたソフィアに、直後、申し訳なさそうに謝るレオン。胸を押さえ、呼吸を整えながら、必死で落ち着こうとしている彼に、ソフィアは多少の同情を交えながら、こう尋ねた。
「何か、見たんですね」
「ああ‥‥」
こくんと頷くレオン。
「話して、もらえます?」
「悪いが、これは話せない‥‥。議長の、名誉に関わる事だから」
いくぶん、心は開いたのだろうが、それでも彼は首を横に振った。声を詰まらせている所をみると、本当に話したくない事なのだろう。ソフィアは、彼が重要な事を隠しているわけではないと信じ、変わりに、こんな提案をする。
「わかりました。なら、今度、夢にうなされたら、遠慮なく私を頼って下さい。遠慮なんか、しなくて良いんですよ」
なんなら、私が添い寝してあげますよ♪ と、茶化すように続けるソフィア。女性の相手には、まだ慣れていないのだろう。頬を染め、視線をそらしながら、必死で応対しているレオン。
「そこ、若いのをからかうんじゃない」
その様子に、見張りに出ていた真幌葉京士郎(ea3190)は、堪えきれなくなって、声をかけてしまう。
「起きてたんですか」
「夜番の担当だっただけだ。邪魔して悪かったな」
なんだかばつの悪そうなソフィア。と、京士郎はそんな彼女に、軽く詫びを入れつつ、こう続ける。
「レオン、話したくないのなら、話さなくても良い。ただ、情報だけは、共有させて欲しいんだが」
「わかりました。では、かいつまんで‥‥」
そのセリフに、レオンは議長の屋敷で見た夢の事、その時の議長の表情などを、すべて告白した。それには、先遣隊にだけ伝えられていた情報もあり、京士郎は納得したような表情となる。
「そうか‥‥。議長はそんな事を‥‥ならば、この手紙。なんとしても、ゴルロイス殿の元に届けねばならんな。議長の思いと共に」
「ええ。もちろんです」
彼の言葉に、頷くソフィア。その姿に、レオンは今度は素直に、「お願い、します」と、持っていた謎のスクロールを託すのだった。
●探索
数日後、遺跡へ到着した彼らが見たのは、骨くずと化したスケルトンと、肉塊になったズゥンビ、浄化された死体だった。
「さて、先遣隊の動向は、どうなったかな」
その死体の山を築いた先遣隊が、どこにいるかを探る為、チョコ・フォンス(ea5866)がブレスセンサーを唱える。と、ほどなくして、反応があった。
「お疲れ様。後は、私達に任せて、ゆっくり休んでね」
見れば、怪我をしている者も少なくない。その彼らが切り開いた道の向こうに見えるは、黒々としたダンジョンの入り口だ。
「ありがたく進ませて貰おう‥‥。ご苦労だった」
京士郎もまた、その彼らにねぎらいの言葉をかけ、その奥へと歩を進める。
「しかし、裏で糸を引いている者がいるなら、決して油断はできんな」
レオンの話では、ゴルロイスの配下は、一枚岩ではないらしい。そう告げる彼に、クリオ・スパリュダース(ea5678)は背中の荷物を、先遣隊が作ったベースに置きながら、こう言った。
「動きを良くする為だ。バックパックは置いていこう。必要最低限のものだけ、携帯して行け。くれぐれも慎重にな」
その例にならい、他の冒険者も、必要最低限のものだけを持ち、後の荷物は、ベースにひとまとめにしている。
「広くはないな。隊列はどうする?」
遺跡は、ひんやりとした空気が流れる他は、やや狭いくらいの通路だった。どうやら、かなり大規模な遺跡らしい。
「はぐれたら問題だしな。私はしんがりをやる」
クリオが、そう言いながら、後ろへと下がった。同じ様に、ある程度戦力のあるレジーナ・オーウェン(ea4665)も、後ろへ下がる。
「んじゃ、私は中列に。レオンもこっちへどうぞ」
「あ、ああ‥‥」
ソフィアに引っ張られ、隊列の中ほどへ収まるレオン。他には、ウィザードのロートとチョコが、同じあたりだ。
「俺らは前衛かな」
「そだね」
最前列は、遺跡探索や罠の解除になれたジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)とヴィである。
「おぬし達だけでは不安だ。私が護衛に付こう」
彼らだけでは、もし大きなモンスター‥‥この場合、アンデッドだろう‥‥が出てきた時、対処するのは難しい。そう判断した京士郎が、彼らのすぐ後ろへと陣取る。
「いいか、決して無理はするな。陣を崩さぬようにしろ」
「その程度なら、心得ている」
クリオの指示に、頷く京士郎。「ならば、いい」と、納得したクリオの指揮の元、彼らははぐれないよう慎重に、遺跡の奥へと進んで行ったのだが。
「暗いねー。ランタン、灯しても良い?」
「ああ。構わないぜ」
通路を3本ほど曲がれれば、すでにそこは陽の光の届かない世界。ヴィが腰に下げたランタンを灯している。
「ものすごい数だな」
明かりに照らされた壁には、荘厳なレリーフが刻まれていた。ところどころはげてはいるが、どうやら古の戦いを描いたもののようだ。
「むやみに触るなよ。罠が発動するかもしれんぞ」
「わ、わかってるよ」
ジョーイに釘をさされ、慌てて手をひっこめるロート。かわりに、議長から預かった羊皮紙に、レリーフや通路の様子を書き込んでいる。
「ここからは、俺達2人でどうにかする。お前らは、敵を警戒していてくれ」
バックパックから、商売道具‥‥彼の場合、いわゆる『盗賊用道具一式』と言う奴である‥‥を取り出し、目の前の扉をチェックしにかかるジョーイ。
「ま、こう言うのは任せといてくれ。慣れてるんでね、普段から」
針金をくるりと回し、手鏡で様子をみながら、それを僅かな隙間へとさしこむ。どうやったのか、他の冒険者からは見えないが、彼は何やら数分作業を進めると、かちゃっと言う金属音がして、扉がわずかに開いた。
「よし。これで進める‥‥。っと、二つに分かれてるな」
その先は、三つに分かれていた。片方に扉。もう片方は通路である。
「ちょっと不味いかも。壁の向こうに、アンデッドの反応があるから。たぶん、これ、触ったら向こうからってパターンだと思うよ」
反対側で、デティクトアンデットを唱えていたヴィが、そう言った。耳をすませば、その向こうから、かちゃかちゃとした不自然な音が聞こえてくる。
「雑魚には構いたくないな。迂回するか‥‥」
出口は、三つ。今入ってきた道と、アンデッドのいる道。そして‥‥その反対側。
「ちょっと待って。こんな事もあろうかと、用意しておいたんだ」
だが、それにさえ、トラップが仕掛けられていないとは、断言出来ない。そう考えたヴィは、バックパックから、あるものを取り出した。
「何を熱心に育てているかと思ったら‥‥」
クリオがそう言った。見れば、彼女が出したのは、行きに捕獲していたカエルさんである。通りで、荷物を減らしていたと思ったが、この為だったらしい。
「ごめんねー。君たちの事は、3日くらいは忘れないよー」
保存食で飼育していたのだろう。まるまると肥えたそれを、ヴィは釣竿の先に、糸でつるし、躊躇わず通路へと放り込んだ。
「くそっ、毒煙かっ!」
とたん、ぶしゅーっと周囲の壁から、何やら緑色の煙が吹き出してくる。そちらには、魔法の罠が仕掛けられていたようだ。
「皆! こっちへ!」
すぐ後ろにいたソフィアが、壁に手を当てて、ウォールホールを唱えた。壁の向こうに、もっと強力な敵がいないとも限らないが、ここで倒れて、アンデッドの仲間入りをするよりは、マシである。
「あんまり持たないから、早く!」
急かすソフィア。穴が、元のレリーフとなったのは、彼らが通り抜けた直後の事だった。
●亡霊親衛隊
数分後。
「ふう。皆、いる? 怪我はない?」
周囲を確認する為、ソフィアは再びランタンを灯した。
「大丈夫みたいだな」
クリオが、隊列を整えながら、そう言った。数えてみれば、レオンを含め、欠けた者はいない。と、そのつま先に、何かの欠片が当たった。
「ん? これは‥‥」
ソフィアが、ランタンにかざして拾い上げてみれば、石版を砕いたもののようだ。
「見せて下さい。何か分かるかもしれません」
レジーナがそう申し出る。
「持って行った方が良さそうね。何か手がかりになるかもしれないし」
「不謹慎じゃないか? 人の家にあるモノを持ち出すなんて、こそどろかねこばばだろう」
バックパックに入れようとするレジーナを咎めるクリオ。だが、それにはジョーイが異を唱える。
「議長がいいっていってんだから、良いんだろ。それに、けっこう金使ったから、必要経費だ」
「手がかりになるようなものなら、何も言われないと思います」
レオンも、うるさくは言わないつもりのようだ。
「しかしな、こう荷物が多くては‥‥」
「なら。目印を付けておきましょう。帰る時に、素早く持ち帰れるように」
ゴルロイス卿に会うまでは、身軽でいたい。そう主張するクリオに対し、レジーナは石版を隅に避け、かわりに壁へ目印をつけた。真新しい傷は、手がかりの道標になると言う事だろう。と、それを照らしていたランタンの明かりが、途切れかける。
「さっきこぼしたのかしら。補充、お願いしますね」
「はーい」
ソフィアがそう言うと、チョコが持っていた油を足す。一瞬、暗くなる通路が、前よりも明るく照らしだされた。
「あれは‥‥誰かの死体‥‥?」
その光の先には、骨と化した鎧姿の死体。
「いや待て‥‥。こんな所に、死体があるわけはないだろう!」
クリオが、後ろから警告を発した。と、ヴィがデティクトアンデットを使うまでもなく、その死体は立ち上がり、まるで歴戦の戦士のように、すらりと剣を抜く。
「どうやら、親衛隊と言った所だな‥‥」
京士郎がそう言った。死体の鎧には、どこかに謎のスクロールと同じ紋章がある。
「あまり雑魚には構いたくはないんだけど‥‥倒さなきゃ進めないみたいだねぇ」
ジョーイもまた、手にしたシルバーナイフで、死せる騎士達の後ろを指し示す。
「砦の構造からして、ここを突破すれば、玉座の間なのは確かだ。やれるか?」
通路は1本。状況を考えれば、その奥に進んでこそ、求める公に会えると言うものだ。
「陣形を崩すな。魔法使いを守るのも、私達の務めだ」
クリオが、そう言いながら、剣を抜いた。
「わかってる。伊達にスピード勝負してないんでな」
あまり戦闘は得意ではないが、敏捷さには自信がある。そう言いたげなジョーイ。
「アグラベイション!」
ソフィアが、その動きの良さを生かす為、魔法を唱えた。その効果で、動きの鈍くなる騎士もいたが、半分はまだまだ元気だ。
クリオが、盾を持っている死霊騎士の、盾のない側から、足元を薙ぎ払った。姿勢を崩した所で、第2撃を打ち込むが、そこは相手も元・歴戦の騎士。あっさりと受け止められてしまう。
「さすがに親衛隊。並のアンデッドとは、動きが違うな」
距離を離し、そう感想を漏らす彼女。
「玉座には、そう簡単には通さぬって感じだね」
外にいた連中とは、技量が違う。そう感じ取った京士郎は、オーラパワーを唱え、自身の武器を、魔法のそれと化させる。
「悪いが、ここで立ち止まるわけには行かぬ‥‥。俺達はこの先で待つ人に、伝えなければならない言葉があるのでな」
長い柄と刃を持つそれが、振り下ろされる。と、それを見て、レジーナもマントを翻した。
「王命を果たす為。いえ、イギリスの明日の為、オーウェン家の娘レジーナ、参ります!」
豪華なマントから繰り出される突きは、確実に敵の急所を捉えている。だが、それでも彼らは倒れそうにはなかった。
「耐久力があがってるな。まとめてダメージを食らわせてやる、皆、しっかり避けろよ!」
「あたしも手伝うわ!」
頃合を見計らい、ロートとチョコが、2人でライトニングサンダーボルトをぶっ放す。
「くそ、これでもまだ一掃出来ないか‥‥」
さすがに、無傷なのは少ないが、それでも、カタカタと骨をならし、こちらへの敵意をむきだしにしているのは代わらない。
「あまり時間をかけていられないと言うのに‥‥」
唇をかみ締めるレジーナ。と、その様子に、クリオがこう言った。
「抜けるぞ」
「けど‥‥」
このまま、放って置いて良いのだろうか。と、そんな彼女に、ロートが指を鳴らしながら、こう申し出る。
「全部戦わなくても良いだろう。俺らの目的は、ゴルロイス公に会う為だ。戦略的撤退って奴だよ」
それで、ボスと上手く交渉すれば、帰りは無傷で帰れるさ。と、そう告げる彼。
「俺が、ストームで吹き飛ばしている間に逃げろ」
まだ、魔力には多少の余力がある。傷持ち亡霊騎士くらいなら、1人で充分だと。
「良いのか?」
「交渉じゃ、見せ場作れそうにないんでな。生き残ってやるさ」
レジーナの問いに、ロートはそう答えた。敬語が使えるほど、礼儀正しくはない。どのみち、一歩下がっておく予定だったのだ。下手に機嫌を損ねるよりは、よほど良いと。
「いまだ!!」
そのロートにより、チョコがもう一度、ライトニングサンダーボルトを放った。避けようと、通路の両側に、亡霊騎士が移動した刹那、冒険者達はいっせいにその場を駆け抜ける。
「追って来たぞ!」
「しつこいんだよ!」
予想通りの行動に、ロートは立ち止まり、高速詠唱でストームの魔法を唱える。身に着けた持っていた栄光の手が、彼に力を与え、魔法の成功率を上昇させていた。
「ま、こんなモンかな‥‥」
吹き飛ばされた亡霊騎士達を尻目に、さっさとおさらばするロート。だが、他の面々とは、大きく引き剥がされてしまう。
(「あ‥‥れ‥‥」)
安全な所まで来たと思った刹那、いきなり足元がふらついた。見れば、腕の辺りに、変色したかすり傷がある。おそらく、抜けるときに、亡霊騎士の刃がかすったのだろう。長い年月の間に、剣は予期せぬ毒を帯びていることもある。
「く‥‥。こんな‥‥所で‥‥」
そのまま、倒れてしまうロート。かすんだ意識の中、彼が見たのは。
「‥‥あんたは‥‥ゴル‥‥」
黒い鎧に身を包んだ、美丈夫のシルエットだった‥‥。
●公より渡されしもの
その頃、他の面々はと言うと。
「ロートさん、大丈夫でしょうか‥‥?」
不安げなソフィア。あれから、たいした攻撃も受けず、冒険者達は、徐々に玉座の間へと近付きつつあった。
「本人がそう言ったんだ。生き残っている事を信じよう」
「ポーションも解毒剤もわたしてあります。きっと大丈夫ですよ」
心配する彼女を、ジョーイとレジーナが安心させている。と、そんな中、彼が記した地図を広げながら、クリオがこう言った。
「そろそろ。玉座にたどり突いても良さそうな構造なんだが‥‥。ロート、丹念なマッピング、感謝するぞ」
「死んだような言い方をしないでくださいよ!」
思わず怒鳴ってしまうソフィア。と、ほどなくして、壁の雰囲気が変わる。どうやら、目的地に近付いたようだ。
「まずは、届けモンだな‥‥素直に受け取ってくれるといいんだけど、ね」
先頭を歩いていたジョーイが、そう呟いて動きを止める。見れば、通路の両側に広がるようにして、姿を見せる騎士の姿があった。
「く‥‥ここにもまだ‥‥」
剣を抜くクリオ。ところが、それより先に、レジーナが行動を起こした。
「お待ち下さい! 我々は、ギルバード・ヨシュア様からの、使者でございます!」
彼女は、レオンを引き寄せると、彼の持っていた手紙をかざすようにして、大声を張り上げた。
「ここに、ギルバード・ヨシュア殿からの書状がございます。何卒、ゴルロイス様に御目通りをお願いしたいのです!」
目の前にいる彼らだけではなく、奥にまで響こうかと言う声を、必死で出すレジーナ。本職の吟遊詩人ではない為、かすれがちだが、騎士としての礼儀が、それを上手く補っていた。
「レジーナ‥‥?」
「上手くすれば、向こうからこちらを導いてくださるかもしれません‥‥」
怪訝そうなチョコに対し、彼女はそう答えた。ここで、戦を避けられれば、消耗も抑えられ、帰りは安全になる。そう言う事らしい。
「どうやら、話は聞いてくれそうだな」
ジョーイがそう言った。見れば、先ほどの亡霊騎士より、幾分立派な鎧をつけた騎士は、ついてこいと言わんばかりに、くるりと踵を返す。
その騎士達に案内され、彼らが向かった先では。
「あれは‥‥! ロートさん!」
今までの通路の10倍はあろうか。開けた‥‥ちょうど謁見の間と言わんばかりの部屋。その中央に、ロートの姿があった。
「なんであんな所に‥‥」
「そいつを聞くのは後だ」
駆け寄ろうとしたソフィアを制し、クリオがそう言った。と、程なくして、ランタンに照らされた向こうから、黒い鎧の美丈夫が姿を現す。
「ゴルロイス卿‥‥」
発せられる気配に、京士郎がごくりと生唾を飲み込んでいる。年の頃なら、40代前半。しかし、ぱっと見た限りは、もう少し若く見える。腰の辺りに、大降りの黒い剣を携えているその姿は、先遣隊から話を聞いた容姿そのままの、騎士。
「なるほど。アーサーの手の者かと思ったが、こいつはお前達の一員か。なら、返してやろう」
冒険者達の姿を認めたとたん、ゴルロイス卿は、足元にいたロートを、彼らの方へと蹴飛ばした。
「う‥‥」
「生きてる‥‥」
うめく彼に、ソフィアがほっと胸をなでおろしている。レイスが取り付いているわけでもなさそうだ。
その様子をみた京士郎、静かな口調で、ゴルロイスの前に歩み出ていた。
「俺達は争いに来たのではない、少し俺達の話を聞いては貰えぬか、ゴルロイス殿。俺は過去に何があったかは知らぬが、その瞳の輝きをみればわかる。貴方はただ狂気に捕らわれているお方ではないと‥‥。ここにヨシュア議長から託された書状がある。俺の使命はこの思いを貴方に届けること‥‥。そして、未だ貴方を慕う者がこの国にいて、そして貴方を信じていると」
真剣な眼差しで、彼を見つめる京士郎。と、レジーナもそれをフォローするかのように、公に訴える。
「せめて、ギルバード殿の手紙だけでも、お読み下さい。そうでなければ、わたくし達は、かの方に合わせる顔が御座いません」
とにかく、手紙を読んでもらわないことには始まらない。そんな彼女を見て、チョコもこう言った。
「本当は、議長本人が渡したいと言っていたものです。どうぞ、お受け取り下さい」
三人がかりで訴えられて、ゴルロイスはじろりと一行を見渡した。
「‥‥いいだろう。もってこい」
どうやら、読んでくれる気にはなったらしい。それを見て、ジョーイがレオンを、前に出す。
「さ、アンタの出番だ。何があっても、俺達が守る。安心して行って来てくれ」
頷いて、大切に抱えていた手紙を、捧げ持つように差し出すレオン。
「公、その様な手紙、耳を傾けてはなりません。しょせん、アーサーの手の者でございましょう!」
側に控えていた黒ローブが、反論する。そして、レオンに直接、攻撃魔法を叩きこもうとする。
「あぶね‥‥っ」
気付いたジョーイ、自慢の敏捷さを生かして、レオンを得意のお姫様抱きに掻っ攫おうとする。
(「間に合わない!? ‥‥」)
女性並に細いレオン。軽い身体だったが、それでも黒ローブの魔法の射程から、逃れる事が出来ない。
ところが。
「部下の指図なんぞ受けん。余計な真似をするな」
ゴルロイスがぴしゃりとそう言った。はっと顔を上げれば、腕を切り落とされた黒ローブの姿。
「しかし‥‥。その者は‥‥」
「少しお静かに願いますでしょうか。ゴルロイス様は、手紙に集中なさってるのですよ」
なおも口を挟もうとする取り巻きを、レジーナが穏やかな口調で黙らせる。
「ん‥‥。俺は‥‥」
しばしの沈黙の間、ロートが目を覚ました。
「気がついたか? 少し、後ろで大人しくしてろ」
「ああ、すまない。情けねぇな‥‥」
元々、口を挟むつもりなどない。京士郎にそう言われ、彼はそのまま大人しく壁に身を預けている。
「けど、お世話した人が、今や『イギリス王国の重要人物』なんだから、ゴルロイスくんって偉いよね。本人が来れなくて残念だけど、イギリス王国のお仕事のためだから許してあげて」
手紙を読み進めるゴルロイスに、ヴィがそう言った。ゴルロイスが議長の事を知っていると、そう信じてのセリフである。
しかし、そんな彼らに、公は裏切るような仕草で応えて見せた。
「‥‥下らんな。そんな奴、数多くいた臣下の一人に過ぎん」
びり、と。羊皮紙の手紙が、破り捨てられる。元の姿をとどめないほどに、粉々に。
「そんな‥‥」
真っ青な顔のレジーナ。
「質問を変えますわ。議長へ届いた地図に、何かご存知ありませんか?」
チョコが、敬語を使ってそう尋ねた。と、公は何か考えているのか、少し間を置いて、逆に問い返してきた。
「俺にはないな。そもそも、王国の為に動くようなものを、部下に持った覚えもないしな。第一、それほどの重要職に来ている奴が、何故我が砦に攻撃を仕掛ける?」
その問いに答えたのは、今までは罠の回避と除去に全力をあげていた、ヴィである。
「ここに、聖杯があるって‥‥。聖杯は、イギリス王国の平和のために必要なもの。その手がかりが欲しくて、冒険者がたくさん遺跡に来てるの」
「ふん。アーサーめ、己の贖罪に、冒険者どもを雇ったか」
彼が何を購わなければならないと言うのだろう。そんな疑問が、ヴィの脳裏を掠める。しかし、ならばなおの事、ここで公を引きとめなければ。そう思った彼女は、思っていた事を口にした。
「王様のため、なんて言わない。『イギリス王国のため』に協力してあげてほしいな。それが本当に『名誉ある者』の『名誉ある行動』だよね?」
だが、公は。
「王国の為? なら、その王国を率いているのは誰だ。俺は、あの男の息子が統治する国に、協力するつもりは、かけらもない」
「ましてや、ここへ来るのを、冒険者に頼るようでは、ゴルロイス様が手を出すには、値しませんな」
見下すようなセリフ。ぴしりと張り詰めた空気。決別にピリオドを打ったのは、毒舌騎士の称号さえ持つクリオ。
「止めておけ。やるからには、それなりの考えがあるんだろ」
脳味噌は腐ってても、物を考えてるなら、結局、決めるのは本人だと。
「だいたい、陛下だって、手に余るなら、そこが統治者の限界ってことさ」
聖杯探しも、そもそもはマーリンのお告げ。己の器もわからずに、神の導きとやらに、神の威光に頼るなんて、悪魔契約者と変わらない。口にこそ出さないが、そう言いたげである。
「その通りだ。いかに貴様らが、かつての部下と名乗る者の書状を携えていたとて、素直にそれを信じるわけには行かんのだ!」
辛辣な意見を述べるクリオに、ゴルロイスは大きく頷きながら、剣を横ぶりに抜いた。
「まずいな‥‥。聞き入れる気はなさそうだ‥‥。なんとかしないと、ここで全滅か‥‥」
ジョーイが、冷や汗を流しながら呟く。盗みを生業にしているからこそ分かる、殺気。だが、オーラにも似た、その強烈なプレッシャーは、剣を学んだばかりのものさえも、充分に威圧出来るものだ。
「私は、多くの民に慕われたあなたが、どうして死者と共にいるのか、今でも納得いきません。あなたを慕った民が、今もアンデッドに襲われているのですよ。公よ、罪無き者に刃をふるうが望みなのではない、と私は信じています!」
それでも、ソフィアは叫んでいた。ケンブリッジの学び舎で、公について書かれた記述の多くには、ウーゼル王の敵、と記されている。けれど、その描かれた地の出身者に尋ねれば、返って来るのは、公が決して悪しき存在ではなかった筈と言うもの。実際に、彼を信じる者に出会った彼女は、ウーゼル王に味方するよう書かれた羊皮紙の束より、現地の声を信じていた。
「私達の力は微々たるものかもしれないけど、ゴルロイス様をお救い申し上げたい気持ちは、議長殿と同じです」
チョコも、同じ気持ちのようだ。
「救う、だと?」
だが、女性達の思いを耳にしても、ゴルロイス卿の表情は、冷たく見下したまま。彼は、その面を変えず、剣をゆっくりと振り上げる。
「俺は、そんな奴に救われるほど、落ちぶれてなぞいない!」
「うわぁっ!」
振り下ろされた剣から、衝撃波が放たれた。力強く振り下ろされたそれは、およそ90度の角度で、全員に襲いかかる。
「い、一撃でこのダメージ‥‥。流石に、ウーゼル公のライバルだけ‥‥あるね‥‥」
唯一、盾で受け止めたヴィが、関心したように、そう言った。
「本当にそれをお望みですか!? 何者かに利用されているのではありませんか!?」
「利用されているのなら、利用された奴ごと、潰すだけだ!」
そんな宣言と共に、再び、衝撃波が放たれる。地に伏した者達にこそ当たらなかったものの、鋭い空気の刃に、今度こそヴィも地に伏した。
と、胸の辺りを斬られ、苦しい息をつきながら、ジョーイがこう言った。
「石頭だな。だが、俺も、1つだけエラそうな事を言わせてもらうよ。自分を信じてくれる奴に、カッコもつけられなくなったら男は終わりだ‥‥あなたは、そうは思いませんか?」
かなり痛いだろうに、その痛みを堪え、ニヤリと笑って起き上がろうとする。
そんなジョーイに、ゴルロイスは。
「‥‥良いだろう」
軽い金属音を立て、持っていた剣を納めてみせる。そして、くるりと踵を返しながら、こう告げた。
「我が親衛隊を抜け、わざわざ親書を届けた貴様らに、チャンスを与えよう。石版を探せ。真実は、それと引き換えになる‥‥」
周囲にいた亡霊騎士が、その後に続く。
「お待ち下さい‥‥! せめて一筆‥‥」
遠ざかっていく足音に、チョコが手を伸ばす。
「死にたければ、書いてやる」
だが、公にすっぱりと断られ、痛みに気を失ってしまう冒険者だった。
●帰路にて思う事
気が付くと、彼らは遺跡の外にいた。見れば、ベースの荷物置き場である。一通りの応急手当もされている。どうやら、早く目の覚めたヴィと共に、気を失った自分達を、運んでくれたようだ。
「そう言えば、行きに見つけた石版は‥‥」
「ここに、何点かあるよ。ちゃんと拾ってきたから、大丈夫」
気を失っていたのは、僅かな間だったらしい。チョコから、石版の欠片を見せられて、ソフィアはほっと胸をなでおろす。
「これだけでは、何だかわからないな‥‥」
何かが刻まれているのは確かだが、詳しい事は、専門の学者に解読してもらわなければ、分からないだろう。
「とにかく、この事を議長にお伝えしておきます」
レオンが、その石版を、拾ってきた者の名前を書きとめながら、荷物へとしまっている。と、その彼に、チョコがあるものを差し出した。
「これ、手紙を読んでいた時の、ゴルロイス様のお顔。あの時だけ、少し違う表情してたから‥‥。ねぇレオン。これ、議長に渡してくれる?」
遺跡内部をマッピングした地図の裏側に描かれた、ゴルロイス卿の横顔。真摯な‥‥どこか、影のある表情は、皆が目撃した通りのものである。チョコの画家としての腕前は、手紙を読んでいる時の公を、見事に写し取っていた。
「わかった。残念な結果にはなったが、手紙を読んでもらったのは、事実だしな‥‥」
きっと、何か裏がある。そう信じて止まないのは、冒険者ばかりではなく、レオンも同じ心境のようだった‥‥。